ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No5

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日本結晶学会誌Vol55No5

日本結晶学会誌55,308-314(2013)最近の研究から非整合な構造をもつスピネル化合物CuV 2 S 4の結晶構造解析大阪府立大学大学院理学系研究科河口彰吾,石橋広記,久保田佳基Shogo KAWAGUCHI, Hiroki ISHIBASHI and Yoshiki KUBOTA: Structural Analysisof Spinel Compound CuV 2 S 4 with Incommensurate ModulationWe have investigated the incommensurate crystal structure of the spinel CuV 2 S 4 , whichexhibits incommensurate charge-density wave at 90 K, using the synchrotron powder diffractiontechnique. It is found that the crystal structure at 70 K has an orthorhombic unit cell with thesuperspace-group Imm2(0β0)with a modulation vector q=0.7391(5)b*. By Rietveld analysisincluding the incommensurate modulation along the b-axis, large static atomic displacementswere found at the positions of V atoms, suggesting that V atoms play an important role in acharge-density wave transition. We have found the formation of V clusters, and arrangementsof the clusters form a gradation pattern along the b-axis.1.はじめにスピネル型構造をもつ遷移金属化合物AB 2X 4は電荷・軌道整列,マルチフェロイクス,超伝導,重い電子的な振る舞いなどの多彩で劇的な物性の変化を示すことが知られている. 1)-9)スピネル型構造では, AとBに遷移金属イオンが占有し, Xに酸素や硫黄などの陰イオンが占有する. AとBの遷移金属イオンはそれぞれ4個と6個の陰イオンXに囲まれた4面体配位(Aサイト), 8面体配位(Bサイト)を形成している.さらにBサイトのみを考慮すると, 4面体が頂点共有して数珠繋ぎになった三次元的な格子(パイロクロア格子)を形成している.一方で, Bサイトにおける遷移金属イオンは8面体配位の結晶場の影響を受けて,自由空間で5重に縮退していたd軌道が,エネルギーの高い2重縮退のe g軌道とエネルギーの低い3重縮退のt 2g軌道に分裂する. d電子はこのような軌道状態にパウリの排他律とフント則に従い占有していくが,その個数が0, 3, 5, 8, 10個以外の場合には,縮退した軌道のうちどの軌道を占有するかという自由度が生じる.この自由度のことを軌道自由度と呼ぶ.また,電子が非整数個ある場合は,電荷の自由度と呼ばれる自由度が存在し,この自由度をもつ多くの物質では混合原子価状態となる.このような状態を有する物質は,温度変化などにより,軌道や電荷の整列を伴う結晶構造や物性の劇的な変化をしばしば起こす.例えば,スピネル硫化物CuIr 2S 4(Ir 3.5+ , d 5.5)は230 Kで電荷・軌道整列に伴って格子が立方晶系から三斜晶系に歪み,電気伝導率が3桁以上も変化する金属-絶縁体転移が生じる. 3)さらにAlV 2O 4(V 2.5+ , d 2.5)という物質では700 Kという高温で軌道・電荷整列が起こり, Bサイトに占有したバナジウムが立方晶系における原子位置から大きく変位し,七量体と呼ばれる分子のような構造の形成に伴い六方晶系に格子が歪むことが報告されている. 4)一方で, LiV 2O 4(V 3.5+ , d 1.5)においては極低温下まで電荷や軌道が整列せずf電子系で観測されているような電子の有効質量が増大する現象5)や,低温下で超伝導を示す物質(LiTi 2O 4:Ti 3.5+ , d 0.5)なども報告されている. 6)このように軌道や電荷が整列する場合には,電子が局在化し,電荷や軌道などの自由度がマクロな物性に大きく影響を与える.一方で,それらの自由度が極低温下まで秩序化しない場合には,電子は遍歴電子のように振る舞うが,通常の金属的な振る舞いとは異なった異常な金属的性質を示すことが多い.以上のように,スピネル型構造のBサイトに混合原子価をもつ物質において,近年多くの実験的理論的研究がなされており,これまでに見出されなかった新奇な物性やその物理学的な機構に関して多くの関心が集まっている. 1)-9)私たちはBサイトにV 3.5+が占有した混合原子価状態の物質CuV 2S 4に関して,最近,低温下で非整合周期をもった結晶構造を明らかにすることができたので,本稿ではその非整合構造に関する詳細と低温下での異常な物性とを絡ませながら紹介したいと思う.2.電荷密度波転移を示すスピネル化合物CuV 2 S 4本研究で扱うCuV 2S 4を紹介する前に,電荷密度波(Charge-density wave:CDW)と呼ばれる物理現象について簡単に述べる. CDWとは,結晶の伝導電子が電子-格子相互作用を受けて,特定のイオンが元の整列した周期とは異なった周期で整列し,結晶全体で電荷密度の濃淡が形成する現象を指す. CDWにはその周期が元の格子の有理数倍である整合構造だけでなく,無理数倍の非整合構造も現れる. CDW転移が出現すると伝導電子が減少し,物質308日本結晶学会誌第55巻第5号(2013)