ブックタイトル日本結晶学会誌Vol55No5

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日本結晶学会誌Vol55No5

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概要

日本結晶学会誌Vol55No5

BiCo 1?xFe xO 3の分極回転現象2.圧電セラミックスPZTの単斜晶相2.1単斜晶相中での分極の回転PZTの分極回転を説明するにあたり,まず正方晶相,菱面体晶相,そして単斜晶相の結晶構造と空間群を整理する.なお,各相における表記の統一のため,擬立法晶ペロブスカイトの単位格子を用いて分極方向を表現していく.結晶中における分極の方向は,空間群によって決定される.正方晶ペロブスカイト(空間群:P4mm)では,分極は擬立方晶ペロブスカイト単位格子における[001]c方向を向いている.一方,菱面体晶相ペロブスカイト(空間群:R3m)では[111]c方向を向いている.対称性の高い空間群の制約により,両者の分極方向は一方向に固定されている.しかし, PZTのMPBで発見された単斜晶相(空間群:Cm)では,対称性が下がることにより制約が解け,分極は[001]cと[111]cの間の自由な方向を向くことが可能となる.空間群CmはP4mm, R3mの部分群であり,単斜晶相は正方晶相と菱面体晶相の間を繋ぐ中間的な結晶構造と言える.ここで,電場によって単斜晶相中の分極方向が連続的に回転すると考えれば,巨大な圧電応答を説明できる(図2).同様の単斜晶相は,鉛を含むほかの圧電材料(1?x)[PbMg 1/3Nb 2/3O 3]?xPbTiO 3(PMN-PT)7)や(1?x)[PbZn 1/3Nb 2/3O 3]?xPbTiO 3(PZN-PT)8)にも存在すると報告されている.さらに, PZTの母物質であるPbTiO 3において,圧力下での単斜晶相の存在が発見されたことも大きな注目を集めた. 9)2.2 MPB付近における構造解析の現状単斜晶相の発見,そして分極回転というメカニズムによって, PZTの高い圧電特性の起源が説明された.しかし,分極回転はいまだ実験的には観測されていない.その大きな理由の1つとして, MPB付近での構造解析が困難であることが挙げられる. Jinらは,理論計算よりMPB近傍における強誘電相は不安定解であり均一な相としては存在しないと結論づけている. 10)巨視的には単相に見えても,微視的には複数の相が共存しているという指摘である.実際に,マイクロドメインの中にさらに小さなナノドメインが存在することが透過型電子顕微鏡(TEM)で観察されている. 11)-13)ここで,複数の相が存在していることが構造解析にとって大きな問題となる.それはPZTにおける正方晶相,菱面体晶相,単斜晶相の構造の違いが非常に小さいためである. 3)正方晶PbTi 0.48Zr 0.52O 3(325 K)のc軸長とa軸長の比はc/a=1.01であり,ほぼ等方的である.一方,菱面体晶PbTi 0.40Zr 0.60O 3(295 K)のα角は90.45°と垂直に近い.加えて,単斜晶は両者の中間的な結晶構造をとっている.さらに,以上の3相に加え,別の相も存在している.菱面体晶R3m相は,低温でZr/Ti八面体が傾斜することにより,もう1つの菱面体晶相(空間群:R3c)に構造相転移する. 1)また,同様の傾斜により,単斜晶PbTi 0.485Zr 0.515O 3は189 K以下で,もう1つの単斜晶相(空間群:Cc)に構造相転移することも報告されている. 14),15)つまり, PZTのMPB付近には,構造のよく似た5つの相が存在しうることとなる.回折実験においては,各相のパターンが重なり合うため,解析が難しい.以下に過去に報告された構造解析結果を紹介していく. Coxらは単斜晶Cm, Cc相と菱面体晶R3c相の存在を仮定して中性子回折パターンのリートベルト解析を行い, PbTi 0.48Zr 0.52O 3(20 K)は単斜晶Cm相とCc相の共存状態であると結論づけた. 16)また, Franttiらによる中性子回折実験では, PbTi 0.48Zr 0.52O 3(10 K)は主相である単斜晶Cm相と微量の菱面体晶R3c相の共存状態であると提案されている. 17) Raginiらによる構造解析では,室温のx=0.515~0.530の組成は,正方晶P4mm相と単斜晶Cm相の二相共存状態であると報告されている. 18)横田らによって行われた中性子回折実験では, MPB付近でCm, R3m, P4mmの3相が温度・組成に対して分率を変化させながら共存する複雑な相図が提案されている. 19)-21)この相図では,単斜晶相の単相領域は存在しないが,逆に単斜晶相はキュリー点以下のすべての組成領域に存在するとされている.また,単斜晶相格子定数の組成および温度に対する振る舞いが独立していることから,ナノドメイン構造による見かけの相としてではなく実在していることを指摘している.以上のように, PZTの単斜晶相は,単相ではなくほかの相との共存した状態で存在していると考えられている.図2単斜晶相中での分極の回転の図.(The illustrationof the polarization rotation in the monoclinic phase.)対称性の低下により,破線で示した擬立法晶(110)面内で矢印で示した分極が回転することが可能となる.3.BiCo 1?x Fe x O 3の分極回転現象3.1 BiCoO 3-BiFeO 3の単斜晶相3.1.1鉛を代替しうるビスマスを含むペロブスカイト酸化物筆者の属する研究グループでは,これまでのPZTのMPBに関する研究状況を踏まえて,ビスマスを含むペロブスカイト酸化物の研究を行っている. PZTに重量比にして60%も含まれる鉛は,生体毒性をもち,環境への影響が日本結晶学会誌第55巻第5号(2013)279