ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

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概要

日本結晶学会誌Vol56No4

結晶構造を基にした酵素反応機構の解析~オロチジン一リン酸脱炭酸酵素を題材に~い)構造と比較すると(図5B), 2つの構造は6.6 kcal/molのエネルギー差があることがわかる.同様に, C6-COO距離が引き離された遷移状態などの状態から安定な状態に戻すエネルギーと,溶液中でピリミジン環を歪ませずにC6-COO距離を引き延ばし,それを安定な状態に戻すエネルギーも計算した.図5Bに示すように, C6-COO距離を基底状態から遷移状態まで引き延ばすのに必要なエネルギーは,酵素による歪みを考慮すると25.7 kcal/mol,歪みを考慮しなければ29.4 kcal/molであった.その差3.7 kcal/molは,歪みによって減じられた基底状態から遷移状態への変化に必要なエネルギーといえる.このエネルギーは,(k cat/K M)/k nonから計算されるODCaseによる??G(29‡~30 kcal/mol)の10~15%に相当する.基質を歪ませるエネルギーの供給源は,酵素と基質の間の多数の水素結合および静電的結合によるものと考えられる. 18)特にOMPのリン酸基の貢献は大きいと考えられる.酵素基質(アナログ)複合体において,リン酸基はODCaseとの結合を7カ所で形成している.このリン酸基部分を欠失させた基質アナログ(?P-OMP)も, ODCaseによって脱炭酸されるものの,その反応性は著しく(k cat/K Mが8桁以上)下がる. 18)この反応性の低下は,無機リン酸の添加によってある程度回復される. 18)これらのことは,ODCaseは基質OMPのリン酸基の結合を利用して,反応に適した構造を作っていることを示唆する.2.4現在考えられているODCaseの反応機構これまでの解析により,基質の歪みという一般的な酵素反応機構ではあまり見られない作用が, ODCaseの反応には用いられていることが示された.しかし同時に,基質の歪みは反応加速の10~15%しか貢献しないことから,ODCaseの反応触媒機構のすべてを説明できないことも明らかになった. ODCaseは,基質の歪みと遷移状態安定化の両方を組み合わせることで,世界で最も高効率な反応触媒を実現していると考えられる.遷移状態として現在考えられているのは, OMPの脱炭酸によってピリミジン環のC6に負電荷が生じた状態である.このような遷移状態の存在は,軽水と重水を50%ずつ混合して作製した溶液中でODCaseによるOMPの脱炭酸反応を起こさせると, 6H-UMPと6D-UMPが等量ずつ生じるという実験結果と矛盾しない. 19) ODCaseはUMP C6位のH/D交換を加速すること, 12),20)ピリミジン環へのフッ素(電子吸引基)の導入により脱炭酸反応の速度が向上すること12),21)も,この遷移状態の存在を強く支持する.遷移状態における負電荷の安定化は,そのすぐ近傍に位置するLys72が担うと考えられている.また,ピリミジン環O4の電子吸引性も遷移状態の安定化に寄与していると考えられる. O4はSer127の主鎖Nと結合しているが,この残基をプロリンに置き換えることで主鎖Nがピリミジン環と結合できないようにすると,日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)k cat/K Mが6桁落ちることが知られている. 22)われわれのシミュレーション結果も,遷移状態ではO4に負電荷が集まることを支持している. 17)これまでに多くのグループがODCaseの反応機構を解明するための独自の方法による計算機シミュレーションに取り組んできた.しかし,定量的なエネルギープロファイルを再現できている研究例は非常に少ない.その1つの大きな原因として,酵素基質複合体のモデル構造を構築する際に,余分な水分子を加えてシミュレーションしてしまっている例が多いことが挙げられる. 23)この水分子は,ODCaseとその非常に強い阻害剤である6-OH-UMPの複合体構造中に見られるため,計算に含まれていたと思われるが,現在では反応には不要と考えられている.このことからも示されるように,一般的にシミュレーションの解釈は,反応中心近傍の各残基(水分子を含む)のプロトン化状態や,反応経路の仮定などの影響を大きく受ける点に,細心の注意が必要と思われる.以上に示した実験と計算の結果から,現在のところ考えられるODCaseの反応機構は下記のとおりである(図6). 17)基質OMPはその脱炭酸されるカルボキシル基を,保存されたLys-Asp-Lys-Aspのネットワークに向けて結合する.結合したOMPは,リボース環やリン酸基部分で得た結合エネルギーを利用してカルボキシル基の構造を歪ませ(図6, step 2),脱離させる.脱離により生じたC6位の負電荷は, Lys72の正電荷により安定化される(図6, step 3).また,負電荷の一部がO4に非局在化することによっても,安定化される.続いて,プロトン化されたLys72から,プロトンがC6に渡されることによって,生成物UMPが生じる.遷移状態を安定化することによって,触媒反応の活性化エネルギーを下げ,反応を加速する酵素の機構は数多く示されている.これに対し,基質を歪めることによって酵素基質複合体を不安定化し,反応を加速する機構の解析例はほとんどない.今後,なぜ歪みが起こるのかの解明が待たれる.図6現在考えられているODCaseの反応機構.(Proposedreaction mechanism of ODCase.)P-riboseはribose-5’-monophosphateを示す.239