ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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概要

日本結晶学会誌Vol55No6

π共役金属ジチオレン錯体の新次元展開アニオン)によりアセトニトリル中で還元することにより,すべてのNi(bdt)2部位が?1価であるナノシートreducedthick-1が得られた.一方で酸化剤であるトリス(4-ブロモフェニル)アミニウムカチオンと反応させることですべてのNi(bdt)2部位が0価となったナノシートoxidizedthick-1が得られた(図11c). XPSおよびIRスペクトル測定の結果, reduced thick-1およびoxidized thick-1においても図7に示す構造が保持されていることが示唆された.thick-1およびreduced thick-1の加圧成型試料の室温電気伝導度を測定した.その結果, 150 mS/cmの導電性を有していたthick-1は, reduced thick-1に還元することによりその導電性を6.7 mS/cmに変化できることを見出した.これは,ボトムアップ構築による金属錯体ナノシートの電気特性を酸化還元により制御した初めての例である.この実験結果で重要なことは,ナノシートの構造を保持したまま,化学的な酸化還元によりシートの電子数をコントロールできた,という点である.これは,ナノシートのバンド構造においてフェルミ準位を制御したことに相当する.この結果は, FET素子構造を用いることで,ナノシートのフェルミ準位,電子状態,将来的にはスピン状態を静電場により制御できる可能性を示している.3.4トポロジカル絶縁体としてのジチオレンナノシート最近,この金属ジチオレンナノシートが二次元トポロジカル絶縁体となり得るという理論予測が計算科学者によりなされた.トポロジカル絶縁体とは,極めて特殊な絶縁体であり,バルク部分が絶縁体としての性質を有している一方で,そのエッジ部分(三次元物質における表面,二次元物質における縁)がスピン偏極した金属状態になるという性質を有する.これは従来の半導体や金属,絶縁体とはまったく異なった新物質である.このエッジ部分を流れる電子は質量がゼロのディラック粒子であり,超低消費電力デバイスやスピントロニクスデバイス,次世代量子コンピュータへの応用が強く期待されている.トポロジカル絶縁体は,物理学において最もホットな話題として,理論,実験の両面から精力的に研究が進められている. 19),20)トポロジカル絶縁体の実現には,スピン軌道相互作用が重要な要素となる.スピン軌道相互作用によって物質の(バルクの)電子バンド構造にエネルギーギャップが生じ,そのギャップ内に,エッジ状態に起因する特殊な電子状態(ディラックコーン)が形成される.これまで6回対称性を有する二次元電子系であるグラフェンが,二次元トポロジカル絶縁体である可能性が指摘された.しかしながらグラフェンは炭素のみで形成されているためスピン軌道相互作用が小さく,物質内部に生じる絶縁体としてのバンドギャップは10 ?3 meV程度と非常に小さく,トポロジカル絶縁体研究の材料としては必ずしも適当ではない. 21)そのような中, Feng教授は金属ジチオレンナノシートが世界で初めての有機金属錯体によるトポロジカル絶縁日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)図12(a)第一原理計算により求められたNiジチオレンナノシート(単層)のバンド構造.(b)スピン軌道相互作用により生じるギャップ構造周辺の拡大図. 22),23)(Band structures of single-layer nickelbis(dithiolene)nanosheet obtained by first-principlescalculation.)体である可能性を指摘した. 22)図12に第一原理計算により求められたNiジチオレンナノシートのバンド構造を示す.ジチオレンナノシートの6回対称性を反映し,グラフェンにおけるディラックコーンと類似の構造が生じている.しかし,金属ジチオレンナノシートは,グラフェンとは異なり,金属イオンや硫黄原子という炭素より重い原子から構成されているため,より強いスピン軌道相互作用と,それによる物質内部での大きなエネルギーギャップが期待できる.第一原理計算においてスピン軌道相互作用を考慮すると,ディラック点に13.6 meVのギャップが生じ(図12bの? 1),そのギャップの位置にエッジ状態が存在していることが予測された.3.5ナノシート研究の今後今回報告したπ共役系金属錯体ナノシートは,二次元π共役電子系と金属錯体の両方の特長を兼ね備えている.すなわち,二次元空間内で非局在化した電子による量子物性を,金属イオンと配位子の組み合わせにより多様に生み出すことが可能である.本研究では,金属ジチオレン錯体に由来する酸化還元特性を利用し,電気特性(導電性)をスイッチングさせることに成功した.このようなナノシートの電子状態を,電場や光といった精密制御が可能な外部刺激によりコントロールすることができれば,金属錯体ナノシートを基盤とした新奇な物性開拓の研究がより大きく広がることと思われる.ジチオレンナノシートは,前例の少ない二次元トポロジカル絶縁体である可能性が理論的に予測されている.ジチオレンナノシートのトポロジカル絶縁体としての特性を調べるためには,高品質かつ均質な(単層)ナノシートの合成法の確立が重要である.また,予測されているエネルギーギャップ(13.6 meV)は, Bi系の二次元トポロジカル絶縁体に比べると小さく,この値を大きくすることも重要であろう. 24)後者については,例えば金属イオンとしてPtやAuを用いる,または配位子の硫黄原子をセレン原子へと置換するなど,系に重原子を導入することで,より大329