ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No5

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日本結晶学会誌Vol55No5

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概要

日本結晶学会誌Vol55No5

非整合な構造をもつスピネル化合物CuV 2S 4の結晶構造解析が金属的から絶縁体的に変化し,磁化率などのほかの物性も異常を示すことが多い.このようなCDWは一般的に,MX 2, MX 3(M=Nb, Ta:X=S, Se, Te)やTTF-TCNQなどの低次元電気伝導体に発現する現象である. 10)低次元伝導体においてCDW転移が多く発現する理由は,伝導電子の運動方向が制限され電子-格子相互作用などの量子力学的な効果が顕著に現れるためである.一方で,本研究で扱うCuV 2S 4もまた1981年にCDW形成の可能性が報告され多くの注目を集めた. 11)この理由は, CuV 2S 4が三次元格子をもつスピネル化合物であり,三次元性をもつ物質においてCDW転移が観測される現象がきわめてまれなためである.このような背景の中,これまでにCuV 2S 4が示すCDW転移の起源を明らかするために数多くの実験的・理論的研究がなされてきた. 11)-23)CuV 2S 4は室温で正スピネル型構造を形成し, 100 Kまでの低温領域では金属的な挙動を示す.さらに温度減少に伴い, T s1~90 KとT s2~50 Kにおいて電気抵抗率と磁化の温度依存性に異常がみられ,これらの温度で特異な相転移を示すことが報告されている. 11),12) Flemingらの単結晶X線回折の結果によれば, T s1において波数ベクトルq=(1/4-δ)[110]をもつ非整合な超格子反射が観測され,さらにT s2でその波数ベクトルがq=(1/3-δ)[110]へと変化することが報告された. 11)このような事実から,CuV 2S 4が低温で示す多段の相転移は非整合なCDWの形成と大きく関係していると考えられている.さらに,過去に報告された光電子分光と第一原理計算の結果によるとCuV 2S 4のCuイオンはCu+の状態であり,フェルミエネルギー(EF)近傍の状態密度は主にVイオンの3d軌道によって占められていることが明らかにされた. 13),14)この結果はCuV 2S 4におけるスピネル型構造のBサイトを占有したVイオンが混合原子価状態であることを意味している.また,光電子分光の実験により90 mV程度のギャップをもつ擬ギャップのような振る舞いが観測されており,フェルミ面のネスティングがCuV 2S 4におけるCDWの形成と関係しているのではないかと議論されている. 14),15)このようにCDWに着目して多くの研究がなされているにもかかわらず, CDW相における結晶構造に関しては結晶系と超格子反射の存在しか報告されておらず, 11),16)いまだそのCDW相の起源は明らかにされていない.この理由としては,非常に弱い積分強度をもつ超格子反射を実験的に精度よく捉えることが困難であることや, CDW相の構造は非整合周期をもち,通常の三次元構造解析では解析を行うことができず,非整合な変調を考慮した多次元構造解析24)-27)を行う必要がある,ということが挙げられる.さらに,もう1つの問題としてCuV 2S 4の試料依存性も挙げられる. 16),17),28)そこで,本研究ではT s1とT s2で相転移を示す良質な多結晶試料を用いて,高輝度・高分解の放射光粉末回折実験を行い,非整合周期を考慮した結晶構造解析を日本結晶学会誌第55巻第5号(2013)行うことにより, CuV 2S 4が示すT s1とT s2での物性異常の起源を明らかにすることを目的とした.3.実験方法CuV 2S 4の多結晶試料は固相反応法により作製した.高純度のCu(4N),V(3N),S(6N)粉末を化学量論比になるように秤量した後,石英管内に封管し, 850℃で7日間熱処理を行った.焼結した試料を粉砕し,ペレット状に成形した後,再び1123 Kで5日間熱処理を行い,正スピネル型構造の単相試料を得た.なお,合成中の酸素混入を防ぐために,合成にかかわるすべての工程をArガス雰囲気中のグローブボックス内で行った.得られた多結晶試料を用いて大型放射光施設SPring-8の大型デバイシェラーカメラが設置されている粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2 29)で放射光粉末回折実験を行った.測定に使用した波長は0.49997 Aであり,温度制御にはHe/N 2吹き付け低温装置を使用した.粉末結晶構造解析には多次元構造解析に対応したJANA2006を使用した. 30)また,磁化の温度依存性はSQUID磁束計を用いて5~300 Kの温度領域で磁場を0.5 T印加し測定した.4.実験結果4.1磁化の温度依存性図1にゼロ磁場冷却(zero-field-cooled:ZFC)と磁場中冷却(field-cooled:FC)における磁化率の温度依存性を示す. T s1~90 KにおいてOkadaらの文献16)と一致するような磁化率の急激な減少が観測された.また, T s1における相転移は温度ヒステリシスを示さないこと,過去の比熱の測定によりT s1でラムダ型のピークをもつことを考慮すると, 23) T s1における相転移は二次相転移であると考えられる.一方,温度減少に伴いT s2~50 Kにおいて磁化率が上昇する振る舞いが観測された. T s2の相転移は約20 K図1 CuV 2S 4における磁化率の温度依存性.(Temperaturedependence of the magnetic susceptibilities on ZFCand FC condition for CuV 2S 4.)309