ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

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概要

日本結晶学会誌Vol56No4

富田文菜,佐藤篤志,野澤俊介,柴山修哉,足立伸一図5 HbI(CO)2の構造変化の模式図.(Scheme of the structural dynamics of HbI(CO)2.)体のヘモグロビン分子のうち,両方のサブユニットからCOが外れた場合は730 ns後に観測され, 1つのサブユニットのみからCOが外れた場合は5.6μs後に観測されることが明らかになった. I 1, I 2はR状態の四次構造に近く,I 3はT状態の四次構造に近い構造をとっている.また,R状態からI 1, I 2, I 3状態に変化する際に,それぞれのサブユニットのヘムの距離は-0.4 A,-0.1 A,-1.3 Aと変化し,サブユニット同士の成す角度は-0.1°,+0.2°,+3.4°と変化した.サブユニット間に存在する水分子の数はR状態で11個と同定されているが, I 1, I 2, I 3状態ではそれぞれ9個, 9個, 17個と同定された.また, I 3状態について, 1つのサブユニットから,ないし2つのサブユニットからCOが外れた2種類の状態で,同じ構造を共有していることが明らかになり, 1つのCOが外れた状態は, 2つめのCOの解離を誘起することが示唆された.以上のように,シングルバンチX線パルスとサブナノ秒レーザーパルスを組み合わせた時間分解X線溶液散乱実験によって,生体分子の構造ダイナミクスを分子レベルで観測することが可能である.4.生体分子単結晶の時間分解X線結晶構造解析前節までは時間分解X線溶液散乱実験について紹介したが,次に時間分解X線結晶構造解析の手法について紹介する.実験装置のおおまかなセットアップは図3と同様であるが,試料が単結晶になるため, 1つの遅延時間について結晶の角度を変えて複数枚の回折像を測定しなければならない.測定効率を上げるため,白色X線もしくはピンクビームを用いて回折イメージ1枚当たりに観測されるBragg反射の数を増やすことが有効である.また,複数の晶系で結晶化が可能な試料であれば,対称性の高い空間群の晶系を選ぶことにより,観測するべき回折イメージ数を減らすことも可能である.また,生体分子のダイナミクス測定には,通常の定常状態の測定のように試料を低温に保つことはなく,基本的に室温付近での測定となる.なぜなら,低温状態では外場による分子構造変化が抑制される傾向にあるためである. 7),8)室温付近での生体試料単結晶の測定には,キャピラリーマウント法を用いる.ガラス図6 KEK PF-AR NW14Aの時間分解X線結晶構造解析の実験装置.(Measurement equipment of the timeresolvedX-ray crystallography at KEK PF-ARNW14A.)キャピラリー中に単結晶を挿入した後,少し離れた場所に結晶化母液を同じく封入して,結晶の乾燥を防ぐようにする.アメリカの放射光施設Advanced Photon Source(APS)や,ヨーロッパにあるEuropean Synchrotron RadiationFacility(ESRF)にもポンプ-プローブ実験のできるステーションが存在し,生体分子の時間分解X線回折実験が近年盛んに行われている. 9)-11)図6に, KEK PF-AR NW14Aでの時間分解X線結晶構造解析の実験装置を示す.シングルバンチ放射光リングからのX線をパルスセレクターで1パルス抜き出し,タイミング制御系を介して遅延時間をもたせたレーザーパルスを試料位置まで導く.溶液散乱実験同様,空気の散乱によるバックグラウンドノイズを抑えるため,試料位置から検出器の間にヘリウム置換したチャンバーを設置している.図7aに,ピンクビームを用いて測定したウマヘモグロビンの回折イメージを示す.各回折点に対して, X線の波長成分が異なるため,データ処理にはラウエ回折用のソフトウエアが必要である.図7bに,βサブユニットのヘム付近について,レーザー照射前の構造とレーザー照射後150 psの構造を重ね合わせたものを示した.それぞれの分子構造に加えて, 2Fo-Fcの電子密度マップ(1.5 rmsd,256日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)