ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No5

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日本結晶学会誌Vol55No5

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日本結晶学会誌Vol55No5

新刊紹介Biomolecular CrystallographyPrinciples, Practice, and Application toStrauctural BiologyBernhard Rupp著Garland Science(2009年)ハードカバー:800頁ISBN 978-0815340812アメリカでPSIというプロジェクトがあった. 2000年から5年間,そして引き続いてPSI2が行われた.いずれも数百万ドルをかけ,多くのセンター,研究者が参加するものであった.目標として掲げられたものは,「DNA配列からタンパク質の三次元構造を導くための新しい研究法の開発」というかたちでまとめられていた.日本でもこれに対応するプロジェクトが行われたことは周知のとおりである. X線を用いた結晶構造解析法がその主要な部分を占めていたことは言うまでもない.Bernhard RuppによるBiomolecular Crystallographyが2009年に出版された. A4判で800ページに上る力作である.学生諸君と一緒に読んでいるが,まだ全部を読み通してはいない.この書物が10年にわたるPSIプロジェクトの成果の1つであると言えると思う. PSIで力点を置かれたことは,要素技術の開発そして高効率化ということであった.タンパク質結晶学のテキストは(自分の知る範囲で)英語,日本語で十指に余ると思うが,最新の成果を取り入れているという点で異彩を放つものと言えよう.こうしたテキストの著者はふつう教育経験のある大学教授であるが,この著者は経歴もよくわからないが, PSIプロジェクトのなかで活躍した研究者であったようである.とくにMycobacterium tuberculosis関連のタンパク質の構造研究に従事した方のようで, PDBで検索すると30個の構造が登録されている.精力的に仕事をした方だと思われる.この本の特徴の1つは2009年段階でのタンパク質結晶学のすべての局面を網羅していることであろう.最先端のテキストと言えば, International Tables for CrystallographyVol.Fのように多くの執筆者がそれぞれの得意な分野をカバーするというものが多い.ところがこの書物は単独の著者がすべての分野を一人の視点で取捨選択したのであり,一貫した考えでまとめられていることが特質である.とりあえず目次を示そう.1緒論, 2タンパク質の構造,3タンパク質の結晶化,4結晶学のためのタンパク質調製, 5結晶の幾何学,6回折の基礎, 7結晶学における統計と確率,8装置とデータ収集,9位相問題,電子密度図の作成,10位相の実験的決定,11非結晶学的対称性,分子置換法,12モデルの作成,精密化,13構造の検証,解析,表示こうして眺めてみると,標準的なタンパク質結晶学の教科書の配列を踏襲しているように見える.しかし4章と7章がPSIプロジェクトの成果を体現していると思われる.タンパク質結晶解析の最初の隘路が結晶の調製であることは周知のとおりである.精製したタンパク質が素直に結晶してくれないで困った経験はどなたもおもちであろう.遺伝子組み換えの技術を使って大量発現する,可溶化するために,アミノ酸置換を行う,ランダムコイルの構造をとると思われる部分鎖を切除するなどの操作が広く採用されることになったのも, PSIのようなビッグプロジェクトがもたらした成果と思われる.これらの事項が4章で詳細に述べられている.構造解析のコンピュータプログラムが開発されたこともプロジェクトの発展におおいに寄与した.特筆すべきことは,確率の考えを取り入れたMaximumLikelihood Functionをプログラムの基礎理論として採用していることである.近似的な解が得られたとき,最小自乗法が活用されるが,収束の範囲が狭いことが難点である.しかしMLFの方法によって,確率の高い方向を求めることによって,解に近づきやすいと言えるだろうか.その基礎が7章で述べられている.もちろん従来のWilsonが示した構造因子の分布,絶対スケールへの変換,規格化構造因子など,結晶学における確率統計の基礎が独立の章として取り上げられていることは特筆すべきことである.9章以下の解析法の詳述には,具体的に解析プログラムの例を挙げながら, MLFの思想がどのように貫徹されているか,を理解することができる.すべてカラーの図が数多く配置されている.ほとんどがコンピュータで描かれた図である.図を次々と眺めていて,ほぼ筋書きが理解できる.図示のプログラムもまた,この十数年の成果である.その意味でどこにどんなことが書いてあるかよくわかるので,事典のように使うことができよう.ミスがないわけではない.正誤表がウェブサイトに掲載されているが,多数に上るのはちょっと残念である.タンパク質結晶解析に従事する学生・研究者には座右に置いて損はないと思われる.(安岡則武)日本結晶学会誌第55巻第5号(2013)315