ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No5

ページ
31/62

このページは 日本結晶学会誌Vol55No5 の電子ブックに掲載されている31ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

日本結晶学会誌Vol55No5

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

日本結晶学会誌Vol55No5

新規ペロブスカイト型ビスマス圧電体薄膜の作製とその特性評価と呼ばれている)を探索することが幅広く行われている.そして,その母体となる材料として正方晶系を有する強誘電体材料を用いることが大きな圧電性を生むのに有効であることが経験的にわかっている.さらにMPB付近における材料特性はよりソフトになることも経験的に知られている.したがって高いキュリー温度を有する組成相境界を有する圧電体を得るためには,高いキュリー温度を有する正方晶圧電体の探索がキーポイントとなる.図2には現在まで広く圧電体探索で検討されてきた正方晶系の強誘電体材料について,その結晶異方性(分極方向とその垂直方向の格子定数の比, c/a比)の順にまとめた.図中には発見された年代も示してある.結晶異方性の大きい材料はキュリー温度が高いことがよく知られている.このことを踏まえて考えると,これまでキュリー温度の高い組成が鉛を含有する材料に限定されていたのは,キュリー温度の高い(つまり結晶異方性の大きい)材料がPbTiO 3に限られていたからである.実際に,これまで(Bi 1/2K 1/2)O 3やBaTiO 3基材料では組成相境界でのキュリー温度は母相のキュリー温度である380℃および130℃より小さな値であった.これが高いキュリー温度かつ大きな圧電性を有する非鉛圧電体探索が難しい最も基本的でかつ最大の問題であった. 2004年以降,高圧合成法によって新しい正方晶強誘電体が次々に報告されている.これらは従来の材料に比べて,非常に大きな結晶異方性を有し,高いキュリー温度が期待できる.これらの新規正方晶材料は,実験的にキュリー温度が900℃を超えるであろうことが証明されてきている.これらの材料群には非鉛化合物であるBiCoO 6) 3やBi(Zn 1/2Ti 1/2)O 7) 3があり, PbTiO 3の代わりにこれらを母体材料とした材料で,鉛系を凌駕する特性を有する可能性があることが期待できる.2.エピタキシャル薄膜合成を用いた新規材料探索2.1材料探索にエピタキシャル薄膜を用いる意味高圧での合成が必要な材料(通常の固相法などでは合成できない材料)を母体として用いる場合,高圧合成法を用いて材料探索を行うのがオーソドックスな研究方法であるが,われわれはエピタキシャル膜を作製する方法を選択した.その理由を以下に示す.1.高圧合成相はエピタキシャル膜でも広い組成範囲で作製可能である.2.高圧合成で難しい高密度体を比較的容易に作製できる.3.結晶配向の異なる膜を作製することによって圧電性の結晶配向性の探索ができる.4.ナノメータで制御された薄いサンプルが作製可能で,分極操作などで不可欠な大きな電界を容易に印加できる.本稿では正方晶BiCoO 3を母材料として,常圧で作製可能であり, 830℃の高いキュリー温度を有する菱面体晶BiFeO 3との化合物(固溶体)薄膜の研究について紹介す日本結晶学会誌第55巻第5号(2013)る.開発した膜は,圧電を用いた微小電気機械システム(MEMS:Micro-Electro-Mechanical Systems)への応用が可能であると考えている.2.2 MOCVD法による高品質エピタキシャル薄膜の合成MOCVD法は成膜の構成元素を含んだ原料ガスを熱などのエネルギーで化学反応させることで膜を作製する薄膜合成方法であり,ほかの気相法での作製に比べて,a)平衡状態に近い条件で製膜することから,欠陥の少ない高品質の膜を得られる.特に酸化物では高酸素分圧下で合成できることは酸素欠陥を低減させるうえで大きな利点となる.b)比較的低真空を用いることから原料濃度が高く,高い成膜速度が達成できることから量産性に優れている.c)基板直上での化学反応による製膜であることから,複雑形状の基材への均一成膜が可能である.といった特徴を有することから, Siや化合物半導体では量産プロセスとして広く実用化されている.また,薄い三次元構造膜の作製が必要不可欠な高密度FeRAMでも量産プロセスとして使用されている.高品質エピタキシャル薄膜を作製する際に用いられるほかの方法としてスパッタリング法やPLD法が挙げられるが,これらの手法は出発原料として固体ターゲットが必要となる.高圧相材料を合成する場合,出発ターゲット自身を作製するのが非常に困難であるため,出発原料が容易に準備できるMOCVD法は最適であると言える.2.2.1原料ガスの選択MOCVD法はプロセス上,作製したい構成元素を含んだ原料ガスが必要である. MOCVDの出発原料としては,a)毒性がない,あるいは少ないことb)蒸気圧が0.1 Torr以上得られることc)気化温度で気体また液体であることd)分解温度と気化温度の間に十分な温度差がとれ,気化温度が200℃以下であることが望まれる.2.2.2薄膜作製手順図3に本研究で用いたMOCVD装置の概要を示す.装置は大きく原料供給系,反応室および排気系の3つの部分図3 MOCVD装置の概略.(Schematic of MOCVD.)297