ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

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概要

日本結晶学会誌Vol56No4

溝端栄一,南後恵理子,菅原道泰,鈴木守,岩田想図1連続フェムト秒微結晶解析法(SFX)の概念図.(Schematic drawing of serial femtosecond crystallogaphy.)実験目的に応じて,ポンプ・プローブやストップト・フローの技術を組み合わせる.射光実験では, 1個の結晶から振動法でデータ測定をするが,その結晶には,抗凍結剤溶液に浸されたときの歪みや,凍結の瞬間に起きる構造の偏りが含まれていると考えられる. SFXでは,多数の異なる配向の微結晶のデータを平均化するため,個々の結晶が有する構造の差異がキャンセルされる.また,クライオを使わない常温測定により,生理条件に近い構造が得られる.3フェムト~ピコ秒単位の時分割測定ができる:従来,酵素などの反応に伴う一連の構造変化は,低温トラップした結晶の静的構造を複数解析することで,全体が推測されてきた.フェムト秒のパルス光を使ったSFXによって,相当する短い時間の反応過程を観察することができるようになる.4高難度ターゲットの構造解析が可能になる:SPring-8やPhoton Factoryなどを利用した単結晶X線結晶構造解析では,通常50~1000μm程度の大きさの結晶が使われる.しかし,特に創薬ターゲットとして重要なヒトを含む動物由来のタンパク質は構造安定性が低い傾向があり,精製収量が少なく,結晶が十分に成長しないことも多い.SFXにより,こうした高難度試料からの構造解析が可能となる.また,結晶化の一次スクリーニングで得られたばかりの微結晶を集めてSFXを行うこともでき,構造解析のハイスループット化も期待される.2.2微結晶の調製方法結晶学者が通常用いる低倍率の光学顕微鏡では, SFXに使うナノ~ミクロンサイズの微結晶を観察・識別することは難しく,時に単なる沈殿物と見紛うことがある.そこで, HIROX社のKH-8700やOLYMPUS社のIX83などの高解像度の顕微鏡を用意する.多くのタンパク質は,過飽和状態で結晶核形成が起きるまでに, 1~数日の期間を要する.タンパク質溶液を沈殿剤溶液と混合した瞬間に微結晶が析出するような標的タンパク質は少ないのである.そこで,迅速に微結晶化を行うために,種結晶化法(シーディング)を利用するとよい.シーディング後に,適当なサイズの微結晶を成長させるためには,タンパク質溶液および沈殿剤溶液などの濃度の調整や,結晶成長温度の検討が不可欠である.結晶が大きく成長しすぎた際は,メッシュフィルターを繰り返し通すなどして,結晶を粉砕する.一方,微結晶にしか成長しない標的タンパク質の場合は,こうした操作は不要である.脂質キュービック相(Lipidic Cubic Phase:LCP)を用いた結晶化法2)は,近年,膜タンパク質ターゲットの良質な結晶を得る方法として成功例が多く報告されている.しかし,脂質に埋もれたLCP結晶の観察や取り扱いは容易ではなく,また,タンパク質の拡散が制限されているため, LCP結晶は微小なサイズになりやすい.通常の振動法で回折データを測定する際,微結晶は放射線損傷を受けやすく, 1つの結晶から十分なデータセットを得ることが難しい.時には1000個の結晶から数カ月という時間を費やしてデータ測定を行われた例もあり,迅速な解析方法の開発が期待されていた. SFXでは,微結晶をすくってマウントする操作なしにデータ収集できるため, LCP結晶に適したシステムである.LCPは,温度や湿度の変化で容易に相転移してしまうので,注意が必要である.相転移によってラメラ相ができると,回折実験の際, 3~5 A付近に強いバックグラウンドの回折スポットが現れる. LCPを高塩濃度のリザーバーと混合したときには塩が析出しやすいので,この塩からの反射にも注意が必要である. LCPの脂質組成の検討は,分解能の改良やラメラ相からの不要な反射の抑制のために効果的かつ重要である.従来, LCP法での結晶化は,遠心チューブの中や,ガラスなどの2枚のプレート間に挟む方法で行われてきた.しかし, SFXにおいては,後述するように,結晶と脂質をインジェクター・ノズルから押し出す手法をとるため,従来の結晶化法ではインジェクターへの装填が容易ではない. Liuらの報告3)では,タンパク質と脂質でLCPを作製したのち,結晶化リザーバーを満たしたシリンジ中に,筒状にLCPを挿入して結晶化する方法を採用している.さらに,結晶が生成した後で,別の脂質(7.9 MAG)を添加し,測定時におけるラメラ層への相転移を防いでいる. LCLSで使用されているチャンバー内は真空であり,通常使用される脂質モノオレインは,急激な乾燥による温度低下で相転移を起こし,粉末回折による高いバックグラウンドを与えやすい.一方, SACLAで使用されているチャンバー内は高湿度に保たれており,モノオレインのLCP結晶をそのまま測定に用いることができる.2.3 SACLAにおけるSFX用測定装置SACLAでは,高輝度光科学研究センター(JASRI)と理研放射光科学総合研究センター(RSC)の協力体制の下,登野健介チームリーダーらにより開発された汎用実験システムDAPHNIS(Diverse Application Platform for HardX-ray Diffraction in SACLA)を主に用いて実験を行っている(図2).これは,各種インジェクターを設置可能な試242日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)