ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No6

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日本結晶学会誌Vol55No6

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概要

日本結晶学会誌Vol55No6

草本哲郎,神戸徹也,西原寛図6(a)(RuC 6Me 6)3(bht)のサイクリックボルタモグラム.(b)錯体の酸化還元挙動.数字はRuジチオレン部位の形式価数を示す.(Cyclic voltammograms andschematic redox behavior of(RuC 6Me 6)3(bht).)る.単結晶X線構造解析の結果, Irを中心金属とする(IrC 5Me 5)3(tht)ではIrイオンはわずかに湾曲した二次元π共役平面上に位置し,π共役を介した金属間の相互作用が期待できる(図5b中).電気化学測定の結果,どの錯体においても3段階の1電子還元波が観測され,弱いながらも3つの金属イオン間に電子相互作用が働いていることが示された. 11)三角形3核クラスター錯体の三次元拡張を目的として,金属ジチオレン錯体上での金属-金属結合生成反応を用いた金属イオンの三次元集積を考えた.この金属-金属結合生成反応は,われわれが独自に開発し,研究を進めてきたものであり,金属ジチオレン環の金属部位の電子不足性と5員環の擬芳香族性に基づいたユニークな反応である. 12)三角形3核錯体(IrC 5Me 5)3(bht)および(CoC 5H 5)3(bht)にこの反応を適用することで, Ir-Co結合を有する9核クラスター錯体(IrCo 2CO 5C 5Me 5)3(bht)(図5a)ならびにFe-Co結合を有する6核クラスター錯体(FeCoCO 3C 5H 5)3(bht)を構築した.単結晶X線構造解析の結果,(IrCo 2CO 5C 5Me 5)3(bht)はIr-Co結合(平均距離2.610 A)を有するIrCo 2クラスター構造を形成しており, 3つのIrCo 2ユニットのうち1つのCo 2がπ共役平面に対し逆方向から付加した[syn, syn, anti]構造を有していることが明らかとなった(図5b右).これはCo 2CO 5部位間の立体反発に起因していると考えられる.3つのIrイオンを含むπ共役系は,わずかに湾曲しているものの平面構造を保持していた.(IrCo 2CO 5C 5Me 5)3(bht)の電気化学測定の結果, 3段階の可逆な1電子還元波が観測されたが,これらの還元反応は主にCo 2への電子供与反応であることがDFT法による理論計算により示された.すなわち(IrCo 2CO 5C 5Me 5)3(bht)では,還元状態において,Irジチオレン環を含む広いπ共役系を介して, 3つのCo 2ユニット間に電子相互作用が働くことを見出した. 13)以上のように,われわれは三角形3核クラスター錯体を基盤として,π共役系の二次元拡張および三次元的な金属図7 Niジチオレンπ共役シートの構造.(Chemical structureof nickel bis(dithiolene)complex nanosheet.)原子集積化により,新たな混合原子価状態および電子相互作用を生み出すことができた.2.4π共役ナノシートへの展開上記のようなdiscreteな(=0次元の)金属ジチオレン錯体を適切な手法を用いて高次集積することができれば,新しい機能を示す分子超構造体が創製できる.われわれはこれまでの研究結果を元に,金属ジチオレン錯体が有する平面π共役性と酸化還元特性という特長を最大限に活かすことができる高次集積体として,図7に示すNiビスジチオレン錯体骨格からなるナノサイズの二次元π共役シートを考えた.このナノシートは三角形3核錯体の形成に用いたベンゼンヘキサチオール配位子とNiイオンから成り, Niビスジチオレン錯体(Niに対し2つのジチオレン配位子が結合している錯体)骨格がベンゼン環により連結された6回対称構造を有している. Ni(bdt)2が示すように(図1c), Niビスジチオレン錯体では平面π共役系が分子全体に広がっている.よってNiジチオレンナノシートでは,材料全体が二次元的にπ共役した状態の実現が期待できる.また,最近接のNiイオン同士を結んでできるネットワーク構造はカゴメ構造と呼ばれており,幾何学的特異性から物理学や結晶学の分野において特に注目されている構造である.こうしたヘキサゴナルな分子性π共役ナノシートの最も有名な例としてグラフェンが挙げられる.グラフェン上の二次元的に非局在化された電子は,極めて高い移動度や異常量子ホール効果を生み出すことが明らかになり,近年盛んに研究が進められている. 14)一方で金属ジチオレンナノシートは,非局在化した電子に基づく物性に加え, 1金属と配位子との組み合わせによる化学および電子構造の多様性, 2ビスジチオレン錯体由来の酸化還元特性, 3ボトムアップ的な合成手法による材料の構築,という特長がある.これらはグラフェンでは実現困難な性質であり,金属ジチオレンシートは,グラフェンでは達成できない新たな物性を発現する可能性がある.326日本結晶学会誌第55巻第6号(2013)