マジックアングルスピニング
Magic Angle Spinning
固体試料のNMRスペクトルは化学シフト異方性(CSA), 双極子および核四極子相互作用などの要因によりその線幅が著しく広がる. マジックアングルスピニング(MAS)はこの広幅化を解消する手法の一つで, 試料を外部磁場に対して55゜44′(1-3cos2θ=0の解)傾けた回転軸に対し高速に回転させなからNMRを観測する方法である. これは時間平均による上記各要因の消滅効果を期待するもので, 原理の詳細については文献1)-4)を参照されたい. MASの効果は観測核によって異なる. 核スピン数I=1/2の場合, 同核あるいは異種核双極子相互作用が線幅を広げる主要因であるが, 現在市販されている装置ではこれらを完全に消去し得る回転速度は得られない. 多重パルスや高出力1Hデカップリング法でこれらの要因を取り除き, 残りの要因であるCSAを除去するためにMASを併用するのが実際的である. CSAが回転速度よりも大きな場合, スピニングサイドバンドピーク(SSB)が真のピークの両側に回転速度の整数倍の位置に顕著に現れるが, これはTOSSと呼ばれる方法5)で消去できる. 逆にSSBからCSAの情報などを得ることもできる. I>1/2の場合, 線幅を広げる要因として核四極子相互作用が加わる. 観測核が対称性のよい環境にあって核四極子定数がゼロに近ければ, MASによる突鋭化が期待でき, 観測磁場を大きくするほどその効果は大きくなる. しかし, 核四極子定数が大きな場合, MASによる突鋭化には限界がある. なお, 単結晶や一軸配向試料ではMASを行わずにスペクトルを観測し, これを解析すればより多くの知見が得られる. 1) C.A.Fyfe: "Solid State NMR for Chemists", C.F.C.Press, Guelpf(1984). 2)日本化学会編:"化学総説49:新しい磁気共鳴と化学への応用", 学会出版センター. 3)斉藤 肇, 森島 紡編, "現代化学増刊11:高分解能NMR-基礎と新しい展開", 東京化学同人(1987). 4)安藤 勳編, 高分子の固体NMR, 講談社サイエンティフィク(1994) 5)W.T.Dixon, J.Shaefer, M.D.Sefcik, E.O.Stejskal and R,A,Mckay: J. Magn. Reson. 49,341(1982).
(名古屋工業大学 吉永広明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.02

共鳴多光子イオン化法
REMPI
レーザーのフォトン密度が高いことを利用して, 分子の多光子吸収で電子遷移による励起状態をつくり, さらに光イオン化する過程をいう. 波長可変レーザーを用いることで許容遷移する励起準位に共鳴的に励起が起きるので, それに伴いイオンの生成量の増大が見られる. 生成するイオンを検出すると, レーザーの単色性のため, 高分解能で電子遷移スペクトルが観測できる. 1光子励起, 1光子イオン化((1+1)-REMPI)の場合, 回転遷移は双極子遷移の選択則ΔJ=0, ±1に従って起きるので, P, Q, R枝を分離した観測ができ, 回転エネルギー分布が測定できる. フランク・コンドン因子が大きい許容遷移を用いると, イオンは100%に近い効率で検出できるので, 高感度で中性分子の検出ができる.このことを利用して, パルス分子線を用いる分子線散乱, パルスレーザーによる誘起脱離などの実験で, 入射分子, 散乱分子, 脱離分子の状態弁別した検出をし, 並進, 回転, 振動エネルギー分布が得られ, 散乱, 脱離過程の研究が行われている. 中性原子の検出にも高感度検出の観点から利用されている.
(東京大学物性研究所 村田好正)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.02

結合性,反結合性軌道
LO, LCAOMO
分子の電子構造を記述するのに分子軌道法(MO法)が有用である. 特に原子軌道の線形結合で分子軌道をつくるLCAOMO法が広く用いられている. 簡単なために等核2原子分子で説明する. 原子軌道をφ1, φ2とすると, LCAOMO法での分子軌道はΨ±=c1φ1±c2φ2である. この軌道エネルギーは E±=(H11±H12)/(1±S)となる. ただしHij=<i|H|j>, S=<i|j>, Hはハミルトニアンである. H12<0, 0<S<1なので, E+に対応するΨ+の準位は結合を作ることで安定化し, E-に対応するΨ-の準位は不安定化する. Ψ+が結合性軌道, Ψ-が反結合性軌道である.これらの軌道が電子で占有されたとき,結合性軌道では原子間の電荷密度が増大し,反結合性軌道では減少する.
(東京大学物性研究所 村田好正)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.02

氷包埋
Ice Embedding
水溶液中の試料を, 薄い水の膜の中に保持して凍結固定する手法, あるいは, それを低温電子顕微鏡で観察する技術. 電子線の通路は高真空に保たれているので, その中に生体試科を挿入して観察しようとすると, 水が蒸発して生体試料は変性(denaturation)してしまう. この問題を解決するためにAdrianら1)が考案した手法. 電子顕微鏡用支持膜に試料溶液をのせた後, 余分の液を濾紙で吸い取り, その直後に液体窒素で冷却した液体エタン(-180℃)中に落下させて凍結する. 液体エタンは液体窒素より熱容量が大きく, 沸点と融点の温度差が大きいので冷却する試料と冷媒液の間に気相の膜が形成されない. 気相の膜は熱伝導性が悪いが, 液体エタンと試料が直接接触できるので冷却速度を速くできる. このようにして凍結された氷は, 非晶質(Vitreousice)となり, 水と極めて近い構造を保っている. それゆえ, 生体試料を生来の構造のままに保持して観察できる。 1)M.Adrian, J.Dubochet, J.Lepault and A.W.McDowall: Nature 308, 32(1984).
(松下電器産業(株)国際研究所 藤吉好則)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.02

分解能
Resolution
分離して観察する事ができる最少の距離, あるいは, フーリエ変換して充分なシグナル強度を有する最大空間周波数の逆数. 分解能にはいろいろな定義があり, 同じ像でも定義の仕方で分解能が異なってくる. 上記の前者の定義は, 2つのものを観察したときに, その強度分布(Density profile)の谷の部分が, 2つの頂点の0.81以下である最少の距離(Rayleighの定義: M.Born & E.Wolf,Principles of Optics 5th edn, 333-334(Pergamon. Oxford l975).). 後者の定義は, 結晶性試料の場合を例として説明する. 像をフーリエ変換(Fourier transform)した時に, 観察できる最も原点から遠い回折点の面間隔の値を分解能とする。ただし, この場合に観察できる限界をどのように取るかが問題であるが, 回折点のシグナルとノイズの比をIQ値で定量的に評価する方法がある.1) そのIQ値のどこまでを観察限界とするかで像の分解能の値も異なってくる. 1)Henserson et al., Ultramicroscopy 19, 147-178(1996).
(松下電器産業(株) 国際研究所 藤吉好則)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.02

超イオン導電体
Superionic Conductors
融点以下で電気伝導度が大きい固体電解質. Ag+, Cu+, Li+などが伝導に寄与するカチオン導電型, F-, Cl-, O2-などのアニオン導電型がある. 典型的な超イオン導電体であるAgIのα相のイオン導電率は~1 Ω-1・cm-1であり, ほぼ鉛蓄電池における硫酸水溶液中のPb2+の導電率に相当する. 結晶質およびガラス質の超イオン導電体があり, 電池などの機能材料として重要である. 超イオン導電体相における原子の熱振動因子のパラメータの値は, 通常の物質の10倍から100倍ほど大きく, 熱振動は非調和性を伴う. α-AgI型構造ではユニットセル中の原子数は比較的少ないが, 平均構造(ばらまき構造, 原子の確率分布)のため多数の原子位置が必要となり, bccなど対称性の高い構造にもかかわらず, 多数の構造モデルが提出される原因となっている. 大きな熱振動および原子の無秩序分布のため, 強い散漫散乱が観測される. フォノンには, 低温相および超イオン導電相とも, 分散のほとんどない低エネルギー励起モードが存在する.
(茨城大学理学部  佐久間 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

散漫散乱
Diffuse Scattering
結晶性物質のX線・中性子散乱測定から得られる回折パターンは, 鋭いピークのデバイラインとバックグラウンドから構成される. デバイラインは, 原子分布の時間的ないしは空間的な平均構造を反映する. バックグラウンドは, コンプトン散乱などの非弾性散乱のほか, 原子の無秩序分布などの静的な要因による平均構造からのずれ, 熱振動などの動的な要因による平均構造からのずれにより生ずる散漫散乱を含む. これまで, 主として合金や無秩序分布原子などの短距離秩序度(short-range-order)に関する散漫散乱の詳細な研究が行われている. 熱振動が大きい場合, あるいは熱振動における原子間の相関が強い場合にも, 振動的な強い散漫散乱が生ずる. 散漫散乱を静的な乱れからの寄与, および熱振動などの動的な乱れからの寄与に分離し議論するためには, たとえば中性子散乱(全散漫散乱)および中性子弾性散乱(静的構造の乱れによる散乱)の併用などが望ましい.
(茨城大学理学部  佐久間 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

中性子非弾性散乱
Neutron Inelastic Scattering
中性子が凝縮体などとエネルギーや運動量を交換し, 散乱される現象. フォノン, マグノンなど凝縮体における素励起の分散関係(ω=ω(Q))の測定に利用される. これらの分散関係の解析から, 音速(弾性定数), スピン間の交換相互作用などが導出できる. 原子が独立振動する場合や, 可動イオンがプラズマ振動する場合などでは, 分散がほとんどないエネルギー励起(ω~const.)となる. 非干渉性非弾性散乱強度Iinc(Q, ω)および干渉性非弾性散乱強度Icoh(Q, ω)のフーリエ変換から, それぞれ, 時空相関関数の自己部分(Gs(r, t))および全体(Gd(r, t)+Gs(r, t))が導出できる. 合金中の水素原子や固体電解質中の導電イオンなど, 液体中や固体中の原子拡散や分子の回転などの研究に利用される準弾性散乱は, 厳密には非弾性散乱といえる. 準弾性散乱は, 弾性散乱を中心として広がったスペクトルとなる. フォノンのダンピングが激しい場合, 非弾性散乱でも準弾性散乱のような形状となる場合があり注意を要する.
(茨城大学理学部  佐久間 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

層状ケイ酸塩鉱物
Layer Silicate, Sheet Silicate
1個のSi(あるいはAl)を4つの酸素が囲んでできるSi-O 四面体の3つの頂点を隣の四面体と共有することによってSi-O四面体が二次元的に広がった四面体シートを形成する. この四面体シートを結晶構造の基本的な構成要素とする層状のケイ酸塩の一群を層状ケイ酸塩鉱物という. 一方, 6個の酸素(あるいはOH)がMg, Alなどを囲こみ八面体をつくる. これが二次元にひろがり八面体シートを構成する. 層状ケイ酸塩鉱物は四面体シートと八面体シートが積層して層状の結晶構造を構成している. 代表的な雲母では, 2つの四面体シートと1つの八面体シートから構成される2 : 1層とよばれる構造単位をもち, 2 : 1層-層間(K+)-2 : 1層と積層して層状の結晶構造を作る. 層状ケイ酸塩鉱物の構造は層状を成すことからフィロケイ酸塩(phyllosilicate)ともいう. 化学的にはAl, Mg, Fe, アルカリなどの含水ケイ酸塩で, その代表的なものに粘土鉱物(雲母, 緑泥石, タルク, スメクタイト, カオリン鉱物など)がある.
(上越教育大学  渡辺 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

混合層鉱物
Mixed-Layer Mineral, Interstratified Mineral
一般的には2種またはそれ以上の異なる鉱物が単位格子のオーダーで統計的な分布をしている結晶構造をもつ鉱物. 層状ケイ酸塩鉱物に特徴的に見られ, 層面を平行にして, 繰り返し積み重なってできている層状ケイ酸塩鉱物をいう. その様式によりいくつかのタイプにわけられる. 単純な単位が繰り返して構造を形成しているもの(規則型)やそれらの周期がまったく存在しないもの(ランダム型)があり, 規則型-ランダム型の間には種々の程度の規則性をもつをもつ不規則型が定義される. 粘土鉱物に見られる混合層鉱物には, 雲母/スメクタイト, 緑泥石/スメクタイトなどが代表的である. これらの混合層鉱物は熱水変質作用によって生成されるほか, 地殻浅所で低温低圧な続成作用によってスメクタイトから変換する. Clays & Clay Minerals 31, 401-412(1983).
(上越教育大学  渡辺 隆)
層電荷
Layer Charge
層状ケイ酸塩鉱物(Layer Silicate Minerals)の2 : 1層は通常, 負の電荷をおびており, 層間の陽イオンなどによって正の電荷とバランスしている. この2:1層の負電荷を層電荷とよび(Si, Al)4O10(OH)2の組成あたりの電荷の絶対値で示す. 層電荷の主な要因は八面体における陽イオン置換(Mg+2→Al+3)や四面体における置換(Al+3→Si+4)などである. 層電荷は2 : 1層-層間-2 : 1層の結合力をあらわす. 層電荷が小さいと層間の陽イオンの保持力が弱くなって陽イオン交換が起こりやすくなったり, 層間に水分子や有機物質などが入り底面間隔がひろがる. これらの性質をもつ粘土鉱物は膨張性粘土鉱物(expandable clay minerals)ともよばれその応用分野は広い. T. Sato et al.: Clays & Clay Minerals 40, 103-113(1992).
(上越教育大学  渡辺 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

ハミルトングラフ
Hamiltonian Graph
ある1点から出発して, 全ての点を一度だけ通って, またもとの出発点に戻る道が存在するグラフをハミルトングラフといい, オイラーグラフと並んでグラフ理論上では重要な分野を占めている. この問題は量子力学にハミルトニアンとしてその名を残しているウイリアム・ハミルトニアン卿により提示された. グラフのハミルトン性は点の数が8までは証明可能であるが, それ以上の場合についての一般的証明法はない. したがって, ひとつひとつそのルートを探す他はない. ゼオライトを含めたテクトけい酸塩の三次元フレームワーク構造について, 点の数(単位格子中のSiまたはAl数)が38まではハミルトン(グラフ)であることを筆者は確認したが, それ以上では探索が困難なため未検討である。ゼオライト構造のハミルトン性を利用すれば構造をひとつの円グラフと2次の正則グラフの和として表現でき, 既知の構造のキャラクタリゼーション, 未知の構造の予測などが可能となる。ゼオライト構造のハミルトン性は生成機構とどんな関係にあるのかも興味を引く問題である。 M. Sato: J. Math. Chemistry 7, 341(1991).
(群馬大学工学部  佐藤満雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

Three Basic Functions
Three Basic Functions
X線や中性子小角散乱法で用いられているコントラスト変化法を最初に提案したのはStuhrmannとKirsteである(H. B. Stuhrmann and R.G. Kirste: Z. Phys. Chem. Neue Folge 46, 247(1965)). その論文の中で彼らは, 溶媒の電子密度ρ0における溶質のX線散乱強度関数をI(s, ρ0)とすると次式が得られることを初めて示した. I(s, ρ0)=( ρ-ρ0 )2 I1(s)+(ρ-ρ0 )I01(s)+I0(s) ここでρは溶質の平均電子密度. ρ-ρ0がコントラストを意味する. I1(s), I01(s), I0(s)がthree basic functionsと呼ばれるものである. I1(s)は溶質の形状, I0(s)は溶質内部の電子密度のゆらぎ(内部構造), I01(s)はI1(s)とI0(s)の干渉に関する散乱強度関数である. 少なくとも3点のコントラストでthree basic functionsが求められることがこの式からわかる. ギニエ領域より高い角度の散乱データが精度よく得られる場合, この解析方法は溶質の構造を求める有力な手段である. Stuhrmannらは実際にこの方法でミオグロビン, リゾチーム, フィブリノゲンなどのタンパク質の溶液中での構造を求めている.
(名古屋工業大学工学部電気情報工学科  川口 健)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.037 No.04

界面スピノーダル分解(組織)
Interfacial Spinodal Decomposition
液相エピタキシーにより作製したIII-V族半導体混晶(A1-xBx)Cでは相分離が起こり, fcc副格子上で局所的にAあるいはB原子が集合する.1)この相分離組織は, バルク結晶のそれとは次の点で異なることが報告されている.(1)濃度変調は成長面内のみで起こり, 成長方向に沿っては発生しない.その結果, 相分離した領域は基板からエピ層表面に向かってコラム状に伸びる.(2)変調周期は100~200Å, バルク結晶中の拡散係数から予想される値よりもかなり大きい.(3)相図中の2相分離曲線の外側の組成を持つ混晶でも変調構造が出現する.これらの実験事実より, この組織は結晶成長時の固/液界面での相分離により形成されたものであると考えられており, 界面スピノーダル分解と呼ばれている. 1)For example, see T. L. McDevitt, S. Mahajan, D. E. Laughlin, W. A. Bonner and V. G. Keramidas: Phys. Rev. B 45, 6614 (1992).
(九州大学工学部 石丸 学)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

圧力誘起非晶質化
Pressure-induced Amorphization
高圧下で結晶が非晶質化する現象で, 三島修らにより氷の高圧下でのX線回折実験において見い出された.その後, ケイ酸塩や水酸化物をはじめとする多くの鉱物や無機結晶に対しても報告されている.X線の波長オーダーでのこのような非晶質化現象について, 固体における一種の準安定的な融解現象であるとみなす考えや相転移の前駆的現象とする説が提案されている.しかしそのメカニズムの解明や, どのような物質に対してまたどのような圧力温度条件でこの現象が起こるのかについて系統的研究はあまりすすんでいない. O. Mishima et al: Nature 310, 393-395(1984); 山中高光:鉱物学雑誌 23, 59-68(1994).
(愛媛大学理学部 入舩徹男)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

スラブ
Slab
大洋底に数万kmにおよび横たわる山脈(中央海嶺)付近で生成した海洋プレートは, 日本列島のような島弧付近でマントル深部へと沈み込む.このように沈み込んだ海洋プレートのことをスラブと称する.スラブは周囲のマントルよりも温度が低く, 地震波速度が早い領域としてその形状を捕えることができる.深発地震のほとんどは沈み込むスラブに伴って起こるが, その発生メカニズムについては不明の点が多い.スラブは下部マントル最上部(深さ約700km)に達すると, その付近に滞留したりさらには下部マントル中まで達するものもあるとされる.
(愛媛大学理学部 入舩徹男)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

金属人工格子
Metallic Multilayers
二種類以上の金属あるいは合金薄膜を, ナノメータオーダーの周期で交互に積み重ねた構造をもつ多層薄膜.金属超格子(Metallic Superlattices)と呼ばれることもある.基礎物性の研究だけでなく磁性材料あるいはX線光学素子への応用研究が進められている.金属人工格子をX線回折格子として利用する試みはすでに1940年代に報告があるが, 1980年頃から, 超薄膜や界面の磁性, 異種金属層を隔てた強磁性金属層間の相互作用などの検討を目的とした多くの研究が報告されるようになった.Pt/Co人工格子の垂直磁気異方性, Co/Cu人工格子の巨大磁気抵抗効果など実用的にも注目される物性が見出されている.また, 機械的性質や超伝導性についても, 金属人工格子特有の性質が見いだされている.最近の総説集として, 「金属人工格子」藤森 啓安 他編著(アグネ技術センタ, 1995), Ultra-thin Magnetic Structures I, II; J. A. C. Brand and B. Heinrich Eds.(Springer-Verlag 1994), Magnetic Multilayers; L. H. Bennett and R. E. Watson Eds.(World Scientific 1994)などがある.
(山口大学工学部 中山則昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

巨大磁気抵抗効果
Giant Magnetoresistance(GMR)Effect
試料に磁界を加えると電気抵抗率が変化する現象を磁気抵抗(MR)効果と言う.金属および半導体では正常MR効果と呼ばれるわずかな抵抗率の増加がみられる.磁性金属における磁化と電流の相対角度に依存する抵抗変化は異方性MR効果と呼ばれるが, 最大でも数%の抵抗変化率である.これに対し, 1988年にフランスのグループにより発見されたFe/Cr人工格子のMR効果は, 低温で磁界を加えると抵抗値が約半分となるほどの大きさであったので, 巨大磁気抵抗効果と呼ばれるようになり, その後Co/Cu人工格子などの多くの金属人工格子でGMR効果が見いだされた.非強磁性層の厚さを変えると抵抗変化率が1nm程度の周期で変化するという特徴があるが, 隣り合う強磁性層間の磁気的結合の周期的変化に対応し, 反強磁性的結合により磁化が反平行となる時に抵抗変化率が高くなる.伝導電子の界面における散乱がスピン方向に依存することが磁気抵抗の起源と考えられており, 構造敏感な特性である.GMR効果を応用した磁気センサ, 磁気ヘッド, 磁気メモリなどの開発が進められている.また, 分散析出型合金薄膜やペロブスカイト型Mn酸化物などでもGMR効果が発見されている.物理学論文選集「巨大磁気抵抗効果」新庄輝也・前川禎通編 (日本物理学会1996)に代表的な論文が集録されている.
(山口大学工学部 中山則昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

ラセミ固溶体
Pseudoracemate, Racemic Solid Solution
一対のエナンチオマーからなる固溶体をラセミ固溶体と呼ぶ.理想的なラセミ固溶体は, エナンチオマー比を変化させたとき, その比に関係なく一定の融点を示す.しかし, 稀にエナンチオマー比が1:1のところで最高融点あるいは最低融点を示すものもある.ラセミ固溶体の報告例は稀であり, その中でも結晶構造の決定例は極めて限られている.Jacques ら1)は結晶構造的特徴からラセミ固溶体を次の3種に分類している.1)Disordered type: 結晶格子に占める分子の配列がキラリティーに関してまったくランダムであるもの.2)Short-range order type: 結晶内で同一キラリティーの分子が局所的に集合しているもの.3)Nonstatistical inverse symmetry type:  両エナンチオマーがそれぞれ結晶内で非等価な位置を占めているもの.一般的には, 1)を指すことが多い. 1)J. Jacques, A. Collet, and S. H. Wilen: Enantiomers, Racemates, and Resolutions, Krieger Publishing Company, Malabar, Florida (1994).
(東京大学大学院工学系研究科 金原 数, 西郷和彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.038 No.06

Huang散乱
Huang Scattering
固体中の不純物(点欠陥やクラスター)は周囲の結晶格子を歪ませる. この歪み場のためにブラッグ角近傍に生じるX線(中性子線)散漫散乱をHuang散乱(ホアン散乱)1)という. ブラッグ角近傍に現れることから, 欠陥からかなり遠い変位場による散乱である. したがってHuang散乱強度の出現は, かなり広範囲に並進周期性が乱れていることを意味する. Huang散乱の測定は, 温度散漫散乱(TDS)やコンプトン散乱の強度を相対的に減少させるため, 一般には極低温で行う. 等方物質で欠陥による変位場が等方的な場合には, 逆格子ベクトルの方向でHuang散乱強度は最大となり, それと垂直な方向で強度がゼロになる. 等方的でない結晶中に異方的な点欠陥分布が存在するときのHuang散乱強度分布は, DederichsやTrinkausによって理論的に研究されている.2), 3) 1)K. Huang: Proc. Roy. Soc. A 190, 102(1947). 2)P. H. Dedrichs: Phys. Rev. B 4, 1041(1971); J. Phys. F 3, 471(1973). 3)H. Trinkaus: Phys. Status Solidi B 51, 307(1972).
(東京工業大学応用セラミックス研究所 佐々木聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

Verwey転移
Verwey Transition
マグネタイト(Fe3O4)でのFe2+, Fe3+の空間的配列に伴う秩序無秩序転移のことをVerwey転移という. マグネタイトはTV●123Kで電気伝導性, 磁性などの物性が著しく異なる構造相転移を起こす. すなわち, 強磁性体が強磁性を保ちながら強誘電体に転移する. この転移は, 常温で立方晶系に属し, 逆スピネル構造をとり, Fe2+, Fe3+に区別がない構造であったものが, 低温でFe2+, Fe3+の間で秩序配列を持つことにより起こると考えられている. 実際, 中性子回折や電子線回折で常温構造の2倍の周期構造を示す衛星反射が観察されている. Verweyら1)は, 電荷の秩序構造としてc軸方向にBサイト中のFe2+とFe3+が一枚ずつ交互に積層するVerwey orderを提唱したが, その構造は否定された. 幾つかの低温結晶構造モデルが提唱されているが, 転移に伴い複雑な双晶をすることもあり, どのモデルも観測強度分布を完全には満たしていない. 低温結晶構造については, まだ決定的な結論が出ていないと考えるのが妥当であろう. 1)E. J. W. Verwey and P. W. Haayman: Physica VIII, 979(1941).
(東京工業大学応用セラミックス研究所 佐々木聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

価数揺動
Valence Fluctuation, Fluctuating Valence
格子をつくるイオンの電荷は一定値をとる場合が多いが, 電荷が時間的に変動していることがある. その典型例は希土類化合物にみられる. 5s, 5p閉殻の内側にある希土類元素の4f電子は結晶中でほぼ局在状態を保っているが, SmB6などの一部の希土類化合物では4f殻に入る電子の数が時間的にゆらいでいる. f電子数のゆらぎが希土類イオンの原子価のゆらぎをもたらすので, 価数揺動と呼ぶ. 原子価揺動や混合原子価(mixed valence)という呼び名もほぼ同じ意味で使われている. アクチノイド元素や遷移金属元素の化合物でも価数揺動が起こる場合がある. 価数揺動は, 帯磁率, 比熱, 電気抵抗の温度変化などに典型的な効果をもたらす. このとき固体内電子は, バンド電子的描像と局在電子的描像とが入り交じった複雑な振舞いを示す.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 佐々木聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

異常透過
Anomalous Transmission
ボルマンは平均吸収係数μから予想されるよりも10~20倍も厚い結晶を透過して回折波および透過波が観測される異常透過現象を発見した(ボルマン効果). 普通ならば, ブラッグ条件を満足し, 回折波が強くなればその分透過波は弱くなるはずであり, 事実薄い結晶においてはそのようになる. だがボルマン効果は, 回折波が強くなるとともに透過波も同時に強くなることから吸収を無視した動力学理論では解釈できない. しかし吸収を考慮することによって, 二つのブランチごとに生じる一方の波はμを上回る吸収を受けて異常吸収され観測されないが, もう一方がμを下回るため異常透過して観測されるこが理論的に証明された. また二つの結晶内定在波の一方が格子面に腹をそして他方が節となることから前者が異常吸収で後者が異常透過するとも解釈できる.
(埼玉工業大学工学部 深町共榮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

分散面
Dispersion Surface
逆格子空間上に結晶内を伝播する波の波動ベクトルkと振動数の関係を示す曲面のこと. 原点をOとし結晶内で一つの回折波のみが強く励起されている(2波近似)時, その逆格子点をHとする. nを屈折率とするならば真空中の波数Kとkとには|k|=nKの関係がある. OおよびHを中心とし|k|を半径とする二つの球(分散球)の交点はブラッグ条件を満足し, その交点ごく近傍で分散面は球面からはずれる(図を参照). 太い実線は分散面で原点側のブランチを1, 外側を2とする. T0およびTHは円弧の一部であり直線で近似できる. ブランチと結晶表面からの法線υとの交点が分散点(伝波点)となり, 分散点からOに結ぶk0(1), k0(2)およびHと結ぶkh(1), kh(2)の波が結晶内に生じる. 回折波同志または透過波同志の合成がペンデルビートとなり, 同じ分散点の波の合成が結晶内定在波を形成する.
(埼玉工業大学工学部 深町共榮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

運動学的回折
Kinematical Diffraction
回折理論には, 完全結晶に適用される動力学的回折理論とモザイク結晶あるいは不完全結晶に適用される運動学的回折理論がある. 入射波があるブラグ反射に対して回折条件を満たすとき, 回折波も同一のブラグ反射に対してやはり回折条件を満たす. 動力学的回折理論では, 入射波, 回折波が何度も結晶中でブラグ反射起こすとして, 理論が構築されている. それに対して, 運動学的回折理論では入射波が一度しか散乱されないと仮定している. シリコン, ゲルマニウムなどの少数の結晶を除いて, 現実のほとんどの結晶では, この近似がほぼ成り立っている. それ故, ブラグ反射強度を測定してなされる通常の構造解析では, 運動学的回折理論に基づいた強度式により解析される. 非常に強度の強い反射に見られる, 消衰効果は, 現実の結晶が動力学的回折と運動学的回折の中間的性質を示していることを表している.
(名古屋大学工学部 坂田 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

(非調和)アインシュタイン模型
Einstein Model
固体の低温での格子振動を, 原子の振動がそれぞれまったく独立であり, 単一の振動数ωをもつN個の振動子と仮定したモデル. 各振動ポテンシャルを のように記述する. α, β, γはそれぞれ2, 3, 4次のバネ定数, r0は各バネの平衡距離である. 格子比熱や熱膨張の低温での挙動を簡便に説明することができる. EXAFSで実験的に求められる平均二乗相対変位・平均三乗相対変位からα, β, γが算出できる. ただし, 格子振動をひとつのモードで仮定するため, 得られる力の定数はあくまでも“effective”なものであることに注意する必要がある.
(東京大学理学部 横山利彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

Atop, Bridge, Hollow位置
Atop, Bridge, Hollow Sites
たいていの金属のように単純なfcc, bcc構造等をとる結晶低指数表面に原子・分子が吸着する場合の典型的な吸着位置. 図にfcc基板結晶の(100)表面を真上から見た模式図を示した. 吸着位置atopは基板原子の真上を指し, on-topまたはterminal位置ともいう. この時吸着原子は基板原子1個と結合する(1配位). bridge位置は橋架け位置であり, 2配位である. hollow位置はくぼみ位置であり, fcc(100)面の場合4個の原子の中心軸を指す. この場合4配位であるが, 例えばfcc結晶の(111)面上では3配位となる. Ni(100)面に対して, COはC原子が下になるように, atopおよびbridge位置に立って吸着する. また, O, S, Cl原子等はhollow位置に吸着する.
(東京大学理学部 横山利彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

無散乱法
Null Matrix Method
試料に入射した中性子は構成する原子の原子核と相互作用して散乱する. 熱中性子が原子核で受ける散乱には, ポテンシャル散乱と共鳴散乱がある. 前者は散乱ポテンシャルに起因し, 原子核の大きさにほぼ比例する. 後者は中性子が原子核に取り込まれて複合核をつくり, その後, 再び中性子を放出する散乱に起因する. そのため, 後者の散乱能は負に成る事もあり, 全体として散乱能bは同位体や核スピン状態により負に成る場合がある. このことは, X線の散乱能が核外電子数に比例する場合と大きく異なる. ところで, 組成がxA,xB二元系の場合, 基本反射強度IBは(xAbA+xBbB)2に比例し, 原子対相関に起因した散漫散乱強度ISROは に比例する. ここでαlmnは次項で述べるWarren-Cowleyの原子対相関関数を示す. したがって, どちらかの元素の同位体の重量比を変えることにより, IBが零となり,   ISROだけを観測可能にする事ができる. この方法はnull matrix methodと呼ばれ, 最初にβ-CuZn合金に対して適用された.1) 1)C. B. Walker and D. T. Keating: Phys. Rev. 130, 1726(1963).
(筑波大学物理工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

Warren-Cowleyの原子対相関関数
Warren-Cowley's Atomic-Pair Correlation Function
二元固溶体中に構造揺らぎ・乱れが生じ, 何らかの相関があると, 回折図形上に基本格子反射に加えて散漫な散乱が現れる. 特に, 原子対相関に由来した散乱はブリルアン中心や境界付近に出現することが多い. WarrenとCowleyはこの相関関数αlmnをつぎのように定義した.1) 今, 原点にA原子が占有し, lmnだけ離れた格子点位置にB原子が存在する確率をPlmn(AB)とした時, αlmnは αlmn=1-Plmn(AB)/ xB となる. ここで, xBはB原子の濃度である. 観測した散漫散乱強度からαlmnを求めるためには, まず第一ブリルアン領域の最小体積(例えばfcc構造では1/96, bcc構造では1/128)内での強度を測定し, トムソン散乱電子を基準とした値に変換した後, フーリエ変換すれば良い. この関数を熱・統計力学的に取り扱えば, 原子対相関ポテンシャルの値が求められ, 相の安定性に関する議論が可能になる. 1)B. E. Warren: X-Ray Diffraction, Dover Pub. Co., New York (1990)
(筑波大学物理工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

Huang散乱
Huang Scattering
我々が実際に取り扱う物質にはいろいろな種類の格子の不整がある. その代表的なものは熱振動であり, 絶対零度さえ, 量子力学的な零点エネルギーのため, 原子は静止しない. このような動的変位に対して, 格子欠陥, 転位, 粒界等により原子の静的変位が生じる. 通常, 静的変位は温度に依存しない. これらの動的および静的変位は当然散漫散乱強度に影響を及ぼす. 特に変位の二乗から起因する散漫散乱を, 前者に対して温度(または熱)散漫散乱(TDS)と, また後者に対して最初の発見者にちなみHuang散乱と呼ぶ.1) これらの散乱は基本格子反射位置を中心に弱くて幅広い対称的な強度分布を与える. 両者を分離するには, ある温度で測定した散漫散乱強度からTDSを理論的に計算した後に両者の差をとるか, 散漫散乱強度の温度変化を測定し, 絶対零度に外挿する必要がある. 1)K. Huang: Proc. Ray. Soc. A190, 102(1947).
(筑波大学物理工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

磁気円二色性
Magnetic Circular Dichroism
略してMCDといわれる. 主に, 強磁性体で磁化が一定方向にそろっているとき, 右回り円偏光のX線に対する吸収係数と左回り円偏光のX線に対する吸収係数が異なることをいう. X線領域では, 可視光領域のレーザー光とは異なって, 光のヘリシティ(円偏光の右回りあるいは左回り)をスイッチすることが(現在のところは)容易ではないので, 実際の実験では, X線のヘリシティを一定に保ち, 外部磁場により試料の磁化をスイッチ(反転)させて, 吸収係数の差を測定している. 通常, 金属強磁性体では, 吸収端前後の十数eV程度の領域で10-3オーダーの吸収係数の差が観測され, そのエネルギースペクトルは磁性電子の, スピンも含めた状態密度を反映している.
(姫路工業大学理学部 伊藤正久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

磁気EXAFS
Magnetic EXAFS
これもMCDと同様, 磁化反転に伴う吸収係数の差のエネルギースペクトルであるが, MCDが吸収端近傍の十数eV程度に限定されるのに対し, 磁気EXAFSは吸収端上, 数百eVにわたり観測される振動スペクトルをさす. 通常のX線吸収スペクトルでXANESに相当するものがMCDで, EXAFSに対応するものが磁気EXAFSといえる. このエネルギー領域では, 観測される振動信号は, もはや電子状態密度ではなく, 磁性原子間の相関(磁性原子間距離, 磁性原子の配位数, フェリ的な結合かフェロ的な結合か等)を反映している. MCDに比べ, 信号強度がさらに1桁~2桁小さくなり, また, 測定エネルギー領域も広くなるので, MCDより長時間の測定を要する.
(姫路工業大学理学部 伊藤正久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

水平直線偏光度&円偏光度
Degree of horizontal linear polarization &
circular polarization 一般に, 光の偏光状態はストークスパラメーターと呼ばれる3つのパラメーター(P1, P2, P3)で記述される. P1は適当な基準軸(通常は水平軸あるいは鉛直軸)に対する直線偏光度(すなわち, 光の電気ベクトルがその軸に平行のときP1=1), P2は基準軸に45度の角度をなす軸に対する直線偏光度, P3は円偏光度を, それぞれ表す. 完全偏光状態のときは, P12+P22+P32=1, であるが, 無偏光成分が入る不完全偏光状態のときは, P12+P22+P32 <1, となる. 偏光磁石(ベンディングマグネット)により発生する放射光(ベンディング光)の場合, 水平面内での円運動という電子の運動特性からP2成分は無視でき, 水平直線偏光度P1(P1)と円偏光度P3(PC)の2つのパラメーターで偏光状態が記述できる. 楕円ウィグラー等の電子に螺旋運動をさせる挿入光源からの放射光, あるいは, ベンディング光でも湾曲型光学素子を用いた場合では, P2成分が入ってくる.
(姫路工業大学理学部 伊藤正久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

コロイド結晶
Colloidal Crystal
数千Åからミクロン程度の大きさを持つコロイド粒子が, 固体低分子結晶のように高い規則性で配列したもの. 比重の重いシリカコロイド粒子が沈降して形成する結晶構造はイリデッセンスを発し, 人工オパールとして実用化されている. 沈降したり, 分散液の濃度が非常に高い場合は単純に排除体積効果が配列の原動力と考えられるが, 濃度が数%以下の希薄な分散液中でも, コロイド粒子表面上に電荷が存在し, 溶媒中のイオン性不純物が非常に少ない場合, 遠達力である静電力によってコロイド結晶が形成される. コロイドに関する古典的理論では, コロイド間の静電的相互作用は反発力のみであるので, これではコロイド結晶が有限の大きさを持つことは説明困難とされたが, 近年, アルダー転移を考慮する考え方と, コロイド粒子間には静電的引力が存在しているとの考え方が提案され, 激論となっている. また, コロイド粒子が運動することによるカウンターイオン雲の歪みがdipoleを生じ, これが新たな相互作用力を生みだす可能性など, 動的効果を新たに考慮する必要性も指摘された. 構造自身は光学顕微鏡で観察可能なので, 格子振動, 格子欠陥などが目視でき, 固体結晶, 金属結晶のモデルとして注目される.
(京都大学工学研究科 松岡秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

ミクロ相分離構造
Microphase Separation
水と油を混ぜたときに油滴が生じたり, 二相に分離したりするようなマクロな相分離構造に対し, ナノスケールからミクロン程度のオーダーでの相分離構造を指す. 相溶性のない(お互い混ざり合わない)二種以上の高分子の混合物(ブレンド)やブロック共重合物, 合金などで観察される. その構造は, 球状ドメイン構造から, ラメラ状, シリンダー状, そして時にはテトラポッド状と, それぞれの成分の相性や組成, 高分子の場合それぞれの分子量などによってさまざまに変化し, 熱力学的にも大変興味深い対象である. 実用的には, 数種の高分子材料の長所を合わせ持つ複合高分子材料の創生や, 特異な生体適合性(抗血栓性など)を生かして医用材料などとして用いられる.
(京都大学工学研究科 松岡秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

イリデッセンス
Iridescence
虹色, 虹彩色の意であるが, コロイドの分野では, コロイド結晶から発せられる鮮やかな虹色を指す. コロイド結晶の格子定数が可視光の波長と同等のディメンジョンの場合, 可視光のブラッグ反射が起る. 白色光が入射する場合, ブラッグ条件を満たす角度は波長に依存するので, それぞれの色が分離され, 鮮やかな虹色を見ることができる. 色は見る角度や入射角度により変化する. コロイド結晶のクリスタリットが分散液中で回転する場合, きらきらと輝きながら色が変化する様子が観察される.
(京都大学工学研究科 松岡秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

真性点欠陥
Intrinsic Point Defects
点欠陥の内, 特に空孔(vacancy)と自己格子間原子(self-interstitial atom)を真性点欠陥と呼び, 不純物原子と区別している. これらは有限温度では必ず存在している. 最密構造を取る金属などでは自己格子間原子濃度は少なく, 空孔が優勢な真性点欠陥である. しかし, ダイヤモンド構造のように隙間だらけの物質では, 空孔と同程度の濃度の自己格子間原子が在るものと予想される. 熱平衡からずれた条件下で育成される現実のシリコン結晶中の優勢な真性点欠陥がどちらであるかは微妙なバランスで決まっている可能性がある. もしそうならば, 優勢な真性点欠陥を制御することも可能になるのかもしれない.
(富山大学理学部 飯田 敏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

ストライエーション
Striation
回転成長させた棒状結晶を輪切りにしたウェハーをX線トポグラフィや選択化学エッチング法によって観察したときにに見られる年輪のような筋状の模様をこのように呼ぶ. 成長縞とも呼ばれる. 原因は融液から結晶中に取り込まれる不純物濃度分布のむらで, 結晶育成時の結晶の回転速度や融液中の対流, 固液界面の移動速度の変動などいろいろな条件が絡んでいる. CZ-Si結晶におけるストライエーションの主たる原因は格子間酸素濃度の変動であり, これは石英るつぼから融液を通して結晶に混入する不純物である. CZ-Si結晶を熱処理すると誘起されるバルク微小欠陥(SiO2析出物)も筋状に分布する. 添加不純物の濃度変動もストライエーションの原因になる. 結晶から成長軸を含むように縦にウェハーを切り出すと, 固液界面の形状がストライエーションからわかる.
(富山大学理学部 飯田 敏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

スワール
Swirl
遅い速度(大きい温度勾配下)で育成されたFZ-Si結晶を輪切りにしたウェハーに見られる渦巻き状に分布する模様をスワールと呼ぶ. 選択化学エッチング法によって浅いピット(微小欠陥)が筋状に分布したものとして観察される. この微小欠陥自身はスワール欠陥またはA欠陥と呼ばれる. 電子顕微鏡を用いた直接観察によるとスワール欠陥(A欠陥)は大きさが1μm程度の, 格子間型(侵入型)転位ループであることが分かった.
(富山大学理学部 飯田 敏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

D欠陥
D-Defect
速い速度(小さい温度勾配下)で育成されたFZ-Si結晶ウェハーに見られる微小欠陥をD欠陥と呼ぶ. 銅修飾を施した後のX線トポグラフィや選択化学エッチング法によってその存在は観察可能である. この微小欠陥はスワール欠陥(A欠陥)とは異なり, 渦巻き状に分布しない. 小さすぎるので電子顕微鏡を用いた直接観察はなされいないが, いろいろな実験結果はこの微小欠陥が空孔に関連していることを示唆している.
(富山大学理学部 飯田 敏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

ダイヤモンドアンビルセル 
Diamond Anvil Cell
アンビル(anvil)とは,もともと, 鉄を熱してハンマーでたたいて鍛造(forging)する際の鉄床のことである. 高圧発生装置では, 試料に接して圧力を加える圧力台のことをアンビルと呼んでいる. 狭い先端面積と, 広い底面積を持つ円錐台状の圧力台(アンビル)を2個対向させ,先端に試料をはさんで高圧を発生させる方式はHarvard大学のBridgman1)により開発され, ブリッヂマンアンビル装置と呼ばれる. ダイヤモンドをアンビル材料に用いたブリッヂマンアンビル装置をダイヤモンドアンビルセルと呼ぶ. 現在広く用いられているダイヤモンドアンビルセルの基本的なデザインはChicago大学のJamieson等2)やNBSのWeir等3)により最初に製作され, 1959年に発表された. ダイヤモンドは可視光やX線等に対して透明であるため, 超高圧下での種々の物性測定に広く用いられている. ダイヤモンドアンビルセルによる圧力発生は, 現在, 衝撃圧縮法以外の静的方法によって, 500GPaに達する圧力を発生し得る唯一の方法である. 1)P.W. Bridgman: Proc. R. Soc. A203, 1(1950). 2)J. C. Jamieson, A. W. Lawson and N. D. Nachtrieb: Rev. Sci. Instrum. 30, 1016(1959). 3)C. E. Weir, E. R. Lippincott, A. Van Valkenburg and E. N. Buting: J. Res. Natl. Bur. Stand. 63A, 55(1959).
(東北大学大学院理学研究科 工藤康弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.01

繊維図形
Fiber diagram
元々, 反射がブロードで数の少ない合成高分子の場合, 少しでも数多くの分離した反射を集めるために, 通常, 試料を延伸し, 分子鎖を延伸軸方向に優先的に配向させる. この場合, 分子鎖に垂直なa, b軸は, 分子鎖軸(c軸)周りにほぼ均一に分布している. これを一軸配向試料と呼ぶ. ゴニオメーターヘッドに試料を, 延伸軸が完全にまっすぐ, 才差運動しないようにセットし, フィルムやイメージングプレートなど2次元検出器を用いてX線回折図形を撮影する. この回折図形は, ちょうど単結晶を特定軸周りに360°回して撮った全回転写真に相当しており, 一般に繊維図形(fiber diagram)と呼ばれる. 高分子X線結晶学の始まった当初, 糸のような繊維状試料の回折図形が主に撮影されていたことの名残である.
(大阪大学大学院理学研究科 田代孝二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

ポアッソン比
Poisson's Ratio
一般に, 固体をある特定の軸の方向に引っ張っると, それに垂直な方向には縮む. 引っ張り歪をεii, 圧縮歪をεjjとすると(例えばi=c軸, j=a軸), ポアッソン比νji=-εjj/εiiと定義される. 応力をσij, 対応する歪をεklとすれば, 一般にコンプライアンステンソルsijklおよび弾性定数テンソルcijklを用いて, σij=ΣkΣlcijklεklおよびεij=ΣkΣlsijklσklの関係がある. 上で述べた定義から, νji=-sjjii/siiiiとなる. 等方性物質の場合, 金属で0.2~0.3, ゴム状高分子で0.4~0.5である. 異方性物質の場合, 引っ張り方向によってνは異なる. 高分子結晶領域のポアッソン比は, 原理的には張力下でのX線回折測定によって求められるが, 結晶と非晶との間の応力伝達など複雑な事情が絡んでくるため, ν=3~4など, 見かけ上, 異常な大きさを与えることが多い.
(大阪大学大学院理学研究科 田代孝二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

トポタキシー(転移)
Topotaxy(Topotactic Transition)
組成の一部が抜けたり, 新たに付け加わることによって, ホストの結晶相中に一定の結晶学的方位関係をもって新しい結晶相が析出するとき, 両相はトポタキシー関係にあるという. ホスト相のたとえば酸素の密充填構造が維持されたまま, それに支配されて新しい結晶相が成長する結果トポタキシー関係が生まれる. 現象を記述する術語として同じ内容をシンタクシー Syntaxyと呼ぶこともある. 類似の関係に離溶 Exsolution, 偏析 Precipitationがあるが同義語ではない.
(山梨県立宝石美術専門学校 砂川一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

エピタキシー
Epitaxy
ホスト相結晶の結晶面を基盤面として, その上にゲスト相の結晶が一定の結晶学的関係で成長するとき, 両者はエピタキシー関係にあるという. 鉱物結晶の共生関係で最初に注目され, 薄膜の結晶成長の研究につながり, 現在では半導体工業における基本技術にまで発展した. ホスト, ゲスト相が異種か同種結晶かによってヘテロエピタキシー, ホモエピタキシーとも呼ぶ. エピタキシー関係をとり得るかどうかおよび成長様式は, 両相の界面エネルギー(格子定数のミスフィット比と関係)と駆動力(エピタキシアル温度などと関係)できまる. 界面に平行に単分子層がひろがる成長様式, 島状の三次元核形成による様式, 両者の組み合わさった様式の3種類の成長様式が考えられている.
(山梨県立宝石美術専門学校 砂川一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

(樹枝状結晶と)DLA
(Dendritic crystals and)Diffusion Limited Aggregation
結晶成長の結果生まれる結晶の形やパターンは, 界面エネルギー(界面の方向と原始的オーダーのラフネスに関係)と駆動力できまり, 多面体, 骸晶, 樹枝状結晶, フラクタルパターンと変化する. 界面がスムーズで界面過程で律速されるとき, 結晶は平らな面で囲まれた, 異方性をもつ多面体の形をとる. 界面がラフで, 律速過程が拡散場だけで支配されると, できる結晶はフラクタル・パターンをとる. これを拡散律速凝集体(DLA)という. 結晶成長ではこれは異方性がゼロになったときに対応する. 界面がラフで異方性がゼロでない場合には, 界面の形態不安定性により樹枝状結晶があらわれる.
(山梨県立宝石美術専門学校 砂川一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

バイオミネラリゼーション
Biomineralization
歯, 骨をつくるアパタイト, 貝殻, 真珠やウニの尖針をつくるあられ石や方解石, 藻類細胞中の磁鉄鉱, 各種臓器結石類や痛風の原因の尿酸ナトリウム, 植物細胞中のオパールやシュウ酸カルシウムなど, 生命活動によって生体中にできる無機, 有機の結晶種は多い. 生命活動には必須なものとしてできる場合と, 不要物の排泄過程でできるものがある. この種の鉱物の形成をバイオミネラリゼーションと呼び, 一つの研究分野をつくっている. 最近では蛋白質単結晶育成も含み, より広くバイオクリスタリゼーション Biocrystallizationという言葉も使われ, 国際会議も開かれている.
(山梨県立宝石美術専門学校 砂川一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

光カー効果
Optical Kerr effect
物質に強い電場をかけると一般に物質の屈折率は電場の強さに従って変化する. このとき電場の強さで屈折率を展開していくと と書けるが, 電場の強さに比例した屈折率変化をポッケルス効果, 2乗に比例した変化をカー効果と呼んでいる. 光カー効果は光の電場による屈折率変化である. 透明物質に強い光パルスを入射すると, 屈折率変化として一般に電子雲が歪むことによる即時応答成分と核の運動に基づく遅い応答成分が見られる. 光カー効果は古くからカーシャッターとして時間分解分光にしばしば使われてきたが, 最近ではこの核の応答を測定することにより物質の低振動数領域でのダイナミクスが分かり光散乱に代わる新しい分光手段として注目されている.
(大阪大学理学部 木下修一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

ラマン誘起カー効果を用いた分光
RIKES
Raman induced Kerr effect spectroscopyの略. 振動数の異なる二つの光ビームを物質に照射すると, その振動数の差が物質内の振動や揺らぎモードの振動数と一致すると誘導光散乱により共鳴的に光モードの励起が起き, マクロに見た物質の屈折率すなわち誘電率が変化する. これが光カー効果の原理である. このような屈折率変化を引き起こす原因としては電子雲の歪み, 分子の配向などの他, 物質のラマン活性な振動モードからの寄与もある. 後者に基づく光カー効果を用いた分光法を特にRIKESと呼んでいる. ラマンモードは一般に高い振動数領域の振動を指しているので, RIKESの実験には通常広い振動数成分を含むような超短パルス光が用いられ, 物質内の振動モードを時間領域から測定できる. 実験配置は, 通常の光カー効果の実験と同じように, 一つの光パルスにより屈折率変化を与え, もう一つの光パルスにより, その変化を調べるというポンプ-プローブ法が用いられている.
(大阪大学理学部 木下修一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

ISS法
Impulsive stimulated light scattering
ISSはImpulsive stimulated light scatteringの略. 米国のM. D. Fayer, K. A. Nelsonらが1980年頃から主張している分光法で, 基本的には二つのポンプ光を物質中で交差させて過渡的な格子をつくり, ここにプローブ光を入射して回折される光の強度を測定する方法である. したがって, 4光波混合といわれる非線形分光法の一種ということができる. その原理は光カー効果やRIKESとまったく同じで, 二つのポンプ光の振動数差でうなりをつくりそれに共鳴する物質の低振動数モードのうち過渡格子の間隔で決まる波数をもつモードを選択的に励起し, それによる誘電率変化をプローブ光の回折で観察する. 振動数の異なる二つの光を用意する代わりにパルス光を用い, その周波数の広がりを用いて振動数モードを励起するので, impulsiveという言葉を用い, また, 誘導光散乱過程を用いて励起するのでstimulated light scatteringという言葉を用いている. 彼らは関与する振動モードの違いによって, ISBS(Brillouin), ISRS(Raman), LIPS(light-induced phonon spectroscopy)など, いろいろな略号を使っている.
(大阪大学理学部 木下修一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

デバイ緩和
Debye relaxation
物質に外部電場をかけると分極が生成されるが, 電場の振動数が高くなると生成する分極が遅れを生じるようになる. これは物質の応答に有限の時間がかかることから起きる現象である. e-t/τのように物質が単一の指数関数的な時間応答をする場合には, 誘電率は のように表すことができる. このような誘電率分散を与える系をデバイ緩和の系といっている. 単一の緩和時間をもつデバイ緩和やその緩和時間に分布を持たせた系は液体や高分子など多くの系で一般によく成り立っていて, 誘電率分散を解釈する上で基本的なモデルになっている. しかし, デバイ緩和がなぜ一般的に成り立つのかとか, あらゆる振動数領域で成り立つのかというような原理的な議論はあまりなされていないのが現状である.
(大阪大学理学部 木下修一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

窒化ガリウム
Gallium Nitride(GaN)
文字通り, 窒素とガリウムのIII-V族化合物半導体. 通常はウルツ鉱構造を形成するが, 閃亜鉛鉱構造や, 高圧下で岩塩構造の報告もある. 計算上の融点は2,791K. バンド構造は直接遷移型で, ウルツ鉱構造の場合の伝導帯下端-価電子帯上端のエネルギー差は室温で約3.44eV. 閃亜鉛鉱構造の場合のエネルギー差はそれより約1/4eV程度小さい. 光学縦モードフォノンの大きさは約91meVと, 他のⅢ-Ⅴ族化合物と比較すると, 3倍程度大きい. 高圧合成法, 昇華法, フラックス法などバルク結晶作製法のほか, ハロゲン輸送法あるいはハイドライド気相成長法, 有機金属化合物気相成長法, 分子線エピタキシー法など薄膜作製法により結晶成長が行われている. 最近, GaNを中心とし, GaInN, AlGaNなどを用いて高輝度青色発光ダイオードが実用化し, また紫色~紫外レーザダイオードが実現したことは有名. さらに, マイクロ波帯の大電力用トランジスタや太陽光に反応しない紫外線検出器など, その特長を生かしたデバイスが試作されている.
(名城大学理工学部 天野 浩)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

青色発光素子
Blue Light Ewitting Device
電子ディスプレイには, 液晶ディスプレイ, エレクトロクロミックディスプレイ, 電気泳動ディスプレイ, プラズマディスプレイ, 蛍光表示管ディスプレイ, エレクトロルミネッセント(EL)ディスプレイおよび発光ダイオード(LED)ディスプレイなどがあるが, そのうち特に青色発光素子と呼ばれるものは, EL素子およびLED素子である. ELは薄膜型ELおよび粉末型(あるいは分散型)EL, また駆動も直流駆動および交流駆動の二つに大別される. 一般的な構造は, 蛍光体薄膜を誘電体で挟んだ三層構造である. 高電界を印加して, 高エネルギー化した電子が蛍光層中の発光中心に衝突すると, 発光中心が励起状態になり, 基底状態に遷移するとき光子を放出する. 蛍光体層として, ツリウム(Tm)やフッ素(F)をドープしたZnS, セリウム(Ce)をドープしたSrSなどのほか, 最近ではCaGa2S4:CeやSrGa2S4:Ceなどのチオガレートが注目されている. LEDは, 無機材料の場合, キャリアが主に電子であるn型半導体と, 主に正孔であるp型半導体が接合した構造を持つ. 最近の青色LEDは基本的に三層構造をしており, pn接合の間にバンドギャップの小さい青色発光層がある. 材料としてはGaN系III族窒化物, およびZnSe系II-VI族化合物が用いられる. 有機材料を用いた有機LEDの場合も, 電子輸送層と正孔輸送層で青色発光層を挟んだ三層構造をしたものがある.
(名城大学理工学部 天野 浩)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

有機金属化合物気相成長法
Organometallic Vapor Phase Epitaxy
化合物半導体や超伝導体薄膜の作製法の一つ. 化合物半導体では, Rockwell社のManasevit等が1971年に初めて報告した. アルキル基を持つ有機金属化合物をカチオン原料に用いる場合が多いが, カチオン, アニオン原料両方に用いる場合もある. 金属単体と比べてアルキル基を持つ方が蒸気圧が高く, 気相での成長部への輸送が容易であるため用いられている. 同じ薄膜成長法である分子線エピタキシー法と比較すると, 同等の膜厚制御性を持ち, さらに気相成長であるため, 装置の大型化が容易で量産性に優れているといわれている.
(名城大学理工学部 天野 浩)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.02

X線異常分散項
X-ray anomalous dispersion terms
通常, X線原子散乱因子f0は, 原子による干渉性散乱振幅を表わし, 波数ベクトルの大きさsin θ/λの関数である. しかし入射X線が, 元素固有の吸収端近傍のエネルギーである場合, 異常分散項と呼ばれるエネルギー依存の補正項が必要である. この異常分散項は, 固有振動数ωsの原子中の電子が, 振動数ωのX線によって強制振動され, その結果散乱されるX線振幅を考えることによって概念的に理解できる. すなわち, 原子散乱因子fは, 減衰因子kを用いてf=ω2/(ω2-ωs2-ikω)で表わされる. 振動数ωの大きさがωsに比べて十分に大きい場合には, fは1となり, 原子散乱因子として, f0だけを考えればよい. しかし, ωがωsに近い場合には, 分母のikωの項を無視できず, 散乱因子は複素数となり, 原子散乱因子は入射X線の振動数に依存する. したがって, 厳密には, X線原子散乱因子は, f0と実数部と虚数部からなる異常分散項f'とf"によりf=f0+f'+if"と表わされる.
(京都大学大学院工学研究科 松原英一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

ミクロシーディングとマクロシーディング
Microseeding and Macroseeding
タンパク質や核酸などの生体高分子の結晶構造解析では, 適当な大きさの結晶を再現性良く大量に調製することが解析を進める上で重要となる. この目的で, すでに得られている結晶を種(seed)として結晶化を行うのがシーディング法で, ミクロシーディングとマクロシーディングの二つの方法がある. ミクロシーディングは, 結晶の外形が悪いような場合にガラス棒や針などで結晶を細かく砕き, その結晶片を結晶成長の核とする方法である. 結晶化母液に結晶片を導入するには, 結晶片入りの溶液を適度に希釈しその小量を加える, 動物の毛などで溶液に触れて結晶片を付着させ移動させるなどの方法がある. また, マクロシーディングは, 母液中の試料不足で結晶が十分成長しきれない場合に結晶をそのまま新たな結晶化母液に移してさらに成長させる方法である. 結晶表面から別の方向に成長しないように, やや沈殿剤濃度の低い溶液で結晶を洗うなどの操作が必要な場合もある. いずれにしても, 最適な条件を試行錯誤で探さなくてはならない.
(京都大学化学研究所 藤井知実)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

二次構造トポロジー
Topology of Secondary Structure
タンパク質の立体構造は, 遺伝子によって指示されたアミノ酸の一次元配列によってできたポリペプチド鎖が三次元的に折りたたまれて構築されている. 多くのタンパク質の構造の中から類似性を見い出そうする場合, 立体図を観ながら三次元的比較によって行うのは我々にとって容易なことではない. むしろ立体構造を構成する二次構造要素(α螺旋やβ鎖)の空間的配置の仕方を二次元的に示す簡単な図式(トポロジー図)によるのが便利である. 二次構造トポロジー図では, α螺旋は円柱, 長方形あるいは円で, β鎖はリボン状矢印, 線状矢印あるいは三角形で示される. ここでは特にβシートの特徴が簡潔に示され, シートを構成するβ鎖の数, β鎖の相対的方向(平行か逆平行), ポリペプチド鎖に沿ったβ鎖間の結合の仕方すなわちβ鎖配列順序が如実に示される. また, α螺旋同士やα螺旋とβ鎖の関係なども示され, 超二次構造の存在も容易にわかる. このように, 二次構造トポロジー図での比較によるタンパク質立体構造の分類が一般的である.
(京都大学化学研究所 畑 安雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

グルタルルデヒドによるタンパク質結晶の架橋
Crosslinking Protein Crystals with Glutaraldehyde
タンパク質の結晶解析において重原子誘導体結晶の調製や基質との複合体結晶の調製を容易にするために, pH, 温度, 塩濃度および沈殿剤や緩衝液の種類など結晶中の環境を変化させたい場合がしばしば生じる. しかし, これは必ずしも容易ではない. かれらの条件の変化によって, しばしば結晶がもろくなったり, ひびが入ったり, 溶けてしまったり, あるいは大きな格子定数の変化をきたしたりすることがある. このような場合, グルタルアルデヒド(OCH-CH2-CH2-CH2-CHO)などの二官能試薬の溶液に結晶を漬けて結晶中の分子間に架橋を施すことで結晶を補強する方法が用いられる. この結果, 結晶は純水にも溶けなくなるが, 架橋による構造変化を最小限にするためには, 可能な限り低濃度溶液に短時間浸漬することが重要で, より長い二官能試薬の選択が必要な場合もある.
(京都大学化学研究所 畑 安雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

双晶
twinnig
双晶は, 結晶が方位の異なる複数の結晶ドメインから構成されている状態である. この現象は, BravaisやMallard, Friedelなどかなり初期の結晶学者によって確認されていた. 通常, 結晶周期構造を決定する上では障害となることが多い. 多重結晶成長の乱れが一般的な生成原因であるが, ランダムに成長したものではない. いくつかあるいはすべての結晶ドメインの格子方向が平行であるように形成されると言われている. これは異なる結晶ドメイン間で格子が平面で接触することを意味する. 平面での接触はパッキングの見通しからも明らかに好ましいであろう. そこで, 双晶を形態上いくつかのカテゴリーに分類することができる. 大きく分けると, 結晶ドメインの格子が完全に重なり合うか重なり合わないかで分類され, 前者はmerohedral, 後者はnonmerohedralと呼ばれる. これらは双晶の検知, データ収集, 解析の仕方などすべてにおいて取り扱いが異なる.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 五十嵐教之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

merohedral双晶
merohedral twinning
merohedral双晶は, 二つあるいはそれ以上の結晶ドメインがそれぞれ異なる方位を持っているにもかかわらず, それらの格子が三次元で正確に一致する場合である. 当然のことながらこのタイプは空間群が限定される. 単斜晶系などの場合, 偶然近似的に格子点(格子ではない)が重なり合う場合があるが, それはpseudomerohedralと区別されている. このタイプは, 実格子が完全に一致するために, 逆格子も正確に重なり合う. そのため, 回折パターンは明らかな異常を示さないが, 各々の観測強度は結晶学的には無関係な反射からの寄与を受けている. 正確な測定をするためにはどのような双晶であるかを同定することが肝要であるが, 回折パターンが何の異常も示さないため, 双晶の存在自身を検知することが非常に困難である. 顕微鏡による結晶の観察が重要な手がかりを与えることがあるが, 多くの場合個々のドメインは顕微鏡では検知できないほど小さい. この場合, 強度データを注意深く調べることにより手がかりを得ることができる.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 五十嵐教之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

hemihedral双晶
hemihedral twinning
merohedral双晶の中で最も単純なケースで, 二つの結晶ドメインだけから構成され, それらが2回回転対称で関係付けられている状態である. 生体高分子で報告されているmerohedral双晶はすべてhemihedral双晶である. 回転対称で結びつけられているため, さらに空間群は限定され, 点群3, 4, 6, 32 , 23を基にした空間群にしか見られない. 観測強度は, 以下のように「双晶対称」で関係付けられる二つの反射, h1とh2の強度に双晶率という重みを付けた級和で表される. 双晶結晶のドメインサイズはX線ビームの可干渉距離に比べて大きいので, 異なるドメインからの散乱波は干渉しないとする. Iobs(h1)=(1-α)I(h1)+αI(h2) Iobs(h2)=αI(h1)+(1-α)I(h2) ここでαは双晶率である. 双晶率を見積もることができれば, この二つの式から単一ドメインの回折強度を導くことができる.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 五十嵐教之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

双晶率
degree of twinning
hemihedral双晶の場合に, 結晶が2番目の結晶ドメイン(一般的にはマイナー)により占有される部分率のこと. 普通αと置かれる. 双晶率が0(もしくは1)の場合, 双晶結晶ではなく単結晶であることを意味する. 双晶率が1/2以下の場合「部分的双晶」, 1/2に限りなく近い特別な場合には「完全双晶」とさらに区別される. 双晶率を正確に見積もるのは非常に難しい. 双晶率を直接見積もるには, 現在のところwilsonの強度分布関数を利用する方法と, 強度を統計的に評価する方法しかない. 特に「完全双晶」の場合には単一ドメインからの回折強度を直接求めることは不可能で, モデルの利用など観測強度以外の情報が必要となる. そのため「完全双晶」を用いて新規構造を決定するのは非常に困難である. 最終的な双晶率の精密化は, 構築されたモデルや他の単結晶回折強度との一致度(R値)や相関係数を計算することによって行われている.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 五十嵐教之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.039 No.05

プロトントンネル
Proton Tunneling
短い水素結合上でプロトンに関して結晶学的に同等な位置が2つある場合, プロトンはどちらかの位置にあるとは言えず, 2つの位置間の共鳴状態として存在するという概念. プロトンの運動としてみると, 2つの位置間のポテンシャル障壁を量子力学的にトンネル振動していることになるので, プロトントンネルという. この状態では2つの位置でのプロトンの水素結合方向の振動運動の波動関数間に重なりが生じている. 無摂動状態での各振動エネルギーレベルは重なり積分により分離する. 零点振動のエネルギーレベルの分離が, 最低のトンネル振動数に対応する. 重水素置換するとトンネルし難くなるので, 重水素置換効果を説明するモデルとして提案された. 分子内水素結合での存在は電子スペクトルで確認されているのが, 結晶中の原子間や分子基間の水素結合での存在は確定していない.
(北海道大学大学院 理学研究科 徳永正晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

四角酸, ラマン選択則
Squaric Acid, Raman Selection Rule
ラマン散乱分光法は, 光学フォノン・音響フォノン・マグノン等の素励起や電子励起(電子ラマン散乱)を調べる有力な実験手法の一つであることはよく知られている. しかしながら, ラマン選択則をうまく利用することにより格子の局所対称性の情報を得ることができることは, あまり知られていない. 局所対称性の低下(または, 格子ゆらぎ)によって特定の振動モードのラマン活性が誘起される場合がある. 特に, 四角酸分子(C4O42-)のように, 中心対称性のある分子が歪む場合には多くの分子内振動モードがラマン活性となる場合が多い. このことを利用すれば, 活性化される振動モードの強度をモニターすることにより局所対称性の変化を知ることができる.
(名古屋大学理工科学総合研究センター 守友 浩)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

幾何学的同位体効果
Geometric Isotope Effect
化合物中の水素を重水素で置換(D置換)したとき, 水素結合系A…H…BのA…B, A…H, H…B距離やA…H…B角に差がみられることがある. 幾何学的同位体効果とは, 広義にはこれらの幾何学的な量に現れる(水素)同位体効果の総称というべきであろうが, 狭義にはA…B距離の変化のことをいう.1)これはX線と中性子線の両方からよい精度の結果が得られることによる. この効果は, 格子定数の変化から間接的にではあったが, Ubbelohdeらによってはじめて見出された. このため, 幾何学的同位体効果は, Ubbelohde効果とも云われる.2)幾何学的同位体効果は, 構造相転移温度TCやO-H伸縮振動νの大きな同位体効果(ΔTC~100 K,νOH/νOD<1)の起因としてプロトン・トンネリング・モデルとの関連などで議論されている. 1)M. Ichikawa: Acta Crystallogr. B34, 2074 (1978) 2)J. M. Robertson and A. R. Ubbelohde: Proc. Roy. Soc. A170, 222 (1939).
(北海道大学大学院理学研究科 市川瑞彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

分子動力学
Molecular Dynamics
分子動力学計算は, 分子の具体的イメージを描くための強力な手段である. 筆者が携わった水の分子動力学計算に限ると, 70年代に最初の計算が行われた結果, それまで想像されていた氷山模型(水はばらばらの分子と氷山のようにネットワークを作る分子の2種類の共存状態であるとする模型)は払拭された. 水素結合網はランダムで連続的とする描像が受け入れられるようになったのである. その後, 低温での水-水転移の存在を示唆する, など実験に先駆けるデータが計算から得られている. 計算機の発達とともに, 千個程度の分子数の計算も一般的になりつつあるが, 熱力学データを定量的に説明する精度はまだまだ得られていない. 分子動力学計算は何かを証明する, というより, 実験とコンシステントな仮説を発見するための方法であろう. また, 何ギガバイトもの計算結果から何を統計量として引き出すか, という意味で, 統計力学の最前線の問題を提供している.
(名古屋大学大学院人間情報学研究科 笹井理生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

ストップトフロー分光法
Stopped-Flow Spectroscopy
物質の化学反応の多くは, 溶液内で起こるが, 反応速度が非常に速い場合があるので, 迅速な溶液反応を研究する手法が必要とされる. ストップトスロー分光法は, 2種の溶液を効率よく急速に混合できるように設計されたミキシングチャンバーに溶液を注入して混合した後, 液の流れを止め, ミキシングチャンバーに隣接した測定セル内で進行する吸光度の変化を応答の速い光電子増倍管で検出する. 混合された溶液中で進行する反応がモニターされ,>0.5 msの時間分解能で反応中間体などの生成や消失の速度定数を求めることができる. 1回の測定に必要な溶液量は, それぞれ1 ml程度である. 少量のサンプルしか必要とされないので, 大量のサンプルを測定に用いることができにくい生化学の研究などで特に有効であり, 酵素反応の速度論などの研究に広く用いられている. ラピッドスキャン付属装置を用いると, 分光器を高速掃引して時間分解吸収スペクトルを測定することもできる.
(愛媛大学理学部 長岡伸一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

ビタミンE
Vitamin E
ビタミンEは, 脂溶性のビタミンであり, 1920年にネズミの繁殖作用に影響を及ぼす要因として初めて報告された. 分子名のtocopherolは, ギリシャ語のtocos pherei(妊娠するという意味)に由来する. ビタミンEが他のビタミンと大きく異なる点は, 天然に多くの同族体(α, β, γ, δ, ε, ζ, ηの7種)が存在することである. これらの同族体は, 芳香環に結合するメチル基の数と位置がそれぞれ異なっている. ビタミンEは, 一般に天然抗酸化剤の中で最も高い活性を有していると言われ, 生体内では脂質過酸化ラジカルを消去して, 脂質過酸化物を生成し, 自分自身はビタミンEラジカルとなる. ホ乳類では, 血漿中のビタミンE濃度と寿命が比例することが知られている. ヒトの体内では, ビタミンE同族体の中で最も生理活性が高いα-tocopherolが肝臓中に存在するビタミンE特異的輸送タンパク質によって識別され, 定量的に血漿中の濃度が調節されている.
(愛媛大学理学部 長岡伸一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

干渉性トンネルと非干渉性トンネル
Coherent Tunnelling and Incoherent Tunnelling
左のサイトに自己束縛状態を形成して局在している粒子が右のサイトに移動する場合,低温で重要になるのは2つの自己束縛状態間にあるポテンシャル障壁をトンネル効果で移動する過程である.このトンネル過程では粒子自身とその周りに生じた歪みがトンネルするから,このときのトンネル確率は粒子自身のトンネル行列要素の2乗と歪みの波動関数の重なり積分の積で決まる. もし歪みの波動関数が基底状態にあり, その寿命が十分長ければ, 歪みをともなったトンネル運動が一定の周期で繰り返されることになる. 別の見方をすると, 自己束縛状態の粒子は2つのサイトに広がっていることになる. この状態は丁度電子のバンド運動に対応するもので, 運動の位相の記憶が保持されている. このトンネル運動を干渉性トンネルとよぶ. 一方, 熱的な擾乱で歪みの状態の寿命が短くなると, 位相の記憶が失われ, トンネル運動はその頻度が確率的にきまるホッピング運動となる. これを非干渉性トンネルとよび区別する.
(中央大学理工学部 杉本秀彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01


Ice
人類が発生とともに関わり, 利用しかつ戦ってきた水や氷の本質を解く道が, 近年ようやく明かされようとしている. 安定相, 準安定相, 水, アモルファスなど十数相にも及ぶH2Oの複雑な相関係を水素結合と陽子間の相関を基に理解しようとの研究が進められている. 研究の糸口は構造の比較的単純な常圧相やVII VIII X相などの高圧相, 更に分子運動の凍結した水:アモルファスなどに求められた. これらの相の間で観測される相転移や前駆現象がB-F(Bernal-Fowler)ルール(通称アイスルール)を介した水素結合上の陽子の静的・動的様相を解き明かす鍵を提供している. Ih相から秩序相への相転移における展開や困難, 高圧相や超高圧相の興味ある話題, 更に水の諸性質と関係が深いと見られるアモルファス氷の性質, また陽子配置と関連した結合エネルギーの問題など興味ある話題は尽きないが, 一方でまだまだ近代的研究を拒んでいる相や相転移など残されている課題も多い. 華やかな研究分野ではないが実り多い研究分野でもあることを多くの人に伝えたい.
(金沢大学理学部 河田脩二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.01

変調構造
Modulated Structure
基本構造を基にして, 原子占有率や原子座標にゆらぎがあり変調波が立っているとみなせる結晶構造をいう. 前者を密度変調, 後者を変位変調と呼ぶ. 相転移に関してしばしば現れる. 回折写真において強い斑点の両側に衛星反射が観測される. 衛星反射の位置を逆格子基本ベクトルa*, b*, c*の一次結合で表わそうとしたとき係数を簡単な整数を分母にした分数で表わされなければ非整合(インコメンシュレート)変調構造と呼ばれる. かつて非整合変調構造の結晶構造精密化は困難なことが多かったが, 超空間群を利用した方法では過不足のない構造パラメータを用いて構造を記述でき, 特に4次元超空間群を使える場合にはスムースな収束が得られることから多くの非整合相が解析されるようになった.
(無機材質研究所 小野田みつ子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.02

動的構造因子
Dynamic Structure Factor
本文(1)式で示されているように運動量移行q, エネルギー損失E=の非弾性散乱スペクトルは動的構造因子S(q, ω)で記述されるがこれは として定義される. すなわち, 時刻t=0でriに一つの電子を見出す確率と時刻t, 位置rjにもうひとつの電子を見出す確率との相関を表す2粒子密度関数のフーリエ変換であり, 本質的に電子相関あるいは多体効果に敏感である. この動的構造因子はその系の複素誘電関数ε(q, ω)と次の関係にある. したがって, 動的構造因子からクラマースクローニッヒの関係により系のあらゆる誘電的, 光学的物理量を導出できる. 本文中で述べた電子励起スペクトル, 静的構造因子, コンプトンプロファイルなどはその例である. つまり動的構造因子を知ることは, 系の電子の振舞いの全てを知ることに等しい.
(東北大学科学計測研究所 林 久史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.02

X線ラマン散乱
X-ray Raman Scattering
X線非弾性散乱のうち, 試料中の電子の拡がりと散乱で移行する運動量との積が十分小さい場合の散乱で, 本文(4)式から明らかなようにそのプロファイルは吸収スペクトルに対応する. 特に内殻電子による散乱は, その局在性のために移行運動量が比較的大きいところでも観測でき, 60年代には鈴木らにより見いだされ, 既に軟X線吸収との相補性が指摘されていた. 一方, 電子の拡がりが大きい価電子の場合は測定が難しく, 最近まで報告例はほとんどなかった. しかし近年の放射光源の発達によって微細構造の測定が可能になり, 硬X線を利用して軟X線領域のスペクトルを得られる方法としてその利用が注目されている. なお, 入射光のエネルギーを試料の吸収端近くまで接近させた時に得られる「共鳴X線ラマン散乱」は現象的には類似しているが, 電磁波と電子の相互作用のうちのpA項の二次摂動によるもので, メカニズムが異なる.
(東北大学科学計測研究所 林 久史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.02

モーショナルナローイング
Motional Narrowing
磁気共鳴の線幅は, 観測している磁気双極子の位置に周囲の磁気双極子が作る局所磁場の分布を表わしている. 磁気双極子を担っている分子の運動が抑えられている低温での線幅δとする. 温度の上昇と共に分子の運動が(特性時間τc)が激しくなると, その動きにつれ局所磁場に時間的遥動が生じ, τcδ<1の場所局所磁場が平均化されその分布が狭くなる. 即ち, 運動に伴う線幅の尖鋭化として観測される. ゼロ次元水素結合系K3D(SO4)2のラマン散乱では, DSO4とSO4の分子内振動数差を上記のδと考え, Dの運動をτcで表す. あるSO4はDSO4へ, 或いは逆の変化をするので振動数に時間的揺動が生じている. 転移点の極々近傍を除いてτcδ<1が成立しているので, 尖鋭化の結果一本のラマン線が観測される. τcとδの相対的大きさが平均化の程度に関与するので, δを知れば線幅からτcを求めることが出来る.
(北海道大学電子科学研究所 笠原 勝)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.02

非調和熱振動
Anharmonic Thermal Vibration
結晶内原子がポテンシャルUのもとで振動するとき, 平衡点からの変位が小さければUの展開を二次の項で打ち切ることができる. このような近似を調和近似と呼び, その運動を調和熱振動と呼ぶ. しかし, 高温で振動が大きくなると, そのような近似は許されず三次以上の非調和項の寄与を考慮せねばならない. このような振動を非調和熱振動と言う. 量子力学的には, 3個以上のフォノンがウムクラップ過程を介して, それぞれの固有モード間に相互作用を生ずる現象として解釈される. 調和振動のみでは高温で振動が大きくなろうとも振動の中心は変わらないので, 原子間距離は変化せず固体の熱膨張は起こらない. 三次の非調和項のような非対称なポテンシャルを導入することによって, その現象を説明できる. また, 非調和熱振動は超イオン伝導体のキャリアイオンの駆動力やフォノンのソフトニングを伴う構造相転移を理解する上でも重要な役割を果たす.
(熊沢紳太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

一粒子ポテンシャル
OPP
高温での結晶内原子の熱振動は, 個々の原子が相関なく独立に振動するアインシュタインモデルによって記述される. その時, 周りの原子からの相互作用は分子場近似され, ポテンシャルUのテーラー展開の形で表現される. このポテンシャルを一粒子ポテンシャル(One Particle Potential:OPP)と呼ぶ. OPPはWillis(Acta Cryst., A25, 277,(1969))によって, 中性子回折データから非調和熱振動を解析する際に導入された.
(熊沢紳太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

メッセンジャーRNA
mRNA
messenger RNAの略. 遺伝情報は一般にDNA中に保存され, そこに含まれている情報はタンパク質の生合成という形で発現される. この過程では, DNAの情報はRNAポリメラーゼの作用により一本鎖RNAに転写され, リボソーム上でtRNAの働きを通してアミノ酸の配列順序に翻訳され, タンパク質合成が行われる. 以上の過程で生ずる, 遺伝子情報を転写した一本鎖RNAがmRNAである. 原核生物の場合,タンパク質生合成の開始コドンの5'末端側約10ヌクレオチドの位置を中心に3~9残基のSD (Shine-Dalgarno) 配列が共通して見られ, この配列は16S rRNAの3'末端付近の配列と相補的で, リボソームとの結合に重要であることがわかっている.
(保坂晴美)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

rRNA
リボソームRNA
ribosomal RNAの略. リボソームを構成するRNAである. 原核生物において, リボソーム30Sサブユニットには16S rRNA(分子量約0.55×106)が, 50Sサブユニットには23S rRNA(1.1×106), 5S rRNA(4×104)各一分子が含まれている. これらのrRNAは, 分子内で塩基対をつくることにより二次構造を形成しており, その二次構造は異種間での保存性が高い. リボソーム過程のすべてではないが多くの過程で主要な機能的役割を果たす. リボソームへのmRNAの結合には16S rRNAの3'末端領域が, ペプチジルトランスフェラーゼ機能には23S rRNAが関わっていることがわかっている.
(保坂晴美)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

転移RNA
tRNA
transfer RNAの略. 分子量25,000~30,000で, 73~93ヌクレオチドからなる比較的低分子量のRNAである. 20種のアミノ酸にはそれぞれに対応したtRNAが一種類以上存在する. tRNAの一次構造にはいくつかの構造類似性があり, すべてのtRNAがクローバー葉形の二次構造をとっている. またX線結晶構造解析により, クローバー葉構造の各アームがさらに折れ曲がったL字形三次構造をとることが明らかになっている. tRNAはアミノアシルtRNA合成酵素によって対応するアミノ酸が付加(アミノアシル化)されるCCA末端(3'末端)と, そのアミノ酸に対応するコドンに相補的なアンチコドン領域をもつ. タンパク質生合成の際には, アミノアシル化されたtRNAはポリペプチド鎖延長因子(EF-Tu)によりリボソームに運搬され, そのアミノ酸に対応するmRNAのコドンを認識すると, リボソームのもつペプチジルトランスフェラーゼ活性によりコドンに対応したタンパク質が合成されていく.
(保坂晴美)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

X線移相子
X-ray Phase Retarder, X-ray Phase Plate
移相子は, 光波を伝える媒質の直線複屈折(本号クリスタリット参照)を利用して光波の偏光状態を変換する光学素子である. 可視光域で用いられるカー・セルやポッケルス・セルは, 電気光学効果を応用した移相子を用いている. 完全結晶における動力学的回折を応用するX線移相子の研究は, 1939年のMoliereによる指摘にその源流をたどることができるが, 当時は完全結晶製造の技術がなく, その後長く発展を見なかった. 今日に至るまでのX線移相子の研究は, 1972年に発表されたSkalickyとMalgrange の指摘が, 直接のきっかけとなっている. その後, 完全結晶によってブラッグ反射されたX線の偏光特性を応用する反射型X線移相子の可能性がおもに模索されたが, 1991 年以降, 平野, 石川, 菊田らによって開発が進められた透過型X線移相子が, X線移相子の決定打と見なされるようになってきている. 水平偏光の放射光からX線移相子によって変換された+, -の円偏光を用いることによるX線磁気円二色性(XMCD)やX線自然円二色性(XNCD)の測定, 完全偏光度の高い楕円偏光を用いることによる磁気ブラッグ散乱の測定やX線直線複屈折(本号クリスタリット参照)の測定, 水平偏光と垂直偏光のスイッチングによるX線直線二色性(本号クリスタリット参照)の測定などが, 透過型X線移相子を用いてなされている.
(沖津康平)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

(X線の)直線複屈折
(X-ray)Linear Birefringence,(X-ray)Linear Double Refraction
媒質(結晶)の光学軸(異方軸)の方向に振動する偏光とそれに直交する偏光に対する屈折率が異なる現象をいう. 可視光における直線複屈折は, 方解石の結晶において, 1669年にBartholinusによって発見された. これに対して1811年にAragoによって見いだされた左右の円偏光に対して屈折率と吸収率が異なる現象を光学活性(optical activity)という. 単に複屈折といえば直線複屈折を指すことが多いが, 光学活性(円二色性と旋光性)のうち旋光性のことを円複屈折(circular birefringence)とよんだ方が現象の本質をよく表しているという議論があり, これに対して狭義の複屈折を指す用語として直線複屈折という語が使われている. X線領域における直線複屈折の存在は, 1980年にTempleton夫妻によって初めて見いだされた. 彼らが直接計測したのは直線二色性(本号クリスタリット参照)のみであるが, 二色性と複屈折の間にはKramers-Kronigの関係(本号クリスタリット参照)があるため, X線直線複屈折の発見もまた, Templeton夫妻によってなされたと言っていい. 動力学理論の誕生以来知られている完全結晶における分散面の分裂をX線(直線)複屈折に含める場合もある.
(沖津康平)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

(X線の)直線二色性
(X-ray)Linear Dichroism
媒質(結晶)の光学軸(異方軸)の方向に振動する偏光とそれに直交する偏光の吸収率が異なる現象をいう. 可視光域においては, 1815年Biotによって電気石について初めて見いだされた. 屈折率の異方性である直線複屈折(本号クリスタリット参照)との間にはKramers-Kronig の関係(本号クリスタリット参照)が成立する. X線領域においては, バナジウム酸化物結晶について1980年にTempleton夫妻によって初めて見いだされた. Templeton 夫妻の方法は, 水平偏光の放射光X線に対して試料結晶の光学軸(異方軸)を水平においた場合と鉛直おいた場合で, それぞれ吸収端付近の吸収率スペクトルμ∥とμ⊥を測定するという手法であり, この手法によって今日までに多くの一軸性ないしは二軸性結晶に対する偏光依存吸収スペクトル(polarized XAFS)が測定されている. しかしながらこの手法においては, 試料結晶の光学軸を水平と鉛直に配置した場合の実効的試料厚を充分な精度で再現させることが一般に難しい. このため, 吸収率の差(μ∥-μ⊥)を正確に議論することができない. この問題は最近になって, 偏光の干渉を応用する手法や, 透過型X線移相子(本号クリスタリット参照)を用いて水平偏光と垂直偏光をスイッチングする手法により, 克服されてきている.
(沖津康平)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

クラマース-クロニッヒの関係
Kramers-Kronig Relation
誘電率の実数部(屈折率)と虚数部(吸収率)の間に一般的に成り立つ関係式. 1926年Kronigによって, 1927年Kramersによって初めて導出された. 当時Siegbahnらによって開拓されたばかりのX線分光に応用することを目的としていた. 外部からの電場e(t)に対する分極p(t)は, p(t)=χ(t)*e(t)のようにコンボリューションの形で表される. χ(t)は, 一瞬の刺激e(t)=δ(t)に対する応答であり, 応答系に固有の応答関数である. これをフーリエ変換するとP(ω)=Χ(ω)E(ω)となり, 応答関数χ(t)のフーリエ変換Χ(ω)は, 分極率であることがわかる. このときχ(t)は, 正の時間にしか値を持ち得ないという因果律が, 次のような拘束条件をΧ(ω)に与えることになる. 任意の関数は偶関数と奇関数の和で表されるので, 応答関数χ(t)を偶関数χeven(t)と奇関数χodd(t)の和(χ(t)=χeven(t)+χodd(t))で表される. このときχeven(t)とχodd(t)の間には単純な関係式χodd(t)=sgn(t)χeven(t)およびχeven(t)=sgn(t)χodd(t)が成り立つ. sgn(t)は, t<0, t= 0, t>0のときの値がそれぞれ, -1, 0, +1である符号の関数である. この2つの式をフーリエ変換することによりクラマース-クロニッヒの関係式を得ることができる. χeven(t), χodd(t),およびsgn(t)をフーリエ変換した角周波数ωの関数は, Χreal(ω)(分極率の実数部), i Χimag(ω)(i×分極率の虚数部), および1/(πiω)(sgn(t)のフーリエ変換)である. したがってΧreal(ω)は, i Χimag(ω)と1/(πiω)のコンボリューションで与えられ, i Χimag(ω)は, Χreal(ω)と1/(πiω)のコンボリューションで与えられる. この関係式は, 電磁波における誘電率に限らず, 線形応答系の複素アドミッタンスに対して一般的に成り立つ.
(沖津康平, 雨宮慶幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

光回復酵素
DNA Photoreactivating Enzyme:Photolyase
DNAは, 熱, 紫外線, ストレス等で容易に変異を受ける. このような変異(化学変化)を受けたDNAを修復する酵素群が生体内には存在する. これらはDNA修復酵素と呼ばれている. DNA修復酵素には損傷部分を直接的・可逆的に修復するもの, 損傷部分を切断する除去修復するもの, 組換え反応により修復するものが知られている. 光回復酵素は, 損傷DNAを直接的かつ可逆的に修復する. 光回復酵素 は, 紫外線によってDNAに生じる損傷の一つであるピリミジン二量体に結合し, その後に吸収する光のエネルギーを用いて元の単量体に修復する反応を触媒する酵素である. このDNA修復は光回復と呼ばれる. この光回復酵素はCPD光回復酵素(Cyclobutane Pyrimidine Dimer 光回復酵素)と呼ばれる. このほかにも, 紫外線によるもう一つの主要なDNA損傷であるピリミジン-ピリミドン(6-4)光産物に特異的な光回復酵素,(6-4)光回復酵素も知られている. CPD光回復酵素はほとんどすべての生物種に存在し, 分子量が約5万から7万のアポ酵素と2種類の補酵素として光を吸収するクロモフォアーを有する.
(北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

分子認識
Molecular Recognition
分子が分子を認識し, どの様に相互作用しているかを知ることは種々の化学反応機構を理解する上で重要である. とりわけ最近の構造生物学の進歩によって, タンパク質などの巨大分子が基質となるターゲット分子をどの様に認識しているかが徐々に明かとされてきている. X線構造解析などにより明らかにされるタンパク質との分子間相互作用は時にはタンパク質同士であったり, 遺伝子DNAであったり, 薬物などの低分子性の有機化合物であったりするが, いずれの結合においても非常に巧みな分子同士の融合が観察される. タンパク質は長い進化の過程で, ある特定のアミノ酸残基を変異によって変化させ, 種々の環境に対応するように自身を進化させてきている. 最近はタンパク質と薬物分子の結合状態を解明し, 更に有効で結合性の高い分子を設計する試みがなされている.
(北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

DNA損傷
DNA Damage, DNA Lesion
DNA損傷とは, 種々の要因によってDNA分子上に生じた局所的な化学構造の変化である. 細胞内のDNAは, DNA複製時におけるDNAポリメラーゼの誤り(複製エラー)などの内的な要因によって変化を受けたり, X線やガンマ線などの電離放射線, 太陽光からの紫外線, 並びに種々の化学物質などの外的要因によって変化を受ける. このようにして生じた損傷はDNAの複製や転写を阻害し, その結果, 突然変異や細胞死の原因となり, 老化や癌化, 遺伝病発症の要因となる. しかしながら, 生物は細菌から高等動物まで, こうした損傷DNAを修復する機構を備えており, 細胞の機能発現や遺伝情報の伝達の異常を未然に防ぎ, DNAの情報を安定に保つことができる. このような損傷DNAを修復する機構を司るシステムは生物が持つDNA修復酵素によってなされている.
(北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.040 No.05

低温蛋白質結晶構造解析
Cryogenic Protein Crystallography
蛋白質の結晶構造解析は特別な場合を除いて室温下で行われてきた. しかし, 多種多様な蛋白質の構造解析や放射光X線を用いた回折実験を通じて, 室温下では, X線照射に伴う放射線損傷によって回折強度データ収集が不可能な結晶が多数存在することが明らかとなってきた. このような状況に対処するため, 蛋白質結晶を液体窒素温度程度の低温に保って回折強度データ収集を行い, 低温下で蛋白質の立体構造を決定するのが低温蛋白質結晶構造解析である. 液体窒素温度では, X線照射によって結晶中に生成するラジカルの拡散が抑制され, 結晶の放射線損傷が著しく低減される. 液体窒素温度下の蛋白質の結晶構造は室温下のものとほとんど変わらないので, 立体構造のみを議論する場合には, 放射線損傷が低減されている分, 低温下構造のほうが室温下で得られた構造よりも精度が高いようである. 低温蛋白質結晶構造解析は, 更に, 蛋白質の反応中間状態の構造研究, 活性部位および蛋白質全体の水和構造, 蛋白質の熱振動研究にも応用されている. しかし, 一方で, 第三世代大型放射光X線を用いた低温実験においては, 大強度X線照射による蛋白質結晶の局所的な温度上昇が著しいため, 液体窒素温度下ではもはや放射線損傷を阻止できない場合(特にリンを多く含む膜蛋白質や核酸蛋白質複合体の結晶)も見られるようになってきた. 将来, 更に低温下での構造解析が必要となりそうである.
(東京大学分子細胞生物学研究所 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.01

イメージングプレート
Imaging Plate
イメージングプレートは光輝尽性蛍光体を使用した放射線画像センサーであり, X線フィルムに代わるものとして医療用に開発された。光輝尽性蛍光体はX線を準安定な着色中心として記録する. X線照射後にこの蛍光体に可視光をあてると着色中心は消失し蛍光が出る. この蛍光強度を測定することによりそれに比例する照射X線強度を知ることができる. イメージングプレートは広いエネルギー領域のX線に対して感度が高く, ダイナミックレンジと感度の直線性がよい. さらに記録された画像情報は可視光の照射で消去できるのでくりかえし使用でき, 画像データをコンピュータ上で処理できるなど多くの利点をそなえている. イメージングプレートは, オートラジオグラフィー, X線回折, 電子顕微鏡, 電子線回折, 中性子回折など多方面に応用されている. 日本では商品名の「イメージングプレート」が使われているが, 世界的には「イメージプレート」と呼ばれることが多い.
(無機材質研究所 竹村謙一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.01

選択配向
Preferred Orientation
層状物質のように異方的な結合をもつ結晶ではわずかの力で結晶面のすべりがおこり, 特定の結晶方位が加圧軸に対して選択的にそろう. この現象を選択配向(ないしは優越方位)と呼ぶ. たとえばグラファイトは容易にc軸が同じ向きにそろう. 圧延した金属板や線引き加工した金属線などにも選択配向が見られる. 選択配向は加圧軸に対してそろいやすい結晶方位(配向軸)とその分布関数で記述できる. 選択配向した多結晶体組織の粉末X線回折強度は, 入射X線が加圧軸となす角度に依存して変化する. ある結晶面がブラッグ反射をおこすには, その結晶面と一定の方位関係にある配向軸が入射X線ないし加圧軸に対して特定の方位を向いていなければならない. その確率を通常の回折強度にかければ選択配向のある場合の回折強度が計算できる. 結晶構造が未知で, しかも極度の選択配向がある場合に粉末回折データから結晶構造を決めることはむずかしい.
(無機材質研究所 竹村謙一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.01

MEM/Rietveld法
MEM/Rietveld analysis
モデルフリーな構造解析法であるマキシマムエントロピー法(MEM)と粉末構造解析法であるリートベルト解析法(Rietveld Method)を組み合わせた新しい精密粉末構造解析法. リートベルト解析のピーク分離の機能とMEMのモデルフリーな回折データのイメージングの機能を組み合わせることにより, 複雑な粉末回折パターンから詳細な電子密度分布を求めることを可能にした. 使い方としては, 簡単なモデルから出発して最終的な構造モデルを求める構造精密化と, 構造既知の物質の電子密度解析がある. 代表的な解析例は, 前者についてはフラーレンの構造解析(M. Takata et al.: Nature 377, 46(1995): Phys. Rev. Lett. 78, 3330(1997).), 後者についてはh-BN(S. Yamamura et al. : J. of Phys. and Chem Solids, 58, 177(1997)), GaN(T. Ikeda et al.: J. of Phys. Soc. Jpn., 674104(1998)), α-ボロン(M. Fujimori et al. : Phys.Rev. Lett.(1999)in press)等がある.
(島根大学総合理工学部 高田昌樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.02

ルビー蛍光法
Ruby Fluorescence Technique
NBSで開発されたルビーのR1蛍光線(室温でおよそ694.2 nm)の波長シフトに基づいた高圧力較正法である. ルビーの蛍光線を測定するのでダイヤモンドアンビルセルのような透明なウィンドウを持つ圧力セルにのみ適用できる. ルビーのいわゆるUバンドの波長領域のレーザー光を照射するとよく光る. アルゴン・レーザーの514. 5 nm線や488 nm線が励起線として使われている. R1蛍光線のスペクトル位置は圧力の増加とともに長波長側にシフトする. 波長の圧力シフトは,100 GPa程度までは, P=3.808[(Δλ/694.2+1)5-1] で表されることが実験的に知られている.1) 10 GPa程度までなら,ほぼ直線で, P=2.74Δλ も較正式として用いられている. ここでPは圧力(GPa),Δλは波長シフト(nm)である. 1)H. K. Mao, P. M. Bell, J. W. Shaner and D. J. Steinberg: J. Appl. Phys. 49, 3276(1978).
(東京大学大学院 総合文化研究科 松下信之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.02

ガスケット
Gasket
一般的に,ガスケットは,真空装置や圧力装置などの着脱可能なフランジ部分での気密を得るための部品をいう. ガスケットをフランジ間に挟み込み,フランジを締め付けガスケットの変形により気密を得る. ダイヤモンドアンビルセルでは,ガスケットは対向した2つのダイヤモンドアンビルのキュレット面で挟まれる. 小さな穴のあいた金属板を指す. 初期のころはガスケットを用いず,粉末試料を直接ダイヤモンドアンビルで加圧していた. これでは圧力の静水圧性は望めない. ガスケットの穴の上下をダイヤモンドアンビルのキュレット面でふさいだ微小な円筒形空間に気体や液体を圧力媒体として封入し,そこに粉末や単結晶の試料を置く. 2つのダイヤモンドアンビル間を締め付け,ガスケットを変形させ,その微小空間を小さくすることにより,そこに静水圧性の高い高圧力を発生させる. 試料は高圧力の媒体中に身を置くことにより圧力を受ける. 塑性変形や硬度の点からガスケットも到達圧力を決める重要な部品である. 材料には,ステンレスやインコネルなどが良く使用される. 単結晶X線回折実験では,入射X線や回折X線がガスケットを通る幾何学のダイヤモンドアンビルセルも使用されている. この場合はX線に透明なベリリウム金属をガスケットに使用する. この場合柔らかい金属であるため利用できるのは4 GPa程度までである.1) また,ベリリウム金属は毒性が強いので注意を要する. 1)H. Ahsbahs: Prog. Crystal Growth and Charact. 14, 263(1987).
(東京大学大学院 総合文化研究科 松下信之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.02

分子性伝導体
Molecular Conductor
分子性結晶は分子どうしが弱い相互作用(主にファン・デル・ワールス力)によって集合して形成されている. 典型的な分子性結晶は分子間の結合力が弱く, 多くの場合絶縁体である. 分子間に働く力がファン・デル・ワールス力だけでなく電荷移動力が強い場合には電荷移動型の錯体を形成し, 高い電気伝導性などの興味深い物性を示す事がある. このような伝導性物質は, 物性を考える上で基本単位として原子ではなく分子をひとまとまりとして議論するために分子性伝導体と呼ばれる.
(千葉大学理学部物理 澤 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.03

時間分割X線結晶構造解析, 固相化学反応
Time-Resolved X-Ray Crystal Structure Analysis, Solid Phase Chemical Reaction
固相化学反応のなかでも特に結晶相反応では, その全過程を通して単結晶状態が維持される. X線結晶構造解析法は本質的に結晶を構成する分子の空間的・時間的な平均構造を決定する手法である. しかしながら光やX線, 温度変化など適当なトリガーにより全分子の反応を同期させ, 反応時間と比較して無視できる極短い時間内に全回折強度データを収集すれば, 結晶相反応をストロボ写真撮影と同様にして逐次的な結晶構造の変化として追跡できる. IPD-WASではイメージングプレートをX線検出器として採用し, ワイセンベルグ写真法を応用して時間オーダーの分解能を達成したが, 秒オーダーで進行する結晶相反応であれば, 高速の画像読み取りが可能な電荷結合素子(CCD)を組み込んだ検出器の利用が有望である. さらに速い速度の結晶相反応については, X線源として放射光の利用を前提とするものの, 白色ラウエ法による時間分割結晶構造解析が可能である.
(理化学研究所研播磨研究所 神谷信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.03

有効イオン半径
Effective Ionic Radius
ShannonとPrewitt(1969)によって求められたイオン半径のセットであり, Shannon (1976)によって増補されたものが, 現在では広く用いられている. 算出方法は基本的には1920年代にGoldschmidtが求めた方法と同じで, 相接する陽イオンと陰イオンの距離の実測データから純粋に経験的に決定したものである. Goldschmidtが少数の単純な構造を持つ酸化物とふっ化物について値を求めたのに対し, ShannonとPrewittは膨大な数の酸素およびフッ素の化合物のデータを用いて, 陰イオンについてもその配位環境を考慮し, 酸化数, 配位数, スピン状態が異なるそれぞれの場合に分けて求めた. なお, 共有結合性の影響は必然的にその中に繰り込まれている.
(広島大学理学部 大川真紀雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.03

結合電荷
Bond-Valence
Paulingの静電原子価則において定義されている静電結合の強度を原子間距離の関数として定義しなおすことによって修正されたもの. その関数のパラメーターは多数の実測値を用いて最適化されている. それぞれの原子についての結合電荷の総和(bond-valence sum)はそのイオンの原子価に等しい. Brownらによって与えられた式が用いられることが多い. 実験的に求められた陽イオン-陰イオン結合距離から結合電荷の総和を計算することによってある席を占有している陽イオンや配位している陰イオンの価数などを推定することができる. 結晶構造が未知の物質の推定構造の正確性を判断することや, 化学組成の各成分を正確に確定することが難しい天然の物質を扱う鉱物学などの分野において, 簡便ではあるが非常に有効な手法となっている.
(広島大学理学部 大川真紀雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.03

ブロック(層)の概念
Block Layers Concept
以前のクリスタット1)でも述べられているように, 銅酸化物高温超伝導体におけるブロック層の概念は十倉等2)により提唱された. この概念はイオン結晶的な二次元的構造として取り扱える銅酸化物高温超伝導体の結晶構造を, CuO2平面とそれを挟む電荷供給をするブロック層とに分割し, これらが積層しているという考え方で説明がつくのでわかりやすい. このイオン結晶的なブロック層の概念を金属間化合物に適用することは, クラスター的な結合状態が存在する場合があるため, 取り扱いがやや難しい. 例えばThCr2Si2型結晶構造をとるCaCo2P23)やLaCo2P24)は, イオン結晶的にはCa2+, La3+であるから, Co2P2のクラスター部分の形式価数は各々-2, -3価となることが予想される. しかし, 本文でも触れたTh1Cr2Si2型結晶構造に積層不整が入った系ともみなすことができるCeFeSi型結晶構造をも含めて考えると, CaCo2P2やLaCo2P2におけるCoの価数ははたして何価なのかという問題が沸き上がる.(これらの化合物は各々, 磁化, 原子間距離等の測定より, CaCo2P2の場合には Ca2+Co21+P4-2, LaCo2P2の場合にはLa3+Co1.5+2P3-2としている. ) このことはT.Siegrist等が提案した[LnC(or LnN)]m(Ni2B2)n5)で表記される希土類原子-ニッケル-ホウ素炭化物系の化合物群においても同様であり, イオン結晶的な取り扱いをすることは少々難しい. しかしイオン結晶的な取り扱いを考慮しなければ, 希土類原子-C(orN)のユニットとNi2B2のユニットから成り立つホモロガス群とみなせ, ブロックの概念による解釈は可能である. このようにイオン結晶的な取り扱いをしなければ, 無機化合物の場合にも広く適用することができ, 国内ではすでに~1970年代前半に秋本等により, スピネル型結晶構造にみられる4配位, 6配位のユニットを一まとめにしたブロック"↑"で表記し, βスピネルをはじめとした種々のスピネル関連化合物を"↑", "↓"で表現する6)ことがなされている. 1)上原政智:日本結晶学会誌 36, 298 (1994). 2)Y.Tokura and T.Arima:Jpn. J. Appl. Phys. 29, 2388 (1990). 3)M.Reehuis, W.Jeitschko, G.Kotzyba, B.Zimmer and X.Hu:J.Alloys Comp. 266, 54 (1998). 4)E.Mörsen, B.D.Mosel, W.M殕ler-Warmuth, M.Reehuis and W.Jeitschko:J.Phys. Chem. Solids 49, 785 (1988). 5)T.Siegrist, H.W.Zandbergen, R.J.Cava, J.J.Krajewski and W.F.Peck Jr:Nature 367, 254 (1994). 6)S.Akimoto, H.Fujisawa and T.Katsura:J.Geophys. Res. 70, 1969 (1965). 堀内広之, 堀岡啓治, 森本信男:鉱物学雑誌 14, 253 (1980). B.G.Hyde, T.J.White, M.O'keeffe and A.W.S.Johnson:Z.Krist. 160, 53 (1982).
(電子技術総合研究所 材料科学部 鬼塚 聖)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.04

スピンラダー系高温超伝導体
Superconducting Spin-Ladder System
梯子の形をした格子上にスピンが反強磁性的に配置した系をスピンラダー系と言い, その構造を含む超伝導物質のことを指す. 従来の酸化物高温超伝導体では, CuO2二次元正方格子内でクーパー対の伝導が起こることが知られている. これに対し, Sr14-xCaxCu24O41では, Cu2+(S=1/2)とO2-で構成される梯子格子が超伝導発現に必須の構造となっており, そこに注入されたホールがクーパー対を形成する. この系の超伝導発現機構に関しては, 二次元高温超伝導と同様に, スピン間の反強磁性的相互作用(J)が対形成エネルギーの源になっていると考えられている. 現在, 知られているスピンラダー系超伝導体は, Sr14-xCaxCu24O41(x≧11.5, Tcmax~13 K(x=13.6,~3 GPa))である. 他のスピンラダー系物質としては, SrCu2O3, La1-xSrxCuO2.5,(VO)2P2O7等があるが, 今のところ, 超伝導化には至っていない.
(無機材質研究所 磯部雅朗)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.04

共鳴磁気散乱
Resonant magnetic scattering
X線エネルギーを磁性原子の吸収端に同調すると, 内殻電子がスピン分極した外殻レベル(またはバンド)へ遷移し, 元のレベルに戻るときに起きる弾性散乱. 内殻がスピン軌道相互作用によりエネルギー分裂し, 外殻バンドが狭く, 強くスピン分極していると強い共鳴磁気散乱が起きる. 非共鳴磁気散乱と比較した増強度は, K殻では数倍, L殻では102倍, M殻では~105倍. 1985年わが国の並河一道らによって発見された1). Hannonらはこれを電子の電気多重極遷移で説明し, exchange scattering と呼んだ2)が, 他の機構により共鳴磁気散乱を説明する説もある. シンクロトロン放射の出現により, 元素識別性をもち, 中性子散乱より運動量分解能が高い共鳴磁気散乱は物質の磁性を原子レベルで研究する新しい実験手段となった. X線磁気円二色性は散乱角ゼロの共鳴磁気散乱である. 1)K. Namikawa et al.:J. Phys. Soc. Japan 54, 4099(1985). 2)J. P. Hannon et al.:Phys. Rev. Lett. 61, 1245(1988).
(奈良先端科学技術大学院大学, 東京工業大学 橋爪弘雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

電気磁気効果
Magnetoelectric effect
磁気長距離秩序を持つ誘電体結晶では, 電場による誘電分極に伴って磁化Mが, 逆に磁場Hによる磁化に伴って誘電分極Pが現れることがある. この現象を電気磁気効果という. 磁気モーメントの方向が異なるイオンごとに, 誘電分極を担う変位, あるいは電子分極が異なることがその基本的な機構である. 誘電分極とともに, もともと打ち消しあっていたモーメントの大きさが異なる変化をして, つりあいが破れ, 磁化が誘起される. 電気磁気効果を1次の関係 ●● で表現できるとき, 係数αijを(1次の)電気磁気感受率という. テンソルαijの存在/非存在とその形とは, 磁気モーメントの配列まで考慮した磁気秩序結晶の巨視的な対称性(磁気点対称性)に支配される. 電気磁気効果による磁気点対称性の決定は,磁気構造の決定に有用な情報を与える.
(早稲田大学理工学部物理学科 近 桂一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

EF-ハンド
EF-hand
ヘリックス-ループ-ヘリックスで構成されるCa2+結合モチーフ, 1972年にKretstingerらによって明らかにされたパルブアルブミンの立体構造には6つのαヘリックス(A~E)と3つのループが存在し, CDおよびEFのヘリックスに挟まれたループには, それぞれ一つのCa2+が結合していた. そこで彼らは, 互いに類似したこれらのヘリックス-ループ-ヘリックス構造をCa2+結合モチーフと考え, Eヘリックスを右手の人差し指に, Fヘリックスを右手の親指に, ループを折りたたんだ中指の形になぞらえて, EF-handと名付けた. 一般に, EF-handモチーフのCa2+結合部位はループの主鎖のカルボニル酸素と, 側鎖の酸素, 水の酸素で正八面体型でCa2+に結合する. このモチーフは, 共通した一次配列をもっており, 共通の祖先から進化してきたものであると考えられてきたが, それよりも多少複雑な進化過程を経てきているようである.
(大阪大学大学院工学研究科 甲斐 泰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

EF-hand型Ca2+結合タンパク質
EF-hand Ca2+ binding protein
Ca2+結合タンパク質の中で, EF-handモチーフを有するタンパク質の総称, 多くのEF-hand型Ca2+結合タンパク質は, EF-handモチーフを2~8つ持っており, 様々な機能を有しているものも知られている. また, EF-handモチーフをもつタンパク質の中にはCa2+結合能がないものも存在する. 一般に, 等電点は酸性側にあり, アスパラギン酸やグルタミン酸といった酸性アミノ酸を多く含んでいる. これらの代表として知られるカルモジュリンやトロボニンCに関しては, Ca2+を結合することにより, 全体のコンホメーションが大きく変化し, 内部に埋まっていた疎水性部分が分子表面に露出する. この疎水性部分が標的分子を認識し複合体を形成することによって, 標的分子の活性などが調節されることが知られている. 多くは細胞内に存在するが, 細胞外にもその存在が知られている.
(大阪大学大学院工学研究科 甲斐 泰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

分子認識機構
Mechanism for molecular recognition
生体内では, 特定のタンパク質が標的分子を認識し, 複合体を形成することによって様々な情報伝達が行われている. 最近の構造生物学の進歩によって, それらの原子レベルでの分子認識機構が明らかとなってきている. それらの立体構造情報を元に, タンパク質工学の分野では, 改変タンパク質を作成することによる分子設計が行われ, 医薬分野では医薬品の設計(ドラッグデザイン)に応用されている. タンパク質の構造と機能の相関を解明することによって, 望ましい構造や機能をもつタンパク質分子を作成する試みがなされている.
(大阪大学大学院工学研究科 甲斐 泰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

TSFZ法(浮遊帯域溶媒移動法)
Traveling Solvent Floating Zone Method
原料の一部を加熱することで溶融帯を形成して, この溶融帯を移動し, 融液を固化させることにより結晶を析出させる方法で,(1)溶融帯を容器なしで融液の表面張力のみにより保持し, かつ,(2)溶融帯の組成を原料組成と異なる特定の組成にあらかじめ設定して, 分解溶融化合物の単結晶育成に適用したのが, TSFZ法である.(1)の特徴のみを持つ場合は, FZ法(浮遊帯域法)という.
(金属材料技術研究所 茂筑高士)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

分解溶融化合物
Incongruent Melting Compound
融解して液相になったときに, 固相と比較して組成が変化しない一致溶融化合物(あるいは調和溶融化合物)に対して, 分解して別の固相と液相になるのが分解溶融化合物である. したがって, 一致溶融化合物の場合, 完全に融解した後に徐冷するとその化合物が結晶化するが, 分解溶融化合物の場合は, 徐冷してもその化合物は得られない.
(金属材料技術研究所 茂筑高士)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

ネッキング
Necking
種子結晶から単結晶を育成する場合に, いったん直径を絞った後, 直径を増大させ目的の大きさにする方法. 一般に, 種子結晶からの転位を除去する効果がある.
(金属材料技術研究所 茂筑高士)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.041 No.06

6-8型高圧装置
Double-stage Multianvil Apparatus
正多面体圧力媒体の各面を, 進行を同期させた複数のアンビル(通常は超硬合金製)によって加圧し圧力を発生させる装置をマルチアンビル型装置と呼ぶ. 現在では正6面体を加圧するcubic型装置が広く使用されている. 6-8型高圧装置(MA8型装置とも呼ばれる)とは, 6個の第一段アンビルが作る正6面体空間にさらに8個の第二段立方体アンビルを組み込み, この第二段アンビルの中央にある正8面体の圧力媒体を二段階で加圧する方式をとるものである. この二段階加圧のアイデアと技術は日本で生まれたもので, 一段階で加圧する場合に比べ, 到達圧力が高く静水圧性も高い. SPring-8のSPEED-1500は基本的にはcubic型装置であり, 荷重能力を大きくし正6面体空間を広くとることで, 6-8方式で実験が行われている. 現在, 二段階加圧はほぼすべてが6-8方式であることから英語では単にdouble-stage multianvil apparatusと表記されることが多い. 6-8分割球型(6-8 split-sphere type)なる表記も見られるが, これは6-8方式が最初に導入された装置であり, 第一段アンビルに球を6分割して先端を平坦にしたものが使われる.
(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 大高 理)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

焼結ダイヤモンド
Sintered Diamond Compacts
ダイヤモンド粉末にバインダー(焼結助材)を添加し焼結させたもの. 天然にもごく少量だがカーボナードやバラスと呼ばれる多結晶ダイヤモンドが産出する. 多結晶体であるからへき開が伝播せず, 単結晶ダイヤモンドにくらべ靱性が高い. Coをバインダーにしたものは製品化され線引きダイスなどに使われるが, これを転用して種々の高圧装置のアンビルに用いられている. SiCをバインダーにしたものもアンビル材として試されている. 通常の超硬合金(WC)製アンビルに比べ圧力発生効率は1.5から2倍程高い. 6-8方式の第二段立方体アンビルとしても使用されつつあり, 近い将来50 GPaを大きく超える圧力発生が可能となると期待されている. 焼結ダイヤモンドはX線に対する透過性がよいことから, 6-8方式ではアンビルを通してX線プロファイルを得ることも可能であり, 高圧下その場観察に都合がよい. 現在, 大きなもので1辺15 mm程度の立方体が入手できるが, より大きなサイズの焼結体が求められる. 値段が超硬合金より1桁以上高く, 気軽に使用できる代物ではないことが現実的には最も問題であろう.
(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 大高 理)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

キュービックアンビル型高温高圧発生装置
Cubic Anvil Type High Pressure - High Temperature Device
静的圧縮により高圧を発生させる装置の一種. アンビルとはもともとは, 鍛冶屋で用いる鉄床(かなとこ)のことであるが, 高圧発生装置においては, 頭部を落とした円錐形または, 角錐形の台座のことを言う. このアンビルを6個使用し, 立方体形状の圧力媒体を機械的に押し込むことにより圧力を発生させるものがキュービックアンビル装置である. 圧縮には油圧プレスが用いられるが, 1軸の油圧荷重が6個のアンビルによって, 3軸方向に均等に分割され, 3次元的な試料空間が確保されるとともに, 固体圧縮における静水圧性を高められる点に特長がある. アンビルの隙間をX線回折実験のための窓として利用できるため, 放射光実験をはじめとする結晶構造研究との相性が良い. ちなみに, on the anvilという熟語を辞書で引くと in preparationと同義と書いてあるが, 筆者の友人の外国人高圧研究者の誰ひとりとして, そんな用例は聞いたことがないと言う.
(日本原子力研究所放射光利用研究部 内海 渉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

構造ゲノミックス
Structure Genomics
ヒューマンゲノム計画に代表される多くのゲノム計画は, それぞれの生命個体の全遺伝情報, すなわちDNAゲノムの全塩基配列を決定しようとしている. しかしながらDNAの塩基配列から得られるものはタンパク質のアミノ酸1次配列のみであり, またタンパク質はその特異な3次構造を形成して始めて機能することも良く知られている. 当初は50年はかかると考えられたヒューマンゲノム計画も後1年で完了すると言われており, このポストゲノムを見据えて, 今度はそれぞれの生命個体で実際に機能している全タンパク質の3次構造をすべて決定しようとする「構造ゲノミックス」プロジェクトが世界各国で開始されようとしている. 我国でも理化学研究所が, SPring-8の理研ビームラインを利用して, 高度高熱菌(Thermus thermophilus HB8)の菌体内に発現されている2000種類に及ぶ全蛋白質のX線結晶構造解析を目指している. 本研究はストラクチュローム(Structureと全体を表わす接尾語-omeを組み合わせた造語)研究として1999年度10月から開始され, すでにそのゲノム解析をほとんど終了し, 現在では多数のタンパク質の大量発現と精製が本格化しつつある.
(理化学研究所播磨研究所 神谷信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

生物マシーナリー
Biological Machinery
文部省科学研究費特定領域研究「シンクロトロン放射光による生物マシーナリーの構造生物学」は平成11年度より開始された. 「本領域では生物マシーナリーとして, 生きている状態を演出するユニット機能(特定の物質の分解やイオンの汲み出し等々)を担う構造単位で, 結晶化が可能なようなものを対象とする. その実態は生体高分子群の複合体(複合体型)または集合(集合系型)である. 集合系型マシーナリーを構成する生体高分子群は, 一見したところでは互いに孤立していながら遺伝子レベルand/or蛋白質レベルで系統的な制御を受けている. 本領域では, シンクロトロン放射光を活用した最新のX線結晶構造解析の技術を駆使して, 複合体型マシーナリーの立体構造を丸ごと原子のレベルで解明したり, 集合系型マシーナリーを構成する生体高分子群の立体構造を一網打尽に解明する」(本領域のホームページに掲載されている公募要領解説より引用, http://bio.nagaokaut.ac.jp/ ~tokutei/koubo.html).
(理化学研究所播磨研究所 神谷信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

MIR-OAS
Multiple Isomorphous Replacement with Optimized Anomalous Scattering
蛋白質結晶の位相問題を解決するために従来から多用されてきた重原子多重同型置換(Multiple Isomorphous Replacement:MIR)法では本来の結晶(母結晶とよぶ)と, それに重原子を導入した誘導体の結晶を複数必要とする. ここで各誘導体は母結晶と同型でなければならない. この条件を満足する誘導体の調製は容易ではないため, より少ない誘導体で構造解析可能な位相を決定できることが望まれる. 多波長異常分散法は放射光の波長可変性を利用して初めて可能となったものであるが, 重原子誘導体の異常分散効果を波長の最適化(Optimized Anomalous Scattering:OAS)により最大限に利用すれば, その位相決定力により重原子誘導体の数を減らすことができる.
(理化学研究所播磨研究所 神谷信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.01

α-アミラーゼ
α-Amylase
デンプン(アミロースやアミロペクチン)のα1→4グルコシド結合を加水分解し, α-アノマー型のオリゴ糖を生成する酵素で, 起源は動物(唾液, 膵液など), 植物(種子など), 微生物と広範囲にわたっている. 作用様式は一般にエンド型で, ランダムにα1→4グルコシド結合を切断する. 本酵素のX線立体構造は, 阪大蛋白質研究所のグループによりタカアミラーゼAについて明らかにされたのが最初で, 現在では関連酵素も含めると動植物, 微生物など10を越える各種起源の酵素の構造が解析されている.
(農林水産省農業生物資源研究所 藤本 瑞)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.02

酵素基質複合体
Enzyme-Substrate Complex
酵素は基質に結合することによって作用するので, 酵素反応の第一段階で酵素と基質が結合した酵素基質複合体(ES complex)が形成される. しかし, 基質は結合状態で酵素の触媒作用を受けるので, 基質は生成物に変わり, 酵素から離脱する. したがって, 安定な酵素基質複合体の結晶を得ることは難しく, 酵素基質複合体の結晶構造解析は, 基質の代わりに基質に類似した阻害剤を用いた酵素-阻害剤複合体の解析で代替される場合が多い. また逆に, 酵素の方に変異を入れた不活性酵素を作成し, 安定な酵素変異体-基質複合体を得る方法も用いられている. 最近, 糖分解酵素の結晶に基質である糖を高濃度で混ぜ, 酵素に基質を結合させた直後に凍結して, 酵素反応の進行を抑えることにより解析を行う方法が用いられた例も報告されている.
(農林水産省農業生物資源研究所 藤本 瑞)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.02

触媒残基
Catalytic Residue
酵素の活性部位は, 機能的に触媒部位と基質結合部位に分けて考えることができるが, 触媒反応に直接関与する触媒部位のアミノ酸残基を触媒残基(あるいは触媒部位残基)という. 酵素-基質間におけるプロトンや電子の授受, 酵素反応中間体(遷移状態)形成の際の一次的な結合などに直接かかわるアミノ酸残基や, 触媒部位の構造形成に関与する残基等が含まれる. 例えば, セリンプロテアーゼでは, セリンと, ヒスチジン, アスパラギン酸の3つである. 触媒残基の決定には, X線結晶解析が有力な手段であるが, 特異的化学修飾法, タンパク質工学的手法もよく用いられている.
(農林水産省農業生物資源研究所 藤本 瑞)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.02

α/βバレル
α/β-Barrel
蛋白質の二次構造であるβ-ストランドとα-ヘリックスが交互に出現し, 外側にα-ヘリックスを配し, 内側の湾曲した平行β-シートが一周して樽状の構造を形成した蛋白質のドメイン構造. 一般的には, β-ストランドとα-ヘリックスがそれぞれ8つずつ存在する(β/α)8-barrelのことをいい, この構造はトリオースリン酸異性化酵素で初めて見出されたので, TIMバレルともよばれる. 解糖系酵素, 糖質関連酵素に多く存在し, それらの活性部位はα/βバレルのβ-ストランドのカルボキシル基末端側と, 隣接したα-ヘリックスに続くループ領域によって形成されている. しかし, 同じα/βバレルを持っていても, 異なる酵素間ではα/βバレルのアミノ酸配列の相同性は低い場合が多い.
(農林水産省農業生物資源研究所 藤本 瑞)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.02

DXセンター
DX Center
混晶系の半導体に見られる結晶欠陥の一種である. n型半導体を作るための不純物(Donor)を添加することで形成される. 発見当初, Donorと良く分からない欠陥(Unknown X)との複合欠陥と推測されたことから, DX centerと名づけられた. この欠陥は数K程度の低温で適当な光を照射すると, 捕獲していた電子を放出するだけでなく光を遮った後でも電子を再捕獲しないのが特徴である. このあたかも欠陥が消失したような現象は「永続光電流」と呼ばれており, DXセンターに研究者を駆り立てた要因の一つとなった. 機構的にはいまだに不明な点が多いが, 現在は複合欠陥ではなくDonorに隣り合う原子が大きな格子歪みをおこしていると考えている研究者が多いようである.
(SPring-8 石井真史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

空乏層
Depletion Layer
仕事関数(フェルミ準位から真空準位までのエネルギー)が異なる材料同士を接触させるとき, 両材料間でフェルミ準位を一致させようとする結果として, 接触部近傍のバンド構造に“曲がり”が生じる. このバンドの曲がりの部分では荷電粒子が掃き出され, 電荷が存在しない高抵抗の領域が形成される場合がある. これを空乏層と呼ぶ. 空乏層は半導体-金属接合や半導体同士のp-n接合, 次に述べるMIS構造などで重要な役割をなしている. 接触した材料間に電圧をかけると, 相対的なフェルミ準位のエネルギー差が変わり空乏層の幅が変わる. このことは, 高抵抗の領域の広がりが電圧によって制御可能であり, 電気の通り道を作ったり無くしたりできることを意味している. 現在の集積回路ではこの空乏層の制御で伝導のオン・オフを高速に行っている.
(SPring-8 石井真史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

MIS構造
MIS Structure
金属-絶縁体-半導体の層構造をMetal-Insulator-Semiconductorの頭文字をとってMIS構造といい, 現在の集積回路の基本素子となっている. 絶縁体膜を挟んで金属に電圧をかけて半導体中の空乏層幅を制御することで電流のゲートとして使うことができる. 絶縁物には酸化膜が使われることが多いため, しばしばMOS(Metal-Oxide-Semiconductor)構造と呼ばれることもある. Siが半導体デバイスの主力材料となっている背景には, 安価・無害・結晶性の良さに加えて, 安定した酸化膜であるSiO2を容易に形成し, しかもSi-SiO2界面に電子を捕獲するような界面準位を作り難いことがある. MIS構造の作りやすさが応用上いかに大切であるかを示している.
(SPring-8 石井真史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

衛星反射
Satellite Reflection
主ピーク(基本反射)の周囲に現れる副ピークを衛星反射と呼ぶ. コラーゲンモデルペプチドである(Pro-Pro-Gly)nや(Pro-Hyp-Gly)nはtriple-helixを形成しており, 回折像中の主な反射は, らせん構造に基づく20 Å周期の層線上の反射として明瞭に観測される. これらの基本反射とは別に, 強度は弱く数も少ないが, 分子長に関係した長周期に基づく層線上にも反射が観測され, これらを衛星反射と呼んでいる. コラーゲン型らせんでは, 1残基当たりのらせん軸方向への進みは約2.87 Åであるので, n=9では分子長は77 Å, n=10では86 Åとなる. 長周期は, これらの分子を整数個収容でき, らせん周期20 ≠フ整数倍の長さになっている.
(東京農工大学工学部生命工学科 奥山健二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

Sub-Cell 構造
Sub-Cell Structure
コラーゲンモデルペプチドである(Pro-Pro-Gly)nや(Pro-Hyp-Gly)nの単結晶では, triple-helix構造に基づく20 Åの明瞭な周期と, 分子長に関係する長周期が観測された. 分子末端の構造を無視して, 分子が無限鎖であると仮定するなら, 20 Å周期の反射だけを使ってc=20 Åの格子内の構造を求めればよいことになり, これをsub-cell構造と呼ぶ. 上記モデルペプチドの例では長周期に基づく反射の強度は弱く, 数も少ないのでsub-cell 構造に対する構造解析だけが行われた.(Pro-Pro-Gly)4-(X-Y-Gly)-(Pro-Pro-Gly)4においてXまたはYがAlaに置換したペプチドでは, sub-cell 構造が観測されたが,(Pro-Hyp-Gly)4-(Pro-Hyp-Ala)-(Pro-Hyp-Gly)5や(Pro-Hyp-Gly)4-(Glu-Lys-Gly)-(Pro-Hyp-Gly)5の様に, らせんの繰り返し構造がかなり大きく変化した部分を持つペプチドではsub-cell 構造は観測されず, 格子長はらせん周期の影響を受けていない.
(東京農工大学工学部生命工学科 奥山健二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

擬六方充填構造
Pseudo-Hexagonal Packing
円柱状分子の細密充填構造は, 円柱を束ねたときにできる六方充填構造である. これは, アルキメデアンタイリングとして知られる円の二次元等質パッキングの1つである. コラーゲンモデルペプチドである(Pro-Hyp-Gly)10の様な円柱状分子は, 単結晶中でtriple-helixが六方充填に近い構造をしており, これを擬六方充填構造と呼んでいる. これに対して, Hypの水酸基が水素になった(Pro-Pro-Gly)10も同様の円柱状分子であると思われるが, パッキング形態は大きく変化し, 別のタイプの二次元等質パッキングに近い構造となる.
(東京農工大学工学部生命工学科 奥山健二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.042 No.04

サイトカイン
Cytokine
多細胞生物は, その個体を構成している細胞を維持するため, 分化や増殖を促す情報伝達を行っている. サイトカインとは, この情報伝達を行うために細胞が分泌する可溶性蛋白質因子の総称である. これらの生理活性は, サイトカインがその標的となる細胞上に膜蛋白質として存在するサイトカイン受容体に結合し, その情報が細胞内に伝わることで発現される. サイトカインには, 血液関連細胞を作る造血因子(コロニー刺激因子)や, 免疫作用の発現調節, 炎症反応に関係する因子など(インターロイキン, インターフェロンなど)が含まれる. 更に, アポトーシス(細胞が自発的に死ぬこと)に関係する腫瘍壊死因子, Fasなどの因子や, ある種の成長因子を含める場合もある. サイトカインは, アミノ酸一次配列においてその相同性がほとんど認められないが, 受容体側は相同配列を含んでいる. その相同性から, インターロイキン, コロニー刺激因子, 成長因子などは主にクラス1に, インターフェロンはクラス2に, 上皮成長因子や腫瘍壊死因子などはその他のグループに分類されている.
(旭化成(株)中央技術研究所第二研究部 有富正治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

密度変調
Density Modification
Density modificationの訳語である. 略語“DM”や密度改良などの訳語も当てられる. 蛋白質のX線結晶構造解析では, 重原子多重同型置換解析, 多波長異常分散解析や分子置換解析によって回折波の初期位相が実験的に求められるが, 得られる電子密度図は必ずしも分子モデル構築を行えるものではない. そのため, ある程度正しい位相のセットをモデル構築が可能な段階まで改善するアルゴリズム(density modification methods)が考案されてきた. 最初に考案された溶媒平滑化(solvent flattening)法では, 得られた電子密度図において, 分子の外形が判明し, 溶媒領域と分子領域をある程度区別することが可能となれば, 溶媒領域の電子密度は平坦であるべきであるという制約を元に実験的に得られた位相を改善する. その後, 結晶学的非対称単位内に含まれる分子の対称性を用いた, 非結晶学的電子密度平均操作(non-crystallographic symmetry averaging), 蛋白質の電子密度ヒストグラムに制限を課すことで位相の改良を行うヒストグラムマッチング法(プログラムSQUASH), solvent flippingによる位相改良法(プログラムSOLOMON)が開発されており, 巨大分子の構造解析などで威力を発揮している.
(東京大学分子細胞生物学研究所 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

フラッシュ冷却
Flash Cooling
結晶の放射線損傷は液体窒素温度程度の低温下で著しく低減される. しかし, 蛋白質結晶のように水を多量に含む結晶では, 水が氷となって析出し, 結晶を破壊してしまうので, そのような温度領域まで段階的に冷却することが非常に困難である. そのため, 蛋白質結晶では, 氷の成長を抑制する抗凍結剤を結晶化母液に混在させるとともに, 200 K/1秒以下の冷却速度で結晶を冷却している. この際, 蛋白質結晶内の水はガラス状氷となる. 蛋白質結晶の冷却には, 低温窒素ガスや液体エタン, 液体プロパンが用いられているが, 冷却寒剤にかかわらず, このような急速冷却作業を総称してフラッシュ冷却(flash cooling)と呼んでいる.
(東京大学分子細胞生物学研究所 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

共鳴散乱動力学回折
Resonant Dynamical Diffraction
吸収原子や共鳴核によって共鳴散乱を起こすエネルギーのX線が完全結晶に入射した場合に多重散乱されて起こる回折現象をいう. 従来, 共鳴散乱は異常散乱とも呼ばれ, 散乱に寄与するX線分極率の虚数部のフーリエ係数が実数部のそれに比べて十分に小さいとされ, 理論上ではトムソン散乱に有効な原子散乱因子に異常散乱による補正を加えて扱われた. 放射光から連続スペクトルをもつX線源が得られるようになり, 上記虚数部が実数部とまったく同等の役割をする回折現象を測定することが容易になり, 動力学回折に特有な新たな現象が発見された. 例えば, 実数部がゼロの場合,(1)虚数部のみによる動力学回折が起こること,(2)半無限結晶ブラッグの場合にロッキングカーブが非常に鋭くなること,(3)薄い結晶でのラウエの場合において異常透過現象が起こること, である. X線のエネルギーとしては極めて狭い範囲で起こるが, X線分極率としては広い範囲の現象を見ることになる. この意味で今後の研究が期待される.
(埼玉工業大学 根岸利一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ボルマン効果
Borrmann Effect
完全結晶によるX線動力学回折に特有で, X線が平均的に受ける吸収より小さな吸収を受け, 異常透過する現象をいい, Borrmannにより最初に指摘された. 結晶内に入射したX線は分散し, 一方のブランチの波が異常透過し, 他方のブランチの波は異常吸収を受ける. 従来, 吸収がある場合にボルマン効果が起こるとされ, 厚い結晶においてのみ観測されていた. しかし共鳴散乱動力学理論によれば, 吸収があってもX線分極率の虚数部のフーリエ係数がゼロの場合にはボルマン効果は起こらず, 逆に虚数部のフーリエ係数だけの場合では薄い結晶でも異常透過が起こる. したがってボルマン効果は共鳴散乱のあるX線動力学回折に特有の現象であり, また異常透過と異常吸収の一体現象である.
(埼玉工業大学 根岸利一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

X線定在波法
X-ray Standing Wave Method
X線が完全結晶によって回折されるとき, 入射波と回折波の干渉によって結晶の内外に定在波が形成される. この定在波は入射角などの入射条件のわずかな変化によってその位相が変化し, 形成される定在波の節が回折にあずかる結晶の格子面に一致したりずれたりする. この定在波の位相変化は蛍光X線や光電子などの2次線の強度変化に反映される. この強度変化を利用して, 結晶の表面や界面の格子面にある着目原子位置を求めるのがX線定在波法である. 共鳴散乱を取り入れたX線定在波法では, X線のエネルギーをわずかに変えることによって位相を変えることができ, 従来のようにブラッグの場合における結晶表面方向の位置情報が得られるほか, ラウエの場合では結晶表面に沿った2次元面内の位置情報も得られる.
(埼玉工業大学 根岸利一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ポンプ・プローブ法
Pump-Probe Method
光励起ダイナミクスを測定する一般的手法. 生成した光パルスをビームスプリッターにより2つに分け, 可変な光路差を設けることにより相対的な時間差をつけて測定試料に照射する. 最初に入射するパルスをポンプパルスと呼び, 試料中に光励起状態をつくり出す. ここに, 二番目のパルス(プローブパルス)が入射して, 試料中に誘起された励起状態の様子を測定する. ポンプ-プローブの時間間隔を変えて測定することで, 励起状態の時間変化を測定できる. 光励起により誘起されるプローブパルスの吸収, 反射, 屈折率の変化や, 非線形過程を利用した手法が多く用いられる. 時間分解二光子光電子分光では, 試料からの光電子放出強度をポンプ-プローブ時間差の関数として測定する. ((株)日立製作所基礎研究所 小川 晋)
逆光電子分光
Inverse Photoemission
一定のエネルギーの電子ビームを測定試料に照射し, その電子が試料の非占有状態に落ちる時の発光を観測する手法. 非占有状態の状態密度を反映したスペクトルを得ることができる. 正確には, 系の基底状態に電子を一個付け加えた状態のエネルギースペクトルを得ることができる. 光電子分光が光を入射して光電子を測定し, 占有状態の情報を得ることができるのに対し, 電子を入射して発光を測定し非占有状態の情報を得ることができるため, 逆光電子分光と呼ぶ. 10 eV程度のエネルギーを持った電子を用いる場合と, 1 KeV以上の入射電子を用いる場合があり(この場合, BIS : Bremsstrahlung Isochromat Spectroscopyと呼ばれることもある), 遷移確率の違いから異なる軌道対称性を持った状態をプローブすることができる.
((株)日立製作所基礎研究所 小川 晋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

二光子光電子分光法
Two-Photon Photoemission
二光子過程により生成した光電子スペクトルを測定する手法. 占有基底状態から非占有励起中間状態への光遷移を反映したスペクトルを得ることができる. 二光子遷移確率は低いため, 現在のところレーザーを光源(数eV)として実験が行われている. 光電子分光と同様, 光電子放出の角度分解測定を行うことで, 中間状態の運動量分散を得ることもできる. さらに, ポンプ-プローブ手法と組み合わせることにより, 励起状態の位相や寿命の情報を, エネルギーと運動量の関数として得ることができる. スピン偏極光電子を検出することにより, 異なるスピン状態の寿命を測定することも試みられている.
((株)日立製作所基礎研究所 小川 晋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

プロトン互変異性
Proton Tautomerization
構造異性体同士が結合の組み替えを伴って相互変換する場合, それらは互変異性の関係にあるといい, 互いに互変異性体であるという. 互変異性体間の相互変換がプロトンの移動によって行われる場合, それを特にプロトン互変異性という. 例えば, アセトンにはケト形とエノール形の間のプロトン互変異性が存在する[式(1)]. プロトン互変異性は, 有機反応のみならず, 酵素反応やDNAの二重らせん形成などの生化学的な過程においても, 重要なはたらきをしている.
(東京大学大学院総合文化研究科 小川桂一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ラセミ体
RacemateまたはRacemic Modification
キラリティーをもつ化合物の2つの鏡像体分子[(+)分子と(-)分子]の等量混合物を指し, 固体, 液体, または気体状態の場合と, それらの溶液の場合とがある. 通常, 液体と気体状態, および溶液中においては, 2つの鏡像体の分布は均質と考えられる. 一方, 固体の場合には結晶中における2つの鏡像体の配列様式によって, ラセミ化合物[racemic compound:(+)分子と(-)分子が1:1の対をなして, それが規則正しく配列した結晶], ラセミ混合物[conglomerate:(+)キラル結晶と(-)キラル結晶の等量混合物], ラセミ混晶[racemic mixed crystalまたはpseudoracemate: 結晶内の定められた位置に(+)分子と(-)分子がランダムに配列した結晶] またはラセミ固溶体(racemic solid solution. この呼称は結晶状態を表すには不適切との意見もある), の3つに大別される.
(京都大学大学院人間・環境学研究科 田村 類)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

光学分割
Enantiomeric Resolution
ラセミ体や非ラセミ体を構成する2つの鏡像体を各々に分離すること. 光学分割を意味する用語であるoptical resolution は, 鏡像体純度の測定手段の変遷により, 今日では徐々に使われなくなっている. 光学分割には, ラセミ体や非ラセミ体の過飽和溶液からの結晶化に伴う自然光学分割現象と, キラルな環境を用いる人為的な場合とがある. 前者の代表例として, ラセミ混合物の優先晶出現象とラセミ混晶の優先富化現象(別項参照のこと)とがある. 後者の代表例として, 光学活性な固定相を用いる高速液体クロマトグラフ法, 光学活性な分割剤(酸や塩基など)を用いてラセミ体や非ラセミ体と化学反応させてジアステレオマーとした後に分離するジアステレオマー法, 光学活性なホスト分子を用いて, 一方の鏡像体をゲスト分子としてジアステレオ選択的に包接結晶化(水素結合などの弱い分子間相互作用による)させて分離する包接錯体法などがある.
(京都大学大学院人間・環境学研究科 田村 類)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

優先富化
Preferential Enrichment
ある条件を満たすラセミ混晶の再結晶の際にみられる光学分割現象. そのラセミ体や非ラセミ体を再結晶すると, 母液中で一方の鏡像体が最高100% ee まで濃縮される. この時, 析出する結晶中ではもう一方の鏡像体が若干過剰(5% ee程度)となる. したがって, 析出した結晶の再結晶を順次繰り返すことにより, 母液中で交互に一方の鏡像体の濃縮が起こり, 同時に析出結晶中においても再結晶の度にキラリティーの逆転が規則的に起こることになる. この現象は, 優先晶出(次項参照)とはまったく逆の現象である. 優先富化現象の機構は, 過飽和溶液中で生成する準安定結晶相から安定結晶相への多形転移のプロセスと密接に関係していることが示唆されているが, 詳細は不明である.
(京都大学大学院人間・環境学研究科 田村 類)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

優先晶出
Preferential Crystallization
ラセミ混合物の再結晶の際にみられる光学分割現象. ラセミ体中の個々の結晶はキラル(100% ee)であるため, そのラセミ溶液に一方のキラル結晶を接種すると, 同じキラリティーをもつ高い鏡像体純度の結晶が優先的に析出する性質を利用している. 10~15重量%の結晶が析出したところで結晶化を止め, 母液にラセミ体を加えて溶かして濃度を上げてから, もう一方のキラル結晶を接種して, 同じキラリティーをもつ結晶を優先的に析出させる. この方法を繰り返すことにより, 高い鏡像体純度をもつ結晶が交互に得られることになる. ラセミ体の結晶(両キラル結晶の等量混合物をすりつぶしたもの)と純鏡像体結晶の融点(安定性)の差が大きいほど, 優先晶出法は効率的に進む.
(京都大学大学院人間・環境学研究科 田村 類)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ペプチジルトランスフェラーゼ活性
Peptidyl Transferase Activity
(aa)n-1-tRNA+aa-tRNA → tRNA+(aa)n-tRNA なる転移反応を触媒する活性のことをいう. ここで,(aa)n-1-tRNA は, n-1個のアミノ酸残基からなるペプチド鎖をつけたtRNA(ペプチジルtRNA)であり, aa-tRNA は, n番目のアミノ酸をつけたtRNA(アミノアシルtRNA)である. この反応は蛋白質合成反応の中心であり, リボソームの特に大サブユニットがその任を担っている.
(北海道大学大学院理学研究科 田中 勲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

リボザイム
Ribozyme
生体内の化学反応は, 通常, 蛋白質の触媒作用により進行する. しかし, 1981年, T. R. Cechは, 原生動物の一種であるテトラヒメナのrRNA前駆体は, 自らの触媒作用により分子中央部分を除去すること(自己スプライシング)を見出した. これにより,「酵素はすべて蛋白質である」という図式が成立しなくなり, 蛋白質性酵素(エンザイム:enzyme)と対比させてRNA性酵素はリボザイム(ribozyme)と呼ばれるようになった.
(北海道大学大学院理学研究科 田中 勲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

TCA回路
TCA Cycle
クエン酸回路, トリカルボン酸回路などとも呼ばれる. 糖や脂肪酸などの炭素骨格を最終的に完全酸化するための代謝回路. 糖や脂肪酸などが代謝されて生じたアセチルCoA(アセチル補酵素A)はオキサロ酢酸と縮合してクエン酸となり, TCA回路へと取り込まれる. クエン酸はさまざまな酵素により反応をうけ, イソクエン酸, 2-オキソグルタル酸, スクシニルCoA, コハク酸, フマル酸, リンゴ酸を経て, オキサロ酢酸へと変換される. このオキサロ酢酸は, アセチルCoAと反応することにより, 再びクエン酸を生じる. これらの反応中で生じたエネルギーはATP合成に使用され, エネルギーとして貯えられる. これらの反応にあずかる酵素群は, 真核生物ではミトコンドリアに, 原核生物では膜系に存在する.
(東京大学大学院農学生命科学研究科 田之倉 優)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

酵素分類のEC番号
EC Numbers for Enzyme Classification
International Union of Biochemistry and Molecular Biologyによる, 酵素の化学反応に基づく分類は, ECで始まり '.'で区切られた4桁のコード番号で表現される. 最初の桁は, その酵素が6つの主要クラス(酸化還元酵素, 転移酵素, 加水分解酵素, 脱離酵素, 異性化酵素, リガーゼ)のいずれに属するかを示し, 2, 3桁目はそれぞれのクラス内でのより詳細な分類を,最後の桁は最終分類項目内で1から順に付けられた番号を示す. 例えば, リゾチームは, EC 3.2.1.17となっている.
(Dept. of Biochemistry, Univ. of Cambridge 水口賢司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ウイグナー結晶(クーロン固体)
Wigner Crystal
ウイグナー結晶は極低温で運動エネルギー(フェルミ・エネルギー)よりクーロン斥力が大きい場合に, 斥力の補償を行うために電子が結晶化する概念で, 1934年にウイグナー(Wigner)によって指摘された. 一様な正の背景電荷中で電子がつくる結晶をウイグナー結晶と呼び, 逆に原子核が一様な負の背景電荷中で整列している状態をクーロン固体と呼ぶことができる. 両者は本質的には同じであると考えられる. 数百万気圧もの超高圧力を加えられた物質はいずれ電離していくので, 高密度の固体でも同様の現象が起こることが予想される. しかし, 木星や土星など, 実際の巨大惑星内部では圧力上昇以外にも温度上昇が大きいため, 内部では冷たい固体というより高温の液体状態になっているであろう.
(東北大学大学院理学研究科 近藤 忠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

高温高圧実験
High-Pressure and High-Temperature Experiment
物質の基本的状態変数である温度と圧力を変化させて, 相転移や物性の変化を調べる実験. 地球科学や材料科学の分野でよく行われている. 高温高圧実験の手法は大きく分けて, 飛翔体を試料に高速衝突させて圧力を発生する衝撃圧縮実験(断熱圧縮のため温度上昇する)などの動的高圧力発生法と, アンビルと呼ばれる硬質材料を用い, 試料に荷重をかけて圧力を発生させる静的高圧力発生法がある. ユーザーの多い静的高圧力発生法には大型油圧プレスと抵抗加熱法を用いたマルチアンビル型装置(MA)と, 単結晶ダイヤモンドの間に試料を挟み, 抵抗加熱やレーザーなどで加熱を行う小型のダイヤモンドアンビルセル(DAC)がある. MAでは精密な温度・圧力の制御と大容量試料が扱える特徴があり, ダイヤモンド焼結体のアンビル材を用いることにより, 50万気圧・2000℃程度までの実験が可能である. 一方DACでは極微試料しか扱えないながら, 100万気圧以上・数千度の条件発生が可能である.
(東北大学大学院理学研究科 近藤 忠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

超構造
Super Structure
物質の構造はしばしば階層構造をもち, 原子構造とマクロな構造の中間にメソスコピックなスケールの構造が現れることがある. 代表的な例は強誘電体, 強弾性体, 磁性体に見られるドメイン構造であり, それぞれ電気分極, 歪み, 磁化の向きの異なるいくつかの領域からなる. 一次相転移に見られる高温相と低温相との共存状態もこのような階層構造の1つとみなすことができる. このようなメソスコピックなスケールの高次構造を「超構造」と呼ぶ.
(早稲田大学理工学部物理学科 上江洲由晃)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

超感受率
Super Susceptibility
物質に電場, 磁場あるいは応力などの外場を加えたときに, どのような応答を示すかは, 感受率と呼ばれる物理量で記述される. 従来, 感受率は線形応答理論に基づき, 物質を構成する原子のゆらぎによって説明されてきた. しかしながら物質が超構造をもつときには, 必ずしもこの枠組みが有効であるとは限らない. むしろ超構造を特徴づける新しい物理量のゆらぎと結びつけるほうが有効であると考えられる. 例えば, 応力のもとで示す強弾性体の弾性応答特性は, 強弾性分域壁の移動によって, 単一分域の物質が示す弾性特性より何桁も大きな弾性効果を示す. このような例はリラクサーと呼ばれている物質の特異な巨大誘電応答や, 磁性体の巨大磁気抵抗現象にも見られ, すべて超構造の示す応答に関わっていると考えられる. これを超感受率と呼ぶ.
(早稲田大学理工学部物理学科 上江洲由晃)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

リラクサー
Relaxor
次のような巨大誘電応答特性をもつ物質群をリラクサーと呼んでいる.(1)実部誘電率が緩やかなピーク値をもち, 広い温度領域にわたって数万の高い値を示す.(2)低い周波数で特徴ある周波数緩和を示す. 周波数を高くすると実部誘電率のピーク値は減少し, ピーク温度は増加する. この振る舞いはVogel-Fulcher 則で記述される. Aサイトに鉛, Bサイトに価数と半径の異なる2種類イオンを含む複合ペロブスカイト構造をもつ酸化物Pb(B'B")O3がリラクサーとなることが多い. 典型的なリラクサーであるPb(Mg1/3Nb2/3)O3は, 室温近傍で誘電率のピークをもつにもかかわらず, 平均構造は極低温まで立方晶である. これにPbTiO3を固溶させると, そのモルフォトロピックな相境界で巨大な圧電性を示すことが知られている.
(早稲田大学理工学部物理学科 上江洲由晃)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

CTR散乱
Crystal Truncation Rod Scattering
平坦な表面を持つ結晶からのX線回折(ブラッグ反射)において, ブラッグ点を貫いて結晶表面に垂直な方向に棒状に伸びる散乱が観察される. これは, 結晶表面で電荷分布が突然変化することに伴う回折現象であり, Crystal Truncation Rod(CTR)scatteringと呼ばれる. したがって, 結晶内部の平坦な界面でも同様に観察される. この散乱強度のk空間の分布は, 表面または界面の平坦性, 格子変形(格子緩和)に依存する. 解析は, 一回散乱の運動学的回折理論で記述できるため, 多重散乱を考慮する電子線回折に比べて容易である. これらの特徴から, 表面・界面の構造解析に有力な手法として, 研究が進められている. ただし, ブラッグ点から離れるに従って指数関数的に強度が減衰するため, 実験には強力なX線が必要である.
((株)富士通研究所 古宮 聰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

トロイライト
Troilite
1:1の定比の硫化鉄の鉱物名. この定比の硫化鉄は, 常温常圧条件下で, NiAs型の特異な超格子構造を有しており, 反強磁性を示す. この定比の硫化鉄は鉱物名を持つが, 天然に存在するトロイライト(FeS)は, 隕石によって宇宙から運ばれてきた地球外物質とされている. 地球環境下では, 鉄対硫黄の原子比が7対8の磁硫鉄鉱が安定に生成する. 磁硫鉄鉱も, トロイライトと同様にNiAs型の関連構造を有しており, 鉄原子の欠損の規則配列の仕方により多形が知られている. また磁硫鉄鉱は, 規則配列した鉄原子の欠損で説明されるフェリ磁性を示す. さらにトロイライト-磁硫鉄鉱間の化学組成における構造変化なども知られている. このように硫化鉄は常圧条件下でさえ磁性と関連した複雑な構造群を持つが, 高温高圧条件下では, さらに複雑な構造相転移を起こし, その一部は磁性と関連して説明されつつある.
(東北大学金属材料研究所 草塲啓治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ジントル相
Zintl Phases
アルカリ金属, アルカリ土類金属, 希土類金属などの電気陽性の強い金属と比較的弱い電気陰性の元素(13~16族元素の一部)とのイオン性金属間化合物の総称. この分野を精力的に研究したZintl教授の名にちなんで付けられた.
(文部科学省金属材料技術研究所 今井基晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ラジエーティブ・オージェ効果
Radiative Auger Effect
強い特性X線(Kα1,2, Kβ1,3, Lαなど)の低エネルギー側に弱い微細構造が現れる場合があるが, その原因の1つ. 電子の遷移が, オージェ遷移に似ていることから, X線の放射とオージェ遷移とが同時に起こっているように見えるのでこの名前がついた. 遷移の選択則はオージェ遷移にはないが, ラジエーティブ・オージェ遷移は, 全体としては基本的に電気双極子遷移である. 余分な電子の動きは, 本質的に, shake-upやshake-offと同じモノポール(単極子)遷移である. 放射的オージェ遷移などとも呼ばれる. 最初の報告はBloch(1935)のようである. 理論的な強度の計算式は, Åberg(1971)による. 最近まで「ラジエーティブ・オージェ効果」という用語は世界中で20人も知らなかったのではないかと思われる. この形状がEXAFSやXANESに類似していることが最近になってわかり, にわかに注目を集めている. Kη線はKβ線の低エネルギー側に出現するが, ラジエーティブ・オージェ効果によるものである. 半導体検出器を用いた測定では, エスケープピークと混同されることもある.
(京都大学大学院工学研究科 河合 潤)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

シェーク・アップ(シェーク・オフ)
Shake-up(Shake-off)
X線光電子分光において, 内殻電子(1sなど)が電離したとき, 同時に外殻の電子も引きずられて原子外に放り出される現象. 同時に放り出される電子が, 離散的な非占有準位へ励起される場合をshake-up, 連続準位へ電離される場合をshake-offと呼んで区別している. X線光電子スペクトルでは, shake-upは主線の高結合エネルギー側に鋭いピークが現れ, shake-offでは, shake-upよりさらに高結合エネルギー側に連続スペクトルとして観測される. 系全体としてエネルギー保存則が成立するため, 余分な電子が励起されると, 本来の内殻の光電子ピークはエネルギーを奪われるからである. 銅などの遷移金属の2p光電子スペクトルには, 数eV高結合エネルギー側に弱いピークが現れる. 15年ほど前までは, このピークのことをshake-upサテライトと呼んでいたが(現在も古い版の電子分光の教科書にはそのように記述されている), 現在では, 部分的に満たされた3d軌道と酸素などの隣接原子の2p軌道が, 内殻空孔生成と同時に交差回避を起こすためであることがわかっており, shake-upサテライトとは呼ばない. shake-upという用語は, 現在では主に原子・分子として扱って差し支えない場合に対してのみ用いられる. 特性X線のKα3,4線は, 1sの電離と同時に2p電子も1個shake-offによって電離された場合のKα線である. 1s-12p-1→2p-2 であるから, 1P→1S(Kα'), 3P→3P(Kα3), 1P→1D(Kα4)に分枝し, それぞれの項の多重度から遷移強度を求めると, 1:9:5となる. IUPACの新しい表記法では, KL-L2線と書くべきである. Kα5,6は2個のL電子がshake-offされる場合に対応している. 第二の電子が励起・電離される理由は, 内殻空孔の生成によって原子ポテンシャルが急激に変化するが, この変化に追随できない電子が上の軌道へ上がるからである. 外殻ほど原子をまわる古典的な周回速度が遅いので, 追随が遅れshakeされやすい. 内殻空孔のある原子は原子番号が1つ大きい原子と類似していると考えれば(Z+1近似), 基底状態の原子Zの外殻電子の軌道は, Z+1原子(内殻空孔のある原子)では, 離散的な非占有準位や連続準位の軌道に似ているので, そのままもとの軌道に「居続け」ようとしていた電子が, 新しい内殻空孔状態では高いエネルギー状態になっている, とも説明できる. これは, 配置間相互作用という量子化学の手法で説明すると, 内殻空孔状態の全電子波動関数を, 基底状態の全電子波動関数を基底関数として展開する場合に, 外殻電子の励起状態(shake-up, shake-off状態)を混ぜなければうまく展開できないことに対応している.
(京都大学大学院工学研究科 河合 潤)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.02

ドフィーネ双晶
Dauphiné Twinning
天然に成長した水晶では, 方位的に, 三方晶系のc軸(双晶軸)の周りの180°の回転によって関係付けられる右水晶(P3221)同士あるいは左水晶(P3121)同士が, 慣入して双晶を形成していることがある. ドフィーネ双晶はこのような双晶であり, a軸(2回対称軸, X軸)が逆平行になるため, 2個体で圧電気の極性が逆転する. 光学的手段によっては区別できないと言われるが, エッチングによって2個体を識別できることが知られている. 原子のわずかの変位(室温で酸素約0.8 Å)で双晶方位が交換できるため, 温度上昇, ずれ応力等によっても容易に単結晶内に2つの双晶方位を取る構造が形成される. 特に転移点以上の温度から冷却された結晶は, いわゆる転移双晶として, この形式の双晶となることがある. これらの場合, 回折強度は影響を受け, 極端な場合には, 見かけの対称上昇[6'22'=(3.2') 22']に対応して, 六方回折対称を与えることがある.
(金沢大学理学部 木原國昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

密度汎関数理論
DFT Theory
原子・分子の電子状態は波動関数で表現されるが, これは多変数関数であるため正確に求めるのは困難である. 密度汎関数理論では多体系の基底状態を構成粒子の電子密度分布だけから計算できることを示した理論で, 金属や半導体の性質の理解に有用である. 分子軌道法が主に非周期境界条件で核の周辺に局在した電子の問題を解くことに利用されることが一般的であるのに対し, 金属などのように自由電子からの摂動で近似する時は密度汎関数理論やバンド計算法が使われてきた. また, 時間依存の運動方程式を解こうとする方法は分子動力学法と呼ばれ, これは構造精密化のプログラム・X-PLOR/CNSにも応用されている. 近年, 密度汎関数理論による計算結果がいろいろな化学物質の電子状態の計算にも有効であることが示され利用されつつある.
(京都大学大学院理学研究科 樋口芳樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

顕微分光法
Microscope-Spectroscopy
顕微分光法とは顕微鏡の光学系を使った分光法のことで, 色々な波長領域での透過, 反射ならびに蛍光スペクトルの解析を行う. 紫外・可視領域ではレンズ系, また赤外線領域(顕微FT-IR)ではカセグレン系(鏡面光学系)が用いられる. 顕微ラマン装置でもレンズ系が使用されている. いずれの顕微装置でも微少面積のスペクトル解析を目的としている. 測定試料が薄膜の場合には透過スペクトル, また単結晶の場合には反射スペクトルを測定することが多い. 特に, 色々な結晶面における偏光反射スペクトルは電子構造に関する多くの知見を与え, 結晶構造解析から得られた分子配列の情報を基に電子構造を詳細に解析することができる. 例えば, 分子面や分子の積層方向に沿った偏光反射スペクトルでは分子の遷移モーメントの方向や分子間電荷移動スペクトルの検討も可能である. また, 遷移モーメント間の相互作用(“励起子結合効果”)に関する情報も得られる.
(横浜国立大学工学研究院 水口 仁)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

フォノン状態密度
Phonon Density of States
一般に固体中の原子の運動は, その振幅が小さいときには規準振動に解析することができ, 量子論の立場で運動量(波長)とエネルギー(振動数)で区別される準粒子すなわちフォノンとして扱うことができる. 各振動数のフォノンの数を運動量空間の第一ブリュアン・ゾーンについて積分して得られるのが(調和近似での)格子振動の状態密度である. 実験的には運動量による分解をせずに積算した中性子の非弾性散乱スペクトルとして観測することができる. 熱容量(比熱)は運動量に対し選択則を持たないので, フォノン状態密度を反映する. デバイモデルでは, 状態密度はある有限の振動数までを連続弾性体近似により振動数の2次関数, それ以上では0と仮定する. 現実には結晶のフォノン分散関係は複雑であるために, デバイの熱容量式では熱容量の実験値の定量的な再現は十分でない. また格子構造(周期性)を持たない非晶質でも状態密度を考えることができ, 実験的にも観測できる. 結晶, 非晶質いずれの場合も, 元来, 振幅の小さな調和振動(すなわち低温での格子振動)を対象としていたが, 高温では非調和性の影響も含んだ上での状態密度が観測されるから, 議論の際には注意を要する.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 東條壮男)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

亜粒界
Sub-grain Boundary
結晶粒子内に発達した転位が, 転位の歪エネルギーを下げるため粒内で再配列をおこす. その際, ある特定の面内に再配列し, その面を隔て結晶方位がわずかに異なる亜粒子(sub-grain)を形成する. その亜粒子を境する面を亜粒界と呼ぶ. 下図は, 粒子内の刃状転位が再配列を行い, 亜粒界が形成されるのを模式化したものである. 転位が, 面内に集積するにつれ, 境された粒子のミスオリエンテーションは増加する. この増加が続くと, やがて, 亜粒界は, 通常の粒界とみなされるようになる. 刃状転位が, そのすべり面に垂直な面内に並んだものが, 代表的な亜粒界の構造である.
(Dept. of Geology and Geophysics, Univ. of Minnesota 平賀岳彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

軸発散効果
Axial Divergence Effect
角度分散型の粉末回折測定において, 入射ビームまたは回折ビームがゴニオメータの軸方向, つまりゴニオメータの回転面と垂直な方向に発散を持つことによる光学的な収差の影響を軸発散効果または垂直発散効果vertical divergence effectと呼ぶ. この効果によって回折角が約90°よりも低い回折ピークは低角側にシフトするとともにピークの低角側に裾を引く非対称な形状を示し, 約90°より高い角度の回折ピークではこれとは逆の挙動があらわれる. 通常の回折計では, 軸発散効果の影響を軽減するために光路中に金属箔を等間隔に配置したソーラースリットSoller slitsが挿入されているが, それでも普通の測定条件では実測の回折ピークが示す非対称性の最も大きな要因となる. この効果の定性的な説明については古くから知られていたが, 実験室型の粉末X線回折計の軸発散効果を定量的に取り扱うための数学的な形式は, 筆者が1998年に初めて見出したものである.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

たたみこみの計算
Calculation of Convolution
たたみこみconvolutionは合成積または重畳, foldingと呼ばれることもあり, 関数f(x)とg(x)のたたみこみの定義は次の式であらわされる. 一般的に, 実測の回折ピーク形状は, 試料固有の回折ピーク形状に装置の影響を表す関数(装置関数)がたたみこまれたものであると解釈される. ピーク形状に対するフィッティングによるデータ解析において, 装置の影響を正しく考慮するためには, 装置関数がたたみこまれた形式のモデル関数を用いるか, あるいはFourier変換を用いた「逆たたみこみ」deconvolutionを施して元のデータから装置関数の影響を取り除けば良い. ただし, 逆たたみこみによるデータ処理では測定誤差の影響を正しく考慮することがやや困難になる傾向がある. 実際にたたみこみを計算するためには, 解析的な解あるいはその近似形式を用いる方法と, 数値積分を用いる方法, またFourier変換を用いる方法とがある.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

吸収係数と試料の透過性の効果
Absorption Coefficient and Effect of
Sample Transparency X線に対する試料の線吸収係数は, 試料の密度と組成, 構成元素の質量吸収係数から見積もられる. 線吸収係数の逆数は侵入深さpenetration depthと呼ばれ, 典型的な有機物の粉末ではCuKα特性X線に対して1 mm程度の値を示し, 重元素を含む物質ではこれよりも小さい値になる. 粉末回折測定では, 反射法の場合には侵入深さが試料の厚さと同程度かそれ以上の場合に, また透過法の場合には侵入深さが試料の厚さと同程度かそれ以下の場合に, 単結晶法と同じように回折強度の補正が必要になる. また, 最も一般的な通常線源, 平板状の試料を用いた集中法-反射型(Bragg-Brentano型)の粉末回折測定では, 試料の透過性によって回折ピーク位置がシフトするとともに, 線幅が広がり, 形状が非対称化される効果があらわれる. この効果の大きさは概ね侵入深さとゴニオメータ半径の比の逆正接であらわされ, 外部標準試料を用いた格子定数の評価などの目的ではこのことを考慮する必要がある.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.03

スパッタリング法
Sputtering Technique
スパッタリングとは, グロー放電による電子がスパッタガスを電離し, 印可電圧により加速されたイオンがターゲットに照射されると, ターゲット表面の構成分子・原子と弾性あるいは非弾性衝突し, その結果ターゲット表面の分子・原子をたたきだし, 蒸発させることを言う. このようにしてスパッタリングにより蒸発した分子・原子を基板上に堆積させて, 薄膜を形成させることができる. スパッタリング法により堆積させた膜は広い面積に均一な膜厚を持ち, スパッタされた分子・原子が高いエネルギーを持って基板にとびこむので緻密な組織を持つ. スパッタリング法は非平衡状態で製膜を行うため, 条件によって準安定相やアモルファス相から成る膜を作製することもできる. しかしながら, スパッタガスに用いるアルゴンや窒素が膜中に侵入しやすく, それをできるだけ防ぐためにスパッタガス圧は小さいほど良質の膜が形成される.
(徳島大学工学部化学応用工学科 森賀俊広)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.04

ホモロガス化合物
Homologous Compounds
nを自然数としたとき, VnO2n-1, TinO2n-1等のように一連の化学式で表される化合物群を指す. 10~15年程前に大フィーバーを巻き起こした銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2Can-1CunO2n+2やLnn+1CunO3n+1等も含まれる. ただし, nは1から始まるとは限らず, 特定の自然数のみとする場合もある. Ti-O系を例にとると, Ti2O3(n=2)とTiO2(ルチル, n=∞)の間にTi3O5(n=3)やTi4O7(n=4), Ti5O9(n=5)等が存在するが, nが増加するにつれて回折像がTiO2に収斂していく様子が見られる. Ti3O5(=TiO・2TiO2)やTi4O7(=TiO・3TiO2), Ti5O9(=TiO・4TiO2)は, TiO2の構造中にその組成に対応した形でTiOユニットが周期的に挿入された構造, すなわちn=∞であるTiO2の超構造をとっている.
(徳島大学工学部化学応用工学科 森賀俊広)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.04

窒化物スピネル
Nitride Spinels
スピネル構造をとる窒化物の一般的呼び方. 1999年以降に初めてSi3N4, Ge3N4, およびSn3N4で, その存在が確認された. Si3N4とGe3N4では常圧相はα型とβ型がある. β型はフェナサイト構造であるが, これらは2000 K, 15 GPa以上の高温高圧条件下でスピネル構造に相転移する. このタイプの高圧相転移は, 酸化物でも知られている. 高圧相窒化物スピネルは, その物性も機械的性質や電気的光学的性質に優れていることが期待され, 今後の研究開発の有望なターゲットになる. Si3N4スピネルは, 常圧下でかなりの高温(~1400℃程度)まで準安定に存在し, 高温での応用に耐えられる.
(物質材料研究機構物質研究所 関根利守)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.05

ELNES測定
Measurement of ELNES
電子線エネルギー損失分光法(EELS)の測定分解能が上がった結果, 内殻励起損失の励起端近傍約30 eV位のエネルギー領域に現れる微細構造ELNESを観測することができるようになった. この微細構造は, 測定原子の化学結合状態を反映したスペクトルを与える. 通常, 透過型電子顕微鏡下で観察しながら測定できるので, 局所領域での物質の同定に用いられる. ピーク位置とスペクトルのパターンとから半経験的に同定が行える. また最近では, ELNESの分子軌道法による計算機シミュレーションでの結果が指針を与えることができるので, ピーク位置やパターンの比較検討から同定することも可能になった.
(物質材料研究機構物質研究所 関根利守)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.05

多形と擬多形
Polymorph and Pseudopolymorph
多形の一般的な定義は「同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なるもの」である. この定義をそのまま当てはめれば異性体(同じ化学組成を持ちながら分子構造の異なるもの, たとえばエタノールCH3CH2OHとジメチルエーテルCH3OCH3など)の結晶同士も多形ということになる. しかし, 分子性結晶を主に扱う化学結晶学の分野では異性体の結晶は多形に含めず, 「同じ分子の結晶でありながら結晶構造が異なるもの」を多形と呼ぶ, より狭い定義が暗黙のうちに広く使われている. その延長として, 同じ分子の結晶ではあるが結晶溶媒の数が異なるものもひとまとめに扱う必要があるため, これを擬多形と呼ぶ. 多形や擬多形の結晶では, 分子のコンホメーション(立体配座)や分子間の相互作用が異なり, その結果としてさまざまな化学的・物理的性質が異なる. また, どの多形が析出するかは, 結晶化の際の微妙な条件の変化によって決まるため, 過去に存在が確認された多形を再び結晶化することができなくなってしまうこともしばしばある. このような多形を「失踪した多形(disappearing polymorph)」と呼ぶ.
(東京工業大学大学院理工学研究科 尾関智二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

バリアント
Variant
金属・合金におけるマルテンサイト変態や誘電体における変位型相変態のような無拡散変態においては, 高温側の母相の格子と低温相の格子の間には一定の格子対応が存在する. また一般的に, 母相は立方晶(例外もあるが)で対称性が高いのに対し, 低温相は対称性が低いので, 無拡散変態に際し, 1個の母相結晶から複数個の低温相結晶が生成する. これら結晶構造は同じなのに, 母相に対し方位の異なるものを相互にvariantsという. これらvariantsは低温相中で, 相互に双晶の関係になるので, 応力が負荷されると, variants間の界面, すなわち双晶界面が移動して, 歪を生じ, 次項で説明する形状記憶効果の機構に寄与することにもなる. なお拡散型の相変態においても, 時効析出等では, matrixと母相の間に方位関係が存在するので, それら方位の異なる析出物はvariantsとして区別される.
(産業技術総合研究所スマート・ストラクチャー研究センター 大塚和弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

形状記憶効果
Shape Memory Effect
マルテンサイト変態, 特に熱弾性型と呼ばれるマルテンサイト変態をする合金で見られる現象. 低温相のマルテンサイト状態にある試料を任意の形に変形しても, 加熱して母相に逆変態させると, 元の母相の形に戻ってしまう現象. これは前項で説明したように, 変形が双晶界面の移動で起こり, 各variantsが逆変態の際, それぞれ元の方位の母相に戻るため生ずる現象であり, もし変形の際すべりが生ずれば, それによる歪は回復されない. なお強加工したり, 拘束加熱等をして, マルテンサイトでの形を一部記憶させることも可能で, これを2方向形状記憶効果という. これに対し, 最初に述べた一般的な効果は1方向形状記憶効果とも呼ばれる. またマルテンサイトが完全に不安定になる母相の温度域で, 応力を負荷すると, 応力誘起マルテンサイト変態で歪が生じ, 応力の除荷過程でその逆変態が起こると, 歪が回復し, 擬弾性を示すようになる. これを超弾性(superelasticity)と呼ぶ. 形状記憶効果と超弾性は兄弟の関係にあり, 変形する温度に応じてそれぞれの現象が現れる. 形状記憶合金は, パイプの継ぎ手, 家電製品の各種アクチュエータ, 携帯電話のアンテナ, 医療用のガイドワイヤーやstent等として幅広く使われるようになってきている.
(産業技術総合研究所スマート・ストラクチャー研究センター 大塚和弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

時効
Aging
英語のagingという言葉はおそらくワインの熟成等と絡めてできた言葉と思われる. 今日ではこの言葉には2つの使い方がある. 1つは, ジュラルミンのAl-Cu系のように, 合金中の溶質原子の固溶限が温度の上昇とともに増加する合金系で起こる現象である. Al-Cu系を例に取ると, 高温でCuを多量に固溶した合金を低温に急冷すると, Cuを過飽和に固溶した合金ができるが, この状態は不安定なので, これをその低温度で保持(時効)すると, 過飽和のCuが析出物として析出し, 合金の強化に役立つ(時効析出硬化). もう1つは, 合金等をある温度(例えば室温)に保持(時効)したとき, 物理的性質が時間とともに平衡状態に向かって変化するときに用いられる. 一般的には, 変化の原因は種々あり得るが, 本誌で説明したゴム弾性的挙動の場合を例に取ると, 点欠陥の配列が時効とともに平衡状態の配列に近づいていくという事になる.
(産業技術総合研究所スマート・ストラクチャー研究センター 大塚和弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

ラム・メスバウアー因子(無反跳分率)
Lamb-Mössbauer Factor(Recoilless Fraction)
束縛されていない原子核が励起準位から基底状態に遷移する際に放出するγ線により, 他の基底状態にある同種原子核を励起しようとする場合, 運動量保存則により放出γ線のエネルギーが反跳エネルギーの分だけ下がり, なおかつ励起に必要なエネルギーが反跳エネルギーの分だけ余分に必要となるため共鳴励起を起こすことはできない. それに対して, 原子核が固体中に存在する場合には, 固体全体で反跳を受けることにより, 共鳴励起が起こりうることを1957年にR. L. Mössbauerが発見した. この無反跳核共鳴吸収効果(メスバウアー効果)が起こる確率が, 無反跳分率またはラム・メスバウアー因子と呼ばれるもので, 固体中での周辺の原子との結合の様子に依存しており, 一般には異方性をもっている. X線回折におけるデバイ・ワラー因子に相当するものである. 調和近似がよく成立する場合, γ線の入射方向κに対するフォノン状態密度g(E, κ)から, 温度Tでの無反跳分率は以下のように表される.
(京都大学原子炉実験所 瀬戸 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

NEET(電子軌道遷移による核励起)
Nuclear Excitation by Electron Transition
X線や電子線等の照射により原子の内殻電子が電離されて空孔を生じた場合, 外殻の電子が軌道遷移を起こして空孔を埋める. その際に通常の場合は, 外殻の他の電子に余分なエネルギーを与えて放出する(オージェ電子)か蛍光X線を放出する. しかしながら, 外殻電子が空孔を埋める電子遷移エネルギーと原子核の励起エネルギーとの差が小さく, しかもそれらの遷移が同じ多重極度を持つ場合には, 原子核の励起も起こりうる. これがNEET(電子軌道遷移による核励起)である. NEETの理論的な予測は1973年に森田等によってなされ, その後幾つか実験的研究が行われたものの, 決定的な確認は行われていなかったが, 最近になって岸本等によって放射光を用いてAu-197のNEET現象の定量的確認が行われた.
(京都大学原子炉実験所 瀬戸 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

超微細相互作用
Hyperfine Interactions
原子核は多極子モーメントを持っているため, それらのモーメントが対応する電子に起因する場の成分と相互作用をする. それらは通常の場合, 電子系および原子核系のエネルギーに比べて大変小さいため超微細相互作用という. 一般に, 超微細相互作用としては, (1)核の単極子モーメント(核電荷)と原子核位置における電子電荷との相互作用 (2)核磁気モーメントと電子系によるスピン磁気モーメント, 軌道磁気モーメントとの相互作用 (3)核四極子モーメントと電子系による電場勾配との相互作用 が挙げられる. これらの超微細相互作用によるエネルギー準位の変化の測定は, 物質内の電子状態や磁性の研究に重要な知見を与える.
(京都大学原子炉実験所 瀬戸 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

準弾性散乱
Quasi-Elastic Scattering
X線等に対する散乱体が, 運動等をしていて時間とともにその位置を変えるような場合の散乱を準弾性散乱という. 例えば共鳴散乱過程においては, 散乱体の位置が変わらない場合には弾性散乱が起こるが, 準弾性散乱の場合には, 共鳴散乱を起こす入射X線のエネルギーは共鳴励起エネルギーを中心として広がった分布を示すようになる. 液体, 原子の拡散係数が大きい状態の固体, 揺らぎの大きい高分子, 生体高分子等の物質において観測され, それらの動的な性質に関する情報が得られる.
(京都大学原子炉実験所 瀬戸 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.043 No.06

準結晶
Quasicrystals
1980年代前半に, 最初にAlMn急冷合金中に発見された結晶ともアモルファスとも違う原子構造をもった相, 回折パターンが正20面体, 正8角柱, 正10角柱および正12角柱と同じ対称性を示すため, それぞれ正20面体準結晶, 正10角形準結晶などと呼ばれる. 準結晶という概念が導入される以前に単位胞の非常に大きな未知相として分類されていたものが, 準結晶相であると同定された例として, 最近では正20面体CdYb準結晶がある. 準結晶には化学組成の近い近似結晶と呼ばれる結晶相がある場合があり, 局所的に類似の構造をもつ. 準結晶では原子が準周期的に配列した構造をしていると考えられている. IUCrは1992年に結晶の定義の変更を行い, 結晶とは「基本的に離散的な回折パターンを与える任意の固体」とした. この定義のもとでは準結晶は不整合変調構造や複合結晶と同様な非周期結晶の一群として分類される.
(物質・材料研究機構 物質研究所 高倉洋礼)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

高次元結晶
Higher-Dimensional Crystals
不整合変調構造, 複合結晶および準結晶は三次元での周期が一部またはまったくない非周期結晶である. それら非周期結晶の回折パターンは4つ以上の基本ベクトルを用いなければ, 通常の結晶の回折パターンのような整数による指数づけができない. 一方, 非周期結晶の回折パターンは, 四次元以上の周期結晶の逆格子に対応していると考えることができる. この逆格子に対して考えられる四次元以上の高次元空間で構成される結晶を高次元結晶と呼ぶ. 非周期結晶の構造は高次元結晶構造の三次元の断面構造として理解することができる.
(物質・材料研究機構 物質研究所 高倉洋礼)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

Ab initio 構造解析
Ab initio Structure Determination
従来の直接法は逆空間での位相関係式により, 位相のわかっている結晶構造因子を用いて順次位相を精密化していく方法であった. この位相関係式は局在性と非負性という結晶中の電子密度の性質を逆空間で表したものである. この電子密度の性質を実空間で積極的に利用して位相を改良していく密度修正法のような手法を実空間直接法という. また, Shake & Bake法のように両者の方法を組み合わせたものもある. これらの手法を含めて広義の直接法という. 現在ではさまざまな構造解析法が提案されており, 他の実験手段や理論により初期構造を得る場合もある. 特に, まったくランダムな初期構造から出発して先験的知識を必要とせず構造解を得ることができることを強調して, 広義の直接法をab initio構造解析法という場合がある.
(物質・材料研究機構 物質研究所 高倉洋礼)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

有効度因子
Figure of Merit
多数回の試行を行う多重解法を利用する直接法は, その結果のすべてについて電子密度マップを計算し, 人間が目で見て正しい構造が得られているかどうか判断するには結果が膨大となる. そのため, 結果を判断するためのなんらかの指標を定義して目安とする. これを一般に有効度因子という. 結果の正しさの目安を与える量としてさまざまなものが考えられているが, 三重位相関係式(triplet phase relationship)をもとにしたものがよく知られている. 有効度因子が良い値を示す結果が構造上の常識から見て合理的なものであれば, それを出発点として通常は最小2乗法による構造精密化へと進む. 注意しないといけないのは有効度因子が必ずしも正しい構造に対してだけ良い値を与えるわけではないことが多いということである.
(物質・材料研究機構 物質研究所 高倉洋礼)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

高温中性子粉末回折法
High-Temperature Neutron Powder Diffraction Technique
高温中性子粉末回折法とは, 高温に保持した被検試料の中性子粉末回折データを測定する実験法をいう. ホルダーに入れた粉末のほか, 圧粉体, 焼結体を試料として用いる. 得られたデータのリートベルト解析を行うことにより, 高温での結晶構造, 相転移ならびに相変態を調べることができる. すなわち, 高温に保持した結晶の格子定数, 原子座標, 原子変位パラメータ, 占有率, 結晶子径などがわかる. 高温に保持した試料のX線粉末回折データを得る高温X線粉末回折法に比べて, 1)重元素と軽元素からなる化合物中の軽元素の位置と振動状態を調べるのに有利, 2)試料の表面状態の影響を受けにくくバルクの情報が得られる, 3)配向の悪影響を大幅に軽減可能, 4)ゼロ点シフトが温度によらないため格子定数が正確, 5)原子変位パラメータが正確, 6)磁気構造解析が可能, 7)アイソトープを区別できるなどの利点がある. 日本では現在空気中1,600℃程度までの測定が可能である.
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 八島正知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

ローレンツ電子顕微鏡
Lorentz Electron Microscope
磁性体中を電子が通過する際の, ローレンツ力による偏向を利用して磁区構造を可視化するために, 特別に設計された電子顕微鏡を「ローレンツ電子顕微鏡」あるいは単に「ローレンツ顕微鏡」と呼ぶ. 通常の電子顕微鏡では, 観察試料が磁界型対物レンズの中心部, すなわち2テスラ程度の高磁場中におかれるため, 磁性体本来の磁気構造が変化してしまう. これに対して, ローレンツ電子顕微鏡では, なんらかの方法で試料がレンズ磁場を受けないようにして, 磁区構造はもちろん微細組織や電子回折図形の観察を可能にしている. 具体的な観察手法としては,(1)対物レンズを大きくデフォーカスして磁壁を白黒交互のコントラストとして観測する「フレネル法」と,(2)ローレンツ力で偏向された電子の電子回折面上でのわずかなずれを, 一種の暗視野像観察法で観察する「フーコー法」が挙げられる. 最近では, 第2種超伝導体の磁束線の観測や, マンガン系磁性材料の強磁性磁区の観察などに応用されて注目されている.
(物質・材料研究機構 物質研究所 松井良夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

分析電子顕微鏡
Analytical Electron Microscope
透過型電子顕微鏡による電子回折図形や拡大像観察(明視野像, 暗視野像, 高分解能格子像など)は, 入射電子が試料を通過する際にエネルギーを失わない, すなわち弾性散乱を前提としている. これに対して, 分析電子顕微鏡では, 非弾性散乱や電子線による励起過程を利用して, 試料の組成や電子状態などに関するさまざまな情報を得ることができる. 特に最近の電子顕微鏡では電子線を1 nm以下に細く絞ることにより, ナノ領域の分析が可能であるため, ナノテク開発のカギを握る実験手段とも言える. 透過型電顕(TEM)では,(1)電子照射部から発生する, 元素固有の特性X線を半導体検出器でエネルギー分光するEDX(エネルギー分散型X線分光法)と,(2)電子が試料を透過する際に失われるエネルギーを測定するEELS(電子エネルギー損失分光法)の2つが代表的な手法である. 一方走査型電顕(SEM)では, EDXの他, 電子線照射による発光分光(カソードルミネッセンス)などが代表的な手法として挙げられる.
(物質・材料研究機構 物質研究所 松井良夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.02

ATS散乱
ATS Scattering
ATSとはAnisotropy of Tensor of Susceptibilityの略で, X線における感受率テンソルの異方性による散乱を指す. この異方性は, X線の吸収, 散乱における偏光依存性などのかたちで知ることができ, 光学では二色性, 複屈折としてよく知られる現象である. ただし, X線の偏光依存性は極めて小さく, 従来のX線源においては無視されてきた. しかし, 放射光の利用によってこのような現象が観測可能となり, 原子散乱因子(感受率)をテンソルで扱う必要性が生じた. 物理的には, 当初電気的共鳴散乱(異常散乱)を想定して考え出されたもので, 吸収端近傍において共鳴原子の非占有電子状態の異方性を反映する. この散乱の最も注目すべき特徴は, 従来のブラッグ反射の消滅則を破るという点である. このため, その散乱強度は通常のトムソン散乱に比べて1万分の1程度と小さいが, 禁制反射を利用することによって顕著なかたちで測定することが可能となる.
(東京理科大学理工学部物理学科 國分 淳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

双極子遷移, 四重極子遷移
Dipole Transition, Quadrupole Transition
光子と電子系との相互作用の過程において生じる, 電子状態の遷移の種別を指す. 電気双極子遷移, 磁気双極子遷移などがあるが, 散乱断面積の式中に電気(磁気)双極子モーメントを含む項が現れることから, このように呼ばれる. 光子の散乱過程は遷移確率と結び付くが, X線の異常散乱は, 電子系と電磁場との相互作用の二次の摂動に起因しており, 中間状態を介した2回の電子状態の遷移を伴う. 通常, この散乱断面積(散乱因子)の式中に含まれる光の位相因子には, 近似を適用することができ, この近似の結果, 双極子, 四重極子モーメントなどが現れる. X線回折における通常の異常分散項はこの理論に基づいており, 1番粗い近似である電気双極子遷移で取り扱われている. しかし, 近年では放射光を利用した実験により, さらに高次の近似である電気四重極子遷移の効果も観測されるようになった.
(東京理科大学理工学部物理学科 國分 淳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

シミュレーティド・アニーリング法
Simulated Annealing Method
多変数関数の最適化の1つで, 普通の非線形最小二乗法に比べて, local minimumから抜け出すことが容易であるという特徴をもつ. そのため, 粉末回折パターンからの未知構造の決定を行う多くのソフトウェアで採用されている. 観測された回折データと計算された回折パターンとの残差二乗和を系全体のエネルギーに見立て, まず高温に上げることにより系をいったん“溶かし”, その後ゆっくりと冷却して“固まる”ようにする. そのとき得られるパラメータが求める最適値となる. アニーリングの方法, すなわち, 温度と時間, 変数の選び方を工夫することで, 収束を得やすい. 系の最終状態の全体的な特徴は高温でもそれほど変わらず, 細かな構造はむしろ低温で発達するという考え方が元になっている. したがって普通の非線形最小二乗法に比べてはるかに広い範囲のパラメータ・サーチが可能であり, グローバル最適化法の有力な手法の1つとなっている.
(高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所中性子科学研究施設 神山 崇)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

ビルトイン補酵素
Built-in Cofactor
タンパク質酵素の中には, ビタミンB2やB6などの低分子を非共有結合的あるいは共有結合的にとり込むことで, 触媒として機能するものが数多く存在する. これらの低分子は補酵素と呼ばれ, 酵素とは別途に合成される. 近年になって, 酵素を形成するポリペプチド鎖中の1つあるいは複数のアミノ酸残基が修飾され, 補酵素として機能しているものが新たに見い出されており, その種類は20を超える. このような補酵素は, 酵素自身に生来備わっているアミノ酸残基が利用されているので, 総称してビルトイン補酵素と呼ばれている. その生成過程は金属イオンによる自己触媒酸化であったり, ほかの酵素(群)による修飾であったりとさまざまであり, また未解明な点も多いが, 修飾部位はいずれもその構造から予測されるアミノ酸として遺伝子中にコードされていることから, 翻訳後修飾により生成すると考えられている.
(大阪市立大学大学院理学研究科 佐藤敦子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

高品質シリカガラス
High-Quality Silica Glass
一般に, 気相法によって合成されるシリカガラスを指す用語. 合成シリカ(synthetic silica)とも呼ばれる. 原料として用いられるケイ素化合物(SiCl4など)を蒸留によって高純度化できるので, 吸収や欠陥の原因となる微量金属元素などの不純物を低減しやすいが, 酸水素炎中での加水分解によって製造されたものにはSiOH基が多く含まれる. 堆積法として, 直接バルク体を堆積する直接法, シリカガラス管中に堆積を行うCVD(chemical vapor deposition)法などがあるが, SiOH基の除去やFドープなどの後処理を行いたい場合には, スートと呼ばれる多孔体を経るVAD(vapor-phase axial deposition)法が用いられることが多い. これに対し, 天然石英を熔融して製造されるシリカガラスは熔融シリカ(fused silica)と呼ばれ, 不純物濃度が比較的大きい.
(科学技術振興事業団ERATO透明電子活性プロジェクト 梶原浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

真空紫外域透明性
Vacuum-Ultraviolet Transparency
真空紫外光に対して使用される光学材料の透明性. 真空紫外光とは, O2による吸収のため大気中での減衰が著しい>~6.2 eV(<~200 nm)の紫外光を指す. 光を減衰させないために光路を真空にする必要があることが名前の由来であるが, <~8.3 eV(>~150 nm)の真空紫外光の場合には, 光路のN2置換によっても減衰を抑えることができる. 真空紫外領域で透明な材料としては, シリカガラスのほかにコランダム(α-Al2O3)やα-石英などの酸化物結晶, LiF, MgF2, CaF2などのフッ化物結晶などが有名であるが, 光学的異方性をもたず, 耐光性も良好なシリカガラスとCaF2は, 高い解像度を要求されるエキシマレーザーリソグラフィーの分野において, レンズや基板材料としての利用価値が特に高い.
(科学技術振興事業団ERATO透明電子活性プロジェクト 梶原浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

真空紫外レーザー
Vacuum-Ultraviolet Laser
真空紫外域で発振するレーザー. 真空紫外域で透明な固体材料が少ないため, 気体を媒質とする場合が多い. Ar2(9.8 eV, 126 nm), Kr2(8.5 eV, 146 nm), Xe2(7.2 eV, 172 nm)などの希ガス励起二量体(excited dimer, excimer)や, F2(7.9 eV, 157 nm), ArF(6.4 eV, 193 nm)などのハロゲンを含む励起二量体からの遷移を利用したエキシマガスレーザーが代表的である. Nd:YAGレーザー(1064 nm)やTi:Al2O3レーザー(700~1000 nm)などの高出力レーザーの光を, 非線形効果の大きい気体分子や光学結晶などを用いて波長変換することによっても, 真空紫外レーザー出力が得られる. また, コヒーレント光源ではないが, 重要な真空紫外光源としてシンクロトロン放射光が挙げられる.
(科学技術振興事業団ERATO透明電子活性プロジェクト 梶原浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

欠陥エンジニアリング
Defect Engineering
「欠陥は本来の機能を損なうもの」という常識的な発想を転換し, 欠陥のもつ特性を積極的に生かすことで新たな機能を引き出すこと. 有名な例として, ハロゲン化アルカリ結晶のF中心による発光帯を利用した, KCl:LiレーザーをはじめとするF中心レーザーがある. ほかにも, ドナー準位, アクセプタ準位として機能する欠陥準位を形成することで透明酸化物に電気伝導性を付与したり, トラップした電子やホールを特定の条件下で放出するような欠陥準位をうまく設計することで, 長残光蛍光や輝尽発光を実現したりすることができる.
(科学技術振興事業団ERATO透明電子活性プロジェクト 梶原浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.03

短範囲規則状態
Short-Range Order:SRO
固溶体合金において, 結晶格子点上の原子配列がまったく無秩序ではなく, ごく近傍の原子同士で規則構造に関連した配置をとっていることがある. このような規則性を短範囲規則(short-range order:SRO)という. SROという表現は, 非晶質材料における原子の局所配位構造を指す場合などにも用いられる. SRO状態の合金について回折実験を行うと, 基本格子による強いBragg反射に加えて, 散漫散乱(diffuse scattering)と呼ばれる微弱な回折強度が観察される. SROによる散漫散乱は, その合金の長範囲規則(long-range order:LRO)状態における規則格子反射の位置またはその近傍に現れることが多い. SRO散漫散乱の強度分布は, 第n近接距離(n=1, 2, ...)における原子対相間(同種原子対と異種原子対の比率)の情報を含んでおり, そこからSRO構造の平均的特徴がわかる.
(九州大学大学院総合理工学研究院融合創造理工学部門 波多 聰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.04

モンテカルロシミュレーション
Monte Carlo Simulation
回折実験データからSRO状態の局所構造を解析的に求める方法として, モンテカルロシミュレーション(Monte Carlo simulation)が用いられる. モンテカルロ法は多数の一様乱数を発生させて確率論的に系の熱平衡状態を求める計算手法である. 具体的には, 系内にランダムに配置した原子を統計熱力学的に定義される遷移確率で繰り返し移動(拡散)させることにより, ある熱力学条件でエントロピーが最大となる状態とそこに至る過程を探る. その結果, 回折実験で得た原子対相間を再現する原子配列を求めたり, その原子対相間の安定化に寄与する合金の有効原子対相互作用の値を見積もることができる. モンテカルロシミュレーションを用いた解析では, 初期状態および一様乱数の精度が計算結果に及ぼす影響や, 各種パラメータの変化に伴う計算結果のレスポンスを見ることが, 本質的で正しい結論を導くためのポイントとなる. 特に, 相変態や結晶成長などの組織形成ダイナミクスをモンテカルロ法で議論する際には, この点に十分注意すべきである.
(九州大学大学院総合理工学研究院融合創造理工学部門 波多 聰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.04

高分解能透過電子顕微鏡法
High-Resolution Transmission Electron Microscopy:HRTEM
試料内部の局所的なSRO構造を直接観察するにはHRTEM(high-resolution transmission electron microscopy:高分解能透過電子顕微鏡法)が有利である. HRTEMは薄膜状試料を透過した電子波の干渉効果を利用して, 原子分解能を有する像(位相)コントラストを得る方法である. 2~3 nm程度の非常に薄い試料では, 適切な観察条件を設定すれば試料の投影構造に対応した像コントラストが得られることが知られている. しかし, 実際には電子の多重散乱の影響(動力学的回折効果)が無視できない厚さの試料を観察することが多く, 適当な構造モデルを用いてHRTEM像のシミュレーションを行い, 実験像と比較しながら構造を決定するのが一般的である. なかでも, 試料内部の原子配列が不均一なSRO状態の像解釈は難しい部類に入る. 最近では, モンテカルロ法で得られたSRO構造モデルによるHRTEM像のシミュレーションや, 像コントラストの定量的評価による詳細な画像解析が実施され, SROの結像メカニズムの理解が進んできている.
(九州大学大学院総合理工学研究院融合創造理工学部門 波多 聰)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.04

電子線エネルギー損失分光
EELS
EELSとはElectron energy-loss spectroscopy(電子線エネルギー損失分光)のことで, 電子分光法の一種である. 内殻準位からの電子放出を観測するわけでなく, 入射電子線の非弾性散乱過程をエネルギー損失スペクトルとして測定する. 原子の種類に対応する吸収が見られるため元素分析に用いられることが多いが, その吸収端の微細構造からは注目する元素の状態分析も可能である. 特に電子顕微鏡と組み合わせて用いた場合は入射電子線を細く絞ることができるので, 局所分析に用いられる. 最近では直径1 Å以下の入射電子線を使った高分解能EELSや原子1つ1つを分析する高感度EELSも報告されており, 物質の構成原子1つ1つの元素同定を可能にする原子レベル評価法の最右翼である.
(産業技術総合研究所 末永和知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.04

直接空間法
Direct Space Methods
伝統的な直接法においては, 逆空間における構造振幅の絶対値に対して位相づけを行うことによって構造を解く. 一方, 直接空間法においては, 実空間において構造モデルを構築し, その妥当性を観測量との比較によって検証し, 構造を探索する. この探索は一般にランダムなモデルから出発し, 逐次モデルを変容させ, 多数回の検証を繰り返す. 検証には, 目的関数(あるいはコスト関数)と称し, 一般に構造精密化において用いる信頼度因子や, 補助的に格子エネルギーなどを用いる. モンテカルロ法(以下MCと略す), シミュレーテッドアニーリング(SA), 遺伝的アルゴリズム(GA)が直接空間法の代表的な手法として挙げられる. MCおよびSAはメトロポリスのアルゴリズムに基づいており, 探索空間において確率的に解がありそうな場所を重点的に探索する. 一方, GAは生物の進化を模したもので, 選択, 交叉, 突然変異を世代ごとに繰り返すことによって適応度の高い世代(より正解に近いモデル群)を生成する. 組み合わせ最適化問題に対するこれらの解法を適用することにより, 未知変数の増大とともに探索回数が指数関数的に増大するグリッドサーチやランダムサーチに比較して, 効率的な探索を実行できる. しかし, それでも変数の増大とともに探索回数が増大するため, 例えば分子性結晶では分子を回転と並進の自由度をもった剛体, あるいは剛体+捩れ角をもって繋がった分子片の形にまとめ上げ, 未知変数の個数を減じる. しかし, 構造全体の剛体近似が困難なゼオライトなどのフレームワーク構造, あるいは一般の無機物質の構造も直接空間法によって解かれている. MC, SAおよびGAはいずれも汎用解法であるが, 1980年代後半から1990年代前半にかけて結晶学的問題に順次適用された. これらの手法を用いた直接空間法は, 回折図形を分解して完全な構造振幅データをそろえることが困難な粉末回折法において特に急速に発展した. 単結晶法における構造解法としても試みられている.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 虎谷秀穂)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.04

スピン2量体化
Spin dimerization
局在磁気モーメントをもつ隣接した原子が互いに近づき, スピンがカップリングすることによって磁性をもたない状態(スピン一重項基底状態)となることを指す. この現象は, 一次元に原子が並んだ系ではスピンパイエルス転移としてよく知られており, 有機化合物においては古くから実験的に確認されている. また, 無機化合物においても, 最近になってCuGeO3がスピンパイエルス転移を示すことが発見され, 隣り合うCu2+(スピンS=1/2をもつ)が1つおきに近づいたり遠ざかったりし, 磁性が消失することが知られている. この転移は, 原子位置が変化する際の格子のエネルギーと, 交換相互作用による磁気的なエネルギーとの競合により生じる. しかし, スピネル構造のような三次元的に原子が並んだ物質でこのような現象を起こす物質はこれまでに実験的に見出されていなかった.
(大阪府立大学総合科学部物質科学科 石橋広記)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.05

共鳴X線散乱
Resonant X-ray Scattering
原子散乱因子の異常分散による散乱一般を共鳴X線散乱と呼ぶが, 強相関電子系の分野では, 特に特定元素の価数などの差を観測する場合, および散乱因子の異方性を観測する場合に, この用語を用いることが多い. 同種元素でも, 価数や周囲の環境が異なる場合, X線の吸収端が数eV程度ずれる. この現象を利用し, この数eVの間のエネルギーのX線を用いることで, 異なる状態にある同種元素を区別することができる. さらに, 原子の状態や環境が異方的である場合, 吸収端が異方的になり, それに伴って原子散乱因子も異方的になる. 後者はATS(Anisotropy of the Tensor of Susceptibility)散乱とも呼ばれる. 遷移金属のK吸収端における散乱因子の異方性は4pバンドの異方性を反映している. ATS散乱の歴史はまだ20年程度であり, エネルギースペクトルの意味や, 散乱因子の異方性の起源など, 完全には理解されていない点も多い.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 若林裕助)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.05

原子散乱因子テンソル
Atomic Scattering Factor Tensor
ATS散乱で使われる異方的散乱因子は, 通常テンソルの形で表現される. 2階のATS散乱の場合, 散乱因子は2階のテンソルで表現される. 入射X線と散乱X線の偏光ベクトルをそれぞれ行ベクトル●,●と書くと, 散乱因子テンソルは3×3の行列●で表され, その場合の(スカラーの)散乱因子fは●と書かれる. これは異方性を楕円体で近似したことになり, 内核電子の双極子遷移に伴う散乱因子の異方性は, これで表現される. この式からわかるとおり, 入射, 散乱X線の偏光と散乱因子が直接関係しているため, 通常のX線回折と異なり, 散乱ベクトルを一定にしたまま試料を回転すると強度が変化する, 散乱に伴いX線の偏光が変化する, などの特徴的な現象が生じる. 四重極遷移まで考慮に入れると4階のATS散乱による解析が必要となるが, 電子の四重極遷移は禁制なのでこの効果は通常小さい.
(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 若林裕助)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.05

メトロポリスのアルゴリズム
Metropolis Algorithm
統計物理学の手法であるモンテカルロ法において使用される重要なアルゴリズムの1つであり, 第二次世界大戦の最中, Metropolisらによって発明された. 系のサイズの増大に伴って天文学的な計算量に達する問題に対して適用されるモンテカルロ法においては, その出現しやすさがボルツマン重みに比例する状態をサンプリングすることによって, 限られた計算量から正確な推定値を求めることができる. そのとき, ボルツマン分布に従って出現するような状態を正確に取り出すため, マルコフ過程を用いる. マルコフ過程とは, ある状態から新しい状態を発生させる仕組みであり, これによって発生された状態の連鎖がボルツマン分布確率に従うためには, エルゴート性など, いくつかの条件が課される. それらの1つである詳細釣り合いの条件は, ある状態から新たな状態へ移る推移確率と, その逆方向に対する推移確率の比が, ボルツマン確率の比, exp[-(Ev-Eμ)/kT]に等しいことを要求する. 推移確率はある状態から新たな状態を生成する選択確率と, その状態を受け入れるか, あるいは状態に留まるべきかを決める受理率との積として与えられる. アルゴリズムが効率的であるためには, 受理率を最大にすることが必要である. このことから, 現在の状態のエネルギーよりも低いか, あるいは等しいエネルギーをもつ新しい状態が選ばれた場合, その状態への推移をいつも受理する. 一方, そのエネルギーが高い場合, exp[-(Ev-Eμ)/kT]で与えられた確率でもって受理し, それ以外の場合に却下するというアルゴリズムが導かれる. これをメトロポリスのアルゴリズムという. 結晶学においては, モンテカルロ法は, 粉末回折データから未知結晶構造を決定する直接空間法(日本結晶学会誌 44, pp.259-260, クリスタリット), 非晶質物質の構造決定, レイトレーシングなどに使用されている.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 虎谷秀穂)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.05

アニーリングスケジュール
Annealing Schedule
モンテカルロ法は, 一定温度で平衡状態にある系を一般に取り扱う. このとき, 温度を低温域まで徐々に下げれば, 固体物質の場合, 欠陥のない結晶状態を出現でき, 系は最低エネルギー状態に達する. 組み合わせ最適化問題の解法の1つであるシミュレーテッドアニーリング(以下SA)は, このアニーリングの操作を模したもので, 系の低温状態を見つける統計物理学的問題との共通性に着目したものである. SAもモンテカルロ法と同様に, メトロポリスのアルゴリズムに基づいている. モンテカルロ法では, マルコフ過程における状態の受理あるいは却下を判別する式exp[-(Ev-Eμ)/kT]の中の温度(T)は一定であるが, SAにおいては解の探索の最中に温度を変化させることにより, 受理率を操作できる. 実際のアニーリングにおいて冷却が急速であると, 固体は欠陥を含み, さらに急速な場合には非晶質状態を採るのと同様に, SAにおいて急速に温度を下げると, 最適解に達しない. それゆえ, SAではどのような速度で温度を下げるか, いわゆるアニーリングスケジュールが重要となる. 対数型のアニーリングスケジュールを用いれば, 最適解に収束することが理論的に保証されている. しかし, このスケジュールでは温度の降下が非常に緩慢であるため, 現実問題では指数型が広く使用されている. SAの運用法およびアニーリングスケジュールに関して多くの研究がなされている. SAは汎用解法として, 極めて多岐にわたる科学的および工学的問題に対して適用され, 結晶学においては, 粉末回折データからの未知結晶構造決定, 巨大分子の構造精密化における収束半径の拡張と精密化の自動化, 単結晶法における構造決定などの問題に使用されている.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 虎谷秀穂)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.05

等色性と色消し
Isochromatic and Achromatic
Isochromaticとは, 分光器の収差の大きさを示す1つの指標. 例えば電子分光器において, 電子が入射絞り(入射瞳)により選択され, エネルギー分散面(スペクトル面)に投影される場合を考えてみよう. 電子分光器の光軸からずれて入射した電子も, 収差がなければ光軸に入射した電子と同じ位置に投影される. その場合, 入射瞳上のどの位置でも等しいエネルギーとして検出できる. この性質をisochromaticと呼ぶ. 実際には電子分光器の収差により, 光軸から離れるとエネルギー分散面上で異なる位置に投影される(non-isochromaticity). 一方Achromatic(色消し)とは, 結像面において, エネルギー(波長)に係る収差の影響がないことを意味する. エネルギーに幅がある波(例えば白色光)を結像した場合, Achromaticでないと, 結像された像に虹がかかったように(色が付いたように)ぼける.
(物質・材料研究機構 物質研究所 木本浩司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

X線磁気散乱
X-ray Magnetic Scattering
X線, すなわち高エネルギーの電磁波と磁性原子との磁気的相互作用に伴う散乱現象. 弾性散乱と非弾性散乱がある. 後者は磁気コンプトン散乱と呼ばれ, スピンを担う電子の運動量分布を知ることができる. 前者は, X線エネルギーが磁性原子の吸収端に近いときの共鳴磁気散乱と, 吸収端から遠いときの非共鳴磁気散乱に分けられる. 共鳴磁気散乱は, 東京学芸大学・並河一道教授らが発見した, 回折強度のエンハンス効果で一躍有名になった. ただし, 電子遷移が関係するので, 回折強度プロファイルの解釈は複雑になる. 一方, 非共鳴磁気散乱(しばしば磁気回折と呼ばれる)は, 回折強度が磁気モーメントの空間分布を反映しており, そのフーリエ変換である磁気形状因子が測定される. さらに, 磁気形状因子を, スピンモーメント成分と軌道モーメント成分に分離して測定できるのがX線磁気回折の最大の特徴である. ちなみに, 中性子磁気回折では常にスピン磁気形状因子と軌道磁気形状因子の和である全磁気形状因子が観測される.
(群馬大学工学部 伊藤正久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

エネルギー分解能
Energy Resolution
本来「エネルギー分解能」という用語は, 放射線検出器でX線などのエネルギー値を測定するときに, 識別できる2つのエネルギーの差の最小値を意味する. この値が小さいほど検出器はその能力に優れていて, 2つのX線のエネルギーすなわち波長が接近していても, 識別することが可能になる. 結晶分光器によってX線を単色化する場合にも, 回折されるX線にエネルギー幅があるため, 分離することのできる2つのエネルギーの差に最小値がある. 分光器ではある波長のところで見分けられる最小エネルギー差(ΔE)を, その波長でのエネルギー(E)で割ったもの(ΔE/E)でエネルギー分解能を表現する.
(蛋白質構造解析コンソーシアム 勝矢良雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

サジタル曲率半径
Sagittal Curvature Radius
曲率とは曲線または曲面の曲がりの程度を示す値. 曲線は曲率が大きな点近くで急に曲がり, 小さな点で緩やかに曲がる. 曲線上の点Pとその近傍の2点P', P"を通る円を考え, P', P"をPに無限に近づけた極限として得られる接触円(曲率円)の半径を曲率半径といい, 位置ベクトルを曲線の長さをパラメータとして二次微分して得られる曲率の逆数になる. 曲率半径は曲線の湾曲が緩やかなほど大きい. 光をミラーなどで二次元集光する場合, 光軸を含む面をメリジオナル(meridional)もしくはタンジェンシャル(tangential)面といい, 光軸に直交する面をサジタル(sagittal)面という. すなわち集光ミラーのサジタル面の曲率半径が, サジタル曲率半径である.
(蛋白質構造解析コンソーシアム 勝矢良雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

モンテカルロ法
Monte Carlo Method
一般的には自然界で偶発的に起きる現象を乱数を用いて計算機内で再現し, 観察することにより知見を得ようとする方法をいう. 粉末X線回折データをもとに直接空間で結晶構造を得ようとする場合にもモンテカルロ法を用いることができる. 結晶構造はa, b, c-軸で規定された単位格子内のどの位置に原子を配置するかということなので, 空間群を決定(あるいは仮定)できれば, 非対称単位内の原子座標を乱数で仮に決めることで構造モデルを作ることができる. このモデルから粉末X線回折強度を計算し, 観測値と比較したR因子を用いてモデルの評価をすることができる. すべての原子が正しくなくても, 一部の原子が正しい位置やその近傍にきた場合は, 比較的良いR因子を与える場合が多いので, 順次R因子の良いモデルを残していき, 探索する範囲を狭めていけば正しいモデルに到達できる.
(北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻 三浦裕行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

粉末X線構造解析
Crystal Structure Analysis Using Powder
X-ray Diffraction 粉末X線回折法を用いた結晶構造解析. 単結晶を得られない試料や得られても双晶をもつような場合有効である. 粉末回折データは回折線の重なりのため単結晶構造解析と比較して解析精度の面で不利な点が多い. しかし使いやすいリートベルト解析プログラムの普及により粉末法による構造解析は近年多くの場面で使われるようになった. 構造解析は大きく分けて (1)指数付け (2)モデル構造の決定 (3)最小二乗法による精密化 の3つのプロセスからなる. (1)指数付けのプロセスでは一次元に投影された回折データから三次元の格子を見つけだし, 結晶系や空間群を決定する. トライアル法, ゾーンファインディング法, 2分法などの方法が考案され, それぞれの方法に基づいた計算プログラムが公表されている. (2)モデル構造の決定のプロセスでは最小二乗法の初期値となる概略の構造を決定することであり, 構造を解くことにほかならない. 実空間で構造モデルをつくる直接空間法やピーク分離して構造因子を求め, フーリエ合成する直接法などが公表されている. (3)最小二乗法による精密化のプロセスはリートベルト法による構造精密化に相当する. また原子構造にとどまらず, マキシマムエントロピー法により電子密度を解析することも可能である.
(北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻 三浦裕行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

最適モデル構造の決定
Determination of the Best Model Structure
結晶構造解析の最終段階では原子座標と温度因子とを最小二乗法で求めることになる. 回折強度を示す式は求めようとするパラメーター(原子座標や温度因子)に対して線形ではないので微分係数を用いて正規方程式を得るが, 正規方程式が成り立つのは真の解の近傍に限られるため, 解を得るには, ある程度正しい初期値を必要とする. これは単結晶法でも粉末法(リートベルト法)でも同じ事情である. したがって, どのようにしてこの初期値(ある程度正しいモデル構造)を得るかが, 結晶構造解析の前半部分の大きな課題となる. モデル構造を具体的に決定するには, 実空間で構造モデルを作り修正しながら探査する方法(直接空間法)と個々の構造因子を得て位相を決めることにより構造を解く方法(直接法)とがある.
(北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻 三浦裕行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.044 No.06

パターソン相関法
Patterson Correlation Methods
Brüngerによって分子置換法による構造決定のために開発された方法であり, モデルからの規格化構造因子の2乗と実験による回折強度間の相関を最大にするモデルの向きを捜す. マルチドメインのタンパク質の場合, ドメイン間の位置関係を改良しつつ, 相関を最大にする. 収束範囲が広いのが特徴であり, 角度にして10°程度の誤差があっても正しい解に収束する.
(東京大学分子細胞生物学研究所 豊島 近)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.01

温度因子のグループ精密化
Group Refinement of Temperature Factors
タンパク質を構成する各原子は異なった温度因子をもっているはずだが, 実験データから温度因子を決定しようとする場合, データの数が決めるべき変数よりどれほど多いかが問題になる. 分解能が低い回折データしか得られない場合, 個々の原子の温度因子を精密化することは無理だが, 個々のアミノ酸残基に2個程度の変数をグループ(通常, 主鎖原子のグループと側鎖を構成する原子のグループ)温度因子として与え, 精密化することが可能である場合がある.
(東京大学分子細胞生物学研究所 豊島 近)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.01

モルフォドロム
Morphodrom
結晶のモルフォロジーについての形態的相図をいう.『結晶成長学辞典』(共立出版, 2001)などによると, 縦軸と横軸に, 例えば温度と過飽和度, あるいは過飽和度と不純物濃度などを目盛り, 得られる結晶の形態を対応する座標において示したもの. 最初にこの用語を使用したのはCNRS結晶成長機構研究所(仏マルセイユ)の初代所長R. Kern(現J. Cryst. Growth編集委員)である. ただOxford English Dictionaryには未収録で一般英語としては浸透の過程にある. 中谷宇吉郎が「雪の形態は温度と過飽和度(すなわち雪の場合水蒸気供給量)で決まる」ことに気づいて作った形態図は事実上のモルフォドロムにあたり, 雪の形態から上空の様子を推定するのに使われた. 結晶の使用目的を意識し, それにかなう結晶成長条件のみを記載する文献も多い. これに対し, モルフォドロムでは, 結晶成長の観察結果を系統的に集め, 客観的な立場から形態を整理・分類する. モルフォドロムにより結晶成長の全体像が把握でき, また成長条件の決定に根拠が与えられ, あるいは圧力・重力・磁場などの微妙な影響が識別できることがある.
(産業技術総合研究所人間系特別研究体 安宅光雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.01

Sモード
The S Mode
高分子の振動スペクトルの低振動数領域(~200 cm-1以下)には, 高分子全体が形を変える動き(鎖全体の伸び縮みなど)に対応した振動が観測される。例えば, ポリエチレンのLAM(longitudinal acoustic mode)がよく知られている。DNAのラマンスペクトルにおいては, 30~100 cm-1領域の線幅がブロードな数本のピークとともに, 線幅が比較的狭く, ラマン散乱強度が強い特徴的な振動モードが20 cm-1前後に最低振動数ピークとして観測され, the lowest-frequency mode, the lowest sharp mode, the S modeなどと呼ばれている。B-DNA(相対湿度93%)では21 cm-1, A-DNA(相対湿度75%)では25 cm-1と構造転移に伴い振動数にシフトがみられることから, その起源に興味がもたれ, 振動数の含水量およびカチオン依存性の解析やモデル計算などが行われてきているが, DNAのどのような動きに対応しているかについての明確な結論は出ていない。同様のピークは, RNAやオリゴヌクレオチドの結晶などにおいても報告されている。
(北里大学理学部 菅原洋子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

FLAPW計算
Full-potential Linearized Augmented Plane Wave(FLAPW)Calculations
第一原理計算手法の1つである, フルポテンシャル線形化APWバンド計算法である. この方法では価電子のみではなく内殻電子の波動関数も計算し, 基底状態においては最も精度の高い方法の1つであるといわれている. 方程式を解く際の波動関数は, 原子の周りをマフィンティン球と呼ばれる球を仮定し, その球内領域では球面波展開を, 球外領域では平面波展開を行い, 境界部分で接続することによって単位胞全体を展開する. また, ポテンシャルには, 密度汎関数理論に基づく局所密度近似の適用により, 精度の高い電子状態の計算が可能である. この方法では, バルク結晶の電子状態を結晶の周期性を利用して計算するため, 全エネルギーの精度が高くなる. この方法により結晶中の電子状態密度, 電子密度分布, 結晶構造因子など計算が可能となる.
(産業技術総合研究所 高橋靖彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

DV-Xα法
Discrete Variational(DV)-Xα Method
第一原理分子軌道計算方法の1つであり, 分子の電子状態を得るときに用いられる. 波動関数はそれぞれの原子の原子軌道の重ね合わせにより分子軌道を形成させるLCAO法に基づき与えられる. また, ポテンシャルにXαポテンシャルを用いることにより, 計算速度が速くなっている. この方法ではモデルクラスターを仮定して計算するため, 小さい分子についての計算精度が高い. また基底状態のみではなく励起状態を取り扱うことが可能である. この方法の特徴として, 原子軌道を考えているために, 電子状態密度, 電子密度分布に加え, それぞれの原子について有効電荷, 有効共有結合電荷の値を定量的に導き出すことが可能となり, 化学結合の詳細を検討するのに有用な情報を得ることができる.
(産業技術総合研究所 高橋靖彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

アラニンスキャン
Alanine Scan
アラニンスキャンは, タンパク質の特定部位のアミノ酸配列を, 遺伝子操作技術によって, アラニンに置換する部位指定変異導入法である. こうして得られた変異体をin vitro系あるいはin vivoで機能解析することにより, 活性部位や基質との相互作用に直接関与するアミノ酸残基が明らかになる. アラニンは, グリシンを除くアミノ酸の中でもっと小さい側鎖(メチル基)をもち, タンパク質の親水性および疎水性領域のどちらにも存在する. そのため, アラニンへの置換は立体障害や静電反発が少なく, 変異体の主鎖の構造は野生型と同様であることが多い. アラニンスキャンは, 正確に活性部位などを明らかにするが, 膨大な数の変異体を必要とし解析が容易でないことがある. そこで, X線結晶構造解析やNMR法によって決定されたタンパク質の立体構造をもとに, あらかじめアラニンスキャンを行うアミノ酸残基を選択することで, 効率よく活性に重要な残基を同定することができる.
(理化学研究所ゲノム科学総合研究センター・東京大学大学院理学系研究科 香川 亘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

Unison-X1
Unison-X1
In2O3-TiO2-A2O3系内の擬二元系InAO3-In2Ti2O7にInA1-xTixO3+x/2と表すことができる層状化合物が存在する(A:Al, Fe, Ga, Mn). xが小さい場合には斜方晶系を, 大きい場合には単斜晶系をとる. また, In2O3-TiO2-BO系にも単斜晶系をとる層状化合物が存在する(B:Mg, Mn, Co, Ni, Cu, Zn). ソノラ大学(Universidad de Sonora)において発見されたこれらの化合物群を総称してUnison-X1と呼ぶ. いずれもaおよびc軸は共通でb軸方向の基本周期が異なる2つの部分構造からなる複合結晶である. b軸の比は組成に対応して変化し, b1*:b2*=3:4の整合相となる場合もあるが一般には不整合な関係にある. なお, Inを希土類元素で置換した化合物もUnison-X1と類似の構造をとる.
(漢陽大学校セラミック素材研究所 君塚 昇)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

複合結晶
Composite Crystal
少なくとも一方向について異なる基本周期をもっている複数の部分構造が1つの結晶中に共存したものを複合結晶と呼ぶ. 通常, 各部分構造ではほかの部分構造との相互作用による変調が生じており, 回折パターンには各々の部分構造に対応した複数組の主反射に加え, 変調によるサテライト反射が観測されるのが一般的である. 各部分構造の基本周期が互いに不整合な関係のものがある場合は三次元的な周期性をもたず, その回折点は通常の結晶のように3本の基本ベクトルで指数付けすることはできない. これまでに層状, カラム状など, 種々の複合結晶が知られている. 複合結晶の構造を解く手段としては超空間群を利用した解析方法が確立されている. すなわち, 四次元以上の高次元空間において仮想的な周期構造を考え, その断面として周期性のない現実の三次元構造が記述される.
(物質・材料研究機構 物質研究所 道上勇一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

低温真空X線カメラ
Low-Temperature Vacuum X-ray Camera
90 K以下でもバックグラウンドが小さくS/N比が高いX線回折像を撮影することにより, 高精度な結晶構造解析が容易に実行できることを目指して開発した. 極低温でのX線回折実験では, ヘリウムクライオスタットの真空断熱用の窓材からのX線散乱や真空槽内の結晶試料が直接観察できないことが大きな障害になっていた. このため, クライオスタットの真空槽内に二次元検出器のイメージングプレートを納め, X線入射窓と結晶試料および二次元検出器の間にX線散乱体をすべてなくすことを考えた. これにより,(1)結晶試料を20 K程度まで冷却できる,(2)二次元回折像を高いS/N比で測定できる,(3)結晶試料を外から直接観察できて試料のセンタリングが容易である,(4)反射強度を連続的に測定できる低温真空X線カメラの開発に成功した. 本装置は, 単結晶X線回折法による光励起分子の構造解析を目的として, 科学技術振興事業団のCREST(代表大橋裕二東工大教授)の経費で製作し, SPring-8 BL02B1に設置して一般利用に供している. 詳細については, SPring-8利用者情報 J. Cryst. Soc. Jap. Vol.8, No.1, pp.25-31 (2003) を参照されたい.
(姫路工業大学理学研究科 鳥海幸四郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

大振幅振動
Large Amplitude Vibrational Motion
原子の振動に関するポテンシャル曲面がなだらかな場合, 原子は低い振動数で大きな振幅で振動する. 代表的なものとして, メチル基の回転運動やスチルベンの2つのフェニル基が逆位相で回転する運動などがある. 分光学的な研究が多いが, 小川らの結晶解析法を用いたスチルベンの大振幅振動に関する研究(J. Harada and K. Ogawa: J. Am. Chem. Soc. 123, 10884 (2001))もある. 大振幅振動のポテンシャルは, 調和振動子よりはsin関数などで近似される. 分子内あるいは分子間のエネルギー移動や化学反応などのダイナミックスに大きな役割をはたしていると考えられている.
(姫路工業大学理学研究科 鳥海幸四郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

パイエルス歪み
Peierls Distortion
一次元金属では, 伝導電子のフェルミ準位の波数kFの2倍の波数をもつ周期的な格子歪みに対して結晶は不安定である(パイエルス不安定性). すなわち, 波数2kFの周期をもつ格子歪みを結晶に与えるとフェルミ準位の位置に禁制帯が生じて電子エネルギーが減少する. 一次元系では, この電子エネルギーの減少は格子歪みに伴う弾性エネルギーの増大をつねに上回るため, 低温では自発的に格子が歪み金属-半導体転移が起こる. この格子歪みはパイエルス歪みと呼ばれ, TTF-TCNQなどの擬一次元電子系の低温相で見られる. 一次元MMX錯体も擬一次元電子系と考えられ, パイエルス歪みは架橋ハロゲンの原子位置のシフトとして現れる. 電子相関が大きくない場合, 平均原子価状態では架橋ハロゲンは複核金属ユニットの中央の位置を占めるが, パイエルス不安定牲のために混合原子価状態へ転移して架橋ハロゲンは一方の金属原子の方へシフトする.
(姫路工業大学理学研究科 鳥海幸四郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

格子定数計算
Calculation of Lattice Parameters
単位格子の大きさと形は3軸(a, b, c)の長さと軸間の角度(α, β, γ)で示されこの6つの値を格子定数と言う. 格子定数を求めるにはX線や電子線を用いた回折実験を行い回折角を測定し原子面間隔の値を得る. 原子面間隔は格子定数と面の指数とで示すことができるので1つの回折線から格子定数を未知数とした1つの方程式をつくることができる. 未知数の数だけ回折実験を行い方程式をつくり連立させて解くと格子定数を求めることができるが, 通常は未知数の3倍程度の数の方程式から最小二乗法にて格子定数を求める.
(北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻 三浦裕行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

最小二乗法
Method of Least Squares
未知パラメータの値を知るために, 観測値を最もよく説明できるパラメータが正しいものであると仮定して, 観測値とパラメータから求めた計算値との差の二乗和が最も小さくなるようにパラメータを決定する方法. 格子定数の計算においては, 測定した原子面間隔の逆数と格子定数から計算した原子面間隔の逆数の差の二乗和が最も小さくなるように格子定数を決定する. 結晶構造の精密化においては測定した構造因子と原子座標や温度因子などから計算した構造因子の差の二乗和が最も小さくなるように原子座標と温度因子が決められる.
(北海道大学理学研究科地球惑星科学専攻 三浦裕行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.02

輝尽性蛍光体
Photostimulated Luminescence:PSL
普通の蛍光体は, 放射線などの刺激を受けると光を発する. 刺激を止めれば光は瞬間的に消える. この発光を“蛍光”(fluorescence)と言う. しかし, 刺激を止めてもしばらく光っている場合があり, その発光は“リン光”(phosphorescence)と呼ばれる. ルミネッセンス(luminescence)とは, これら2つの発光現象を含むものとして定義される. 光輝尽性蛍光体は,“蛍光”でも“リン光”でもない,“光輝尽発光”(photostimulated luminescence:PSL)という現象を示す. 一般に輝尽発光現象とは, 放射線のエネルギーがいったん蓄積され, 後で熱や光などの刺激によって再び発光する現象であり, 特に光の刺激によって発光する現象は光輝尽発光現象(PSL現象)と呼ばれる. この現象は19世紀の後半に見出された. PSL現象では, 発光波長よりも長波長の光による刺激で発光が生じるので, 50年以上も前から赤外線検出を目的とした研究分野で関心がもたれてきた. しかし, このPSL現象が応用面で大きな成功を収めたのは, X線検出の研究分野であり, この現象こそがIPの基本コンセプトである.
(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 雨宮慶幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

着色中心
Color Center
イオン結晶中の格子欠陥に電子または正孔が捕らえられて生じる局所的な電子状態であり, 結晶が色づく場合が多いので, 着色中心, または, 色中心と呼ばれる. 最も代表的な着色中心は陰イオンの空格子点に電子が捕らえられたもので, 色のドイツ語FarbeにちなんでF中心と呼ばれる. X線の入射によりイメージングプレートに形成される着色中心はF中心である. すなわち, 輝尽性蛍光体(BaFBr)にX線が入射すると, 生じた電子がFイオンまたはBrイオンの空格子点に捕らえられて, 準安定なF中心が形成され, そこにX線エネルギーが蓄積される.
(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 雨宮慶幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

寄生散乱
Parasitic Scattering, or Undesired Scattering
X線散乱実験において, 試料以外からの散乱X線を総して寄生散乱と呼ぶことがある. X線光学系に用いられている光学素子(モノクロメーター, ミラー, スリットなど), 試料や真空パスの窓材, 空気などによる散乱は寄生散乱であり, それがX線検出器に入射するとX線散乱実験のS/N比を下げる原因になる. 特にX線小角散乱実験では, 寄生散乱の影響が大きいので, 寄生散乱を極力低減することが実験の成否を決定する鍵になる. 二次元X線検出器を用いる単結晶X線回折実験では, 1枚の写真に対する結晶試料の回転角度幅に比例して寄生散乱が大きくなる. 一方, 回折点の積分強度は試料の回転角度幅にはよらず, ロッキングカーブの角度幅(≦試料の回転角度幅)で決まる. したがって, 1枚の写真に対する試料回転角度幅が小さくなるほど寄生散乱の影響が少なくなり, S/N比が向上する.
(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 雨宮慶幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

4軸回折計
Four-Circle Diffractometer
単結晶構造解析のためのX線回折データを収集する装置. 1970年頃より実用化される. 結晶を回転させる3本の回転軸とX線検出器を回転させる1本の回転軸(計4本の回転軸)をもつため4軸回折計と名付けられた. コンピュータ・コントロールによる自動測定機能により, 試料結晶をマウントするだけで自動的に回折データが測定できる. 結晶回転機構としては, カイ・サークルをもつユーレリアン・クレイドル型とカッパ軸をもつカッパ型の2種類がある. いずれも各軸の角度精度は1/100°程度である. X線検出器はシンチレーション・カウンタでありX線フォトン数を計測するので, それ以前の写真法に比べ測定精度は格段に高まった. しかし, 点検出器(0次元検出器)であるため一度に1個の反射しか測定できず, 二次元検出器に比べて測定時間がかかるのが欠点である.
(理学電機㈱X線研究所 東 常行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

アイソフォーム
Isoform
構造的には一部異なるが機能的には等しいタンパク質の複数の分子形のことをアイソフォームという. タンパク質では, その合成後の糖鎖やリン酸基の付加といった修飾によって複数の分子種が生じたり, mRNA成熟段階で起こるRNAスプライシングの違いにより, 同一の遺伝子から複数の分子種が生成する場合がある. アイソフォームはこのようにしてできたタンパク質を指すことが多い. しかし, 高い相同性を示す各アイソフォームの遺伝子が, 互いに異なった染色体上に位置する場合もある. アイソフォームはすべてのタンパク質に対して用いられ, 酵素に限定されて使われることはない.
(京都大学大学院理学研究科 喜田昭子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

電子線動径分布解析
Electron Beam Radial Distribution Analysis
高速電子線の特徴の1つは, 電子線波長が非常に短いことから, 非常に高い空間周波数領域に及ぶ散乱情報を引き出せることである. また, 電子線の物質に対する高い散乱能から, 通常のX線回折では難しい軽元素からの散乱情報を得やすい利点もある. これらの特徴により, 電子線動径分布解析ではアモルファス材料のナノスケールでの局所構造に関する情報を, 高い空間分解能で短時間で得ることができる. 加えて, 高分解能電子顕微鏡法や分析電子顕微鏡法と併用することによりアモルファスの構造, 形態情報, 化学的情報を同じ場所から同時に得ることが可能である. 従来, 電子回折法においては多重散乱や非弾性散乱の影響が顕著に出てくるため, 回折強度の定量解析は難しかった. しかしながら, 試料作製技術の進歩, エネルギーフィルタ電子顕微鏡法をはじめとする新しい装置の開発, 記録媒体の改良などにより, 電子回折強度の定量解析が可能になりつつある.
(大阪大学産業科学研究所 石丸 学)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

r.m.s.値(蛋白質分子構造比較における)
root-mean-square Deviation
構造的に相同性の高い蛋白質の全体および部分構造を比較する際に用いる尺度. 対象とする蛋白質の構成原子(一般にCα炭素原子を用いる)を, 比較したい蛋白質の対応する同種の原子上に重ね合わせる際に, 最小二乗法を用いて原子同士の距離が最小になるように計算を行うが, そのときの統計学上での標準偏差σの値がr.m.s.値である. 例えば, 2つの蛋白質の活性部位を比較する際に, 1つの蛋白質の注目している原子ともう1つの蛋白質の原子との距離が1.0 Åとしよう. 重ね合わせの際の統計値であるr.m.s.値が1.5 Åという場合は, 有意な差とは言い難いが, もしr.m.s.値が0.3 Å程度であれば, 非常に大きな差と言える. 有意性の尺度としてr.m.s.値を用いれば, 例えオングストローム単位の小さな変化ではあっても, 構造機能相関に関する議論を十分に深めることができる.
(大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻 井上 豪)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

水素結合ネットワーク
Hydrogen-Bond Network
水分子は, 酸素原子および水素原子がそれぞれ1個の不対電子を供与して1本の共有結合を形成しているが, 電気陰性度に差があるため共有電子対は酸素側に偏り, 弱いながらもそれぞれマイナス性, プラス性を帯び, 隣り合う水分子同士でネットワークを形成する. この相互作用(=水素結合)は, 蛋白質分子内にも見られ, ポリペプチド鎖のカルボニル酸素原子とアミド窒素原子に結合した水素原子とが相互作用してヘリックスやベータシートを形成し, 立体構造の構築に寄与している. 蛋白質を構成するアミノ酸の側鎖には, カルボン酸, アミノ基, ヒドロキシル基をもつものがあり, 水素結合によるネットワークを形成し, 構造の構築だけでなく, 酵素の機能創出に寄与している. キャタリティックトライアッドと呼ばれる活性部位では, 3つのアミノ酸側鎖が水素結合ネットワークを形成し, 特定のアミノ酸側鎖のpKa値を下げることにより基質への求核攻撃を容易にしている.
(大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻 井上 豪)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

X線干渉計
X-ray interferometer
1965年にUlrich Bonse(独)とMichael Hart(英)によって発表された, 初のX線領域における干渉計である. 動作原理は可視光領域でのMach-Zehnder(M-Z)干渉計と同じである. M-Z干渉計の構成要素は半透鏡であるが, X線干渉計は完全性の高いシリコン単結晶を用いている. 必要とするX線干渉計の工作精度はX線と可視光の波長およびコヒーレンス長の違い, 3桁ほどの違いがある. 多くは一体型で作られるが, 3枚目を切り離すモデルも含めていろいろなタイプが考案されている. 白金製のメートル原器に替わって, X線干渉計を利用した8桁精度を目指す長さ標準とアボガドロ定数の確立を目指した開発競争は英米に始まり, 現在は日独伊の間で開発競争が繰り広げられている. 原子散乱因子精密測定の利用もある. 位相物体に対して高コントラスト像が得られる特色を活かした画像への応用も盛んである. なお, 動作原理はX線と同じ中性子用の中性子干渉計を用いて中性子に‘質量’があることを利用した重力定数の測定もある.
(高エネルギー加速器研究機構, 総合研究大学院大学 安藤正海)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

異常分散項
Anomalous Dispersion Term
可視光のエネルギー領域では, 物質の屈折率は1より大きい. この屈折率はエネルギー依存性をもっており, 電子励起に対応するエネルギーより低い領域ではエネルギーとともに増加し(正常分散), 共鳴エネルギーを超えると逆に小さくなっていく(異常分散). どんどんエネルギーが大きくなりX線領域になると, K-殻やL-殻の電子以外は励起される結果, やがて屈折率は1より小さくなる. さらにX線のエネルギーがある元素のK-殻やL-殻を励起する大きさになると共鳴的に変化する. 本文での意味は, X線のエネルギーがK-吸収端近傍になると, 原子散乱因子には原子の電子数に比例するThomson項のほかに, 共鳴的にエネルギーに大きく依存する項が付加される. この項を異常分散項と呼んでいる.
(日本原子力研究所放射光科学研究センター 水木純一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

Kramers-Kronigの関係
Kramers-Kronig Relation
時間tとともに変化する入力X(t)に対して出力Y(t)が, ●と書き与えられるとき, Φのフーリエ変換の実部と虚部の関係を言う. Φは応答関数であり, 入力より先に出力が出ることはないという因果律により, t<0でΦ(t)=0を満たす関数である. Φのフーリエ変換(周波数応答)の実部と虚部において, 片方が分散であれば他方は吸収を表すので, この種の関係式を分散式と呼ぶ. KramersとKronigはそれぞれ独立にこの関係式を複素誘電率に対して導いたので, この名前が付けられている.(理化学辞典第5版 p.373)
(日本原子力研究所放射光科学研究センター 水木純一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

EXAFS関数
EXAFS Function
原子が真空中に孤立していれば, 吸収係数(吸収断面積)はK-吸収端で急激な増加が観測され, それ以上のエネルギーでは滑らかに変化する(わずかに減少する)だけであるが, 物質中の原子では, 周りに自分以外の原子が存在するために吸収断面積に変調が見られる. これは, X線によって放出された光電子が周囲の原子によって散乱を受け, 散乱を受けなかったもの, 1回散乱を受けたもの, 2回, n回散乱を受けたものが互いに干渉しあって定常状態での波動関数を形成し, この結果吸収断面積に振動が観測される. この振動部分を取り出したものをEXAFS関数と呼ぶ.
(日本原子力研究所放射光科学研究センター 水木純一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.03

ボトムアップ法
Bottom-Up
ナノテクノロジー・ナノサイエンスではナノメートルオーダーの領域の構築物を作るために物理的な手法によるトップダウン法(Top-Down)と化学的な手法によるボトムアップ法の2種類が知られている. トップダウン法はバルクの物質を物理的手段によってどんどん小さくして, 数ナノレベルの直線までの制御が可能となっている. このトップダウン法とは逆に小さな分子や原子を組織的に積み上げていって, より大きなナノ構造に作り上げようとするのがボトムアップ法である. ボトムアップ法では分子あるいは原子自身の集合しようとする自己組織化が重要となり, どのように自己組織化を制御するかによってナノメートルスケールの構造物を作り上げることができる. この手法は結晶のみならず, 単分子膜や基板表面での分子配列を制御するのにも有効である.
(大阪市立大学大学院理学研究科 田所 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

ソフトリソグラフィー
Soft-Lithography
Whitesidesらによって開発された溶液中の分子の自己集積化を利用したボトムアップ型のリソグラフィー法である. 基板表面と相互作用があるような官能基を含む分子(金表面ではアルカンチオール基が有効)の自己集積化膜を使ってナノサイズの直線や曲線などを切ることができる. 例えばこのソフトリソグラフィー法では光や電子といった物理的な手段を使う代わりに, 日常生活でなじみのある機械的なプロセス(印刷/スタンプ/鋳型/浮き彫りなど)を利用して, ゴム状高分子のポリジメチルシロキサンを使ったナノパターンを転写できる. マイクロコンタクトプリント法ではアルカンチオールを含む溶液をインクとみなし, 金などを蒸着させたシリコンを紙として接触させて, スタンプパターンを転写することができる.
(大阪市立大学大学院理学研究科 田所 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

超分子シントン
Supramolecular Synthon
クリスタルエンジニアリングにおいて, 分子どうしの配列を制御するための相補的な分子間相互作用を形成する官能基や置換基のことを超分子シントンと呼ぶ. 分子接着剤(Molecular Glew)あるいは分子セメント(Molecular Cement)と呼ばれることもあったが, 現在, この名前が一般的になりつつある. 有機合成では合成しようとする分子をシントン(Synthon)と呼ばれるパーツに分けて考える手法が知られているが, クリスタルエンジニアリングでも同様に超分子シントンを結晶構造の配列を自由に制御できるものと考える. 超分子シントンは分子間で相補的に働くものとしてある程度体系化することができ, クリスタルエンジニアリングの研究では今でも新しい超分子シントンの探索が盛んに行われている.
(大阪市立大学大学院理学研究科 田所 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

自己組織化
Self-organization
分子に限らず, 物質が何らかの相互作用によって集まり, ある一定の構造に自然に組み上がる物質本来の性質である. 単分子レベルではタンパク質がアミノ酸ペプチドの一次構造から, アミノ酸残基や主鎖の水素結合により複雑な三次構造に自己組織化によって自然に組み上がることが知られている. 結晶では数えきれないほどの同じ分子や原子がその分子間の相互作用によって非常に早い速度で自然に集まり, 一定の三次元構造に自己組織化することによって作られる. 分子や原子などに限らず, 天体の集合体や人間の社会的な集団にも使われることもある. この自己組織化とは別に, 一定の構造をもたないように物質がある集団となって自然に集まることは自己集積化(Self-assembly)と呼ばれ, 分子膜や界面活性剤などのミセル形成などの集積化のときに使用して, 自己組織化とは区別して用いられる.
(大阪市立大学大学院理学研究科 田所 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

粉末回折計の装置収差
Instrumental Aberrations of Powder Diffractmeter
一般的な粉末回折計では, Bragg-Brentano型と呼ばれるデザインが採用されている. このデザインの回折計では, X線源から輻射されたX線が対称反射の条件で平面的な試料表面によって回折されたときに, X線源と対称的な位置で近似的に焦点を結ぶことを利用して, 高い分解能と十分な強度とを同時に得ることが実現されている. しかし, 厳密に焦点を結ぶことができるのは試料の形状が焦点面の曲率に応じて湾曲している場合に限られるので, 厳密な結像条件からのずれの影響が現実には収差として表れる. Bragg-Brentano型回折計の収差としては, 特性X線の非単色性に由来する収差(色収差), 軸発散収差, 平板試料収差, 試料のX線に対する透過性に由来する収差が代表的なものであり, 回折ピーク位置のシフトや線幅の広がり, ピーク形状の変化などの原因となる.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

高速フーリエ変換
Fast Fourier Transform
コンピュータを使って離散フーリエ変換を高速に実行する計算方法のことを高速フーリエ変換(FFT)と呼ぶ. J. W. CooleyとJ. W. Tukeyが1965年に発表してから一般に知られるようになったといわれている. データ数Nのデータに対してフーリエ変換を施すために定義式どおりの計算を行うとN2回程度の演算が必要であるが, 高速フーリエ変換を用いればNlog2N回程度の演算しか必要とならないために, 特に大規模のデータでは計算が非常に高速になる. 一般的に高速フーリエ変換を用いるためにはデータ点が等間隔で, データ数が2のベキ乗である必要があるが, 任意の点数のデータに対しても, ゼロデータを付け加えて強制的にデータ点の総数が2のベキ乗個となるようにする方法(ゼロ詰め)がしばしば用いられる.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

プロトマー
Protomer
生体内で働くタンパク質は, 単体ではなく何らかの会合状態をとって機能することが多い. このようなもののうち, 同種のポリペプチド鎖が会合してオリゴマータンパク質をつくる場合, その構成単位となる個々のポリペプチド鎖のことをプロトマーと呼ぶ. 厳密には分子構造が同一なものを指すが, 若干異なっていても機能的に等価であれば, これもプロトマーと呼ぶ. 分子構造や機能が異なる場合は, それらをサブユニットと呼ぶ. プロトマーやサブユニットの会合は縮合反応などではないので, プロトマーをモノマーと呼ぶのは厳密には正しくないが, 最近はプロトマーをモノマーと呼ぶこともある.
(大阪大学産業科学研究所, 科学技術振興事業団 さきがけ 村上 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

ペリプラズム
Periplasm, Periplasmic Space
細胞周辺腔のこと. 大腸菌や緑膿菌のようなグラム陰性細菌は, 細胞質膜の外側にもう1枚, 細胞外膜と呼ばれるリポ多糖を含む膜を有する. この2枚の膜の間の空間をペリプラズム空間, あるいは単にペリプラズムと呼ぶ. 菌体の凍結割断法による電子顕微鏡観察では, 100 Åから250 Åの間隔をもつとされているが, 大腸菌では170 Å程度とも言われている. ここには, アルカリホスファターゼ, リボヌクレアーゼ, ペニシリナーゼなどの種々の加水分解酵素がさまざまな結合タンパク質が存在する. このほかに, ペプチドグリカン層と呼ばれる多糖類の編み目構造をもつ細菌細胞壁が存在する. ペニシリンやアンピシリンなどのβラクタム系抗生物質は, ペリプラズムにおける細胞壁の生合成を阻害することで菌の発育を阻止する. 細胞質膜の外で働くこれらの薬剤に対して排出により耐性化することはないと考えられてきたが, ある種のトランスポーターはペリプラズムからも基質を排出することができる.
(大阪大学産業科学研究所, 科学技術振興事業団 さきがけ 村上 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

二次性トランスポーター
Secondary Transporter
膜輸送を行うタンパク質群に対して, キャリア, ポーター, パーミアーゼなど多くの用語が提唱されたが, 最近ではトランスポーターが用いられる頻度が多い. このうちABC型トランスポーターのように, ATP加水分解エネルギーと共役して基質を輸送するものを一次性トランスポーターと呼び, すでにほかのトランスポーターあるいはポンプの働きにより形成されたイオンの濃度勾配を利用し, その流入と共役して基質を輸送するものを, 二次性トランスポーターと呼ぶ. 共役イオンの流入と, 基質の流れが同方向のものをシンポーターと呼び, 逆方向のものをアンチポーターと呼ぶ.
(大阪大学産業科学研究所, 科学技術振興事業団 さきがけ 村上 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

アンカップラー
Uncoupler
脱供役を起こす薬剤やタンパク質を指す. 狭義にはDNP(2, 4-ジニトロフェノール)や, CCCP(カルボニルシアニドm-クロロフェニルヒドラゾン)など, 膜を介してプロトンを透過させる脂溶性の弱酸物質のことを指すが, イオノフォアのようにイオンを透過させて膜のプロトン電気化学ポテンシャルを減少させる分子量が数百から数千のポリペプチドも指す. バリノマイシンや, モナクチンなどの抗生物質がこの範疇に含まれる. またグラミシジンAのように膜に穴を空けることによってイオンを透過させるチャンネル形成型イオノフォアもある. いずれにしても, 細胞のエネルギー代謝やイオンに対する恒常性が失われるために, 細胞にとって毒素となる.
(大阪大学産業科学研究所, 科学技術振興事業団 さきがけ 村上 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

時系列構造解析
Time-Series Structure Determination
タンパク質結晶は, 結晶を構成する分子が大きく, 分子間の隙間に溶媒などが存在している. このため, 結晶の分子の間を低分子性の基質や生成物が拡散したり, また反応による構造変化を受け入れるだけの十分な空間が存在する場合が多い. このため, 多くのタンパク質結晶中では, 実際に酵素反応などの反応や変化が進行する場合がある. タンパク質結晶中で実際に酵素反応などを同期させて進行させ, その反応の進行より十分に速い速度で回折強度データを収集することにより, 反応の進行を時間分割構造解析(Time Resolved Structure Determination)することができる. 唯一の結晶を用いて, 反応に伴う構造変化を追跡することが理想的であり, ラウエ法を用いた高速のデータ収集法が適応される場合も多い. これに対し, 反応の進行度が異なるいくつかの結晶を調製し, それぞれの構造解析を行ってその結果を並べることによって, 仮想的な時間分割構造解析を行うことができる. この場合, 同じ結晶中での変化ではないため, 真の時間分割構造解析とはいえない. 真の時間分割構造解析と区別するための造語である.
(関西学院大学理工学部 山口 宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

顕微分光
Single Crystal Microspectrometry
顕微分光とは, 結晶の示す吸収など小さな試料や試料の微小領域の分光を行うため, 顕微鏡と分光装置を組み合わせて吸収スペクトルをとる手法である. タンパク質中のヘムなどは, 酸化還元状態の変化によって吸収波長が変化し, その他の酵素タンパク質中においても補酵素や基質, 生成物, ときには中間体などが特徴的な吸収スペクトルを示すことがある. このような特徴的な吸収を示すタンパク質であれば, 結晶中でのタンパク質の状態を結晶の吸収スペクトルによって知ることができる. タンパク質反応の進行によって吸収スペクトルが変化する場合, 反応の進行度を追跡できるため, 顕微分光を行って結晶中での吸収スペクトル変化を追跡すれば, 時間分割構造解析における反応の進行度を議論することもできる.
(関西学院大学理工学部 山口 宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

液体CF4凍結
Flash Freezing in Liquid CF4
シンクロトロン放射光の利用によるX線ダメージ低減のためや, 結晶中での反応を低温トラップするために, 液体窒素温度やときには液体ヘリウム温度でのデータ収集が行われる. タンパク質結晶は約半分程度の体積の溶媒を含んでおり, また結晶の外部も溶媒によって濡れている. このため, 冷却をゆっくりと行うと溶媒中の水が氷を形成し, 結晶が破壊される場合が多い. そこで, 瞬時に窒素気流を吹き付ける方法や, 液化した気体中に挿入する方法がとられる. また, 反応のトラップのためにも瞬時の冷却が望ましい. 液体窒素中に瞬間的に指を入れても冷たく感じないことからもわかるように, 液体窒素は沸点が低く, 比熱も小さいため結晶から瞬時に熱を奪うことができない. そこで, 液体エタンや液体プロパンが冷却に優れているとされるが, 可燃性であるためやや扱いにくい. そこで液体CF4が用いられる場合もある.
(関西学院大学理工学部 山口 宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

無細胞タンパク質生産システム
Cell-free Protein Synthesis System
網状赤血球抽出液で始まったin vitro系タンパク質合成系は, ロシアのSpirinにより大腸菌抽出液で24時間を超える合成に成功して以来, タンパク質生産法として無細胞タンパク質合成システムが注目を集めてきた. 現在, DNAやRNA, アミノ酸, 翻訳に必要なタンパク質や酵素, ATPなどのエネルギー物質をin vitro系で反応させることにより研究用タンパク質合成が確立している. 大腸菌や小麦胚芽の抽出液を用いた無細胞合成系が大量発現システムとして実用化されている. 無細胞系の最大の利点は, 反応容量が非常に小さく, 生体を用いないので発現タンパク質によるホスト細胞の生育への影響を無視できる点であり, ホストにとって毒となるタンパク質の合成に有力で, シャペロンなどを加えることにより, 大腸菌などでは発現困難な多種多様なタンパク質発現に使うことでプロテオミクスを進める手段として, また自動化に向いているタンパク質生産系として期待されている. すでに, NMR用の同位体ラベル化タンパク質, X線解析用のセレン化タンパク質などに使われている.
(理化学研究所 播磨研究所 宮野雅司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

読み枠
Open Reading Flame
ゲノムDNAがコードしたタンパク質のアミノ酸配列情報は, 遺伝子DNA配列は3つのトリプレット(三つ組)が順番に20種のうちの1つのアミノ酸を指定することでタンパク質のアミノ酸配列を指定する. 原理的に3つの読みとり枠の可能性があるが, 遺伝子をコードしているOpen Reading Flame(ORF)は, 翻訳開始配列(ATG)の三つ組で始まり, 最後の翻訳終了配列(TAAやTAG, TGA)までの三つ組配列をもつDNA配列として予測される. 配列の読みとり間違い, 読み飛ばしなどがあると正確なORF予測はできないし, 生物種によっては翻訳開始配列がATGでないものが知られている. 真核生物では実際にアミノ酸配列コード領域であるエクソンのほか, 挿入配列であるイントロンを含み, 実際のタンパク質をコードした遺伝子としてアミノ酸配列コード領域を同定することは大変困難を伴いORF予測は容易ではない. 形式的にORFの条件を満たしても実際に発現しているか, そして, エクソンの組み合わせの違う転写産物となるオールタナティブスプライシング, さらに糖, 脂質, リン酸化など翻訳後修飾がたくさんあるマウス, ヒトなどほ乳類の実際に働いているタンパク質はさらに複雑であり, ポストゲノム研究であるプロテオミクス, 個別タンパク質研究の重要性が再認識されてきている.
(理化学研究所 播磨研究所 宮野雅司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.04

Schmidt則
Schmidt Rules
ここでは結晶中でオレフィン(炭素-炭素二重結合)同士が光付加反応する際に見られる幾何学的特徴についての経験則をいう. 臨界剪断応力に関するSchmidt則とは異なる. イスラエルWeizmann InstituteのSchmidtらが桂皮酸やその誘導体の結晶の光反応性を調べ, 結晶格子の規制を受けたトポケミカル反応の概念としてまとめた.(1)オレフィン同士が反応する条件として, 3.6~4.2 Åの距離を隔ててほぼ平行に配置していることが必要である.(2)反応に際しては結晶中の原子あるいは分子の動きが最小になるようとどめられる. これらのことから, 出発物質の結晶構造がわかると, その結晶が光反応性であるかどうかがまず判断できる. 次に, 反応生成物の分子構造が予想できる. 固相反応の理解や設計にとって大変有用である. G. M. J. Schmidt, Pure Appl. Chem. 27, 647 (1971); M. D. Cohen and G. M. J. Schmidt, J. Chem. Soc. 1996 (1964).
(産業技術総合研究所 本田一匡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

One-way測定
One-way Continuous Measurement in Oscillation Method
回折斑点を記録するための振動写真法において, 結晶を回転軸に対して振動させずに一方向へ連続して回転させて測定する方法. 造語. 一般的な蛋白質結晶学において振動写真法によるデータ収集では結晶を微小振動角(およそ1°)往復振動させ, 何回か反射球を横切った逆格子点の平均として検出面で回折斑点(強度)を記録する. ここで, 高速シャッターがある場合, 回転運動を止めずに連続して記録すれば, 結晶回転軸の駆動と停止における回転軸速度の矩形補正が不要である. 高速読み出しが可能なCCDカメラなどを利用する場合, 例えば1°ずつとばして測定, 読み出しを行い, 結晶を2回転させることにより, 先にとばした角度分を測定することも可能である. 結晶の1方向の回転と検出面の移動を同期させた場合, 各々の反射は測定経過時間によって区別できるようになる.
(京都大学原子炉実験所 森本幸生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

二核銅蛋白質ヘモシアニン
Hemocyanin
軟体動物や節足動物は酸素呼吸にヘモシアニンという呼吸蛋白質を有しており, その酸素の吸脱着部位は2つの銅イオンから構成されている. 哺乳類などが有するヘモグロビンではその活性部位は1つの鉄を含むポルフィリン錯体であり, ホシムシなどの海産無脊椎動物が有するヘムエリスリンでは2つの鉄からなる蛋白質であり, これらと区別してこのような表現をしている.
(名古屋工業大学大学院工学研究科 増田秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

Type I銅(ブルー銅蛋白質)とType II銅
Types I and II Copper Proteins
生体内に存在する銅蛋白質はその構造的特徴および分光学的特徴からType I, Type II, Type IIIの3つに分類される. Type I銅は電子伝達系蛋白質にみられ, イミダゾール窒素2つとメチオニンおよびシステインの硫黄により配位された四面体構造を形成し, 特徴的なESRスペクトルと硫黄から銅への特異な電荷移動吸収帯を示す. 非常に濃い青色を示すことからブルー銅と呼ばれる. Type II銅は酸化還元触媒能を有する銅蛋白質などにみられ, 主にイミダゾール窒素が配位した四角錐や平面正方形構造を形成している. 弱いd-d吸収を示すことから色は薄い青色で非ブルー銅と呼ばれる. Type III銅は酸素呼吸蛋白質や酸素添加酵素にみられ, 2つの銅が約3.5 Åの距離で接近しているため磁気的に反磁性で, 通常ESR不活性である.
(名古屋工業大学大学院工学研究科 増田秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

エンタティック状態
Entatic State
金属酵素などにおいて, その中心金属の種類や酸化状態によらず四面体構造のような配位子場理論的に不安定と考えられる構造をとることがしばしばある. これは中心金属周辺のアミノ酸残基の立体的な配列により強制されているためである. 酸化数の変化に伴う構造変化が小さいということは, 電子移動反応や酸化反応において内圏の再配列エネルギーを抑えて活性化エネルギーを小さくし, 反応速度を高めるうえで重要である. このように蛋白質内で強制的に安定化された遷移状態に近い特殊な状態をいう.
(名古屋工業大学大学院工学研究科 増田秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

SOMO
Singly Occupied Molecular Orbital
Singly occupied molecular orbital(半占軌道)の略で, 基底状態における電子配置のHOMOが1つの電子で占められている電子状態をいう. ここで, HOMO(highest occupied molecular orbital:最高被占軌道)とは, 電子の被占軌道のうちで最もエネルギーの高い軌道をいい, それに対して空いた軌道のうちでエネルギーの最も低い軌道をLUMO(lowest unoccupied molecular orbital:最低空軌道)という.
(名古屋工業大学大学院工学研究科 増田秀樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

多層膜ミラー
Multilayer Mirror
重元素を含む密度の大きい薄膜と軽元素でできた密度の低い薄膜を交互に重ね合わせて作った膜を人工多層膜と言う. 多層膜はこのような周期構造をもつので, X線が結晶の格子面でブラッグ反射するのと同じように, 多層膜でもX線はブラッグ反射する. 波長が1.5 ÅのX線に対する反射率は70%にも達し, ロッキングカーブの幅は0.06°ぐらいなので, X線用の分光素子として利用できる. 層間隔が場所により緩やかに変化するような多層膜も容易に作ることができ, さらにそれをある幾何学的な曲線, 例えば楕円や放物線, に沿って変形させることもできるので, ブラッグ反射に基づいた反射鏡を作ることができる. モノクロメータでありながら反射鏡の役割を果たすところに, 今までにない特色があり, ミラーと称する. 発散するX線を平行光に変えたり, 平行光を集光させたり, 非対称の焦点距離をもつ楕円鏡の役割をもった素子もできる. X線に対する各種凹面鏡の役割を果す光学素子である.
(名古屋大学 原田仁平)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.05

蛍光X線
X-ray Fluorescence
X線を物質に照射すると, その一部は, 物質原子の内殻軌道の電子を励起放出するのに使われて, その原子をイオン化する. このイオン化状態がもとの状態に戻るときに, 吸収したエネルギーが再び放出され, 蛍光X線となって現れる. その波長は, それぞれの元素に対して固有な値をもつために, 蛍光X線分析は, 物質中の元素を同定できる技術として発展してきた. ほかの元素分析技術に比べると非破壊で行える点が特徴であり, 材料開発, 工程管理, 環境分析, 考古学, 犯罪調査などに広く利用されてきた. また, 元素分析のみならず, 蛍光X線を高分解能で分光分析することにより, 元素の化学的な情報も得ることができる. なお, 蛍光X線の主線の側には, 通常, 強度の極端に弱いサテライト線が伴う. そのなかにはX線吸収微細構造的な振動構造を示すものもあり, 特定元素周辺の局所構造に関する情報も抽出することも可能である.
(東北大学金属材料研究所 林 好一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

時分割結晶構造解析
Time-resolved Crystallography
X線回折強度の測定時間を短縮することにより, 結晶中で進行する化学反応などに伴う構造変化を捕捉しようとするX線結晶構造解析のこと. 特に, ラウエ回折を用いることでサブミリ秒以下の時間での回折強度の測定が可能になったことが引き金となってタンパク質結晶学の分野で研究が盛んになった. しかし, 実際に時分割解析を行うためには, 結晶中に反応中間体を一時的に蓄積させることや, 反応をいっせいに開始させる(反応トリガー)など, 結晶中の反応制御を達成しなければ真に時分割解析を遂行することは難しい.
(京都大学大学院薬学研究科 加藤博章)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

NAC
Near Attack Conformer
Near attack conformer(NAC)とは, 反応の遷移状態に非常によく似たコンフォーメションを取っている基底状態の基質分子種のことである. 酵素反応の場合は, 基質とともに酵素の活性中心残基もNACの一部として議論される. 基質分子のうちNACの割合が多ければ多いほど反応速度が上昇すると考えられており, 酵素反応の推進力を説明する概念の1つとしてT. C. Bruiceらによって提唱されている. T. C. Bruice and F. C. Lightstone, Acc. Chem. Res. 32, 127-136 (1999).
(京都大学大学院薬学研究科 加藤博章)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

電界放射型高輝度電子銃
Field-emission Electron Gun
電子放射源である陰極(エミッタ)を先鋭化し, 超高真空下でその先端に強い電界(高い電圧)をかけてトンネル効果やショットキー効果による電子放出を利用する電子銃(以下FEG). 従来の熱電子放出型と比較して, エネルギーのばらつきの少ない電子が放出される. 電子光源の輝度は単位立体角度当たりの電流密度で与えられるが, これはエミッタの先端(電子放出領域)が小さいほど高くなるため, FEG輝度は熱電子銃輝度と比較して格段(102~103程度)に高い. 電子エネルギーゆらぎ幅や光源輝度は, 試料上に収束する電子プローブ径を決定する主要因子であるため, FEGを搭載した電子顕微鏡では十分な明るさ(電流値数10~100 pA/cm2のオーダー)をもつ直径数≠フプローブを得ることが可能となる. FEGには, 常温で電界放射のみを行う冷陰極タイプと, 熱電子放出以下の温度での加熱を併用する熱陰極タイプとがある. 前者はエネルギー分解能に優れ, 後者は安定性に優れている.
(物質・材料研究機構 材料研究所 阿部英司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

チャネリング効果
Electron Channeling Effect
負の電荷粒子である電子は, 結晶内の静電ポテンシャルとの非常に強い相互作用により散乱・回折現象を生じる. 比較的厚い結晶性試料(>~10 nm)へブラッグ条件を満たす方向から入射した電子は, 試料内部において透過波と散乱波の間での散乱を繰り返す動力学的回折効果によって平面波ではなくなり, 結晶(静電)ポテンシャルの特定部位に振幅極大をもついくつかのブロッホ波成分に分岐する. それぞれのブロッホ波の励起状態は, それに寄与する回折波の励起誤差(ブラッグ条件からのずれを示す, エワルド球と逆格子点の距離)に依存するが, あるブロッホ波成分が強く励起されると, 入射電子は対応する結晶ポテンシャル部分に集中して試料中を伝播する. これをチャネリング現象という. 主だった回折波の励起誤差が負となる(運動エネルギーが不足した状態である)晶帯軸入射においては, 高い運動エネルギーをもつブロッホ波成分が励起されて入射電子は静電ポテンシャルのより低いところを流れようとするため, 正電荷である原子コラムに沿ったチャネリング効果が顕著になる.
(物質・材料研究機構 材料研究所 阿部英司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

Buried Surface
B. LeeおよびF. M. Richardsの定義によれば, 蛋白質の“solvent accessible surface area”とは, 蛋白質を構成する原子のファンデルワールス半径および溶媒半径の和Rを考え, 蛋白質構成原子から半径Rの球面のつながりのうち最も外側の連続曲面の表面積の総和である. ある単位体とある単位体が会合する際(たとえば蛋白質の単量体が2つ会合して二量体を形成する際), 全体の“solvent accessible surface area”はそれぞれの集合体の“solvent accessible surface area”の和より小さくなる. この差の面積をそれぞれの単量体に割り振ったものが“buried surface area”となり, 単位体間の相互作用の大きさを考えるうえで1つの目安になる.
B. Lee and F. M. Richards, The Interpretation of Protein Structures: Estimation of Static Accessibility, J. Mol. Biol. 55 379-400 (1971).
(北海道大学大学院理学研究科 尾瀬農之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

抗体触媒(触媒抗体)
Catalytic Antibody
抗原に対して特異的に結合する抗体の性質を応用し, 化学反応を触媒するように設計された抗体である. 抗体触媒の活性部位は, 通常の酵素と同様に反応遷移状態を安定化し, 活性化自由エネルギーを低下させることができる. 遷移状態を抗体に認識させるために, 遷移状態アナログをハプテンとして免疫することが知られる. ハプテンはそれ自身では免疫応答されない低分子であるが, 蛋白質などと結合させると抗原決定基として働く化合物のことである. 産生された抗体はハプテン自身も認識することができ, 類似構造体である反応遷移状態を安定化することができる. 初めて創製された抗体触媒は, 1986年にR. LernerおよびP. Schultzによって別々に発表された加水分解触媒である. ほかに, ペリ環状反応(Diels-Alder反応など)や酸化還元反応, アルドール縮合反応などさまざまな反応を触媒する抗体が作製されている.
(北海道大学大学院理学研究科 尾瀬農之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.045 No.06

FeRAM
FeRAM
電圧によって誘起した電荷の状態を電圧除去後も保持できる「強誘電体」を材料に用いた不揮発性メモリで, Ferroelectric Random Access Memoryの略. 半導体を用いた不揮発性メモリ(フラッシュメモリやEEPROM)に比べ, 高速で書き込めるうえに書き換え可能な回数も多く, 低消費電力といった特徴をもつ. 携帯電話やPDAなどのモバイル機器では不揮発性メモリが欠かせないため, FeRAMは次世代メモリとして注目されている. 現在では, 小容量タイプがICカードやゲーム機ですでに実用化されている. 強誘電体に交流の電圧を印加すると, その分極はヒステリシスを示す. 電圧を除去した後の分極を残留分極, 分極がゼロになる電界を抗電界という. メモリーセルに蓄積される電荷量は残留分極に比例する. FeRAMの動作電圧は, 分極の反転電界を決める抗電界と膜厚に依存する.
(東京大学生産技術研究所, 科技機構さきがけ 野口祐二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

分極疲労
Polarization Fatigue
繰り返し強誘電体の分極を反転すると, 残留分極が低下する現象. FeRAMの読み出しができなくなるため, 分極疲労は最も重要な耐久試験の1つである. 10年以上の動作期間を考えると, 1014回の分極反転を行っても, 分極疲労しないことが求められる. FeRAMの代表的な物質であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)は, Pt電極を用いると106から107回程度の反転で分極疲労が顕著になるため, FeRAMの実現が疑問視された時期があった. その後の精力的な研究開発により, RuO2やIrO2などの酸化物電極を用いたPZT薄膜では, 耐分極疲労特性が大幅に改善されたが, 初期の残留分極が小さくなるという課題が残されている. 一方, 層状構造をもつSrBi2Ta2O9は, Pt電極を用いたFeRAMでも分極疲労しない強誘電体材料として提案された. 強誘電体における分極疲労は, 電極界面近傍に存在する酸素空孔に起因すると考えられているが, 不明な点も多い.
(東京大学生産技術研究所, 科技機構さきがけ 野口祐二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

欠陥エンジニアリング
Defect Engineering
格子欠陥を積極的に利用した材料設計. フォトニック結晶における光子補足や超伝導体における磁束ピニングなどで, 欠陥エンジニアリングは高機能化や特性の改善に重要な役割を果たしている. 強誘電体において, 欠陥エンジニアリングの歴史は古く, PZTの分極特性および圧電特性の制御が可能になる. PZTにおける欠陥エンジニアリングでは, 酸素空孔が重要な働きをする. PZTにアクセプタとして働くKやMnをドープすると, 電荷補償のため酸素空孔が生成する. 酸素空孔はドメイン壁近傍に集まり, 電界によるドメイン壁の移動を妨げるピニング中心として働く. この結果, 抗電界の増加, 電気-機械エネルギー変換の効率改善, 誘電損失の低減がもたらされる. 一方, ドナーとして働くNbやLaを置換すると, ホールだけでなく酸素空孔も低減する. ドナー添加はドメイン壁の移動を促進するため, 抗電界は低減し圧電定数は向上する.
(東京大学生産技術研究所, 科技機構さきがけ 野口祐二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

電位窓
Potential Window
電池は電位の異なる2つの物質(正極と負極)から成り立ち, それぞれの極で電気化学的に酸化還元反応が進行する. 2つの極を隔てる膜(電解質)は, イオンのみが透過する役割を担う. 電解質もそれ自身が電池の酸化還元反応にさらされるため, 正極側では電解質の分解(酸化)が始まるより低い電位で正極の酸化反応が起こる必要があり, 負極側では電解質の還元が起こるより高い電位で負極の還元が起こらなければならない. この電解質の酸化還元電位を表したのが電位窓であり, 電位窓の内側の電位で, その物質は電解質として利用できる.
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 菅野了次)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

二次電池の正極材料
Cathode Material for Secondary Battery
二次電池とは充放電が可能な電池である. 1990年までは大半が鉛蓄電池, ニッケル-カドミウム二次電池であったが, ポータブル電気機器の普及に伴いニッケル-水素二次電池が現れ, 現在は高エネルギー密度のリチウムイオン二次電池が急速に普及している. 電池には, 負極, 電解液(電解質), 正極から構成され, 正極は放電時に電子を受け取る還元反応, 充電時に電子を放出する酸化反応が起こる. リチウムイオン二次電池ではリチウムイオンを可逆的に電気化学的に電子を出し入れできるリチウムインターカレーション材料が正極および負極に用いられ, 充放電時にリチウムイオンが正極と負極の間を行き来する. リチウムイオン二次電池の正極材料は高い作動電池をもち, 合成が容易なLiCoO2が主に用いられ実用化されているが, 環境面や高価であることから, 代替材料としてLiMn2O4, LiNiO2やこれらの置換体が用いられてきており研究が行われている.
(東京理科大学理工学部 井手本 康)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

ミスフィット層状構造
Misfit Layer Structure
周期も対称性も異なる複数の部分構造からなる結晶を複合結晶と呼ぶ(道上勇一, 本誌 第45巻 第2号 153頁 (2003)). 複合結晶のなかで, 特に低次元性の大きな層状構造を有する化合物の結晶構造は, ミスフィット層状構造と呼ばれることがある. 代表的な化合物は, 1980年代に精力的に研究が行われた(M2X2)pTX2(M=Pb, Bi, Sn, Ln;T=Ti, V, Cr, Nb, Ta;X=S, Se)で表される層状カルコゲナイドである. この化合物においては,[M2X2]部分構造は2重岩塩型の原子配置をとり,[TX2]部分構造はCdI2型あるいはMoS2型の三角格子を形成する. 互いの部分構造は非整合周期p(通常斜方晶あるいは単斜晶のa軸長比で表され, 0.55から0.65の間の無理数となる)を有するため, 構造の記述には四次元以上の超空間群が必要となる. 近年, 類似した構造をもつコバルト酸化物が多数発見され, その多くが優れた熱電特性を示すことが報告されている.
(東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 宮崎 譲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

ZTと熱電能
ZT and Thermoelectric Power
一般に熱電材料の特性は, 性能指数Z=S2/ρκにより評価される. ここに, Sは熱電能, ρは電気抵抗率, κは熱伝導率である. Zに絶対温度を乗じたZTは無次元性能指数と呼ばれ, この値が1を超える(カルノー効率にして5~10%に相当する)ことが, 実用化の目安とされている. つまり, 室温近傍で使用される熱電材料には, Z>3×10-3(K-1)程度の性能が要求される. 熱電能は, その自乗がZに効いてくるため最も重要な物理量である. しかし, S, ρおよびκはいずれもキャリア濃度の関数で表されるため, いずれか1つの物理量のみを都合良く取り出すことはできない. 今, 熱伝導率が電子の寄与のみからなるという荒っぽい近似をすると, ZTはS2/L(Lはローレンツ数2.45×10-8 V2K-1)で表され, ZT>1とするためには, Sの値は少なくとも160 μVK-1が必要となる.
(東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 宮崎 譲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

熱電変換
Thermoelectric Energy Conversion(thermoelectrics)
固体の熱電気現象を用いて, 熱と電力を相互に変換する技術のこと. 固体の熱電気現象には, 試料の両端に印加した温度差に比例して起電力が生じるゼーベック効果と, 試料に印加した電流に比例して吸熱・発熱が電極で生じるペルチェ効果がある. 前者は熱を電力に変換する熱電発電素子に, 後者は電気によって冷却を行う熱電冷却素子に利用される. 熱電変換は, 固体の電子による直接エネルギー変換であるため, 老廃物ゼロの発電やフロンガスなしの冷却を可能とする点で, 環境と共生するエネルギー変換として, 近年注目されている. しかし, 固体中の電子を用いるためジュール熱を伴うエネルギー変換であり, その変換効率が低い点が問題であり, 高機能な熱電変換材料が求められている.
(早稲田大学理工学部 寺崎一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

ミリング
Milling
ミリングとは粉砕することを意味する. 通常, 容器内に固体物質と硬質のボールを装填し, 回転運動や振動を与えて, ボール間やボールと容器の間で生じる衝突や衝撃を利用して固体物質を粉砕・混合する. 機械的に粉砕するのでメカニカルミリング(mechanical milling)とも称する. ミリング法にはメカニカルアロイング(mechanical alloying:MA)とメカニカルグラインディング(mechanical grinding:MG)の2種類に分類される. 前者は2種類以上の元素粉末を出発原料とし, ミリングを行い元素同士の相互拡散により合金化させることであり, 後者は単一の元素, あるいは単一の化合物をミリングし微粉化させることである. 通常, ミリングは不活性ガス中で行うが, 固気相反応を目的とする場合は活性ガス中で行う. MAならびにMGによって非平衡相やアモルファス相が形成される場合もある.
(京都大学原子炉実験所 福永俊晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

水素吸蔵合金
Metal Hydride or Hydrogen-absorbing Alloy
穏和な温度・圧力条件下で, 大量の水素を可逆的に吸蔵・放出する性質をもつ合金. 水素は原子の形で合金の格子間位置に吸蔵され, 水素化物(金属水素化物)を生成する.(慣例的には, 水素の吸蔵状態によらず, 日本語では水素吸蔵合金, 英語ではmetal hydrideと呼ぶことが多い.)知られている水素吸蔵合金の多くは金属間化合物であるが, 固溶体合金も存在する. 水素化物を構成する水素と金属の原子数比は, 通常1~2程度である. 吸蔵される水素の量は, 結晶構造と構成元素の両方に依存する. 体積当たりの貯蔵密度は液体水素をしのぐほど高いが, 重量当たりの密度が低く, 水素貯蔵媒体として用いる場合には, これを向上させることが課題となる. 水素貯蔵のほか, 電気化学的な吸蔵・放出反応を利用したニッケル・水素蓄電池(負極材料), 反応熱を利用したヒートポンプなどにも応用されている.
(産業技術総合研究所 中村優美子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

in situ中性子回折
in situ Neutron Diffraction
in situとは「その場観察」の意味で, in situ中性子回折とは, ある物質の反応や変化の過程を中性子回折により追跡する実験をいう.とくに機能材料を研究する場合, 材料が実際に使用される条件の下で構造を調べることが非常に重要である. そのためには, 材料に応じて, 種々の条件下(例えば, 高温, 高圧, ガス雰囲気・ガス圧力, 光, 磁場, 電場, 機械的応力など)において, またはその条件を変化させながら, in situ中性子回折実験を行うことが不可欠である. このような実験は, 各条件を設定するための周辺機器や専用の試料ホルダなどを必要とすること, あるいは, 必要な強度や分解能を得るのが難しいなどの理由により, まだそれほど一般的とは言えない状況にある. 次世代の大強度中性子源が実現した際には, このような実験がより一般的に行われるようになることが期待される.
(産業技術総合研究所 中村優美子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

窒化ケイ素基セラミックス
Silicon Nitride-Based Ceramics
窒化ケイ素(Si3N4)に酸化アルミニウムや酸化マグネシウム, 希土類酸化物などの酸化物, モリブデンシリサイド, タングステンカーバイドなどの金属系成分を微量(通常, 数~10 mass%以下)添加して製造されたセラミックス焼結体の総称. 加えた添加剤はSi3N4と反応して結晶質ないしガラス質の結晶粒界層を形成したり, 分散粒子として焼結体内に混在する. 焼結体の特性や機能は粒界層または分散粒子の組成, 形態, 分散状態などとともに多様に変化する. よく知られた例としては, 高融点酸窒化物粒界相J-phase(Yb4Si2O7N2やLu4Si2O7N2)の形成によるSi3N4基セラミックス材料の高温機械強度向上や, Mo5Si3-W2C粒子分散によるSi3N4複合材料の自己潤滑化・摺動特性改善がある. 熱処理や成型方法を工夫して粒子配向組織化したSi3N4を主成分とする焼結体材料も窒化ケイ素基セラミックスとして扱われる場合がある.
(東北大学多元物質科学研究所 高橋純一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

自然超格子
Natural Superlattice
複合酸化物・オキシカルコゲナイド化合物には層状結晶構造をとるものが多い. 層状構造は原子オーダー厚みの異なる組成を有する層が積み上げられたもので, 分子線蒸着法などにより, 極薄膜を人工的に積層した「超格子構造」と類似しており,「自然超格子」と呼ばれる. 自然超格子では, 人工超格子と同様に, 電子, 励起子などの層内への閉じ込めに基づく量子効果が期待される. 自然超格子は, 井戸およびバリヤー層を1原子層まで薄くでき, 層厚が厳密に制御されていること, バンドオフセットを大幅に変化できること, 各層が電荷をもっていること, 自己整合的に超格子構造を生成できることなど人工超格子にはない特徴がある. 酸化物・カルコゲナイト化合物では, 電子, ホールの有効質量が大きいために, 量子効果が顕著に見られる例は少ない. LnCuOChでは,(Ln2O2)2+層がバリヤーとして機能し,(Cu2Ch2)2-層へ閉じ込められたホールに基づく量子効果が観測されている.
(科学技術振興機構細野透明電子活性プロジェクト 平野正浩)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.01

ラットリング
Rattling
スクッテルダイト構造(CoAs3構造)では, 体心位置とコーナーの位置に大きな空隙が存在している. この空隙に希土類元素を意図的に充填して作製される物質群は特異な振る舞いを示す. 現在までにさまざまな構成元素の物質RT4X12(R:希土類元素La, Ce, Pr, Nd, Sm…, T:遷移金属元素Fe, Ru, Os, X:V族元素P, As, Sb)が作られ, これらは充填スクッテルダイト構造の物質と呼ばれている. この構造では, 充填された希土類元素とその周囲の格子との間の結合が弱く, 希土類元素の熱振動はラットリング(rattling)と呼ばれる特異な振動状態にあると考えられている. ラットリングとは, 結晶格子で作られたかごの中に, 弱く結合した原子が入っていて, がらがらと鳴っている状態を意味している. 本構造の物質では熱伝導率が低く, 熱を輸送するフォノンがこのラットリングする原子により散乱され, 熱伝導のうち格子からの寄与を低下させていると考えられている. G. Mahan, B. Sales and J. Sharp, 吉野淳二訳 パリティ, 12, 12 (1997).
(産業技術総合研究所 松畑洋文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

キャリヤ注入
Carrier Injection
電気伝導や磁性を発現させるために, 電子やホールなどを固体に導入する操作をいう. 一般には, 結晶を構成する原子を価電子状態の異なるほかの原子で置換したり, 結晶間隙にほかの原子をインターカレーションの形で導入することにより達成される.
(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 谷垣勝己)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

同位体効果
Isotope Effect
中性子の数がことなる同種類の元素で置換することで, さまざまな物性に影響を及ぼす効果. 有名な同位体としては, 12Cと13Cならびに28Siと30Siが知られる.
(東北大学大学院理学研究科物理学専攻 谷垣勝己)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

白色ラウエ法
Laue Diffraction Method
試料単結晶を動かさずに, 連続X線を用いて回折点を記録する方法. M. von LaueによるX線回折の発見(1912年)がこの方法により行われたことにちなむ. 従来は主に, 結晶の対称要素を調べたり, 既知結晶の方位を見出すのに用いられる. また高強度放射光を白色X線光源として利用した場合には, 結晶が静止したままの状態で短時間の露光により回折像を測定することができるため, 時間分解X線結晶構造解析のための回折測定法として利用される. 特に放射光源用蓄積リング内を周回する電子バンチが, 数十ピコ秒の時間幅をもつパルスX線を発生することを利用して, 光反応性結晶のピコ秒オーダーの光誘起時間分解ラウエ回折実験が近年行われている. そのような意味で, 古くて新しい方法であるといえる.
(高エネルギー加速器研究機構 足立伸一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

電子密度の特異値分解
Singular Value Decomposition of Electron Density
特異値分解(Singular Value Decomposition:SVD)はm×n行列の逆行列(一般逆行列)を求める方法であり, 多変量解析における主成分分析の方法として用いられている. 一般に, m×n行列Aは, (1) と書くことができる. ただし, Uはm×n直交行列, Wはn×n対角行列, Vはn×n直交行列である. Wの対角要素wj(j=1, 2,...n)を特異値と呼ぶ. 式(1)は, 行列Aが基底ベクトルであるUの列とVTの行に重みwj(j=1, 2,...n)をかけて足し合わせたものとして表現できることを示しており, 特異値wjの多くがほとんど0であれば, 有意に0でない特異値をもつ少数の主成分の和としてAを近似することができる. SVDを時間変化する電子密度分布に対して適用する場合, まず電子密度分布を適当なm個のグリッドに切り分けて, n個の時刻での各グリッドの電子密度分布をm×n行列として表現する. これに対してSVDを行うことにより, U行列から独立な(時間に依存しない)反応中間体の電子密度分布, V行列からそれぞれの反応中間体の時間変化, W行列の対角成分から各中間体の存在比率(特異値)が得られる. 各反応中間体の電子密度分布と時間変化を特異値の大きな順番に並べると, 電子密度の時間変化に対して主に寄与する独立な成分を順番に抽出することができる.
(高エネルギー加速器研究機構 足立伸一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

CH/π相互作用
CH/π Intearction
C-H結合とπ電子系の間に働く弱い引力はCH/π相互作用と呼ばれている. 1-フェネチルt-ブチルスルホキシドなどにおいて, かさ高いアルキル基とベンゼン環が接近する配座が安定であることを説明するために, 1977年に西尾らによって提案された分子間相互作用である. 最近では, 結晶のパッキングや超分子の分子認識においても重要な相互作用の1つであると言われている. 電荷移動がCH/π相互作用の引力に重要であると言われていたが, 最近の高精度のab initio分子軌道法計算からは, 引力の大部分は分散力(ファンデルワールス引力)が原因であり, 通常の水素結合とは異なり, 静電力の引力への寄与は小さいことが明らかになった. CH/π相互作用は通常の水素結合よりもはるかに弱い相互作用である. モデルとして計算されたベンゼンとメタンの相互作用エネルギー(Ee)は 1.5 kcal/molであり, 水の二量体(約 5 kcal/mol)よりもかなり小さい.
(産業技術総合研究所 都築誠二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.02

PROLSQとNUCLSQ(タンパク質と核酸分子の精密化法)
PROLSQ and NUCLSQ
Wayn A. HendricksonとJohn H. Konnertの作製したタンパク質用の束縛条件下の最小自乗法による構造精密化プログラムPROLSQを, MITのGary J. QuigleyらがMITで核酸分子用に改造したものを仲間内でNUCLSQと呼んだ. 後にEric Westhofがフランスで使用した「NUCLSQ」もこれが起源とのこと. 最小自乗法の本体部分はほとんど同じだが, 束縛条件を発生させるサブルーチンPROTINを核酸用のNUCINと置き換えてある. タンパク質と異なり, A型DNA, B型DNAなどの構造多型によって, 基本単位のヌクレオチドの構造, 特に, リボース環のコンホメーションが大きく異なるので, 電子密度をよく見て, 最適な束縛(結合長, 結合角, 二面角など)を発生させないと, いともたやすく発散した. ちなみに, PROLSQを最尤値に最適化したのがREFMAC.
(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 箱嶋敏雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

ビタミン
Vitamin
主栄養素のほかに動物の正常な発育と栄養を保つために必要な微量有機化合物. 生体が合成できない, または不十分なため栄養素として摂取しなければ欠乏症状を起こす. ビタミンの多くは生体内で機能する形態である補酵素または補欠分子属に変換され, 酵素に取り込まれて機能する.
(兵庫県立大学大学院生命理研究科 柴田直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

光学異性体
Optical Isomer
同一の分子式をもつが空間での配向のみが異なる異性体を立体異性体と呼ぶが, そのなかで互いに鏡像関係にある物を鏡像体(Enantiomer)と呼ぶ. 鏡像体のうち, 単結合の回転だけでは立体的に重なり合わないものは偏光計の偏光面を回転させ, その方向が鏡像体同士で互いに反対となる. 偏光面を回転させる物質に対して光学活性であると言い, 鏡像体のうち光学活性のあるものを光学異性体と言う.
(兵庫県立大学大学院生命理研究科 柴田直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

Bloch波
Bloch Wave
結晶中の電子の状態を取り扱うときに用いられ, Bloch関数とも呼ばれている. 結晶の外部から, 高いエネルギーをもって結晶に入射した電子の振る舞いは, 多波動力学回折理論の固有方程式を解いて求めることができて, 解はBloch波の定理を満足している. 多波動力学回折理論の固有方程式を解いてi番目の固有ベクトルの成分を用いて以下のような関数を作る. この関数は, (1) なる性質があって, u(i)(r)は周期関数である. 上式で, gは逆格子ベクトル, rは結晶中のある位置, tn=na+mb+lcは結晶のa, b, c軸の整数倍の並進ベクトル. ここで, i番目の固有な波を, (2) と表すことにする. k(i)は結晶中のi番目の固有な波の波数ベクトルで, 固有方程式のi番目の固有値の関数である. この時, i番目の固有な波φ(i)(r)は (3) を満たす. 式(2)で表される波をBloch波と呼んでいる. 式(1)あるいは式(3)はBlochの定理と呼ばれていて, Bloch波はこの定理を満たしている. 外部から入った高いエネルギーをもつ電子は, 入射面の境界条件を考慮したうえで, 上記のBloch波の足し合わせで表すことができる.
(産業技術総合研究所 松畑洋文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

臨界電圧
Critical Voltage
加速電圧を大幅に変化させることのできる超高圧電子顕微鏡などを用いて系統的反射列の二次反射にBragg条件を合わせ, 加速電圧を変化させていくと, ある特定の加速電圧で, 二次反射の回折強度が著しく低下する現象が観察されることがある. この現象が観察される加速電圧を系統的な反射列の臨界電圧と呼んでいる. この系統的な反射列の臨界電圧のほかに, 非系統的反射の臨界電圧, 晶帯軸臨界電圧などが報告されている. この現象は当初, OO物質のhkl反射の強度の低下する現象(例えば, Ngata and Fukuhara, J.J.A.P. 6, 1233 (1967))や, 二次反射消滅効果(渡辺, 福原, 日本結晶学会誌 10, 255 (1968))などと表現されていたが, この現象が観察される加速電圧をcritical voltageと呼ぶ文献が現れて(Metherell and Fisher, Phys. Stat Sol. 32, 551 (1969)), 70年代前半に次第にこの言葉が利用されるようになった. Critical voltage effect, critical voltage technique, critical voltage methodなどの言葉を用いている文献もある. 臨界電圧の測定は, 低角度側の反射の構造因子の高精度のリファイメントに利用されている.
(産業技術総合研究所 松畑洋文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

最大エントロピー法
Maximum-entropy Method
最大エントロピー法(MEM)は与えられた情報とその誤差から, わかっていない情報を推定する手法であり, 画像処理や信号処理の分野で多くの応用例がある. MEMを結晶構造解析に応用することによって, 中性子回折データから原子核密度分布(正確には散乱振幅密度分布)が, X線回折データから電子密度分布が得られる. 空間群の対称性を満たす限り, 任意の分布が許されるので, 原子や電子の複雑な空間分布を調べて, 化学結合, 原子位置のディスオーダー, 異方性原子変位パラメータ, イオンの拡散経路などを研究するのに適している. また, リートベルト解析において仮定した単純な初期構造モデルではわかっていない原子の位置を探して, 構造モデルを修正することにも利用される. 従来のフーリエ法に比べて打ち切り効果が少ない, 負の電子密度分布が現れないなどの利点がある.(例えば, 高田昌樹ら, 固体物理 37, 83 (2002).)
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 八島正知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

MEMに基づいたパターンフィッティング
MEM-based Pattern Fitting
MEMで得られた電子あるいは核密度分布をフーリエ変換すると‘計算’構造因子が得られる. この‘計算’構造因子の値を固定して粉末回折データの全体のパターンをフィッティングし,‘観測’構造因子を計算する. この‘観測’構造因子を用いてMEM解析を行う. このようにMEM解析と全体のパターンフィッティングを繰り返すことをMEMに基づくパターンフィッティング法という.‘観測’構造因子がリートベルト解析における構造モデルに依存するために生じるバイアスを軽減して, より正確な電子あるいは核密度分布が得ることができる.(泉 富士夫, 日本結晶学会誌 44, 380 (2002).)
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 八島正知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

臨界半径
Critical Radius
結晶成長は結晶の核形成と成長の2つの過程からなり, 溶液相における結晶成長を考える場合, 熱力学的に不安定な過飽和溶液中では, 複数の分子が衝突して結合したクラスターと呼ばれる集合体が存在し, ほかの分子と衝突することで凝縮と離脱を繰り返している. 核形成は不安定な環境相から安定な結晶相への相転移であり, その駆動力は自由エネルギーの変化で表される. 小さなクラスターではその半径が大きくなるにつれて自由エネルギーが増大するが, ある半径を超える大きなクラスターでは自由エネルギーが減少する. 自由エネルギーが小さいほうが安定であるため, 小さなクラスターは分子が離脱し消滅する方向へ進み, 大きなクラスターは成長し続けることになる. 核消滅と核成長の分かれ道となるクラスター半径のことを臨界半径と呼ぶ. つまり, 結晶化は臨界半径を超えるクラスターが生成された時点で起こったとみなす.
(大阪大学大学院工学研究科 安達宏昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.03

Paulingの第3則
Pauling's Third Rule
Pauling1) は安定なイオン性結晶の満たすべき5つの条件を提案し, これらはPauling則として知られている. このうち第3則は,「構造中の配位多面体間での稜共有, 特に面共有は,(陽イオンの接近を招き)その構造の安定性を低下させる. この効果は, 高電荷・低配位数の陽イオンに対して大きく, 特に半径比が多面体の安定性の下限に近づくとき大きい」と述べている. これは, 高原子価の陽イオンが構造中でできる限り離れる傾向にあることを述べており, Madelungエネルギーを定性的に表現したものであると解釈できる. Paulingの第3則に従えば, 配位多面体間で多くの共有稜をもつオリビンのような構造は不安定のように思える. しかし, 実際には, 配位多面体が稜や面を共有している場合, 共有稜は非共有稜よりも短くなる傾向があり, それによって陽イオン間距離が幾分増加する. Kamb2) やBaur3) は, 共有稜の短縮が稜や面の共有によって生じる陽イオンの接近による構造の不安定さを回避するための1つの要因であると考え, 第3則の拡張則を提案した. 特に, Baurによる拡張則は次のように述べている:「共有稜や共有面をもつイオン性結晶は, その幾何学的性質が共有稜を短くすることを許すときに限って安定である. 幾何学的な要請が共有稜を増大させる方向に強制するとき, それは構造を不安定化する特別な特徴となる」. 多くの化合物はこの拡張則を満足しており, 特に, 高圧下で安定な高密度化合物の安定性を理解するための有益な指針となり得る. 1)L. Pauling, J. Amer. Chem. Soc. 51, 1010(1929). 2)B. Kamb, Amer. Mineral. 53, 1439 (1968). 3)W. H. Baur, Amer. Mineral. 57, 709 (1972).
(山口大学工学部機能材料工学科 中塚晃彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

遮蔽効果
Shielding Effect
ある正電荷の周囲に存在する負電荷分布によって, その正電荷の一部が中和されることを遮蔽という. 例えば, 多電子原子において, 内殻電子による核電荷の遮蔽の大きさは, その原子の有効核電荷を決め, イオン化ポテンシャル・電子親和力・原子半径・電気陰性度など多くの原子の性質に関係している. また, 配位多面体間で共有した稜や面をもつイオン性結晶の安定性には, 陰イオンによる陽イオン電荷の遮蔽が重要である. 配位多面体間での稜や面の共有は, 共有した稜や面を挟む陽イオン同士の接近を招く. この陽イオン間の静電的斥力による構造の不安定化を回避するために, 共有稜を短くすることによって陽イオン間距離をいくぶん増加させる. 同時に, そのような共有稜の短縮によって, 共有稜をなす陰イオンが陽イオン間に入り込むことになるので, その負電荷による陽イオン間斥力の遮蔽が高まり, 構造の安定性が増大する.
(山口大学工学部機能材料工学科 中塚晃彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

運動学的回折理論
Kinematical Theory of Diffraction
結晶によるX線, 電子線, 中性子線などの回折を, 入射波が結晶内で1回だけ散乱するだけで, その散乱によって入射波の強度が減少しないと仮定し, それらの散乱波の合成で回折波が与えられるとする理論をいう. X線では数μm程度の大きさの微小結晶や大きな結晶でも結晶性が乱れて波の可干渉領域が狭い結晶に適用できる. 物質との相互作用が大きい電子線では数nm程度の厚さの結晶でもこの理論が適用できず, 動力学的回折理論を適用する必要がある. 積分反射強度は, 構造因子の大きさの2乗に比例する. 結晶性が良い場合は, 測定される積分反射強度は理論値よりも小さくなる消衰効果が現れ, 正しい強度を求めるには消衰効果に対する補正が必要になる.
(北海道大学大学院工学研究科 高間俊彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

動力学的回折理論
Dynamical Theory of Diffraction
結晶中を進行するX線, 電子線, 中性子線などが多数回散乱するとして, 回折現象を扱う理論で完全結晶に適用される. 結晶中を進行して逆格子gで回折して生じた波(g波)は, 裏の反射面でもブラッグ条件を満足して反射し, 入射波の方向に進む波(o波)が生ずる. この過程が結晶中で繰り返されることを考慮した回折理論とも言える. 1つの逆格子点がブラッグ反射の条件を満たすとき, o波とg波はそれぞれ波数ベクトルの結晶表面に垂直な成分がわずかに異なる(入射線の波数ベクトルの10-5倍程度)2つの波から成っている. 波の進行に伴ってo波同士, g波同士の干渉でペンデル干渉縞が生じ, o波とg波の干渉で定在波が生じる. 積分反射強度は構造因子の大きさに比例すること, 回折を起こす入射線の角度幅は非常に狭く数秒程度以下であること, 異常吸収や異常透過などの現象が定量的に計算できる. 動力学理論は乱れた結晶にも拡張され, 結晶評価に使われている.
(北海道大学大学院工学研究科 高間俊彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

ラウエの場合とブラッグの場合
Laue Case and Bragg Case
結晶に入射した波が結晶内を入射方向に進む波を透過波(o波), ブラッグ反射した波を回折波(g波)とする. o波とg波が結晶を貫いて進む場合をラウエの場合, g波が入射界面から外に出る場合をブラッグの場合という. 特に, 反射面が結晶表面と垂直な場合を対称ラウエの場合, 平行な場合を対称ブラッグの場合という. また, 結晶中を通過した波が出射面に達した場合でも表面にならい, o波とg波がともに出射面から真空中に出る場合を出射面についてのラウエの場合, どちらかの波が結晶外に出ない場合をブラッグの場合という. ラウエとブラッグの場合は, 結晶外の波と結晶中の波に対する結晶界面での境界条件が異なり, 両者の回折現象の違いを導く.
(北海道大学大学院工学研究科 高間俊彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

エッチング
Etching
一般にエッチングとは, 物理的および化学的な作用を介して, 材料の表面を改質・除去する広義の加工技術のことを指す. 現在実用化されているエッチングの方式は多岐にわたるが, 液体中の化学反応による腐食を利用したウェットエッチングと, 電子やイオンといったビームの照射によるドライエッチングとに大別されることが多い. 光を利用するものとしては, 光化学反応(露光)によるフォトエッチングに加えて, 高密度のレーザー光照射によるレーザーアブレーションもエッチングに該当する. エッチングでは, 機械的手法の場合には達成が困難な薄板の加工や微細加工, 高硬度の材料の加工も可能であり, 力学的な加工応力の発生が抑えられるため, 軟らかい材料の加工にも適している. 産業界における代表的な応用例として半導体プロセスにおけるパターン製造が挙げられるが, その他にも, 装飾用途をはじめとして幅広い分野でエッチング技術が利用されている.
((株)ニコン, 大阪大学大学院工学研究科 北野博史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

一致溶融
Congruent Melting
多成分系において, 加熱によりもとの化合物とまったく同一の組成の液相が生ずる現象のことで, 調和溶融(融解)ともいわれる. その際の化学組成を(狭義の)コングルエント組成という. これに対し, 融解して異なる組成の液相を生じる場合は分解溶融である. 定比組成化合物AxBy(x, y整数)が一致溶融する場合, 融点Tmで単一に融解し液相を生ずる. これを冷却するとTmで化合物AxByが晶出するので, 融液成長法による結晶育成が可能である. 一般には, 化合物は多少なりとも固溶域すなわち組成比の幅をもっているため, 最も高い融点をもつコングルエント組成と, その化合物の定比組成とは必ずしも一致しない.
(日本原子力研究所 内海 渉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

キュービックアンビル型マルチアンビルプレス
Cubic Anvil Type Multi-Anvil High Pressure Press
固体圧縮による静的超高圧(おおむね1 GPa以上)の発生には, 試料を充填した圧力媒体を高硬度材料で挟み, 油圧プレスを用いて機械的に圧縮する装置が用いられる. ピストン・シリンダーはその基本的な形状であるが, より高い圧力を発生するためには, ピストンの先端部を細くそれを支える底部を広くして, 円錐台(あるいは角錐台)形状とし, 先端に発生した圧力を広い面積に分散させて, その破壊や変形を防ぐ方法がとられる. これをアンビルと称する. 大型高圧装置に用いるアンビル材料としては, 超硬合金と呼ばれる炭化タングステンがよく用いられる. 1対2個のアンビルを用いて試料を加圧するのが対向アンビル装置であるが, 圧力領域や試料体積の拡大のために, マルチアンビルと呼ばれる4個以上のアンビルを同期させて加圧する装置が開発されている. 6個のアンビルを用いて, 立方体形状の圧力媒体を加圧する装置がキュービックアンビルプレスであり, 高圧を用いた物質合成, 物性測定, 地球科学研究などに広く用いられている.
(日本原子力研究所 内海 渉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.04

カウンターディフュージョン法
Counter-Diffusion Techniques
溶液中の拡散現象を利用したタンパク質結晶化の一技術. 内径の小さなキャピラリー内では溶液の対流が抑制されるため, キャピラリーの一端より拡散させた成分は安定な濃度勾配を形成する. タンパク質と結晶化試薬の両成分をキャピラリー内で相互に逆方向から拡散させた場合, その濃度勾配は, 両成分の拡散に従って経時的に変化するため, 1本のキャピラリーで広い範囲の結晶化条件の検索が可能になり, 結晶生成の確率が高くなる. この現象を利用して最初にタンパク質結晶化実験を行ったのは, Zeppezauer & Zeppezauer(1968), Salemne(1972)らである. その後, キャピラリー内タンパク質溶液と外液である結晶化溶液の間にゲル層を設けることにより, 両成分の拡散速度を制御する方法がGarcia-Ruizら(1993)により考案された. この方法を用いると, 両溶液が接する界面を簡単に作ることができるため, カウンターディフュージョン法を容易に実現できる. 両成分の拡散場は, 密度差対流が抑制され対流のない微小重力環境下においては, より理想的に形成される. 模擬微小重力環境を生成する方法として, キャピラリー内の溶液をゲル化し対流をさらに抑制する方法が考案されているが, ゲル内で結晶生成するためゲル繊維を取り込んだ形で結晶が成長するなどの問題がある(Gavira;2002).
((財)宇宙環境利用推進センター 高橋幸子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

ステップバンチング
Step Bunching
結晶成長中に起きる, 結晶の品質低下の元となる現象の1つ. 一般に, 成長中の結晶表面では, 低過飽和溶液中ではらせん転移を中心として渦巻き状に成長層が形成され, また, 中過飽和溶液中では結晶表面に生成した2次元核が水平方向に成長することで島状の成長層が形成される(McPherson;1999). それぞれの成長層の端面(ステップ)には新たなタンパク質分子が取り込まれ, ステップが前進する形で積層し結晶は成長する. ここで, 対流などにより結晶化溶液内のタンパク質濃度に乱れが生じると, 結晶表面でのタンパク質分子の取り込み速度が場所によって不均一になり, ステップごとの成長速度にむらが生じる. 特に, ステップの上層から下層に向けて対流がある場合, 上流の高濃度タンパク質溶液と接する上層のステップは速く前進し, 下流の低濃度タンパク質溶液と接する下層のステップは遅く前進する. そのため, 上層のステップが先行する遅い下層のステップに追いついて, ステップはバンチング(束化)する. 無機物や低分子化合物の結晶では, ステップがバンチングした部位で格子欠陥が多く発生することがよく知られており, タンパク質結晶においても同様であると予想される. また, 上層のステップがさらに成長を続けることにより下層のステップを追い越してしまうと, 結晶内に結晶化溶液を取り込んだ空洞(インクルージョン)が形成される. ステップバンチングに伴う格子欠陥の発生やインクルージョンの形成がどの程度タンパク質結晶の品質(回折特性)を低下させるかについては, 今後の研究の進展が待たれる.
((財)宇宙環境利用推進センター 高橋幸子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

X線高分解能分光器
X-ray High-Resolution Monochromator
光学素子としてシリコンなどの完全結晶が用いられる. 結晶配置としては複数回の高次反射の組み合わせ, または単一の背面反射により構成される. 前者の場合, 非対称反射を用いることで分解能はさらに向上する. 10~30 keV の光子エネルギーに対し, 107から108を超えるような分解能が実現されている. X線非弾性散乱, 核共鳴散乱, X線干渉実験などに応用されている.
((財)高輝度光科学研究センター 矢橋牧名)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

コヒーレンス
Coherence
2つの波が互いに干渉できる性質(可干渉性)を意味する. 通常コヒーレントな領域は有限であり, 部分コヒーレンスと呼ばれる. この領域の光の進行方向に沿った長さは時間コヒーレンス長, 直交方向の長さは空間コヒーレンス長と呼ばれる. 前者は光の単色度および波長と関係しており, 分光器によってバンド幅を制限することで増大する. 後者は光源の視直径および波長と関係があり, 小さい光源からの光を遠方にとばすことで増大する.
((財)高輝度光科学研究センター 矢橋牧名)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

強度干渉法
Intensity Interferometry
通常の振幅干渉法では, 2点の波動場を光学的に重ね合わせ, このとき生じる干渉縞を記録する. これに対し, 強度干渉法では, 2つの検出器の光電出力を電気的に重ね合わせ, このときの相関信号を計測の対象とする. 1950年代にハンブリーブラウンとツイスによって発明された. 彼らは, 水銀ランプを光源に用いた原理実験を行い, 後に恒星の視直径計測に応用した. 主な長所は, 光路差の長時間安定性が不要であることと, 簡便な光学系が利用できることである.
((財)高輝度光科学研究センター 矢橋牧名)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

時間・空間モード数
Temporal and Spatial Mode Numbers
あるビーム領域のなかに, コヒーレントな領域がいくつあるかを示す指標. 時間モード数はパルスの継続時間と時間コヒーレンス長との比に, 空間モード数はビームの空間サイズと空間コヒーレンス長の比にそれぞれ対応する. 時間モード数, 空間モード数が1の場合, それぞれフーリエ限界光, 回折限界光と呼ばれる. 全モード数は時間・空間モード数の積で表される.
((財)高輝度光科学研究センター 矢橋牧名)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

フラストレーション系
Frustrated Systems
一般に多体粒子系において, 2種類以上の相反する相互作用が競合する場合や, 相互作用が1種類でも格子の幾何学的配列により部分的な相殺が生じる場合において, 全体として相互作用が有効に働かない現象をフラストレーションと呼ぶ. また, フラストレーションを有する格子や物質をフラストレーション系と呼ぶ. 前者には, ある種の希薄磁性合金において強磁性と反強磁性相互作用が拮抗する場合が知られている. 後者におけるフラストレーションは特に幾何学的フラストレーションと呼ばれ, 一般に三角形を基本とする格子において, 各格子点上に存在する原子がエネルギーの等しい2つの縮退した状態をもち, 隣り合う原子間の相互作用が反強磁性的であるときに生じる. 例えば, 各原子が上または下向きのスピンによる磁気モーメントを有し, 最近接原子間にのみ反強磁性相互作用があるとき, すべての相互作用を満足するスピン配列はなく, エネルギーの等しい無数の状態が縮退する. また, 電荷や軌道の自由度に縮退がある場合にも同様の効果が期待される. フラストレーション系においては相互作用が有効に働かないため, ある自由度に基づく秩序化が妨げられ, 低温でも有限のエントロピーが残り, 新しい量子状態が実現されると期待されている.
(東京大学物性研究所 広井善二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

冷中性子
Cold Neutrons
中性子はそのエネルギーによって種々の名前で呼ばれるが, このうち1 μeVから5 meV程度のエネルギーをもつ中性子を冷中性子と呼ぶ. 冷中性子は, 原子炉や加速器で得られる高エネルギー中性子を20 K程度に冷却した減速材(液体水素など)中を通過させることで得られる.
(東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

中性子分光器
Neutron Spectrometer
中性子の散乱過程には散乱体とエネルギーのやり取りを行わない弾性散乱とやり取りを伴う非弾性散乱がある. このうち中性子非弾性散乱を測定する装置を分光学との対応から中性子分光器と呼ぶ.
(東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

背面反射分光器
Back-Scattering Spectrometer
中性子非弾性散乱分光器の中でも非常に高いエネルギー分解能が得られる分光器. モノクロメータ, アナライザーに完全結晶の180°反射(Si 111など)を使用することで, 1 μeV以下のエネルギー分解能が得られる. ブラッグの式λ=2d sin(θ)を微分するとdλ/dθ=2d cos(θ)となるが, この式より2θ=180°付近では, dθ(すなわちビームの発散)がdλ(ビームの波長分布=エネルギー分布)に寄与しないことがわかる. すなわち比較的コリメーションの甘いビームを入射しても非常に単色性の良い反射ビームが得られることになる. この単色性の良さが高エネルギー分解能分光を可能にしている.
(東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.05

中性子スピンエコー法
Neutron Spin Echo Method
F. Mezeiにより提唱された中性子非弾性散乱法の1つであり, 中性子非弾性散乱法の中では遷移エネルギーに関して最高の分解能をもつ手法である. 中性子スピンは磁場B中でラーマー歳差運動により回転の位相差φを生じるが, この位相差φは磁場Bを中性子の飛行経路に沿って積分した磁場積分Dに比例してφ=γD/vとなる. ただし, γは中性子磁気回転比, vは中性子速度である. この位相差φは磁場積分Dを大きくすると中性子速度vに対して非常に高感度になるが, 中性子スピンエコー法では, 中性子を第1歳差磁場コイル, πコイル, 試料, 第2歳差磁場コイルの順に通過させ, 全体の位相差φ=-γD1/v1+γD2/v2が0になるように磁場積分D1またはD2を調整することで, 試料によるエネルギー遷移を高分解能で求めることができる. 国内では日本原子力研究所の研究用原子炉JRR-3に中性子スピンエコー装置が設置されており, 約1~100 nmのサイズをもつ原子・分子集団のスローダイナミックス(エネルギー遷移:約10~104 neV)の研究に利用されている.
(日本原子力研究所先端基礎研究センター 鈴木淳市)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

中性子反射率法
Neutron Reflectometry
一般に鏡面あるいはそれに近い表面をもつ物質の中性子反射率を測定することで, 物質の厚み方向の構造情報を非破壊的に調べる手段であるが, 入射角と反射角が等しくない条件での反射, すなわち, 非鏡面反射率を測定することで, 面内方向の構造情報を調べることもできる. 中性子を利用する利点は, 物質に対する透過力が大きいので物質中に深く埋もれた界面に容易に達すること, 波長に比べて小さな原子核と主に相互作用するために原子形状因子を考慮する必要がないこと, 軽元素・同位体に対する感度が高いこと, 物質中の磁気モーメントとも相互作用することなどである. さらに, 偏極中性子を利用することで, 磁気感度の高い測定が, また, 飛行時間法を利用することで, 気体・液体界面の高効率測定が可能になる. 中性子反射率法は, このような特徴により, 金属, 磁性体, 高分子, 生体物質などの種々の表面・界面構造の解析に幅広く利用されている.
(日本原子力研究所先端基礎研究センター 鈴木淳市)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

パラ結晶
Paracrystal
不完全結晶を表現するために導入されたモデルの1つである. パラ結晶では, 隣接原子どうしが原子間の平均距離(定義値)のまわりに確率的に分布することで数学的に理想化されている. このようなパラ結晶による回折現象の特徴は, 逆格子の原点から遠ざかるほど回折点の幅が広がり, また, その強度が弱まるというものであるが, これは繊維状結晶や層状結晶の回折現象に見られる特徴をよく表している. また, 原子間距離の平均距離に対する分布の幅が大きく, 隣接原子の配置が自由な場合, パラ結晶は非晶質物質の構造を与えるようになる. パラ結晶は多くの不完全結晶の回折現象に類似の回折現象を与えるが, 出発点の仮定が一般の場合には正しくないため, このモデルを二次元または三次元結晶に厳密に適用することは難しい. この困難さを緩和するためには, 部分的に秩序化した結晶を不整に積層する結晶モデルなどが導入される.
(日本原子力研究所先端基礎研究センター 鈴木淳市)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

共鳴吸収
Resonance Absorption
核スピンIをもつ多数の原子核(スピン系)が静磁場H0内に置かれたとき, 核四重極相互作用を考えなければ, そのエネルギーはゼーマン相互作用により(2I+1)個の等間隔のエネルギー準位に分裂する. 熱平衡状態にあるスピン系に隣接準位間のエネルギー差ΔE(=γN●H0)に相当する角振動数ω(=γNH0)の振動磁場をコイルにより照射する(共鳴条件を満たす)と, 準位間での励起(共鳴吸収)を引き起こすことができる. 励起されたスピン系はそれ以外の自由度(格子系)にエネルギーを放出して熱平衡状態へ戻る. これが核磁気共鳴現象である. このときの特性時間はスピン-格子緩和時間T1と呼ばれ, 核スピンを取り巻く環境の動的・微視な情報を与える.
(徳島大学工学部共通講座物理 中村浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

核四重極緩和
Nuclear Quadrupole Relaxation
核スピンIが1/2より大きい原子核は核四重極モーメントQをもつ. これは, 周囲の格子点の電荷(イオン)がつくる電場の空間的な変化率である電場勾配と相互作用する(核四重極相互作用). 核四重極相互作用がスピン-格子緩和に寄与する(核四重極緩和)場合, 磁気量子数mの変化が|Δm|=1および2となる準位間の遷移を引き起こす. 核四重極モーメントをもつ核では核四重極緩和が支配的となる場合が多く, アルカリハライドのようなイオン結晶では格子振動が, イオン導電体のような場合にはイオン(欠陥)のホッピング運動がスピン-格子緩和時間の主な部分となる.
(徳島大学工学部共通講座物理 中村浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

フーリエ変換NMRスペクトル
Fourier Transformed NMR Spectrum
時間領域での指数関数と周波数領域でのローレンツ型関数はフーリエ変換で結ばれているが, 通常のNMRにおける周波数掃引で単一のローレンツ型の共鳴線(吸収)を示す核では, 90°励起パルスによって励起された核磁化M(t)により生じる誘導電流は単一指数関数型の減衰(自由誘導減衰:Free Induction Decay)を示す. このように, NMRで観測される共鳴線の形状関数f(ω)はFIDの減衰m(t)のフーリエ変換により与えられる. こうしたNMRスペクトルは物質内部の局所磁場の分布を示しており, 結晶の微細構造, 核スピン間の結合などの情報が得られる.
(徳島大学工学部共通講座物理 中村浩一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

Structure-Based Drug Design
SBDD
SBDDとは, 生理活性を有する化合物とその標的蛋白質の結合様式を原子レベルで観察しながら化合物の改変を繰り返し, より生理活性の高い化合物を見出す手法である. 化合物を「鍵」, 標的蛋白質の活性部位を「鍵穴」として考えればわかりやすい. すなわち,「鍵穴」にどのように「鍵」が入っているかを目でみながら, より「鍵穴」に相補性の高い「鍵」をデザインしていく. ここで相補性が高いというのは, 形状もそうではあるが, 蛋白質表面(「鍵穴」)の性質に関する因子も含んでいる. 例えば, 疎水性部位には疎水性基を, 水素結合ドナー部位には水素結合アクセプター能をもつ部分構造を, 負電荷部位には正電荷構造をというように,「鍵穴」のそれぞれ相補的な位置に対して相補的な部分構造がくるように「鍵」をデザインする. 創出された化合物(「鍵」)と標的蛋白質(「鍵穴」)の相補性が高ければ, 結果として化合物の生理活性は高くなる.
(藤沢薬品工業(株) 探索研究所 木下誉富)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

アポトーシス誘発因子
Apoptosis Inducer
アポトーシスは, 簡単にいうと遺伝子に支配された細胞死のことである. それと対照的に遺伝子に支配されない細胞死のことをネクローシスという. アポトーシスを引き起こす要因としては, ホルモンやサイトカインの情報や成長因子の除去など生物学的な要因のほかに, 放射線や熱といった物理的要因および薬物などの化学的要因がある. アポトーシスはこのようなさまざまな情報を細胞が自ら総合的に判断して, 細胞内に内蔵されている自殺装置を発動させることによって起こる. 実行機構では主にカスパーゼによる蛋白質の限定分解カスケードとDNAの断片化を中心とする経路が見られる. 細胞表面においては, FasリガンドやTNFは, それぞれに特異的なレセプターを介してアポトーシスの情報を細胞内に伝えることが知られている. 一方, 内的な誘導要因としては, ポリ(ADPリボース)代謝などの代謝系の変動がある. このようにアポトーシスの要因は多岐にわたり, しかもその情報伝達系のカスケードも多様で, 複雑に制御されている.
(藤沢薬品工業(株) 探索研究所 木下誉富)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

蛋白質中の金属結合部位同定用異常散乱データの測定
Anomalous Data Collection to Identify Metal Binding Sites in Proteins
生体内には, 機能発現のためMg, Ca, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Se, Moなどの金属を1種あるいは複数種必要とする蛋白質が存在する. 放射光を用いるとMn~Mo原子のK吸収端(1.9~0.6 Å)での回折データ収集が可能なため, それらを含む蛋白質のMAD(or SAD)法による構造解析が可能である. 金属結合部位の同定や金属種の区別には, 吸収端より短波長のX線を用いた回折データ(f"が有意な値をもつ)がある場合, そのデータ内の(|F(+)|-|F(-)|)を用いる異常散乱(Bijvoet)差フーリエ図が有効である. また, 吸収端(edge, f'値が極小)におけるデータと吸収端に比べ有意にf'値が大きい波長(remote)でのデータがある場合, それらデータ間の(|F(remote)|-|F(edge)|)を用いる波長間(dispersive)差フーリエ図が有効である.
(昭和大学薬学部 田中信忠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.046 No.06

Zコントラスト像
Z-contrast Image
Zコントラスト像とは, 原子番号(Z)を反映したコントラストが現れている像である. 走査透過型電子顕微鏡(STEM)によるZコントラスト法としては, Creweらによって開発された弾性散乱STEM像と非弾性散乱STEM像の比からZコントラストを得る方法と, Pennycookらによって開発された高角散乱電子を用いてZ2コントラストを得る方法, すなわち高角環状暗視野(HAADF)法が挙げられる. HAADF-STEM法のZ2コントラストは, 熱散漫散乱の散乱因子に含まれる原子散乱因子の2乗の項に起因する. HAADF-STEMで用いる散乱角の大きい電子は散乱中心にある原子との衝突径数が小さいため, 近似的に(電子雲の影響を無視した)原子核のみによる散乱とみなせる. これはすなわちZ2に比例するRutherford散乱である. ただし, Rutherford散乱とみなせるような高角散乱電子は強度が弱いため, 実際にはある程度低角散乱電子も含めて信号強度を上げる. このため, Zのべきは2よりも小さくなる.
(名古屋大学エコトピア科学研究機構 齋藤 晃)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

環状暗視野走査型透過電子顕微鏡法
Annular-Dark-Field Scanning Transmission Electron Microscopy
略してADF-STEM法と呼ばれる. 細い電子ビームを走査中に試料を透過して出てくる電子のうち, 透過波を除いてある角度以上に散乱された電子のみを環状検出器により捉えて走査象を構築する顕微鏡法である. 光学系の調整により検出器を低角散乱側に設定したときは弾性散乱電子が, 高角散乱側に設定したときは熱散漫散乱電子がそれぞれの像強度を支配する. 後者において, 熱散漫散乱強度は原子番号Zのほぼ2乗に比例するため, その走査像は原子種の違いを顕著に強調するコントラストを呈する. それゆえ高角散乱設定時は特にHigh-Angle ADF(HAADF)法またはZコントラスト法と呼ばれ, 例えば微量ドープした重元素分布の高感度・高空間分解能観察などに有効に用いられている. ADF-STEM法では電子プローブを走査中, 結像と同時に環状検出器中心の孔を抜けて出てくる電子のエネルギー損失分光(EELS)を行うことが可能であり, 走査像中の局所構造に直接対応する電子構造・化学状態の測定も行える.
(物質・材料研究機構 阿部英司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

球面収差補正
Spherical Aberration Correction
数百kVで加速された電子の波長は~0.02 Å程度にまで達しているにもかかわらず, 透過電子顕微鏡の分解能が2 Å前後に留まっていた主要因はレンズの球面収差である. 電子光学系で用いる一般的な電磁レンズでは, ソレノイド磁石に巻かれたコイルへの電流値を調整し, 磁場制御することで焦点距離(倍率)を変化させる. この磁界軸回転対称であるレンズの球面収差係数(Cs)は常に正で与えられるため, 単純な凹凸レンズの組み合わせによるCs補正が不可能であった. 回転対称をもたない, 複数の磁極から構成される多極子レンズ(4, 6, 8極などがある)を用いれば負のCsを作り出せることに着目して, 対物レンズの正のCsを打ち消すために開発された多極子レンズ群装置をCs補正装置と呼ぶ. 基本的なアイデアはScherzer[Optik, 2 114 (1947)]によりすでに50年以上も前に提案されていたが, 近年の計算機の著しい高速化により多数のレンズパラメータの同時最適化が可能となったことでようやく実現に至った. 多波干渉高分解能電子顕微鏡法では, 電子銃から見て対物レンズの向こう側(結像系)にCs補正機を組み込み, その位相伝達特性の改善を図る. 走査型透過電子顕微鏡法(STEM)では, より電子ビームを細く絞り込むことが目的となり, 対物レンズと電子銃の間(照射系)にCs補正機が導入される. いずれにおいても実際に顕著な分解能改善が確認されており, Cs補正は近年の高分解能化の主流となっている.
(物質・材料研究機構 阿部英司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

クライオ電子顕微鏡
Cryo-electron Microscope
低温電子顕微鏡ともいう. 生体高分子などの, 軽原子で構成され導電性が低い試料における電子線照射による損傷を抑えるため, 観察中の試料を低温に維持するクライオ(低温)ステージをもつ電子顕微鏡. 寒剤としては液体窒素や液体ヘリウムが通常用いられる. 液体ヘリウムを用いると液体窒素温度と比較して約2倍電子線を照射できるようになる. また, 電子顕微鏡内に試料を入れる方向によってサイドエントリー型とトップエントリー型にも分けられる. サンドエントリー型のものが広く普及しているが, トップエントリー型のほうが低温時の試料位置の安定性が良いので, 高分解能解析にはトップエントリー型が用いられる場合も多い.
(産業技術総合研究所 光岡 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

フリーデル,マージ,フリーR因子
Friedel,Merging and Free R Factors
R因子とはReliability factorの略で, 結晶構造解析で得られたデータや構造モデルが真の構造因子にどれだけ近いかという信頼度の目安とする量. 電子回折図形で, フリーデル対の回折強度の一致度を示すのがフリーデルR因子で, 各回折図形の信頼性の目安になる. マージR因子が各回折図形間での回折強度の一致度で, 回折強度計測の精度や結晶間の一致度を示す目安となる. フリーR因子は, 構造モデルからの計算値と, 構造因子の測定値でモデルの最適化に利用しなかった10%程度のデータとの一致度である. これは, モデル最適化のしすぎを評価するために導入され, 通常のR因子とフリーR因子の差が小さいほうがよい.
(産業技術総合研究所 光岡 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

RMSD
Root-Mean-Square Deviation
構造モデルの一致度を評価する指数で, 2つの原子モデルで, 対応する原子間の距離を自乗し, すべての原子について積算した値の平方根. 単にRMSと記述されることも多い. タンパク質分子については, すべての原子について計算すると同時に, 側鎖の原子について, 主鎖の原子についても同様の値を計算し記述する場合が多い.
(産業技術総合研究所 光岡 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

透過電子顕微鏡法における電子エネルギー損失分光法
TEM-EELS
透過電子顕微鏡を用いて行う電子エネルギー損失分光法のことを, 便宜上このように略称することがある. 広義のTEM-EELSにはさまざまな手法があり, 電子線を試料の比較的広い領域に照射する透過電子顕微鏡を用いたものや, 試料の微小領域に電子線を収束・走査する走査透過電子顕微鏡を用いたものも含まれる. また計測するものは電子エネルギー損失スペクトルのみならず, 特定のエネルギー損失量の電子を選択して観察するエネルギーフィルター電子顕微鏡法も含まれる.
(物質・材料研究機構 木本浩司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

走査透過電子顕微鏡法における電子エネルギー損失分光法
STEM-EELS
走査透過電子顕微鏡を用いて行う電子エネルギー損失分光法のことを, 便宜上このように略称することがある. 電子線を試料面上の微小領域に収束し, その1点でスペクトルを取得する. 最近では電子線の走査とスペクトルの取得を同期させ, 試料上で二次元(あるいは一次元)的に走査してスペクトルを取得することが行われており, spectrum imagingと呼ばれる場合がある.
(物質・材料研究機構 木本浩司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

エネルギーフィルター電子顕微鏡法
EFTEM
特定のエネルギー損失量の電子を選択して観察する機能を有した透過電子顕微鏡法を, エネルギーフィルター電子顕微鏡法(Energy-Filtering Transmission Electron Microscopy)と呼ぶ. 電子分光結像法(Electron Spectroscopic Imaging:ESI)と呼ばれることもある. 透過電子顕微鏡にエネルギーフィルターを組み合わせたもので, 特定のエネルギーの電子で, 電子顕微鏡像や電子回折図形が観察できる. また, 電子分光装置として用い, エネルギー損失スペクトルを取得することもできる.
(物質・材料研究機構 木本浩司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

第一原理バンド計算
First Principles(ab-initio)Band Structure Calculation
実験的, 経験的なパラメータを用いずに物質の電子状態を計算する方法. 計算に用いた構造単位(スーパーセル)から与えられる第一ブリルアルゾーン内の, 対称性の良いいくつかの点(k点)に関して一電子方程式を解いている. 完全結晶であれば, unit cellやprimitive cellなどの結晶基本格子を取り扱うだけで電子状態を計算が可能であるが, 特定の周期性をもたないアモルファスや, 界面, 表面, 欠陥の計算には, 十分に大きなスーパーセルを用いる必要がある.
(東京大学大学院工学系研究科総合研究機構 溝口照康)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

平面波基底擬ポテンシャル法
Plane Wave Pseudo-potential Method
原子の内殻電子の寄与をポテンシャルの中に組み込み, 価電子部分だけを実際に取り扱う電子状態の計算方法. 一般的に内殻電子は化学結合にほとんど関与しないので, この手法で価電子構造は精度良く計算できる. また, 内殻軌道を計算する必要がないのでほかの全電子計算法と比較して高速である. 波動関数をすべて平面波で表現しているので, 原子に働く力を正確に計算でき, 構造最適化などを高精度に行うことができる. 以下の書籍やホームページに, 第一原理バンド計算および擬ポテンシャル法について詳しい解説があるので参考にしていただきたい. 「固体電子構造-物質設計の基礎-」, 藤原毅夫著, 1999年, 朝倉書店. 産業技術総合研究所(関西センター)ユビキタスエネルギー研究部門 ナノ材料科学研究グループホームページhttp://unit.aist.go.jp/ubiqen/matsci/index.html
(東京大学大学院工学系研究科 溝口照康)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

電子線バイプリズム
Electron Biprism
電子線ホログラムは, 試料を透過した(位相変化を受けた)物体波と, 真空中を伝播した(位相変化のない)参照波の干渉によって得られる. これらの電子波の干渉を起こすために広く利用されている装置が, M嗟lenstedtによって開発された電子線バイプリズムである. 装置の構成としては, プラスに帯電させる直径102 nmオーダーの極細線と, その両脇に添えたアース電極からなる. 電子線の光路にバイプリズムを挿入すると, 帯電させた極細線の電場によって, 参照波と物体波がそれぞれ正負の方向へ偏向され, バイプリズムの下方に両者の干渉縞, すなわちホログラムを形成できる.
(東北大学多元物質科学研究所 村上恭和)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

内部ポテンシャル
Inner Potential
試料に入射した電子は, 真空を伝播する電子に比べて静電ポテンシャルの異なる媒体(いわば屈折率の異なる領域)を進むため波数の変調, 結果的には位相の変化を受ける. この入射電子の位相変化をもたらす静電ポテンシャルのことを内部ポテンシャルと呼んでいる. 内部ポテンシャルは原子番号や物質の密度に依存し, 一般に重原子からなる物質ほど, また充填率の高い物質ほど大きくなる. その大きさは数Vから30 V程度の値となる. 電子線ホログラフィーによる薄膜や微粒子の厚さ評価, あるいは半導体, 強誘電体などの電位分布の観察は, 内部ポテンシャルによる電子の位相変化の解析に基づく.
(東北大学多元物質科学研究所 村上恭和)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

集束イオンビーム
Focused Ion Beam
本来は, 文字どおり集束させたイオンビームを意味するが, 最近は細く絞ったガリウム(Ga)イオンビームを用いて透過電子顕微鏡用試料を作製する技術を指すことが多い. 透過電子顕微鏡試料作製用集束イオンビーム装置は走査電子顕微鏡に酷似した装置であるが, 電子銃ではなくガリウムイオン銃が装着されている. 30~40キロボルトで加速された細いガリウムイオンビームによって, 透過電子顕微鏡観察に適した厚さ0.1ミクロン以下の試料を手際よく作製することができる. 集束イオンビーム装置を用いると, 従来は作製が困難であった金属/セラミックス異相界面を含む透過電子顕微鏡観察試料を作製でき, 複合材料の電子顕微鏡解析に対し新しい可能性が開かれた. また, 半導体産業においても, 狙った場所を迅速に薄片化して透過電子顕微鏡で観察できるため, 不良解析にはなくてはならないものとなっている.
((財)ファインセラミックスセンター 平山 司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.01

回折限界
Diffraction Limit
光を有限幅のスリットで切り出すと, その幅を保ったまま進行するのではなく, スリットからの距離に応じて広がっていく. この現象は回折と呼ばれ, 光の電磁波としての波動性を端的に表す現象である. スリットの幅をΔx, 広がりの角度をΔx'とすると, これらはΔxΔx'~λなる式で関係づけられる. これを光の回折限界と呼ぶ. 光がガウス関数的なプロファイルを有しているときには, 標準偏差で表したビームサイズならびに角度発散をそれぞれσx, σx'とおくと, σxσx'=λ/4πが成り立つ. すなわち, 回折効果は波長が短いほど小さい. これらの関係式はスリット形状, あるいはビームプロファイルの空間的フーリエ変換を考察することにより簡単に導出できる. なお, λ/4πを光の自然エミッタンスと呼ぶことがある.
(理化学研究所・播磨研究所 田中隆次)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

二体分布関数
Pair Distribution Function:PDF
液体や非晶質固体など原子配置が乱れていて巨視的には等方的に扱える場合には, その平均構造(原子配置)を原子位置riの分布関数として記述するのが便利である. その分布関数として最も単純で広く用いられているのが二体分布関数(pair distribution function)で一般にg(r)で表記される. この関数は, ある1つの原子が原点にあるときに, そこから距離rだけ離れた位置にほかの原子を見出す確率に比例し, 平均原子数密度(ρ0=N/V, N:原子数, V:体積)で規格化しているので大きなrではg(r)=1となる. 例えばg(r)= 0であれば, 注目する原子から距離rの位置にほかの原子は存在せず, 1であれば平均数密度と同じであることを意味する. もし2であれば数密度の2倍になっており, その距離には多くの原子が存在すること(ある種の構造・規則性の存在)を意味する. 単原子系を例にとると, その定義は, 系におけるすべての原子対の和であり, となる. このg(r)は, X線や中性子回折実験から得られる構造因子(structure factor)S(Q)と次の関係がある. この関係から回折実験によって二体分布関数を得ることができる.(例えば, Y. Waseda: The Structure of Non-Crystalline Materials, McGraw-Hill, New York (1980).)
(日本原子力研究所 鈴谷賢太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

結晶PDF(pair distribution function)解析
PDF Analysis Applied to Crystalline Materials
粉末結晶回折パターンを構造因子S(Q)に規格化し, そのフーリエ変換による二体分布関数(PDF)g(r)から結晶の局所構造(短範囲・中距離構造)を解析する方法. この方法は主に長周期性のない液体やガラスに対して従来行われてきたが, Egamiらによって酸化物超伝導体や誘電体に適用され, その物性理解に重要な局所構造の小さな温度変化や構造的な乱れが見出されて以来, 合金, 半導体混晶, イオン伝導体など局所構造の把握が物性理解の鍵となる結晶性物質に適用され拡がりつつある.(T. Egami and S. J. L. Billinge: Prog. Mater. Sci. 38, 359 (1994).)通常の結晶構造解析法では, Braggピークについてのみ長周期性を利用した構造解析が行われているのに対して, 本方法では, 通常(結晶構造解析において)バックグラウンドと見なされるBraggピークの間や下に存在する(散漫散乱などの)構造情報をもすべて含んだg(r)を利用するので, 局所構造における小さな構造変化, 乱れ(歪み, 欠陥)に敏感な解析が可能である. 本方法の基本は, 結晶構造解析による構造をベースに, 実験によるg(r)(通常rmax=20~30 Åまで)を実験誤差範囲内で最もよく再現する大きなユニットセル・構造モデルの構築である. モデルの信頼性は, 実験データに依存するので, 広いQ範囲のS(Q)を測定できるパルス中性子回折や高エネルギーX線回折実験によるデータが利用される.(例えば, T. Egami and S. J. L. Billinge: Underneath the Bragg peaks, Elsevier (2003).)
(日本原子力研究所 鈴谷賢太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

中距離構造
Intermediate-Range Order
非晶質物質における中距離構造あるいは中範囲秩序(IRO:Intermediate-range Orderまたは MRO:Medium-range order)と呼ばれるものには, 原子が構成する構造だけでなく原子の数密度や濃度を対象とする場合などいくつかの異なる定義が存在する. 一般には, シリカ(SiO2)ガラスを例にとると, SiO4四面体が頂点共有で構成する数Å~数十Åの構造体:リング構造(SiO4が6つ連結している6員環など)や鎖状構造を中距離構造と呼んでいる. また, ユニットであるSiO4四面体を短距離構造(または短範囲秩序)と呼ぶ. 同組成の結晶(cristobalite)もSiO4四面体の6員環から構成されており, 中距離構造自体は非晶質物質の特徴ではない. 中距離構造の多様性と乱れが非晶質物質の構造的な特徴であり, この特徴はボソン・ピーク, 低温比熱の異常, ガラス転移などガラス特有の物性と密接な関係があると言われている. ガラスにおける中距離構造の存在は, 構造因子S(Q)の低いQ領域(だいたい2 Å-1以下)に現れる鋭いピーク(First Sharp Diffraction Peak, FSDPと呼ばれることが多い)に特徴として現れる. 中距離構造は, 短距離構造のように(S(Q)のフーリエ変換である)二体分布関数g(r)の解析によって決定することは困難で, その解析と表現に決まった方法はまだない. 回折実験による解析方法の1つは, 逆モンテカルロ法などによって回折データS(Q)を再現できる大きな構造モデルを構築し, その三次元構造の解析(結合角度分布, リング構造のサイズ分布の導出など)を行うことであり, 中距離構造の理解に有効である.
(高輝度光科学研究センター 小原真司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

逆モンテカルロ・シミュレーション
Reverse Monte Carlo:RMC Simulation
対象とする系の実際の原子数密度と同じ数密度をもつ立方体セル中の原子(粒子)を乱数を用いて動かし, ガラス・液体や乱れた構造をもつ結晶のX線回折, 中性子回折, XAFSなどの実験データ(構造因子S(Q)や二体分布関数g(r)など)を再現するような構造モデルを求める粒子シミュレーション法. 原子間ポテンシャルを用いないので, 実験データを再現できる大規模な構造モデルの構築が短時間で可能である. RMCからは, 実験データを再現する系の三次元構造(原子配置)が得られているので, それを解析することにより, 部分二体分布関数, 部分構造因子, 配位数や中距離構造を記述する結合角度分布, リング構造のサイズ分布などが求められる. ただし, 得られた構造モデルの信頼性は実験データの質と量に依存するので, 広いQ範囲のS(Q)を測定できる高エネルギーX線回折, パルス中性子回折実験による精度の高いデータの利用, 中性子同位体置換法やX線異常散乱法による複数の回折データ, EXAFSなどとの併用が望ましい. 分子動力学法と異なり, 実験データに基づいた構造モデル構築を行っているので, シミュレーション(模擬実験)ではなくモデリングという呼び名が適切であろう. 古くから同様の考えに基づく解析法は存在したが, 計算機の発展に伴い, R. L. McGreevyとL. Pusztaiの試み(Mol. Simul. 1, 359 (1988))以降, 乱れた系の(特に中距離構造の)構造解析法として定着しつつある.(例えば, R. L. McGreevy: Nucl. Instr. and Meth. A 354, 1 (1995).)
(高輝度光科学研究センター 小原真司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

PHHI:新生児持続性高インスリン血症性低血糖症
Persistent Hyperinsulinemic Hypoglycemia of Infancy
PHHIは膵ベータ細胞より過剰なインスリン分泌により顕著な低血糖症状を示す症候群であり約4万人に1人程度発症する. 新生児期より永続的な低血糖を示すためDiazoxide(Katpチャンネル活性を上昇させる薬剤)などインスリン分泌を抑制する薬剤を常用する必要がある. 原因としてこれまで5種類の原因タンパク質の異常が報告されている. 膵ベータ細胞の膜上にあるKatpチャンネルを構成するSUR1とKir6.2それぞれの活性低下型遺伝子変異, 膵ベータ細胞内の代謝酵素であるグルコキナーゼやグルタミン酸脱水素酵素の活性上昇型遺伝子変異, また最近膵ベータ細胞の脂肪酸ベータ酸化酵素SCHADの活性低下型遺伝子変異もPHHIの原因であることが明らかにされた.
(万有製薬つくば研究所 長田安史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

MODY:若年者の成人発症糖尿病
Maturity onset Diabetes of the Young
MODY症候群は糖尿病患者の1%にみられる. 通常と異なりMODY症候群のヒトは若年より糖尿病症状を呈する. 2型糖尿病は多遺伝子性であるが, MODYは常染色体優性遺伝の単一遺伝子欠損であり主にベータ細胞のグルコース刺激インスリン分泌不全による血糖上昇を特徴とする. 現在のところMODYの原因タンパク質は膵ベータ細胞内の代謝酵素であるグルコキナーゼの低下型遺伝子変異(MODY2)と機能未知の膵ベータ細胞内の転写因子群HNF4α(Hepatocyte-nuclear factor)(MODY1), HNF1α(MODY3), IPF-1(MODY4), HNF1β(MODY5)の遺伝子異常などが知られている.
(万有製薬つくば研究所 長田安史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

メネモニカルメカニズム
Mnemonical Mechanism
酵素の反応速度を基質濃度に対してプロットすると通常双曲線型となる. これに対していくつかの多量体酵素ではこの曲線がS字型になる. これは1つの基質結合部位に基質が結合すると他の部位の親和性が増加するような相互作用により説明される. ところが単量体酵素でもS字型になる例が見つかった. メネモニカルメカニズムはこのような単量体酵素の性質を説明するためにRicardらによって1974年に提唱されたモデルである. このモデルでは酵素は活性型か不活性型で存在し, その二状態間の構造変化はゆっくりとしか起こらない. 基質が高濃度のときは次々と基質が酵素に結合するので, 常に酵素は活性型で存在するが, 低濃度では基質がまれにしか結合しないのでほとんどの酵素が不活性型になってしまう. そのため反応速度がS字型を示すと考えるモデルである. あたかも酵素が活性型をある一定時間記憶しているように考えるので, この名となっている.
(万有製薬つくば研究所 鎌田健司)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

優先晶出法
Preferential Crystallization
ラセミ体から晶出によって光学活性体を得る分割の方法で, ラセミ混合物を与えるラセミ体の過飽和溶液に一方のエナンチオマー結晶を少量接種して, これと同じエナンチオマーのみを晶出させる. ある程度までは接種したエナンチオマーと同種の結晶が晶出するが, しだいに, 逆の光学活性体が晶出しはじめ, 最終的にラセミ体が得られる. これは, 母液に残った過剰のエナンチオマーが長時間不安定状態に置かれるために, 自然起晶したり, わずかな外部刺激により結晶化してしまうためである. したがって, 1回につき晶出可能なエナンチオマーの量は, 溶液中に存在するラセミ体の5~15%程度である. 次の結晶化では, 逆のエナンチオマー結晶を晶出させる. この操作を交互に繰り返して両鏡像体の結晶を得る.
(千葉大学工学部 坂本昌巳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

ラセミ混合物
Racemic Mixture or Conglomerate
あるラセミ体を溶液状態あるいは溶融状態から結晶化させると, (1)ラセミ混合物, (2)ラセミ化合物(Racemic Compound), (3)ラセミ固溶体(Racemic Solid Solution)の3つの結晶形態の1つをとる. その中で, 1つ1つの単結晶は単一のエナンチオマーから成り立っているが, ラセミ体結晶全体ではエナンチオマー比が50:50になっている結晶がラセミ混合物である. この結晶形態を与える化合物は優先晶出法による光学分割が可能である. その他, 1つ1つの単結晶が対をなした両エナンチオマーから構成されており, 単結晶中の両エナンチオマー比が50:50になっている結晶がラセミ化合物, 1つ1つの単結晶に存在する両エナンチオマー比が一定ではなく, ラセミ体結晶全体のエナンチオマー比が50:50になっている結晶がラセミ固溶体である.
(千葉大学工学部 坂本昌巳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

スピンクロスオーバー
Spin Crossover
第一遷移金属イオン[鉄(III), 鉄(II), コバルト(II),マンガン(II)など]は配位子場の強さによって, 高スピン型, 低スピン型をとる. 通常, 6配位型の錯体では強い配位子場では低スピン, 弱い配位子場では高スピンを与えるが, 中間的な配位子場では, 温度, 圧力, 光などの状態変化によって, この2種のスピン状態の間でスピンが転移もしくは平衡状態になるものがある. これをスピンクロスオーバーという. 主に磁化率の測定やメスバウアー分光法を用いて研究がなされているため, 鉄錯体に関して豊富なデータの蓄積がある. また, 平面方向の配位子場が比較的強く, 軸方向の配位子場が弱い錯体などでは, 中間スピンを与える. この中間スピンを含むスピンクロスオーバーはほとんど報告例がない. また, スピンクロスオーバー錯体は外部応答性の次世代機能性物質として注目を浴びている. 例えば, フォトクロミズム, サーモクロミズム, 外部磁場応答性, 相転移などの性質を利用した, 液晶, 導電性スイッチ, 記録媒体などのさまざまな用途での利用が検討されている.
(東邦大学医学部化学研究室 大胡惠樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

強誘電体
Ferroelectric
自発分極をもつ, すなわち, 外部電場が印加されていない状態でも一定の分極値をもつような極性結晶のうち, 外部電場によってその自発分極の向きを反転できる結晶を強誘電体という. ちょうど強磁性体である磁石の極性が外部磁場により反転することとの類似性から強誘電体と呼ばれるようになった. したがって, 強誘電体では, 強磁性体のM-H履歴曲線に対応したP-E履歴曲線が観測される. 強誘電体の中で応用分野において最も重要なものはペロブスカイト型構造をもつチタン酸バリウム(BaTiO3)である. その強誘電性は, 第2次世界大戦中に日・米・ソの3カ国でほぼ同時に発見された. 戦前に見出されていたロッシェル塩やKH2PO4などと比較して相転移温度が高い安定なセラミックス材料であることが注目された.
(岡山大学 黒岩芳弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

反強誘電体
Antiferroelectric
2種類の副格子からなり, それぞれの格子がお互いに逆向きの双極子モーメントをもつような反極性構造を有する結晶を考える. この結晶に対して外部電場を印加したとき, 反極性構造から極性構造への移行が強誘電体の分極反転と同様の機構で起こる場合に反強誘電体と呼ぶ. 反強誘電体では自発分極は発生しないが, ある大きさの電場を印加すると強誘電性が現れるためにP-E曲線は2重履歴曲線となる. ペロブスカイト型構造をもつ反強誘電体としては, 日本で初めて見出されたPbZrO3が有名である.
(岡山大学 黒岩芳弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

ソフトモード
Soft Mode
相転移温度に近づくにつれて, 振動数が0に近づいていくフォノンモードをソフトモードという. ソフトという表現は, 一般にやわらかい物質のフォノン振動数が低いことに由来する. ソフトモードの存在は変位型相転移にとって不可欠である. 強誘電体の相転移に対しては, 常誘電相の赤外活性な横波光学フォノンがブリルアンゾーンのゾーン中心において温度とともにソフト化し, 相転移点に達すると振動数が0になり振幅が発散することで強誘電性が発現するというソフトモード理論が提唱されている.
(岡山大学 黒岩芳弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

チェックシッフ
Checkcif
結晶構造解析の結果をプログラムで読みやすい形式にしたものがCIF(Crystallographic Information file)であり, Hallら(1991)により開発された. 一般に普及している解析ソフトウエアは, このCIFファイルを自動作成してくれるとはいえ, 多少なりともユーザーによる追加や訂正が必要である. また, 論文として投稿したりデータベースに登録する前に, CIFの内容や解析の仕方に不備な点がないか検査することが求められる. checkcifは, IUCr(国際結晶学連合)が提供しているサービスである. ジャーナルのホームページを利用してCIFを送信すると, 検査結果が返ってくる[http://journals.iucr.org/services/cif/checking/ checkform.html]. CIFの文法上のエラーのほかに, データ検査の結果として一定の基準を満たしていない場合に警告メッセージが発せられる. なお, CIFを論文形式で印刷するためのサービス(printcif)もある.
(慶應義塾大学文学部化学教室 大場 茂)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.02

X線光学素子
X-ray Optics
X線の散乱, 回折, 干渉, 反射, 屈折, 吸収, 透過などあらゆる光学現象を利用して, X線のエネルギー, 空間および角度分布, 偏光などを制御するためのものである. 全反射ミラー, Bragg反射を利用したモノクロメータ, アナライザや移相子, フレネルゾーンプレートなどがX線領域で使用される光学素子の代表的なものである. このほか, 可視光領域とは屈折の方向が逆になり, 屈折角もごくわずかであるが, ベリリウムなど軽元素材料を用いたプリズムやレンズ(X線では凹レンズで集光する)などもX線光学素子として用いられることがある.
(高輝度光科学研究センター 後藤俊治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

全反射ミラー
Total Reflection Mirror
全反射は, 屈折率の大きい媒質から小さい媒質に光が入射するとき, 表面となす視射角がある角度以下になると全部反射される現象である. X線領域において, 物質の屈折率は真空の1からごくわずかに小さくなっており, 屈折率の大きい媒質が真空, 小さい媒質がミラーに相当する. ミラー表面に斜めにX線を入射していくと可視光の場合とは反対方向に屈折する. 視射角をどんどん小さくし表面すれすれに傾けていき臨界角を超えると, 屈折波は物質内部に存在しきれずに, すべて反射されてしまう. 全エネルギーが反射されるため, 全反射と呼ばれる. X線領域では視射角1°以下の斜入射でないと高い反射率が得られない. 実際には, 理想的に滑らかな表面であってもX線の吸収により反射率は1よりは小さくなる. また, 表面の粗さにより鏡面反射以外の方向への散乱を伴い, これによっても反射率は低下することになる.
(高輝度光科学研究センター 後藤俊治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

サジタル集光・タンジェンシャル集光
Sagittal Focusing and Tangential Focusing
円筒(シリンドリカル)ミラーによる集光を例にとって説明する. 入射ビームとミラー法線でつくられる面を入射面と呼ぶが, 円筒の中心軸が, 入射面内にあるとき, 入射面に垂直方向に発散するビームを入射面に垂直方向に集めることが可能になる. このような幾何学的な配置での集光をサジタル集光と呼ぶ. 一方, 円筒の中心軸が入射面に垂直な場合は, 入射面内に発散するビームに対しては, 入射面内での集光が可能になる. この場合をタンジェンシャル集光と呼ぶ. 結晶分光においても入射ビームと回折を生じる格子面の法線でつくられる面を入射面としたとき, 同様の幾何学配置でそれぞれの集光が可能になる.
(高輝度光科学研究センター 後藤俊治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

スロープエラー
Slope Error
ミラー表面の, 空間周波数が高く狭い領域における凹凸が表面粗さと呼ばれるのに対して, 比較的空間周波数が低くミラーの長さ全体にわたるような表面形状の誤差をスロープエラーと呼ぶ. スロープエラーはミラー表面上の各場所において理想的な表面からの接線のずれ角を根二乗平均した値で定義される. 例えば幾何光学的に一点に集光するミラーの場合にこの誤差があると,(スロープエラー)×(ミラー~焦点間距離)×2の分だけビームが広がることになる.
(高輝度光科学研究センター 後藤俊治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

中性子散乱長
Neutron Scattering Length
中性子散乱長は中性子線の原子による散乱の程度を表す量であり, X線回折におけるX線原子形状(散乱)因子に相当する. 中性子は電荷をもたないため, 電子線やX線と違い, 原子中の電子ではなく原子核により散乱する. このため, 中性子散乱長とX線原子形状因子の間にはいくつかの差異が存在する. なかでも, 水素原子の中性子散乱長(bH=-0.37×10-12 cm)が他の原子(bC=0.66×10-12 cm, bO=0.58×10-12 cm)と同程度であることは重要な点であり, これにより中性子回折法は水素原子の位置の決定に強力な実験法となっている. また, 中性子散乱長は散乱角によって減衰しないため, X線と比べて特徴的な回折像を得ることができる. International Tables for Crystallography C, 384 (1992).
(千葉科学大学薬学部 茶竹俊行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

非干渉性散乱
Incoherent Scattering
中性子散乱には干渉性散乱と非干渉性散乱がある. 中性子散乱長をbiとすると, 非干渉性散乱の程度を表す非干渉性散乱断面積σincはσinc=4π<(bi-<bi>)2>と表される. 中性子回折では非干渉性散乱はバックグラウンドを増加させS/N比を悪化させる原因となる. 特に, 水素原子では全散乱の97%以上が非干渉性散乱であり, 生体分子の中性子回折実験を困難にしている. 新村信雄, 茶竹俊行:波紋 13, 47 (2003).
(千葉科学大学薬学部 茶竹俊行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

生体分子の重水素化
Deuteration of Biomolecules
水素原子の非干渉性散乱断面積はほかの原子に比べて異常に高く, 中性子回折実験において大きな障害となる. これ対して, 同位体である重水素原子は非干渉性散乱断面積が比較的小さい. そこで, 生体分子の中性子結晶解析では, 試料を重水素化して実験に用いることが多い. 重水素化の方法には, 重水置換と完全重水素化の2種類がある. 前者は, 生体分子を重水中で結晶化する, または軽水中で成長させた結晶を重水中に浸漬する方法であり, 溶媒の水分子のほぼすべてが重水に置換される. また, アミド基やカルボキシル基の水素原子も部分的に置換される. これに対して後者は, 蛋白質の発現から重水中で行う方法であり, 前者では置換されないメチル基の水素原子も重水素化することができる. F. Shu, V. Ramakrishnan, B. P. Schoenborn, Basic Life Sci. 64, 309 (1996).
(千葉科学大学薬学部 茶竹俊行)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

UPR
Unfolded Protein Response
UPRは小胞体内での折りたたみ異常蛋白質蓄積に応じて, 小胞体から核への細胞内情報伝達を伴う小胞体シャペロンの転写誘導機構である. UPRではIre1と呼ばれる小胞体局在膜蛋白質が何らかのメカニズムにより小胞体内に蓄積した異常蛋白質を検知し二量体化する. 二量体化により分子間自己リン酸化がおきIre1は活性化する. それにより小胞体分子シャペロン遺伝子の転写が活性化される. また, 小胞体内では異常蛋白質をPERKが感知することによる蛋白質の翻訳停止反応も行われており小胞体の負荷を軽減している.
(名古屋大学大学院工学研究科 水島恒裕)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

小胞体関連分解
ERAD:Endoplasmic Reticulum(ER)Associated Degradation
ERADは小胞体に蓄積した折りたたみ異常蛋白質を, 小胞体から細胞質に逆輸送し細胞質のプロテアソームによって分解する機構である. ERADは小胞体での基質蛋白質の識別, 小胞体から細胞質への逆行輸送, サイトゾルにおけるユビキチン化とプロテアソームによる分解の3つのステップから形成されている. N型糖鎖をもつ異常蛋白質の場合は糖鎖末端のグルコースのトリミングを介して, 小胞体シャペロン蛋白質のカルネキシン, カルレティキュリンにより蛋白質が折りたたまれる. しかしシャペロンによる折りたたみがうまくいかなかったときは糖鎖がMan8GlcNAc2となりERADの系によって分解される.
(名古屋大学大学院工学研究科 水島恒裕)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

ゼーベック係数
Seebeck Coefficient
1821年にドイツのゼーベックによって, 金属の両端に温度差を与えると電流が流れることが発見された. これをゼーベック効果という. ゼーベック効果の起源を簡単に説明すると, 温度によって物質中の電子の速度が変化し, 電子の平均速度の小さい場所に電子が集まることで電圧差が生じる現象である. ゼーベック効果により流れる電流の量VSと温度差ΔTの比VS/ΔTをゼーベック係数と呼ぶ. ゼーベック係数は材料に固有の値をもつ. これと類似した効果で, 試料の両端に電位差を与えると発熱・吸熱が電極で生じるペルチェ効果がある. 熱電変換材料の研究では, 本稿中でゼーベック係数と記したαを熱電能(thermo power)と呼ぶこともある. 本稿では, 原著論文に従いゼーベック係数とした.
(名古屋大学工学研究科 西堀英治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

In silicoスクリーニング
In silico Screening
現在, 膨大な数の化合物のライブラリが存在する. 標的タンパク質に対してデータベース上の化合物をコンピュータ上で結合させ, 阻害剤候補を迅速に選定することをin silicoスクリーニングあるいはバーチャルスクリーニングという. 基質類似体だけでなく, 基質とは一見まったく異なる構造を有する化合物が阻害剤候補として提示される可能性がある.
(昭和大学薬学部 田中信忠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

逆転写ポリメラーゼ連鎖反応
RT-PCR
RNAは, ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の鋳型とならない. したがって, RNAを鋳型としてDNAを増幅したい場合, 逆転写酵素を用いてRNAからDNAを合成し, そのDNAを鋳型としてPCRを行う. 一般的応用例としては, ウイルス遺伝子(RNA)の増幅による対象ウイルスの検出・診断が挙げられる.
(昭和大学薬学部 田中信忠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

MPF
MEM-based Pattern Fitting
粉末回折データにおいて最大エントロピー法(MEM)とパターンフィッティングを組み合わせた新しい精密化手法として提案された. リートベルト解析で求まった観測積分強度を用いてMEM解析することで, 電子密度分布が導出される. さらに本来回折データに含まれる化学結合やdisorderなどの詳細な構造情報の推定が可能になる. これを拡張し, 今度はMEM解析で得られた積分強度を使って全回折パターンフィッティングを行うことで, より現実に近いモデルでの構造精密化を行うことと等しくなり, 著しくR因子を低減させることができる. MEM解析とそれに基づくパターンフィッティングを繰り返し行うことで, 構造モデルが電子密度分布レベルで高精度に精密化される. 結果としてMPF解析は, リートベルト解析で用いる不完全な構造モデルの電子密度分布へのバイアスを最小限に減らすことにも貢献する.
(産業技術総合研究所 池田卓史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

Le Bail解析
Le Bail Analysis
現在最も一般的な全回折パターンフィッティングの手法の1つ. 尺度因子とプロファイル, バックグラウンド, 格子定数に関するパラメーターのみを精密化する. 一方, 観測積分強度I(“o”)は最小二乗法で精密化せず, 各サイクルごとに単純な比例配分式で分配する. またLe Bail解析ではまったく構造モデルを必要としない. 格子定数の精密化や, 未知結晶構造解析に用いる観測積分強度の決定などに有効な方法である.
(産業技術総合研究所 池田卓史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

分子動力学
Molecular Dynamics(MD)
結晶性固体の分子動力学計算では, 多数の原子の運動をシミュレーションすることにで結晶構造モデルの予測や最適化が可能である. 通常, 構成する原子, 分子の間のポテンシャルを仮定し, 古典力学的な数値計算によって, 温度, 圧力などの熱力学的パラメーターや動径分布関数や配位数などの構造パラメーターを動的に算出する.
(産業技術総合研究所 池田卓史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.03

共鳴X線散乱
Resonant X-ray Scattering
入射X線のエネルギーが, 物質中構成原子(イオン)の吸収端エネルギーに近いとき, 散乱断面積が極端に大きくなるような散乱現象が存在する. この散乱は, 励起状態としてある寿命をもった共鳴状態を経て起きるため, 共鳴X線散乱と呼ばれる. 例えば, 3d遷移金属イオンの場合, 1sの内殻電子を4pの非占有準位に励起するK吸収端は数keVのエネルギーであり, 入射エネルギーをこのエネルギーに合わせることにより共鳴X線散乱が起こる. このときの励起状態は, 1sにホールができ4pに励起電子が存在する状態である. このような共鳴状態を経ることにより, ターゲットとなる原子の散乱因子には, 通常のトムソン原子散乱因子以外に異常分散項と呼ばれる複素数が付け加わる.
(東北大学大学院理学研究科 村上洋一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

極限条件
Extreme Condition
ある環境下に物質をおいて物性測定を行う場合, 一般にその測定量は環境を表すパラメータの関数となる. よくコントロールできるパラメータとして温度・磁場・電場・圧力などがあるが, 極限条件とはこれらのパラメータがわれわれの生活環境におけるものから著しく離れているときの状態をさし, 極限環境とも呼ばれる. 極限条件下では物質のもつ本質的な特性が顕わに現れる場合があるため, 物性実験ではこれらのパラメータを大きく変えた測定をよく行う. 最近では, これらの極限条件を複数組み合わせることにより, より本質的な物性を探る試みが多く行われるようになっている.
(東北大学大学院理学研究科 村上洋一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

非弾性X線散乱
Inelastic X-ray Scattering
入射されたX線と物質との相互作用により, 入射X線のエネルギーとは違ったエネルギーをもつX線が散乱される場合があり, 非弾性X線散乱と呼ばれる. コンプトン散乱はその典型例である. 最近では, 物質とやり取りするエネルギーがより小さな散乱も観測できるようになってきた. 固体内でのプラズモンや数eVオーダーのバンド間励起・電荷移動励起はもちろん, meVオーダーの格子振動までもが観測可能となってきている.
(東北大学大学院理学研究科 村上洋一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

PCR
Polymerase Chain Reaction
Polymerase Chain Reactionの略称で, 目的とする特定のDNA領域を増幅する手法. まず, (1)高温にすると2本鎖DNAが1本鎖へ解離する. (2)徐々に温度を下げると目的とするDNA領域の両末端と相補的塩基配列をもつプライマーが優先的に1本鎖DNAに結合する. (3)4種類のデオキシリボヌクレオシド三リン酸とDNA合成酵素がプライマーを起点に相補鎖を合成していく. (4)再び温度を上げると合成された鎖がまた1本鎖へ解離する. 高温で機能を発現する好温菌由来のDNA合成酵素を利用することにより, 温度上下のサイクルを繰り返すだけでDNA合成の連鎖反応が起こり, 数時間で10億倍以上に増幅させることができる. 微量のDNAから容易に増幅させることができ, 遺伝子技術を駆使する最新医学, 分子生物学には必須の技術であるばかりでなく, 臨床医学のDNA診断, 法医学のDNA人物鑑定など, 多方面に活用されている.
(協和発酵工業(株)医薬研究センター 舩橋 順)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

示差走査熱量計
Differential Scanning Calorimeter
示差走査熱量計(DSC)は, 試料とその溶媒をそれぞれ温度可変炉に入れ, その温度を一定速度で上昇もしくは下降させながら, 両者が温度差を生じないようにヒーター電流を制御し, 試料に供給するその過剰な熱量を定量的に測定する装置である. 蛋白質の場合, 変性状態と天然状態では熱容量に差があり, 両状態間の熱容量差を測定することができる. また, 熱変性には熱吸収反応が伴い, その急激な熱容量変化から, 変性温度や変性のエンタルピー変化など, 熱変性に伴う熱力学的パラメータを直接測定することができる. 創薬の現場では, 薬剤の熱安定性測定や品質試験などにも活躍している. 最近, 蛋白質測定に有効な微少な熱容量変化をも感知できる高感度の断熱型DSCが普及してきた.
(協和発酵工業(株)医薬研究センター 舩橋 順)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

水和構造
Hydration Structure
蛋白質の周囲を覆う水分子(水和水)の構造を水和構造という. 液体窒素温度下の結晶構造解析技術の向上により, 動きやすい水分子の位置同定が可能になった. 中迫らは数種の蛋白質について, 高分解能で低温構造解析することにより, 水和水と蛋白質表面の極性原子団(酸素, 窒素原子)が水素結合を介してクラスターを形成し, それらのクラスターが巨大なネットワーク構造を作っていることを明らかにした. そのネットワーク構造は, 蛋白質の機能発現だけでなく, 立体構造形成にも重要であると考えられている.
(協和発酵工業(株)医薬研究センター 舩橋 順)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

POP Family
Prolyl Oligopeptidase Family
プロリルオリゴペプチダーゼファミリーとは, プロリルオリゴペプチダーゼ, ジペプチジルペプチダーゼIV, アシルアミノアシルペプチダーゼ, オリゴペプチダーゼBなどが含まれるセリンプロテアーゼ活性をもつ酵素群である. 本ファミリーに属する酵素は, 基質として蛋白質ではなくペプチド, それも30アミノ酸残基以下のものにしか作用しない. 本ファミリーにおけるアミノ酸配列の特徴として, N末端側ドメインは相同性がほとんど認められないが, C末端側ドメインには相同性の高い領域が存在しており, セリンプロテアーゼ特有のcatalytic triadも含まれる.
(田辺製薬株式会社 医薬化学研究所 平松 元)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

GLP-1
Glucagon-Like Peptide-1
Glucagon-like peptide-1とは, 1本鎖のポリペプチドからなる消化管由来インスリン分泌刺激因子(インクレチン)の1つである. 本ペプチドは, 食物摂取の刺激により小腸のL細胞においてグルカゴンを含む不活性型の前駆体ペプチド(プログルカゴン)として生合成される. その後, プロセッシングを受けることによって活性型のGLP-1(7-36)NH2またはGLP-1(7-37)となり消化管から分泌される. 本ペプチドは, インシュリンの分泌促進に加えて, インスリン生合成の亢進やグルカゴン分泌抑制等の作用が報告されている.
(田辺製薬株式会社 医薬化学研究所 平松 元)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

ヒストン
Histone
真核生物の核内に存在して, 染色体DNAにイオン的な相互作用で強く結合している一群の塩基性タンパク質. DNAとヒストンの複合体の全体はクロマチンと呼ばれ, そこには5種類のヒストン[H1(分子量22,000), H2A(分子量13,700), H2B(分子量13,700), H3(分子量15,700), H4(分子量11,200)]が存在している. クロマチン中には,(H3)2(H4)2の四量体1つと(H2A-H2B)の二量体2つから成るヒストン八量体に約150塩基対のDNAが巻きついたヌクレオソームコア粒子が繰り返し存在し, ヒストンH1の一部が結合したリンカーDNA(約50塩基対)によって結び付けられている. ヒストン八量体を形成している4種類のヒストン(H2A, H2B, H3, H4)のN末端領域は決まった立体構造をとらないでヌクレオソームコア粒子から突き出ているため, 特定部位のアミノ酸残基がアセチル化, メチル化, リン酸化, ユビキチン化などの化学修飾を受ける. このような化学修飾は特定の制御因子によって認識され, クロマチンの構造変換を引き起こして遺伝子発現を制御しているので, このような特異的な部位の化学修飾の組み合わせが暗号(コード)を構成するというヒストンコード説が提唱されている.
(横浜市立大学大学院国際総合科学研究科 佐藤 衛)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

非単純液体金属
Non-Simple Liquid Metals
単純液体金属は, 液体金属の中で, 例えば液体アルカリ金属のように, その原子配列について球形の金属玉を乱雑に並べたような剛体球モデルで説明できるものをいう. したがって, 原子同士の相互作用はある原子半径での斥力が主で, 引力や相互作用の方向性を特別に考慮しなくても十分にその原子配列が再現できる. 特に構造因子S(Q)の第1極大は, 非常に対称性の良い形状をしており, このことによって単純であると判断されている. しかしながら, S(Q)の第1極大が非対称性である液体金属は数多くあり, Si, Ge, Ga, Teなどはその極端な例である. その原因については古くから多くの議論があり, 液体金属であっても伝導電子を介在した金属結合だけでなく, 方向性をもつ引力である共有結合が存在すると推測するという意見が強いが, その実験的な証拠はなかった.
(広島工業大学・第三世代放射光利用研究推進センター 細川伸也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

高エネルギー分解能X線非弾性散乱法
High Energy-Resolution Inelastic X-ray Scattering
第三世代放射光源と呼ばれる, 大型で強度が強く, しかも指向性の良い放射光源の出現によって近年初めて可能となった物質のダイナミクスを研究する手段である. 現在, ESRF, APS, SPring-8で合計4つのビームラインがある. 主として, Si単結晶による後方散乱によって, 数meVの高エネルギー分解能が得られており, 中性子線非弾性散乱法では得られなかった非結晶物質の協調励起状態(フォノン励起)や, 強相関物質の電子励起状態の研究に多くの成果が得られている. 分解能という点ではまだ中性子線非弾性散乱法に及ばないが, 物質のダイナミクスの研究に欠かすことのできない実験手段となりつつある.
(広島工業大学・第三世代放射光利用研究推進センター 細川伸也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.04

ジントルの概念
Zintl Concept
Eduard Zintlがアルカリ金属やアルカリ土類金属元素(A)と13, 14, 15族などの典型元素(B)からなる金属間化合物(AxBy)の化学結合を思考する際に導入した概念. B原子どうしが共有結合でクラスターや層状, 網目状構造を形成する際にオクテットより不足する電子が, 陽性元素Aから移動した電子で補われる. B原子を2種類以上の原子で置き換えることで, 多元系の金属間化合物のみならず, P, As, O, S, Seなどさまざまな金属酸塩基からなる化合物についての結晶化学的理解へと拡張される. Roald Hoffmanは, 彼の著書(Solid and Surface)中で, Zintl conceptを20世紀の固体化学において唯一の最も重要な(そして, とても概念らしくない)概念として紹介している.
(東北大学学際科学国際高等研究センター 山根久典)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

二次データベース
Secondary Database
オリジナルなデータを集積した一次データベース(プライマリ・データベース)に対して, 単一のあるいは複数の一次データベースからデータを取捨選択し, データの加工や可視化技術を加えたり, さらには一次データベースを基に計算を行った結果を集積して, 特別な用途に供する目的で作成されたデータベースのことを指す. PDBが一次データベースであるとすると, フォールド別に編集したSCOPやCATHは二次データベースであり, また, PDBjのeF-site, ProModeなども, 分子表面や蛋白質のダイナミクスを, 一次データベースのPDBデータを基に計算した結果をデータベース化した, 二次データベースである.
(大阪大学蛋白質研究所 中村春木)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

ネイティブXMLデータベース(NXDB)とリレーショナル・データベース(RDB)
Native XML database(NXDB)and Relational database(RDB)
すべて二次元の表でデータ間の関連性を表現するリレーショナル・データベース(RDB, 関係データベース)に対し, XML(eXtensible Markup Language)で表現された構造的なデータを, その構造のままで格納するデータベースのこと. XMLの文書をRDBによって格納する場合に比べて, データ構造に従った検索が可能で, またデータ構造の変更や追加が, いったんデータベースを構築するとその変更が一般に困難なRDBに比べると, はるかに容易に行えるという特徴をもつ. RDBでは, データ操作は, 特別な問い合わせ言語SQL(Structured Query Language)で行われ, 格納されているデータを容易に取得, 更新, 削除することができる. 一方, NXDBでは, データの検索はXPathと呼ばれる言語によって行われるが, その操作性はいまだ高くない.
(大阪大学蛋白質研究所 中村春木)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

サイブラスト
PSI-BLAST
配列データベースに対する類似性検索の業界標準的な手法. NCBIのweb siteから利用可能で, プログラムのソースコードもダウンロード可能である. 1997年に論文が出た方法で必ずしも最新の手法というわけでもないし, その後いろいろな改良手法が提案されてもいるが, プログラムの使い勝手の良さや実行速度の速さと検出感度の良さをバランスよく併せもっているために広く利用されている. 手法の概略は(1)古典的な配列の類似性検索法BLASTでの類似性検索を行い,(2)見つかった相同配列から共通する配列パターン(プロファイルあるいはposition-specific score matrixとも呼ばれる)を構築し,(3)プロファイルを利用して再び配列データベースに対する検索を行い,(4)新たな相同配列が見つかればプロファイルの再構築と再検索を繰り返し,(5)新たな相同配列が見つからなくなったら終了する. この手法の特徴からPosition-Specific Iterated BLAST(PSI-BLAST)と名前が付けられた.
(東京大学医科学研究所 木下賢吾)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

キャスプ
CASP
Critical Assessment of Structure Predictionの略称で, アミノ酸配列からタンパク質の天然立体構造を予測するブラインドコンテスト. ブラインドというのは, 近々PDBに立体構造が登録されるタンパク質, つまりまだ構造が非公開のタンパク質に対して, その立体構造をアミノ酸配列だけから予測をし, それを実験的に決められた構造と比較して予測精度を評価することを意味する. 1994年に最初のコンテストが開かれて以来隔年で開催され, 昨年に6回目が開催された. 構造予測と一口にいっても, 課題となるタンパク質と似たタンパク質がPDB中に存在するかどうかで, 問題がいくつかの種類に分けられている. 最も難易度が高いと考えられる新規構造部門では, 対象タンパク質のホモログがPDB中にないだけでなく, 構造も新規だと考えられるタンパク質を対象とする. 近年のフラグメントアセンブリー法とその派生的手法による進展はめざましく, 200残基程度までの小さなタンパク質ならば新機構造でも数Å程度の誤差で予測ができるようになってきている.
(東京大学医科学研究所 木下賢吾)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

van't Hoffプロット
van't Hoff Plot
温度の逆数T-1に対して平衡定数の対数lnKをプロットしたものである. 平衡関係にある2つの系の, エンタルピー差をΔH, エントロピー差をΔSとしたとき, 注目する温度範囲内でΔHが一定であるならば, lnK=-(ΔH/R)T-1+ΔS/R(Rは気体定数)の関係が成立ち, このプロットは良好な直線関係を示す. この直線の傾きと切片からそれぞれΔHとΔSが求められる.
(東北大学大学院理学研究科 岩本武明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

累積二重結合化合物
Cumulative Doubly Bonded Compounds
3個以上の原子が二重結合のみで結合している化合物をいう. 二酸化炭素(O=C=O)はその一例である. 炭化水素の累積二重結合化合物の最小のもの(H2C=C=CH2)をアレン, 炭素原子が4つ以上のものをクムレンと総称する(アレンもクムレンとする場合がある). アレンの中央の炭素原子はsp混成で, 末端の2つの炭素はsp2混成で平面三角形構造である. 中央のsp混成の炭素原子は互いに直交した2つのp軌道を用いて, 両端の2つの炭素原子と2つのπ結合を形成する. この2つのπ結合は互いに直交している. このため, アレン分子は直線状の炭素骨格をもち末端の2つのH-C-H面は互いに直交している.
(東北大学大学院理学研究科 岩本武明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

双性イオン型構造
Zwitterionic Structure
分子内で正電荷と負電荷の両方をもつ構造のことをいう. 分子の全体としての電荷は0であるが, 分子内で電荷の分離があるため, 大きな双極子モーメントをもつ. アミノ酸(H2N-R-COOH)のカルボキシル基上のプロトンがアミノ基上に移動したH3N+-R-COOミは双性イオンの一例である.
(東北大学大学院理学研究科 岩本武明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

ドライエッチング
Dry Etching
ドライエッチングとは, ミクロおよびナノ構造をもった表面や粒子を作製するために利用されている加工技術である. その中で最も利用されている方法に反応性イオンエッチッグ法(RIE)と呼ばれる技術があり, Siなどの半導体加工プロセスに多く利用されている. RIEは加工するサンプル基板をガス系反応容器の中に設置して, その中のイオンを加速することでエッチングを行う. そのエッチング方向はガス流の方向であり, RIEは異方的なエッチングが可能である. Si加工に利用されるガス系は, CF4と酸素ガスの混合ガスである. CF4ガスだけの放電では, F原子とCFn(n=1~3)ラジカルが形成されるが, これらは再結合しやすく長距離の輸送は不可能であった. しかし, 酸素が存在すると再結合の相手のCFnラジカルが除去され, しかも同時に新たなF原子が発生するため, F原子の寿命が延びて, 放電部から1メートル程度離れた部分でも, Siを100 nm/分程度でエッチングすることが可能となる.
((財)高輝度光科学研究センター 佐々木裕次)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

高温高圧アニーリング処理
Annealing Treatment Under High Temperature and Pressure
アニーリング処理とは, 材料系において結晶構造体の弾性的強度や結晶性を向上させるための高温処理法の一種である. 特に, 高温時における材料の結晶欠陥を減少させることでそれらの効果が得られる. 通常, 材料自身の表面酸化反応などの望まない反応を制御するために真空条件化で行う場合が多い. しかし, 基板に昇華性NaClを利用する場合は, 例えば基板上の蒸着物質の結晶性を向上させるために高温にしたとしても, 有効アニーリング温度に達す前にNaClと同時に昇華されてしまう. NaCl基板上に蒸着された金の場合, 10-2 Pa下では550℃程度ですべての蒸着された薄膜状態の金は昇華されてしまう. 結晶性を向上させるには, 最低106 Pa程度に圧力を上げ, 800℃付近まで1時間レベルでアニーリング処理する必要がある. このように昇華しやすい基板上で薄膜や超微粒子などのアニーリング処理を有効に行う場合は, 高圧状態にして行うことでアニーリング効果がきわめて明確に現れる.
((財)高輝度光科学研究センター 佐々木裕次)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.05

構造プロテオミクス(構造ゲノム科学)
Structural Proteomics(Structural Genomics)
生命現象を分子レベルで明らかにするための第一歩として, ゲノムにコードされている遺伝情報をすべて明らかにする試みがゲノムプロジェクトとして多くの生物を対象に行われている. すでにヒトをはじめとする複数の生物種のゲノムが決定されたが, 実際の生命活動を理解するためには遺伝情報によって規定されている蛋白質や機能性核酸などがどのように働くかを理解する必要があり, ゲノム情報に基づいてそれらを解析するための研究分野をポストゲノム科学と総称している. それらのうち, 構造生物学的手法を用いたアプローチが構造ゲノム科学であり, 生体内の全蛋白質の立体構造を決定しその情報から生命現象を理解しようとするものである. 構造プロテオミクスとは, 蛋白質の立体構造の解析を基本とするものの, 構造情報の収集と解析にとどまらず立体構造と機能および複数の蛋白質間におけるそれらのネットワーク, さらには時間的および空間的な分布までも解析の対象として, 総合的に生命現象を理解しようとするものである.
(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 加藤龍一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

翻訳後修飾
Post-translational Modification
生命現象を担う最も重要な分子の1つである蛋白質は, リボソームにより生合成された直後はアミノ酸が連続した裸のポリペプチド鎖である. しかし, それらはその後最終的な目的地へと輸送される過程でさまざまな修飾を受けることによって, 初めてその機能を発揮できるようになるものが多い. その中でも糖鎖の付加は最も重要かつ広範に行われる翻訳後修飾であり, 一例としては血液型を決定している因子が挙げられる. 蛋白質を修飾している糖鎖の種類によってABOをはじめとする各種血液型が規定されている. このように生体にとって非常に重要であるのにもかかわらず, 付加される糖鎖の種類と機能は, 糖鎖自体の多様性と相まって現在も明らかにされていない部分が多く解析が急速に進められている. その他の翻訳後修飾としては, リン酸化, 脂質付加, 水酸化などがあり, これらも生命機能で重要な役割を果たしているものが多く知られている. 広い意味では, インシュリン分子で見られる蛋白質分子内のSS結合やポリペプチドの切断による断片化も翻訳後修飾に含まれる.
(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 加藤龍一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

ヘンダーソンリミット
Henderson Limit
クライオX線もしくは電子線回折実験における蛋白質結晶の放射線損傷に関して, 英国MRCのRichard Hendersonが提唱した放射線エネルギー量の理論的な限界値. クライオ条件下においても, この量以上の放射線エネルギー量が結晶に与えられると, 損傷により回折強度が半減すると考えられる. Hendersonは,(1)100 keVのクライオ電子線回折実験において,(例外はあるにせよ)多くの有機・生体分子サンプルからの回折ピーク強度が, ほぼ同程度の量の電子線照射によって半減する,(2)100 keV以上の電子線とX線は, 放射線化学的にほぼ同様に振舞う,(3)4.5 keVと250 keVのX線では, 放射線の効果は1.6倍程度しか違わない, という観察結果からクライオ回折実験で蛋白質結晶に照射可能な放射線エネルギー量の限界を, 2×107 Gray(1 Gray=1 J kg-1)と類推した. これは8 keVのX線で換算すると, 1.6×1016 photons/mm2に相当する.
(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 松垣直宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

ドーパミン
Dopamine
中枢神経系に存在する神経伝達物質の1つ. アドレナリン, ノルアドレナリンなどと同様に, カテコール核とエチルアミンまたはエタノールアミン側鎖をもつ生体アミンであり, カテコールアミンと称せられる. フェニルアラニンやチロシンの水酸化および脱炭酸によって合成され, アドレナリン, ノルアドレナリンの前駆体でもある. ドーパミンは運動の調節, 意欲, 学習に関与し, また麻薬や覚醒剤はドーパミン作動性に作用することでその効果を現すことが有名である. ドーパミンの欠乏はパーキンソン病やパーキンソン病類似の症状を引き起こすことが知られている. 一方でドーパミン過剰は統合失調症の陽性症状(精神運動興奮, 幻覚, 妄想)を引き起こすという仮説がある.
(北海道大学大学院薬学研究科 本坊和也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

パーキンソン病
Parkinson's Disease
パーキンソン病は1817年に英国のJames Parkinsonにより発見された, 進行性の運動障害を特徴とする神経変性疾患である. パーキンソン病は加齢とともに患者数が増加し, 65歳以上では人口の0.5~1%を占めると言われている. 主な症状として手のふるえ, 筋肉のこわばり, 緩慢な動作, 硬い顔つき, 姿勢保持反射障害(前傾姿勢, 小刻み歩行, 加速歩行)などがある. また, パーキンソン病患者で見られる重要な病理学的特徴として, Lewy bodyと呼ばれる異常タンパク質集合体が観察されることが知られている. パーキンソン病は現在, ドーパミン神経細胞の変性によりドーパミンが欠乏する結果起こると考えられており, 治療法としてL-Dopaなどのドーパミン作用薬を用いたドーパミン補充療法が主に行われている.
(北海道大学大学院薬学研究科 本坊和也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

レビー小体
Lewy Body
パーキンソン病の患者の黒質や青斑核では, 神経細胞内に円形で周囲が白く抜けてみえる封入体が認められる. この封入体をレビー小体(Lewy body)と呼ぶ. レビー小体の主成分はアルファシヌクレインと呼ばれるタンパク質であり, ほかにもユビキチン, シナプトフィジン, タウなどのタンパク質が含まれていることが知られている. レビー小体に蓄積したアルファシヌクレインは異常なリン酸化を受けていることが知られており, 異常なリン酸化がタンパク質の凝集を引き起こし, レビー小体を形成すると考えられている.
(北海道大学大学院薬学研究科 本坊和也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

薬物排出蛋白質の立体構造
Three-dimensional Structures of the Drug Efflux Pumps
細胞膜を介した物質輸送にかかわる膜蛋白質は輸送担体(トランスポータ)と呼ばれるが, 細菌の異物・薬物排出担体の場合, 必要なエネルギー源やアミノ酸の一次配列および高次構造の違いにより, 少なくとも5つのファミリーに分けられる.[ABC(ATP-binding cassette), SMR(small multidrug resistance), MFS(major facilitator superfamily), RND(resistance-nodulation-cell division), MATE(multidrug and toxic compound extrusion)]薬物排出蛋白質の構造解析例としてMsbA(PDB code:1JSQ, 1PF4, 1Z2R), EmrE(1S7B), AcrB(1IWG)などがある. ヒトMDR1と相同性のあるMsbAはABCトランスポータファミリーに属する. SMRファミリーの一員であるEmrEは膜内外のプロトン濃度勾配を利用して薬物などを細胞外へ排出する. 二重膜を介するために別の構成要素(膜蛋白質)を必要とするRNDファミリーでは, 2002年にAcrBの構造が決定された. そのサブユニット蛋白質ファミリーとして, 外膜にダクトを形成するTolC(1EK9), OprM(1WP1)およびVceC(1YC9)の構造や内膜と外膜サブユニットをつなぐMexA(1VF7, 1T5E)の構造が最近明らかとなった.
(東海大学総合医学研究所 赤間浩之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

薬物排出蛋白質作用機構
Mode of Action of Drug Efflux Pumps
薬物排出蛋白質の作用機構としては細胞内から異物・薬物を細胞外へ能動排出し, 細胞内の薬剤濃度を低下させることによって生物に薬剤耐性を付与することである. この種のトランスポータの特徴は概して基質特異性が低いところにあり, 細胞にとってはそれが不要物質排出の主要な役割を果たす. このような排出蛋白質の中には恒常的に発現するものや, 変異によってあるいは誘導的に大量発現するものも少なくない. また, 排出にはエネルギー源を必要とし, おおまかにATPを利用するものとプロトンやカチオンなどの濃度勾配を利用するものがある. 例えば, ABCトランスポータが前者でその他のファミリーに属する膜蛋白質は後者である. これら能動排出機能は真核細胞にも見られ, 例えば, MDR/P-gpは抗がん剤を細胞外へ能動排出する, いわゆる,「がん細胞の薬剤耐性化」が知られている. このように異物・薬物排出機構は, 原核細胞から真核細胞まで広く存在しており, 原子レベルにおけるその解明が期待される.
(東海大学総合医学研究所 赤間浩之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

膜蛋白質の結晶化
Crystallization of Membrane Protein
細胞中の蛋白質のおよそ3分の1が細胞膜と結合している膜蛋白質と言われる. 細胞膜には酵素, 膜内外のシグナル伝達, 分泌, 細胞構造保持, また細胞膜を介した物質輸送などにかかわる蛋白質群が存在し, その多くは構造解析の対象となる. これまでに結晶構造が明らかにされた蛋白質の中で, 膜蛋白質の占める割合は非常に少ない. その主たる原因は蛋白質の発現の難しさ, 蛋白質分子同士が凝集を起こしやすいことによる単離・精製の難しさ, および膜蛋白質自体の不安定性などが挙げられる. 一般に界面活性剤を加えることによって膜蛋白質を可溶化し, 精製・結晶化を行うが, 対象となる蛋白質に適した界面活性剤を探すことが結晶化への第一歩と言っても過言ではない. 結晶化ツールや放射光ビームラインの整備とともに成功例も徐々に増加しており, 今後の進展が期待される.
(東海大学総合医学研究所 赤間浩之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

インライン機構
In-line Mechanism
リン原子に対する求核置換反応は, 5配位共有結合中間体が形成される付加-脱離反応により進行する. この反応は2つの経路で起こり得る. 攻撃する求核性物質が脱離基の反対側に入るインライン機構(直線機構とも呼ばれる), あるいは, 求核性物質が脱離基と同じ側に入る隣接機構である. リボヌクレアーゼ類の場合は, 環状ヌクレオチドのリン酸基に含まれるリン原子を中心として, 求核攻撃する水分子中の酸素原子と環状ヌクレオチドの脱離基となる水酸基の酸素原子が5配位中間体の三角錐の頂点になるように並んだ配置をとる.
(昭和大学保健医療学部 阪本泰光)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

迅速浸漬法
Quick-soak Method
NIHのP. D. Sunらが開発した重原子誘導体結晶の調製法であるquick-soak methodのことである. この迅速浸漬法は, 通常用いられる比較的低濃度の重原子溶液に浸漬する方法に比べて浸漬時間を短縮できる. 一般的な重原子誘導体結晶の調製では, 結晶を高くても数mM程度の濃度の重原子溶液に長時間浸漬させる. 一方, この方法では, ほぼ飽和状態に調製した高濃度の重原子溶液に結晶を10分~1時間程度の短時間浸漬して重原子誘導体結晶を調製する.
(昭和大学保健医療学部 阪本泰光)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

SIRAS法
Single Isomorphous Replacement Method with Anomalous Scattering
Single Isomorphous Replacement with Anomalous Scatteringの略で, 単一重原子同型置換法のことである. MIR法(多重重原子同型置換法)での位相決定にはNative結晶(重原子を含まない結晶)と2種類以上の重原子に浸漬した重原子誘導体結晶が必要であるのに対してSIRAS法ではNative結晶と単一の重原子を含む重原子誘導体結晶があれば位相を決定できる. 異常分散効果をより有効に利用するため, 通常は波長を変更することが可能な放射光施設で測定を行う. 前述の迅速浸漬法と組み合わせて使用することで迅速な構造解析が可能となる.
(昭和大学保健医療学部 阪本泰光)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.047 No.06

微小角X線回折法
Grazing-angle X-ray Diffraction Method
入射X線, 出射X線ともに試料表面に対して全反射臨界角φc程度の微小角になる配置を用い結晶の表面層を調べる回折法は微小角X線回折法と呼ばれる. この配置を用いると表面層を通過(侵入, 回折)するX線のパス長を相対的に大きくできるので, バルクからのバックグランド散乱強度に対する, 表面層からの回折強度信号のS/N比を格段に向上できる. 微小角としてφc以下にセットする場合回折強度を理想的なS/N比で測定できる.(構造解析に普通用いられる波長1 Å程度のX線の侵入長は数μmであり, φcは数mradである.) 結晶表面を構造解析する目的では, 試料表面付近のX線電場強度がφcで極大になることと, ミスアライメントに起因する測定回折強度エラーを小さくすることとを考慮して, φc程度かそれよりやや大きい入射角が実際にはよく用いられる. 運動学的理論に基づく一回散乱の近似を用いて, 回折強度データは普通解析される. 参考資料として例えば, 菊田惺志, 日本結晶学会誌 29, 112 (1987);秋本晃一, 3章2節 結晶解析ハンドブック, 日本結晶学会「結晶解析ハンドブック」編集委員会/編, 共立出版 (1999).
((財)高輝度光科学研究センター 坂田修身)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

シリカ包接化合物
Silica Clathrate
低圧型シリカ(SiO2)はSiO4四面体の全頂点共有からなる骨格構造からなっており, 天然では石英(quartz)その他の密度2.6, 2.3(g cm-3)程度の鉱物の出現がよく知られている. SiO4骨格構造はその他に多数の異なる様式をもって出現することが知られている. その中の1つが標題の物質群である. 骨格構造中に上述の鉱物よりさらに大きな多面体空隙をもっており, CH4, CO2やより大きな分子を“ゲスト分子”として吸蔵することによって低密度の骨格構造(2g cm-3程度)を安定化させている. 成長時に取り込まれたゲスト分子はかなりの高温まで保持され, その点でゼオライトとは異なり, また成長にゲスト分子が必要であるという点でシリカとは区別される. クラスラシル(clathrasil)という呼称が使われることもある. メラノフロジャイト(46SiO2・2M12・6M14)は鉱物として出現する唯一の例である.
(金沢大学大学院自然科学研究科 木原國昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

振幅変調
Amplitude Modulation
二元系で, 構成原子間にまったく相関のない平均構造の散乱強度は基本格子反射と散乱角増加とともに単調減少する散乱(いわゆるLaue単調関数)が観測される. 一方, 結晶内の構造ゆらぎ, つまり原子密度のゆらぎが存在するときには, 結晶構造因子の中の振幅に影響を及ぼし, その結果として, Laue単調散乱強度は変調を受ける. 最近接原子間で異種または同種原子対が優先するかどうかに依存して, 散漫散乱の強度極大位置はゾーン境界または中心に出現する. Ising系で表現できるスピン密度の変調もまったく同様な議論が可能である.
(筑波大学物質工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

位相変調
Phase Modulation
結晶には必ず構造の乱れが内在する. 動的には構成原子自身の熱振動に起因するもので, その変位は温度の上昇および原子間力の大きさの逆数に比例して, 増加する. 静的には, 格子欠陥, 不純物, 構成原子サイズの大きさの違い, などにより, 結晶内では局所的に原子の変位が生ずる. 両者とも, 結晶構造因子の位相に影響を及ぼし, その散乱強度は通常ゾーン中心位置にブロードで弱い散漫散乱強度分布を与える. さらに, 静的原子変位の影響が大きい場合にはその強度分布は非対称となる.
(筑波大学物質工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

フェルミ面反映効果
Fermi Surface Imaging Effect
振幅変調に起因した構造揺らぎは熱統計力学的取り扱いが可能である. 結晶状態が比較的高温で, 二体原子間相関のみを考慮する場合, 散漫散乱強度I(K)はI(K)=C/{A+BV(K)}で表現することができる. ここで, A, B, Cは定数で, V(K)は二体原子間相互作用のフーリエ係数である. V(K)が伝導電子を媒介としたときには誘電定数ε(K)を含み, フェルミ面の形状に依存して, K=2kF+G(2kF:フェルミ波数, G:逆格子ベクトル)で特異性をもつ. 特に, 平坦なフェルミ面をもつ場合にはV(K)それ自身が対数的特異点をもつ. Krivoglazはこの特異点に注目し, 二体原子間相互作用に伝導電子の寄与があり, かつフェルミ面に平坦部分があれば, K=2kF+Gの位置で散漫散乱の極大が観測されることを最初に指摘し, フェルミ面反映効果と命名した. その後, 1)貴金属同士の合金系, 2)貴金属とPd, Ptとの合金系, および3)貴金属と単純金属との合金系に対してフェルミ面を反映する散漫散乱が観測されている. M. A. Krivoglaz, Theory of X-ray and Thermal-Neutron Scattering by Real Crystals, Plenum, New York (1969).
(筑波大学物質工学系 大嶋建一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

ヤーン・テラー歪
Jahn-Teller Distortion
中心原子が基底状態において縮退している軌道をもっていて電子が不均一に占有するとき, その軌道の縮退は解けたほうが電子エネルギー的に安定になる. このとき, 中心原子の周りの電子密度分布は変化し, 周囲の配位子の配置をゆがめるような力をつくりだす. これをヤーン・テラー効果という. 電子エネルギーの利得が格子のエネルギーの増加を上回るとき, このような配位子の配置のわずかな変化が結晶中に生じる. このヤーン・テラー歪を検出することによって中心原子の電子構造の変化を知ることができる. ある中心原子の周りのヤーン・テラー歪が配位子を介して隣接する中心原子のそれと協同的に起きることを協同ヤーン・テラー歪といい, 格子構造の変化が明瞭に現れる. 協同的ではないヤーン・テラー効果は配位子ないしは中心原子の位置の統計的分布として検出される.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 石沢伸夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

ポーラロン
Polaron
イオン的な性質をもつ電子やホールなどが周辺の格子を自らの電場によって変形, 分極させるとき, ポーラロンが形成される. あるいは, 周囲に分極場をもつ電子や正孔そのものを広くポーラロンと呼ぶ. ポーラロンが移動するときは周辺の格子の歪も一緒に引き連れるため, その移動に要するエネルギーは電子や正孔単独の場合よりも一般に大きく, 移動度はおおむね減少する. 3価と4価のMnからなる混合原子価化合物において, 1つのeg軌道電子がOを介して隣接する2つのMn間に共有されるMn-O-Mn鎖は二中心Zenerポーラロンの例である.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 石沢伸夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

ホッピング機構
Hopping Mechanism
伝導をつかさどるキャリアが熱によって励起され, 隣のサイトに移る過程を繰り返す伝導機構. 熱活性化エネルギーは0.5~2 eV程度である. いわゆるバンド伝導機構と対照的な意味合いで使用されることが多い. ホッピング伝導に関与するのは電子やホールばかりではない. 固体中のLi+, K+, F-, OH-, Ca2+, O2-, Al3+などのイオンによる電気伝導は主としてホッピング機構に基づく.
(名古屋工業大学セラミックス基盤工学研究センター 石沢伸夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

サイトパーコレーションモデル, ボンドパーコレーションモデル
Site Percolation Model, Bond Percolation Model
伝導性物質に非伝導性物質を混ぜると, ある濃度で伝導性が消失する場合がある. 強磁性物質を非強磁性物質で薄めると, ある濃度で強磁性が消失する. このような問題をパーコレーション(浸透)モデルは扱うことができる. ある格子において, ランダムに粒子を格子点(サイト)上に置く. 粒子の割合pがあるしきい値pcを超えると, 再近接格子点に沿った粒子のみをたどって格子の両端をつなぐ道筋ができる. 液体をこの道に沿って流すことを考えて伝導性等を考察するのが, サイトパーコレーションモデルである. 一方, 格子点をつなぐ線(ボンド)がつながっているかどうかによって, 道筋を考えるのが, ボンドパーコレーションモデルである. 伝導度σは伝導に寄与する粒子の割合p, しきい値pc, 指数μを用いて, σ∝(p-pc)μのように記述できる. しきい値pcと指数μは格子の種類に依存する.
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 八島正知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

熱測定
Calorimetry and Thermal Analysis
日本熱測定学会の定義によれば, 熱測定は熱量測定(Calorimetry)と熱分析(Thermal Analysis)に大別される. 前者は比熱, 転移熱, 燃焼熱, 溶解熱, エンタルピー, 自由エネルギーなど, 平衡熱力学で定義される種々の熱力学関数の絶対値を求める技法であり, 後者はDTA(示差熱分析), DSC(示差走査熱量測定), TG(熱重量測定)など, 主として温度やその他の外的条件を掃引して, 熱異常などを検出する技法である. 一般に前者は大掛かりで比較的大量の試料を用い, 測定時間も長時間を要することが多いが, 後者では比較的少量の試料を用い, 自動化された測定が多い. 最近では熱容量分光法, 緩和法など両者の中間的な技法も多く開発されてきている.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 川路 均)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

熱異常
Thermal Anomaly, Heat Capacity Anomaly
比熱の温度変化を見るとき, 一般に温度上昇とともに熱励起により比熱の値がなだらかに増加するが, これは正常熱容量と呼ばれる. これに対し, 相転移などにより正常熱容量からずれた挙動が見られるとき, これを熱異常(熱容量異常)と呼ぶ. 一方, 広く熱力学的性質のなかで, 異常な振るまいが見られるとき, その総称として用いられることもある.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 川路 均)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

バルク物性量
Bulk Property, Properties of Bulk Substance
物質の物理的性質のうち, 巨視的に取り扱われるものを言う. 統計熱力学で記述できる. 熱的性質としては融点, 沸点, 熱容量, 熱伝導率, 熱拡散率など. 電磁気学的性質としては分極, 誘電率, 磁化, 透磁率, 電気伝導率, バンドギャップなど. 力学的性質としては密度, 圧縮率, 弾性率, 粘度など, 光学的性質としては屈折率などが挙げられる. また, 熱的性質と電磁気学的性質とが結合した焦電係数, 熱電係数(ゼーベック係数, ペルチェ係数, トムソン係数), 熱磁気効果などや, 熱的性質と力学的性質が結合した熱膨張率, 電磁気学的性質と力学的性質が結合した圧電係数(電気機械結合係数), 応力磁気係数などのバルク物性量がある.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 川路 均)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

規則不規則型相転移と変位型相転移
Order-Disorder Phase Transition and Displacive Phase Transition
結晶が温度低下とともに対称性の高い相から低い相へと変化するとき, 原子の位置が対称性の高い位置からずれる(変位する)ことによって, 結晶全体の対称性が低下する相転移を変位型相転移と呼ぶ. 一方, 高対称相において, 存在する原子の位置が複数の位置に同じ確率で分布することによって, 結晶全体の対称性が平均として高くなっているような場合がある. このとき温度低下とともに特定の位置の確率が大きくなることによって結晶の対称性が低下する相転移を規則不規則型(秩序無秩序型)相転移と呼ぶ. 実際の相転移は両者の中間的な性質を示す場合が多い. 規則不規則型相転移では, 高対称相で原子は乱れた複数の位置に分布していることから, 原子位置に関する配置のエントロピーをもち, 相転移でこのエントロピー変化に対応した大きな熱容量異常を示す. 一方, 変位型相転移は特定の格子振動と結合し, 相転移温度で振動数がゼロに近づくソフトモードを伴うことが多いが, エントロピー的な寄与は小さいから, 一般に熱容量異常は小さい.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 川路 均)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

高次元構造解析
Higher-Dimensional Structure Analysis
変調構造を解析する手段として考案された方法. 仮想的な高次元空間における周期構造を考え, その三次元断面として変調構造が表現される. 高次元周期構造の対称性(高次元超空間群)を利用することにより構造因子の計算などを効率的に行うことができる. 変調が1方向のみの場合は四次元でよいが, 2方向, 3方向の場合にはそれぞれ五次元, 六次元が必要となる. 四次元の場合, 一般に原子は第4軸方向に連続的に延びた紐として表現される. また, 原子座標だけでなく, 温度因子や占有率の変調についても同様に扱うことができる. 高次元解析法は準結晶や双晶の解析にも有効であることが知られている.
(物質・材料研究機構 道上勇一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

インコメンシュレート相
Incommensurate Phase
変調構造のうち, 基本周期と変調の周期が整数比であるものをコメンシュレート相(整合相)というのに対し, 整数比で表せないものをインコメンシュレート相(非整合相)と呼ぶ. 前者はいわゆる超構造となり通常の周期構造としても解析できるが, 後者は周期性が失われた非周期結晶であり通常は高次元解析法により取り扱われる. インコメンシュレート相の回折パターンでは変調により生じた弱い反射(サテライト反射)が, 主反射の間隔とは無関係な位置に出現する. そのため, すべての反射を指数付けするためには4本以上の基本ベクトルが必要となる.
(物質・材料研究機構 道上勇一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

結晶学的剪断構造
Crystallographic Shear Structure
ある母構造に対してシアーオペレーションと呼ばれる操作を施すことにより境界面が導入された構造. シアー構造(あるいはシア構造)ともいう. 母構造としてはReO3型のWO3やMoO3, およびルチル構造のTiO2やVO2などが知られており, 後者の例ではMagneli相が有名である. シアーオペレーションはシアー面とシアーベクトルにより規定される. まずシアー面近傍の原子(通常は酸素)が取り除かれ, 構造がブロックごとに切り離される. 次に, シアーベクトルに従って各ブロックを移動することにより再び1つの構造につなぎ合わされる. 除かれたイオンの電荷を補償するため金属は混合原子価となる.(あるいは低原子価のほかの金属により一部置換される.)これらは通常TinO2n-1(n=4, 5, 6, ....)のようにある指数を用いた一連の相として出現し, ホモロガス相を形成する.
(物質・材料研究機構 道上勇一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

有機疑似一次元物質の秩序無秩序転移
Order-Disorder Transition in Organic Quasi One-Dimensional Compounds
有機伝導体では, 分子軌道を空間的に重ねることにより電気伝導が実現している. このため分子は平板状であり, 多くの場合結晶中で位置や配向に関しての乱雑さは考慮しなくてもよい. 他方, 分子に電荷を供給するイオンの配向に関しての秩序無秩序転移はしばしばみられる. 最初の有機超伝導体(TMTSF)2Xや類縁物質の(TMTTF)2Xの陰イオンの秩序無秩序転移が有名である. これらの物質で, 室温で陰イオンが秩序化しないのは, 分子から突き出したメチル基によりできた大きな空洞に陰イオンが位置するためである.(TMTSF)2ReO4で波数(1/2 1/2 1/2)の陰イオン配向による超格子構造が観測されたときには, 一次元方向a*方向の波数1/2が2kFに一致することから, CDWであると考えられた時期もあったが, 転移の次数がCDWで期待される二次転移ではなく, また転移点直上で観測されるX線臨界散乱が三次元的であることからCDWの可能性は否定された. 温度降下によりエントロピー項が重要になり,(TMTSF)2Xでは陰イオンX間の相互作用と陰イオンXとTMTSFにふくまれるSe原子との相互作用のバランスによって転移が起こるとされてきた. (TMTTF)2Xでも, 陰イオンX間の相互作用と陰イオンXとTMTTFにふくまれるS原子との相互作用は陰イオン秩序化に関係すると考えられている. 陰イオン秩序化の結果, イオンと分子の相対位置が変化して分子二量体化や四量体化も変化し, 2kFや4kF電荷秩序が形成される.
(岡山大学大学院自然科学研究科 野上由夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

4kF電荷密度波
4kF Charge Density Wave
無機擬一次元物質では通常の2kF電荷密度波(2kF CDW)のみが観測される. これは, 一周期にちょうど2個の伝導電子が入って絶縁化した状態である. 波動性を重視したバンド描像で考えた場合には, 2kFの周期的なポテンシャルによってフェルミ面付近の電子の位置エネルギーが低下することによって起こる. TTF-TCNQなどの有機擬一次元物質では, 2kF CDWだけではなく4kF CDWが観測される. 成因には, 本文で述べたように, 電子相関の影響によりバンドが上部ハバードバンドと下部ハバードバンドに分裂して, 状態密度が1/2になり電子が2倍の波数±2kFまで充填されることにより波数2倍のCDWが形成されるという説のほか, 長距離クーロン反発により, 一周期にちょうど1個の伝導電子が入った状態で電荷が秩序化するという説もある. 後者は本文で述べた4kF電荷秩序の成因と基本的には同一である.
(岡山大学大学院自然科学研究科 野上由夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

リバースモンテカルロ法
Reverse Monte Carlo Method
ランダム系の原子構造モデルを形成させる一般的なモンテカルロ法は, ある大きさの箱の中に有限個の原子を入れた系を作成し, 原子間のポテンシャルエネルギーを計算し, 系全体のエネルギーが低い平衡状態に達するまで乱数を用いて原子の移動を繰り返す方法である. それに対してリバースモンテカルロ法は, X線回折や中性子回折実験によって得られた構造情報を再現するまで, 計算機で乱数を発生させながら箱の中に位置する有限個の原子の配置を移動させ, その操作を繰り返す方法である.
(京都大学原子炉実験所 福永俊晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

動径分布関数
Radial Distribution Function
ランダム系の分布を表す関数として用いられる. 例えば, ランダム系物質の構成原子が等方的に分布しているとすると, ある原点原子の中心からrの距離に厚みdrの球殻をとり, その場所にほかの原子中心が存在する確率をrの関数で表す. これを動径分布関数という. 実験的には気体, 液体そして非晶質固体から得られるX線・中性子回折強度を規格化して得られる構造因子をフーリエ変換することによって得られる.
(京都大学原子炉実験所 福永俊晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

Voronoi多面体解析
Voronoi Polyhedral Analysis
多数の原子が空間的に分布した系において, 1つの原子Aとほかの原子が結ぶ線の垂直二等分面を考えると, 原子Aを囲む面の集まりが作られる. 原子Aから見て一番内側の面で囲まれた領域(多面体)は, 原子Aからの距離がほかのどの原子からの距離よりも短い領域になっている. 同様にして, すべての原子の周りにその領域(多面体)を作ると, 空間全体を各原子に属する領域(多面体)に分割したことになる. この多面体をボロノイ多面体と呼び, 多数の原子がランダムに分布した系を構成する多面体や隣接原子の配置に関する情報を与えるものとして, 液体やアモルファス固体(ガラス)の構造解析に使われる.
(京都大学原子炉実験所 福永俊晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

ウィグナー-ザイツ・セル
Wigner-Seitz Cell
ウィグナー-ザイツ・セル法はE. WignerとF. Seitzが提唱した結晶内の電子のバンド構造を計算する方法の1つである. まず, 結晶内に位置する各原子と隣接する原子を結ぶ線分の垂直二等分面で囲まれる多面体によって結晶を分割する. この原子多面体をウィグナー-ザイツ・セルという. ウィグナー-ザイツ・セル法はこの多面体内部において, 適当な境界条件下で波動方程式を解き, 波数ベクトルkの関数としてのエネルギーE(k)を求める方法である. すなわち, 多数の原子が分布した空間を構成するVoronoi多面体を得る方法はウィグナー-ザイツ・セルを求める方法を発展させたものである.
(京都大学原子炉実験所 福永俊晴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

超臨界流体
Supercritical Fluid
1気圧で温度を上げると沸点で液体は沸騰し, 液体から気体へと不連続な体積膨張を伴う一次相転移が起きる. 液体を加圧すると沸点は高温側へ移動するが, ある圧力以上になるともはや不連続な体積膨張を伴う沸騰が観測できなくなる. この境界点を臨界点と呼び, その温度および圧力をそれぞれ臨界温度および臨界圧力という. 臨界温度および臨界圧力を超えた温度および圧力下の, 液体とも気体とも区別のつかない流体を超臨界流体と呼ぶ. より厳密には, 圧力の上限は流体が固化する高圧力未満と定義されている. 超臨界流体の特性として, 古くから物質の溶解性や反応特性の温度, 圧力依存性が注目されたようである. しかし高圧流体を取り扱う技術やコストの問題から, 超臨界流体が実用と結びつけられるようになったのは近年になってからである. すなわち, 水や二酸化炭素など常温常圧で無害な物質を超臨界流体として用いることで環境にやさしい製造プロセスを開発すれば, 持続可能な循環型社会の構築に貢献できる. このため, 現在は実用を目指した超臨界流体の研究が盛んに行われている.
(広島大学総合科学部 乾 雅祝)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

液体の圧力誘起構造変化
Pressure Induced Structural Change in Liquid
常圧で共有結合や水素結合が存在し, 小さな配位数で特徴付けられる疎な局所構造をもつ液体では, 加圧により, その結合状態の変化を伴ったより密な構造への変化が期待される. これまで液体の構造変化は, 結晶と違って, 連続的に起こると考えられてきた. しかし最近, 液相の加圧による構造変化がある特定の圧力範囲で顕著に起きる場合があること, さらには液相間で一次の相転移も起こり得ることが明らかになってきた. 低密度非晶質氷と高密度非晶質氷の間の相転移が発見されたことから, 過冷却状態の水にも同様の相転移が存在すると考えられ, 実験と理論の両面から研究が続けられている. また, 液体炭素でも, 融解曲線の傾きに不連続変化が見られることから, 密度の異なる2つの液体間の一次相転移が示唆されている. さらに, 液体リンにおいて低圧分子性液体相と高圧重合液体相の間で可逆の一次相転移が発見されている. このほかにも, 過冷却状態のシリコン, 高圧下で電気抵抗の急激な変化が報告されている分子性液体のセレンやヨウ素, ネットワーク構造をもつSiO2やGeO2などで液体-液体相転移の可能性が提案されている.
(大阪大学大学院理学研究科 大高 理)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.01

スピンコート法
Spin-Coating Method
材料の原料を溶媒に溶解させ, その溶液を塗布することで, 材料を固体基板上に付着させたり, 薄膜を形成させたりする加工技術として, スピンコート法やディップコート法がある. スピンコート法(スピンコーティング法)では, 溶液を基板上に滴下し, その基板を高速回転させることで, 均一な塗膜を形成させる. これを乾燥後焼成すると, 薄膜を作製できる. 塗膜の厚みやほかの特質は, 素材となる溶液の性質(粘性率, 乾燥率, 表面張力その他)やスピン・プロセスのパラメータによって決まる. 最終スピン速度, 加速度そしてガス排出なども, 塗膜の性質を決定するうえでの重要な要素である.
(島根大学教育学部 秋重幸邦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

スレーターモード
Slater Mode
下図のような立方晶ペロブスカイト構造をもつチタン酸バリウム(BaTiO3)は, キュリー温度(TC=130℃)で構造相転移を起こし室温で正方晶となり, c軸方向に強誘電分極が発生する. このとき, ブリルアンゾーンの中心の3重縮退Γ15格子振動モード(ν1, ν2, ν3)がソフト化する. ν1モードは, 矢印で示すようなTi-O6の並進モードで, Tiと酸素の反対方向への変位に対応する. ν2モードはBa-TiO6の並進モード, ν3モードはO6八面体の変形モードである. ν1モードは, SlaterがBaTiO3の局所電場の計算から予想した強誘電変位パターンであり, スレーターモードと呼ばれている. 本文中では, BaTi2O5の3種類のTiO6八面体のうち, Ti1-O6の格子変位パターンがこのスレーターモードと対応していることを述べた.
(島根大学教育学部 秋重幸邦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

自発分極のトロイダル秩序
Toroidal Ordering of Spontaneous Polarization
強誘電性物質の自発分極はキュリー温度TC以下で発生する. 同じ大きさの分極がある方向に均一に揃ったものを強誘電体, 反平行に揃ったものを反強誘電体, 大きさの違った分極が反平行に揃った場合をフェリ誘電体と呼ぶ. このように, 普通のバルク結晶で発生する自発分極は, 非常に単純な構造である. 最近, Naumovらは, ナノスケールの円盤状や円柱状の形状をした強誘電体Pb(Zr, Ti)O3において, ab initio計算を用いて分極の発生の様子を調べた(Nature 432, 737 (2004)). 約4 Åの格子定数を1単位として, 直径7単位, 長さ28単位の円柱では, 分極は渦巻状に秩序化する. この円柱を長さ方向に2つに割った断面での分極の秩序状態が, 模式的に図に示されている. このように0次元のナノスケール強誘電体では, 反電場による効果とサイズ効果の微妙なバランスで, 渦巻状の分極秩序が低温で実現する.
(島根大学教育学部 秋重幸邦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

カーボンナノフィルム
Carbon Nanofilm
数十枚以下の炭素六員環平面が堆積してできた炭素極薄膜のこと. 黒鉛を溶液内で酸化すると, 六員環平面の層間に金属イオン, 酸素などが侵入する. これを乾燥させないで, 希硫酸および水中で精製すると, 金属イオンなどは層間から除去される. このとき, 層間が分離して極薄平板状微粒子が生じる. これを水(あるいはアルコール)でよく洗浄し, 希釈して得たコロイド液を, マイクログリッドに滴下し, 乾燥させると, 微粒子は連結しカーボンナノフィルム(CNF)が得られる. コロイド液の濃度が薄いほど, 得られるCNFは薄い. 堆積した六員環平面の数nが10以上の場合, CNFに生じた“しわ”部のTEM格子像よりnの値を直接読み取ることができる. 電子回折点の強度解析によれば, 六員環平面は..AA..型で堆積している. n≒10のとき, 六員環平面の層間の間隔は0.43~0.5 nmであり, 酸化黒鉛のそれ(~0.8 nm)より小さく, 黒鉛のそれ(0.34 nm)より大きい. EELS解析によれば, 酸素と炭素の比は, 0.13~0.27の範囲にある. 真空内での加熱によりこの値は低下し, CNFは半導体化する.
((元)科学技術庁無機材質研究所 堀内繁雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

蛋白質のDNA塩基配列認識
DNA Sequence Recognition by Protein
配列特異的にDNAを認識するDNA結合蛋白質は, 転写因子, RNAポリメラーゼ, DNA修復酵素など, 数多く存在する. これらの蛋白質のDNA認識は, 水素結合, 疎水結合, 塩結合などの組み合わせで起こる. また, アミノ酸とDNAが直接的に接触するだけでなく, 水和水が蛋白質-DNA間に介在する場合などもある. 蛋白質-DNAの相互作用の配列特異性は, 最終的にはDNA塩基配列と蛋白質のアミノ酸配列の両配列から予想できるのではないかとする説がある(C. O. Pabo and R. T. Sauer, Annu. Rev. Biochem. 53, 293 (1984)). しかし, 蛋白質が長大なDNA鎖から特定の位置情報を効率的に探し出すプロセスは解明されていない. これまで水素原子や水和水の水素結合ネットワークの役割が明らかにされていなかったためとも考えられ, そのためにも中性子構造生物学的検討が待たれている.
(日本原子力研究開発機構 新井栄揮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

中性子による水和水観測
Observation of Hydration Molecules by Neutron Crystallography
中性子結晶回折法によって観測される水和水の原子核密度図の形状は, 原則的には水分子を構成する3原子に基づいて, 三角形状(もしくはブーメラン状)に見えるはずである. しかし, 実際は次のような様相を示す.(1)三角形状(もしくはブーメラン状);水分子の3原子すべてが水素結合によって固定されている場合が多い.(2)楕円形状;水分子の2原子が水素結合によって固定され, 残り1原子が自由である場合によく見られる.(3)球状;水分子の1原子が水素結合によって固定され, 残り2原子が自由である場合によく見られる. 上記のような原子核密度図の形状の差は, 水素結合様式の違いに起因する水和水の熱運動様式の違いが主要因であると考えられる. このような情報は, 生命現象における水分子の役割を考えるうえで重要であると思われる. T. Chatake, A. Ostermann, K. Kurihara, F. G. Parak and N. Niimura, Proteins 50, 516 (2003).
(日本原子力研究開発機構 新井栄揮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

中性子回折計BIX-4
Neutron Diffractometer BIX-4
現在, 世界で稼働中の蛋白質中性子結晶回折装置としては, フランス・ILLのLADI, アメリカ・LANSCEのPCS, 日本原子力研究開発機構のBIX-3とBIX-4などが挙げられる. LADIはラウエ法, PCSはパルス中性子ビームによる中性子飛行時間法(TOF法)を用いた回折計であるのに対し, BIX-3とBIX-4は単色中性子線を利用した回折計である. BIX-4の装置内部では, 試料の周囲を円筒状(半径20 cm, 高さ45 cm)に中性子イメージングプレート(NIP)が覆う. NIPは開発当時にX線結晶解析で広く使用されていたIPに中性子検出のためのガドリニウムを添加したものであり, 本研究分野におけるブレイクスルーとなった. NIP上の回折データ読取りは, NIPの下方への移動とレーザー光の水平面内回転を組み合わせて行われる. 栗原和男, 田中伊知朗, 新村信雄, 日本結晶学会誌 46, 193 (2004).
(日本原子力研究開発機構 新井栄揮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

血液凝固
Blood Coagulation
血液凝固は, 血中のセリンプロテアーゼ前駆体がプロテアーゼ切断を受けることで, 次々と活性型プロテアーゼへと活性化されていくカスケード反応であり, 最終的に生じた活性型セリンプロテアーゼのトロンビンが血中のフィブリノーゲンをフィブリンへと分解, これが重合しフィブリン塊を作ることで完了する. 内因系経路と外因系経路の2つがあり, 内因系経路では, 負電荷をもつ異物表面でFactor XIIが活性型プロテアーゼであるXIIaと活性化されることで始まり, XIIa→XIa→IXa→Xa→トロンビンの順序で活性化されていく. 外因系経路では, 血中のFactor VIIが血管外細胞表面に存在するTissue Factorと結合をすることでVIIaへと活性化され, VIIaによるIXa, Xaの活性化を経て, トロンビンの活性化へと続く. なお, 血管内部を構成する血管内被細胞には, Tissue Factorが発現しておらず, 血液凝固が起きない状態が保たれていることに加え, 生じたフィブリン塊を分解する線溶系と呼ばれるセリンプロテアーゼカスケード経路やアンチトロンビン, Tissue Factor Pathway Inhibitorといった凝固阻害蛋白, そして, 活性化型凝固因子の分解を行う活性型セリンプロテアーゼであるプロテイCといった坑凝固のメカニズムが存在, これらに機構により血液凝固が起きる場所は血管損傷部位に限定され, 通常の血管内部で血液凝固が起きないよう厳密にコントロールされている.
(中外製薬株式会社化学研究第一部 門野正次郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

ターミネーター
Terminator
ターミネーターとは, mRNA転写終結部分のRNAの配列が作る終結シグナルのことをさし, 二次構造表示ではステム-ループ構造となる. バクテリアにおいて隣接した構造遺伝子の一群はオペロンと呼ばれ, 共通のプロモーターから単一の転写単位として転写され, 同じ制御を受ける. ターミネーターは構造遺伝子群の直前に位置する. 実際にRNAの転写を行う酵素であるRNAポリメラーゼは, このステム-ループ構造で停止するので, 後に続く遺伝子群の転写は終結する. したがって, この構造遺伝子群からタンパク質は合成されないことになる.
(NECソフトVTCセンター 水野 洋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

アンチターミネーター
Anti-Terminator
ターミネーターのステム-ループあるいはその周辺を構成するRNA配列の中に, 転写制御タンパク質と特異的に結合する配列があり, 以下に示す理由から, このRNA配列領域をアンチターミネーターという. すなわち, 転写制御タンパク質がこのRNA配列と特異的に結合すると, ステム-ループ構造が壊れて大きく変化し, これによってRNAポリメラーゼを止められなくなり, 後に続く下流の構造遺伝子群の転写が開始される. 転写制御タンパク質が介在してアンチターミネーターを引き出す一連のエベントをアンチターミネーションという.
(NECソフトVTCセンター 水野 洋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

アテニュエーションタンパク質
Attenuation Protein
転写を制御するタンパク質の1つで, バクテリアでは, このようなタンパク質が介在する転写制御機構がしばしば見られる. 枯草菌のトリプトファン合成系オペロンでは, トリプトファンが十分量存在すると転写制御が働く. すなわちトリプトファンが転写制御タンパク質TRAPに結合し, 活性化された11量体のTRAPが, トリプトファン合成系オペロンのmRNAに存在するアンチターミネーター領域に特異的に結合して転写終結ステム-ループ構造へと変化させ, トリプトファン合成酵素群の転写を終結させる. この働きはアンチターミネーションに対してアテニュエーションと呼ばれる.
(NECソフトVTCセンター 水野 洋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.02

第3世代放射光施設
3rd-Generation Synchrotron Radiation Facility
放射光は光速に近い電子が磁場で軌道を曲げられたときに発生する電磁波である. 初めて電子シンクロトロンで放射光が観察されたのは1947年であり, 当時は素粒子実験用加速器のエネルギー損失にすぎなかった. それを積極的に物性研究に利用したのが放射光研究の始まりであり, このような素粒子実験用加速器の寄生利用を第1世代光源と呼ぶ. 1970年代からは, 放射光の有用性が認識され専用に設計された第2世代放射光施設が建設されるようになった. 1990年代以降世界各国で, 挿入光源を組み込んだ第3世代放射光施設の建設がされている. 第3世代と呼ばれる放射光施設は, 低エミッタンスの専用加速器にアンジュレータ主体の高輝度挿入光源を多数設置できるように設計された施設のことで, 大型放射光施設は, 世界にSPring-8(1997年, 理研・原研, 日本), APS(1996年, 米国エネルギー省), ESRF(1994年, ヨーロッパ18カ国共同開発, フランス)の3つがある.
(理化学研究所播磨研究所 山本雅貴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

垂直偏光アンジュレータ
Vertical Undulator
アンジュレータは, 電子に進行方向と垂直かつ周期的な磁場により蛇行運動を与えて放射光を発生させる加速器直線部に挿入される装置である. 一般的なアンジュレータは, その磁場が垂直方向のみで電子を水平面内に蛇行させ軸上放射光は水平直線偏光である. SPring-8 BL45XUはダイヤモンド結晶を利用した水平面内での分岐ビームラインで, 偏光因子によるビーム強度低下を防ぐために垂直直線偏光を必要とした. 垂直偏光アンジュレータは, 水平方向に磁場を発生し電子を垂直面内に運動させることにより垂直偏光を取り出す挿入光源である. このためには通常上下2列にある磁石列をさらに左右2つに分割し, 合計4列にする必要があるが, SPring-8ではさらに磁石表面に工夫をこらして, 水平方向の磁場の一様性などを高めている. さらに, 磁石を真空チャンバの内部に設置(真空封止)する技術と組み合わせて広範囲のエネルギーをカバーしている.
(理化学研究所播磨研究所 山本雅貴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

Inverse Beam Geometry Setting
Inverse Beam Geometry Setting
タンパク質結晶構造解析では, MAD法など位相決定のために異常分散効果を利用している. 異常分散効果利用の問題点は, その変化が大変微小(回折強度の数%)なことである. したがって, 測定誤差をできるだけ取り除く工夫が必要である. Hendricksonらは吸収の異方性を減らし, 異常分散効果によるバイフット差(f")を精度良く収集する目的でInverse Beam Geometry Settingを提案した(W. A. Hendrickson, et. al.: EMBO J. 9, 1665 (1990)). この方法は振動写真法のデータ収集において, Friedel対が180度異なる結晶方位で収集できることに着目して, 回折計の振動軸でa度の回折像と(180+a)度の回折像を交互に取り進める. これにより吸収の効果をほぼ等しく, また対応するFriedel対を近接した時間内に収集することで放射線損傷などによる経時的な系統誤差を減らそうとするものである.
(理化学研究所播磨研究所 山本雅貴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

メールインデータ収集
Mail-in Data Collection
放射光ビームラインを利用する利用者は, 自らビームラインに足を運び, 自ら回折データ測定を行う必要がある. とりわけ遠方からの利用者は放射光ビームラインへの移動に時間がかかり, さらに利用頻度が少ないにもかかわらずビームライン実験操作の習熟が必要である点など利用者の利便性や実験効率の面で改善すべき課題があった. SPring-8のタンパク質結晶解析ビームラインでは, 自動回折データ収集ソフトBSSやサンプルチェンジャーSPACEを利用した自動回折データ測定システムを構築して, 利用者の利便性向上に向けたメールインデータ測定の導入を進めている. SPring-8で実施しているメールインデータ収集では, 利用者から凍結状態で送付されたタンパク質結晶を, 利用者に代わってビームラインオペレーターが回折データ測定を行う. これにより利用者は研究室に居ながら放射光ビームラインを利用した実験結果を得ることができる.
(理化学研究所播磨研究所 山本雅貴)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

ゴルジ体
Golgi Body
真核生物の細胞に見られる複合的な膜系からなる細胞小器官の1つである. 発見者のCamillio Golgiの名前をとってつけられた. ゴルジ体は機能的に少なくとも4つの部分に分けることができ, 小胞体に近いほうから, シス部, 中間部, トランス部, トランスゴルジネットワーク(TGN)と呼ばれている. 機能としては, 分泌タンパク質や細胞外タンパク質の糖鎖修飾や, リボゾームタンパク質のプロセシングなどを担っており, 小胞体(粗面小胞体)で合成された分泌タンパク質はゴルジ体へ輸送され, 糖鎖の付加などの化学的修飾を受けてゴルジ体より分泌される. トランスゴルジネットワーク(TGN)から分泌された小胞は細胞膜やリソソーム/エンドソームなどに選別輸送される.
(東京大学大学院総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

クラスリン被覆小胞
Clathrin-Coated Vesicle
輸送小胞の1つであり, 被覆タンパク質である2種類のクラスリン(重鎖と軽鎖)が会合することにより形成されるバスケット状の輸送小胞である. このクラスリン被覆小胞形成には, AP複合体やGGAタンパク質のようなアダプタータンパク質が関与している. クラスリン被覆小胞は, ゴルジ体のトランスゴルジネットワーク(TGN)とエンドソーム/リソソーム間へのタンパク質輸送および細胞膜からのエンドサイトーシスの両方で用いられている.
(東京大学大学院総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

小胞輸送
Vesicle Transport
細胞内において, 個々の細胞小器官間の物質の輸送は, クラスリン被覆小胞, COP I小胞, COP II小胞などの輸送小胞を用いた小胞輸送により行われている. 真核細胞が行っている代表的な小胞輸送は大きく分けると2つに分類することができる. 1つは分泌経路と呼ばれており, 小胞体→ゴルジ体→細胞膜(またはエンドソーム)という経路であり, この経路は物質が細胞内部から外部へ向かって放出されていくのでエキソサイトーシスと呼ばれている. もう1つは, 細胞膜→エンドソーム/リソソームという経路であり, この経路は物質が細胞外部から内部へと取り込まれていくのでエンドサイトーシスと呼ばれている.
(東京大学大学院総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

Ab-initio構造決定
Ab-initio Structure Determination
粉末回折データから単位格子の決定, 空間群の決定, 基本構造(おおまかな原子配列)の決定, 構造の精密化までのプロセスをすべて行い構造を決定することをab-initio構造決定と呼ぶ. 厳密な意味での定義は難しいが, 一般には, 基本構造の決定を実空間法や直接法, パターソン法などにより決定した場合によく用いられる. どちらかといえば, 分子性の結晶やゼオライトなど, 構成原子が多く, 構造が複雑な物質について粉末法から構造を決定した場合によく使用される言葉であり, 格子定数が3~7, 8 Åの無機物の場合には使われることが少ない.
(名古屋大学工学研究科 西堀英治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

Guinier-Simonカメラ
Guinier-Simon Camera
ギニエカメラの光学系では, 入射X線は通常入射角45°で円筒形のカメラ内部に進入する. 入射X線の単色化にはヨハンソン型の湾曲モノクロメーターを使い, 管球の反対側の焦点をカメラ内の円筒フィルム上に設定する. ギニエカメラでは, 入射経路上で円筒面にあたる位置に粉末試料を置くと, 試料を透過するX線の中で同じブラッグ角をもつ回析線もまた円筒フィルム上に集光するという幾何学を利用して高分解能かつS/N比の高いデータを収集する. Guinier-Simonカメラ[A. Simon, J. Appl. Cryst. 4, 138 (1971)]はCu-Kα1線とキャピラリー試料の組み合わせに最適化されており, ローランド円に垂直な方向(水平方向)に並進移動する半径57.4 mmの2/3円筒フィルムカセットと, 同様にローランド円に垂直に設置されたガス吹き付けノズルが特徴である. キャピラリー試料は吹き付けガスノズルと対向して設置される. フィルムカセット位置はステッピングモーターで, 吹き付けガス温度はPIDで制御されており, 適切な並進速度と温度勾配を選択することで構造相転移前後で変化する回析プロファイル(ΔTダイアグラム)を1枚のフィルム上に連続して記録することができる.
(金沢大学大学院自然科学研究科 奥寺浩樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

IPR則(孤立五員環則)
Isolated Pentagon Rule
クロトー教授らにより球状炭素分子C60などが発見され, これらは総称してフラーレンと呼ばれる. C60から始まったフラーレン科学は, 現在, 原子数20~100およびそれ以上の高次フラーレンへとその領域を広げている. これまでに発見されたフラーレン類は, すべて五員環と六員環のみからできている. オイラーの定理により, 五角形と六角形からなる多面体においては, 五角形は常に12個存在すると示されている. フラーレンに対してもこの定理が当てはめられるが, この場合五員環同士が隣接するとその部分の曲率が大きくなり, 歪みを生じ不安定になるとされている. 現在までに単離されているフラーレンのほとんどが,「五員環同士は隣接しない」という経験則を満足している. これは孤立五員環則(IPR則:Isolated Pentagon Rule)と呼ばれている. IPR則はフラーレン分子の構造を決定付ける重要な指標であるが, 最近, このIPR則を満たさないnon-IPR構造のフラーレンもいくつか単離されている.
(筑波大学先端学際領域研究センター 赤阪 健)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.03

選択毒性
Selective Toxicity
特定の対象生物にだけ発揮される毒性のこと. 例えば抗生物質であるペニシリンは病原性細菌に毒性をもつ一方, ヒトの細胞には無毒である. これは動物にはなく細菌だけがもつ細胞壁に作用して, 細胞壁合成を阻害することで特定の細菌を死滅させるためである. 選択毒性の概念を初めて明確に打ち出したのはPaul Ehrlichといわれている.
(熊本大学環境安全センター 山口佳宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

カルバペネム薬
Carbapenem
ペニシリンと同様にβ-ラクタム環を基本骨格とするβ-ラクタム環系抗生物質の一種. 抗菌スペクトルが広く, 院内感染症で最も重要である緑膿菌や嫌気性菌を含む広範囲の菌に有効である. また細菌が産生するβ-ラクタム環を加水分解するβ-ラクタマーゼによって加水分解されにくいことから, β-ラクタム環系抗生物質の中でも切り札的な存在として臨床で扱われている.
(熊本大学環境安全センター 山口佳宏)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

トポロジー的共鳴エネルギー
Topological Resonance Energy
鎖状ポリエンには, 原子化熱(分子を原子に分解するのに必要なエネルギー)の加成性が成り立つ. すなわち, C=C, C-C, C-H結合の結合エネルギーを, 534.31, 419.70, 428.15 kJ/molと仮定し, 構造式中の結合のエネルギーを足したものが, 実測の原子化熱にほぼ等しくなる. ベンゼンなどの環状ポリエンについては加成性が成り立たなくなる. C=C, C-C, C-H結合でできた仮想的なベンゼンの推定される原子価熱よりも, 実測のベンゼンの原子化熱のほうが高い. この差をデュワー共鳴エネルギー(DRE)と呼ぶ. 上記3つの結合エネルギーは, 平面分子に対して仮定されたものであるため, 非平面の環状共役系においてDREを考慮できない. ヒュッケル分子軌道法により実際の分子とC=C, C-C, C-H結合でできた仮想分子のエネルギーを求め, その差をトポロジー的共鳴エネルギー(TRE)と呼んでいる. π電子系の安定性の指標として用いられている. 1976年, 相原惇一教授により定義された.
(科学技術振興機構 ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクト 松尾 豊)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

フィコビリン
Phycobilin
紅藻, ラン藻, クリプト藻, 灰色植物に見られる光合成色素の一群で, 基本骨格に開環テトラピロール(ビリン)をもつ. ヘムの代謝によって生じた前駆体ビリベルジンIXαからさまざまな部位が還元されることによって, 色調を異にする多様な色素群が合成される. これらのうち, フィコシアノビリンとフィコエリスロビリンについては合成に関与する酵素が明らかになっているが, フィコウロビリンとフィコビリビオリンについては不明なままである. 紅藻やラン藻では, フィコビリンを発色団としてチオエーテル結合したタンパク質(フィコビリタンパク質)とリンカータンパク質が会合して, 巨大タンパク質複合体フィコビリソームをチラコイド膜上に形成する. フィコビリソームは光エネルギーを光化学系II複合体へと送るアンテナとして機能する. フィコビリンはクロロフィルがあまり吸収できない緑色光を吸収できるので, フィコビリンをもつ生物種では, より広い波長領域の光を利用して光合成を行うことができる.
(久留米大学医学部 杉島正一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

フィトクロム
Phytochrome
1959年にBorthwickらによって発見された植物に広く存在する赤・遠赤色光受容体タンパク質で, 発色団としてフィトクロモビリンをチオエーテル結合している. 赤色光(650 nm付近)を受容することで生じる発色団の異性化反応をトリガーとして, タンパク質全体のPr型(不活性型)からPfr型(活性型)への構造変化, 逆に遠赤色光(730 nm付近)の受容によってPfr型からPr型への可逆的な変化を示す. フィトクロムは種子発芽, 花芽形成, 生物時計, 形態形成などさまざまな生理反応を調節しているが, その機能発現の分子機構は不明な点が多く, 現在はリン酸化酵素として働き, シグナル伝達を行うという説や, PrからPfrへの変化に伴って, 細胞質から核内へ移行し, 転写反応に関与するという説などが提唱されている. フィトクロムの立体構造は長らく不明であったが, 2005年に細菌フィトクロムホモログの発色団結合ドメインの構造が明らかとなった.
(久留米大学医学部 杉島正一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

レクチン
Lectin
レクチンはもともと植物種子中に見出された赤血球凝集活性を示すタンパク質の一群であり, それぞれ特異的な糖鎖を認識し結合する. レクチンには通常2カ所以上の糖結合部位が存在していることから, 細胞表面の糖鎖と結合した場合, それらを架橋することによって細胞凝集活性を示す. レクチンの中には, 細胞凝集活性のほかに, リンパ球を刺激して分裂・増殖を引き起こす活性(マイトジェン活性)や細胞障害活性などさまざまな活性を示すものがあるが, これらはレクチンと細胞表面の特異的糖鎖との結合によって引き起こされるものと考えられている. 近年では, 動物の組織や体液中からも共通のレクチンドメインを有するタンパク質が多数見出されており, タンパク質の細胞認識や細胞接着に重要な役割を果たしていることが明らかになっている. レクチンは特異的な糖結合活性を示すことから, 糖タンパク質や糖脂質の検出や精製, また最近では複数の異なる特異性をもつレクチンとの結合性を基に, 糖鎖構造解析などにも用いられている.
(長崎大学工学部 畠山智充)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

リシン
Ricin
リシンはヒマ(トウゴマ;Ricinus communis)種子中に存在する強力な毒性を示すレクチンであり, 真核細胞28S rRNAの1カ所(4324番目)のアデニンとリボースの間を特異的に切断する酵素サブユニット(A鎖)とガラクトースとの結合性を示すレクチンサブユニット(B鎖)からなる. リシンの細胞毒性は, B鎖が細胞表面糖鎖と結合した後に, A鎖が細胞膜を通過してサイトソル内でリボソームを不活性化し, タンパク質合成を阻害することによる. リシンと類似した毒性レクチンとしては, トウアズキ(Abrus precatorius)種子中のアブリンなどがある. リシンB鎖の立体構造はβ-trefoil構造として知られており, 類似した立体構造をもつドメインが, レクチン以外にもさまざまな酵素や毒素の一部として見出されている. 一方, B鎖をもたないA鎖のみの形で存在するリボソーム不活性化タンパク質も植物中に広く存在することが知られているが, それらはB鎖をもたないために細胞自体に対する毒性は示さない.
(長崎大学工学部 畠山智充)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.04

BLUFタンパク質
BLUF Protein
BLUFタンパク質とは, BLUF(a sensor of blue-light using FAD)ドメインをもつタンパク質を指す. BLUFドメインは, フラビン(FAD)を補欠因子とするアミノ酸残基数約100の青色光受容体タンパク質ドメインで, 各生物種由来のBLUFドメイン間では一次構造上の相同性があるが, これまでに知られているフラビンを結合する青色光受容体であるクリプトクロム, フォトトロピンとの一次構造上の相同性がないことから, 新規の青色光受容機能を有すると考えられている.
(京都大学原子炉実験所 喜田昭子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

EF-ハンドモチーフ
EF-hamd Motif
カルシウム結合モチーフと知られており, およそ40のアミノ酸から構成されている. その構造はヘリックス-ターン-ヘリックスからなる. この2つのヘリックス間をつなぐループ(ターン)の部分にカルシウムが結合する. このモチーフはカルシウムによってその機能が制御されている多くのタンパク質に見られる構造である.
(大阪大学蛋白質研究所 藤間祥子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

放射光X線によるダメージ
X-ray Damage
大型放射光施設で測定に用いられる強い強度のX線により, 結晶中のタンパク質に損傷が与えられる現象を言う. X線ダメージの回避のために, 現在では, ごく低温に結晶を冷却して測定する方法が用いられている. しかし, これだけでは完全にタンパク質部分の損傷を回避できないことも近年明らかとなってきた. この損傷は, 結晶中のタンパク質のどの部分にでも無作為に生じるのではなく, 特定のアミノ酸残基において生じる傾向が見られる. よく知られているものに, ジスルフィド結合(S-S結合)の開裂や, グルタミン酸, アスパラギン酸側鎖の脱炭酸がある. これは, X線照射により, 結晶中の溶媒やタンパク質部分にラジカルが生じ, 連鎖的なラジカル反応の結果として生じていると考えられている.
(大阪大学蛋白質研究所 藤間祥子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

オイルマイクロバッチ法
Oil Microbatch Method
結晶化母液をパラフィンオイルなどの油で覆った状態で行うマイクロバッチ法を指す. 微量化および自動化に向いているため, 大規模なタンパク質結晶化スクリーニングロボットに採用されている(Sugahara et al., 蛋白質核酸酵素 47, 1026 (2002)). 元来は, 母液からの水の蒸発を完全に抑える目的でパラフィンオイルを使用していた(Chayen et al., J. Appl. Cryst. 23, 297 (1990)). しかし近年では, 母液からの蒸発を完全には抑えず, パラフィンオイルとシリコンオイルを適当な割合で混ぜた油を使用し, 2カ月ほどかけて徐々に蒸発させるようになった. したがってこの場合は厳密にはバッチ法ではなく, 蒸気拡散法との中間的な位置づけになる.
(理化学研究所播磨研究所 国島直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

立体化学的妥当性
Stereochemical Validity
精密化の終了したタンパク質結晶構造をPDBに登録する前, モデルに誤りがないかさまざまな項目を確認する必要があるが, 立体化学的妥当性はその主要な項目の1つである. 例えば主鎖においては, Cα原子に関する二面角(φψ)が許される範囲にあるかどうかをラマチャンドランプロットで調べる. また, 主鎖の結合距離および結合角が典型的な値から大きく外れていないか確認する. 問題のある箇所について電子密度図を参照して再検討し, 間違いであればモデルを修正する. 側鎖についても, 結合距離, 結合角およびコンフォメーションが典型的な値から大きく外れているものについて, 主鎖と同様に検討する. その他, 原子間の距離を調べ, ぶつかりがあれば修正する. これらの立体化学的妥当性の確認はプログラムPROCHECK(Laskowski et al., J. Appl. Cryst. 26, 283 (1993))などを用いて行われることが多い.
(理化学研究所播磨研究所 国島直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

接触面積
Contact Area
オリゴマータンパク質などの場合, プロトマー(単位ポリペプチド鎖)間に非共有結合的な相互作用面が存在する. その相互作用面の面積を接触面積と呼ぶ. 結晶構造解析で得られたプロトマー間の結晶パッキングが, 生物学的に意味のあるものか偶然なのかは慎重に判断する必要がある. PDBの統計調査から, プロトマー同士が点群対称で関係づけられ, 接触面積の広さがプロトマー当たり600 Å2以上であれば, その相互作用が偶然である確率は5%以下であると報告されている(Janin, Nature Struct. Biol. 4, 973 (1997)). したがってこれを結晶パッキング評価の目安にすることが多いが, 接触面に疎水アミノ酸残基からなる核が存在するかどうか, 別の結晶系や相同タンパク質で同じ様式の接触面をもつ結晶構造が見られるか, さらに溶液状態での生化学および物理化学的実験の結果などを総合して判断することが望ましい.
(理化学研究所播磨研究所 国島直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

プロトンポンプ
Proton Pump
生体中にはプロトンの流れを利用した分子機械が数多く存在する. 例えばミトコンドリア内膜のシトクロームc酸化酵素では, 物質間の酸化還元電位の差によって生じる電子移動と共役してプロトンの能動輸送が行われる. 光合成のチラコイド膜では, 光反応中心, キノン・プールおよびシトクロームbc1複合体との間での電子の流れがプロトンの膜外から膜内への実質的な輸送をもたらす. 高度好塩菌のバクテリオロドプシンでは, レチナール色素の光異性化反応が引き金になってプロトンが細胞外に輸送される. これらの系では, 膜内外でのプロトンの電気化学ポテンシャルの差の形でエネルギーが一時的に蓄えられ, その後, ATP合成酵素を介して化学エネルギーに変換される. 他方, ATP分解に伴うエネルギーを利用して膜の内外にプロトン濃度勾配を形成する輸送系も数多く見つかっている. 例えば, リソソームに存在するH+-ATPaseは内側のpHを低く保つ役割を担い, 加水分解酵素の働きを助ける.
(名古屋大学大学院理学研究科 神山 勉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

化学浸透圧仮説
Chemical Coupling Hypothesis
人体でのATP合成の80~90%がミトコンドリアで行われる. 1960年以前の研究から, ミトコンドリアに呼吸基質を加えると, その酸化に伴いATPが合成されること(=酸化的リン酸化)がわかっていた. しかし, ADPとリン酸からATPが作られる仕組みは不明のままで, 何ものかがリン酸化されX~Pと記される中間体ができ, それがADPにリン酸を受け渡すという考え方(=化学共役説)が長らく支配的であった. これに対して, P. Mitchellは1961年に化学浸透圧説を提出した. この説では, 基質の酸化によって得られるエネルギーは膜電位と膜内外のpH勾配(=プロトンの電気化学ポテンシャル差)の形で一時的に蓄えられ, 同じ膜にあるATP合成酵素がプロトン駆動力を利用してATPを作る, という斬新な考えが導入された. 化学浸透圧説はその後の多くの実験データにより支持され, 近年の教科書では生化学の基本原理の1つとして取り扱われている.
(名古屋大学大学院理学研究科 神山 勉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

膜融合による結晶化
Crystallization by the Membrane Fusion Method
膜タンパク質を可溶化することなく三次元結晶を作製する方法. まず, 天然の膜に少量の界面活性剤と適当濃度の結晶析出剤を加え, 特定の膜タンパク質のみから構成される膜小胞を得, これを遠心分離法により選別する. 次いで, 膜小胞の安定性を下げる操作を施し, 膜融合を促す. 非常にゆっくりではあるが, 膜が積層してできた三次元結晶を得ることができる. この方法の利点は, 天然の脂質を結晶に取り込むことができる点にある. しかし, 結晶成長がきわめて遅いというのが欠点で, 膜融合法の成功例は少ない. 今のところ, バクテリオロドプシンの1例のみである. なお, 途中段階でできる膜小胞は正二十面体の対称性をもち, そのままの形で三次元結晶に取り込むこともできる. このタイプの結晶でも高分解能の構造情報が得られる場合がある(例:光捕集クロロフィル・タンパク質複合体-II).
(名古屋大学大学院理学研究科 神山 勉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

リピッド・キュービック法
Lipid Cubic Method for Membrane Protein Crystallization
可溶化した膜タンパク質をジェル状の脂質に強引に溶かし込み, 脂質相(=テトラポット形の膜が連続して繋がったリピッド・キュービック相)の中で結晶成長を促すという方法. 結晶成長のメカニズムとしては, 結晶析出剤の濃度上昇により脂質膜のうねり具合が増大し, その結果, タンパク質の疎水的表面と脂質膜とのミスマッチが激しくなり, 脂質相に取り込まれたタンパク質が凝集して最終的に結晶へと成長していくのであろう, と推測されている. この方法で作製されたバクテリオロドプシンの結晶は1.4 Å分解能の構造解析を可能にした. また, センソリーロドプシンなどほかの膜タンパク質にも適用されている.
(名古屋大学大学院理学研究科 神山 勉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

バクテリオロドプシンの光反応
Photochemical Reaction of Bacteriorhodopsin
バクテリオロドプシンは248個のアミノ酸残基から構成され, Ly216のε-アミノ基にレチナールがプロトン化シッフ塩基結合(-C=NH+-)を介して結合している. このシッフ塩基は, 近傍にある対イオンとの静電相互作用により安定化される. 暗順応状態ではトランス型(13-trans, 15-anti)と13-シス型(13-cis, 15-syn)の2つの異性体が1:2の割合で存在するが, この平衡は光照射下でトランス型異性体に強く偏る(明順応状態). プロトン輸送が起こるのはトランス型異性体が光を吸収したときで, このときのレチナール異性化はC13=C14の1カ所のみで起こる. レチナールが折れ曲がると, 周りのアミノ酸残基が押しのけられ, タンパク質全体の構造変化が惹起される. そして, シッフ塩基の脱プロトン化・再プロトン化, レチナールの再異性化の過程を経て, 数ミリ秒で始状態に戻る. この間に1個のプロトンが細胞質側から細胞外側に輸送される.
(名古屋大学大学院理学研究科 神山 勉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

岡崎フラグメント
Okazaki Fragments
DNA不連続合成によって生じる複製中間体のDNA断片. 1968年, 岡崎令治らによって3H-チミジンを分裂中の細菌に加える実験から見出された. ゲノムDNAは方向性が逆(5'→3'と3'→5'方向)の二本鎖からなるが, DNAポリメラーゼによる合成は5'→3'方向にのみ可能である. このため方向性が一致するリーディング鎖は連続合成されるのに対し, 方向が逆(3'→5')のラギング鎖は不連続合成され, 岡崎フラグメントを与える. この不連続合成は“返し縫い”法とも比喩される. 真核生物と古細菌ではフラグメントが連結される際, フラップDNAが中間体として生じる. 岡崎フラグメントの長さは原核生物で1000~2000ヌクレオチドなのに対し, 真核生物では100~200ヌクレオチドと短い. すなわちゲノムサイズが大きな真核生物では, 細胞が1つ分裂するだけで膨大な数(ヒトの場合2000万個と見積もられている)の岡崎フラグメントが発生している.
(奈良先端科学技術大学院大学 北野 健)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

フラップDNA
Flap DNA
二本鎖DNAの途中から一本鎖が溶液中に突出したDNA構造のこと. 岡崎フラグメントの連結の際, RNAプライマーを含む一部のDNAが5'末端から引き剥がされることによって5'フラップDNAが生じる. 塩基除去修復のロングパッチ経路でも同様のフラップDNAが中間体として生じる. 真核生物と古細菌でこれらの5'フラップを構造特異的に認識し, 根本(一本鎖と二本鎖の分岐点)を切断する酵素がFEN1(Flap endonuclease-1)である. FEN1の機能欠損はゲノムに異常を引き起こすことから, フラップDNAとガン化の関係が注目されている. 原核生物ではFEN1に相当する5'エンドヌクレアーゼが存在せず, 岡崎フラグメントの連結ではDNAポリメラーゼIのエキソヌクレアーゼドメインがニックトランスレーションを行い, RNAプライマーをDNAに置き換えるという手法がとられている.
(奈良先端科学技術大学院大学 北野 健)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

増殖細胞核抗原
PCNA(Proliferating Cell Nuclear Antigen)
増殖中の細胞の核に多量に存在するタンパク質で, 自己免疫疾患の一部の患者が産生する抗体と特異的に反応することから名づけられた. 真核生物と古細菌に広く分布しており, DNA二重らせんを取り囲むようにホモ三量体のリング構造を形成している. 環状DNAにロードしたPCNAはDNAを切ると切断点まで滑って離れ落ちる. DNAに強く結合したままその上を自由にスライドする(おそらく回転しながら)ことができるため, スライディングクランプ(滑る留め金)と呼ばれている. PCNAに結合するタンパク質にはDNAポリメラーゼδ, FEN1, DNAリガーゼIなどが知られており, いずれも結合によって酵素活性が促進される. PCNAはこれらの酵素をDNA上につなぎ止め, 複製のプロセッシビティを大きく上昇させている. 原核生物にも同様の機能をもつスライディングクランプが存在するが, PCNAと異なりホモ二量体でβクランプと名づけられている.
(奈良先端科学技術大学院大学 北野 健)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.05

バビネの原理
Babinet Principle
電磁波を回折スクリーンに照射したとき, 正確に負であるようなスクリーンでは, 元のスクリーンと同一の回折パターンを作ることを示した原理である(J. Babinet). 実験的には, 分厚い板に開けられた細いスリットに照射した波と空間に置かれた細い物体に照射した波は同じ回折パターンを作ることから確かめることができる. タンパク質の構造では, 格子内に多量の水分子が不規則に存在するため, タンパク質以外での平均電子密度値が大きくなる. タンパク質分子の位置では溶媒が排除されているので, 溶媒は分子位置に穴が開いた電子密度分布となり, X線による回折実験ではバビネの原理により, タンパク質分子に溶媒の平均電子密度が存在した場合のパターンと等しくなる(bulk solvent).
(東京工業大学 田中信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

乱れ
Disorder
理想的な結晶からの乱れがあり, 実際の結晶では, 完全結晶から不完全結晶に分布している. R. Hosemannらにより, 乱れは2種類があるとして取り扱われている. 第1種の乱れは長距離の乱れで, 遠く離れた格子点同士でも平均として一定の格子を作っている場合で, 回折を観測すると温度因子のような高角においての強度の減衰は見られるが, 低角の回折と同じように観測できる. 第2種の乱れは, 近距離の格子点間だけで規則性が保たれている乱れで, 遠距離の格子点間は隣同士の格子長の整数倍では表されなくなる. このような結晶からの回折点を観測すると, 散乱角とともに回折点の広がりが大きくなり, 高角ではバックグラウンドと区別がつかなくなる.
(東京工業大学 田中信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

TLS
Translation/Libration/Screw
並進(translation, T), 回転(libration, L), 回転を伴った並進(screw, S)の操作をすることによって剛体の位置や方位などを精密化する方法である. これらの操作は異方的に取り扱うことができるので, 3×3のテンソル表示で計算される. これらのうち, 並進と回転はそれぞれ対称テンソルであるが, 回転を伴った並進では必ずしも対称テンソルとはならない. タンパク質の結晶構造ではドメインや超二次構造などの比較的変化しない構造があるので, それらを構造不変の剛体として区分しTLSで精密化することによって剛体間の相対配置を決めることができる. 最近では, 新たにADPというパラメータを導入して動的な構造を解析する方法も開発されている.
(東京工業大学 田中信夫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

C-希土構造
C-Rare Earth Structure
C-希土構造(立方晶)は, A-希土構造(六方晶)と並んで希土類酸化物の代表的な結晶構造の1つである. その単位格子は, 陰イオンが欠けた8個の蛍石型構造の単位胞を組み合わせることによって得られる. この構造をもつR2O3型酸化物(R=希土類元素)では, これを構成するすべての蛍石型構造の単位胞から, 対角線上にある2個のOイオンが欠損している. C-希土構造を構成するこれら8個の単位格子(オクタント)は, 蛍石型構造の単位胞の稜の中央を原点としており, 各オクタントではR原子がそれぞれの稜の中央と単位格子の中心にあり, 6個のO原子と2個の酸素空孔をもつ. C-希土構造は, これら8個のオクタントが全体として体心対称になるように配置した, 秩序型酸素欠損構造である.
(東北大学金属材料研究所 恒川 信)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

マイクロエマルション
Microemalusion
臨界ミセル濃度以上の界面活性剤を含む親水性または疎水性溶液は, 数nm~数十nmの固体粒子を取り込み可溶化(乳化)するミセルを形成する. このような系をマイクロエマルションと言い, 単にエマルションの粒子が小さくなったものではなく, ミセルが膨張した可溶化系と考えられ, 熱力学的に大変安定な系である. このような系を利用した複合ナノ粒子の合成などが知られている.
(東北大学金属材料研究所 恒川 信)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

タンパク質ファミリー
Protein Family
アミノ酸配列が類似したタンパク質群が属するタンパク質集団の名称. Pfam(http://www.sanger.ac.uk/Software/ Pfam/)をはじめとして, タンパク質ファミリーの分類・データベース化が行われている. アミノ酸配列が30%以上相同であるタンパク質群を同一タンパク質ファミリーとして分類した際, ファミリー内の代表構造が実験的に決定できれば, 同じファミリーに属するほかのタンパク質の立体構造(主鎖構造)を配列類似性に基づいて予測することができる. 相同性30%を分類のしきい値とした際のファミリー数は, 2001年には約16000個と見積もられた. 世界的な協力などにより(http://www.isgo.org/), 現在約5割の確率でタンパク質主鎖の立体構造が予測できるようになった.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター 海老原章郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

高度好熱菌
Extreme Thermophile
75~90℃に生育温度を有する微生物(真正細菌または古細菌)を高度好熱菌と呼ぶ. 常温菌(mesophile)に対して, 好熱菌(thermophile)とは, 一般に50℃以上で生育できる微生物を指し, 生育温度によって中等度好熱菌(75℃以下), 超好熱菌(90℃以上)と呼び分けている. 好熱菌は, 遺伝子数が2千個程度(ヒトは2万7千個程度)で生命を営んでいることから, 基本的生命現象を解明するモデル生物になり得る. 進化的に生物の起源に近いという説もある. さらに, 極限環境での生命の適応力の解明や安定なタンパク質の有用利用の観点でも興味深い.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター 海老原章郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

構造ゲノム科学
Structural Genomics
タンパク質, 核酸などの立体構造と分子機能に基づいてゲノム機能を解明しようとする研究分野. 狭義には, 特定生物種を対象とした立体構造に基づくゲノム機能の解明を指し, 広義には, 生物種の区別なく特定の領域のタンパク質群(アミノ酸代謝系, ヌクレオチド代謝系など)を対象とした立体構造に基づく分子機能解明を指す. 後者を構造プロテオミクスと称すときがあるが, 構造ゲノム科学と構造プロテオミクスという用語は, 区別せずに用いられることもある.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター 海老原章郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

キヌレニン経路
Kynurenine Pathway
ヒトでは必須アミノ酸であるトリプトファンの90%以上がキヌレニン経路で代謝され, ビタミンB3(ナイアシン)の合成経路へ受け渡される. この代謝経路の中間代謝産物には, 生理活性をもつ物質が多い. 例えば, キヌレニンから神経細胞毒である3-ハイドロキシキヌレニン(3-hydroxykynurenine)とキノリン酸(quinolinate)が生成される一方, 神経細胞保護作用を有するキヌレン酸(kynurenate)にも変換される. アルツハイマー病, エイズ脳症などの病態時には脳内キノリン酸量が増加するという報告がある. 二原子酸素添加酵素インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼはキヌレニン経路の律速酵素である. トリプトファンの残りの10%未満はセロトニン(神経伝達物質)やメラトニン(ホルモン)の合成に用いられる.
(理化学研究所播磨研究所 城 宜嗣)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

バイオ医薬品
Biomedicine
遺伝子組み換え技術および細胞培養技術を用いて製造されたポリペプチド, 特にタンパク質を有効成分とする医薬品を総称して, バイオ医薬品と呼ぶ. バイオ医薬品は, 低分子医薬品に比べ, 特異性がきわめて高いという特徴を有しており, 80年代以降の遺伝子工学の飛躍的発展に伴い, これまでにさまざまなバイオ医薬品が開発され上市されている. バイオ医薬品の市場は年々増加しており, 現在では医薬品全体の10%近くをバイオ医薬品が占めている. 2005年に全世界で20億ドル以上の売り上げを誇る大型のバイオ医薬品は6品目を数えており, 種々のサイトカイン・増殖因子および抗体がこれに該当する. 顆粒球コロニー刺激因子の次世代品である「(製品名)ニューラスタ」もその1つである.(医薬品売上高に関する出典:デンドライドジャパン(株))
(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門 玉田太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.048 No.06

準結晶
Quasicrystal
1984年にShechtmanらによって正20面体対称の回折パターンを示す相(正20面体相)が発見されたことを契機として確立した, それまでの結晶とは異なる秩序構造物質. 準結晶は逆格子の特徴によって定義され, 回折点を記述する基本ベクトルの数が空間次元数以上必要で, 従来の結晶には許されない回転対称性(5回対称など)を有する物質である. 準結晶の実格子(準格子)は高次元結晶格子点を部分空間である補空間の窓を通して実空間に射影した構造で記述され, 複数の単位格子からなる. 1970年代に考案されたペンローズパターンは典型的な二次元準格子である. 現在知られている準結晶の種類として正20面体相のほか, 二次元的な準結晶(ある面に平行に準結晶構造でその面と垂直方向には結晶(並進)構造)として正10角形相, 正12角形相, 正8角形相がある. ほとんどすべての準結晶相は金属元素からなる多元合金である.
(東京理科大学 竹内 伸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

フェイゾン
Phason
準結晶格子点が高次元空間の結晶格子点の射影構造として記述されることから, 準結晶格子点の変位も高次元結晶格子点の変位で記述される. 高次元格子点の変位は実空間に平行な成分と実空間に垂直な補空間成分からなり, 前者をフォノン変位, 後者をフェイゾン変位と呼ぶ. フォノン変位はその大きさに比例して実空間上で格子点の変位が生じるが, フェイゾン変位は実空間上で格子点の不連続的なジャンプを生じる. フェイゾン変位によって生じる準結晶格子の乱れをフェイゾンと総称し, フェイゾンは結晶にはない準結晶特有の格子欠陥である. 空間的にフェイゾン変位が変動することによってフェイゾン歪が発生する. フェイゾン歪にはランダムフェイゾン, リニアフェイゾンなどがあり, 前者によって回折点の半値幅が広がり, 後者によって回折点の変位が生じる. 準結晶中に特定の値のリニアフェイゾン歪が導入されると準結晶構造が結晶構造に変化する. そのような結晶を近似結晶と呼ぶ.
(東京理科大学 竹内 伸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

2面体晶準結晶
Dihedral Quasicrystal
準結晶は, 回折図形がBragg反射の集合からなるが, 回折図形の点群対称性は結晶点群に属さないものの総称である. この対称性の制約から周期構造をとることができない. これには大別して2種類ある. 1方向に周期をもつものとどの方向にも周期をもたないものである. 前者の点群は5, 8, 10, あるいは12回回転軸を1つもちこの回転軸の方向が周期方向である. これらの準結晶の点群はD5, D8, D10, D12などの2面体群(dihedral group)であるので, これらは2面体晶準結晶と呼ばれる.
(物質・材料研究機構 山本昭二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

20面体晶準結晶
Icosahedral Quasicrystal
どの方向にも周期をもたない準結晶として回折図形が正20面体対称の点群対称性を有するものがある. これらは20面体晶準結晶と呼ばれる. この点群は6本の5回回転軸10本の3回回転軸, 15本の2回回転軸をもち, 正20面体, 正12面体あるいはサッカーボールの示す回転対称性と同じである. 対称中心を含む点群は120個の対称操作からなる. 最初に発見されたAl-Mn準結晶はこれに属する.
(物質・材料研究機構 山本昭二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

準結晶のクラスターモデル
Cluster Model of Quasicrystals
準結晶のほとんどは三元合金である. これらの原子配列を高分解能電子顕微鏡で観察すると, 多くの対称性の高い原子クラスターが観測される. 準結晶はこのように類似または同一の原子クラスターとそれをつなぐ糊原子から構成されるとしたモデルをクラスターモデルと言う. 合金中に分子のような特別結合の強い原子団は考えられないが, クラスター単位で構造を記述すればパラメーター数が少なくなるので構造解析によく用いられる. どこまでの原子をクラスターと考えるかには一意性はないので, 同一の構造に対して複数のモデルが考えられる.
(物質・材料研究機構 山本昭二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

弾性双極子
Elastic Dipole
欠陥を考える代わりに仮想的な力を結晶中に導入する. この仮想的な力(Kanzaki Force)によって原子が変位すると考える. 特にKanzaki Forceの一次のモーメントを弾性双極子と呼ぶ. 変位場のフーリエ変換と観測された散漫散乱強度分布の異方性を比べることによってKanzaki Forceが推定される. その結果, 各種欠陥の対称性がわかる.
(防衛大学校機能材料工学 阿部 洋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

Warren-CowleyのSROパラメーター
Warren-Cowley Short-Range Order Parameter
短範囲秩序度を表すパラメーターである(αパラメーターとも呼ばれる). αパラメーターは対相関関数(2体相関関数)で, イジングモデルと同様に規格化されている(-1≦α(Rl)≦1). α=0のときは完全にランダムで, α=1は強磁性的[↑↑, A原子-A原子]な秩序が現れる. 一方, α=-1の場合は, 反強磁性的[↑↓, A原子-B原子]な配置をとる.
(防衛大学校機能材料工学 阿部 洋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

1/1, 2/1近似結晶
1/1, 2/1 approximant
正20面体準結晶の構造は六次元格子の無理指数面(空間)として理解できる. その場合の三次元の無理指数空間の方向は, 六次元格子の単位格子ベクトルが正20面体の頂点の方向を向いたベクトル(1, τ, 0)など(τは黄金比)に対応するように採られる. この黄金比を適当な有理数に置き換えると, 周期的な構造(近似結晶)を生成することができる. 黄金比τに対する最良の有理数近似は連続する2つのフィボナッチ数(Fk+1=Fk+Fk-1, F0=0, F1=1を満たす数)の比で与えられる. そこでτをFk+1/Fkに置き換えて得られる近似結晶を「Fk+1/Fk近似結晶」と呼ぶ. この置き換えは正20面体の直交する3本の2回軸に沿った方向の非整合な長さの比をすべて同じ有理数で近似するため, 得られた周期構造は立方体の単位胞をもつ. また1つ先の(kの大きな)フィボナッチ数を用いることによって, 格子定数がτ倍だけ大きな周期構造が得られる. 小さな単位胞の周期構造が得られるk=1, 2の場合がよく調べられている1/1, 2/1近似結晶である. 有理近似の仕方を変えることにより, 立方晶以外の近似結晶も生成することができるが. 命名法は人によってまちまちで, 1/1近似結晶といった場合は立方晶の近似結晶をさす場合が多い.
(中央大学理工学部 石井 靖)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

ビーデマン・フランツ則
Wiedemann-Franz Law
ビーデマン・フランツ則とは電気伝導度σと熱伝導度κの比が絶対温度Tに比例する性質を示した法則(σ/κ=LT)である. その比例係数Lはローレンツ数と呼ばれている. この性質は典型的な金属材料において観測される経験則として19世紀に指摘された. 現在では, 電子が運ぶエネルギーを緩和時間近似により取り扱うことで, σ/κe=LT, L=(π2/3)・(kB/e)2=2.44×10-8[WΩ/K2]の関係式が導出できることが知られている. ここで, κeは伝導電子による熱伝導度である. σ/κe=LTを導く際に, 伝導電子がほかの集団励起とエネルギーを授受しないという仮定を用いる. このため, 伝導電子に対して弾性散乱が期待される低温(T=ΘD, ΘD:デバイ温度)や, 準弾性散乱が期待される高温(T≧ΘD)においてσ/κe=LTの関係がよく成り立つが, フォノンとの非弾性散乱が顕著になる中程度の温度領域において成り立たないことが知られている. なお, 中温領域で実験により得られる非弾性散乱の効果を温度依存性として取り扱うこともある.
(名古屋大学エコトピア科学研究所 竹内恒博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

擬ウムクラップ散乱
Pseudo-Umklapp Scattering
周期構造におけるフォノンのウムクラップ散乱(K1+K2=K3+G, Kn:第一ブリルアンゾーン内のフォノンの波数ベクトル, G:逆格子ベクトル)と同様に, 準周期構造から生み出される逆格子ベクトルGQPを用いてK1+K2=K3+GQPという散乱過程を考えることができる. 周期構造におけるウムクラップ過程と区別するために, 準周期構造中におけるこの散乱過程を擬ウムクラップ過程あるいは擬ウムクラップ散乱と呼ぶ. 準周期構造の場合, GQPが逆空間中のいかなる波数にも存在することから, 擬ウムクラップ散乱がいかなるK1とK2の組み合わせに対しても生じる可能性が示唆されている. ただし, 一般的には, 準周期ポテンシャルのフーリエ成分が大きなGQPが関与する散乱過程のみを考慮すればよい. ウムクラップ過程や擬ウムクラップ過程では, 散乱前後でフォノンの運動量が保存されなないために, 熱抵抗が生じる. 格子の熱伝導度を議論する際には, 結晶ではウムクラップ散乱を, 準結晶では擬ウムクラップ散乱を考慮する必要がある.
(名古屋大学エコトピア科学研究所 竹内恒博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

中性子非弾性散乱
Neutron Inelastic Scattering
中性子と物質との間のエネルギーのやり取りを伴う散乱過程. 原子間距離程度の波長をもつ中性子のエネルギーは室温程度である. 一方で, 物質の低エネルギー物性を支配する素励起は通常運動量qエネルギー●ωで定義されているが, その特性エネルギーも室温程度以下である. このように両者のエネルギー領域がよく対応しているため, 中性子を用いることにより物質中の素励起の分散関係を精度よく観測することができる. 中性子非弾性散乱では散乱前後の中性子のエネルギーと飛行方向の変化を観測することでエネルギー遷移, 運動量遷移を決定する. エネルギー解析には結晶のブラッグ散乱を用い中性子の波長を決める方法と, 中性子の飛行速度を測定しエネルギーを直接決定する方法の2種類がある.
(東京大学物性研究所 附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

LAM分光器
LAM Spectrometers
中性子非弾性散乱分光器の一種. 中性子発生源としては原子炉に代表される定常中性子源と加速器を用いて生成されるパルス中性子源がある. LAM分光器は後者の代表例である高エネルギー加速器研究機構中性子科学研究施設の中性子源KENSに設置されていた. パルス中性子を用いた非弾性散乱分光器には直接配置型分光器と逆転配置型分光器がある. 前者では入射中性子を単色化し試料からの散乱中性子のエネルギーを飛行時間分析するのに対して, 後者では白色パルス中性子を試料に入射し散乱中性子のエネルギーを結晶ブラッグ反射などを用いて単色化することで飛行時間から入射中性子のエネルギーを逆算する. LAM分光器は後者の原理に基づいている. 逆転配置型分光器の特徴はその高い測定効率, 低ノイズ性および装置の単純さにある. なお, LAMとはLatticed-crystal Analyzer Mirrorの略であり, LAM分光器とはKENSに設置されていたLAM-80ET, LAM-40およびLAM-D分光器群をさす.
(東京大学物性研究所 附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

動的帯磁率
Generalized Susceptibility
時間的かつ空間的に振動する磁場Hqβ(ω)に対する磁気系の感受率は動的帯磁率χαβ(q,ω)で書ける. 単位胞に磁性原子が1つしかない場合, 一般化された磁化Mqα(ω)と振動磁場はMqα(ω)=Σβχqαβ(ω)Hqβで関係付けられる. ここで, α, βは空間基底を示す添字(x, y, zのいずれか). なお, 中性子非弾性微分散乱断面積は動的帯磁率の虚数部分と以下の式で結びついている. (1) ここで, γ=-1.91, r0は電子の古典半径, k, k'はそれぞれ入射, 散乱中性子の波数, g, F(Q)は散乱する磁気モーメントのg因子および磁気形状因子, exp{-2W(Q)}はデバイワーラー因子, n(ω)(=1/[exp(●ω/kBT)-1])は温度因子, Nは試料中の単位胞の数(=磁気モーメントの数), μBはボーア磁子, Q~はQ方向の単位ベクトルである.
(東京大学物性研究所 附属中性子科学研究施設 佐藤 卓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

熱電材料
Thermoelectric Material
固体中で熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換する現象を熱電効果と呼び, ゼーベック効果, ペルティエ効果, トムソン効果がこれに相当する. 大きな熱電効果をもち, 熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換可能な材料を熱電材料と呼ぶ. 熱電発電では, 熱エネルギーを固体素子を用いて直接的に電気エネルギーに変換するので, 力学的可動部を使う必要がなく, したがって, 小型化が可能である. 社会には自動車のマフラーからの放熱など無駄にされている熱源が多数あるが, これらの有効利用が検討されている. 熱電冷却では, 環境に有害なフロンガスなどの作業物質を用いることなく, 電気エネルギーを用いて直接冷却できる. 熱電材料の性能は温度領域によって大きく異なり, 室温付近で性能の良いものには, 代表的な熱電材料であるBi2Te3がある. 最近では, 熱電発電に必要なより高温域で, さまざまな材料が開発されつつある.
(東京大学大学院新領域創成科学研究科 岡田純平, 木村 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.01

水素結合型物質の同位元素効果
Isotope Effect on Hydrogen-Bonded Material
KDP(KH2PO4)に代表される水素結合を内部に含む誘電体の中には, 水素結合中の軽水素Hを重水素Dで置換するだけで, その誘電的相転移温度が100 Kほど大きく変化するものが多数ある. HもDも外殻電子を1つだけもち, 化学的な性質は変わらないと考えられるため, HとDの質量に由来する量子的な性質の違いが原因であると考えられている.
(IPNS, Argonne National Laboratory 鬼柳亮嗣)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

トンネル状態
Tunneling State
粒子の波動関数が古典的には超えることのできないポテンシャル障壁の反対側まで量子効果でしみ出す現象をトンネル現象と呼び, そのように波動関数がポテンシャル障壁を透過している状態をトンネル状態と呼ぶ.
(IPNS, Argonne National Laboratory 鬼柳亮嗣)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

電子分極
Electronic Polarization
誘電体に外部電場をかけると誘電体内部に正負の電荷の偏りが生じ, 電子分布に由来する電気双極子を発生させ, 一般的に分極とか電子分極と呼ばれる. 本文では特に外部電場のかかっていない状態でも, 原子内部の正負の電荷分布の不一致に起因して自発的に発生している分極を電子分極と呼んでいる.電子分極という言葉は, イオンの変位などで生じる電気分極と意識的に区別されている.
(IPNS, Argonne National Laboratory 鬼柳亮嗣)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

鉄シリサイド
Iron Silicide
遷移金属ケイ化物の一種であり, 組成, 温度に依存してさまざまな物理的性質を有する化合物相が存在する. 代表的な鉄シリサイドであるFe3Siは強磁性体, ε-FeSiは狭バンドギャップ半導体である. 半導体であるβ-FeSi2は熱電能が高く, 熱電素子材料として実用化されているが, 最近では約1.5 μmのバンドギャップによる発光を示すことや, 大きな吸収係数を有することなどが報告され, 赤外発光素子や太陽電池などへの応用が期待されている. また, 鉄シリサイドの構成元素であるFeおよびSiは地殻に豊富に存在し, 毒性も低いことから, 環境低負荷材料として注目されている.
(大阪大学産業科学研究所 内藤宗幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

TRIM計算
TRIM Calculation
TRIM(the Transport of Ions in Matter)は, J. F. Zieglerらにより提供されているソフトウェア, SRIM(the Stopping and Range of Ions in Matter)に装備されたプログラムである. モンテカルロ法により, ターゲットとなる固体中でのイオンの飛程や, ターゲット原子の弾き出しなどを計算することができる. ターゲットとして多成分多層膜を取り扱うことも可能であり, イオンと固体の相互作用に関連した研究分野で広く用いられている. ただし, TRIM計算ではターゲットの結晶構造や反応に伴う体積変化などは考慮されておらず, 必ずしも実験結果と一致するわけではない.
(大阪大学産業科学研究所 内藤宗幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

金属ガラス
Metallic Glass
ガラスのように原子配列に規則性がない金属・合金固体を金属ガラスと呼ぶ. 通常の金属材料は液相あるいは気相からの冷却過程において結晶化を起こすのに対し, 特定の合金系の金属材料は無秩序な原子配列を保ったまま固化され, 金属ガラスとなる. 一般に金属ガラスの作製には速い冷却速度が必要であり, 液体急冷法などを用いて作製されるため, 得られる試料の形状は大きく制限される. しかし, 非常に遅い冷却速度(103 K/s以下)でもガラス状態が得られる多元合金系も多く見出されており, 現在ではセンチメートルスケールのバルク金属ガラスの作製も可能となり, 広い応用が期待されている. 金属ガラス形成のための臨界冷却速度が高く(~104~6 K/s), 数十μm厚さの薄板形状のものしか得られない金属ガラスは, しばしば“アモルファス金属”と呼ばれる. アモルファス金属と比較し, バルク金属ガラスでは明瞭なガラス転移が観測される.
(大阪大学産業科学研究所 平田秋彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.02

糖鎖修飾
Glycosylation
細胞外に分泌される蛋白質や膜蛋白質の細胞外領域の多くに施される翻訳後修飾. ヒトでは, ゲノムにコードされる全蛋白質分子の約50%が糖鎖修飾を受けるとも言われる. Asn残基に付加されるN-結合型とSer/Thr残基に付加されるO-結合型に大別される. まず足場となる糖鎖が付加された後, 蛋白質分子が小胞体からゴルジ体へと輸送されていく過程で糖の除去と付加が行われ, 成熟型の糖鎖ができ上がる. 分泌蛋白質に結合した糖鎖は蛋白質分子の親水性や安定性を高めるのに寄与する. また, 膜蛋白質に結合し細胞表面に提示される糖鎖には, 細胞間の認識に関わるものも知られる.
(大阪大学蛋白質研究所 禾 晃和)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

コンストラクト
Construct
遺伝子発現を目的としてデザインされたDNA構築物を指す. プラスミドと呼ばれる環状2本鎖DNAに目的遺伝子を組み込んだものがその代表例であり, 大腸菌や酵母, 培養細胞などの宿主細胞に取り込ませ, 遺伝子を発現させる. コンストラクトには, 遺伝子発現を制御するプロモーター領域や, 宿主細胞への取り込みの有無を選択するための抗生物質耐性遺伝子などもコードされる. 結晶化に向けた組み換え蛋白質の大量発現では, 目的遺伝子のどの領域を切り出して発現させるか, そして, 効率的な精製のためにどのようなアフィニティータグ配列と融合させるかなどの検討を行い, DNAの“切り貼り”を行うことでそれぞれの蛋白質に適したコンストラクトを作成する.
(大阪大学蛋白質研究所 禾 晃和)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

タンパク質の安定性
Protein Stability
水溶性球状タンパク質はふつう50℃程度で変性する. しかし, 好熱菌や高度好熱菌のタンパク質は一般的に耐熱性で, 中には100℃を超えても変性しないものがある. この高度好熱菌のタンパク質と同じ酵素活性をもつ相同な常温菌のタンパク質の構造や性質を比較することによって耐熱機構を探ろうとする研究が行われてきた. しかし, 耐熱性酵素と常温酵素における折りたたみ構造上の顕著な違いは見られず, 耐熱性は, 空間充填率の増大, 立体障害の緩和, 水素結合の増加, ループにプロリンを導入することによる変性状態のエントロピー減少など, 複数の耐熱機構の総和によるものと考えられる. 他方, 比較的最近見出されたバクテリオファージの構造タンパク質にはβへリックスやβスパイラルを主要構造とするものがあり, これらのβ構造に富むタンパク質は熱や変性剤に耐性で, SDSを添加して加熱することにより, 解離せずにむしろ大きな凝集体を形成する傾向がある.
(東京工業大学大学院生命理工学研究科 金丸周司, 有坂文雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

バクテリオファージ
Bacteriophage
細菌に感染するウイルスはバクテリオファージまたは単にファージと呼ばれタンパク質と核酸からなり, 脂質を含む場合もある. 植物ウイルス, 動物ウイルスと比較すると, 尾部をもつものが多いのが特徴である. バクテリオファージは1940年代から複製・増殖のモデル系として用いられ, 分子生物学の発展に寄与したが, 最近になって再び注目されている. 1つには病院の院内感染で問題となっている多剤耐性菌の駆除に関して, 抗生物質が使えない場合にファージを用いたファージテラピー(ファージ療法)が検討され始めたこと, 海水, 湖沼などに105~106ものファージが存在し, 生態学的にも無視できない存在であることが認識されてきたこと, 構造生物学によりX線結晶構造解析と電子顕微鏡画像からの三次元像再構成との組み合わせによって原子レベルでの構造が解明されてきたことなどによる. その結果, DNAの頭部へのパッケージングや感染の際の構造変化の仕組みが明らかになってきたほか, いくつかの新しいβ構造を基盤とするフォールドが発見された.
(東京工業大学大学院生命理工学研究科 金丸周司, 有坂文雄)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

エレクトライド
Electride
通常のイオン結晶でアニオンが占める位置を電子が占めることによって構成された結晶のこと. 最初のエレクトライドは, 1983年に米国ミシガン州立大学化学科のJames Dye博士によって合成された. Csなどのイオン化傾向の高いアルカリ金属を, クラウンエーテルやクリプタンドなどの錯体形成能が高い環状ポリエーテルと溶媒に溶解させ, 溶媒を揮発させると, 金属カチオンがポリエーテルで包み込まれて巨大カチオンとして安定化し, 電子との再結合を防いだまま結晶化させることができる. ポリエーテルに挟まれたカチオンが周期的に並び, 電子もその隙間に周期的に存在することで結晶が構成されている. きわめて低い仕事関数などの特異な物性をもつことが予想されていたが, 室温で化学的・熱的に安定ではないため応用研究は進んでいなかった. この問題の克服のため, 近年ではポリエーテルの代わりにゼオライトなどの無機結晶を使って電子を安定化させる無機エレクトライドの研究が行われている.
(東京工業大学フロンティア創造共同研究センター 松石 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

フリー酸素イオン
Free Oxygen
12CaO・7Al2O3(C12A7)結晶中の籠状構造(ケージ)に包接された酸素イオン(O2-)のこと. C12A7結晶はセメントの1成分として知られる, ありふれた典型金属の酸化物であるが, その結晶構造はアニオンを包接できるナノメートルサイズの正に帯電したケージが充填してできている. 単位格子の組成は[Ca24Al28O64]4+(O2-)2と表すことができ,[Ca24Al28O64]4+の部分が12個のケージを,(O2-)2の部分が2個のフリー酸素イオンを示している. ケージ12個に対してフリー酸素は2個しかないので, 1/6の確率でランダムに包接されている. フリー酸素はケージに緩く束縛されているため, C12A7は安定化ジルコニア並みの高い酸酸素イオン伝導性を示す. また, 活性なアニオン種(O2-, O-, H-)および電子e-で置換することが可能である.
(東京工業大学フロンティア創造共同研究センター 松石 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

ユビキタス元素
Ubiquitous Elements
どこにでもある, ありふれた元素のこと. 具体的にはクラーク数(地球上の表面付近に存在する元素の割合を重量%で表す)で上位にある酸素, 水素, ケイ素, アルミニウム, 鉄, カルシウム, マグネシウム, チタンといった元素のこと. これらは資源的に豊富であるというだけでなく, 人体への毒性も低い. 触媒に用いられる白金や, 液晶ディスプレイなどの透明電極に用いられるインジウムのように, 現在使われている多くの工業製品では, 地球上での存在量が少なかったり, 採掘される地域が限定されたりして入手が困難な元素が用いられている.
(東京工業大学フロンティア創造共同研究センター 松石 聡)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

バルクメタリックガラス
Bulk Metallic Glass
バルク形状をしたアモルファス金属固体. 一般にガラスは, 液体を急冷することにより作られる. 従来, 金属ガラスを得るためには, 液体を超急冷(106℃/秒)する必要があったために大型化が困難であったが, 1980年代後半に井上らにより小さな冷却速度(10℃/秒)でもガラス形成する物質がZr基合金に見つかった. これにより大型のバルク金属ガラス(直径~10 cm)が得られるようになった. ガラスは, 結晶のようなすべり面がなく組織の均一性に優れるために, 機械強度, 耐腐食性, 表面平滑性, 精密鋳造製などにおいて, 結晶の金属材料にはない優れた特性を示す. このような特性のために, 小型軽量バルブスプリング, コリオリ流量計のガラス振動子, 高感度圧力センサ, ゴルフクラブのフェースなどさまざまな材料として実用化されている. 最近では, 微量の不純物を添加することで, 内部にナノ微結晶・準結晶を析出させたナノ結晶化金属ガラスが作製され, さらなる特性の改善が検討されている.
(日本原子力研究開発機構 服部高典)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

ルシフェラーゼ
Luciferase
ホタル, ウミホタル, 発光バクテリアなどの発光生物において, 発光を伴う化学反応を起こすときに利用する酵素(タンパク質)の総称がルシフェラーゼである. ルシフェラーゼは発光の基になるルシフェリンと呼ばれる物質をその触媒作用により発光体に変換し, その際発光が生じる. 発光生物種が異なればルシフェラーゼ, ルシフェリンともに, 大きさや形などまったく異なったものであり, 発光するときの発光反応も当然ながら異なる. 例えばホタルのルシフェラーゼとウミホタルのルシフェリンを使っても発光はまったく生じない.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

発光反応
Emission Reaction
物質(分子)が何らかのエネルギーを吸収し光を発する現象を発光と言う. 物質が吸収するエネルギーの種類には光, 熱, 化学反応, 生物反応, 電場などがある. 今回は生物発光であり, ホタルの中ではルシフェリン, ATP, 酸素がルシフェラーゼの触媒作用によって, 励起状態のオキシルシフェリンが生成し, これが基底状態に戻るときに発光が生じる. この反応がホタルの中で実際に生じている発光反応である.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

発光色制御
Control of Bioluminescent Color
生物発光においてその発光色は生物種によって異なるが, その色はいつも同じであり厳密に制御されている. この発光色を制御しているのはルシフェラーゼである. 例えばゲンジボタルのルシフェラーゼでは黄緑色に光る野生型に対して, たった1つのアミノ酸を変化(286番目のセリン残基をアスパラギン残基に変化)させるだけで, その発光色が赤色に劇的に変化するという事実がある. いずれの発光反応においても, 発光の基になるルシフェリンはまったく同じものを使用していることから, 発光色を制御(決定)しているのはルシフェラーゼであることが理解できる.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

ADAMファミリータンパク質
ADAM Family Proteinase
A disintegrin and metalloproteinaseファミリーに属する一群の金属プロテアーゼを指す. 哺乳動物ADAMの多くは一回膜貫通型(I型)の膜プロテアーゼとして主に細胞膜に発現し, 膜型増殖因子前駆体からの増殖因子の切断遊離(shedding)などに関与する. 触媒部位に亜鉛イオンを結合し, コラゲナーゼなどほかの金属プロテアーゼと相同の活性部位構造をもつが, 蛇毒由来の血小板凝集阻害因子であるディスインテグリンと類似の配列からなるドメインやシステイン残基に富むドメイン(システインリッチドメイン)など特徴的な複数のドメインから構成される点で異なる. 出血蛇毒のメタロプロテアーゼは哺乳動物ADAMの細胞外ドメインと相同の構造をもち進化的に共通の祖先をもつと考えられる.
(国立循環器病センター研究所 武田壮一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

エクソサイト
Exosite
タンパク質分解酵素などが切断する相手側の基質タンパク質を認識するうえで, 切断部位周辺の配列や構造を触媒部位で直接認識する以外に, それとは別の構造的に離れた部位で基質タンパク質を認識して特異性決定にかかわることがある. このような本来の活性部位以外の機能部位をエクソサイトと呼ぶ.
(国立循環器病センター研究所 武田壮一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.03

メタンハイドレート
Methane Hydrate
水分子の水素結合により形成されるカゴを積み重ねた形状のホストケージ構造の中にゲスト分子としてメタンガスを内包した水和化合物. このようなホストケージ構造とゲスト分子からなる水和化合物を総称してクラスレートハイドレートと呼び, その中でゲスト分子がガスであるものをガスハイドレートと呼ぶ. メタンハイドレートはガスハイドレートの一種である. 火をつけると燃えることから,「燃える氷」と呼ばれることがある. また, メタンガスは天然ガスの主成分であることから, 天然ガスハイドレートを指す場合がある. 自然界には海底や永久凍土に天然ガスハイドレートが存在していることが確認されている. 日本近海の海底にも大量に埋蔵されていることがわかり, 次世代のエネルギー資源として着目されている.
(日本原子力研究開発機構 星川晃範)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

散乱長密度分布
Scattering Length Density Distribution
中性子の散乱能を表す散乱長の実空間における密度分布. 結晶中の原子核や電子スピンに対応して, 散乱長は変化する. 負の散乱長をもつ原子核が存在していれば, 負の散乱長密度分布が得られる. 原子核などの空間的な広がりに対応して, 散乱長密度分布が得られることから, 核密度分布と呼ぶ場合がある. ただし, 散乱長は原子量に比例していないことから, 解釈をするうえで注意が必要である. なお, 磁気散乱がない単元素の物質に関しては, 散乱長密度分布は核密度分布にほぼ等しい.
(日本原子力研究開発機構 星川晃範)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

エフェクタータンパク質
Effector Protein
Rabなどの低分子量GTPaseは細胞の中で分子スイッチとし機能している. GDPと結合したGTPaseはスイッチがオフの状態で, GDP/GTPの交換によりGTP結合型になるとオンの状態になって下流にシグナルを伝達する. このGTP結合型に特異的に結合してシグナルを伝える役目を担うタンパク質をエフェクタータンパク質と呼ぶ. さまざまなエフェクタータンパク質と相互作用することによってRabは細胞内で多彩な機能を発揮する.
(東京大学大学院・総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

スイッチ領域
Switch Region
Rabなどの低分子量GTPaseのGDP型とGTP型の構造を比較したとき, 大きく構造が変化している部位が2カ所あり, その領域のことをスイッチ領域と呼ぶ(スイッチ1領域とスイッチ2領域). これらの領域の構造変化は, ヌクレオチド(GTP/GDP)のγ位のリン酸基の有無に起因するものであり, エフェクタータンパク質はGTP結合型のみに結合できる.
(東京大学大学院・総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

GSTプルダウンアッセイ法
GST Pull-Down Assay
タンパク質間相互作用を調べるための手法の1つであり, 酵母two-hybrid法とともによく用いられている. 具体的には, 2つのタンパク質(XとY)の相互作用を調べるために, XとGST(グルタチオンS-トランスフェラーゼ)の融合タンパク質(GST-X)を作成し, GSTと親和性のあるグルタチオンセファロース樹脂にGST-Xを吸着させる. そこにタンパク質Yを加え, 十分な量の緩衝液で洗った後にグルタチオン入りの緩衝液でGST-Xを溶出する. XとYが相互作用しないのであればYは洗浄の過程で洗い流されるが, もし十分強く相互作用するのであれば, YはGST-Xと一緒にグルタチオンで溶出される.
(東京大学大学院・総合文化研究科 志波智生)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

フォトクロミック反応
Photochromic Reaction
光を当てると可逆的に構造変化を起こし色の変わる現象をフォトクロミズムと言い, このような光可逆な反応をフォトクロミック反応と言う. 光生成した異性体が熱的に安定なものと熱的に不安定なものに大別される. 最もよく知られている化合物に, アゾベンゼンがある. しかし, アゾベンゼンは結晶状態ではフォトクロミズムを示さない. 一方, ジアリールエテンは溶液状態, ポリマーマトリックス中, 結晶状態のいずれにおいてもフォトクロミズムを示す.
(大阪市立大学大学院工学研究科 小畠誠也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

光反応量子収率
Photoreaction Quantum Yield
光を吸収した化合物が励起状態から目的とする反応に進む割合を光反応量子収率と言う. 例えば, 量子収率が0.5であれば, 光を受けて励起したうちの2分子に1分子は目的とする反応に進む. 光を当てて最終的にどれぐらい反応したかを表す反応率(Conversion)とは区別しなければならない. ジアリールエテン結晶の光閉環反応量子収率は非常に高く, ほぼ100%の結晶も存在する.
(大阪市立大学大学院工学研究科 小畠誠也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

光誘起形状変化
Photoresponsive Shape Change
光を受けることによって物質の形状が変化する現象を光誘起形状変化と言う. また, フォトメカニカル効果として知られている. これまでにゲルや高分子での形状変化が報告されている. ナノメートルオーダーのミクロな変化からマイクロメートル以上のマクロな変化のものまで存在する. 光照射によるアゾベンゼンポリマーフィルムの表面レリーフ形成やアゾベンゼン液晶エラストマーフィルムの相転移に伴う屈曲な形状変化などがある. 結晶状態では非常に稀である.
(大阪市立大学大学院工学研究科 小畠誠也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

強相関電子系
Strongly Correlated Electron System
電子間のクーロン(Coulomb)相互作用が強い系.単純な金属では電子が孤立した自由粒子のごとく振る舞うが, 電子間のクーロン相互作用が強い場合, 電子の電荷自由度とスピン自由度(あるいは軌道自由度)が影響しあい, 電子の運動を制限して特異な物性を発現することが多い. 高温超伝導体, 重い電子系や巨大磁気抵抗を示す遷移金属酸化物はその代表例で, 単純なバンド理論では説明することができない.
(物質・材料研究機構超伝導材料センター 茂筑高士)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

同族列とポリゾマティックシリーズ
Homologous Series and Polysomatic Series
ある組成の構造単位だけを異にする一連の化合物で, 同一の一般式で表現できる系列をhomologous series(同族列)と呼ぶ. 例えば, CnH2n+2やCnH2n+1OHなどの有機化合物に適用されることが多い. 一般に同族列にある化合物では, 構造単位の変化に応じて物理的性質の規則的な変化が見られる. また, polysomatic seriesの概念は, Thompsonにより1970年代に提唱されたものであり, ある一連の鉱物群が異なる2つ以上の構造単位(polysome)の多様な組み合わせにより表現できる鉱物群をpolysomatic seriesと呼ぶ. 例えば, 構造単一をA, Bとすると(AB),(ABB),(ABA)…などがこれにあたり, 天然の鉱物群ではヒューマイト族鉱物やbiopyribolesなどが挙げられ, rutile型やperovskite型の構造をもつ物質に対して適用されるものもある.
(東北大学大学院理学研究科 栗林貴弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

バーチ・マーナハンの状態方程式
Birch-Murnaghan Equation of State
圧力Pと体積Vの間の関係式(状態方程式)の1つであり, 地球物理学者であったFrancis Birchが数学者のMurnaghanの理論を応用して示した式である. 鉱物物理学, 特に地球科学の分野における高圧研究の基本式の1つであり, 地球内部構造の解析に利用される地震波データと地球構成物質である鉱物とを繋ぐ重要な式. 導出には有限歪理論が適用されており, 以下の式で表現される. ただし, 実験的に決定できるのは精度的な制約から, 体積弾性率K0とその圧力依存性K'0までが一般的である. K'0は初期圧縮過程を反映する.
(東北大学大学院理学研究科 栗林貴弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

Two-hybrid法
Two Hybrid Method
2つのタンパク質間の相互作用を調べる実験手法. 転写活性化因子のDNA結合ドメインとアクティベータードメインをそれぞれ別々の任意のタンパク質と融合タンパク質として同一細胞内で発現させる. 任意のタンパク質同士が相互作用する場合には, 転写活性化因子が働くことによってレポーター遺伝子の発現量が上がる. この発現量を測定することで, 2つのタンパク質の間の相互作用の有無と強さを測定できる. 酵母細胞を使用することが一般的である. 細胞内環境における相互作用を検出できることが, この実験手法の特徴である.
(九州大学大学院農学研究院 角田佳充)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

Zinc Ribbonモチーフ
Zinc Ribbon Motif
mRNAの伸長反応の促進や切断を制御する転写伸長因子TF II SやRNA polymerase II subunit 9などに存在する亜鉛イオンを結合する構造モチーフの1つ.
(九州大学大学院農学研究院 角田佳充)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

塩基性クラスター
Basic Cluster
タンパク質の表面に複数の塩基性残基が局在した領域. マイナスに電荷をもった物質(リガンド, タンパク質, 糖など)と相互作用する領域に見られることが多い.
(九州大学大学院農学研究院 角田佳充)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.04

ダイヤモンドX線移相子
Diamond X-ray Phase Retarder
移相子は, 入射光の2つの偏光成分(σ偏光とπ偏光)の間の位相差を調整して, 直線偏光した光をさまざまな偏光状態(円, 楕円, 直線)に変換する光学素子である. X線領域の移相子は完全結晶の回折現象を利用しており, 単結晶のSiやGeが用いられる. 近年, 良質でかつサイズの大きい人工ダイヤモンドが合成され, 高いX線透過率と変換効率をもつ移相子として利用されるようになった. σ偏光成分とπ偏光成分の間の位相差(移相量δ)は近似的に以下の式で与えられる. ここで, ChklはBragg回折hkl反射の構造因子による定数, λはX線の波長, θBおよびΔθはBragg角とその角度からのズレ(オフセット角)を表す. tは結晶中のX線光路長である. 移相量δはX線の波長(エネルギー)によって急激に変化するため, 移相子の厚さを変えることでX線光路長tを調整し, X線透過率と変換効率を最適化する. SPring-8 BL39XUでは, 厚さの異なる複数枚のダイヤモンド移相子が揃えられており, 5~16 keVの広い領域で円偏光X線の利用が可能となっている.
(高輝度光科学研究センター 河村直己,広島大学大学院理学研究科 圓山 裕, 石松直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

円偏光変調法
Helicity-Modulation Method
円偏光のヘリシティ(右回りと左回り)をある周波数で交番させながら, その周波数に同期した信号強度を位相敏感型検出器(ロックイン・アンプ)で計測する方法を円偏光変調法という. 一般の変調法と同様に, 周波数が大きいほどS/N比は向上し, 微弱な信号の検出に有効である. ダイヤモンド移相子を利用すると, 円偏光度の向上とともにヘリシティの高速交番が可能である. その利用の1つが, X線吸収係数の左右円偏光に対する差を変調法で検出する円偏光変調法X線磁気円二色性(XMCD)である. SPring-8のBL39XUではピエゾ素子による30 Hzの周波数が利用され, 10-4以下の微弱な信号も精度よく測定できる. X線光源(ヘリカル・アンジュレータ)で円偏光を切り替える円偏光変調法も行われている. SPring-8だけでなくESRF, APSなどの第3世代放射光施設におけるXMCD測定では, 円偏光変調法が主流になりつつある.
(高輝度光科学研究センター 河村直己,広島大学大学院理学研究科 圓山 裕, 石松直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

遍歴電子系
Itinerant Electron System
結晶中の原子間を遍歴する電子(伝導電子)が磁気モーメントをもつことで磁性を発現する物質群を遍歴電子系磁性体という. 一方, 格子点の原子やイオンに局在した電子が磁性を担う, 酸化物絶縁体に代表される物質群は局在スピン系に分類される. 電子の2つの異なる特性に基づいた磁性理論がそれぞれ確立している. 遍歴電子系の電気的・磁気的物性は, バンド理論で説明される. 状態密度の交換分裂に由来した磁気モーメントは, ボーア磁子を単位として非整数値の大きさをもつ. この特徴を3d遷移金属合金の組成と磁気モーメントの関係をまとめたスレーター・ポーリング曲線に見ることができる. 磁気モーメントの大きさやキュリー温度などの磁気特性は, フェルミ準位と状態密度の大きさに密接に関係する. さらに, フェルミ準位近傍の電子は外場(温度, 磁場, 圧力)によって励起されやすく, 状態密度は変調を受ける. その結果, 遍歴電子系では外場に誘起されたさまざまな磁気相転移(メタ磁性, 圧力誘起強磁性など)が見られ, 興味がもたれている.
(高輝度光科学研究センター 河村直己,広島大学大学院理学研究科 圓山 裕, 石松直樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

X線逆格子イメージング法
X-ray Reciprocal-Lattice Space Imaging Method
X線逆格子イメージング法は, 角度を固定された, 一次元, または, 二次元の周期性を有するナノ構造に単色X線を入射させ, 二次元検出器にその逆格子イメージを迅速に記録する方法である. 実験配置は, X線が試料表面に対して微小角で入射する反射型, あるいは, 試料の裏からX線が試料にほぼ垂直に入射する透過型が用いられる. この方法を微小角入射の反射配置を用いて真空中のみならず大気中, 溶液中, 埋もれた構造中に存在するナノ構造評価に適用して, 試料の結晶系, ドメインの大きさ, 方向, 長周期性などの結晶情報を得ることができた. その逆格子がロッド, または, 平面形状なので, 入射X線が回折条件をより容易に満足できることが本法の原理である. 微小角入射配置では試料格子定数aとX線波長λとの比a/λが少なくとも10以上の場合, 構造の知見は得られた. 本法によってナノ構造の逆格子イメージの全体像を数秒から数分の高輝度X線ショットで得られたので, 試料, 検出器の双方を回転しその回折強度を精密に測定し解析できる表面X線回折法と本法は相補的に用いられる可能性がある. 時間分解能を有する二次元検出器との組み合わせによって本法の利用が拡大すると期待する. 単結晶の構造解析で用いられるラウエ法, 回転結晶法, および, 超高真空中に置かれた試料表面の構造解析に適用が限定される反射高速電子線回折法を参考にして本法は開発された.
((財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 坂田修身)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

磁壁
Magnetic Domain Wall
磁性体の磁化構造は, 一般に, 磁化が一様に揃った領域(磁区)が複数集まり構成される. 隣り合う磁区の間で, 磁化(局在電子の磁気モーメント(スピン))は不連続に突然変化するのではなく, 緩やかに変化しながらつながる. このような磁区の境界領域を磁壁と呼ぶ. 磁壁の幅は交換エネルギー(隣接する2つのスピンの向きが揃うと安定)と異方性エネルギー(スピンが特定の結晶方位などの磁化容易軸に向くと安定)の大小関係で決まる. 磁性細線では, 磁化はその大きな形状異方性に応じて面内長手方向に向き, 180°磁壁を形成する. 磁化のN極同士が向き合う場合をhead-to-head磁壁, S極同士が向き合う場合をtail-to-tail磁壁と呼ぶ. 磁性細線内に形成される磁壁構造は主に2種類あり, 細線幅と厚みに応じて, 安定な磁壁構造が決定される. 磁化を含む面内で磁気モーメントが180度回転するような磁壁をトランスバース磁壁(ネール磁壁), 磁気渦芯を導入して面直成分をもつ構造を磁気渦磁壁と呼ぶ.
(理化学研究所フロンティア研究システム 戸川欣彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

スピントルク
Spin Torque
遷移金属強磁性体中を伝導電子(s電子)が流れるとそのスピンは局在電子(d電子)との強いs-d交換相互作用のため局在電子の磁気モーメント(スピン)と平行に揃えられる. そのため, 伝導電子が磁壁のような磁化が空間変化する領域を通過する際, 伝導電子のスピンの向きは磁気モーメントに揃うように回転する. これは伝導電子のスピン角運動量が変化することを意味しており, 角運動量の保存則を考慮すると, スピン角運動量が系(局在電子の磁気モーメント)へ移行(トランスファー)することがわかる. この結果, 反作用的に磁気モーメントは伝導電子と逆向きに回転する. これは伝導電子のスピンが局在電子の磁気モーメントに作用したトルクとみなせる. このようなスピンの運動機構をスピン角運動量トランスファー, もしくは, スピントルクと呼ぶ.
(理化学研究所フロンティア研究システム 戸川欣彦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.05

光化学反応
Light Induced Phase Transformation
物質の中のある分子が光を吸収し電子的な励起状態になることによって進行する化学反応のことを光化学反応といい, 一般的に次式で表される. A+hν→A* Aは分子, hνは光子, A*は励起状態にある分子である. 分子A*はhνの余分なエネルギーが与えられた結果, 次のいずれかの反応を示す. (1)A*→A+hν', 蛍光, 燐光の発生. (2)A*→A+熱, 運動エネルギーとして散逸. (3)A*→B*, 別の電子状態に変化. (4)A*→C++D-, フリーラジカル化. (5)A*+E→E*+A, ほかの原子, 分子にエネルギー移動. (6)A*+F→G, ほかの原子, 分子と反応し, ほかの化学種に変化. 光化学反応は, 分子Aが光子hνを吸収するところから始まり, 電子的に励起状態になった分子A*のみが反応を引き起こす. 光化学反応により生成する分子構造は, 熱化学反応により生成されるものとはまったく異なる構造になることが多い.
(筑波大学大学院生命環境科学研究科 興野 純)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

照射誘起構造変化
Radiation-Induced Structural Change
電子, イオン, 中性子などのエネルギーをもった粒子線は, 物質内部に侵入すると弾性散乱や非弾性散乱によりエネルギーを失う. この際, 欠陥導入や電子系の励起により照射材の原子配列を変化させることがある. この現象を照射誘起構造変化といい, 代表的な例として非晶質化や準安定相の形成が挙げられる. 材料の物理的性質は原子配列に強く依存するため, 照射環境下での材料の使用やエネルギービームを利用した材料創製の際には, 照射誘起構造変化に関する知識は必要不可欠である.
(大阪大学産業科学研究所 石丸 学)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

マルチフェロイクス
Multiferroics
強磁性, 強誘電性, 強弾性の3つの特性のうち, 2つ以上を併せもつ物質. 一般には磁性と強誘電性が共存する物質を指す. ビスマスや鉛を含むペロブスカイトでは, それらの持つ6s2孤立電子対が強誘電性を, 遷移金属が磁性を担うのに対し, TbMnO3やCoCr2O4, Ni3V2O8, MnWO4などでは, スパイラル磁気構造に伴って強誘電性が発現する. このほかに, イオン変位ではなく, 電荷秩序によって強誘電性生じるLuFe2O4もマルチフェロイクスである. また, BaTiO3などの強誘電体マトリックスに, CoFe2O4などの磁性体ナノピラーを埋め込んだコンポジット材料も研究されている.
(京都大学化学研究所 東 正樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

モット絶縁体
Mott Insulator
電子相関によって絶縁体化している化合物. 本来1つの軌道には上向き, 下向きのスピンをもつ2つの電子が入ることができるが, 電子の運動エネルギーに比べてクーロン反発力が強い場合, サイト当たり1つの電子を持って局在化してしまう. これがモット絶縁体である. また, 分裂したd軌道の間のエネルギーに酸素のp軌道が位置する系を, 特に電荷移動型絶縁体と呼ぶ. 銅酸化物における高温超伝導や, マンガン酸化物における巨大磁気抵抗効果は, こうした電荷移動型絶縁体に元素置換でキャリアーをドープすることで生じる.
(京都大学化学研究所 東 正樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

電荷不均化
Charge Disproportionation
整数電荷をもつイオンが, 異なる電荷をもつ2つのサイトに分裂, 秩序化することで系が絶縁体化する現象. 非整数電荷をもつ系で電荷が周期的に局在化する現象を電荷秩序と呼ぶのに対し, 整数電荷の場合を特に電荷不均化と呼ぶ. ペロブスカイトCaFeO3(2Fe4+→Fe3++Fe5+)やRNiO3(R=Y, Lu-Pr, 2Ni3+→Ni2++Ni4+)で観察される. また, BaBiO3においてはBiが3価と5価に不均化している.
(京都大学化学研究所 東 正樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

マルチフェロイックス
Multiferroics
マルチフェロイックスとは, 強磁性, 強誘電性, 強弾性など複数の秩序状態が同一相中に存在する材料を指す. 近年, 磁気秩序状態と強誘電状態が共存するマルチフェロイック物質において, 巨大電気磁気効果や非線形磁気光学効果など, 興味深い新規現象が多く観測されている. また, そのような性質を利用した磁気電気変換素子や, 従来のメモリーより強固な強磁性強誘電性メモリーなどのさまざまな応用が期待されている.
(東北大学多元物質科学研究所 佐賀山 基)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

逆DM効果
Inverse Effect of the Dzyaloshinskii-Moriya Interaction
Katsuraらは, 陰イオンを介した相互作用を有する2つの磁性サイトにおいて軌道相互作用が強い場合, 平行でないスピンの間にスピン流が誘起され, その結果として電気分極が生じることを提案した. これはいわゆるDzialloshinski Moriya(DM)相互作用の逆効果とみなすことができ, 逆DM効果と呼ばれる.
(東北大学多元物質科学研究所 佐賀山 基)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

偏極中性子散乱
Polarized Neutron Scattering
中性子は+1/2もしくは-1/2のスピンをもち, 一方のスピン値をもつ状態が他方を上回っている中性子を偏極中性子と呼ぶ. 通常, 散乱実験に用いられる中性子束が生成される際にスピン状態の割合は半々である. 核スピン偏極されたプロトンや3Heを用いたフィルタ法, 強磁性ホイスラー合金を用いた反射法によって偏極中性子を得ることができる. 磁気散乱において散乱された中性子の方向と位相は磁気モーメントの方向に依存するため, 偏極中性子散乱実験では非偏極中性子を用いた場合よりも磁気モーメントの方向に関して多くの情報を得ることができる.
(東北大学多元物質科学研究所 佐賀山 基)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

数え落とし
Counting Loss
計数法により強度測定を行う場合に, 検出システムの有限なレスポンス時間のために信号パルスの一部は検出されず, 観測されるカウント数の期待値はパルスの発生数の期待値に比べて常に小さい値になる. この現象は「数え落とし」と呼ばれ, 計数率が高い場合には特に顕著となる. 数え落としの特性をモデル化するために非拡張死時間モデル, 拡張死時間モデルなどの多様なモデルが知られており, これらのモデルに基づいた補正法も提案されている. 現実のX線検出システムの数え落とし特性はシンチレータや光センサの回復時間, 前置増幅器や伝送回路, 波形整形回路の時定数, パルス高分析器の設定条件などに依存する.
(名古屋工業大学 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

MDS回折計
MDS Diffractometer
検出器多連装型測定システム(multiple detection system)を装備した粉末X線回折計の装置デザインは, 1994年に虎谷らにより初めて開発された. 結晶アナライザを用いた高角度分解能の軌道放射光粉末回折測定において, 実用的な時間で測定を完了するために, 複数の検出システムにより異なる角度範囲の回折強度データを同時に収集することを目的とする. 高エネルギー加速器研究機構放射光科学研究施設(KEK-PF)の粉末回折ビームステーションBL-4B2において共同利用に供されている.
(名古屋工業大学 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

ピーク形状の対称化
Symmetrization of Peak Profile
実測のピーク形状について, 装置に由来する左右非対称なぼやけを修正し, 左右対称なピーク形状を得るためのデータ処理をピーク形状の対称化処理と呼ぶ. 解析的な方法, あるいは標準試料測定の結果から導かれる非対称な装置関数をデコンボリューション処理により除去することにより実現される. 多くの場合に試料固有の回折ピーク形状は左右対称であるために, この処理を施すとリートベルト解析やピーク形状分析の際に非対称なピーク形状モデルが不要となる. この処理により装置収差によるピーク位置のシフトや線幅の広がりも自動的に補正されるので, より正確な格子定数評価や線幅解析も実現される. また試料固有の本質的な回折ピーク形状が非対称性である場合にはこれを抽出できるので, 単位格子の対称性の低下によるわずかなピークの分裂や, 不均一組成や積層不整による本質的なピーク形状の非対称性を検出するためにも有効である.
(名古屋工業大学 井田 隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

フォトンカウンティング
Photon Counting
一定時間ごとの「光に応じて発生するパルスの数」を数えることにより光の強さを求める方法である. 光の強度に比例した信号をもとに光強度を求める方法に比べてノイズに強く, 微弱光を検出するのに使われることが多い. 光の粒子1粒が光電面に入射するとある確率(量子効率)で光電子が放出され, これを増倍するとパルス計数することができるようになる. これまで増倍には光電子増倍管が使われることが多かったが, 近年固体フォトンカウンティングモジュールの技術が進歩し, 大面積二次元X線検出器としても利用できるようになってきており注目を集めている.
(高エネルギー加速器研究機構 五十嵐教之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.049 No.06

生体水素水和水データベース(HHDB)
Hydrogen and Hydration DataBase for Bio-macromolecules
2004年10月にスタートした水素を含めた生体高分子構造に関するデータベース. URLはhttp://hhdb01.tokai-sc. jaea.go.jpで, 日本原子力研究開発機構(JAEA)が管理運営している. 原則として, PDB(Protein Data Bank)に登録されている中性子回折によるデータ18個とX線回折によるデータに水素位置を予測した構造データ32個が現在登録されている. HHDBは上記登録構造データに対して, 任意の水素結合の条件(アクセプタ原子の種類, 水素原子間距離, 角度)を設定して, 多数の水素結合の判断が一度に可能で, さらにその結果をさまざまなグラフィカルインターフェースで整理して表示することが可能である. 詳細はN. Niimura et al., Cell. Mol. Life Sci. 63, 285 (2006)を参照のこと.
(茨城大学 田中伊知朗)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

チョッパー
Chopper
中性子チョッパーは, 中性子吸収体を回転させることにより, 必要な波長の中性子を分別するもので, 機能に応じて, 波長制限チョッパー, T0チョッパー, フェルミチョッパーなどがある.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター設立準備室 石垣 徹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

波長制限チョッパー
Wavelength-Selection Chopper
パルス中性子源では, 中性子源に陽子ビームが入射した瞬間に白色中性子が生じる. 長波長の中性子は速度が遅いため, 次の陽子ビームの入射による短波長中性子に追い抜かれる(フレームオーバラップ)ことになり, ノイズの基となる. フレームオーバラップを防止するため, 中性子吸収材を塗布した円盤を中性子の発生周期に同期させて回転させて, 長波長の中性子を止めるために用いる機器.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター設立準備室 石垣 徹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

T0チョッパー
T0 Chopper
パルス中性子源に陽子ビームが入射すると, 高エネルギーの速中性子が発生する. この速中性子は装置のさまざまな部分で熱中性子を発生させ, バックグラウンドの基になる. 中性子の吸収体を中性子発生源に近い所に中性子の発生周期に同期してビームライン上に置くことで, 速中性子を止めるために用いられる機器.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター設立準備室 石垣 徹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

白色中性子磁気レンズ
Magnetic Lens for Polychromatic Neutron Beam
広い波長帯域の偏極中性子を集光するための中性子光学素子である. 中性子磁気レンズは強力磁石を利用した六極磁石から主に構成される. 偏極中性子は六極磁石のボアに入射すると, 自身の磁気モーメントとボア内部の六極磁場との磁気的相互作用により, 六極磁石の中心軸上の焦点に集まろうとする. ボア内部には, 中性子の吸収や散乱に寄与する物質がいっさい存在しないので, この集光は高効率かつ高精度なものとなる. ただし, 中性子の波長に分布があると, 焦点位置にぼけが生ずる. そのため, 単色中性子用の磁気レンズはすでに実用化され, 高分解能の中性子小角散乱実験に利用されているが, 広い波長帯域(白色)の中性子用の磁気レンズは, まだ開発途上にある. しかし, 中性子の波長に合わせて磁気レンズの集光力を制御することで, 焦点位置のぼけをなくそうとするいくつかの基礎開発が成功しており, 実用化やJ-PARCなどへの応用は間近であると考えられる.
(日本原子力研究開発機構 鈴木淳市)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

3Qcスーパーミラー中性子導管
3Qc Supermirror Neutron Guide
中性子ビームを中性子源から中性子散乱装置に輸送するために広く利用されるものに中性子導管がある. 中性子導管には, 従来ニッケルの全反射ミラーが用いられてきたが, この性能を格段に向上させるものとしてスーパーミラーが開発された. スーパーミラーは, 屈折率の異なる物質を交互に重ねた多層膜で, 層間隔を厚み方向に徐々に変化させることで広い波長帯域の中性子をブラッグ反射させるものである. 全反射臨界角をニッケルの全反射臨界角Qcに比べてm倍に増加させたものをmQcスーパーミラーと呼ぶ. スーパーミラーを中性子導管に利用すると, ニッケル導管に比べて, 導管出口でm2倍の中性子強度の増加が見込まれる. 現在, 熱中性子の輸送などに広く実用化されているものが3Qcスーパーミラー中性子導管と呼ばれるものである. より短波長の中性子の輸送や軌道制御にはmの大きなスーパーミラーが必要になる. そのため, 小さな層間隔の多層膜を高精度に積み重ねることで, mが大きくかつ十分な反射率も得られるスーパーミラーの開発が行われている.
(日本原子力研究開発機構 鈴木淳市)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

ボロノイ多面体解析
Voronoi Polyhedron Analysis
リバースモンテカルロ法などによって得られた構造モデルに対して, その原子配置の幾何学的特徴を調べるのに適した手法. 構造モデルのように空間内に原子位置が与えられているとき, ほかの原子位置よりもある原子iの位置に近い点からなる空間領域をボロノイ領域といい, この領域は凸多面体を形成するので, これをその原子iのボロノイ多面体と呼ぶ. 原子配置の幾何学的特徴は, ボロノイ多面体の面の数, 面を構成する多角形の種類とその数によって表現・分類される. ボロノイ多面体はわずかな原子配置の変化に敏感であることから, 局所的な原子構造(配置)の解析のほか, 多結晶モデルの作製, 個々の原子が占める体積の計算などに用いられる.
(日本原子力研究開発機構 鈴谷賢太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

J-PARC
Japan Proton Accelerator Research Complex
J-PARCはJapan Proton Accelerator Research Complex, すなわち大強度陽子加速器施設の略称で, 世界最高クラスの大強度陽子ビームを生成する加速器と, その大強度陽子ビームを利用する実験施設で構成される. 日本原子力研究開発機構(JAEA)の中性子科学研究計画と高エネルギー加速器研究機構(KEK)の大型ハドロン計画を共同プロジェクトに統合し, 両者が共同でJ-PARCの建設, 運営を行っている. 物質・生命科学実験施設では, 加速器からのパルス陽子ビームを水銀ターゲット・減速材・反射体に入射させ, 世界最高強度の中性子ビームを発生させ, これらを用いて, 物質科学・生命科学研究を推進させることを目的としている. また, パルス中性子の特性を活かして, 長尺の高分解能粉末回折装置や生命物質用構造解析装置なども建設されている.
(東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

DIA型キュービックアンビル装置
DIA-type Cubic Anvil Apparatus
六方押しのマルチアンビル型高圧発生装置の一種で, 大きな試料容積がとれ, 温度圧力勾配の少ない高温高圧状態を長時間安定して実現できるという特長がある. 発生圧力はアンビル先端サイズとプレスの最大荷重に依存するが, 最大10 GPa程度が一般的な使用条件である. 高圧下での各種測定や, 物質合成に広く用いられているほか, KEKやSPring-8などの放射光実験施設にも設置され, 数多くの成果を挙げてきている. パイロフィライトなどからなる立方体状の圧力媒体に円筒状に穴を開け, 内部に試料や加熱ヒーターなどを組みこみ, 6つの炭化タングステン合金製のアンビルによって加圧される. 6個の超硬アンビルは, 上下ガイドブロックにそれぞれ1個, 4個のサイドブロックにそれぞれ1個ずつ配置されており, 1軸の油圧ラムを搭載したプレスでガイドブロックを押すと, 金型の45°の斜面を介して側面の4個のサイドブロックがスライドして前に押し出され, 圧力媒体を加圧する仕組みになっている.
(東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

ナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)
Nano Polycrystalline Diamond
ナノメーターオーダーのダイヤモンド結晶が集合した多結晶体で, 光透過性があり, 単結晶ダイヤモンドよりも硬度が高いことが特徴で, ハードマテリアルの切断や研磨, 基礎研究の分野では超高圧発生のデバイスとしての応用が期待されている. NPDは, 2003年に愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター, 入舩徹男教授らのグループによって, 黒鉛を出発原料とした高温高圧条件における直接変換によって報告された. 通常, 人工ダイヤモンドは, 遷移金属からなる合金を触媒(溶媒)とした高温高圧法や, 熱力学的な準安定状態における気相成長法などによって合成される. 直接変換法では通常の高温高圧法と比較してはるかに高い温度, 圧力で合成が行われるため, 結晶成長の駆動力が大きく, 核発生密度が高いと考えられる. 現在, 良質化と大型化を目指した研究が進行しており, 今後の発展が期待される材料である.
(東京大学大学院理学系研究科 鍵 裕之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

残留応力解析
Residual Stress Analysis
機械や構造物の部品には加工・熱処理による残留応力が存在することが多い. 残留応力の存在が結晶の弾性的な歪を引き起こすため, 残留応力解析は格子面間隔の相対的値の精密な測定に基づく. すなわち, 回折ピーク位置の相対的な変化の測定である. 測定された歪の値は弾性定数を用いて(Hooke式によって)応力に換算することができるが, 最低でも直交3方向の歪を必要とする. 正確なピーク位置の測定および解析はもちろんのこと, 歪を計算するときの基準ピーク位置または基準試料の準備も非常に重要である. 基準試料としては, 粉末試料, 細かいクーポン, 変形前の試料などを用いることは多い. 部品の形状はさまざまであり, また, 使用時に部品全体に同じ外力や熱を受けることはほとんどないため, 残留応力は形状や位置によって分布がある. そのため, 小さい領域のみ(ゲージ体積)の測定を, 部品内で位置を移動しながら繰り返して行う.
(日本原子力研究開発機構J-PARCセンター ステファヌス ハルヨ)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

飛行時間法中性子回折
Time of Flight Neutron Diffraction
飛行時間法(Time of Flight, TOF)中性子回折は, 実験室X線や定常中性子を用いた角度分散法と同様にブラッグ則(2dsinθ=λ)に従う. 従来の角度分散法と異なる点は, パルス状の多色中性子を用いることと, 検出器の位置を固定することである. TOF法は, 中性子がエネルギーによって異なる速度(λ=h/mv=ht/mL;de Broglie)で飛行することを利用する. ブラッグの式に戻ると, TOF法中性子回折はθを固定して, dをλの関数として測定する. すなわち, 高いエネルギー(短波長)中性子の飛行速度が速く, 低エネルギー(長波長)中性子が遅いため, 中性子源から出射して試料を通過して検出器に到達する時間は中性子エネルギーによって異なる. 中性子源からのパルス発生時刻をゼロにすると, 時間を正確に測定することができる. さらに試料に入射する多色中性子のうち, ブラッグ則に満足する波長をもっている中性子のみが試料に回折されて検出器に多く到達するため, 回折パターンが得られる. また, パルス内の波長範囲が非常に広いため, マルチピーク(通常Δd>2.5 Å以上)が同時に得られる.
(日本原子力研究開発機構J-PARCセンター ステファヌス ハルヨ)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

回折分解能
Resolution
回折分解能は一言で表すと, 測定する面間隔dに対してどれくらいのdの変動(Δd)をもっているかのことである. すなわち, 回折分解能はΔd/dとして表され, 装置の性能を表す1つのパラメータである. 回折はブラッグ則に基づくため, 回折分解能はブラック式を微分することによって求められる. 詳細は省略されるが, TOF法回折のΔd/d計算に次の近似式がよく用いられる. Δd/d=●. Δt/tは中性子源から出射される中性子がもっている時間分解能であり, 中性子源の設計によるものである. ΔL/Lは中性子源から(試料を通して)検出器までの距離によるもので, 距離が長くなるほどその値が小さくなる. Δθは試料, ビーム輸送用ガイド管, 検出器などの寸法によるものであるが, cotθは検出器の設置散乱角度によるため, Δθcotθ項は散乱角度に強く影響される値である.
(日本原子力研究開発機構J-PARCセンター ステファヌス ハルヨ)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

ゲージ体積
Gauge Volume
ゲージ体積は一言で表すと, 測定対称となる領域である. 中性子は透過力が高いため, 試料に中性子が進入する深さまで散乱が起こる. 粉末回折実験の場合, 通常入射ビームの幅×高さが20 mm×40 mmで, 高さ30 mm, 直径10 mmの円筒管に試料を入れるため, ゲージ体積は円筒試料の大きさと同じである. 残留応力解析の場合, 応力の分布を測定するのに, 部品内をスキャンする必要はある. スキャンする間隔や測定するゲージ体積が小さければ正確な分布を得ることができる. 代表的なゲージ体積は2 mm×2 mm×2 mmであり, 入射ビームの幅と高さをそれぞれ2 mmにして, なおかつ進入深さ方向にある位置の2 mm幅からの散乱しか検出器に行かないようにラジアルコリメータを設置する. 模式的な概要はp.40の図1を参照する.
(日本原子力研究開発機構J-PARCセンター ステファヌス ハルヨ)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

Heisenberg演算子
Heisenberg Operator
量子力学では, 物理量の時間発展の記述に関して, いくつかの描像が提案されてきた. そのなかでもよく知られているのは, 時間発展を担うのが波動関数であると考えるSchr●dinger描像と, 物理量そのものが時間発展すると考えるHeisenberg描像であり, これら2つの描像は, 相互に変換が可能である. Heisenberg描像では, 物理量はHeisenberg演算子として扱われ, Heisenberg方程式に従って時間発展する. 中性子散乱の微分散乱断面積は, Schr●dinger描像下の摂動理論(Fermiの黄金律)と散乱理論(Born近似)を組み合わせて得られる. 理論物理学者van Hoveは, 微分散乱断面積に含まれる凝縮系物質内の原子核位置をHeisenberg演算子として陽に扱い, 中性子微分散乱断面積と原子核運動の時空相関関数との間の一般的関係を導いた(Phys. Rev. 95, 249 (1954)).
(慶應義塾大学理工学部 中迫雅由, 東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

キュムラント展開
Cumulant Expansion
ある関数について, その自然対数をとって展開することをキュムラント展開と呼ぶ. そのn次の展開係数は, n次のキュムラントと呼ばれる. 特に, 二次のキュムラントは分散と呼ばれ, 非干渉性弾性散乱式のキュムラント展開では, 数学的分散が原子核位置の平均自乗変位に対応する.
(慶應義塾大学理工学部 中迫雅由, 東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

Time-windowモデル
Time-window Model
非干渉性弾性中性子散乱実験で測定される水素原子の平均自乗変位は, 本来, 時間に依存しない, すべての時間相関を含んだ物理量である. しかし, 中性子散乱実験で測定されるのは, 真の微分散乱断面積に分光装置のエネルギー分解能関数を畳み込んだものとなっている. それゆえ, 分光器分解能より小さなエネルギーを有する運動の情報は, 観測される平均自乗変位に含まれず, 得られる平均自乗変位は分光装置の分解能に依存することとなる. Smithらは, 非干渉性弾性散乱断面積に, 分光器エネルギー分解能(もしくはその力学共役である時間分解能)を陽に考慮するTime-windowモデルを提案し, さまざまな分光器によって得られた実験結果が統一的に理解できることを示した(Biophys. J. 87, 1436 (2004)).
(東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌, 慶應義塾大学理工学部 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

タンパク質のダイナミック転移またはガラス性転移
Dynamical or Glass-like Transition in Proteins
タンパク質構成原子の平均自乗変位は, 100 K付近の低温では温度に比例して増加するが, 200 K付近を境に急激に傾きが増加する. 200 K以下での原子運動は調和的であるが, 200 K以上では急激に原子運動の非調和性が高まり, その運動範囲が大きくなると理解されている. この現象は, タンパク質のダイナミック転移またはガラス性転移と呼ばれ, 中性子散乱, X線結晶構造解析, メスバウアー分光など, さまざまな実験により研究がなされてきた. この現象が興味深いのは, 転移温度以上でのみ誘起されるダイナミクスがタンパク質の機能発現にとって必須な点である. また, 転移温度以上での原子運動の大きさが溶媒環境依存的に変化することから, 水和水とタンパク質ダイナミクスとの相関が予想されている.
(東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌, 慶應義塾大学理工学部 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

Langevinモード解析
Langevin Mode Analysis
タンパク質のダイナミクスを解析する計算手法の1つである基準振動解析(Normal Mode Analysis, NMA)では, タンパク質運動のエネルギー地形を多次元放物面に近似することでタンパク質の調和的振る舞いを解析する. しかし, 現実のエネルギー地形は多次元放物面ではなく, そのダイナミクスは溶媒の影響下にある. NMAをより現実系に近づけるために, 溶媒の粘性効果を取り込んだものが, Langevinモード解析(Langevin Mode Analysis, LMA)である. LMAでは, NMAと同様に多次元放物面のエネルギー面を用いるが, 運動の非調和的時間発展を記述するために, ブラウン運動でよく知られたLangevin方程式を利用し, タンパク質構成原子が, 溶媒粘性による摩擦力とランダム力を受けながら運動するものと仮定する. Haywardらは, タンパク質の中性子非弾性散乱スペクトルがLMAでよく説明できることを示し, タンパク質運動における摩擦係数を推定した(J. Mol. Biol. 234, 1207 (1993)).
(東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌, 慶應義塾大学理工学部 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

Jumping-Among-Minima(JAM)モデル
Jumping-Among-Minima(JAM)Model
タンパク質分子は, エネルギー的に準安定な多数の構造状態を有しており, その運動や構造変化は, 熱揺らぎなどによるそれら準安定構造間の遷移と理解される. Jumping-Among-Minima(JAM)モデルは, 多自由度で起こるタンパク質ダイナミクスをエネルギー地形の視点から記述するため, Kitaoらによって考案された(Proteins Struct. Funct. Genet. 33, 496 (1998)). このモデルでは, タンパク質分子内部運動を準安定構造近傍での調和的揺らぎと, 熱揺らぎなどによって確率的に生じる準安定構造間の遷移運動に分けて議論する. 例えば, タンパク質リゾチームの運動をJAMモデルによって解析すると, 揺らぎの約80%を担う多階層地形上の運動(全自由度の約0.5%), 単階層地形上の運動(同4.5%), 調和的エネルギー面上の運動(同95%)に分類される. 準安定構造間の遷移にかかわるのは前2種類の運動である. 揺らぎが遅くなるほど, また揺らぎの振幅が大きくなるほど, それにかかわる自由度が少なくなる.
(東京大学分子細胞生物学研究所 城地保昌, 慶應義塾大学理工学部 中迫雅由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

McStas(Monte Carlo Simulation of Triple Axis Spectrometer)*
Monte Carlo Simulation of Neutron Instruments
McStas(Monte Carlo Simulation of Triple Axis Spectrometer)は, デンマークのRisoe研究所が中心となって開発したモンテカルロ光線追跡法を用いた計算用パッケージであり, スリット, 中性子ミラーなどの各中性子光学素子の条件を指定して中性子の飛行軌跡を計算する. そのため, 中性子源からの輸送を含めた中性子散乱実験装置の性能評価および設計のための最適条件調査に利用されている. 対象は, 定常中性子源およびパルス中性子源に設置する中性子散乱実験装置であり, 汎用性の高い計算パッケージである. McStasを用いた計算により, 数多くの論文が出版されている. *K. Lefmann and K. Nielse, Neutron News 10, 20 (1999); *P. Willendrup, E. Farhi and K. Lefmann, Physica B 350, 735 (2004).
(東北大学多元物質科学研究所 野田幸男)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

メゾスコピック構造
Mesoscopic Structure
中間相という意味であるが, あまり明確な定義をされずに用いられることが多い. 大きく分けると, 空間スケールの中間相として用いられる場合と, 構造的秩序の中間相として用いられる場合がある. 前者では原子・分子の微視的スケールと光学顕微鏡で観察される以上の巨視的スケールの中間的な距離スケールでの構造を示し, 具体的には数ナノメートルから数百ナノメートルの構造を示す. 例えば, 高分子のラメラ結晶やサーファクタント系のミセル構造などがこれに対応する. 後者では, 規則構造と無秩序構造の中間的な構造という意味で用いられる. 代表的な例は結晶と液体の中間相である液晶構造である. ソフトマター系では, その構造の複雑さゆえに多くの準安定状態が存在するが, その多くが中間的な構造秩序性を示すことからメゾスコピック構造と呼ばれることが多い.
(京都大学化学研究所 金谷利治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

スローダイナミックス
Slow Dynamics
スローダイナミクスという言葉は, 物理分野では結晶中のフォノンダイナミクスや液体のダイナミクスなどのピコ秒程度のダイナミクスに比べ遅いダイナミクスを表す言葉として用いられる. 例えば, ガラス転移温度近傍での過冷却液体は協同運動性のために, 緩和時間がミリ秒から秒のオーダまで遅くなるが, これらはスローダイナミクスの典型である. 一方, 高分子をはじめとするソフトマター系では, 元来の構造複雑性のため非常に遅い緩和時間を示すが, これらもスローダイナミクスの典型であると言える. 具体的には, 高分子鎖の絡み合いによりレプテーション運動などが例である. これらスローダイナミクスを示す系では, 密度相関関数などの時間減衰が単純指数関数とならず伸張指数関数となることや, 緩和時間の温度依存性がアレニウス型からずれることが知られている.
(京都大学化学研究所 金谷利治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

斜入射小角X線散乱
GISAXS:Grazing-Incidence Small-Angle X-ray Scattering
散乱を用いて物質表面近傍や薄膜の内部構造を非破壊で調べる手段の1つである. 通常, 膜の深さ方向の密度分布や濃度分布などの構造を調べるときにはX線もしくは中性子線の鏡面反射率測定がよく行われる. 面内方向の構造に関しては, 非鏡面反射測定から情報を得ることができるが, GISAXSでは表面に対して非常に小さい角度でX線を入射させ膜面内の構造からの散乱をin-planeもしくはout-of-planeで測定することにより, 面内の構造に関する情報を得ることができる. 現象としては, 反射, 屈折, 散乱が入り交じっており, 精密な解析はそれほど容易ではない. 同じく, 膜内や表面の結晶構造を調べるために斜入射X線からの広角回折を測定するGIWAXDも行われる. 最近ではX線だけでなく, 中性子を用いた斜入射小角中性子散乱(GISANS)も行われるようになってきている.
(京都大学化学研究所 金谷利治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.01

フェリ磁性
Ferrimagnetism
磁性体において, すべてのスピンが同じ向きに揃うのが強磁性体, 隣り合うスピンが反対向きに揃うのが反強磁性体である. 強磁性体では, 有限の値の自発磁化があるが, 通常の反強磁性体ではスピンがちょうど打ち消しあうために, 自発磁化はゼロである. しかし, 反強磁性体でも, 2種類以上の磁性イオンが存在するなどして, 隣り合うスピンの大きさが異なれば, スピンが打ち消しあうことなく, 有限の自発磁化が残る. こうした反強磁性体はフェリ磁性体と呼ばれる. フェリ磁性体は, 少なくともマクロな性質は強磁性体となんら変わらないため, 磁石として用いることができる. 実際,「強磁性体」と呼ばれるもの(例えばフェライト磁石など)はしばしば, 厳密な意味ではフェリ磁性体である場合が多い. スピネル化合物はAB2O4の組成式で表されるが, AとBに異なる遷移金属が入ると, 多くの場合フェリ磁性体となる.
(早稲田大学先進理工学部 勝藤拓郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

フント結合
Hund Coupling
遷移金属や希土類において,「同じ原子」の「異なる軌道」に入る電子のスピンは同じ方向を向きたがる. これをフントの法則といい, このエネルギー利得に対応するものをフント結合と呼ぶ. これは, 電子間のクーロン相互作用の量子力学的効果に由来する. 2つの電子の波動関数を考えたとき,「2つの電子の入れかえに対して, 全波動関数は反対称になる」という原理がある. このため, 同じ方向のスピンをもつ2つの電子についてその軌道は反対称になり, 反対の方向を向くスピンをもつ2つの電子については(スピン成分が反対称になるため)その軌道は対称になる. 反対称な軌道では, 2つの電子が近づく状態がすでに除かれているため, 2つの電子が感じるクーロン相互作用は, 対称な軌道よりも小さくなり, エネルギー的に得となる. このエネルギー利得の分は交換積分と呼ばれ, これが2つの電子のスピンを同じ方向へ向ける起源となる.
(早稲田大学先進理工学部 勝藤拓郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

アノマー構造
Anomer Structure
糖類において, ヘミアセタール環もしくはヘミケタール環構造を形成し新たに不斉中心になり得るカルボニル炭素原子のことをアノマー炭素原子と言う. このアノマー炭素原子の2つのジアステレオマー(エピマー)をそれぞれαアノマー, βアノマーと呼ぶ. αアノマーとはアノマー炭素原子上のヒドロキシル基が最も大きい番号の不斉炭素に結合した置換基に対してトランスの位置にある状態を指し, βアノマーとはシスの位置にあるものを言う. 水溶液中ではαアノマーとβアノマーは直鎖構造を介して相互変換する.
((現所属)大阪大学蛋白質研究所 長江雅倫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

ペロブスカイト型酸化物
Perovskite-Type Oxide
一般式ABO3と表現される複合酸化物の1つ. 結晶構造は酸化物イオンおよび酸化物イオンとほぼ同じ大きさのAイオンが立方最密充填をとり, 酸化物イオンで構成される6配位の隙間に小さいBイオンが入ったものと理解できる. また立方体の体心にAイオン, 頂点にBイオンが入り, Bイオンを中心とする[BO6]八面体が三次元的に頂点共有して連結しているものとも解釈できる. 理想的ペロブスカイト型酸化物として立方晶を考えることが多いが, 実際にはイオンのサイトが微小にずれたり, 八面体の連結様式が傾斜・回転を起こしたりする, いわゆる歪みのためさまざまな多形が現れる. むしろこの歪みのために, 圧電性・誘電性などさまざまな高機能性が出現することも多い. またAサイトやBサイトに価数の異なるイオンを導入することや酸化物イオン欠損を導入することが比較的容易であり, 電気的特性や光学的特性の制御もしやすいため, 高機能性材料として広く研究されている.
(日本大学文理学部物理生命システム科学科 橋本拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

超交換相互作用
Superexchange Interaction
超交換相互作用とは磁気モーメントをもった2つの遷移金属イオンMAおよびMBが酸化物イオンなど閉殻構造をもつ陰イオンXによって隔てられMA-X-MBという化学結合を形成しているとき, Xのp軌道とMA, MBのd軌道の相互作用により発生する, MAおよびMBの磁気モーメント間の相互作用のことである. MA-X-MB結合角が180°である場合は反強磁性的な超交換相互作用が働き, 磁気モーメントは反平行となる. また結合角が90°の場合, 超交換相互作用は強磁性的となる. 超交換相互作用により発現する物性としては, スピネル構造をとるフェライト酸化物中の, 4配位サイトに位置する遷移金属イオンの磁気モーメントと6配位サイトのそれの反強磁性的相互作用を起源とするフェリ磁性の発生が挙げられる. また岩塩型構造をとるNiOや巨大磁気抵抗を示す酸化物の母相であるペロブスカイト型酸化物, LaMnO3の反強磁性絶縁体化なども挙げられる.
(日本大学文理学部物理生命システム科学科 橋本拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

プロトン導電体
Proton Conductor
外部から電場を印加した際に, 水素の陽イオン(H+, プロトン)が電荷担体として物質中を移動し, 導電性を示す材料をプロトン導電体と呼ぶ. プロトンはイオン半径が非常に小さく, 電子雲がなく, 質量も小さいため, 例えば塩酸水溶液のような液体中のみならず, 固体中においても大きな移動度をもつことが期待される. 固体のプロトン導電体の代表例として, パーフルオロ型スルホン酸高分子膜, およびペロブスカイト型酸化物セラミックスがある. 前者は100℃付近の温度で運転される固体高分子形燃料電池, 水の電気分解装置などの電解質として使用される. また, 後者は600~800℃の温度で運転される固体酸化物形燃料電池, 水素センサーなどの電解質として使用される. 両者のいずれも, 運転温度で10-3~10-1 S/cmの高いプロトン導電率を示す. 現在, 数百~600℃の温度範囲で高いプロトン導電率を示す材料の開発が待たれている.
(産業技術総合研究所ユビキタスエネルギー研究部門 野村勝裕)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

位相差低温透過電子顕微鏡
Phase Contrast Cryo-Transmission Electron Microscopy
透過型電子顕微鏡による生物試料の観察では, 試料を透過した電子線の散乱強度変化による散乱コントラストを観察する方法が一般的であるが, 生物試料は軽元素を多く含むため, 十分な散乱コントラストが得られないことが多い. そのため, ネガティブ染色法や白金蒸着法などの重原子染色による散乱強度の増幅が行われるが, 染色や固定過程における試料の変性が避けられない. これに対し, 無染色で極低温凍結した生物試料のような散乱強度変化の小さい試料では, 位相変化を強度変化に変換し像のコントラストを得る位相差法により, 高いコントラストの像を得ることが可能な場合がある. このうち特に試料を極低温凍結して位相コントラストを観察する手法を位相差低温電子顕微鏡と呼ぶ. 位相差法としては, これまでデフォーカス (焦点はずし)法が一般的であったが, 最近ゼルニケ位相板や半円位相版を用いた位相差法が実用化され, より高コントラストの位相コントラスト像の取得が可能となった.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門研究技術開発室(兼)横浜研究所生命分子システム基盤研究領域 嶋田 睦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

エンドサイトーシス
Endocytosis
細胞が液体や粒子を細胞膜で包み込み取り込む過程の総称で, 死細胞や細菌の排除, 細胞内への栄養の取り込みなどに重要な役割を果たす. また, 細菌やウィルスの細胞内への侵入経路として利用されることもある. エンドサイトーシスのうち, 細胞や細菌などの大きい粒子の取り込みは食作用といい, タンパク質などの小さい粒子および液体の取り込みは飲作用という. 飲作用には, 非特異的に比較的多数の分子を取り込むマクロ飲作用や, 細胞表面受容体の特異的取り込みなどを担うクラスリン依存性エンドサイトーシスなどが含まれる. 特にクラスリン依存性エンドサイトーシスは, 最もよく研究の進んでいるエンドサイトーシス経路であり, その進行にはクラスリンやダイナミンなどの複数のタンパク質が関与している
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門研究技術開発室(兼)横浜研究所生命分子システム基盤研究領域 嶋田 睦)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.02

テトラスパニン
Tetraspanin
4回膜貫通型タンパク質の総称で, さまざまな細胞の表面上に存在する. 4つの膜貫通領域と2つの細胞外領域を有し, この細胞外ドメインはそれぞれ, 30程度のアミノ酸からなるSmall Extracellular Loop(SEL)と100残基からなるLarge Extracellular Loop(LEL)からなる260残基程度の膜タンパク質である. CD81のLELドメインは5本のαヘリックスからなるダイマー構造をとっている. CD81はC型肝炎ウイルスの受容体として, CD9はジフテリア毒素の受容体であるHB-EGFと関連するタンパク質として研究されてきたが, 両者はいずれも受精にかかわるタンパク質で, 精子と卵子を融合するのに必須であることもわかっている. このほか, CD151はインテグリンと複合体を形成して, 細胞間の接着に関連する. またCD63はHIVやインフルエンザ, ヘルペスなどのウイルスの放出にかかわることが報告されている. 細胞膜状でテトラスパニンWebなる複合体をとることがわかっている.
(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科生体分子工学部門 北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

HVJリポソーム
HVJ Liposome
HVJ(Hemaglutinating Virus of Japan)は1950年代に日本で発見されたセンダイウイルスのことで, 麻疹などと同様にパラミクソウイルス科に属する. マウスから発見されたこのウイルスは赤血球凝集能を有し, 特徴として強力な細胞融合活性があり, 種が異なる細胞さえ融合させる働きをもつことが知られていた. またリポソームは脂質2重膜からなる人工のミクロ球体であり, UVで不活化したこの細胞融合活性があるHVJをリポソームに融合することで, 細胞に付着して遺伝子を導入できるHVJ-リポソームが開発されている. このベクターを用いると従来のリポソームベクターに比べて10倍以上の高い発現率を示すほか, これまで遺伝子導入できなかった細胞に対しても効率良く標的遺伝子を導入できるようになっている. 興味のある方は, 東大医科研名誉教授の永井美之先生による「センダイウイルス物語」(岩波書店)という本をご参照下さい.
(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科生体分子工学部門 北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

SEAP-Reporter Assay
SEAP-Reporter Assay
SEAP-reporter assayは, 分泌型アルカリフォスファターゼ(secreted placental alkaline phosphatase)を用いて転写活性を高感度に定量する方法で, 目的のプロモーターの後部にSEAPの遺伝子ベクターをクローニングし, 真核細胞にトランスフェクトさせておく. 翻訳されたSEAPの遺伝子産物は細胞から分泌されるので, 従来のように細胞を破壊する必要がなく, 細胞培養地中の分泌型アルカリフォスファターゼ活性を簡便に定量測定することで検出が可能となる. この際, 基質となるCSPD基質はアルカリフォスファターゼにより脱リン酸化され, その結果生成したジオキセタンアニオンは崩壊し, 477 nmに極大吸収をもつ発光が起こり, これにより高感度かつ簡便に測定が可能となる.
(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科生体分子工学部門 北所健悟)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

ヤーン・テラー効果, 擬ヤーン・テラー効果
Jahn-Teller Effect, Pseudo-Jahn-Teller Effect
「非直線状分子では, 軌道が縮重した基底状態の分子の幾何学的配置は不安定で, 縮重を解く変形により低対称となり安定化する」定理に従い, 遷移金属イオンが高スピンd4(Cr2+, Mn3+), 低スピンd7(Co2+, Ni3+), d9(Cu2+, Ag2+)などの電子配置の六配位八面体[ML6]型金属錯体が, Oh対称からアキシャル配位結合距離が伸長または収縮してD4h対称のテトラゴナル状に歪む効果は, ヤーン・テラー効果と呼ばれる. 一方, 六配位子がすべて等価ではなく, D4h対称のtrans-[ML4L'2]型錯体でも同様のテトラゴナル状の歪みが見られることがあり, この場合は擬ヤーン・テラー効果と呼ばれる. 歪みは基準振動の1つと対応し, 恒常的な歪みを静的ヤーン・テラー効果, 伸長または収縮の構造変化のポテンシャル障壁が低く, 2つの構造を移り変わり時間的平均が正八面体型のとき動的ヤーン・テラー効果と呼ぶ.
(東京理科大学理学部 秋津貴城)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

準配位
Semi-Coordination
六配位銅(II)錯体では,(擬)ヤーン・テラー効果により正八面体でなくテトラゴナル状の歪みを示す. このときtrans-[CuIIL4L'2]型配位環境で, 伸長するアキシャルCu-L'方向の配位結合距離が長くなる. 一般にエクアトリアル面内のCu-L配位結合で見られるものよりも, 長く弱いアキシャル配位結合を準配位と呼ぶ. 配位子の種類としては, H2O, NH3, py, などの中性分子よりも, Cl-, ClO4-, NO3-などの陰イオンのほうが, そして配位原子のイオン半径が大きいものほど, 長い準配位が可能となる. 結晶のパッキングの具合により二量体金属錯体などを形成できる場合には, 銅(II)イオンのアキシャル配位座から相互作用(弱い準配位)を考えるべき原子間距離は, かなり長い範囲に及び得る.
(東京理科大学理学部 秋津貴城)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

振電相互作用
Vibronic Coupling
Born-Oppenheimerの断熱近似が成り立つならば, 電子座標および核座標の関数である電子波動関数と核の相対位置のみに依存する核振動波動関数の積で波動関数は表される. しかし実際は, 金属錯体の骨格構造は静止状態にあるのではなく, ある平衡位置の近傍で振動している. 一般に, まず平衡位置における電子エネルギーを扱い, 次に摂動法により核配置の変化を扱う. このような電子エネルギーや電子波動関数は, 核の振動との相互作用を受けており, 振電相互作用と呼ばれる. 金属錯体では, 主に光学遷移スペクトル強度や, 原子配置の安定性に関係しており, 動的ヤーン・テラー効果を示す系の場合には, 安定化エネルギーが近似的に基準振動の零点ポテンシャルに等しいとき, 系の低振動数の運動がポテンシャルエネルギー局面だけに限定でなくなり, 振電相互作用が生じる.
(東京理科大学理学部 秋津貴城)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

ロタキサン
Rotaxane
大環状分子の環を棒状分子(軸分子)が貫いた構造の超分子で, 特に棒状分子の両端に嵩高い置換基が結合し, これらの立体障害のため軸分子が環状分子から抜けにくくなったものをさす. 環状分子としては, クラウンエーテルやシクロデキストリン, カリックスアレーン, 軸分子としてはアルキル鎖やポリエチレングリコール, 直鎖状アンモニウムなどが用いられる. 環状分子と軸分子になんら分子間相互作用がない場合, ロタキサンの生成が困難である. したがって合成時には, これらの間に水素結合などの引力的分子間相互作用が形成されるよう分子設計が行われる. これまで環状分子, 軸分子それぞれ1分子からなるシンプルなものから, 1分子の軸分子が, 10分子以上の環状分子を貫くポリロタキサンまで種々合成されている. pHが変化すると, 軸分子上を環状分子が移動する分子シャトルや, この発展系の分子エレベーターなど, 分子機械としての応用が盛んに研究されている.
(独立行政法人理化学研究所・基幹研究所先端技術基盤部門 橋爪大輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

擬ロタキサン
Pseudorotaxane
ロタキサンの軸分子を環状分子から抜けにくくしている嵩高い置換基の一方または両方を除いたものや, 置換基があっても立体障害が小さく, 軸分子が環状分子から抜け得るものをさす. これはあくまでも分子の形状に基づいた分類であり, 合成擬ロタキサンの多くは環状分子と軸分子の間に水素結合などの引力的相互作用があり, 嵩高い置換基がないことが, 必ずしも, 軸分子が環状分子から容易に抜け得ることを意味するものではない.
(独立行政法人理化学研究所・基幹研究所先端技術基盤部門 橋爪大輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

電子密度のヒストグラム
Histogram of Electron Density
ヒストグラムは統計グラフの一種で, 横軸に大きさ, 縦軸に頻度数をとる度数分布図あるいは柱状グラフであり, 統計学や画像処理などによく用いられている. 例えば, デジタル画像の明暗データについて, 横軸に明るさ, 縦軸に明るさごとに画素数を積み上げ, 画像の明暗の分布をグラフで表すことができる. これは画像明暗のヒストグラムである. 結晶構造解析の場合には, 電子密度は三次元のグリッド(x, y, z)に対して計算されるものである. 電子密度のヒストグラムh(ρ)は横軸に電子密度強度ρi, 縦軸にその強度の値をもつグリッド点の数(頻度)をとった電子密度強度の分布である(下図).
(北海道大学大学院先端生命科学研究院 姚 閔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

収れん範囲
Converge Radius
収れんという言葉は, 一般的に広がっている何かが一点に集まることを言う. 結晶構造の精密化では, 最小二乗法などの数学的方法を利用してモデルから計算した構造因子の振幅|Fcal|と測定した振幅|Fobs|が一致するようにモデル(原子座標と温度因子)を修正する. モデルのずれを修正することによって, |Fcal|と|Fobs|の差が小さくなっていく様子を収れんと言う. 用いた数学的方法がよいほど, 収れん範囲が広い. つまり, モデルのずれが大きくても, |Fcal|と|Fobs|の差が小さくなる方向に向かう. 精密化の収れん範囲は修正できるずれの最大の大きさを指す.
(北海道大学大学院先端生命科学研究院 姚 閔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

プロトン伝導体
Protonic Conductor
Proton Conductorや, 超プロトン伝導体Super Protonic Conductorプロトン導電体と表記されることもある. 電場の印加や燃料電池の電極部分の化学反応エネルギーによって, 物質中をイオンが移動することで電気伝導を生じるイオン伝導体の一種で, プロトン(H+)やH3O+などをキャリアとしている. 近年, 燃料電池の電解質として, リン酸(H3PO4)などの液体から高分子膜や酸化物セラミックなどの固体までさまざまな物質の研究・開発が広く行われている. 本稿で紹介したK3H(SeO4)2などの水素結合物質は固体酸プロトン伝導体と呼ばれることもある. 固体酸プロトン伝導体としてはほかにCsHSO4などが知られ, 最近ではKDPなどまでも含めた多くの水素結合物質がプロトン伝導体としての観点から研究されている.
(高エネルギー加速器研究機構 鹿内文仁)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.03

ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ
Phosphoenolpyruvate Carboxylsae
ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(Phosphoenolpyruvate carboxylsae, PEPC)は, Mg2+あるいはMn2+存在下, 炭酸水素イオンをホスホエノールピルビン酸に固定する反応を不可逆的に触媒する酵素である. 1953年にホウレンソウから発見されて以来, 高等植物, 緑藻などのすべての独立栄養生物に存在する. その他, ゾウリムシなどの原生生物や大腸菌, 古細菌にその存在が確認されているが, 高等動物や酵母, カビなどには存在しない. PEPCの触媒する反応はRubisco(以下の項目参照)に比べ高効率である. それゆえ, トウモロコシなどのC4植物の高効率光合成暗反応においてPEPCは中心的な役割をしていると考えられている.
(大阪大学大学院工学研究科 松村浩由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

リブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ
Ribulose 1,5-bisphosphate Carboxylase/Oxygenase
リブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(Ribulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase, Rubisco)は, 二酸化炭素をリブロース1,5ビスリン酸に固定する反応を触媒する酵素であり, 光合成における暗反応で二酸化炭素をカルビンサイクルに取り込む役割を果たしている. 本酵素は, 二酸化炭素を固定すると同時に, 酸素を固定するという特異な性質を有しており, また, その比活性はきわめて低い. そのため, 植物はRubiscoの低い活性を補うために, タンパク質の可溶性画分の半分をしめるほどの大量のRubiscoを葉に蓄積しており, Rubiscoは地球上で最も多い酵素と考えられている. また, Rubiscoの酵素としての劣悪性は, 植物の成長を律速している原因の1つと考えられており, 本酵素の改良を目指した研究が精力的に行われている.
(大阪大学大学院工学研究科 松村浩由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

アロステリック酵素
Allosteric Enzyme
アロステリックという言葉は, 1963年Monodらによって提案され, アロ(Aro)は「他」の意味で小分子がタンパク質の異なる部位に結合することを意味している. したがって, アロステリック酵素とは, 一般に, 活性部位のほかに小分子が結合する部位を有する酵素のことを指す. この結合する小分子は代謝産物であることが多く, エフェクターと呼ばれ, それが結合することによって酵素の立体構造が変化し, それにより, アロステリック酵素の活性状態は変化することが知られている. 生体内では, このような代謝産物によるアロステリック酵素の活性調節が行われていると考えられている.
(大阪大学大学院工学研究科 松村浩由)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

マイクロビームX線
Microbeam X-ray
通常, 実験室で扱うX線のビームサイズは1 mm程度, 第三世代放射光施設でも特別な集光素子を用いなければ, ビームサイズは100 μm程度であるが, 湾曲ミラー, X線屈折レンズ, X線の干渉を利用したゾーンプレート, ミクロンサイズのピンホールなどを用いることで, ビームサイズが数μmレベルのマイクロビームX線を得ることができる. ただし, 光学素子で集光すると発散角が大きくなってしまう. 発散角の小さなマイクロビームを得るためには, 輝度の高いX線源が必要である. 最近では, X線導波管素子を用いて, ビームサイズ100 nmのX線を生成することも可能になってきている. マイクロビームX線を用いた研究手法としては, マイクロビームX線を走査して散乱測定を行うことでナノ構造の空間不均一性を評価する手法や, 定点にマイクロビームを照射して局所での構造変化を観察する手法, 蛍光X線のマッピングなどが挙げられる.
(住友化学(株)石油化学品研究所 野末佳伸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

球晶
Spherulite
静置場下で結晶性高分子が結晶化するとき, 誘導期を経て生成した結晶核から板状結晶が枝分かれして, 三次元的に結晶成長して球状の結晶組織を形成する. この構造を球晶と呼ぶ. 試料厚みが十分薄い場合は, 円板状の二次元球晶を形成する. 球晶の内部は, 繊維状の構造によって占められている. 繊維状の内部構造をさらに詳細に観察すると, 板状の結晶と非晶が交互に積層した構造が内部で形成されており, 板状の結晶部分は, 分子鎖が単位胞を形成している. 球晶の内部では, 結晶性高分子の分子構造や結晶化条件などに依存して多様な構造を形成する. 例えば, アイソタクチックポリプロピレンは, 初期に形成した板状結晶の成長方向と垂直な方向に結晶のエピタキシャル成長が起こってクロスハッチと呼ばれる網目状の構造を形成する. また, ポリエチレンなどの高分子では, 板状の結晶組織が周期的にねじれた構造を形成し, 偏光顕微鏡下で同心円状のリング構造が観察できる.
(住友化学(株)石油化学品研究所 野末佳伸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

ナノビーム電子回折
Nanobeam Electron Diffraction
極細束電子線を用いて, 試料のナノメーターオーダーの領域からの電子回折図形を観察する手法. このためのナノビームは, 電子銃から出た電子ビームの作るクロスオーバーを集束レンズと対物レンズ前方磁界を利用し縮小して作る. ビーム径は, 対物レンズ球面収差, 色収差, 回折収差, ビームの輝度などにより決まる. 通常, 直径10~20 μmφ程度の集束絞りを用いて, ナノメーター領域を選択・照射する. このとき, 回折斑点の拡がりは電子線の収束角に依存し, 収束角が増すにつれて回折斑点はディスク状になる. 収束角は対物レンズ前方磁界により制御できるが, 集束絞りの大きさによって制限を受ける. 照射領域(ビーム径)と収束角(ビームの平行性)は, 用いる透過電子顕微鏡の電子源, 対物レンズの構成や, 集束レンズ系の構成により決まるが, 現在用いられている多くの透過電子顕微鏡では, 収束半角0.1~1 mrad程度で, 数nmから20 nm程度の領域からの電子回折図形を観察することが多い. 微細な析出物や界面, ナノ結晶などナノスケールでの材料組織の解析に用いられる. 収束角をより大きくとる収束電子回折や, 制限視野絞りを用いてミクロンオーダーの領域を平行照射する制限視野電子回折と区別される.
(東北大学金属材料研究所 佐藤和久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

電子線ホログラフィー
Electron Holography
試料中を透過した電子と真空中を通過した電子(参照波)を, 透過電子顕微鏡の制限視野絞り位置に挿入した電子線バイプリズムを用いて干渉させ, 電子線ホログラムを得る. このホログラムから振幅と位相を再生し, 試料厚さの変化や静電場・磁場の分布などを観察することができる. たとえば, 参照波と比較して, 試料を透過した電子では平均内部ポテンシャルにより位相が変化する. したがって, 平均内部ポテンシャルが既知の試料を用いれば試料厚さが, 逆に試料厚さ既知の試料を用いれば平均内部ポテンシャルを知ることができる. 電子線ホログラフィーの観察には通常, 電子源として高輝度・高干渉性の電界放射型電子銃を用いる. 試料厚さ計測のほか, 半導体中の静電場分布や強磁性体磁区内の磁化分布の観察, 超伝導体中の磁束量子の観察などが行われている. 電子線ホログラフィーは最初, 電子レンズ収差の補正を目的として1948年にGaborにより考案された. 現在, ホログラフィーを用いた収差補正による高分解能観察手法の開発も行われている.
(東北大学金属材料研究所 佐藤和久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

巨大磁気抵抗効果
Giant Magnetoresistance(GMR)Effect
外部磁場の印加により強磁性体多層膜やグラニュラー薄膜の電気抵抗が大きく変化する現象. まず, Fe-Cr-Fe積層構造においてFe層間での反強磁性結合の存在(1986年)が, 続いて反強磁性結合による電気抵抗の増加(1989年)がドイツのP. Grünbergらにより報告された. 同じ頃, Fe/Cr人工格子において2Tの磁場印加により, 電気抵抗が約半分に低下することがフランスのA. Fertらのグループにより報告された(1988年). この現象の起源は, 薄いCr層を挟んだFe層間での伝導電子のスピン依存散乱にある. すなわち, Fe層間で反強磁性結合が生じている場合に界面での伝導電子のスピン依存散乱により抵抗率が最も高くなる. 一方, 外部磁場を印加して各Fe層の磁化が平行に整列すると抵抗率が著しく減少することになる. 通常の強磁性金属で見られる異方性磁気抵抗効果と比較して抵抗変化率が格段に大きく, 巨大磁気抵抗効果(GMR)と呼ばれる. 微弱な磁場下で鋭敏に抵抗率が変化することから, GMR効果を用いた磁気ヘッドが開発され, 昨今の磁気記録媒体記録密度の飛躍的な向上につながった. GrünbergとFertは巨大磁気抵抗効果の発見により, 2007年にノーベル物理学賞を受賞した.
(東北大学金属材料研究所 佐藤和久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

チタン酸鉛(PbTiO3)
Lead Titanate
ABO3型のペロブスカイト構造をもつ代表的な変位型強誘電体の1つである. 相転移温度は490℃と高く, その強誘電相は<001>方向に自発分極をもつ正方晶であり, 室温ではa=0.3899 nm, c=0.4155 nm, c/a=1.0653と大きな結晶異方性を有する. 通常の作製法では相転移温度で格子定数が大きく変化するために純粋なセラミックスや単結晶を得ることは困難である. しかし, さまざまなペロブスカイト型化合物との固溶体を作製することができ, それらの多くは組成相境界(Morphotropic phase boundary, MPB)を有する圧電材料として重要である. 特に反強誘電体ジルコン酸鉛(PbZrO3)との固溶体であるチタン酸ジルコン酸鉛(PbZrxTi1-xO3, PZT)は, x=0.5付近のMPB近傍で優れた特性を示す圧電材料として幅広く実用に供されている.
(兵庫県立大学大学院工学研究科 藤沢浩訓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

圧電ヒステリシス
Piezoelectric Hysteresis
強誘電体は圧電性を有するため, 外部から電界を印加すると逆圧電効果により歪みが発生する. 圧電歪みは電界の一次関数で表され, 自発分極と同一(逆)方向に電界を印加すると強誘電体結晶は伸びる(縮む). したがって交番電界を印加すると結晶表面は交番電界と同一周波数で振動し, その振幅は圧電定数に対応し, 交番電界との位相差は自発分極の向きに対応して0°もしくは180°となる. 交番電界と同時に分極反転を生じさせるような直流電界を印加・掃引した場合には, 分極反転に伴う位相差の変化が観察される. したがって, 圧電定数(dzz)と位相差θをdzzcosθとして直流電界に対してプロットすると, 分極ヒステリシスに類似した圧電ヒステリシスを描く. 通常は原子間力顕微鏡(AFM)を用いて圧電歪みを観測することにより, 圧電ヒステリシスを得ることが多い.
(兵庫県立大学大学院工学研究科 藤沢浩訓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

強誘電体のドメイン構造
Domain Structures in Ferroelectrics
作製されたままの強誘電体では, 単結晶においてもその自発分極の向きが完全に揃っていることはまれであり, 通常は小さな領域内でのみ, その分極方向が揃っている. この分極の向きが揃った小さな領域をドメイン(分域), 領域の境界をドメインウォール(分域壁)と呼ぶ. 自発分極は結晶異方性によって決まるある特定の結晶軸に沿って現れるが, 正負の2つの向きが可能であるため, 単結晶においても自発分極の向きが180°異なる2種類のドメインが存在し得る. さらに強誘電体結晶では双晶が形成されることが多く, 双晶境界では結晶方位の変化に伴い自発分極の向きも変化するため, 双晶境界は必ずドメインウォールとなる. 例えば, 正方晶のチタン酸バリウム(BaTiO3)やチタン酸鉛(PbTiO3)などでは,{101}双晶面を境に自発分極の向きが90°変化する90°ドメイン構造が形成されることがよく知られている.
(兵庫県立大学大学院工学研究科 藤沢浩訓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.04

電子線トモグラフィー
Electron Tomography
電子線トモグラフィーとは, 医療用X線CTやMRIなどによる断層撮影の原理を透過型電子顕微鏡(TEM)および走査透過型電子顕微鏡(STEM)に応用したものである. すなわち, 電子顕微鏡内で試料を少しずつ傾けながら何枚ものTEM像(STEM像)を撮影し, 得られた連続傾斜像をコンピュータ上で画像処理することにより試料の内部組織を三次元的に再構成する手法である. 理想的には全方位からの連続傾斜像すなわち-90°~+90°の試料傾斜範囲が必要であるが, 一般的な薄膜試料の場合には試料傾斜に伴う電子線透過距離の増大と視野制限(観察領域へのメッシュの重なりなど)のために, 傾斜角度範囲は±70°程度に制限される. 連続傾斜像の撮影ステップは, 試料ステージの安定性や3D再構成像の分解能の観点から, 1~2°傾斜ごとに行うことが多い. 傾斜角度範囲の制限による情報欠落は, 3D再構成像に試料厚み方向への伸びやぼけといったアーティファクトを導入し, 分解能低下をもたらすため, 近年では試料加工方法や再構築演算方法などについてもさまざまな研究が行われている.
(九州大学大学院工学府エネルギー量子工学専攻 木村耕輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.05

暗視野像法
Dark Field Imaging
電子顕微鏡を用いた観察技法の1つで, 試料を透過した電子のうち試料内部で散乱・回折した電子線を用いて結像する手法である. 透過型電子顕微鏡(TEM)では, 対物レンズの後焦点面上に形成される回折図形の中から対物絞りを用いて特定の回折波を選択することで, 選択した回折波のみが対物レンズの下方に通過し, スクリーン上(蛍光板上)に暗視野像が結像される. 暗視野像は転位などの格子欠陥, 結晶粒界, 規則ドメイン構造の観察によく用いられ, そのコントラストは回折条件に依存する. 例えば, 規則ドメインの観察では, 観察に用いる回折波の回折条件を満足した規則ドメインのみが明るく見え, 特定の結晶構造あるいは結晶方位の規則ドメインを選択的に観察することができる. また, 転位の観察では, 観察に用いる回折波の強度をあえて弱くして, すなわち励起誤差を大きくした条件で観察することで, 転位芯近傍のみが回折条件を満足するようになり, 通常の暗視野像に比べ明瞭な転位像が得られる(ウィークビーム法).
(九州大学大学院工学府エネルギー量子工学専攻 木村耕輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.05

規則合金
Ordered Alloy
合金の成分である構成原子の単位格子内で占める位置が決まっており, 構成原子同士が相互に規則正しく配列したものを規則格子と呼ぶ. この規則格子を作る合金を規則合金と呼ぶ. 規則合金の多くは, 高温になると原子が移動しやすくなるために規則-不規則変態を起こし, 不規則状態となる. ただし, 融点まで規則性を保持する金属間化合物を規則合金として含めることもある. 合金が規則格子を組むと, 力学的性質や物理的性質も大きく変化する. 規則状態では構成原子の相対的な位置が一定となるので, 相互に移動することが困難となるため, 合金の硬さは増し, 延性は悪くなる. また, 原子の配列が規則正しくなることで, 不規則状態の場合に比べて伝導電子の散乱が少なくなるため, 電気伝導度は増大する.
(九州大学大学院工学府エネルギー量子工学専攻 木村耕輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.05

インフルエンザ
Influenza
インフルエンザは, インフルエンザウイルスの感染によって引き起こされる病気で, 発熱, 関節痛, 咳や喉の痛みといった症状を示す. 深刻なのは乳幼児や高齢者が感染した場合で, 肺炎などの合併症を起こし, 死に至ることもある. インフルエンザウイルスにはA, BとC型の3種類が存在し, ヒトに感染し, 毎年冬に流行を引き起こすのはA型である. インフルエンザウイルスは頻繁に変異を起こし, A型には多くの亜型が存在する. 亜型は, ウイルス表面に存在するヘマグルチン(HA)とノイラミニターゼ(NA)タンパク質の変異体の組み合わせにより, H1N1, H1N2と呼ばれる. これまでにHAで16種類, NAで9種類の大きな範囲が見つかっており, その組み合わせの分だけ亜型が存在し得るが, 今現在ヒトのインフルエンザの原因となっているのはH1N1, H1N2, H2N2とH3N2の4種類だけである. 近年問題となっている鳥インフルエンザはH5N1型である.
(横浜市立大学大学院国際総合科学研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

オセルタミビル
Oseltamivir
インフルエンザの治療薬の1つで, スイスの製薬会社「ロシュ」により商品名「タミフル(Tamiflu)」として販売されている. オセルタミビルはインフルエンザウイルスの表面に存在するノイラミニターゼ(NA)に結合・阻害することで働くNA阻害剤である. NA阻害剤としては他に, グラクソ・スミスクライン社により販売されている「リレンザ」がある. NA阻害剤は, 感染細胞によって複製されたインフルエンザウイルスが細胞表面から遊離するのに必要な酵素であるNAの働きを阻害することで, さらなる細胞への感染を防ぐものである. しかし, NA阻害剤は, すでに感染した細胞内におけるウイルスの複製を直接抑制するものではないため, 感染後48時間以内に投与を開始しないと効果は期待できない. 日本では毎年数十億円をかけてタミフルの備蓄を行っているが, すでにタミフル耐性のインフルエンザウイルスが出現しており, 今後発生が危惧されている新型インフルエンザが流行した際の効果は不明である.
(横浜市立大学大学院国際総合科学研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

キャップスナッチング機構
Cap-Snatching Mechanism
ヒトの細胞内で転写されるRNAは, 核内で転写後, 5'末端のキャップ化やスプライシング, 3'末端のポリアデニル化などさまざまなプロセッシングを受けている. そのためヒトの細胞は, プロセッシングの有無により自分のRNA(自己RNA)とウイルス由来などの非自己RNAを見分け, 非自己RNAは速やかに分解する機構をもっている. キャップスナッチング機構は, ウイルスRNAがそのような選別を受けないために行われるものである. 本機構は, 宿主細胞由来(この場合ヒト細胞)のキャップ化されたRNAを切断して10~12塩基の短い断片にし, ウイルスmRNA合成の際にそれをプライマーとして用いる. そのため, 合成されたウイルスmRNAは, ヒト自己RNA同様キャップ構造を5'末端にもつことができる.
(横浜市立大学大学院国際総合科学研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

固相光反応
Solid-State Photoreaction
光照射により固相中で起こる反応. 特に結晶性の物質について盛んに研究されており, 分子が自由に動けない結晶という環境での反応であることから, 選択的で高効率な反応や, 溶液反応とは異なった反応を実現することが可能である. 溶媒を用いない地球環境に優しい化学としても古くから注目されている. 純粋な有機化合物であれば, ペリ環状反応(例, 環化付加反応)や, 水素引き抜きの環化反応(例, ノリッシュII型反応), 光異性化反応(例, オレフィンのcis-trans異性化)などがよく知られており, 金属錯体では配位子の異性化反応などがよく知られている. 光二量化反応は反応する炭素の位置によって生成物名の頭に[2+2]や[4+4]などの数字が付く.[2+2]はオレフィン同士の環化,[4+4]は共役ジエンの1,4炭素間での環化を示す. 光によるカルボニルのn-π*やオレフィンのπ-π*遷移によって反応が開始し, Woodward-Hoffmann則(フロンティア軌道理論)に基づいて反応が進行する.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

クリスタルエンジニアリング
Crystal Engineering
結晶構造に見られる相互作用を理解し, それを基に結晶構造の設計を行うこと. また, 結晶構造設計のための相互作用研究のことも指す. 分子結晶であれば水素結合などの分子間相互作用, 有機金属錯体であれば配位結合を考慮し結晶構造を設計する. 厳密に該当する日本語訳はなく, 結晶成長に関する分野で用いられている結晶工学とは異なる用語である. 経験的には古くから知られている考え方ではあるが, 桂皮酸の固相反応を研究していたG. M. J. Schmidtが用語として最初にCrystal Engineeringを用いた(Pure Appl. Chem. 27, 647 (1971).). 結晶構造に関する超分子化学とも言えるが, 結晶中では特定の相互作用のみによって構造が構築されるわけではないため, 正確に結晶構造を設計し, その構造を実現させることは難しく, 現在もクリスタルエンジニアリングに関する研究は発展途上である.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

共結晶
Co-crystal
よく使われる用語ではあるが, その定義は現在も議論されており明確に決まっていない. 現在の認識は,「異種の電荷をもたない分子(単体で固体)がともに形成する結晶」となっている. 常温で液体である溶媒が取り込まれた疑似多形, プロトン移動を起こした塩などとの差別化をするためにこのような定義になっている. 共結晶(co-crystal)という言葉は適切であると考えられるときのみ使うべきであり, ほかに適切な言葉(溶媒和物や塩など)で言い換えられる場合は使用すべきではないと議論されている(A. D. Bond, CrystEngComm 9, 833 (2007).;M. J. Zaworotko, Cryst. Growth & Des. 7, 4 (2007).;J. D. Dunitz, CrystEngComm 5, 506 (2003).;G. R. Desiraju, CrystEngComm 5, 466 (2003).). 多成分系結晶(multi-component crystalline materials)や分子錯体(molecular complex)で言い換えることも可能であるが, これらはより広い意味の言葉であるため直観的に理解しづらくなる. 同じサイトに異種の原子や分子が入る固溶体(混晶)とも意味が異なる.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

反応空間
Reaction Cavity
M. D. Cohenによって結晶に導入された概念で, 反応分子のもつ結晶中での空間のことを意味する(Angew. Chem. Int. Ed. 14, 386 (1975).). 結晶中では周辺原子(分子)との接触により, 対象となる反応分子は動きに制限がかかっており, 反応空間はその制限を受けた領域を表している. この反応空間を見ることで, 分子がどのような振る舞いを起こしうるかを推測することができ, 結晶格子内における動的な挙動(固相反応や相転移など)を理解する手掛かりとなる. 具体的には, どのような反応生成物が得られるか, その結晶が反応性であるか, どのような反応経路を経るか, などが予測できる. 反応空間が小さいと反応が進行せず, 逆に空間が大きいと特定の反応以外の反応が起こり副生成物が得られる可能性があるため, 反応には適切な反応空間が必要となる.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

フェレドキシン
Ferredoxin
フェレドキシンは, 植物, 動物, 微生物など多くの生物に幅広く存在する電子伝達タンパク質である. フェレドキシンは電子受容体, 電子供与体として働くことができ, ほかの電子伝達タンパク質から電子を受け取ったりほかの電子伝達タンパク質に電子を渡したりすることができる. フェレドキシンの酸化還元中心には, 鉄-硫黄クラスターが存在し, その化学構造の違いによっていくつかの種類に分けられる. 例えば, 植物型フェレドキシンは4つのシステインによって配位されている[2Fe-2S]クラスターをもつ. また, Rieske型フェレドキシンは2つのヒスチジンと2つのシステインによって配位されている[2Fe-2S]クラスターをもつ.[2Fe-2S]クラスターは1個の電子を受け取ることができるため, 酸化型, 還元型の2つの酸化還元状態が存在する. また, 一般的に酸化型と還元型で吸収スペクトルが異なるため, 分光学的に酸化還元状態を同定することが可能である.
((社)バイオ産業情報化コンソーシアム 千田美紀)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

ブルーセミキノン型
Blue-semiquinone Form
フラビンタンパク質の酸化還元中心に存在する補酵素のフラビン(FADやFMN)は2個の電子を受け取ることができるため, 3つの酸化還元状態:酸化型, 一電子還元型(セミキノン型), 二電子還元型(ハイドロキノン型)が存在する. 酸化型フラビンのイソアロキサジン環が1個の電子を受け取ると, セミキノン型になる. イソアロキサジン環のN5原子のプロトン化の状態に依存してブルーセミキノン型とレッドセミキノン型が存在する. N5原子のpKa値は約8.3であり, レッドセミキノン型では脱プロトン化されていることが知られている. ブルーセミキノン型は青色で570 nm付近に特異的な吸収があり, レッドセミキノン型は赤色で480 nm付近に特異的な吸収があることが知られている.
((社)バイオ産業情報化コンソーシアム 千田美紀)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

結晶相フォトクロミズム
Crystalline-State Photochromism
結晶相(結晶の完全性を保った状態)を保ったまま光(photo)で色(chrome)が可逆的に変わる現象をいう. 合成手法, クリスタルエンジニアリング, 光物性, 熱安定性などに関する多くの複合的な問題をクリアーして初めて実現される. フォトクロミズムには, 行きの光反応と戻りの熱反応の組み合わせによるT(thermally)型およびいずれの過程も光で進行するP(photochemically)型のフォトクロミズムがある. 光反応前後の吸収スペクトルの最大吸収波長(λmax)の変化が, λmax(反応前)<λmax(反応後)のものを正(positive)フォトクロミズムといい, λmax(反応前)>λmax(反応後)のものを逆(negative or inverse)フォトクロミズムという. 本誌49-4号にも「フォトクロミック反応」に関する解説があります. 参考にしてください.
(金沢大学大学院自然科学研究科 中井英隆・磯辺 清)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

内部フィルター効果
Inner-Filter Effect
光反応性を有する結晶に光を照射した際, 反応生成物の光吸収がフィルターの役割をして結晶の内部まで光が到達しなくなる効果のこと. 結果として, いくら光を照射しても結晶表面でしか反応が進行せず, 結晶全体としての反応率を上げることができない. この場合反応率はせいぜい数%であり, 単結晶X線構造解析による反応生成物の解析や反応を追跡することは困難である. このような問題を解決するために, 二光子励起や直線偏光を用いて, 反応生成物の光吸収を回避し, 結晶全体としての反応率を上げる工夫がなされている.
(金沢大学大学院自然科学研究科 中井英隆・磯辺 清)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

四極子エコー法
Quadrupolar Echo Method
核スピン>1/2の四極子核である重水素(2H, I=1)核などを含む固体試料の広幅NMRスペクトルを測定する手法である. 四極子相互作用を利用した固体2H NMRスペクトルは, 固体状態での分子ダイナミクスや局所的な相互作用の解析に有用である. 固体2H NMRスペクトルは線幅が広く, 自由誘導減衰(FID:free induced decay)信号の減衰速度が速い. そのため, FID信号の多くの部分がパルス照射直後の受信器が十分に作動できない時間帯に入り, 信号検出が困難になる. この問題を解決するために, いったん減衰した信号をエコー信号として復活させ, エコー信号の頂点から後半部を検出してスペクトルを得るパルス系列を用いたNMRスペクトルの測定法を四極子エコー法という.
(金沢大学大学院自然科学研究科 中井英隆・磯辺 清)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

DVD相変化材料
DVD Phase-Change Material
DVD-RAMやDVD-RWなどの相変化光ディスクでは相変化材料で構成されるメモリ薄膜層にサブミクロンサイズに絞り込んだレーザー照射を行うことで, メモリ薄膜内部の物質相を局所的かつ可逆的に変化させ, 情報の記録や消去を行う. 記録を行う場合は, 結晶相であるメモリ薄膜層に強いレーザー光を瞬時照射することにより, 原子配列が大きく乱れる液体状態を瞬間的に経由し, そこから超急冷されることによりアモルファス相になる現象を利用する. 消去は, アモルファス相が融解しないパワーでレーザーを照射し, 原子を再配列させることでメモリ薄膜層を結晶化することにより行われる. 代表的な相変化材料であるGe2Sb2Te5やAg3.5In3.8Sb75.0Te17.7は, 相変化速度が20ナノ秒と短く, しかもアモルファス相は室温では数十年以上も安定であるという優れたメモリ特性を有することから書き換え可能な相変化光ディスクの基本材料として使われている.
((財)高輝度光科学研究センター 木村 滋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

時分割X線回折
Time-Resolved X-ray Diffraction
X線回折法により, 物質の原子レベルでの構造変化を観測する手法. 時間分割してX線回折を測定するため, 強力なX線源を必要とする. 最近では大強度でかつパルス性をもつ放射光X線の利用が報告されるようになった. 検出器のもつ応答速度で回折パターンを得る方法や, 数10ピコ秒から100ピコ秒のパルス時間幅を利用してストロボ的に利用する方法が試みられている. さらに最近では, 大強度フェムト秒パルスX線源であるX線自由電子レーザーの開発および建設が進められており, 完成すれば, 100フェムト秒を切るような時間分解能でX線回折パターンを得ることができ, より高速の化学反応中の物質構造が観測できるのではと期待されている.
((財)高輝度光科学研究センター 木村 滋)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

GPCR
GPCR
Gタンパク質共役(型)受容体(G Protein-Coupled Receptor)の略. 3量体Gタンパク質のαサブユニットに結合しているGDPをGTPに置換する反応を触媒して活性化する機能を有するタンパク質のうち, 脂質二重膜を7本ヘリックス構造で貫通する受容体タンパク質の総称. 一般には細胞外側からの拡散性基質を結合することにより構造変化を起こし, 細胞質側表面に結合したGタンパク質を活性化する一方, 特定のキナーゼによるリン酸化などにより不活性化される. 真核生物には広く存在が確認されており, アミノ酸配列の類似性から5つのサブクラスに分類されることが多い. そのうち最も大きなクラスがロドプシンファミリーで, 全体の約9割を占める. カルシウムなどのイオンから分子量数万のホルモンタンパク質まで, 結合する基質の構造・性質はさまざまである. ホモ, ヘテロの2量体を形成する受容体も多数報告されている.
(学習院大学理学部生命分子科学研究所 岡田哲二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

インバースアゴニスト
Inverse Agonist
逆作動薬ともいう. 薬学の分野において, 受容体タンパク質が基質を結合していない状態で示す内在的なベースライン活性のレベルを基準として, 受容体への結合により活性を上昇させる基質をアゴニストと呼び, 反対に受容体の活性を低下させる基質のことをインバースアゴニストと呼ぶ. 分子レベルのメカニズムとしては, 受容体タンパク質は不活性型と活性型との間の平衡状態にあり, アゴニストやインバースアゴニストはその平衡の位置を変化させるものと考えることができる. アゴニストの結合を単に阻害するだけのアンタゴニストは, この平衡には影響を与えない点で区別される. さらに細かい分類として, 受容体の活性をほぼゼロレベルに低下させるものをフルインバースアゴニスト, 部分的にしか活性を抑制できないものをパーシャルインバースアゴニストと呼ぶこともある.
(学習院大学理学部生命分子科学研究所 岡田哲二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.050 No.06

ノンコーディングDNA
Non-Coding DNA
タンパク質に翻訳されない染色体領域の総称である. そのうちRNAに転写される領域を「RNAコーディングDNA」と呼ぶことがある. ヒトにおいては, ゲノム全体の約98%がノンコーディングDNA領域である. この領域は一見無駄に見えるため「ジャンクDNA」として扱われてきたが, 転写や組換えの調節, 染色体の安定化などの役割をもつことが近年明らかになってきている.
(ストラスブール大学IBMC-CNRS 近藤次郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

ノンコーディングRNA
Non-Coding RNA
タンパク質に翻訳されないRNAの総称であり, ノンコーディングDNA領域から転写される. そのうち機能が既知のものを「機能性RNA」と呼ぶことがある. 教科書などでおなじみの転移RNA(tRNA)やリボソームRNA(rRNA)のほかに, 転写・翻訳を制御する伝令RNA(mRNA)の非翻訳領域(Untranslated Region:UTR), RNAスプライシングに関与する核内低分子RNA(small nuclear RNA:snRNA), RNAの化学修飾に関与する核小体低分子RNA(small nucleolar RNA:snoRNA), mRNAに相補的に結合することで翻訳を制御するマイクロRNA(miRNA)など, 多種多様なノンコーディングRNAが見つかってきている.
(ストラスブール大学IBMC-CNRS 近藤次郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

リボソームAサイト
Ribosomal A Site
リボソームがもつ3つの活性部位のうちの1つ. タンパク質生合成のペプチド伸長段階においてはアミノアシルtRNA(3'末端にアミノ酸が付加したtRNA)が結合し, 終結段階においては遊離因子(Release Factor)が結合する. Aサイトはリボソームの大小2つのサブユニット間にまたがっており, 小サブユニット側にmRNAコドンとtRNAアンチコドンの対合の正確性を検査するRNA分子スイッチをもっている. また, Aサイトはアミノグリコシド系およびテトラサイクリン系抗生物質の作用点である. 前者はRNA分子スイッチに作用することでタンパク質合成にミスを生じさせる. 後者はアミノアシルtRNAのAサイトへの結合を妨げることでタンパク質合成を阻害する.
(ストラスブール大学IBMC-CNRS 近藤次郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

断熱モーフィング
Adiabatic Morphing
断熱マッピング(Adiabatic mapping)とも呼ばれる. 分子の動きをとらえるのに最も簡便な方法である. ある分子の2つのコンフォメーションの一方を始状態(X1), 他方を終状態(XM)として, この2つの状態から途中の状態を線形補間で計算する. 始状態の各原子を(X1-XM)/(M-1)の距離だけ移動させ(Mは始・終状態を含めた任意のコンフォメーション数), 得られた原子パラメータをエネルギー最小化によって精密化し, これを2番目の状態(X2)とする. この計算を繰り返すことで始・終状態間のM-2個のコンフォメーション(Xi)が得られる. これらをプログラムPyMOLなどのソフトウェアを使って繋ぎ合わせれば, 分子の動きを動画として観察できる. 以上の解析は「Database of Macromolecular Movements(http://molmovdb.org)」で行うことができる. また, データベースの作者らに問い合わせれば, プログラムCNS用の入力ファイルmorph_dist.inpを提供してもらえる.
(ストラスブール大学IBMC-CNRS 近藤次郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

イオン伝導
Ionic Conduction
イオン伝導とは電場下でイオンが伝導することをいう. イオンが伝導する固体を扱う科学技術分野が「固体イオニクス」である. 電気が流れる物質のうち, 電荷担体がイオンである物質をイオン伝導体という. 電荷担体がイオンだけではなく電子あるいは電子のホールが含まれる物質をイオン-電子混合伝導体あるいは混合伝導体という. イオン伝導度が高い物質を「超イオン伝導体」,「固体電解質」,「高イオン伝導体」,「高イオン導電体」などと呼ぶ. イオン伝導種には, 酸素イオン(酸化物イオンとも呼ぶ), リチウムイオン, ナトリウムイオン, フッ素イオン, カリウムイオン, 銀イオン, 銅イオン, プロトンなどがある. イオン伝導性材料は固体酸化物形燃料電池, リチウムイオン電池, ガスセンサー, 触媒, 酸素透過膜など幅広く利用されている. イオン伝導度σはσT=A exp(-ΔE/RT)に従って絶対温度Tの増加とともに増加する. ここでA, ΔEとRはそれぞれ係数, 活性化エネルギーおよびガス定数である. イオン伝導度と可動イオンの拡散経路は結晶構造に強く依存する.
(東京工業大学大学院総合理工学研究科 八島正知)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

電荷秩序
Charge Ordering
同じ元素からなるが, 異なる原子価をもつイオンが実空間で整列する現象. ペロブスカイト構造をもつマンガン酸化物においてよく知られている. 解説記事で対象としたRFe2O4(R:希土類)の場合には, 平均原子価2.5+をもつ鉄イオンが, 電荷秩序状態において, ある結晶サイト上では鉄イオンは2+の原子価をもち, 別のサイトでは3+の原子価をもつ状態となる. さらにこれら2種の鉄イオンは長周期構造をもって整列する. このような現象は, 電子のもつ自由度(電荷, スピン, 軌道)や, RFe2O4のような特殊な結晶構造(三角格子構造)といった複数因子が絡み合うため起こると考えられるが, その起源は現在研究が進められているところであり, 固体電子論の重要なテーマの1つである. 電荷秩序に伴って興味深い物性(磁場印加による抵抗変化など)が起こるような系も知られており, 基礎・応用科学の両面から盛んに研究が行われている.
(日本原子力研究開発機構 吉井賢資)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

共鳴励起
Resonant Excitation
基底状態と励起状態の差に相当するエネルギーを与えることにより, 系を特定の励起状態にすることをいう. 解説記事の場合には, 放射光X線を用いて, 固体中(RFe2O4)の特定元素(鉄)のK殻電子を伝導帯などの非占有状態に励起することを意味する. 固体中の電子のうち, 結合エネルギー(Eb)が大きく原子軌道と同じ状態の内殻電子については(ほぼEb>100 eV程度の領域), そのEbは元素固有である. よって, EbのエネルギーをもつX線を照射すれば, 特定元素の特定の内殻電子を励起できる. ある単一エネルギーのX線を発生するには, 連続スペクトルをもつ放射光に対し, 単結晶などを用いたブラッグ反射を利用する. 共鳴励起現象を用いれば, 解説で述べたようにイオン種を特定した位置情報や, イオンの原子価に関する情報などを得ることができ, 物性研究の一手段として広く利用されている.
(日本原子力研究開発機構 吉井賢資)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

アレニウス式
Arrhenius Equation
本来は, スイスの化学者アレニウスにより提案された, 化学反応の速度を理論的に表現するための式であり, 次のように表される. k=Aexp(-E/RT) ここでkは反応の速度定数, Aは定数, Eは活性化エネルギー, Rは気体定数, Tは温度である. 活性化エネルギーとは, 化学反応が起こるのに必要なエネルギーである. この式は, 温度Tの効果で反応系が活性化され, エネルギー障壁Eを超えられるようになった結果, 化学反応が起こることをイメージしている. すなわち, 温度Tが高いほど, またEが小さいほど化学反応は進みやすくなる. 化学反応に限らず, 誘電応答のように, 温度による系の活性化が起源となる現象の場合, この式を用いて現象の解釈がなされる場合がある. なお, 解説記事では, 気体定数Rではなく, ボルツマン定数を用いて表しているが, 気体定数はボルツマン定数とアボガドロ数を掛けたものであるので, 物理的には同じである.
(日本原子力研究開発機構 吉井賢資)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.02

脂質ラフト
Lipid Raft
細胞膜はすべての領域が均一な脂質二重膜で形成されているのではなく, 中には特徴的な組成で形成されたマイクロドメインが存在することが知られている. 脂質ラフトとは, スフィンゴ脂質とコレステロールに富んだ細胞膜上のマイクロドメインで, 脂質二重膜に浮遊した筏(ラフト)という意味で名付けられた. この膜ドメインには生理活性物質の受容体など重要な膜タンパク質が集積しており, 膜を介したシグナル伝達, 細菌やウィルスの感染, 細胞内小胞輸送などにおいて重要な役割を果たすと考えられている.
(大阪大学蛋白質研究所 田中秀明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

二型糖尿病
Type 2 Diabates
糖尿病には一型と二型があり, 一型糖尿病(IDDN)は膵臓の異状によりインスリンが極度に不足するインスリン依存型糖尿病と言われるのに対し, 二型糖尿病(NIDDN)はインスリン非依存型糖尿病と言われインスリン分泌不全もしくはインスリン感受性低下が主な原因である. 家族歴などの遺伝的な要因に加えて, 過度な栄養摂取, 運動不足による内臓肥満の蓄積など生活習慣にかかわる環境的な要因が二型糖尿病の発症, 悪化に関係していると言われている. 発症する年齢は一般に40歳以上の成人でその多くが肥満体型であり, 日本人では糖尿病患者のうち90%以上が二型糖尿病の患者である. 糖尿病の症状は初期にはほとんどないが, 徐々に喉の渇き, 多飲, 多尿, 体重の減少などが現れ, 治療を行わないまま長期間が過ぎると糖尿病性網膜症, 糖尿病性腎症, 糖尿病性神経障害などさまざまな合併症が現れ重篤となる.
(大塚製薬(株) 有機化学研究所 中石雄一郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

ピンポイント構造計測
Pinpoint Structural Measurement
極短時間(時間分解能40 ps)・極小空間(空間分解能サブ100 nm)・極限環境(強光励起下, 電場下, 高圧下, デバイスの動作時など)すべてを同時に満たす構造計測技術を指す. 現在, SPring-8の高輝度放射光源を最大限に活用し, ナノ物質・材料の研究・開発分野におけるさまざまな環境下での動的応答の構造評価手法として開発が進められている. 時間分解能の実現のため, 蓄積リング内を周回する電子バンチの中から, シングルバンチの放射光パルスを取り出し, 空間分解能を実現するために, ゾーンプレートを利用してX線を集光する. また, このようなX線ビームの計測の精度を確保するため, 集光X線光学系と精密ゴニオメータから構成される回折計(ピンポイント構造計測装置)を開発した. 現状では, 可逆・不可逆系の相変化過程の時分割測定, サブマイクロメータサイズの粒子1粒からの単結晶構造解析, サブ100 nm集光X線を利用した微細加工パターンマッピングが可能になっている.
((財)高輝度光科学研究センター 安田伸広)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

粒子サイズ効果
Particle Size Effect
物質の性質が, 結晶粒子の大きさにより変化すること. 粒子サイズがサブミクロン程度に小さくなると効果的に観測されるようになることが多い. 例えば, 触媒粒子の活性度の向上, 強誘電体の誘電率や強磁性体の帯磁率の低下, 半導体の光学特性の変化といった現象がよく知られている. このような現象は, 粒子サイズが小さくなることによる全体積に対する表面積の割合の増加(表面効果)や, 量子サイズ効果などに起因すると考えられている. 粒子サイズ効果の測定には, 粒子サイズや品質の分布にバラつきのない粉末試料が必要であるが, 現実にある物質群には, ある程度の統計的なサイズ分布が存在する. そのため, 強誘電体BaTiO3のサイズ効果による誘電率異常の場合のように, 本質的な原因がいまだに解明されていないものも多い. このような対象に対して, 粒子1粒で構造解析が可能になれば, 機能と1:1で結びついた構造情報を得ることにより, サイズ効果の解明が進むと期待される.
((財)高輝度光科学研究センター 安田伸広)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

光誘起相転移
Photo-Induced Phase Transition
光誘起相転移とは, 特定の波長と強度をもつ光を物質に一定時間照射することにより, 局所的に光励起サイトが現れ, それらのサイトが凝集することにより最終的には光励起秩序相へ相転移する現象のことを言う. これは, 光を熱エネルギーとしてではなく光エネルギーとして利用しているため, 熱的相転移とは異なりわずかなエネルギーで高速かつ可逆的に物質の機能を制御できる可能性を秘めている. 代表的な光誘起相転移現象として, 二価の鉄を含むスピンクロスオーバー錯体のLIESST(Light Induced Excited Spin State Trapping)現象や, シアノ架橋型金属錯体における光誘起磁性が知られている. また, 一部の有機電荷移動錯体や酸化物などで超短パルスレーザー照射直後において観測されている超高速光学応答では必ずしも相転移を伴うとは限らないため, 今後, 第三世代放射光やX線自由電子レーザーを利用した機構解明が望まれている.
((独)理化学研究所 加藤健一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

光誘起スピン転移
LIESST(Light Induced Excited Spin State Trapping)
LIESST(Light Induced Excited Spin State Trapping)とは, 主に二価の鉄を含むスピンクロスオーバー錯体などで観測されている光誘起スピン転移の一種である. 初めてこの現象が見出されたスピンクロスオーバー錯体は,[Fe(ptz)6](BF4)2(ptz=1-propyltetrazole)である. この物質に, 低温でd電子軌道間の光学遷移に相当するArイオンレーザー光を照射すると, Fe2+のスピン状態がS=0の低スピン状態からS=2の高スピン状態へと転移し, 数時間以上にわたりこの状態が凍結される. その高スピン状態にKrイオンレーザー光を照射すると元の低スピン状態に戻るため, 光記録素子としての応用が考えられる. 現段階でLIESST現象が観測されるのは100 K程度以下であるが, 室温付近でこの現象を示す物質が開発されれば, まったく新しい光記録メディア開発の可能性が拡がる.
((独)理化学研究所 加藤健一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.03

反強磁性体の磁気ブラッグ反射
Magnetic Bragg Reflection in Antiferromagnet
結晶中の原子の磁気モーメントに規則配列がある場合には磁気ブラッグ反射が生じる. 反強磁性体では, 結晶格子と磁気モーメントが構成する格子とで, 単位格子の大きさ, 種類, 対称性が異なることがある. その場合, 磁気ブラッグ反射は, 結晶格子に由来するブラッグ反射とは異なる条件で観測される.
(理化学研究所放射光科学総合研究センター 大隅寛幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.04

消滅則
Extinction Rule
並進を伴う対称要素が存在すると特定の反射指数に対する構造因子がゼロとなり, ブラッグ条件を満たしていても反射強度をもたない状況が発生するため, 系統的な反射の消滅が起こる. この反射の消滅が, どのような場合に起こるかを表す規則を消滅則という. 消滅則を調べることで, 空間格子の型または映進面やらせん軸の存在を知ることができる.
(理化学研究所放射光科学総合研究センター 大隅寛幸)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.04

スペックル
Speckle
スペックル(斑点)は, レーザー光が粗い表面で反射した際の強度分布などに現われる, 粒状の構造である. 干渉性の良い波が, ランダムな位相で干渉する際に一般的に起こる現象である. 強度コントラストの高いスペックルは, 照射波の干渉性の良さの指標となる. スペックルパターンは, 散乱波の位相に敏感であり, この性質を利用した種々の静的・動的な計測法が考案・実用化されている. 一方で, イメージング測定などでは, スペックルによる強度むらが問題となる場合もある. 干渉性に優れたX線(コヒーレントX線)を, 試料に照射して得られるコヒーレントX線回折パターンにおいても, スペックルを観測することができる. X線回折顕微法では, スペックル状のコヒーレント回折データから, 計算機を用いて, 試料構造を再構成する. ちなみに, 結晶に対するX線回折では, 通常, 試料はコヒーレント照明されていないため, スペックルを観測することはできない.
(理化学研究所・放射光科学総合研究センター 西野吉則)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.04

X線CT撮影
X-ray Computed Tomography(CT)Scan
さまざまな角度から撮影した多数枚のX線投影像などから, 試料の三次元像を再構成する手法. X線コンピュータ断層撮影とも呼ばれる. 病院での臨床検査や, 産業界での非破壊検査に広く用いられている. この技術を開発したGodfrey N. HounsfieldとAllan M. Cormackは, 1979年にノーベル医学生理学賞を受賞した. 通常のX線CT撮影では, X線吸収率の三次元分布が得られる. シンクロトロン放射光を用いたX線CT撮影も行われている. 各種のX線顕微鏡技術と組み合わせることにより, 高空間分解能の三次元イメージングを行うことができる. また, 位相コントラストイメージングや元素分析などの技術を活用して, 試料に関する多彩な情報を得ることもできる. X線回折顕微法では, 従来問題となってきた, X線レンズの被写界深度による試料の厚みに関する制限がなくなり, 厚い試料に対する高空間分解能でのX線CT撮影が可能となる.
(理化学研究所・放射光科学総合研究センター 西野吉則)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.04

X線自由電子レーザー
X-ray Free-Electron Laser
高い干渉性, 超短パルス性, 高いピーク輝度をもつ次世代のX線. 自由電子レーザーは, 自由電子ビーム, 電磁場, およびアンンジュレータの磁場が相互作用することによって発生するレーザーである. 通常の束縛電子を用いるレーザーとは異なり, 発生するレーザーの波長を自由に変えることができる. 従来の放射光では, 多数の電子はランダムな位相でX線を発生していたが, X線自由電子レーザーでは, 電子は(空間的に)位相の揃ったX線を発生する. 現在, 日・米・欧でX線自由電子レーザーのプロジェクトが進められている. 日本では, 理化学研究所が, 高輝度光科学研究センターと協力して, SPring-8キャンパス内に建設中である. 現在プロジェクトが進行しているX線自由電子レーザーは, ランダムな位相をもつシンクロトロン放射光を, 長いアンジュレーターを用いて増幅する, SASE(Self-Amplified Spontaneous Emission)原理に基づいている.
(理化学研究所・放射光科学総合研究センター 西野吉則)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.04

損傷乗り越えDNA合成
Translesion DNA Synthesis
DNAに損傷が生じると, 損傷に応じた修復機構によって修復される. しかし, 複製中に生じた損傷を積極的に修復する機構は見つかっていない. 複製中に損傷が生じ, 複製型ポリメラーゼが損傷塩基に遭遇すると, 複製型ポリメラーゼは損傷塩基を鋳型としてDNA合成を行えず, 複製を停止してしまう. この場合, 複製型ポリメラーゼに代わって, 特殊なDNAポリメラーゼが損傷塩基を鋳型として, 一時的にDNA合成を行う. これを損傷乗り越えDNA合成(TLS)といい, この特殊なDNAポリメラーゼを損傷乗り越え型ポリメラーゼ(TLSポリメラーゼ)という. 損傷塩基を乗り越えた後, 再び複製型ポリメラーゼがDNA合成を再開する. 複製が完了した後, 鋳型鎖の損傷は適切な修復機構によって修復される. ヒトでは, DNAポリメラーゼ(Pol)η, Polκ, Polι, REV1, PolζなどがTLSポリメラーゼとして知られている. このうち, Polηはバリアント型色素性乾皮症(XPV)の原因遺伝子産物であり, Polηの異常が皮膚がん誘発性の疾患を引き起こす.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 菱木麻美, 橋本 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

ユビキチン化
Ubiquitination
ユビキチンは, 生物種間で高度に保存されたアミノ酸残基数76のタンパク質で, さまざまなタンパク質の翻訳後修飾に用いられる. ユビキチン化は, タンパク質分解やDNA修復など, さまざまな細胞機能にかかわる. ユビキチンのC末端は, 標的タンパク質のリジン残基とイソペプチド結合を形成する(モノユビキチン化). さらに, このユビキチンのリジン残基, あるいはN末端にユビキチンのC末端が連結し, ユビキチン鎖が作られる(ポリユビキチン化). ユビキチン化反応は, ユビキチン活性化酵素(E1), ユビキチン連結酵素(E2-E3複合体)によって行われる. E1は共通であるが, E2およびE3はユビキチン化の標的タンパク質によって異なる. 哺乳類では, E2は30種類ほど見つかっているが, E3は多様で数百種類あると言われている. PCNAのK164は, RAD6-RAD18複合体(E2-E3複合体)によってモノユビキチン化される.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 菱木麻美, 橋本 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

PIP-box
PCNA Interacting Protein Box
増殖細胞核抗原(proliferating cell nuclear antigen;PCNA)に結合するタンパク質が共通してもつアミノ酸配列. 典型的なPIP-boxの配列は, Q-x-x-h-x-x-a-a(hはM/I/Lなどの疎水性アミノ酸, aは芳香族アミノ酸, xは任意のアミノ酸)である. PIP-boxは, DNA複製, DNA修復, 細胞周期などにかかわるさまざまなタンパク質で見つかっている.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 菱木麻美, 橋本 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

ホモロガス相
Homologous Phase
金属の酸化物の構造を研究していたMagneliたちが見つけた, VnO2n-1やTinO2n-1(n=自然数)などの組成式で表される化合物をはじめとし, ZnO-In2O3系の導電性酸化物やBi系の高温超伝導酸化物, 今回紹介したGeTe-Sb2Te3擬二元系などにも拡張されている. これらの結晶構造は, 基本となる構造単位を基に, 特定の原子面を抜いたり, 逆に挿入したり, あるいは, 2種類の基本構造を積み重ねた超構造として理解される. その超構造の周期は, 組成比に依存して系統的に変化する.
(大阪府立大学 木舩弘一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

相変化型固体電気メモリ
Phase-change Random Access Memory(PCRAM)
光ディスクでは, 物質の相変化に伴う光学特性の変化を利用して情報記録を行っている. 物質が相変化すると, 光学特性だけではなく電気特性も変化する. 本稿で取り上げたGeTe-Sb2Te3擬二元系化合物などでは, アモルファス-結晶間で, 3桁程度, 抵抗値が変化する. この抵抗値の変化を利用して不揮発かつ書き換え可能な記録を行うのが相変化固体電気メモリである. 光ディスクではレーザー照射によって, 一方, 固体メモリでは通電加熱によって, アモルファス相と結晶相間を可逆的に変化させている. 固体メモリは,(利点だけ述べれば)半導体プロセスを利用した作り込みが可能で, それに加えて稼動部がまったくなく, 小型化に向くという特徴をもっている.
(パナソニック(株) 松永利之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

PDF解析
Pair Distribution Function Analysis
PDF解析は,(規格化された粉末)回折強度を実空間にフーリエ変換した二体分布関数G(r)を用いて, 特に乱れた原子配列を決定することを特徴としている. この関数は, 任意の原子から距離rだけ離れた位置に別の原子を見出す確率を表しており, 言い換えれば, 原子配列の乱れがその関数に盛り込まれている. ただこのPDF解析でも, 光源や検出器の分解能, 計算機の能力などの制約から, 比較的小さな単位格子を仮定せざる得ないため, ほぼ無限の原子からなる物質中の, 個々の原子位置を一義的に決定できるわけではない. 他解析法による結果と比較, 検討しながら, 慎重に解析を行っているのが現状である.
(パナソニック(株) 松永利之)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

ドメイン
Domain
強誘電体, 強磁性体などにおいて, 1つの結晶が秩序相の方向を異にする領域に分かれる場合, それぞれの領域をドメインという. 強磁性体においては磁区, 強誘電体においては強誘電体分域とも呼ばれる. 強誘電体のドメインは自発分極の揃った領域で, 隣り合うドメインの境界, いわゆるドメイン壁を介して双晶を形成する. ドメイン壁は外部電場により移動し, 強い電場を印加した場合には, 自発分極が電場の向きにあるドメインの体積が増加し, 理想的には単一ドメインとなる. これが強誘電体の分極反転である. ドメイン反転には抗電界以上の強い電場が必要であるが, 弱い電場でもドメイン壁の移動は追従し, これが双極子分極を引き起こして誘電率に寄与する. 強誘電体の分極反転特性や誘電特性, 圧電体の圧電特性などは, ドメイン構造の種類, ドメイン壁の数や動きやすさに依存するため, これらを制御する試みが数多くなされている.
(東京工業大学大学院理工学研究科材料工学専攻 保科拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

格子歪傾斜層
Gradient Lattice Strain Layer
結晶内において格子歪が徐々に変化する領域のこと. 薄膜の表面・界面構造, 微粒子の表面構造, セラミックスの粒界構造などにおいて観察される場合がある. いわゆる表面緩和層や構造緩和層の一部も格子歪傾斜層に該当する. また, 結晶内に化学組成の傾斜がある場合や, 非180°ドメイン壁のような歪を伴う双晶の境界にも格子歪傾斜層が存在する. 通常, 格子歪傾斜層の厚さはナノオーダーであるため, 対象とする試料サイズがサブマイクロ以下になったときに, 物性への寄与が議論される. 特にペロブスカイト型構造の強誘電体は格子歪の大きさによって物性が大きく変化する物質である. したがって, 格子歪傾斜層の存在がナノ材料の物性に大きく寄与することがある. 本稿で述べたBaTiO3ナノ粒子の巨大誘電特性はその一例である. 2種類の物質をナノオーダーで交互に積層した人工超格子でも巨大な誘電特性が報告されているが, この場合も格子歪傾斜層の寄与が大きい.
(東京工業大学大学院理工学研究科材料工学専攻 保科拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.05

グラフェン
Graphene
グラフェンとは, 蜂の巣格子点に炭素原子を配置した厚さ1原子層の炭素物質である. 高品質グラファイト結晶から, 粘着テープによりグラフェン1層を剥がしとることが可能であるほか, SiC結晶の熱分解により, SiC基板上に数層のグラフェンを自己組織的に形成することができる. グラフェン中の電子は, 質量ゼロのディラック粒子として特徴づけられ, 室温での異常量子ホール効果など特異な量子物性現象が数多く報告されるなど, 理想的な二次元系として盛んに研究が行われている. また, 応用の観点からも, 外的擾乱がなければ200,000 cm2/Vsもの電子移動度をもつことが可能であることが示されており, 室温でも70,000 cm2/Vs程度の移動度が実験的に報告され, シリコンCMOSに替わる次世代LSI材料として非常に期待されている.
(名古屋大学エコトピア科学研究所,ファインセラミックスセンター 乗松 航) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

コネキシン
Connexin
真核生物において, ギャップ結合チャネル形成の構成要素となるタンパク質. 生体内では6量体で存在し, コネクソンと呼ばれるヘミチャネルを形成している. 細胞内にC末端, N末端, 第2ループをもち, 細胞外に第1ループ, 第3ループをもつ4回膜貫通タンパク質である. ヒトでは21種類のコネキシンが存在し, これがギャップ結合の多様性を決定付けている. コネキシンの種間の違いは主にC末端, 第2ループにあり, 残りの部分は共通している. 今回われわれが決定したコネキシン26の構造はすべての種に共通する部分をすべてカバーしており, コネキシンの分子構造基盤が明らかになった.
(大阪大学蛋白質研究所 菅 倫寛) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

自己回転関数
Self Rotation Function
自己回転関数は分子のパターソン関数と回転操作を加えた分子のパターソン関数の積を定めた体積分で積分したものである. すべての回転操作について自己回転関数を計算すれば, 分子の積分範囲の中で構造が重なる場合に最大のピークを与える. したがって構造解析の過程で自己回転関数は非対称単位中に存在する複数個の分子同士の関係を明らかにするために用いることができる.
(大阪大学蛋白質研究所 菅 倫寛) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

バイフット差
Bijvoet Pair
指数hklの反射とそのバイフット対であるhklの反射の強度差をバイフット差という. このバイフット差は原子中の電子を完全な自由電子としてみなす場合にはその大きさは0となるが, 吸収端近くでは自由電子として扱えなくなり, バイフット差が大きさをもつ. これを異常分散と呼ぶ.
(大阪大学蛋白質研究所 菅 倫寛) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

Rab
Rab
低分子量GTPaseであるRabファミリーはヒトの場合60以上のRabにより構成されている. Rabは小胞輸送における主要な調節因子で, 細胞内器官の認識や, 分解や貯蔵過程の調整, 正確な輸送メカニズムの制御などを行っている. RabはGDP結合型とGTP結合型との間をスイッチすることで, コンフォメーション変化し, 相互作用する相手のタンパク質を正確に調整している. これまで70以上のRabについてX線結晶構造解析がなされており, その中には約20の複合体構造も含まれている. 細胞内輸送を制御する分子機構の全容を解明するためには, Rabの構造の多様性とその特異的な認識機構の関係を理解することが必要である.
(高エネルギー加速器研究機構 レオナルド シャバス[訳:山田悠介]) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

グリセリ症候群
Griscelli Syndrome
グリセリ症候群(GS)は皮膚や毛髪の部分的な色素欠乏症として特徴づけられる常染色体劣性疾患であり, メラノサイト細胞にメラノソームと呼ばれるオルガネラが蓄積することが原因である. さらに, T細胞やマクロファージの異常な活性化による免疫不全が多くのGS患者に診られる. この疾患はこれまでashenとdilute, leadenと言われる3種の変異との関連性が指摘されており, 細胞表面へと分泌顆粒を輸送するのに必要なタンパク質の不活性化が原因と考えれている. 近年, これらの分子基盤が明らかとなり, 低分子量GTPaseであるRabとエフェクタータンパク質との複合体の構造決定がなされた.
(高エネルギー加速器研究機構 レオナルド シャバス[訳:山田悠介]) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.051 No.06

α/β加水分解酵素フォールド
α/β Hydrolase Fold
タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)や脂質分解酵素(リパーゼ)などの加水分解酵素によく見られる基本骨格構造で, 8 本鎖でできた1 枚のβ シートと数本のα ヘリックスから構成されている. この骨格構造をもつタンパク質は共通の祖先タンパク質からそれぞれ別の基質に対する特異性を獲得して進化して来たと考えられている. 活性中心には, catalytic triad と呼ばれる, Ser, His, Asp 残基をもっており, 構造上のそれらの配置も保存されている. 反応機構の化学もよく似ており, 活性中心のSer の水酸基が基質に求核攻撃してできるアシル中間体を経由して触媒反応が進行する. His とAsp は, Ser の水酸基の求核性を上昇させている. ただし, catalytic triad は, α/β hydrolase fold以外の骨格構造をもつ加水分解酵素にも存在している.
(京都大学大学院薬学研究科 加藤博章) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

被子植物
Angiosperm
進化の頂点にある植物で, 生殖器官である花が進化して, 成熟すれば種子になる部分である胚珠が心皮にくるまれて子房の中に収まっていることから, 名前がつけられている. 植物の進化の過程では, 約3 億年前に種子植物が被子植物と裸子植物とに分かれたとされている. また, 4 億年以上前に, イワヒバ(Selaginella moellendorffii)などのシダ(Lycophytes)と種子植物を含む本葉植物が, 維管束植物から分かれている. 一方, 被子植物は, 約2 億年前にシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)などの双子葉植物とイネなどの単子葉植物に分かれている.
(京都大学大学院薬学研究科 加藤博章) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

植物ホルモン
Plant Hormone
植物ホルモンは植物体内で産生され, 低濃度で植物に作用して発芽・成長や分化を調節する低分子化合物の総称であり, 種を超えて共通の機能をもっている. その生理作用は複雑であり, 植物細胞は複数のホルモンに対する感受性を示し, また植物ホルモンは作用場所や濃度により異なる生理活性を示す. また動物ホルモンとは異なり, 植物ホルモンは特定のホルモンを産生・分泌する器官がなく, 合成されたホルモンは作用場所まで輸送されると考えられている. 少なくともオーキシンはキャリアータンパク質によって能動的に輸送されることが知られている. 植物ホルモンの概念はすでに19 世紀から提唱されており, 現在までに少なくとも7 種類の低分子化合物が植物ホルモンとして広く認知されている. 最近になって受容体の同定や,受容体によるホルモン認識機構の解明とともにシグナル伝達経路が急速に明らかとなってきている.
(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 箱嶋敏雄) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

タンパク質結晶の放射線損傷
Radiation Damage to Protein Crystals
放射線損傷は, 結晶に入射された測定X 線のエネルギーの一部が結晶内部で光電効果を誘起し, その結果引き起こされる現象と考えられる. 光電効果は, 入射したX 線光子が結晶内の原子の内殻電子を叩き出す現象であり, 叩き出された電子(光電子)が, 結晶外に飛び出すかエネルギーを失うまで結晶内部に存在する電子とエネルギー交換しながら移動し続ける. その過程で生じた反応性ラジカルが共有結合の切断など試料分子に損傷を起こす原因となる. タンパク質結晶の放射線損傷では, しばしば構造決定にも支障をきたす. データ収集中の回折強度の減衰, 結晶格子体積の増加, 等価反射間での回折強度の一致度に対応したRsym の増加など, 回折強度の統計精度がX 線の露光時間に比例して悪化して解析をより困難なものとする. ま, 放射線損傷を受けた電子密度は, S-S 結合などの共有結合開裂, グルタミン酸・アスパラギン酸などアミノ酸側鎖の一部欠損など数多く報告されている.
(理化学研究所・播磨研究所 平田邦生) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

軽原子SAD法
Single Wavelength Anomalous Dispersion Method using Light Atoms
構造因子の位相決定法の1 つである. 結晶中に存在する少数の異常散乱原子が回折強度分布に与える影響を手がかりに構造因子の位相情報を得るが, 単一の波長を用いて得たデータセットのみでは各構造因子の位相として2 通りの値があり得る. そのため, この「位相の曖昧さ」の問題を解消できるMAD 法(多波長異常分散法)がまず広く用いられた. しかし, 近年, 電子密度平滑化法などの実空間法と組み合わせることによりSAD 法が実用的となり, データ測定時間の短縮(試料の放射線損傷問題の軽減)という大きな利点が注目され, 位相決定の主流はSAD 法に移行している. 軽原子SAD 法は, イオウやリンなどを異常散乱原子として用いるSAD 法であり, その異常散乱シグナルが大きくなる長波長領域(通常1.7 A 以上)で測定が行われることから長波長SAD 法とも呼ばれる. 生体高分子に元来含まれる原子を利用するため, 特別に重原子などによって標識された結晶を準備する必要がない. ただし, 軽原子からの異常分散効果は微弱であり, 長波長領域での回折実験の困難さと相俟って, より高精度なデータ測定法や解析方法の発展が求められている.
(高エネルギー加速器研究機構 松垣直宏) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

ヒト免疫不全ウイルスプロテアーゼ(HIV-1プロテアーゼ)
Human Immunodeficiency Virus Type 1 Protease
ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)がヒトの細胞に感染した際に作るタンパク質の1 つ. ウイルスの構成や増殖に必要な個々のタンパク質は, いったん, 鎖状に繋がるタンパク質(polyprotein)として合成され, HIV-1 プロテアーゼによる切断を受けて完成する. したがってHIV-1 プロテアーゼの機能を抑制する阻害剤を作れば, ウイルスのほかのタンパク質は完成しないため, ウイルスの形成や増殖を抑制することができる抗ウイルス医薬品となる可能性がある. HIV-1 プロテアーゼは, アミノ酸99 個からなる分子量約10000 のポリペプチドが, 2 量体を形成し機能を発揮する. プロテアーゼの活性中心には, タンパク質の分解反応を効果的に実現するハサミ(Asp25 とAsp125 の2 つの触媒残基)が存在し, その作用を詳細に知ることで, より効果的な阻害剤の開発が可能となる.
(日本原子力研究開発機構 黒木良太) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

低障壁水素結合(LBHB)
Low Barrier Hydrogen Bond
水素結合は静電相互作用の1 つである. 水素結合を形成する水素原子は電気陰性度の高いドナー原子(水素供与原子)に共有結合し, アクセプター(水素受容原子)と呼ば れる原子との間で, 弱い静電相互作用を生ずる. タンパク質に見られる通常の水素結合では, ドナーとアクセプターの距離(水素結合距離)は2.8 A 程度である. ところが固 体中の有機低分子などには, その距離が大変短く(2.6 A以下), 水素原子がドナーとアクセプターの間を簡単に行き来できるようなり(エネルギー障壁が低くなる), ドナ ーとアクセプターの中間に観測されることがある. LBHBの判定には, 水素結合距離だけでなくプロトンが中間に位置するなどの性質を合わせて判断されるので, 水素原子の観測に適した中性子構造解析はその同定にたいへん効果的である.
(日本原子力研究開発機構 黒木良太) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

水和水
Hydrating Water
水和水とは, タンパク質の表面に留まり相互作用する水分子を指す. 水和水のうち, タンパク質の親水的な部分に水素結合を形成し, あたかもタンパク質の一部のように振る舞う水分子は, 結晶構造においても容易に観測することができる. 一方, タンパク質の外側に露出した疎水的な領域と相互作用する水和水は, 構造が一様ではなく結晶構造においても観測は難しいが, そのエントロピーは大きく制限されていると考えられている. 疎水性表面から水和水が除かれ(脱水和), 疎水性表面が会合する際に生じる水分子のエントロピーの増大が, 疎水性相互作用の要因である.
(日本原子力研究開発機構 黒木良太) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

Porod体積
Porod Volume
q を散乱角の関数 q = 4πsinθ/λ(2θ:散乱角 λ:波長)と定義すると, 全散乱空間における散乱強度の積分値は ∫q^2・I(q)dqで表される. この積分値をPorod 定数といい,パーシバルの式より散乱体の電子密度揺らぎの2 乗に比例する. 散乱体の電子密度が一様な場合, 散乱体の体積は原点散乱強度I(0)とPorod 定数を使用して以下の式で見積もることができる.
   V = 2π^2・I(0)/(∫q^2・I(q)dq)
この体積V をPorod 体積という. 上式で, 全散乱空間における積分強度の積分値を測定するのは不可能である. そこで, Porod 則と呼ばれる広角q においてI(q)∝ q^-4 なる関係を用いてI(q)を外挿し上式を計算する. Porod 則は球状散乱体で成立する. したがって, これらの計算の前提条件からずれると誤差を含むことは避けられない. 一般に, タンパク質は, 電子密度が一様でほぼ球状とみなせるのでPorod 体積がよく参照される.
(岐阜大学工学部 藤澤哲郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

高速フロー混合法
Rapid Flow Mixing Method
反応物を2 つのシリンジに入れ一定の速さで混合室に連続的に流し込み混合する. 混合点(t =0)で完全に混合された溶液は幅0.2 mm 程度の毛管を通る. 毛管中では反応が引き続いて起こっているので, その中では混合点からの距離が反応時間からの経過時間T に相当している. 毛管に沿ってさまざまな位置で溶液散乱測定を行えば, 反応開始後のいろいろな時刻における反応混合物を計測することになる. このような実験を行うには, 放射光のように平行性が高く小さなX 線ビームを使用することが不可欠である. 毛管の径を細くし流れを速くすることでサブミリ秒レベルの反応も追うことが可能となった.
(岐阜大学工学部 藤澤哲郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

圧力ジャンプ・ドロップ緩和法
High-Pressure Jump and Drop Relaxation Method
圧力ジャンプ・ドロップ緩和法測定では, はじめに反応化合物を一定圧の条件下で平衡に置いておき, 圧力を突然上げたり, 下げたりして条件を急激に変化させて系を乱す. 新しい圧力条件で平衡になるように平衡がシフトする過程をX 線溶液散乱法を用いて計測する. 圧力による平衡シフトはル・シャトリエの原理により, 反応体積の増減に従い変化する. 一般には, 天然状態から変性状態へ, 会合状態からかい離状態へ反応が進んだとき系の体積が減少する. 分子論的には, ファンデルワールス体積はほとんど変化せず, 電縮, 疎水性水和, タンパク質内空洞(キャビティ)の喪失などにより体積が減少すると考えられている. 200 ~300 MPa の圧力では, 小分子量球状タンパク質は変性することはなく, 水和と密接な関係のある分子間相互作用が変化する. したがって, アミロイドフィラメントの研究やフィラメントタンパク質の研究などに多く応用されている.
(岐阜大学工学部 藤澤哲郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

電子分光
Energy Filtering
入射電子と試料との相互作用は, エネルギーを失わない弾性散乱とエネルギーを失う非弾性散乱に分けられる. 電子分光装置(エネルギーフィルター)は, 電子線のプリズムであり, 電子線をそのエネルギー分布により空間的に分離することができる. スリットで弾性散乱した電子を選ぶゼロロス観察では, 非弾性散乱した電子に起因するバック グラウンドやノイズを除くことができ, 信号対雑音比のよい回折パターンや色収差の小さい実像が得られる. また,元素により固有のエネルギーの吸収があり, その分のエネルギーを失った電子を選択して結像することで元素のマッピングを行うことができる.
(理化学研究所放射光科学総合研究センター 米倉功治) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

ロイコトリエン
Leukotriene
細胞膜を作る複合脂質から酵素的に切り出されるアラキドン酸に, 酸素添加酵素5-リポキシゲナーゼによって酸素原子が1 つ付加され生合成されるロイコトリエンA4とその一連の代謝産物を総称してロイコトリエンと呼ぶ.主に白血球(ロイコサイト)で生産され, 分子内に3 つの共役する二重結合(トリエン)をもつことからこの名称がついた. ロイコトリエンA4 の主要な代謝産物に, ロイコトリエンA4 水解酵素によって水分子が付加されたロイコトリエンB4, ロイコトリエンC4 合成酵素によってグルタチオンが付加されたロイコトリエンC4 がある.ロイコトリエンは, 脂質性情報伝達物質として, 生体内環境の調節を行い, 主要な生理活性として平滑筋収縮活性と細胞走化性が知られている. タンパク質性情報伝達物質のように生体内の広範囲に作用するのではなく, 生産され たその近傍の環境を調節することも, ロイコトリエンを含む脂質性情報伝達物質の特徴である. 生体内環境の調節に寄与する一方で, 疾病に伴う症状の原因としても知られ,喘息発作やアナフィラキシーショック時の気管支平滑筋収縮による呼吸不全や, 炎症部位の血管平滑筋収縮による血管透過性の亢進に伴う腫れや炎症性細胞の招集がその一例である.
(理化学研究所放射光科学総合研究センター 吾郷日出夫) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

アラキドン酸
Arachidonic acid
アラキドン酸(cis-,cis-,cis-,cis-5,8,11,14-Eicosatetraenoic acid)は, 炭素原子20 個の直鎖不飽和脂肪酸で, 末端のカルボキシル基の炭素から数えて5 番目と6 番目, 8 番目と9 番目, 11 番目と12 番目, 14 番目と15 番目の炭素原子がシス結合している. 生体内では主として生体膜を作るグリセロリン脂質のsn2 位にエステル結合して存在する.アラキドン酸を含むグリセロリン脂質は, 脂質性情報伝達物質の材料になる. グリセロリン脂質からフォスフォリパーゼA2 によって加水分解され遊離したアラキドン酸から, 各種の代謝酵素によってプロスタグランジン, トロンボキサン, ロイコトリエンなど, エイコサノイドと総称される脂質性情報伝達物質が生合成される. また2 つの酵素, フォスフォリパーゼC2 とジアシルグリセロールリパーゼによって, グリセロリン脂質のグリセロール骨格から, アラキドン酸以外の官能基が加水分解によって除去された2-アラキドノイルグリセロールも脂質性情報伝達物質として働く.
(理化学研究所放射光科学総合研究センター 吾郷日出夫) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

トランスポーター(膜輸送体)
Transporter
細胞膜や細胞内小器官などを取り囲む生体膜上に存在し, 有機物などの溶質を, 生体膜を介して輸送する機能をもつ膜貫通型タンパク質. 生命活動に重要なタンパク質・遺伝子やその他の有機・無機物質は, そのままではリン脂質二重膜によって構成されている生体膜を透過できないが, 各種物質の透過を担うトランスポーターが, イオンの透過を担うイオンチャネル・イオンポンプとともに, 細胞や細胞内小器官内外の物質の橋渡しを行っている. トランスポーターには, 濃度勾配に従った受動輸送を行うものと,濃度勾配に逆らった能動輸送を行うものが存在する. 後者はさらに, 自身がATP の加水分解を行いそのエネルギーを利用して輸送を行う一次トランスポーター(primarytransporter)と, 各種のイオンポンプなどによって膜を介して形成されたイオンの電気化学勾配を輸送のエネルギーとする二次トランスポーター(secondary transporter)とに分類される. 本稿で取り上げたNSS は, Na +とCl -の電気化学勾配をエネルギーに, 神経伝達物質の能動輸送を行う二次トランスポーターである.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター 山下敦子) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

非拮抗阻害
Non-Competitive Inhibition
阻害剤が酵素やトランスポーターなど(以下「酵素など」と略する)の触媒活性を可逆的に阻害する阻害様式の1 つ.阻害剤が酵素などの活性部位に結合することで基質の結合を妨げる(基質が結合しているときは阻害剤が結合できない)拮抗阻害に対し, 酵素などに基質が結合している状態・結合していない状態のいずれにも阻害剤が結合することができ, その触媒機能を阻害する様式を非拮抗阻害と呼ぶ. この場合, 阻害剤は基質の結合部位と異なる部位に結合し(アロステリックな結合), 酵素などのコンフォメーション変化などを引き起こすことによって機能を阻害するケースが多い. ちなみにその他の阻害様式としては,酵素などに基質が結合している状態のみ阻害剤が結合できる不拮抗阻害, 基質が結合している状態としていない状態で阻害剤の作用が異なる混合阻害が挙げられる. これらの阻害様式は, 酵素触媒反応の最大速度(Vmax)とミカエリス定数(Km, 初速度が1/2 Vmax となるときの基質濃度)に対して, 阻害剤が与える効果の違いによって見分けることができる.
(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター 山下敦子) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

アデノシン3リン酸マグネシウム塩
MgATP
ATP は生物におけるエネルギーの源となる物質(分子)である. この分子中にリン酸が3 つ連続して結合した構造をしていることがエネルギーの発生に重要である. このリン酸同士の結合はエネルギー的に不安定であり, 加水分解による切断反応やほかの分子にリン酸が転移する反応によりエネルギーが放出される. ルシフェラーゼの反応ではATP 中の1 つ目と2 つ目のリン酸同士の結合が切れ, ピロリン酸とルシフェリンに転移したAMP の2 つになる. このときのエネルギーが発光のエネルギーのもとになる. この反応の時にはMg(マグネシウム)が必須であり, ATPのリン酸部分と結合した形で反応に寄与するため, 両者をあわせてMgATP と表記している.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

発光基質
Luminescent Substrate
酵素の作用を受けて変化する物質(基質)の中で, 発光する物質(発光体)に変化するものを発光基質という. ホタルの体内では発光基質であるルシフェリンが酵素であるルシフェラーゼによって化学変化し, 発光体であるオキシルシフェリンが生成される.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

高発光量子収率
High Efficient Luminescence Quantum Yield
光化学反応において実際に化学変化を起こした分子の数と吸収された光子の数との比のことを量子収率といい,発光および蛍光のときの量子収率をそれぞれ発光量子収率, 蛍光量子収率という. ホタル体内で行われているのは酵素(化学)反応でありそのときの量子収率は(1)生成物の化学反応の収率,(2)励起状態分子が生成する収率,(3)化学反応により生じた励起分子の蛍光量子収率を掛け合わせることにより求まる. 生物発光の量子収率はホタル:0.41, ウミホタル:0.28 のように高いものの, 化学発光の代表例であるルミノールでは0.02 程度である. このようにホタルに代表される生物発光では高い量子収率を有している.
(京都大学大学院薬学研究科 中津 亨) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

Multiple Target Screening(MTS)法
Multiple Target Screening(MTS)
通常のインシリコ探索法では, 標的タンパク質に結合する候補化合物を, 結合の強さを示すスコアの高い順に選択するが, スコアの高い化合物の中にはほかのタンパク質に対しても高いスコアを示すことが多く, 必ずしも標的タンパク質に対して選択的に強い結合性を示さない場合がある. MTS 法では, 化合物ライブラリーに対して, 標的タンパク質以外にも多数のタンパク質を用意して総当り式にドッキング計算を行い, タンパク質-化合物相互作用行列を作成し, 個々の化合物が多数のタンパク質に対して結合する度合いを調べ, 標的タンパク質に最も強く結合する化合物をヒット化合物の候補とする手法を考案している. 詳細は, 中村・福西らの総説を参照されたいが(本文文献1)), 実際に, COX-2 やHIV プロテアーゼ1 など5 種類の標的に対して, MTS 法を適用して既知の阻害剤を探索した結果, 計算で予測した上位1 %の化合物群の中に, ランダムスクリーニングで探索する場合と比べて, 約40 倍のエンリッチメントを得ることが示されている.
(大阪大学大学院工学研究科 井上 豪) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

Docking Score Index(DSI)法
Docking Score Index(DSI)
DSI 法は, MTS 法で用いたタンパク質-化合物相互作用行列を用い, 既知の活性化合物と類似の化合物を検索する方法として開発された. 通常, 化合物の類似性は, 分子量や疎水性などの分子の物理化学的性質を表す指標で示されるが, ここでは, 多くのタンパク質の結合ポケットへの結合の度合いを示すスコアの集合から, 統計的に類似性を抽出する. したがって, DSI 法では標的タンパク質の三次元立体構造の代わりに阻害剤情報が必要で, これが多いほど統計的な類似性検索の予測精度が上昇する. G タンパク質共役型受容体(GPCR)のように, 立体構造の解析が困難な膜タンパク質に対して特に威力を発揮すると期待されている. 実際に, 水溶性タンパク質のほかに4 種類のGPCR を加えた9 種の標的に対して, 立体構造が未知という条件の下で試した結果, 化合物ライブラリーから予測上位1 %の化合物中に含まれるヒット化合物の数はランダムスクリーニングに比べ平均で約70 倍のエンリッチメントが得られている.
(大阪大学大学院工学研究科 井上 豪) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

フラグメントベース創薬
Fragment Based Drug Discovery
標的タンパク質の構造情報を基に薬剤を分子設計するStructure Base Drug Design(SBDD)の手法とは異なり,標的タンパク質に結合する複数のフラグメント(小分子)を, ITC, NMR, non-denatured MASS などの物理化学的手段で検出したのち, 複合体のX 線構造解析を行ってその結合様式を確認し, 小分子同士を後からリンクさせてより結合定数の高い化合物を分子設計する方法.1) 最終的な医薬品は, リピンスキーが示した「rule of 5」と呼ばれる5の数字のあるいくつかの経験則に従うことが多く, 特に最終的な分子量は500 以下に抑えられる. したがって, FBDDの初期段階で使用される小分子の化合物ライブラリーとしては「rule of 3」が適用され, 分子量300 以下, 水素結合の授受にかかわる官能基の数が3 個以下, 分配係数lopPが3 以下のものが選択されている. 1)T. L. Blundell, et al.: “High-throughput crystallography for lead discovery in drug design”, Nat. Rev. Drug Discovery 1, 45-54 (2002).
(大阪大学大学院工学研究科 井上 豪) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.01

フックの法則
Hooke's Law
弾性体のひずみが応力に比例することをフックの法則という. 応力が1軸方向にのみ存在する場合は, 応力sとひずみeの関係はヤング率Eを用いてe=s/Eと表される. ここで, ヤング率Eは等方弾性体の弾性定数を表している. ただし, 一般的に物体に加えられる応力は3軸で考えなければならない. また弾性体も等方的とは限らない. このとき, 応力とひずみの関係はテンソル式eij=Sijklskl(k, l=1, 2, 3)で表される. ここで, 応力の係数Sijklは弾性コンプライアンス定数と呼ばれ, 通常6×6のマトリックスで表される. また, 逆に応力をひずみで表すときの係数は弾性スティッフネス定数と呼ばれ, Cijkl=Sijkl-1で表される. すなわち, sij=Cijklekl(k, l=1, 2, 3)の関係を示す. ここで, eijとsijは2つの下付文字, SijklとCijklは4つの下付文字で表されているが, これらはそれぞれ2階と4階のテンソル量を示している. このようにテンソル式を用いて表される応力とひずみの関係は一般化されたフックの法則と呼ばれる.
(㈱リガクX線研究所 横山亮一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

弾性コンプライアンス定数
Elastic Compliance Constants
3軸で応力を考えると, 一般化されたフックの法則に基づいて, ひずみeijと応力sklの関係は弾性コンプライアンス定数Sijklを用いてeij=Sijklskl(k, l=1, 2, 3)と表される. すなわち, すべてのひずみ成分は応力の線形結合によって表される. ここで, 弾性定数は4階のテンソル量で示され, 34=81個の成分が存在する. また, ひずみと応力はそれぞれ2階のテンソル量で示され, 32=9個の成分が存在する. しかしながら, 応力, ひずみおよび弾性定数のテンソルの対称性(eij=eji, sij=sji, Sijkl=Sklij)を考えると, ひずみと応力の独立な成分は6個に, 弾性定数は6×6の対称行列の21個の独立な成分にそれぞれ縮小される. さらに, 弾性定数の21個の独立な成分も結晶の対称性を考慮すると0になる成分が多く出てくる. 例えば, 立方晶系の弾性コンプライアンス定数では, マトリックス表記(例:e11→e1, S1111→S11)で表すと, S11, S12, S44の3つの成分のみが独立な値をもち, 残りの成分はすべて0になる. したがって, 弾性定数の独立な成分は各結晶系によって異なり, 文献などで与えられるのが一般的である.
(㈱リガクX線研究所 横山亮一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

アストロサイト
Astrocyte
脳の中枢神経系は, 神経細胞のニューロンと神経細胞ではないグリア細胞で構成される. グリア細胞の一種であるアストロサイトは, ニューロンの周囲にあってニューロンを養っていると考えられている. シナプス前ニューロンから放出されたグルタミン酸が, シナプス後ニューロンのグルタミン酸受容体に結合することで神経伝達が起こる. その際に, アストロサイトに存在するセリンラセマーゼによって生産されたd-セリンが, グルタミン酸と同時にNMDA受容体に結合するとシナプス後ニューロンはより強く興奮し, 神経伝達は増大することが知られている.
(東邦大学理学部 後藤 勝) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

H/D交換率
H/D Exchange Ratio
中性子は水素原子によって強い非干渉性散乱を起こし, 回折測定のバックグラウンドが大きくなることが知られている. そこでタンパク質の中性子回折実験では, 試料に含まれる水素原子を非干渉性散乱の小さな重水素原子(水素原子の1/40程度)に置換することが一般的である. 最も簡便な方法は, 結晶化母液を重水で調製する方法で, 結晶化自体を重水素化溶液で行うか, 結晶を重水素化母液に浸漬する. この場合, 結晶中の溶媒(水)とともに, タンパク質中の酸素や窒素原子に結合している水素も重水素に置き換わる. 水素原子が重水素原子へ置換される割合(H/D交換率)は水素原子の環境(主鎖か側鎖か, 分子の内部か外部か, 水素結合への関与, など)に大きく左右される. H/D交換率はほかのパラメータと合わせて, 精密化の際に決定する. 中性子とX線の同時精密化に用いられるプログラム(PHENIXやnCNS)はH/D交換率決定に対応している. なお, 上記の置換法ではタンパク質中の水素原子の7割以上を占める炭素原子に結合した水素原子を重水素原子に置き換えることはできない. そこで, タンパク質を構成するすべての水素原子を重水素原子に置き換えた完全重水素化タンパク質を用いることによる, 回折データの向上や必要結晶サイズの軽減が期待される. 完全重水素化タンパク質は発現する大腸菌を重水素化培地で培養したり, 試験管内翻訳系を使ったタンパク質発現を重水素化環境下で実施することにより, 調製可能である.
(日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 玉田太郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

短距離イオン性水素結合
Short Ionic Hydrogen Bond(SIHB)
水素結合は静電相互作用の1つである. 水素結合を形成する水素原子は電気陰性度の高いドナー原子(水素供与原子)に共有結合し, アクセプター(水素受容原子)と呼ばれる原子との間で, 弱い静電相互作用を生ずる. タンパク質に見られる通常の水素結合では, ドナーとアクセプターの距離(水素結合距離)は2.8 £xであるが, その距離が短く(2.6 ∴ネ下)なると, 水素原子がドナーとアクセプターの間を簡単に行き来できるようになり(エネルギー障壁が低くなる), ドナーとアクセプターの中間に観測される「低障壁水素結合(LBHB:Low Barrier Hydrogen Bond)」と言われる強い水素結合が形成される. ただし, ドナーとアクセプターの距離が2.6 ∴ネ下ならLBHBが形成されるとは限らず, 水素原子がドナーと通常の共有結合距離で存在する場合もある. このような水素結合を短距離イオン性水素結合(SIHB:Short Ionic Hydrogen Bond)と呼ぶ. SIHBも通常の水素結合よりは強い水素結合ではあるが, LBHBに比べると弱く, その構造的特徴と併せてLBHBと区別されている.
(日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 玉田太郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

高配向性熱分解グラファイト
Highly Oriented Pyrolytic Graphite(HOPG)
人造の単結晶ライクグラファイト. 天然単結晶グラファイトは数ミリ以下の粒状でしか産出しないため, それ以上の大きさの単結晶ライクグラファイトを作る方法として, ガス堆積結晶成長法と高分子グラファイト化法が考案された. ガス堆積結晶成長法は炭化水素ガスを熱分解して炭素原子をチャンバー内で基板上に降り積もらせ, 結晶成長させる方法であり, HOPGは, その方法の商品名のようになっている. 基板上に結晶成長開始点が多数できることから単結晶の集合体だが, 単結晶と同等の挙動や特性を示す. 当初, 宇宙用の耐熱材料として開発されたといわれており, アメリカ国外へのもち出しが厳しく規制されていた. そのため, フランス, ロシア, 中国でも同じ製造方法による生産が行われていた. 高分子グラファイト化法は, 高分子フィルムを出発材料として単結晶ライクグラファイトを製造する方法である. これらは主に, X線や中性子線の波長フィルタとして用いられている.
(パナソニックプロダクションテクノロジー㈱ 西木直巳) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

ダブルベント形(トロイダル形)グラファイト
Double-Bent(Toroidal)Type Graphite
X線を回折・集光するためのグラファイト結晶. グラファイト結晶を曲面に成形し, それを3個組み合わせて樽状に配置し内面でX線を回折させて集光する. 従来, X線を集光によって強度アップする方法は低入射角での反射によるものしかなかった. グラファイトはX線分光精度はあまり高くないが積分強度を稼ぐことができるが, 結晶性を保ったまま曲面を作ることができないという課題があった. 高分子グラファイト化法によるグラファイト結晶の製造方法ではダブルベンディングが可能となり, 銅やモリブデンなどの特性X線の回折と集光が可能である. 回折波長と同じ波長のX線で, 直接光と回折光を比較すると200倍程度の強度が得られた.
(パナソニックプロダクションテクノロジー㈱ 西木直巳) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.02

生体超分子複合体
Biological Macromolecular Assembly
生体内では, タンパク質などの生体分子の多くは互いに相互作用しながら働いている. その中でも数多くのコンポーネントが会合して比較的安定に複合体として存在しているものも数多く知られており, それらは生体超分子複合体と呼ばれている. リボソームはその代表例であり, 真核生物の80Sリボソームは, 4種類のリボソームRNAと78種類のリボソームタンパク質から構成された生体超分子複合体である. 生体超分子複合体には, 安定した1つの構造をとるだけでなく, その他のタンパク質因子などとの解離・会合を通して動的に構造変化するものも多い. ウイルスも数多くのタンパク質と核酸からできており, 一種の生体超分子複合体と呼ぶことができる.
(大阪大学蛋白質研究所 中川敦史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.03

非結晶学的対称性平均化
Non-Crystallographic Symmetry Averaging(NCSA)
タンパク質の結晶構造解析で使われる, 電子密度修正を利用した位相改良法の1つ. 結晶学的に非等価な非対称単位中に複数の分子やドメインが存在するとき, それぞれの分子やドメインが同じ構造をとっていると, それらの領域の電子密度は同じとなる. 一方, 実験的に求められた位相から計算される電子密度上で, 同じ構造をもつと考えられる複数の分子(ドメイン)領域内の電子密度が異なる場合, その原因は位相の誤差によるものと考えるので, 同じ電子密度をもつと考える領域の電子密度を平均化して新しい電子密度を求め, さらにこの電子密度からフーリエ変換で位相を求め, 実験的に求められた位相と結合することによって新しい位相を得る. すなわち, 逆フーリエ変換による電子密度の計算-電子密度の平均化-フーリエ変換による位相の計算-位相の結合-電子密度が改良されたかどうかの確認-, という操作を繰り返すことによって, 位相改良を行う. 非結晶学的対称操作の数が多いほど, 位相改良の効果が高い.
(大阪大学蛋白質研究所 中川敦史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.03

ATP結合カセット(ABC)トランスポーター
ATP-Binding Cassette(ABC)Transporter
ATP結合カセット(ABC)トランスポーターは, 2つの膜貫通ドメイン(サブユニット)および2つのATP結合ドメイン(サブユニット)をもつ膜輸送体である. 可溶性画分に突出したATP結合ドメインには, ABC signature, Walker AおよびBと呼ばれるアミノ酸配列が高度に保存されており, これらの残基はATP結合に関与する. 2つのATP結合ドメインは, 二分子のATP分子の結合によりダイマー化し, これが引き金となり膜貫通ドメインの構造が変化する. このようなATP結合とその加水分解による一連の構造変化により, 生体内物質の膜間輸送を果たす.このトランスポーターによって輸送される生体内物質はリン脂質, アミノ酸, ビタミン, イオン, 糖類など多岐にわたる.
(大阪大学大学院理学研究科 和田 啓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.03

ATPアーゼ
ATPase
ATPアーゼとは, アデノシル三リン酸(ATP)の加水分解によりg-リン酸基の遊離反応を触媒する酵素の総称である. ATPアーゼはその機能から4つに大別されている.(i)ATP Binding Cassette(ABC)ATPアーゼ:ABCトランスポーターのATP結合ドメイン(サブユニット)に存在するATPアーゼ.(ii)ATPases Associated with diverse cellular Activities(AAA)ATPアーゼ:リング状のオリゴマー構造をもち, DNA複製, 転写調節, タンパク質輸送などさまざまな機能にかかわる.(iii)イオン輸送性ATPアーゼ:生体膜間のイオン輸送を担う. ATP合成酵素もこれに分類される.(iv)運動性タンパク質ATPアーゼ:アクチンやダイニンなど分子モーターと呼ばれるATPアーゼ.
(大阪大学大学院理学研究科 和田 啓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.03

プラスミド
Plasmid
プラスミドとは細胞内で自立的に複製することができる染色体外遺伝因子と定義されている. たいていのプラスミドは環状の二本鎖DNAとして存在しているが, 直鎖状二本鎖DNAも知られている. 細菌, 酵母, 原核生物, 植物からプラスミドは単離されており, 染色体DNAとは独立して複製する. この性質を利用して遺伝子工学では組換え体の作製に応用されている.
(大阪大学大学院理学研究科 和田 啓)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.03

DNAクランプ
DNA Clamp
DNAクランプはスライディングクランプとも呼ばれるリング状のタンパク質で, DNAポリメラーゼをDNA上に繋ぎ止め, 迅速なDNA複製を可能にする. 真性細菌ではbクランプと呼ばれ, ホモ二量体でリングを形成する. これに対し, 真核生物と古細菌ではPCNA(Proliferating Cell Nuclear Antigen)がこれに相当し, ホモ三量体でリングを形成する. これらのクランプは低い配列相同性にかかわらず, よく似た形と大きさの疑似6回対称のドーナツ状構造をとり, DNA二重らせんを取り囲める大きさの穴を擁している。近年, とりわけPCNAはDNA 複製促進因子という当初考えられていた役割よりもはるかに重要な役割を果たしており, DNAポリメラーゼやDNAリガーゼといった複製関連因子と協調するだけでなく, 修復・転写など, さまざまなDNAトランスアクションにかかわる因子と相互作用することが明らかになってきている.
((株)日立製作所中央研究所 西田洋一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.04

有機塩
Organic Salt
スルホン酸やカルボン酸, ホスホン酸などの有機酸のアニオンと, アミンやイミダゾリウム, ピリジンなどの塩基がプロトン化されたカチオンとの間で形成されるイオン性の物質. 近年はこれらが単純に静電的相互作用で結合しているというより, 明確な方向性をもつ電荷補助型水素結合として捉えられ, 超分子構造の設計などに多く利用されている.
(大阪大学大学院工学研究科 藤内謙光)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.04

固体発光スペクトル
Solid-state Luminescence Spectrum
無機または有機固体物質のフォトルミネッセンスによる蛍光およびりん光の発光波形. 特に有機結晶ではこれまで凝集により消光すると考えられてきたが, 最近強く光る分子構造や分子配列が見出されている. さらにこれらの発光量子効率測定や寿命測定へと展開され, 有機EL材料や有機太陽電池の評価に利用されている.
(大阪大学大学院工学研究科 藤内謙光)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.04

フォトメカニカル結晶
Photomechanical Crystals
光を当てると屈曲・伸縮などの機械的運動を繰り返す結晶をいう. これまでジアリールエテン, アントラセン, アゾベンゼンなどの結晶は, フォトメカニカル機能を有することが知られている. 結晶状態での可逆的な光異性化反応により, 分子構造, 結晶構造がミクロレベルで変化すると, それに伴ってバルク結晶の外形も少し変化することにより, 結晶はメカニカルに動く. 光による遠隔操作により動かすことができる分子機械として利用可能であり, フォトメカニカル結晶の研究は始まったばかりである.
(愛媛大学大学院理工学研究科 小島秀子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.04

和周波発生分光法
Sum Frequency Generation Spectroscopy
和周波発生(Sum Frequency Generation, SFG)とは, 2つのビーム(w1とw2)を物質に照射させて, 2次の非線形光学効果により和の周波数(ω3=ω1+ω2)を得る過程を呼ぶ. 物質へ光を照射すると電場により電気分極をもつ双極子が発生するが, 2次の電気感受率が0ではない場合, すなわち, 反転対称性をもたない表面などの場合は2次の項の存在によりSFG光が発生する. これを利用して表面を研究するのがSFG分光法である. 例えば, 照射光(ω1とω2)として可視(ωvisible)と赤外(ωIR)を用いると, 励起された分子振動がωIRと一致したときにSFG光(ωSFG=ωvisible+ωIR)が得られる. したがってωIRを変えながらSFG光を計測すれば, 表面分子の振動スペクトルが得られる. カリフォルニア大のShen教授がSFGによる表面分光法を確立した.
(日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門深澤 裕)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.04

弱い水素結合
Weak Hydrogen Bond
従来の水素結合(O-H矣甍やN-H矣甍水素結合:10~30 kJ/mol)に比べて, 弱い水素結合の結合エネルギーは数分の1程度(2~10 kJ/mol)のため,“弱い”という意味が込められている. 弱い水素結合には, C-H…A(ソフトな酸とハードな塩基), D-H…π(ハードな酸とソフトな酸), C-H…π(ソフトな酸とソフトな塩基)があり, Aとして酸素と窒素とハロゲンが主に報告されている. C-H矣甍水素結合の歴史は古く, C-Hの水素が酸素原子と引力的な相互作用を示すことは1930年代から知られており, X線学者の間で論争を巻き起こした(Acc. Chem. Res. 24, 290 (1991)). 1980年代に入り, 中性子回折による結晶構造のデータベース精査やパッキングの詳細な解析により裏付けられ, 現在ではC-H…O水素結合の存在が広く認められている(Cryst. Rev. 6, 1 (1996)).
(山口大学大学院理工学研究科 友野和哲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

Dmit配位子金属錯体
Metal Complex Based on Dmit Ligand
Steimecke(Phosphorus, Sulfur. 7, 49 (1979))らにより報告されたdmit配位子をもつ金属錯体は, 過去40年間で極低温・高圧化の条件も含め約10種類の超伝導体を日本(Chem. Lett. 1819 (1987))とフランス(Physical B 143, 378 (1986))が先駆けて報告した系である. Dmit配位子金属錯体は, 中心金属の変更や錯体の価数変化, 対カチオン選択により, 結晶構造をさまざまに変更できる系であり, 先の導電性や磁性など興味深い物性について盛んに研究が行われている. この錯体は, 多くの硫黄原子を含む平面型アニオン性錯体であり, 伝導性に関与しないテトラメチルアンモニウムを対カチオンとする錯塩でも超伝導性が発現したことから, 錯体の価数と錯塩の結晶構造が伝導性を左右している.
(山口大学大学院理工学研究科 友野和哲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

アルキレン鎖の短鎖・中鎖・長鎖
Short, Middle, Long Chain of Alkylene Group Observed in[M(dmit)2]Complex Salts(M=Metal)
アルキル鎖(アルキレン鎖)の性質である集合性と配向性を利用した[M(dmit)2]錯体の構造制御に関する研究過程で炭素数を系統的に変化させた際に見出した傾向である. 対カチオンにアルキル鎖(アルキレン鎖)を導入した場合, 約14Å(長軸方向)の[M(dmit)2]錯体を基準として, その長軸より対カチオンが短い場合(短鎖)と同程度の場合(中鎖), そして長い場合(長鎖)において, 結晶構造中での会合構造がそれぞれの長さで類似することが観測されている. 本稿では, ジカチオンとしてアルキレン鎖(-CnH2n-)を導入しており, 両末端のピリジン環中心間距離として短鎖・中鎖・長鎖と分類を行った.
(山口大学大学院理工学研究科 友野和哲)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

強四極子秩序
Ferro-Quadrupolar Order
モーメントが等しい双極子が2個逆向きに接近して並ぶような電荷あるいは磁荷の分布を各々, 電気四極子および磁気四極子と呼び, 電気四極子の電荷分布の特性を示すテンソル量を四極子モーメントテンソルという. 本稿で取り扱う DyVO4においては, ヤーン-テラー転移温度以下でDy3+イオン中の4f電子軌道が一様な方向に配向し, 四極子モーメントの強的な四極子の秩序化が生じる. 四極子秩序は, ペロブスカイト型マンガン酸化物などの遷移金属化合物系では, よく軌道秩序を呼ばれている.
(大阪大学大学院基礎工学研究科 木村 剛)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

クラマース縮退
Kramers Degeneracy
電子に対するハミルトニアンが時間反転に対して不変である場合, 奇数の電子を含む系の電子状態は少なくとも二重に縮退している. これをクラマースの定理と呼び, この縮退をクラマース縮退と呼ぶ. 磁場が存在する場合には, ハミルトニアンの時間反転対称性が破れるためクラマースの定理は成立せず, クラマース縮退は偶然縮退を除き, 磁場によって解かれる. クラマース縮退に対しては, ヤーン-テラーの定理は適用されず, 系の対称性をどのように下げようとも奇数個の電子系には磁場をかけないかぎり二重縮退が残る.
(大阪大学大学院基礎工学研究科 木村 剛)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

電気感受率
Electric Susceptibility
誘電体を電場内に配置したときの電気分極Pと電場Eの比例定数. すなわち, P=ε0χeEにおけるχeを電気感受率と呼ぶ(ここでε0は真空の誘電率). 比誘電率εとの関係はχe=ε-1となる.
(大阪大学大学院基礎工学研究科 木村 剛)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

多核化配位子法
Polynucleating Ligand Method
複数個の金属イオンをある限られた空間内に凝縮するように取り込むことのできる配位子を用いて多核構造を形成する方法をいう. 主にカリックスアレーンのような大環状化合物が用いられている. 金属イオンは正電荷をもっているため, 互いの静電的な反発を抑制するためにフェノール基のようなアニオン性の配位部位を有する場合が多い. 金属イオンを取り込むサイトの数に応じて取り込む金属イオンの核数を制御できるといった利点をもつ.
(早稲田大学創造理工学部 宮里裕二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

(架橋性)錯体配位子
Metal Complex as Bridging Ligand
一般に, オキソイオンなどのように複数個の金属イオン間を橋かけする形で配位する配位子を架橋性配位子と呼ぶ. トリオキサラト金属酸イオン([M(ox)3]n-;ox2-=シュウ酸イオン)やヘキサシアノ金属酸イオン([M(CN)6]n-)に代表されるように, 溶液中でもその構造を安定に保持し, さらに, ほかの金属イオンに配位することのできる部位を複数もっている金属錯体は, 架橋性配位子のようにほかの金属イオン同士を橋かけすることができる. このように金属錯体でありながら配位子のように振る舞うことのできる錯体群を(架橋性)錯体配位子と呼ぶ. 配位性高分子や多核錯体を得るための構築素子(building block)として主に利用される.
(早稲田大学創造理工学部 宮里裕二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

反強磁性相互作用
Antiferromagnetic Interaction
磁気交換相互作用の1つ. 2つの金属イオンが互いにもっている不対スピンの磁気モーメントが互いに打ち消しあうように反並行に配列する相互作用を反強磁性的相互作用といい, 逆に, 互いの磁気モーメントが同じ向きに配列するように相互作用することを強磁性的相互作用(ferromagnetic interaction)と呼ぶ.
(早稲田大学創造理工学部 宮里裕二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

酸化ストレスセンサー
Oxidative Stress Sensor
電子を好む性質のある化学物質や酸素分子は, DNA, タンパク質, 脂質などの生体分子に傷害を与える有害性をもち, 最終的には癌・動脈硬化・糖尿病などの発症要因となると考えられています. これらの有害性を総称して, 酸化ストレスと呼びます. Keap1(キープワン)は酸化ストレスを感知する生体内センサーです. Nrf2(エヌアールエフツー)は酸化ストレス応答系酵素群の遺伝子発現を活性化する転写因子です. 酸化ストレスがないとき, Keap1は常にNrf2の分解を促進しています(抑制制御). 一方, 酸化ストレスを感知するとKeap1はNrf2の抑制を解除し(脱抑制), Nrf2は核に移行して酸化ストレス応答系酵素群を活性化し, 細胞を酸化ストレスから守ります. 最近, ある種の癌細胞ではNrf2が恒常的に活性化しており, 癌細胞の増殖に有利な条件を作っていることが明らかとなりました. 癌細胞が体を守るしくみをハイジャックしてしまうという驚くべき事実が明らかとなってきました.
(東北大学大学院医学系研究科 黒河博文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

ユビキチン鎖
Ubiquitin Chain
ユビキチンはそのC末端を介して標的タンパク質やほかのユビキチン分子のリシン残基とイソペプチド結合を介して結合する. ユビキチンが繰り返し鎖状に繋がることによりユビキチン鎖が形成される. 当初は, ユビキチンの48番目のリシン残基を介したLys48結合型ユビキチン鎖のみ知られていたが, Lys63を含めユビキチンのもつ7つのリシン残基すべて, さらにはN末端メチオニンのアミノ基もユビキチン鎖の形成にかかわり得ることが明らかになった. 一方, 1つのユビキチンのみが標的タンパク質に結合するモノユビキチン修飾も知られている. ユビキチン鎖は細胞内でシグナル分子として機能し, 26Sプロテアソームによるタンパク質分解, エンドサイトーシス, DNA修復, 転写制御などさまざまな細胞内イベントに関与している.
(マックス・プランク生化学研究所 坂田絵理)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

E2~ユビキチンチオエステル結合中間体
E2~Ub Thioester Conjugate
ユビキチンはユビキチン活性化酵素(E1)によってC末端のカルボキシル基が活性化され, E1の活性化システインとE1~ユビキチンチオエステル結合中間体を形成する. ユビキチン結合酵素(E2)は, E1から活性化されたユビキチンを受け取り, 自己の活性化システインを介してE2~ユビキチンチオエステル結合中間体を形成する. このE2~ユビキチン結合体がユビキチンリガーゼ(E3)に介在により標的タンパク質およびユビキチン鎖へとユビキチンを転移する. E2の種類に応じて形成されるユビキチン鎖の結合様式や長さが異なることが明らかとなっている.
(マックス・プランク生化学研究所 坂田絵理)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

化学シフト変化
Chemical Shift Perturbation
核磁気共鳴(NMR)において, 外部磁場との共鳴周波数は原子核の周りの化学的環境によって異なり, この微小な差異が化学シフトとして観測される. 原子核を取り巻く環境はほかの分子との相互作用によっても変化を生じ, 結合状態と非結合状態の化学シフトの差が化学シフト変化として観測される. このため, タンパク質のNMR解析において, 低分子やタンパク質との相互作用を解析するうえで有用な指標となる. 創薬においては結合化合物のスクリーニングの手段として化学シフト変化を利用することがある.
(自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター 加藤晃一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.05

人畜共通感染症
Zoonosis
人畜共通感染症とは, ヒトとそれ以外の脊椎動物両方に感染または寄生する病原微生物によって引き起こされる感染症のことである. 人畜共通感染症の一例としては, ウイルス性のものではインフルエンザ, 狂犬病, エボラ出血熱などが, 細菌性のものではペスト, 細菌性赤痢, 結核などがよく知られている. ヒトだけに感染する病気と異なり, 原因となる微生物をもつ動物すべてにワクチンを接種することが不可能であることなどから, 予防や撲滅が非常に難しくなっている. また, 近年の世界中における森林の伐採や, さまざまな動物がペットとして飼われるようになったことなどから, かつては人類との接点がなかった動物とふれあうことによって, 新たな病原体がヒト社会に突如として出現し, 大流行を起こすことがある. 2002年から発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)はまさにこの例であり, このような場合, 診断や治療の方法も確立していないため, その制圧が非常に困難である.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

新型インフルエンザ
Novel Influenza
インフルエンザはインフルエンザウイルスによって引き起こされる感染症である. インフルエンザウイルスのタンパク質は非常に変異を起こしやすいため, ウイルス表面にある2つのタンパク質, ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)のタイプからさまざまなタイプに分類される. HAは16種, NAは9種の亜種があるが, これまでにヒトに感染すると知られているのはH1N1型, H2N3型, H1N2型, H2N2型の4種類である. しかし, 近年, ヒトには感染しないと思われていたH5N1型トリインフルエンザウイルスの感染が各地で報告されている. このような, ヒトが感染したことがなく, 免疫をもっていないウイルスによって引き起こされるインフルエンザに対しては, 従来のワクチンや薬剤が効果を発揮しない可能性があるため, 大流行が予想されることから, 従来のヒト型インフルエンザと区別し, 新型インフルエンザと呼ばれ, 警戒の対象となっている.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

共発現
Coexpression
タンパク質の結晶構造解析を行ううえで, 目的のサンプルを安定かつ大量に発現, 精製することは大変重要なことである. しかしながら, ヒトをはじめとする多くの真核生物のタンパク質はその体内において, さまざまなタンパク質と複合体を形成し相互作用をしていることが多いため, 単独で発現させても不安定なものしか得られず, 構造解析を行えないことも多い. そこで, 大腸菌などを用いた大量発現系において有効なのが共発現である. これは, 相互作用しているタンパク質を, 1つの細胞内において同時に発現させる方法である. これによって細胞内において安定な複合体を形成し, 構造解析までもっていくことが可能になることがある. 共発現用のベクターとしては大腸菌発現系ではpET Duet(メルクジャパン), 昆虫細胞系ではpFastBacDual(インビトロジェン)などが各社で用意されている.
(横浜市立大学大学院生命ナノシステム研究科 朴 三用)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

異常円消光
Anomalous Circular Extinction
例えば色素で染色された無機結晶の中などで, 結晶成長中に鏡面像で関係づけられる結晶面と不斉ゲスト分子がエナンチオ選択的に結合することがある. この場合には, 通常の円二色性(CD)は観測されずに, 新しい光学的現象として「異常円消光」と呼ばれる円偏光の強度差が観測される. 左右の円偏光が, 位相π/2のシフトと強い振動子(双極子)に寄与する2つの部分からなる, 直交する固有モードを有する結晶を通過する際, 左右各±45度傾いた直線偏光に変換されて, これらが同じ配向の強い振動子(双極子)と相互作用するとき, 左右偏光の強度差をとると, 正または負の符号を有する. このように, 強い振動子(双極子)の配向や回転が異方的な媒質の固有モードに関して同様に起こる際に生じ得る, 通常と異なる様式で円偏光強度が強め合う(弱め合う)現象.
(東京理科大学理学部第二部化学科 秋津貴城)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

キロプティカル特性
Chiroptical Property
Chiral(不斉)とOptical(光学的)を組み合わせた用語で, 不斉すなわち光学活性な物質を検出できる, 直線偏光や円偏光に関連した分光学的な分析や分子構造に関する測定方法や, そのような性質全般を指す. 代表的な測定技術としては, 旋光性(polarimetry;単一波長における, 偏光面の回転角度を扱う), 旋光分散(optical rotator dispersion(ORD);波長の関数として, 偏光面の回転角度を扱う), 円二色性(circular dichroism(CD);円偏光を用いて波長の関数として, 偏光面の回転角度を扱う)がある. なお, 円偏光蛍光(circular polarization of luminescence(CPL);不斉蛍光物質による蛍光のCD)は含めるが, 光と磁気の相互作用を扱うMCD(magnetic circular dichoroism)などは含めないことが多い.
(東京理科大学理学部第二部化学科 秋津貴城)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

孔形成毒素
Pore-Forming Toxin
標的細胞膜に小孔を開けて細胞を破裂させる作用をもつ毒素を孔形成毒素という. このうち, 赤血球を破壊できるものを溶血毒, 有核細胞のみを破壊するものを非溶血毒と呼ぶ. 多くの孔形成毒素は可溶性の単量体で存在し, 膜と結合した際に構造変化を起こし, リング状の会合体を形成することで膜に孔を開ける.
(横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科 橋本 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

π-cation相互作用
π-cation Interaction
芳香族アミノ酸(フェニルアラニンやチロシンなど)の側鎖のπ電子雲と正の電荷をもつアミノ酸(リジンやアルギニン)の側鎖との間の相互作用.
(横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科 橋本 博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

ナノ自己組織化
Nano-Scale Self-Organization
自己組織化とは, 外からの制御がない状態で, 系そのものがもつ機構により一定の秩序をもつ構造を作り出し組織化していく現象のことである. このうち, 特にナノメートルスケールの自己組織化構造を示すものをナノ自己組織化と呼んでいる. 自己組織化は身近に見られる現象であり, たとえば幾何学的形状を有する雪の結晶の成長や動物の模様柄などにおいて見ることができるものである. ナノスケールにおける特異な材料物性の研究開発を目指すナノ材料研究において, 原子・分子などから組織や配列を組み上げることを目指す「ボトム・アップ的アプローチ」では, ナノ構造構築のためにこのようなナノ自己組織化の重要性が考えられている.
(Department of Physics and Astronomy, Rutgers University 堀部陽一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

相分離
Phase Separation
相分離とは相転移の一種であり, ある物質系における均一な1つの状態(相)が, 温度・圧力などの変数を変化させたとき, 2つの相に分離する現象である. 気相-液相・液相-固相・気相-固相などの相分離や, 溶液または固溶体での濃度比の異なる2相への分離などが知られている. たとえば, 水蒸気を冷却した場合, 100℃で液化がおこり, 気相と液相への相分離が生じる. スピノーダル分解は, 固溶体中における相分離の典型的な例であり, 初期段階に核生成を必要としないタイプの分離現象である.
(Department of Physics and Astronomy, Rutgers University 堀部陽一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

Jahn-Teller歪
Jahn-Teller Distortion
金属イオンが高い対称性をもつ幾何学的配置にあり, 電子状態が縮退している場合, 金属イオンが低対称性の配置になってこの縮退を解くことにより, エネルギー的安定状態を実現し得ることがある. これをJahn-Teller効果と呼び, この際に導入される格子歪をJahn-Teller歪という. これは対称性低下による系のエネルギー損失が, 電子的エネルギーの利得により補償される場合に生じる. 具体的には, 対称性低下により縮退していた電子軌道の一部はより安定化し, ほかはより不安定化する. この安定化した軌道を電子が占めることにより, 系のエネルギーは高対称の状態より低くなり, 低対称の構造が安定化する. たとえばペロブスカイト型マンガン酸化物において, 酸素八面体中心に位置するMn3+イオン(3d4電子配置)は, 高いエネルギーの電子軌道(eg軌道)に1つの電子が存在するため, この電子軌道を分裂させて電子エネルギーの利得を得るために結晶格子の歪が生じる.
(Department of Physics and Astronomy, Rutgers University 堀部陽一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

自己組織化単分子膜
SAM:Self-Assembling Monolayer
基板を分子の溶液に浸すだけで分子が基板表面上に自発的に組織化し形成された膜を自己組織化単分子膜(SAM:Self-assembling monolayer)と言う. SAMを形成する分子は, 基板表面と反応しやすい結合部(head group)と末端基(terminal group)を有している. 代表的なSAM形成分子として, 結合部にチオール基(SH基)を有するアルカンチオールやシリコンに加水分解基が結合した構造を有するシランカップリング剤(SiX3, X:加水分解基)がある. アルカンチオールは金など金属基板表面と, シランカップリング剤はガラスや酸化シリコンなどの酸化物基板表面と反応しSAMを形成する. また, 種々の末端基により基板表面の性質(疎水性, 親水性など)を変えることができる. 金属表面上に形成されたSAMは有機分子1つ分, わずか数ナノメートルと非常に薄い膜であり, 金属やガラス表面のコーティングや, 生体分子を用いたバイオセンサーやトランジスタなどさまざまな分野での応用が期待されている.
(大阪府立大学21世紀科学研究機構ナノ科学・材料研究センター 牧浦理恵)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

ラングミュアー・ブロジェット膜
LB膜:Langmuir-Blodgett Film
洗浄な水面上に疎水部分と親水部分の両方を有する両親媒性分子を展開すると, 水と空気の界面に1分子層からなる膜が形成される. この膜はLangmuir膜またはL膜と呼ばれる. L膜表面を圧縮することにより, L膜は二次元の気体状態から, 液体状態, 固体状態へと変化する. この変化は, 表面圧を測定することにより確認することができる. L膜を固体基板が通過することで, 基板表面にL膜が移しとられ, これを繰り返すことで, 整然と累積された薄膜を基板上に形成することができる. LangmuirとBlodgettがこのような薄膜形成法の原理を確立したことから, Langmuir-Blodgett法またはLB法と呼ぶ. また, 得られた薄膜をLB膜と呼ぶ. LB法を用いてさまざまな分子や微粒子からなる薄膜が作製され, 導電膜や光学薄膜などの機能性薄膜に関する研究が盛んに行われている. LB膜はSAMと並んで単分子膜の代表である. 両者とも分子間のvan der Waals力が膜内での分子の配列に大きく寄与している. 一方で基板-分子間に関しては, LB膜の場合は静電力で保たれているのに対し, SAMにおいては化学結合が生じているという違いがある.
(大阪府立大学21世紀科学研究機構ナノ科学・材料研究センター 牧浦理恵)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

相互介入構造
Interdigitate Structure
手の指を組むように, 突起を有するふたつの構造体が突起部分で互いに介入しながら組み合わさった構造のことをinterdigitate構造と呼ぶ. 有機分子からなる結晶においては, p電子を有するベンゼンなどの芳香族分子同士のp-p相互作用によりinterdigitate構造が形成される場合が多く見られる.
(大阪府立大学21世紀科学研究機構ナノ科学・材料研究センター 牧浦理恵)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.052 No.06

密度汎関数法
Density Functional Theory
波動関数を一意に定めなくても, そのノルムである電子密度を用いれば多電子系の基底状態が表現可能であることを示した理論. 提唱者のW. コーンは1998年にノーベル化学賞を受賞した.
(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 土屋卓久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

擬ポテンシャル
Pseudopotential
擬ポテンシャルとは, 原子核と原子核近傍に局在し化学結合に関与しない芯電子のクーロンポテンシャルを合わせて表したイオン芯ポテンシャルのことである. 主に平面波基底を用いて第1原理計算を行う場合に, 計算効率の面から用いられる. 芯領域で実際のクーロンポテンシャルよりも緩やかな変化を示すが, 遮蔽された原子核のポテンシャルおよび内殻電子との直交性が正しく再現されるように決定される. その結果, 波動関数は節をもたない(ノードレスな)関数(擬波動関数)で表され, 芯領域の外部では全電子計算による波動関数と一致する.
(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 土屋卓久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

剪断歪み
Shear Strain
物体に応力を加えた場合に, 物体内部の任意の面に関して面に平行方向に生じる歪のこと. α方向の変位をuα(α=x, y, z)とすると, Cauchyの無限小歪みテンソルεαβは, εαβ=(uα/∂β+∂uβ/∂α)/2と表せる. ここでεαβ(α≠β)が, 剪断歪み成分である. x方向の変形をΔlx, y方向の変形をΔlyとすると, 剪断歪みはεxy=(Δlx/ly+Δly/lx)/2=(tanθ1+tanθ2)/2として与えられる. εαβは3×3の対称行列となり, 6個の独立な成分をもつ. 添え字はVoigt表記を用いると, xx=1, yy=2, zz=3, yz=4, zx=5, xy=6と表される.
(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 土屋卓久)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

レーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル
Laser-heated Diamond Anvil Cells
ダイヤモンドアンビルセルは向かい合わせた2個のダイヤモンドで試料を挟み押すことで高圧力を発生させる装置である. 試料は, キュレットとよばれるダイヤモンドの先端の小さな平らな部分の間で加圧される. 基本的にはこの部分が小さいほど高い圧力を発生させることができる(例:8×10^-3 mm2で100万気圧程度). 試料を挟み加圧するダイヤモンドが光学的に透明であるため, さまざまなプローブの窓として利用することが可能で, 高圧力下での試料の状態をさまざまな方法でその場観察できることから, 幅広い分野で応用されている. また, ダイヤモンドの外から試料部に赤外レーザーを照射し, レーザーを吸収する試料あるいは試料と一緒にレーザー吸収物質を混合することにより, 試料部に高圧かつ高温を発生することが可能である. 現在, 地球の中心条件(約350万気圧, 5500 K)に至る超高圧超高温の同時発生が可能となっている.
(北海道大学大学院理学研究院 永井隆哉)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

Mg2SiO4におけるa-b-g相
Polymorphs of Mg2SiO4
Goldschmidt(1931)によりMg2GeO4におけるオリビン構造とスピネル構造の多形関係が指摘され, Bernal(1936)とJeffreys(1937)は, この考えをMg2SiO4に適用し地球深部で観察される地震波速度の変化の原因と予測した. Ringwood(1958)によりFe2SiO4ではb相を経ないα-γ相転移の報告がなされ, Ringwood & Major(1966, 1970)では, Feを含むMg2SiO4では3相が確認され, 低圧相から順にα-β-γ(オリビン-変形スピネル-スピネル)相と名付けられた. 当初b相は急冷相と考えられたが, 後に安定相であることが確認され, Bernal-Jeffreysの地球深部モデルの予見が確かめられた. 隕石中にβ相とγ相が天然で発見され, 鉱物名wadsleyite(Price et al., 1983)とringwoodite(Binns et al., 1969)が与えられている.
(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座 栗林貴弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

Mg2SiO4におけるα-β-γ構造と相転移
Crystal Structures and Phase Transitions of Mg2SiO4
各相の基本構造は, α相(オリビン構造)で酸素の六方最密充填, β相(変形スピネル構造), γ相(スピネル構造)では酸素の立方最密充填である. α相は同様な酸素の最密充填を基本とした(Mg+Si)/O比(αで3/4, 輝石で2/3)の小さい輝石とほぼ同じ密度であり, 構造的に大きく膨らんでいる点が特徴である. Paulingの第3則により説明される歪んだM1サイトと膨らんだM2サイトをもつ. β相の構造上の特徴はSiO4四面体が1つの頂点を共有したSi2O7ブロックが構造中に存在し, SiO4四面体に関与しない酸素が生じる点にある. β相の酸素位置をほとんど変えずに4つのSiと4つのMgを置き替えるとγ相の構造を作ることができ, β相はα, γ相の中間的なものと見なすことができる. これらの構造相転移で配位数の変化は生じないが, 密度の変化はα→γ相転移で9~10%, α→β相転移では7~8%あり, 大きな体積変化を示す.
(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座 栗林貴弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

水素結合の対称化(転移)
Symmetrization of Hydrogen Bond
一般に, 水素結合を形成するO…O間距離は約3Å、O-H距離は約1Åである. 水素結合軸上では, プロトンに対して2つの平衡位置が考えられ, 中央はエネルギー障壁によって隔たれている. 加圧などによりO…O間距離が縮まるとプロトン位置はO…Oの中点位置を占めるようになり, この状態を水素結合の対称化と呼ぶ. 対称化位置でのO…O間距離は2.5 Åで, 対称化により電気双極子モーメントはなくなる. 対称化の前後で結合状態に大きな変化が生じるため諸性質への影響が調べられている. 天然の含水鉱物であるserandite, Na(Mn, Ca)2Si3O8(OH)やpectolite, NaCa2Si3O8(OH)では常温常圧下でも水素結合の対称化の状態にあるとされる.
(東北大学大学院理学研究科地学専攻地球惑星物質科学講座 栗林貴弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

PdfのGram-Charlier展開
Gram-Charlier Series Expansion of Pdf
熱運動をしている原子の分布状態を統計的な立場から表すために確率密度関数(probability density function, pdf)が用いられる. Pdfとしては3-Dガウス分布として扱われるのが一般的であるが, これは原子の平均位置を中心とする対称分布を表す. 実際の原子運動はもう少し複雑と考えられ, pdfはガウス分布から外れる例が多く知られている. 非調和熱振動や多重極小ポテンシャルにおける無秩序などがこれに相当する. 偏倚がそれほど大きくない場合に, pdfをより精確に表す方式の1つとして3-D Gram-Charlier級数展開が利用されることがある. これはGauss型pdfとその高次の微係数から構成される, Taylor級数に似た級数展開である. 関数形が比較的容易に単純化しやすいなどの理由によるものと思われるが, Fourier変換されて, 最小二乗法プログラムに組み込まれて非調和熱振動解析に利用されている. 詳細はInternational Tables for X-ray Crystallography J. Cryst. Soc. Jap. Vol.IV, 314-319, 1972を参照するとよい.
(金沢大学 木原國昭)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

エンスタタイト
Enstatite
主要な造岩鉱物である輝石族のうちのMg端成分であるMg2Si2O6をエンスタタイト成分(En)と呼ぶ. 一方, Fe2+端成分であるFe2Si2O6をフェロシライト(ferrosilite, Fs)と呼ぶ. エンスタタイトとフェロシライトは連続固溶体を作り, En50Fs50よりもMgに富む化学組成をもつ鉱物をエンスタタイトと呼ぶ. わずかにCa成分を含むことがある. 結晶相として5種類の多形, すなわち斜方エンスタタイト(空間群:Pbca), プロトエンスタタイト(Pbcn), 低温型単斜エンスタタイト(P21/c), 高温型単斜エンスタタイト(C2/c), および高圧型単斜エンスタタイト(C2/c)が知られていたが, 近年6番目の相として, 高温型斜方エンスタタイト(Pbca)が発見・記載された.
(京都大学大学院理学研究科 三宅 亮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

Isosymmetric(Phase)Transition
格子定数の大きな変化がなく, 空間群の変化または原子の占有するWyckoffサイトの変化がない相転移をいう. 転移点で体積変化にとびがあり, 一次の相転移次数である. Christy (1995)では‘type 0’相転移とも呼ばれている. Isosymmetric transitionの例として, 液-気相転移や金属-絶縁体転移などが知られているが, それ以外にも高温型-高圧型単斜エンスタタイト, 低温型-高温型斜方エンスタタイト, KTiOPO4などが知られている.(Christy, 1995, Acta Cryst. B51, 753-757参照).

(京都大学大学院理学研究科 三宅 亮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

フランボイダルパイライト
Framboidal Pyrite
木苺状の形態を示すパイライト(黄鉄鉱, FeS2)の顕微的な集合体で, 語源はフランス語で木苺を意味する“framboise”にちなむ. 形態・サイズの均質な多数のマイクロクリスタル(八面体~立方体, 直径0.1~10 mm)より構成され, 直径<1~250 mmほどの球形をなす. 主に堆積物や堆積岩中の自生鉱物として普遍的に産するほか, 無酸素海水・湖水中や高温熱水噴出口付近, 火山岩中, 隕石中などからも報告されている. その形成メカニズムについては, 溶液からのコロイド粒子(マイクロクリスタル)の同時多核形成~凝集による無機生成説と, バクテリアなどの生命活動の産物であるとする説の2つの見解がある. しかし, 無機的条件下でも水熱合成が可能であるため, 前者のメカニズムが本質的であると考えられる. また, 堆積物中に含まれるフランボイダルパイライト(そのサイズ分布)は, 酸化還元度を示す古環境指標として用いられることも多い.
(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 大藤弘明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

積層不整
Stacking Disorder
層状物質において, 単位構造層の積み重なり方の規則性が部分的に乱れる現象であり, この規則性の乱れた層あるいは位置が積層欠陥(stacking faults)である. 単位構造層内では乱れがないので, 一次元の格子不整と言うこともできる. 構造中の化学結合の性質からして層状物質とみなされない最密充填構造の金属やダイヤモンド型構造にも見られるが(この場合は立方晶の{111}面に並んだ1枚の原子面を“層”とみなす), 層状物質では非常に一般的であり, 積層欠陥の種類もさまざまなものが起こり得る.
(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 小暮敏博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

2八面体層と3八面体層
Dioctahedral and Trioctahedral Sheets
八面体層とは, 最密充填して重なった2枚の陰イオンのシートの隙間にできる6配位位置(配位多面体としては陰イオンを頂点とする八面体となる)を金属陽イオンなどが占有した構造ユニットであり, 層内のすべての6配位位置を陽イオンが占有したものを3八面体(trioctahedral)層, その2/3を陽イオンが占め, 1/3が空になったものを2八面体(dioctahedral)層と呼ぶ. 例えば陰イオンがすべて水酸基(OH-)の場合, 金属陽イオンがすべて2価ならば3八面体層, すべて3価ならば2八面体層となることで電荷の釣り合いがとれる.
(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 小暮敏博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

メタミクト
Metamict
いったん結晶化した鉱物が長周期構造を失いX線などの回折をしなくなった状態. メタミクト状態とも. 一般に, ウランやトリウムなどの放射性核種をそれ自体に含むか, 隣接の結晶に含む場合に見られる現象なので, 放射線による結晶構造の損傷と考えられている. いったん結晶化した履歴として, 残された結晶外形が証拠となる. 結晶構造の崩壊と同時に水和反応を起こしていることもあるので, 必ずしも元来の化学組成を保っているとは限らない. 加熱により再結晶化するが, 温度や酸化還元などの条件により再結晶化する相が異なる場合もある. そのため, 再結晶した構造と残された結晶外形に整合性が見られない事例も出ている. サマルスキー石, ユークセン石, フェルグソン石など, 希土類元素の一部がウランやトリウムに置換されたニオブやタンタルの鉱物など, ジルコンやモナズ石などでしばしば見られる. 地質年代的に若い結晶では顕著でない傾向もあり, メタミクト化は被曝線量と関連があると考えられている.
(国立科学博物館 宮脇律郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

緑廉石族鉱物
Epidote Group Minerals
緑廉石[epidote, Ca2Al2Fe3+(Si2O7)SiO4O(OH)]と同形の鉱物群. 一般式はA2M3(Si2O7)(SiO4)OXで表すことができ, OXのXはOH-またはF-で占められ, OXのO2-は希にF-で置換される. イオン半径が0.1 nm程度のCa2+, Sr2+, Pb2+, Mn2+, RE3+などが入るA席が2種, Al3+, Fe3+, V3+, Mg2+, Fe2+, Mn2+などが占める八面体配位のM席が3種類あり, ケイ酸イオンとして孤立した四面体の(SiO4)4-と四面体頂点を1つ共有した(Si2O7)6-の2種の形態があることが結晶構造の特徴である. 各席を最も多く占める元素により鉱物種は分類され, 現在までに20種あまりが独立種として承認・記載されている. 褐簾石, 紅廉石, 単斜灰廉石が代表的な鉱物. 単斜灰廉石には斜方晶系の多形, 灰廉石があり, 結晶構造に関連性があるので, 灰廉石もこの属に分類される.
(国立科学博物館 宮脇律郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

希元素とレア・メタル
Rare Elements and Rare Metal
希元素とは地殻中の存在量の少ない元素, および存在量はやや多くてもまとまった鉱床を造ることが少ない元素を意味する(長島乙吉・長島弘三「日本希元素鉱物」より). 最近, 話題に上るレア・メタル(希少金属)は, 国によって定義が異なるが, 日本では一般に, 非鉄金素のうち産業での使用量が少ないもの, あるいは鉄, 銅, アルミニウムなどのベースメタル以外を指し, 場合により金, 銀などの貴金属を除外することもある. 希元素およびレア・メタルには希土類元素も分類される.
(国立科学博物館 宮脇律郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

希土類元素
Rare Earth Elements
希土類元素はIUPAC(国際純正応用化学連合)の命名委員会で, スカンジウム, イットリウムとランタノイドlanthanoid(LaからLuまで)からなる元素の集団名, と定義されている. なおIUPACの2005年より前の勧告までは, LaからLuまでの元素群の呼称としてランタニド(ランタナイドlanthanide)の併用が認められていたが, -ideで終わる語句は陰イオンを表すという化学用語の定義に抵触するという理由で, 現在はランタノイドが推奨されている. また, 地球科学の一部では, ランタノイドを希土類元素と誤称する習慣が残っている. 同形置換による微量成分ではなく本質成分として希土類元素を含む希土類鉱物は約250種知られている. 天然の希土類鉱物には人工核種のプロメチウム以外の希土類元素がすべて含まれており, その中で最も多い希土類元素の元素記号を付記して鉱物名とする規定(レビンソン則)がある. 例えばfergusonite-(Y)とfergusonite-(Ce)として区別する. 希土類鉱物の約半数について, 結晶構造の解析がなされている.
(国立科学博物館 宮脇律郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

火星隕石
Martian Meteorites
火星に衝突した天体の衝撃により, 火星表面の岩石が宇宙空間に放出され, その後に地球に落下してきたものである. 火星隕石の存在が認識されたのは, ここ30年ほどのことで, もともと, シャーゴッタイト, ナクライト, シャシナイトという3つのグループで, まとめてSNC隕石と呼ばれていた. いずれも火成岩である. ほとんどの隕石が45~46億年前に形成されているのに比べて, SNC隕石の結晶化年代は約13~1.8億年前と非常に若く, わずかながら水質変成の痕跡も見つかっていた. これらのことから, 水や大気のある大きな天体から来たことが示唆されていたが, 1970年代まではSNC隕石と火星を直接結び付ける証拠はなかった. その後, 1980年に南極で見つかったSNC隕石に含まれる希ガス組成が, 1976年に火星探査機バイキングが分析した火星大気組成と一致することがわかり, SNC隕石は火星起源と広く認識されるようになったのである.
(東京大学大学院理学系研究科 三河内 岳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

角閃石
Amphibole
火山岩, 深成岩, 変成岩など多種の岩石に普遍的に含まれている造岩鉱物. ナトリウム, カルシウム, マグネシウム, 鉄, アルミニウムなどを含み, 非常に複雑な化学組成を示すケイ酸塩鉱物である. 晶系は単斜晶系または斜方晶系で, 化学組成と結晶構造によって細かく分類されているが, アルカリ角閃石, カルシウム角閃石, マグネシウム-鉄角閃石の3つのグループに大別できる. SiO4四面体の結合様式からイノケイ酸塩に分類され, 基礎になるSi-Oの鎖が2本からなっている. この構造のために角閃石は2方向のへき開が発達し, その交角は54~58°であり, 似た構造の輝石と区別することができる. 結晶形としては, 繊維状, 綿毛状, 塊状など多様な産状を示し, 特に繊維状のものはアスベストとも呼ばれる. 比重は3.0~3.5で, モース硬度は5~6である.
(東京大学大学院理学系研究科 三河内 岳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

衝撃変成
Shock Metamorphism
太陽系が形成した約45~46億年前には, 微小天体が無数に存在しており, これらの天体の衝突現象が頻繁に起こっていたと考えられている. 天体の衝突にともない, 高温・高圧の環境が生じ, 固体物質に衝撃変成作用が起こっていたことが, 多くの隕石から証拠として見つかっている. これらの衝撃変成作用により, 変形や溶融が起こったり, 鉱物が非晶質化したり, 高圧鉱物が形成されていたりする. 衝撃変成作用は, 太陽系初期の物質進化に対して非常に重要な素過程の1つになっていたと言える. 衝撃時の圧力は, 隕石によりさまざまであるが, 数十ギガパスカルの衝撃圧が見られる隕石もあり, 地球上では見つかっていない鉱物も隕石中からは見出されている. 特に, 隕石の中でも火星起源のものは非常に強い衝撃変成を受けており, 斜長石はマスケリナイトと呼ばれるガラスに完全に変化している.
(東京大学大学院理学系研究科 三河内 岳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

はやぶさ
Hayabusa
はやぶさ(MUSES-C)は, 将来の小天体からの試料回収探査を行う鍵となる技術を実証し, 小惑星からのサンプルリターン技術を確立する工学実験衛星である. 鍵となる技術には, イオンエンジンによる惑星間航行, 自律的航法・誘導による小惑星への接近と着陸, 微小重力下での天体表面からの試料採集が挙げられる. はやぶさは2003年5月に打ち上げられ, 近地球型小惑星であるイトカワに2005年9月に到着した. 小惑星表面の各種リモートセンシング観測を行うとともに, 11月には小惑星表面からサンプルを採集した. その際におきたトラブルによって地球帰還が予定より3年遅れたが, 2010年6月にサンプル容器がオーストラリア・ウーメラ地域に帰還した. 2010年11月には, イトカワの試料が回収されていることが公表された. 小惑星からの試料回収は世界初の快挙であり, 初期分析後に, 世界の研究者に試料が配布される予定になっている.
(茨城大学理学部 野口高明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

ライフーナイト
Laihunite
ライフーナイトは, カンラン石に似た構造をもつ非化学量論的な鉱物である. 鉄に富むカンラン石であるファヤライトFe22+SiO4が酸化されて, Fe2+の一部がFe3+となり, 電荷のバランスをとるために一部のサイトが空席となったものである. 模式地である中国のLai-He村にちなみライフーナイトLaihuniteと名付けられた. 黒くほとんど不透明な鉱物である. 単斜晶系に属し, 点群は2/m, 空間群はP21/b11である. 格子定数は, a=4.81Å b=10.19Å c=5.80Å a=91°である. c軸方向に2あるいは3倍の超構造をもつ. 酸化を受けたカンラン石では, ライフーナイトは各種の相とTEMスケールで共存していることが報告されている.1) 1)例えばO. Tamada, B. Shen and N. Morimoto: Mineral. J. 11, 382 (1983).
(茨城大学理学部 野口高明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

ガンドルフィ・カメラ
Gandolfi Camera
よく知られたデバイ・シェラー・カメラでは, 入射X線に対して直交する回転軸に粉末試料を詰めたキャピラリを設置して粉末X線回折線(デバイ・シェラー・リング)を得ている. 一方, ガンドルフィ・カメラは, デバイ・シェラー・カメラの1本の回転軸の代わりに, 入射X線に対して直交する第1の回転軸と, それと45°の角度を保ちながら第1の回転軸の周りを回り, 自ら自転も行う第2の回転軸をもつ. 2つの回転軸が1点で交差する点に, 試料が置かれるように調整し, その1点に入射X線がコリメートされることで, 比較的少数の結晶の集合体から, 擬似的に粉末X線回折線を得ることができるX線カメラである.
(茨城大学理学部 野口高明)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

ケイ酸塩鉱物
Silicate Minerals
ケイ酸塩基([SiO4]4-)四面体を基本にもつ鉱物で, 多くの元素と化合物を作る. シリカ鉱物(SiO2)もケイ酸塩の一種と考えられることがある. 中心核を除く地球型惑星内部(地殻, マントル)や石質隕石の大部分を占める. 頂点共有するSiO4四面体の結合様式により, アイソレイトケイ酸塩, カップリングケイ酸塩, リングケイ酸塩, 鎖状ケイ酸塩(一重鎖), 鎖状ケイ酸塩(二重鎖), 層状ケイ酸塩, フレームワークケイ酸塩に分類される. 天然に産するケイ酸塩鉱物のケイ素は4配位をとるが, 地球深部の10 GPaを超える高圧下では, 一部のケイ素が6配位をとり, SiO6八面体をもつ結晶構造に変化する.
(岡山大学地球物質科学研究センター 富岡尚敬)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

高圧相転移
High-Pressure Transformation
常圧で安定な結晶構造が, 高圧下でより密度の高い結晶構造に変わる現象. グラファイト-ダイヤモンド転移が代表例である. 地球深部や隕石の主要構成鉱物であるケイ酸塩鉱物のケイ素は, 常圧下では酸素の4配位をとるが, 超高圧下では配位数が上昇し, 20 GPaを超える圧力ではイルメナイト構造, ペロブスカイト構造など, 6配位ケイ素をもつ構造をとる. また, 原子の再配列が起きにくい低温での加圧では, H2O, SiO2, CaAl2Si2O8などのように, 低圧結晶相から準安定的に非晶質相に転移する物質も多く見られる. 一部の高圧相は常圧下に取り出すことができず, 減圧時に低圧相への逆転移や非晶質化を起こす. このような高圧相は室温下に取り出せない高温相と同様にunquenchable相と呼ばれる.
(岡山大学地球物質科学研究センター 富岡尚敬)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

地球深部物質
Deep-Earth Materials
地球のマントルを構成するケイ酸塩鉱物は, 主にカンラン石[(Mg, Fe)2SiO4], 輝石[(Ca, Mg, Fe)SiO3], 長石[(Na, K, Ca)(Al, Si)4O8]成分からなる. 地球深部では, これらの鉱物はさまざまな高圧相転移を起こし, 地下400 km以深では, 変形スピネル相, スピネル相, ガーネット相が, 670 km以深ではペロブスカイト相, フェロペリクレイス[(Mg, Fe)O]が主な構成鉱物となる. また最近では, 核-マントル境界(深さ約2900 km)に, より密度の高いポストペロブスカイト相が存在すると考えられている. これらの高圧相は1960年代以降の超高圧合成や高温高圧X線その場観察により発見されてきた. 天然においては, メージャライト(6配位ケイ素をもつ特殊なガーネット相), フェロペリクレイスが地球深部から上昇したダイヤモンド中の包有物として報告されている.
(岡山大学地球物質科学研究センター 富岡尚敬)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

アパタイト
Apatite
燐灰石(アパタイト)グループの鉱物の総称. 組成:Ca5(PO4)3(Cl, F, OH). 狭義にはフッ素アパタイトを指す. 燐灰石族鉱物ではCaをBa, Sr, Na, Pbなどが置換し, PO4をAsO4, VO4が置換する. フッ素アパタイトは空間群P63/mで63に沿ったチャンネルを有し, チャンネル中にあるフッ素イオンは鏡面上に位置する. この構造がアパタイト型構造のプロトタイプである. 塩素アパタイト, 水酸アパタイトおよびそれらの固溶体ではチャンネル中の陰イオンが低対称位置で秩序化し全体の対称性を単斜晶系や三斜晶系に下げる. Pb5(PO4)3Cl(空間群P63/m)では塩素イオンはc軸上を対称心の位置まで移動し秩序化している. このようにチャンネル中の陰イオン位置は組成に依存し, c軸に沿ったチャンネル内陰イオンの移動度を制御できることが見込まれる. アパタイト型構造およびその派生形については文献1) に詳しい. 1)T. J. White and Dong ZhilLi: メStructural derivation and crystal chemistry of apatites,モ Acta Cryst. B59, 1 (2003).
(金沢大学理工学域自然システム学系 奥寺浩樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

燃料電池
Fuel Cell
容器内に電解質溶液(活物質)が密封されていて反応が終了すると電池としての寿命が尽きる一次電池(乾電池など)に対して, 燃料電池では燃料を逐次供給することによって発電を継続できる. 利用する化学反応はプロトンと酸化物イオンとの反応による水の生成である.陽極と陰極の間に電解質を挟み, 陽極側へは酸素(あるいは酸素源としての空気)を, 陰極側へは燃料としての水素(あるいは水素源としてのメタノールなど)を供給する. 酸素を供給する側の極を「空気極」, 水素を供給する側の極を「燃料極」と呼ぶ. 電解質を通過するイオン種は方式ごとに異なるが, イオンが電解質を通過することにより電極間には電圧が生じ, イオンの到達する側の極に水と熱が生成する. 熱もエネルギーとして利用できるので, 装置としての効率は両者を合わせたもの(CHP:Combined Heat and Power efficiency)で評価する.電解質としてアルカリ水溶液, 伝導イオンとしてOH-を用いたもの(AFC:Alkaline Fuel Cells)が実用化されているが, 高純度の水素, 酸素が必要であり, 民生用としてはコスト面からあまり顧みられない. 高出力型の燃料電池としてリン酸水溶液を用いたもの(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cells), 小型軽量の燃料電池としてフッ素系樹脂など固体高分子膜を用いたもの(PEMFC:Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cells)の実用化が進みつつある. メタノール燃料電池(DMFC:Direct Methanol Fuel Cells)はPEMFCに含まれる. PAFC, PEMFCは伝導イオンとしてプロトンを用いる. PAFC, PEMFCは電極に白金族触媒が必要であるが, 高温で動作し白金族触媒を必要としない熔融炭酸塩型燃料電池(MCFC:Molten Carbonate Fuel Cells, 伝導イオンとしてCO32-), 固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cells, 伝導イオンとしてO2-)の実用化に向けて研究が進んでいる.
(金沢大学理工学域自然システム学系 奥寺浩樹)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.01

クロロフィル
Chlorophyll
光合成生物は光エネルギーを吸収し, 利用可能なエネルギーへと変換するために複数の色素を有している. その中でも中心的役割を担っているのがクロロフィルである. クロロフィルは, 4つのピロール基が環を形成し, 中心金属としてマグネシウムが配位した構造をとっている. ピロール環の側鎖の違いから, クロロフィルはクロロフィルa~dとバクテリオクロロフィルa~gに分類され, それぞれ異なる吸収波長を有している. 代表的なクロロフィルであるクロロフィルaは, 緑色植物において, 光エネルギーの捕集・伝達のみならず, 光反応中心での電荷分離・電子伝達に寄与している.
(大阪大学蛋白質研究所 村木則文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

鉄硫黄クラスター
Iron-Sulfur Cluster
鉄硫黄クラスターは鉄原子と硫黄原子からなる金属クラスターである. 鉄原子と無機硫黄原子の数から[1Fe-0S],[2Fe-2S],[3Fe-4S],[4Fe-4S]に分類される. その多くはシステインを配位子としており, 鉄原子はシステイン側鎖の硫黄原子と無機硫黄原子によって架橋されている. 鉄硫黄クラスターは電子伝達における酸化還元中心として機能することで知られているが, 酵素反応に関与する例やセンサーとして働く例も報告されている.酸素感受性を示すタンパク質の多くが鉄硫黄クラスターを有する酸化還元酵素であることも特徴の1つとして挙げられる. これらのタンパク質には, 窒素固定を担うニトロゲナーゼや水素を生成するヒドロゲナーゼ, メタン生成にかかわるメチル補酵素M還元酵素のように有用性の高い反応を触媒する酵素も散見される.
(大阪大学蛋白質研究所 村木則文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

ニトロゲナーゼ
Nitrogenase
マメ科植物に共生する根粒菌が大気中の窒素を固定し, 植物に窒素分を供給することは19世紀に報告されている. この窒素固定反応を担う酵素がニトロゲナーゼである. ニトロゲナーゼは, 根粒菌を含むある種の真正細菌や一部の古細菌に保存されており, 分子状窒素をアンモニアへと6電子還元する. 窒素固定を行うには, 工業的には高温高圧を必要とする(ハーバー・ボッシュ法)が, ニトロゲナーゼは常温常圧という穏やかな条件下で反応を触媒する.
(大阪大学蛋白質研究所 村木則文)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

強度輸送方程式法
Transport-of-Intensity Equation(TIE)Method
計測した光学顕微鏡像あるいは電子顕微鏡像の像強度から強度輸送方程式に基づいて観測像面での電磁波の位相を計測する方法. さらに計測した位相を微分することにより電場や磁場などの情報を得ることも可能である. 強度輸送方程式はTeagueにより1983年に導かれ, 本来は光学における近軸近似下での波の伝播を位相分布と強度分布で表したものであるが, 強度計測のみから位相分布を復元できることをも示していた. その後, 強度輸送方程式の解をフォーカスの異なる2枚あるいは3枚の(強度)像から導くアルゴリズムの開発などが行われ, 近年, 電子顕微鏡像からの試料内磁場や電場解析, 高分解能電子顕微鏡像の原子レベルでの位相解析, 位相差顕微鏡法などの代替として生体, 生物試料の位相像計測などに応用されている.
(名古屋工業大学大学院工学研究科 浅香 透)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

ハロアルカン脱ハロゲン酵素
Haloalkane Dehalogenase
有機ハロゲン化合物は洗浄剤や農薬, プラスチックなどに用いられてきた. しかしながら日本では1982年に環境中での残存性が指摘され, 今日では多くの有機ハロゲン化合物が生産の中止や土壌などの環境からの除去や監視の対象物質として指定されている. ハロアルカン脱ハロゲン酵素はa/b加水分解酵素の一種で, 有機ハロゲン化合物のハロゲン基をヒドロキシル基へ変換する加水分解反応を触媒する. ハロゲン基を外すことによって細胞阻害を起こすハロゲン化された二次代謝産物の生成を防ぐことができるため, ハロアルカン脱ハロゲン酵素は微生物による有機ハロゲン化合物分解の鍵酵素である. 本酵素は, 1990年代までは有機塩素系環境汚染物質を唯一の栄養源として生育できる汚染土壌に棲息する細菌から単離されてきたが, 2000年以降, 根粒菌や結核菌など, 汚染土壌以外に棲息する細菌にも存在していることが明らかになった.
(バイオ産業情報化コンソーシアム 佐藤優花里)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

鏡像異性体
Enantiomer
鏡像異性体とは, 同じ分子式と組成式から構成されるにもかかわらず, 右手と左手のように, 鏡に映したような鏡像の関係(キラリティー)にある2つの立体構造をもつ分子のことである. 4つの異なった基が結合する炭素原子はキラル中心と呼ばれる. IUPACで採用されているR/S表示法(Cahn-Ingold-Prelog表示法)に従って, 鏡像異性体は立体構造の違いによってR体とS体に分類される. R体とS体は, 絶対値は同じだが反対方向の旋光性を示す点を除いて, 同じ物理的化学的性質を有する. 一方, 生物に対しては異なる作用をもつことがあり, R体とS体の混合物であるラセミ体を与えると, 片方の鏡像異性体が優先的に代謝されることがある. この代謝速度の違いが生物に有害な影響を及ぼすおそれがあるため, 目的の鏡像異性体だけを合成して医薬品や食品添加物に利用することが重要である.
(バイオ産業情報化コンソーシアム 佐藤優花里)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

強誘電性ナノ領域
Polar Nanoregions
Pb(Mg1/3Nb2/3)O3(PMN)などの典型的なリラクサー強誘電体では, 誘電率が極大となる温度Tmaxにおいて巨視的な強誘電相転移が起きず, 電場を印加しない限り巨視的な分極は発生せずに長距離では等方性を保っている. BurnsとDacolらはPMN単結晶の屈折率の温度依存性を測定し, 屈折率がTmaxよりもはるかに高温からが直線的な温度変化からずれ始めることを見出した. このずれは分極の2乗に比例する二次の電気光学効果により説明される一方, 巨視的な分極が観測されないことから,“ランダムな方向を向いた局所的な分極領域(強誘電性ナノ領域)”という概念が提案され, 実験的な検証を経て, 現在ではリラクサー誘電体のモデルとして広く受け入れられている.
(東北大学金属材料研究所 松浦直人)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

中間相関関数
Intermediate Scattering Function
中性子スピンエコー法では動的構造因子S(Q,ω)を偏極解析した中性子を通して観測するが, 偏極解析の際, 検出される中性子数にガイド磁場との中性子スピンのなす角θを含む(1+cosθ)/2の因子がかかる. θは中性子の角速度wとフーリエ時間tの積ωtで置き換えられるため, スピンエコーによって観測される散乱強度Iは,I∝∫(S(Q,ω)×(1+cosωt)/2)dω = ∫S(Q,ω)×(1+cosωt)/2)dω = I(Q,0) + I(Q,t)となる. ここで中性子の入射エネルギーの下限-Eはエネルギー遷移より大きいと仮定し-∞で置き換えた. 第1項I(Q,0)はS(Q,ω)のエネルギー積分, つまり弾性散乱成分であり, 第2項I(Q,t)はS(Q,ω)のエネルギーに関するフーリエ変換, 中間相関関数を表し, 中性子スピンエコー法では中間相関関数を観測している.
(東北大学金属材料研究所 松浦直人)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

モルフォトロピック相境界
Morphotroic Phase Boundary
異なる結晶構造をもつ相が接する境界のことをモルフォトロピック相境界(MPB)と呼ぶ. 誘電体では, 菱面体晶の(リラクサー)強誘電体(PMN)と正方晶の強誘電体(PT)を固溶させると, それらの菱面体晶相と正方晶相のMPBで圧電・誘電特性が顕著に大きくなることが知られている. また詳細なX線や中性子回折実験により, 菱面体晶と正方晶の間に, より対称性の低い単斜晶相が見出されている.
(東北大学金属材料研究所 松浦直人)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

ゼオライトナノシート
Zeolite Nano-Sheet
ゼオライトは, 規則的に配列したミクロ孔(細孔径2 nm以下)をもつ結晶性アルミノケイ酸塩であり, 分離吸着剤, 洗剤用ビルダー, 触媒などとして幅広く利用されている. しかし, ミクロ孔径は分子と同程度のサイズのため, 結晶内部への分子拡散が制限されたり, 反応生成物がミクロ孔を塞ぎ触媒活性を低下させる場合があった. その解決法の1つとしてゼオライト結晶の薄膜化があり, 特に, 数nmの厚さのゼオライトをゼオライトナノシートと呼ぶ. ゼオライトMFIナノシートは, b軸方向の厚さが単位格子1つ分に相当するわずか2 nmのシート状の構造をもつ. ゼオライトの薄膜化により, 外表面の酸点が増加し触媒活性が向上するうえ, 反応分子の拡散距離が短くなるため反応物の析出によるミクロ孔の不活性化が抑えられる(触媒の長寿命化)ことが期待される.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 阪本康弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

電子顕微鏡解析
Electron Microscopy
電子線は, X線に比べて物質との相互作用が4桁程大きく, その特性を利用して極微小領域から物質の単結晶情報を容易に取り出すことができる. 主な電子顕微鏡法として, 試料を透過する電子を結像する透過電子顕微鏡(TEM:Transmission electron microscopy)法と, 試料上を小さく絞った電子プローブで走査し表面から放出される二次電子や反射電子を検出器で計測し画像化する走査電子顕微鏡(SEM:Scanning electron microscopy)法がある. TEM像には構造解析で重要な結晶構造因子に関する位相情報が含まれており, 振幅情報しか得られない回折法(電子回折法やX線回折法)と比べてより多くの情報が得られる. また, 近年のSEM法の進歩も著しく, 絶縁体試料表面の微細構造を減速法を用いた低加速電圧高分解能SEM(LV-HRSEM)法によって高い分解能を保ったまま金属コーティングせずに観察することができる.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 阪本康弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

触媒
Catalysis
ゼオライトは, ミクロ孔中の強い酸点とその特徴的な構造に由来するサイズ・形状選択性をもった固体酸触媒として工業的に広く利用されている. ゼオライトの触媒機能はその骨格構造や組成によって大きく変化し, 耐熱性, 酸強度, 疎水性に影響を与える. 特に, Si/Al比を制御したり, 骨格のT原子としてSiやAl以外の元素(P, Ga, Tiなど)で同型置換することによって特異な触媒機能をもたせることが可能である. 中でも, 1972年にMobil社によって初めて合成されたゼオライトMFIは, 別名ZSM-5(アルミノケイ酸塩)とも呼ばれ, 石油精製などさまざまな石油化学反応に使用されている. MFI骨格構造をもつ純シリカのSilicalite-1のSiの一部をTiで同型置換したゼオライト(TS-1:Titanium Silicale-1)は, 環境負荷の小さい優れた酸化触媒として工業プロセスに利用されている.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 阪本康弘)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

軌道整列
Orbital Ordering
d軌道やf軌道のように, 各サイト(原子)にエネルギーが縮退した局在軌道が複数あってそこに電子が入る場合, 1サイトだけ取り出せば, 縮退したどの軌道を電子が占有してもエネルギーは変わらない.(こうした自由度を軌道自由度と呼ぶ.)しかし, 隣り合うサイト間の相互作用を考慮すると, あるサイトの軌道占有と隣のサイトの軌道占有に相関が出てくる. このようなときに, すべてのサイトで電子が同じ軌道を占有する(強的軌道整列), あるいは隣合うサイトで電子が異なる軌道を占有する(反強的軌道整列)ことが起こる. こうした整列を一般的に軌道整列という. このような整列のメカニズムは, スピン整列とまったく同じ相互作用に由来するばかりか, 多くの場合スピン整列と軌道整列は互いに相関していることが知られている.
(早稲田大学先進理工学部 勝藤拓郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

跳び移り積分
Transfer Integral
固体内の電子のバンド構造を強く束縛された近似(tight-binding model)で考える場合, ハミルトニアンの基底関数は各サイト(原子)に局在した軌道である. このときハミルトニアンの行列において, 対角項は各サイトの軌道のエネルギーの高さであり, 非対角項はあるサイトから別のサイトへ電子が跳び移る遷移確率となる. この非対角項を跳び移り積分(transfer integral)という. 跳び移り積分を計算するのは一般的には容易ではないが, 軌道の空間的な対称性からゼロになる場合があることは簡単に言える. また. W. A. Harrisonによって, バンド計算との比較から経験的に求めたd軌道間, d軌道とp軌道間の跳び移り積分の大きさが示されている(W. A. Harrison「固体の電子構造と物性」).
(早稲田大学先進理工学部 勝藤拓郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

ネスティング
Nesting
固体内の電子のバンドのフェルミ面を, k空間上で(逆格子ベクトルとは異なる)あるベクトル(=ネスティングベクトル)移動した場合に, 同じフェルミ面(あるいは別のフェルミ面)とフェルミ面の多くの部分が重なる状態にあることを, ネスティングという. 例えば, z軸方向に非常に一次元性の強い物質の場合は, フェルミ面はkz軸に垂直な2枚の平行な(ほぼ)平面となるため, この2枚の平面をつなぐkz方向のベクトルだけフェルミ面を動かすとフェルミ面がほぼ重なる. このようにフェルミ面がネスティングを起こすとき, ネスティングベクトルの波数をもつ電荷密度揺らぎが発散するため, 結果としてネスティングベクトルの波数をもつ(静的な)電荷密度波が発生する. 一次元性の強い金属で電荷密度波が起こるのはこのような理由による.

(早稲田大学先進理工学部 勝藤拓郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.02

脱溶媒転移
Desolvation Transition
加熱などによって結晶格子内に取り込まれた溶媒分子が脱離することを脱溶媒転移という. 脱溶媒後も結晶である場合や, 結晶性が失われアモルファス化する場合もある. 溶媒が水である場合は, 脱水転移と呼ぶ. 昇温や乾燥によって脱溶媒転移を引き起こすことができる. 異なる溶媒蒸気をあてることによって脱溶媒転移や溶媒交換転移が引き起こされる例もある(Cryst. Growth & Des. 9, 1201 (2009).). また, 1段階で結晶内の溶媒分子がすべて脱離せず, 多段階で溶媒分子が脱離する場合もある. 結晶に溶媒分子が取り込まれた溶媒和物結晶に対し, 脱溶媒転移後の無溶媒和物(もしくはその中間の溶媒和物)は, 異なる物性を示すことがあり, 物性制御の観点からも脱溶媒転移は重要である. 特に医薬品原薬化合物は, その3割が水和物として結晶化すると言われており, 環境の変化に応じて脱水転移を起こし, 薬として利用する際の重要な物性(溶解度や生物学的利用能)の変化を引き起こすことからその研究例は多い.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

多層膜楕円ミラー
Elliptical(Confocal)Multilayer Mirror
密度差のある元素の薄膜を交互に重ねて作製した人工多層膜がX線をブラッグ反射する仕組みの「多層膜ミラー」(日本結晶学会誌45巻5号クリスタリット参照)の一種である. 楕円の一部をなす形状に加工されており, 傾きが激しい部分と緩やかな部分をもっているが, 前者で層間隔が狭く, 後者で広くなるように多層膜の層間隔を連続的に変化させて作製されている. このため, 楕円反射鏡が光を反射するのと同様に, 楕円の一方の焦点から出た発散X線を多層膜楕円ミラーで反射し, もう一方の焦点に集光することが可能であり, X線集光光学系(Focusing Multilayer Optics)として用いられる. 同様に放物線の一部をなす形状とすれば発散X線を平行X線にすることもできる(Parabolic or Collimating Multilayer Optics).
(東京工業大学大学院理工学研究科 植草秀裕)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

アナライザー結晶
Analyzer Crystal
受光側(試料と検出器の間)でX線を分光する結晶. 粉末回折の場合, 通常は0次元の検出器(シンチレーションカウンターなど)と組み合わせて用いるモノクロメーターのことで, 検出器の手前で回折線を分光し, 必要な角度の回折線のみを取り出すのに使用する. 入射側にモノクロメーターを設置していない場合, 受光側のアナライザー結晶でX線の単色化を行う. 入射側で単色化したX線を用いる場合でも, 角度分解能を良くするため受光側にアナライザー結晶を設置し, 異なる角度からくる回折線や散乱の寄与を取り除くために利用されることもある.
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

長尺スリット
Parallel-Slit Analyzer
平行光との組み合わせで用いる長い平行スリット. 平行成分のみを取り出す役割があり, 異なる角度からくる散乱線を除去することが可能. アナライザー結晶と同様に, 必要な角度の回折線を取り出す役割もある. 距離を長くすることで厳密に平行成分のみを取り出せるだけでなく, 回折ピークを先鋭化(高分解能化)することができる(J. Appl. Cryst. 32, 1145 (1999).).
(東京工業大学大学院理工学研究科 藤井孝太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

環境ストレス耐性
Environmental-Stress Tolerance
環境ストレス耐性とは, 生育に好ましくない影響を与える環境要因, すなわち環境ストレスに対して生物が順応すること, またはその能力のことである. 植物に対する環境ストレスとして, 乾燥, 極端な温度条件(高温・低温), 強い光(放射線), 土壌の高い塩濃度などが挙げられる. 移動能力をもたない植物はこうしたあらゆる環境ストレスを受け入れなければならず, 環境条件の変化に応じてさまざまな生理的変化を積極的に引き起こし, 生命を維持するためのさまざまな仕組みを備えている. 例えば, 雨がまったく降らずに植物が乾燥状態におかれた場合, 植物は気孔を閉鎖して体内の水分を維持したり, 脱水により細胞内の浸透圧が高まるのを防ぐためにその防御遺伝子の転写を促進したりする. こうしたメカニズムの解明は, 高度な環境ストレス耐性を有する植物の作出につながり, 農業生産性の向上などに寄与すると期待されている.
(東京大学大学院農学生命科学研究科 宮川拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

アゴニスト, アンタゴニスト
Agonist, Antagonist
生体内には受容体に結合してその機能を調節し生体反応を引き起こす信号伝達物質が存在しており, これらはリガンドと呼ばれる. アゴニストは一般に, 生体内には存在しない化学構造をもち, ある種の受容体に結合してそのリガンドと同様の生体反応を引き起こす化合物のことである. 受容体に対する選択性や結合力などの点で, アゴニストはリガンドと異なる特徴をもつ場合が多い. 植物ホルモンの1つであるアブシジン酸(ABA)は, 細胞内のABA受容体PYR/PYL/RCARのすべてに作用するリガンドであるが, ピラバクチンは一部のABA受容体の機能のみを調節する選択的アゴニストである. 一方, アンタゴニストは, 受容体と結合するが, リガンドと同様の生体反応を引き起こさない化合物であり, 受容体に対するリガンドの結合と拮抗するなどして, リガンドにより誘起される生体反応を阻害したり弱めたりする.
(東京大学大学院農学生命科学研究科 宮川拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

酵母ツーハイブリッド解析
Yeast Two-Hybrid Assay
酵母ツーハイブリッド解析は, 出芽酵母を用いてタンパク質間相互作用やタンパク質-DNA間相互作用を解析する手法である. 酵母の転写活性化因子であるGAL4タンパク質のDNA結合ドメインと転写活性化ドメインを分離し, 各ドメインを融合させた2種類のタンパク質を酵母内で強制発現させる. もしもこれらの融合タンパク質どうしが相互作用するならば, GAL4のDNA結合ドメインと転写活性化ドメインが近接し, GAL4応答性プロモーターを上流にもつレポーター遺伝子が転写活性化される. レポーター遺伝子には, 抗生物質耐性遺伝子や栄養要求性遺伝子, 培地中の呈色基質X-a-Galを分解するaガラクトシダーゼ遺伝子などが用いられ, 培地上での酵母の生育や発色の可否によって相互作用を検出することができる. 相互作用スクリーニングに用いられることが多いが, しばしば偽陽性が見られるため, ほかの手法での相互作用の検証が必要である.
(東京大学大学院農学生命科学研究科 宮川拓也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

結晶場安定化エネルギー
Crystal Field Stabilization Energy
金属錯体では, 金属イオンの周りの配位子が正八面体型などの幾何学的配置状に取り囲んでいる. この幾何学的配置に基づいて配位子の非共有電子対などから生じる局所的電場が金属イオンに与える影響を結晶場と呼ぶ. 一般に結晶場に置かれた中心金属イオンのd軌道は分裂し, 金属イオンの電子配置(d電子の数)によって分裂した軌道の中でよりエネルギーの低いd軌道に電子が入ればその分だけ安定化することになる. このようにしてd軌道の分裂によって安定化するエネルギーは錯体の結晶場によって生じたものであり, 結晶場安定化エネルギーと呼ぶ. 正八面体型錯体の場合, d軌道の分裂幅はDOで表され, d軌道は2/5DOだけ安定化したdxy, dyz, dzx軌道(t2gと呼ぶ)と3/5DOだけ不安定化したdx2-y2, dz2軌道(egと呼ぶ)の2つに分裂する. 正八面体型のMnIV錯体はd3電子配置をもち, 錯体は6/5DOの結晶場安定化エネルギーを得ていることになる.
(関西学院大学理工学部化学科 御厨正博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

ソフト(HSAB原理)
Soft(HSAB Principle)
1963年R. G. Pearsonにより提唱された酸塩基の概念で, 硬い酸塩基・柔らかい酸塩基(Hard and Soft Acids and Bases(HSABと略される))原理と呼ばれる. 金属錯体の場合, 金属は酸で, 配位子は塩基と考えられ, それぞれに硬い(ハードな)ものと柔らかい(ソフトな)ものがあり, Oのような供与原子は電気陰性度が高く, 酸化され難く, 分極し難いのでハードであるとし, 硬い塩基に分類される. 一方Sのような供与原子は電気陰性度が低く, 酸化されやすく, 分極しやすいのでソフトであるとされ, 柔らかい塩基と呼ばれる. 一般に硬い塩基と安定な錯体を形成するのは, イオン半径が小さい割に正電荷が大きく, 分極し難い金属(硬い酸)である. これに対し, 柔らかい塩基はイオン半径が大きい割に正電荷が低く, 分極しやすい金属(柔らかい酸)と安定な錯体を作る. ピリジン窒素はハードなアミン窒素と比べるとソフトであるとされ, マンガンの中でもよりソフトなMn(II)と相性がよいということになる.
(関西学院大学理工学部化学科 御厨正博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

ゼロ磁場分裂(ZFS)
Zero Field Splitting(ZFS)
外部磁場がかかっていない状態(磁場ゼロの状態)で対象とする分子などの縮退した電子状態のエネルギー準位が分裂していることを意味する. 原子や分子を磁場の中に置くとエネルギー準位の縮退が解けていくつかの準位に分裂する(ゼーマン効果)が, 基底状態が2より大きなスピン多重度をもっている(S>1/2)場合には, 双極子相互作用(主に有機化合物の3重項状態などで観測される)やスピン-軌道相互作用(主に金属錯体などで観測される)により磁場がかかっていない場合でもあたかも磁場がかかったかのようにエネルギー準位の分裂が起きる. これをゼロ磁場分裂と呼ぶ. ゼロ磁場分裂が起こっている場合には磁化率はスピン間の磁気的相互作用がなくても低温部分でCurie則からずれ, 磁気モーメントの温度依存性を生じる.
(関西学院大学理工学部化学科 御厨正博)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

脂質メディエーター
Lipid Mediator
脂質メディエーターとは脂肪酸, リン脂質, ステロイドなどに由来する脂質性の生理活性物質であり, 発生から炎症, 免疫制御にいたる幅広い生命現象に関与する. 一般的に, 脂質メディエーターは細胞外からの刺激に依存して産生され, 特異的な受容体を介して生理作用を発揮する. また, 特異的な分解機構により速やかに消去されるため, 生体内での半減期は短い. 脂質メディエーターにはリゾホスファチジン酸, プロスタグランジン, ロイコトリエン, 血小板活性化因子, 内因性カンナビノイド, スフィンゴシン1リン酸などが含まれる. ステロイドホルモンや脂溶性ビタミンも広義には脂質メディエーターに分類される. 脂質メディエーターの産生酵素, 受容体, トランスポーターは創薬ターゲットとして非常に注目されている.
(東京大学大学院理学系研究科 西増弘志)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

TARGETタグ
TARGET Tag
動物細胞発現系などで生産した微量タンパク質を, 1段階で高度に精製するために開発されたアフィニティータグで, YPGQYPGQYPGQYPGQYPGQVという21アミノ酸からなるペプチド配列をもつ.1) モノクローナル抗体P20.1はYPGQφ(φは疎水性アミノ酸)という配列を認識するので, これを5回繰り返した上記ペプチドをNもしくはC末端側に付加することによって, 目的タンパク質はP20.1を固定化したレジンに特異的に結合する. 結合したタグ付き目的タンパク質は, 40%プロピレングリコールを含む緩衝液で完全に溶出することができ, このことがカラム寿命の飛躍的向上と低コストのアフィニティークロマトグラフィーを可能にしている. P20.1ハイブリドーマは理研バイオリソースセンター(http://www.brc.riken.jp/lab/cell/hev/)からRCB2815のIDで入手可能.1)Tabata et al.: A rapid screening method for cell lines producing singly-tagged recombinant proteins using the TARGET tag system, J. Proteomics 73, 1777 (2010).
(東京大学大学院理学系研究科 西増弘志)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

ベルドヘム
Verdoheme
ヘムオキシゲナーゼによるヘム分解反応の反応中間体の1つで, 緑色の色素である. ポルフィリンのメソ位のCHがOで置き換わったoxaporphyrinの鉄錯体を指す. つまりベルドヘムは, ヘムのメソ位のCHがOで置き換わった化合物であり, 特に断らない限り, 鉄が二価のものをいう. ベルドヘムは不安定で, 酸素によってすぐに分解してしまう. 現在までにバクテリアに1つの例外が発見されているが, ヘムオキシゲナーゼは, ヘムのaメソ位のみに位置選択的に酸素原子を挿入して, aベルドヘムを生成する. ベルドヘムはカチオン性を帯びており, 環の加水分解が起こり得るうえ, 共鳴により鉄三価中性ラジカルの構造をとることもできるので, 環への酸素結合など, 鉄上の反応だけでなく多様な反応パターンが可能である.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター 海野昌喜)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

水和電子
Hydrated Electron
水にX線やg線が照射されると, 高いエネルギーをもった電子が生成する. この電子(e-)が周りの水分子によって溶媒和されて水和電子(e-aq)となる. 水和電子は高い反応性をもち, 最終的には, 同様に放射線によって生成したH3O+との反応によってHラジカルと水になり, HラジカルやOHラジカルは再結合して水素分子(H2)や過酸化水素(H2O2)になる. また, 酸素と反応するとスーパーオキシドアニオン(O2-)を生成する. 反応性の高いラジカルは, 生体高分子にとって有毒であり, 生体内においては, がんをはじめとする数々の病気の原因になる.「金属タンパク質とX線結晶構造解析:ヘム分解酵素の反応中間体(pp.213-218)で問題にするのは, それらのラジカル類と水和電子そのものの金属や錯体に対する作用である.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター 海野昌喜)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

遠位
Distal
ヘム関連タンパク質中のヘム鉄には, 通常, タンパク由来のアミノ酸が1つ配位する場合と2つ配位する場合がある. タンパク由来のアミノ酸の配位が1つの場合, ヘム平面に対して, ヘム鉄に配位したアミノ酸のある方を“近位(proximal)”と呼び, ヘム平面に対してその反対側を“遠位(distal)”と呼ぶ. アミノ酸の配位の仕方は, そのタンパク質の機能と深く関係している. ヘモグロビンやミオグロビンでは酸素が, また, 多くのヘム酵素では基質が, ヘム遠位側に結合する.「金属タンパク質とX線結晶構造解析:ヘム分解酵素の反応中間体」(pp.213-218)で示したヘムオキシゲナーゼでは, ヘモグロビンなどと同様に, 軸配位子がヒスチジンであり, 酸素が遠位側に結合する. 遠位Aspと記したのは, ヘム遠位側にある保存性の高い, 触媒活性に重要なアスパラギン酸残基のことである. 哺乳類“HO-1”ではAsp140, ジフテリア菌“HmuO”ではAsp136がそれに相当する.
(茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター 海野昌喜)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.03

ヒストグラムマッチング
Histogram Matching
一般には, 画像のコントラスト調整技法として知られている. 結晶学では密度修正法(density modification)の一種として, タンパク質の解析で初期位相の改良に用いられている(Zhang and Main, 1990). 実測データから計算された電子密度分布のヒストグラムを作り, 組成や構造の似た既知構造(もしくは理想的な構造)から導出される電子密度分布のヒストグラムと比較し, 両者が大きく異なっている場合は, 解析しているヒストグラムを理想的なものへ修正する(置き換える). これにより初期位相の改善が見込める. 粉末回折データを用いたcharge flippingの解析では, ヒストグラムマッチングを組み合わせることで, 重なった反射の積分強度を適切に再分配できることが報告されている(Baerlocher et al., 2007).
(産業技術総合研究所コンパクト化学システム研究センター 池田卓史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

パラレルテンパリング法
Parallel Tempering
厳密な手法の説明は著者の範囲を超えるため簡単な概略として述べる. 複数の温度の異なるシミュレーテッドアニーリング(SA)を並行して行い, 各SA間でパラメータの交換をすることで, 単一のSAよりも解探索の可能性を高める方法. モンテカルロ法の進化版としてよく知られており, SAが用いられる場合によく用いられている. 粉末回折への利用例も報告されている.
(名古屋大学工学研究科 西堀英治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

ルーレット選択
Roulette Selection
遺伝的アルゴリズム(GA)で個体を選択する際に用いられる方法で, GA発案者のJohn Henry Hollandによって最初に提案された選択方式. GAでは最も有名な選択方式である. 式説明は省略するが, 個体が選ばれる確率を適応度によって決定する. このため, 個体間の適応度が一様に分布する際には, 効率的に働くことが知られている. ただし, 個体間の適応度の差が激しいときには, 適応度の高い個体の選ばれる確率が非常に高くなる. この場合にはGAが広い範囲を探索せずに, 個体全体が同じ解に収束してしまう初期収束の問題を引き起こすことになりやすい. これを避けるために, 適応度の設定方法にはスケーリングするなどさまざまな方法がとられる.
(名古屋大学工学研究科 西堀英治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

ラマルク進化論
Lamarckian Concept
ラマルクによる進化説は, 進化に関する体系的な理論として19世紀初頭に発表された. その理論の中心は獲得された形質の遺伝に関するものである. 遺伝的アルゴリズムで基本とされるダーウィンの進化論との違いは, ラマルク進化論では個体が環境との相互作用を通して, 置かれた環境に有効な形質を獲得する点にある. ラマルク進化論では個体の環境への自己適応を用いた積極的な進化が行われる. 粉末X線回折の遺伝的アルゴリズムによる構造決定に用いられる際には, 生成された新たな個体に対して局所最適化操作に相当する最小二乗最適化を行って, 局所解に落ち込ませるプロセスを組み込むことを呼ぶ.
(名古屋大学工学研究科 西堀英治)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

四次構造
Quaternary Structure
複数のタンパク質分子が会合し, より複雑で大きな分子構造を形成する場合, このような高次の会合体構造を四次構造という. 正しく四次構造を形成することで, 初めて機能に重要な活性部位が形成されたり, 四次構造が巧みに変化することで, 複数の活性部位が協調して機能したりすることもめずらしくない. ちなみに単一のタンパク質分子, すなわち1本のポリペプチド鎖がなす一定の三次元立体構造を三次構造といい, 以下, タンパク質中に部分的にみられるaヘリックスやbシート構造などの特徴的な構造モチーフを二次構造, ポリペプチド鎖の一次元的なアミノ酸配列のことを一次構造という.
(京都大学原子炉実験所 沼本修孝)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

AMP-PNP
AMP-PNP
アデニリルイミド二リン酸の略称. 生体内で普遍的に用いられているアデノシン5'-三リン酸(ATP)と分子構造がよく似ており, ATPを利用する酵素などの競合阻害剤としてよく利用される. とくにタンパク質結晶構造解析の際には, 基質そのものであるATPとの複合体を作製しようにも, 結晶化中に反応が進んでしまい, 安定なタンパク質-ATP複合体の作製が困難な場合が多い. そのような場合, 分子構造がよく似ている競合阻害剤との複合体を作製することで, 実際の基質との複合体に準じた結合様式などの情報が得られる.
(京都大学原子炉実験所 沼本修孝)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

プラズマシャワー法
Plasma Shower Method
リチウム内包C60フラーレンLi@C60の高効率合成手法. 真空中で加熱したホットプレート上で発生したリチウムイオンプラズマを, 磁場中でC60の蒸気と同時に, 負に印加した基板上に照射して反応させることでLi@C60を多く含んだ堆積物を得る. ㈱イデアルスターが, 東北大学畠山力三教授らによる基礎研究を基にして独自に開発した. この方法は, イオンインプランテーションと呼ばれるC60の蒸着膜にLiイオンビームを照射してLi@C60を合成する方法と比較すると, 合成効率が非常に高いという特徴を有する.
(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科 青柳 忍)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

ラチェット回転
Ratchet Motion
フラーレン分子の結晶内での回転運動の一形態. フラーレンは球形であるがゆえに大きな回転の自由度をもち, 結晶内で時間的, 空間的に回転していることが多い. フラーレン分子が完全に自由に回転している場合もあるが, 周囲の分子との間の分子間引力などにより, 分子配向が数種類に限定される場合がある. これを自由回転とは区別してラチェット回転と呼んでいる. 例えばC60のfcc結晶では, C60は室温で自由に回転しているが, 低温にしていくと260 K付近の相転移を境に, 分子配向が2種類のみに限定された一軸性のラチェット回転が観測される.
(名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科 青柳 忍)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

翻訳後膜埋込み
Posttranslational Membrane Insertion
C末端に1回の膜貫通ヘリックスをもつ膜タンパク質(TAタンパク質)は, タンパク質合成(翻訳)完了後に小胞体膜に埋め込まれる. この機構を翻訳後膜埋込み(posttranslational membrane insertion)と呼ぶ. 一方, 小胞体膜における複数回膜貫通タンパク質の膜埋込みは, 翻訳と共役しているため翻訳共役型膜埋込み(cotranslational membrane insertion)と呼ばれる.
(東京大学放射光連携研究機構生命科学部門 山形敦史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

TAタンパク質
Tail-Anchored(TA)Proteins
TA タンパク質とは, C末端に1回膜貫通ヘリックスをもつ膜タンパク質の総称であり, C末端の膜貫通部位によって膜にアンカーされていること(tail-anchored)が名前の由来となっている. 酵母のゲノム配列解析から, 全膜タンパク質の約5%がTAタンパク質であると考えられており, その中には小胞輸送における膜融合を行うSNAREタンパク質や, 膜透過装置のSec61b, gサブユニットなどが含まれる.
(東京大学放射光連携研究機構生命科学部門 山形敦史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

誘導結合プラズマ質量分析
Inductively Coupled Plasma ミ Mass Spectrometry(ICP-MS)
誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)とは, 誘導結合プラズマ(ICP)によってイオン化された原子を質量分析計によって検出する分析法である. ICP-MSによって多元素の同定とpptレベルでの高感度な定量が可能である.
(東京大学放射光連携研究機構生命科学部門 山形敦史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

遺伝的アルゴリズム
Genetic Algorithm(一般的に)
遺伝的アルゴリズム(GA)は進化の原則に基づいた最適化の技術である. この技術は交叉, 突然変異, 自然淘汰のようなよく知られた進化論的操作を含めている. 集団の中のふさわしい個体は質を改良するために, 遺伝的情報を後に生成するものへと渡しながら, 残り, 作り出される. 最適化へのGAの適用可能性の基準は, 文字列中のある変数の結合は高い(あるいは低い)適合に結び付くと認められることである. 遺伝情報のこれらの組はスキーマとして知られ, その存在は交叉による集団の適合を改良するため, GAの能力の心臓部である. したがって, 与えられた文字列の中の遺伝子の部分集合が最適に近く, ほかの遺伝子が最適でないならば, GA計算が最適に近い遺伝子の組の存在を(適合に基づき)認めることができ, 次の進化の過程においてこの遺伝子の組を保持, 増殖させることができる. スキーマが存在する場合には, GAはランダムな探索処理より, きわめて能率の良い大域的最適化のアプローチになる.
(高輝度光科学研究センター 坂田 誠)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

スキルミオン格子
Skyrmion Lattice
スキルミオンとは, スピンの向きがちょうど1回球面を覆うスピンの集団構造で, 歴史的にはT. Skyrmeが核子(陽子と中性子)を記述する模型として最初に考えた粒子性をもつ局在状態(ソリトン解)である. これが周期的に配列して結晶を組んだものをスキルミオン格子という. 近年ではその概念が拡張され, 座標空間における座標変数から秩序パラメータ空間への写像を考えたとき秩序パラメータが球面を被覆する回数が整数となるようなトポロジカル構造体を指す. 例えば本稿で紹介するスキルミオン構造を見てみると, モーメントがスキルミオンの中心から外側に向かって捻られながら立ち上がる構造であるので, 各位置(座標変数)におけるモーメントの向き(秩序パラメータ)を考えると, モーメントの向きが南極方向から北極まですべての方向をちょうど1回(被覆数)覆うことがわかる(p.275本稿図2参照). 凝縮系物理では量子ホール系や液晶におけるブルー相などでもスキルミオン構造が確認されている.
(東京大学大学院工学系研究科 金澤直也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

収差補正
Aberration Correction
電子顕微鏡の主要な構成要素である電子レンズは, 電子線に対して磁場がLorentz力による屈折作用をもつことを利用している. 電子レンズを通過した電子線は光軸上の一点に収束するのが理想的であるが, 実際には光学レンズ系と同様に各種の収差により収束点にずれを生じ, 像のぼけや歪みを引き起こす. とくに電子レンズの球面収差は, 高倍率観察における空間分解能低下の大きな要因であったが, 近年, レンズ後方に複数段の磁場多極子(例えば6極子や12極子)を設け, ここで負の球面収差を発生させることにより, 目的とするレンズの球面収差を相殺する補正方法が開発された. STEM用およびTEM用にそれぞれ試料位置の前後に設置する球面収差補正装置が製品化され, 電子顕微鏡の空間分解能向上に貢献している. 一方, とくに低加速電圧においては, 入射電子線のエネルギー幅に起因する色収差の影響も無視できないため, 対策としてモノクロメータが使用されるほか, 新たに色収差補正装置の開発も進められている.
(産業技術総合研究所ナノチューブ応用研究センター 佐藤雄太)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.04

プロファイル関数
Profile Function
リートベルト法, Le Bail法, Pawley法では粉末回折パターンに現れるピークの形を, 格子定数から計算した回折角を頂点とした関数で近似して反射強度を抽出する. ここで用いる関数をプロファイル関数と言う. これによって, 重畳したピークからもそれを構成している回折線の積分強度を得ることができる. 回折線の場合, 反射プロファイルが非対称になることも少なくないので, リートベルト法などにはピーク分離に一般的に用いられる擬Voigt関数, Pearson VIIなどに非対称化のパラメーターを導入したものや, ピークトップの左右を別の関数で表現する分割擬Voigt関数, 分割Pearson VII関数が用いられる. リートベルト法を構造解析の用途で用いる場合, プロファイル関数は測定した粉末回折パターンのピーク形状をよく再現するものを用いる. 一方ピーク幅の評価を行いたい場合, 分割型関数は使用できない.
(理化学研究所基幹研究所 橋爪大輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

Rigid-Bodyリートベルト解析
Rigid-Body Rietveld Refinement
主に有機結晶のリートベルト解析で使われる手法である. 有機結晶では構成原子のほとんどが一般等価位置にあるので, リートベルト解析ですべての原子の原子座標を精密化し, 妥当な構造に収束させることは困難である. したがって, 分子構造に何らかの束縛を課して精密化を行う. 本手法は結合距離・角を固定し, ねじれ角(単結合まわりの回転)の自由度のみを考慮するリートベルト解析である. この方法は, 化合物中の結合距離・角が, 結合している原子種, 結合次数が同一ならば, 化合物の種類, 結晶構造によらずほぼ一定であり, 分子内の自由度が単結合まわりの回転, つまり, 分子のコンフォメーションに帰着できると仮定したものである. 結合距離・角を精密化しないため, 多くの場合で化学的に常識的な構造が得られやすい. 一方, 分子構造の自由度が制限されているため, local minimumから抜け出せないことも少なくない. これは大きな平面分子やカゴ状分子の場合に顕著である.
(理化学研究所基幹研究所 橋爪大輔)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

LPサーチ
LP-Search
LP-searchは, モンテカルロベースの全パターン分解(whole powder pattern decomposition)アプローチです. 従来のIndexingとは異なり得られたピークからd値の抽出を行う必要がありません. 仮定した空間群のもと, モンテカルロ法で格子定数をランダムに振り, 得られた格子定数の初期値をPawley法またはLe Bail法を用いてパターンフィッティングを行います. パターンフィッティングの過程で残差2乗和が最小になるように精密化していき, 格子定数の解を求めます. この手法ではd値の知識は必要ありません. また, ピークの重なりが激しい, 異相が混じっている, 測定データが結晶子の異方性の影響を受けているなどのd値の抽出が困難または不可能な場合に有効な手法です.
(ブルカー・エイエックスエス(株) 山内 剣)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

チャンネルカット結晶
Channel-Cut Crystals
完全性の高い結晶(GeやSiなど)のブロックに“溝(チャンネル)”を切ることによって, 2~4回程度のBragg反射を行わせ, 取り出すX線の波長域を制限し(モノクロメーターとしての働き), かつ, X線の平行性を高める(コリメーターとしての働き)ために使用される. 例えば, Cu管球から発生させたX線を, チャンネルカット結晶を通すことによって, 平行性の高いKα1線のみを取り出すことができる. 従来は, 化合物半導体薄膜材料など, ブラッグ角を1万分の数度の精度で測定する必要がある場合に用いられてきた. 最近では, 粉末試料を用いた場合でも, 高い角度分解能を必要とする未知結晶構造解析用のデータを測定するデバイシェラー光学系などで使用されることがある.
((株)リガク 佐々木明登)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

Z-Matrix
Z-Matirx
結合距離・結合角度・ねじれ角度の3つの値を用いて, ある1つの基準原子から隣接した原子の位置を順々に定義する表記法. 簡単な分子である過酸化水素を例にとって説明する. H3-O1-O2-H4において(添え字は原子のNo.を表す), O-H間距離は0.97 Å, O-O間距離は1.49 Å, H-O-Oの結合角度は96.5°, H-O-O-Hのねじれ角度は93.5°である. これをZ-matrixで表記すると, 以下のようになる.
No. 原子 距離 角度 ねじれ 結合様式
 1 O
 2 O  1.49         1
 3 H  0.97 96.5      1 2
 4 H  0.97 96.5  93.5  2 1 3
1行目の“1 O”は, 原子1として, O原子が原点に置かれることを意味する. 2行目の“2 O 1.49 1”は, 原子2として, O原子が, 原子1から1.49 Åのところに置かれることを意味する. 3行目の“3 H 0.97 96.5 1 2”は, 原子3として, H原子が, 原子1から0.97 Åのところに, かつ, 原子3-原子1-原子2の結合角度が96.5°になるように置かれる. 4行目の“4 H 0.97 96.5 93.5 2 1 3”は, 原子4として, H原子が, 原子2から0.97 Åのところに, かつ, 原子4-原子2-原子1の結合角度が96.5°, かつ, 原子4-原子2-原子1-原子3のねじれ角度が93.5°になるように置かれることを意味する. なお, コンピューター処理が必要になる場合がほとんどなので, 距離, 角度, ねじれ, 結合様式の記述が必要ない原子3までの空欄部分には, 通常0を入力する必要がある.
((株)リガク 佐々木明登)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

らせん磁性
Helical Magnetism
磁気モーメントの秩序配列の一種. すべての磁気モーメントの方向はある平面内に存在し, その面の中で, あるサイトの磁気モーメントからみて, 次のサイトの磁気モーメントが決まった方向に回転するような配列をらせん磁性と呼ぶ. 吉森がMnO2について見出したのが最初であり, その後, さまざまな物質で見出された. らせん磁性の起源は大きく分けて, 空間反転対称のない結晶における反対称交換相互作用と, 磁気的なフラストレーション(対称交換相互作用の競合)の二種類がある. 後者がしばしば磁気強誘電性を引き起こすことが近年明らかになってきた. らせん磁性には, 磁気伝搬ベクトル, スピンの回転面, ヘリシティ(回転方向)の3つの自由度があり, 磁気強誘電性を引き起こす場合は, これらの自由度が電気分極の向きや大きさと密接に関係する.
(東京大学新領域創成科学研究科 有馬孝尚)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

ジャロシンスキー守谷相互作用
Dzyaloshinskii-Moriya Interaction
ジャロシンスキーは, 2つの磁気モーメントの間に反転中心がない場合, それらの間に働く相互作用に磁気モーメントの外積で表される反対称項が現れ得ることを示した. 例えば, 本来反強磁性であるヘマタイト(コランダム型Fe2O3)は, 260~950 Kまでの広い温度範囲で弱い強磁性成分をもつ. 群論を用いた考察から, c軸方向に隣りあうFeの磁気モーメントの間に働く交換相互作用が, 2つの磁気モーメントの内積で表される項だけでなく, 外積のc軸成分に比例する反対称項をもつ. これによって強磁性成分が説明できる. 守谷は, 超交換相互作用の摂動過程にスピン軌道相互作用の一次の項を含めることで, この反対称項の導出に成功した. このような経緯から, 反対称交換相互作用のことを, ジャロシンスキー守谷相互作用もしくは2人の頭文字を用いてDM相互作用と呼ぶ.
(東京大学新領域創成科学研究科 有馬孝尚)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

スピン軌道相互作用
Spin-Orbit Interaction
原子核の周りを軌道回転する電子に相対性を当てはめると, 電子の周りを原子核が回転することによる磁界が出現することになる. 電子のスピンは, この相対性による磁界のためにゼーマン分裂を起こす. より一般的に, 電界の存在する場所で電子が電界と垂直な速度成分をもって運動すれば, ゼーマン項が出現する. これがスピン軌道相互作用である. 作用する電界の強い内殻や原子番号の大きな原子の場合にはスピン軌道相互作用が大きく, スピンと軌道の合成角運動量がよい量子数となることが多い. 他方, 軌道角運動量そのものが凍結しているd遷移金属やその化合物では, スピン軌道相互作用は磁気異方性などに寄与する. さらに, 異常ホール効果, スピンホール効果, 逆スピンホール効果といった磁気伝導現象や磁気円二色性などの磁気光学現象などにおいて, スピン軌道相互作用は本質的な役割を果たしている.
(東京大学新領域創成科学研究科 有馬孝尚)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

水素ライディングモデル
Hydrogen Riding Model
タンパク質のX線結晶構造解析では水素原子由来の電子密度を観測することはその電子数の少なさから困難であるが, 分解能の向上とともに水素原子の電子密度を観測することが可能となる. しかし, 水素の電子密度が観測される分解能であったとしても, 水素原子の座標・温度因子のパラメータを含めた精密化ができるほどのデータ数に及ばないケースが多い. そこで, 水素の結合している親原子(メチル基の炭素原子やアミノ基の窒素原子)の座標・温度因子から結合している水素原子の座標・温度因子を理想的に決定し, 精密化に加える. ここで加えられる水素原子を水素ライディングモデルと呼ぶ. ヒドロキシル基やチオール基の水素原子の位置は自由度の高さから一義的に決定することは困難である.
(大阪大学蛋白質研究所 東浦彰史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

Wilson温度因子
Wilson Temperature Factor
タンパク質結晶から生じたX線回折は通常, 相対値として測定される. その回折強度(I(hkl))の相対値をある一定の分解能領域ごとに平均したものを原子散乱因子(f0)の二乗の総和で割ったものの対数を分解能(d)の逆数に対してプロットしたものがWilson plotである.
 ____
ln(I(hkl))/(Σfo^2)=-lnk-2B(1/(2d))^2
このプロットは理論的には直線となるが, 3.0 Åより低分解能の範囲で直線から大きく外れる. これはタンパク質中の二次構造などに由来する. プロットから近似的に得られた直線のy切片から回折強度の絶対値を決定するためのスケール因子(k)を, 直線の傾きから結晶内の全原子の平均の温度因子を見積もることができる. この温度因子をWilsonの温度因子(B, 単位:Å^2)と呼ぶ. この温度因子には結晶中の分子自身の振動や構造の乱れ, 分子の結晶中でのパッキングの乱れなどが総合的に含まれている.
(大阪大学蛋白質研究所 東浦彰史)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

カイラルソリトン格子
Chiral Soliton Lattice
カイラル磁性体では, スピンをらせん状にねじろうとする作用(ジャロシンスキー・守谷(DM)相互作用)が働く結果, 結晶軸に沿ってスピンがらせん配列する. この状態でらせん軸に垂直な磁場をかけると, 各々のスピンは磁場から力を受けて磁場方向に揃おうとする. これらの効果が競合する結果, スピンが磁場方向に揃ったドメインとねじれた部分に分離し, これらが交互に周期配列する. この状態がカイラルソリトン格子状態である. この周期は磁場を強めると徐々に広がっていく. 磁場の強さが数百ガウス程度(DM相互作用のエネルギースケールに相当)の臨界磁場を超えると, すべてのスピンが磁場方向に強制配列してカイラルソリトン格子状態は消失する. この構造は整然とした頑丈なものであり, しかも磁場によってその周期を自在にコントロールできる. この性質に着目して, カイラル磁性結晶をスピントロニクスデバイスとして活用する研究が活発に進められている.
(広島大学理学研究科 井上克也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

回折顕微法
Diffractive Imaging
回折顕微法とは, 回折強度自体から計算機を用いた最適化計算によって試料形状などの非周期・局在構造の実空間像を得る手法である. 実空間の一部に先見情報を与えてやることにより, 実空間と逆空間の情報がフーリエ変換で結ばれていることを利用して, 回折図形記録時に失われる位相情報を補う. 照射ビームに高い空間干渉性が必要とされるなどの制約もあるが, X線を用いた画期的な結像法として期待されている. またレンズ結像を経ないことから収差の影響を受けない結像が期待されるため, 電子線を用いた回折顕微法にも注目が集まっている.
(名古屋大学エコトピア科学研究所 山崎 順)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

結晶成長モード
Crystal Growth Mode
エピタキシャル薄膜成長には, 基板との格子不整合度に依存して, 原子レベルで平坦な表面をもつ二次元成長(Frank-Van der Merwe)モード, 凹凸が激しい三次元成長(Volmer-Weber)モード, 中間的な二次元-三次元成長(Stranski-Krastanov)モードがあり, 薄膜の物性に大きな影響を及ぼす. 特に, 半導体薄膜, 酸化物薄膜における二次元成長モードでは, 薄膜成長温度により, レイヤーバイレイヤー成長, ステップフロー成長が起こり, 反射高速電子線回折(RHEED)を用いて原子層あるいは分子層単位で薄膜成長を制御することができる.
(東北大学WPI-AIMR 岩谷克也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

ホモエピタキシャル成長
Homoepitaxial Growth
単結晶基板上に, 基板と同じ物質の薄膜を基板の結晶面に揃えて堆積成長させることをいう. 基板と薄膜が異なる物質の場合はヘテロエピタキシャルと呼ぶ. エピタキシャル成長のためには, 原子レベルで平坦かつ清浄な基板表面, 薄膜成長時の基板温度, ガス雰囲気の最適化などが重要である. 主な薄膜成長手法として, 分子線エピタキシー法(MBE), パルスレーザー堆積法(PLD), スパッタ法, 化学気相成長法(CVD)などがあり, 材料や用途に応じて使い分けられる.
(東北大学WPI-AIMR 岩谷克也)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.05

質量吸収係数
Mass Absorption Coefficient
物質によるX線の吸収量は, X線の光路上にある物質の量によって決まる. 単色のX線が均一な物質を透過するとき, 透過前の強度I0, 透過後の強度I, 光路に垂直な単位面積当たりの質量dの間には I/I0 = e^(-μm・d) の関係が成り立つ. この式に現れる係数mmをその物質の質量吸収係数と呼び, 単位cm2g-1で表す. 質量吸収係数μmと後述の線吸収係数m, 物質の密度rの間には μ = ρμm の関係が成り立つ. 質量吸収係数は, 物質固有の値であり, その相や温度・圧力によらない. しかし, 光路に垂直な単位面積当たりの質量は直接測定できる物理量でないため, X線回折実験における吸収効果の補正に直接用いられることはない. 元素の質量吸収係数を物質の線吸収係数の計算に用いるのがおもな用途である. International Tables for Crystallography Volume CのTable 4.2.4.3に, 原子番号1番から98番までの元素の, よく使われる特性X線24種類の波長に対する質量吸収係数が示されている.
(東京工業大学大学院理工学研究科 尾関智二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

線吸収係数
Linear Absorption Coefficient
単色のX線が均一な物質を透過するとき, 透過前の強度I0, 透過後の強度I, 光路長xの間には I/I0 = e^(-μx) の関係が成り立つ. この式に現れる係数mをその物質の線吸収係数と呼ぶ. 単位mm-1で表すことが多い(以前は単位cm-1で表すことが多かった). 線吸収係数μと質量吸収係数μm, 物質の密度ρの間には μ = ρμmの関係が成り立つ. 線吸収係数は, 温度や圧力により変化する値ではあるが(体積が膨張すれば, 線吸収係数は減少する), X線の透過因子を光路長と関係づけられるので, X線回折実験における吸収効果の補正に用いられる. ある指数の回折線を考えたとき, 結晶中の体積要素dvに対して, 入射光が結晶に入ってからdvに達するまでの距離をp, 回折光がdvで回折されてから結晶を出るまでの距離をqとおくと, この回折線に対する透過因子Tは結晶全体にわたる積分 T = ∫v(e^(-μ・(p+q)))dvにより計算される.
(東京工業大学大学院理工学研究科 尾関智二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

物質の線吸収係数の計算
Calculation of Linear Absorption Coefficient
物質によるX線の吸収は, そこに含まれる各原子による吸収の足し合わせであるため, 物質の線吸収係数は, 組成と各元素の吸収係数を基に計算することができる. 元素の吸収係数としては, 各元素に固有の値である質量吸収係数を用いる. 物質を構成するi番目の元素の質量分率をgi, 質量吸収係数をμmiとすると, その物質の線吸収係数は μ = ρΣ(gi・μmi) で表される. ここでrはその物質の比重である. 解析プログラムが充実した現在, 各元素の質量吸収係数を用いて化合物の線吸収係数を求める計算を行う機会は少なくなっているが, プログラムが出力したμの単位がmm-1であるのかcm-1であるのか, および, 吸収補正のプログラムに入力すべきμの単位がmm-1であるのかcm-1であるのかには注意を払う必要がある. μmiを単位cm2g-1で表し, ρを単位g cm-3で表した場合に上式で得られるmの単位はcm-1となる. 単位cm-1で表した線吸収係数は, 単位mm-1で表した値の10倍になる.
(東京工業大学大学院理工学研究科 尾関智二)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

べん毛
Flagellum
多くの運動性細菌に見られるタンパク質が集合してできた繊維状の運動器官. 生えている本数や場所, 抗原性が細菌によって異なることから, 細菌の分類に用いられる. 細菌べん毛は生物で最初に見つかった回転システムで, 繊維の根元の細胞膜にある分子モーターが繊維を回して推力を発生する. モーターの直径は約45ナノメートルで, 細胞内外のイオン濃度差を利用して回転し, 逆回転もできる. 大腸菌やサルモネラ菌のモーターは水素イオンの濃度差を利用して毎秒300回転, 海洋性ビブリオ菌のモーターはナトリウムイオンの濃度差を利用して毎秒1500回転の猛烈なスピードで回転する. これに対しミドリムシや精子などの真核生物の「鞭毛」は, ATPの加水分解エネルギーを利用して「鞭毛」繊維自身が変形し,「むち打ち」運動を行う. 両者がまったく異なるシステムであることから, 細菌「べん毛」をひらがなで表記し, 区別している.
(大阪大学大学院理学研究科 今田勝巳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

輸送シャペロン
Export Chaperone
菌体外に分泌されるタンパク質分子に結合し, 分泌前の凝集を防ぐ働きをする一群のタンパク質. 菌体内部で合成された分泌タンパク質は, 輸送装置の狭い隙間を通過するために一部がほどけた状態にあるものが多い. また, 菌体外部で大きな集合体を形成するタンパク質は, 普段はほどけていて集合するときに初めて折り畳まれる部分を含むことが多い. このようなタンパク質のほどけた領域は凝集しやすいため, 輸送シャペロンが結合して菌体内での凝集を防いでいる. 結合する相手が一種類のものもあれば, 複数のタンパク質を認識するものもある. 輸送シャペロンは単に凝集を防ぐだけでなく, 分子の輸送状況に応じて分子の生産を制御するなど, 多機能性をもつことが最近明らかにされてきている.
(大阪大学大学院理学研究科 今田勝巳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

分子ものさし
Molecular Ruler
決まった長さをもつ分子集合体が作られる際に, その長さを制御する分子. 分子の物理的な長さが集合体の長さを決めるナノスケールの「ものさし」として働く. そのため, ものさし分子を長くしたり短くしたりすると, それに応じて分子集合体の長さも変化する. 細菌に感染するウイルスであるlファージやT4ファージの尻尾は, 分子ものさしとして働くタンパク質が伸びきる長さで決まり, タバコモザイクウイルスの長さは, 自身の遺伝情報を伝えるRNA分子の長さで決まる. べん毛フックも長さがほぼ決まっているが, ものさし分子であるFliKがその長さを測っている. ほかにも, 細菌が宿主に感染する際に宿主細胞に毒素などを送り込むための器官で通称「毒針」とも呼ばれるⅢ型輸送装置の針の長さも, ものさし分子の働きで一定の長さになる.
(大阪大学大学院理学研究科 今田勝巳)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

ベイポクロミズム
Vapochromism
物質の光物性(色や蛍光など)が蒸気(Vapor)の作用により可逆的に変化するクロミック(色変化)現象. 一般的に, 蒸気の吸着に誘起されるホスト骨格の構造変化に起因している. 種々のクロミズムのうち, フォトクロミズムやサーモクロミズムでは, 物質の化学組成が変化しないのが一般的だが, ベイポクロミズムでは蒸気の吸脱着に起因している場合がほとんどであり, 色変化の前後で物質の化学組成に変化があるのが特徴.
(北海道大学大学院理学研究院化学部門 加藤昌子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

金属間相互作用
Metal-Metal Interaction
金属イオン間の電子軌道の重なりによる電子的相互作用の総称. 特に, d軌道間の重なりによる金属間相互作用は, Mo(II)イオンなどで観測される4重結合(s, p, d結合)のような強固な結合性相互作用から, Pt(II)イオンなどで観測される非結合性相互作用まで, d電子数に大きく依存するのが特徴. 共有結合性相互作用は, 通常, 金属-金属結合と呼ばれる. d電子軌道の重なりに起因した相互作用であるため, d電子軌道の広がりが大きく有効な重なり積分を生じ得る, 低酸化状態の前周期遷移金属イオンや後周期5d金属イオンで顕著な効果をもたらすことが多い.
(北海道大学大学院理学研究院化学部門 加藤昌子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

蒸気吸着等温線測定
Vapor-Adsorption Isotherm Measurement
気体分子が固体表面(もしくは内部)に取り去られる吸着現象を定量的に評価する測定. 逆に吸着した気体分子が気相へ戻る過程を脱着という. 一定圧力で吸着の進行が止まったように見える状態を吸着平衡状態といい, その圧力を吸着平衡圧という. 温度が一定であれば吸着される気体分子の数は圧力のみに依存する. 縦軸に吸着量, 横軸に相対圧をプロットしたものを等温線(isotherm)といい, 固体物質がどのような細孔(表面積, 形状, サイズなど)を有するかに関して有用な情報が得られる.
(北海道大学大学院理学研究院化学部門 加藤昌子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

Co系超伝導酸化物
Cobalt Oxide Superconductor
Cu系高温超伝導酸化物の発見(1986年)のあと, 3d遷移金属元素であるコバルトやニッケルの酸化物についても活発な研究が行われたが, 超伝導が見出されたのは2003年と2004年に報告されたNaxCoO2・yH2O(x~0.35, y~1.3)の2H型および3R型のみであった. Cu系では酸素の八面体型6配位, 四角錘型5配位, 平面型4配位のいずれかが酸素の頂点共有で二次元的に繋がるのに対し, Co系はCoO6八面体が稜共有で二次元的に繋がるCoO2層のファンデルワールス間隙にNa+と水の入ったインターカレーション化合物とみなせる. 磁性イオンの三角格子や強い電子相関の系として興味をもたれる化合物と同じ構造を含むがNaxCoO2・yH2Oの通常の構造解析による結果の信頼性は高くなかった. CoO2層はNa+と水2分子層を隔てて9.8 ≠フ間隔で規則的に積み重なり, ゲスト(Na+と水)はNa+に水分子が配位するサイズのために大きい二次元格子を作り別周期のCoO2層をはさむゆえか規則積層から外れた積み重なり方をして散漫散乱(ストリーク)が観測されると理解できる.
(物質・材料研究機構 小野田みつ子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

短距離規則積層
Short-Range Order Stacking
合金の2元系で規則配列があると回折に超格子反射が現れるが長周期規則がなくても各原子は自分と異なる種類の原子に囲まれるほうが安定であることが多く短範囲規則と呼ばれ, 回折パターンにはブロードな極大をもつ散乱が現れる. 金属硫化物で金属イオンと空位の規則配列層が積み重なるときに観察される逆空間でのストリークについて, イオン反発から同じ規則配列が真上に来る確率はゼロであり横にシフトしての積層が複数可能でそれらが等しい確率で起きる現象として解析され層間短範囲規則と呼ばれた. 厚みのある層構造(シート状構造)が積み重なるときに同じ配置が真上に来るより横にシフトして積まれるほうが安定な場合に短距離規則積層と呼ぶのが適当と考えてCo系超伝導酸化物のゲスト部分の解析でこの言葉が使われた. ゲスト層同士の相互作用が比較的弱く第1近接では同じ配列の繋がりを避けるという規則性があるが第2近接との相関はない場合にあたる.
(物質・材料研究機構 小野田みつ子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

層構造
Layer Structure
積層不整解析法が金属の稠密詰め込み構造など単純な系に適用された頃は単原子層を用いて積層モデルが作られたが化合物にこれを適用すると繋がりのP表すなわち行列Pの次数が大きくなり入力データの作成や計算の負担が大きい. 最近の解析では基本層や層単位と呼ばれる積層単位には複数の連続する原子層からなる層構造(シートの構造)が用いられている. 柿木・小村の方法として整備された解析法では厚みの等しい層や厚みの異なる層を扱うがその手法は連続する原子層からなる層構造の厚みにそのまま適用できる. ab面内の配列が完全に規則的な層構造が複数あってc方向に積み重なるときにどの層構造がくるかが規則的でない問題を扱うときは構造因子にa*方向とb*方向のラウエ関数の平方根をかけた層構造因子が使用される. また繋がりの確率の値が直前の層構造を含めて前にあるg枚の層構造の種類によって異なることを意味するReichweite g(またはs)がJagodzinski(1949)によって導入されg=n(またはs=n)は層の影響度とも呼ばれて使われている. これらの概念も単原子層だけでなく連続する原子層からなる層構造にも適用できる.
(物質・材料研究機構 小野田みつ子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

ファイトレメディエーション
Phytoremediation
植物を用いる環境浄化技術.「バイオレメディエーション(生物を用いる環境浄化)」のうち, 主に高等植物を用いるものを指す. 浄化対象としては, 植物が相互作用する大気, 土壌, 水と多岐にわたる. 例えば植物が水や養分を取り込むことを利用して, 土壌中の有害物質を植物に吸収・蓄積させることで, あるいは植物体内で有害物質を分解させることで土壌を浄化する. 汚染物質が重金属の場合には, 特異的に重金属を集積する植物を用いることにより, 高効率な浄化の実現が期待されている. カドミウムを高濃度に蓄積するハクサンハタザオ(アブラナ科Arabidopsis halleri ssp. gemmifera)やニッケルを貯めるアリッサム(アブラナ科Alyssum lesbiacum), ヒ素を高集積するモエジマシダ(イノモトソウ科Pteris vittata)などが知られている.
(東京電機大学工学部環境化学科 保倉明子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

μ-XRD
Micro X-ray Diffraction
集光素子により形成されたX線マイクロビームを用いるX線回折法. 通常のX線回折法と同じように, 物質の結晶構造に関する情報が得られ, また結晶の相同定法として有用な手法である. 集光素子を用いて形成したX線を, 不均一な試料上の小さなスポットに照射することで, その局所的な特性を明らかにすることができる. 空間分解能は, 集光素子の特性や用いるエネルギーに依存するが, 大概すると, ポリキャピラリーで数百~数十μm程度, K-Bミラーやフレネルゾーンプレートで数μm~数十nm程度である. 特に第三世代の大型放射光施設の高輝度・高指向性のX線を用いて, 数nmサイズのビームを実現させるべく集光素子の開発が進められている.
(東京電機大学工学部環境化学科 保倉明子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

μ-XANES
Micro X-ray Absorption Near Edge Structure
X線マイクロビームを用いるX線吸収端微細構造解析. 集光素子を用いて形成したX線を, 不均一な試料の微小領域に照射することで, その目的元素の化学状態についての情報を得ることができる. X線吸収端微細構造解析では, 照射するX線エネルギーを走査しながら, 入射光強度I0と透過光強度Iより, 吸光度μt=ln(I0/I)を計測して, X線吸収スペクトルを得る. この吸収スペクトルより, 目的元素の電子状態や対称性に関する情報が得られる. また, 透過光強度Iの代わりに試料から発生する蛍光X線強度Ifを用いる蛍光法では, ppmオーダーの微量元素の化学状態についての情報が得られる.
(東京電機大学工学部環境化学科 保倉明子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.053 No.06

高木方程式
Takagi Equation
ひずみのある結晶を伝播するX線, 電子線の振る舞いを記述できる動力学的回折理論が1962年に高木左知夫東大教授によって発表された. ひずみを変位u(r)で表すと, 分極率χは, χ(r)=Σχh exp(-2πi[h・r - h・u(r)])と書かれる. ここで h は逆格子ベクトルである. これを結晶内のMaxwell方程式から導かれる式∇^2D+4π^2K^2D+rot・rot(χD) =0に代入して解くと, 動力学的理論の基本方程式が得られる. ここで, Dは電気変位, Kは真空中の波数である. ブラッグ反射が1つしか起こっていなくて, 回折波(h波)と入射波(0波)の2つのみが大きな振幅をもつ場合には, 次のように簡略化される.
∂D0/∂s0 = -iπK・Cχ-h・Dh, ∂Dh/∂sh = -iπK・Cχh・D0 + i2πK・βh'・Dh
ただしCは分極因子, s0, shは波動ベクトルk0, khの方向にとった斜交座標である。βh'はブラッグ条件からのはずれを表す量で, ひずみのある結晶では場所場所によって値が異なる. この連立偏微分方程式を高木方程式と呼び, X線トポグラフの欠陥像シミュレーションの基礎となっている(高木・トーパンの式とも言う).
(九州シンクロトロン光研究センター 川戸清爾)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

表面音響波デバイス
Surface Acoustic Wave[SAW]Device
水晶, ニオブ酸リチウム(LiNbO3), タンタル酸リチウム(LiTaO3)などの圧電性結晶の表面に櫛形電極(Interdigital Transducer;IDT)を設け, そこに高周波電圧を印加すると, 結晶の表面に沿って伝播する表面音響波[SAW](弾性表面波ともいう)が励振される. IDTの中心周波数をf, IDTの周期を2d, 表面波の伝播速度をvとすると, v=2d×fの関係がある. 表面波の伝播の様子は, 放射光X線を用いたストロボ・トポグラフィによって観察できる. この波を応用した電子デバイスがSAWデバイスで, VHS, UHF帯で利用されるフィルタ, 発振子などがある. SAWフィルタは, 圧電性結晶基板上に表面波を励振する櫛形電極と受信する櫛形電極を対にした構造となっている. SAW共振子は櫛型電極間に定在波を発生させるもので, 電極数を増すことによって高いQ値を実現する. SAWデバイスの製造工程はICやLSIを製造する工程に類似しており, 超微細なパターン加工が必要である.
(九州シンクロトロン光研究センター 川戸清爾)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

トポ-トモグラフィ
Topo-Tomography
単結晶中の格子欠陥の三次元分布を画像化する手法である. CT(Computed Tomography)と同様に試料を回転させながら測定した二次元の透過像から三次元像が再構成される. 測定される二次元透過像が, CTではラジオグラフ像であるが, トポ-トモグラフィではX線トポグラフ像である. したがって, 試料を回転させても試料が回折条件を満たすように, 回折ベクトルを回転軸として試料を回転させる必要がある. 検出器にはCCDカメラなどのX線カメラが用いられる. 2001年にW. Ludwigらが提案した.
(高輝度光科学研究センター 梶原堅太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

ステップスキャニングセクショントポグラフィ
Step Scanning Section Topography
単結晶中の格子欠陥の三次元分布を画像化する手法である. 試料と入射X線を相対的に走査しながらセクショントポグラフ像を測定し, 得られた一連の画像を積み重ねることで三次元像を作製することができる. 1974年にA. L. Andersenらによって提案されたが, 三次元画像を得られるようになったのは放射光の利用により短時間で測定が行われるようになってからである. それまでは, 断続的にいくつかの断面像を測定していた. また, セクショントポグラフ像の三次元化はコンピュータの画像処理能力の向上とX線カメラの開発によるところも大きい.
(高輝度光科学研究センター 梶原堅太郎)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

(+, -)配置
(+, -)Setting
第1結晶と第2結晶において, 入射X線に対して回折X線の向きが反対になるような配置(図2の2結晶分光器M, あるいは図2bのコリメータ-試料の位置関係). とくに, 2つの結晶が同じ物質で同じ格子面の場合, 2つの回折面は完全に平行になり, 広い範囲の波長のX線が同時に回折されるため, 非分散になる.
(産業技術総合研究所 山口博隆)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

トップアップ運転
Top-up Operation
放射光X線は貯蔵リング内を高速で周回する電子ビームから発せられる. 電子の蓄積量は残留ガスとの衝突などにより, 時間とともに減衰する. そのため, 半日か1日ごとに減衰分の電子を補充(入射)する必要がある. 入射中は放射光利用が中断されるほか, 放射光X線強度の低下による光学系の変化が避けられなかった. これらの欠点を補うため放射光の利用中に, ごく短時間ごとに少量の電子の入射を行い, ビーム電流を常時一定に保つ運転がトップアップ運転である. この運転モードでは入射による利用停止時間がなくなり, さらにビーム電流の減衰によるX線強度の変化を考慮する必要がなくなった. そのため, 実験開始時に試料を含めた光学系を調節すればその後の調節はほとんど不必要になり, 安定した精密回折実験の実施が行えるようになった.
(島根大学総合理工学部 水野 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

不整合転位
Misfit Dislocation
格子定数の異なる2種類の物質からなるヘテロエピタキシャル薄膜の界面には, 格子定数の差に起因するひずみが必ず存在する. 薄膜の厚さが薄いうちは, 薄膜が弾性的に変形することによりひずみを緩和することが可能である. しかし, 薄膜が厚くなると塑性的なひずみ緩和が起こる. このときに発生する転位が不整合転位である. 不整合転位は界面に存在し, 一般に基板から薄膜に引き継がれ, 薄膜を貫通した転位がすべって形成される. そして不整合転位が初めて形成される膜厚は臨界膜厚と言われる. 臨界膜厚の理論式は転位に働く力の釣り合いに基づくMathewsらによる式と転位に蓄積されたエネルギーの平衡に基づくPeapleらによる式が提案されている. 実測結果はこれらの式から得られた値の間に分布している.
(島根大学総合理工学部 水野 薫)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

運動学的像
Kinematical Image
種々な結晶中で一般に観察される転位像はこの運動学的像であり, また直接像(Direct image)とも呼ばれている. 転位のような欠陥が存在する場合, 転位芯近傍ではそのひずみのために反射面は大きくひずんでいる. そのような領域で一回だけ反射されたX線が結晶中で吸収されずに像を作る場合, その像は運動学的像ないしは直接像と呼ばれる. この運動学的像が観察されるためには, 本文の中で示したとおり, 結晶のX線吸収係数μと試料の厚さtの関係がμt≦ 1を満たしていること, また, 消衰距離ξgと試料の厚さtとの関係がt>αξg(αは0.3~1の定数)を満たしていることなどが条件となっている. また, いくつかの反射ベクトルを用い, 転位像の消滅を観察することにより, 転位のバーガースベクトルを決定することができる. このほかに厚い結晶の転位近傍で, 特徴的な黒-白-黒と続くコントラストが観察される場合がある. この像はX線の動力学的効果によるものなので動力学的像(Dynamical image)と呼ばれている.
(横浜創英大学 小島謙一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

デジタルトポグラフィ
Digital Topography
従来のX線トポグラフィは, 記録する方法としてX線専用フィルムないしは原子核乾板などが用いられ, 湿式で現像するアナログ方式がとられてきた. その理由は, 記録媒体がX線の感光度が高く, かつ, 感光粒子の大きさがサブミクロンのため分解能が高いことによる. このほかに, 転位の動的な観察をするためにX線撮像管によりテレビ画面で観察する方法も開発されてきた. しかしながら, 近年, X線の記録素子の改良が進み, 分解能の高いX線デジタルCCDカメラが開発されてきた. このデジタル記録素子の情報から結晶の微小部分の回折線の強度, 位置, 半値幅などを得ることができ, 従来のアナログ式トポグラフィよりも多くの情報が得られる. これらの強度, 位置, 半値幅などを結晶全体についてマッピングすることにより, 結晶の完全性に関する情報を得ることができる. このようなCCDカメラシステムによるトポグラフィをデジタルトポグラフィと呼んでいる.
(横浜創英大学 小島謙一)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

動力学回折理論
Dynamical Theory of Diffraction
結晶によるX線または粒子線の回折において, 1回散乱だけを扱う運動学的回折理論に対し, 多重散乱を扱うのが動力学(的)回折理論である. 前者は, モザイク結晶に適用され, 後者は完全結晶に適用される. 理論にはいくつかの流儀があるが, X線の場合, Ewaldの理論をベースにしたLaueの理論が広く用いられている. この理論は, 完全結晶に対し三次元周期をもつX線感受率(分極率)(吸収を考慮すると複素数)を求め, マクスウェル方程式から基本方程式を導き, 実験に合った境界条件で, それを解くことによって結晶内外の電場がすべて求められる. 動力学効果の主なものとして, 結晶内部の2つの散乱波の干渉によるペンデル縞, 吸収性結晶においては吸収係数がほとんどゼロとなる異常透過(逆に吸収係数を増大させる異常吸収, 消衰効果)(異常透過・吸収の発見者の名に因んでボルマン効果とも呼ぶ)がある.
(埼玉工業大学先端科学研究所 深町共榮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

ブラッグケース, ラウエケース
Bragg Case and Laue Case
ブラッグケースは, 入射波と回折波が結晶の同一平面上にあり, ラウエケースは, 透過波と回折波が同一平面上にある. 完全結晶におけるX線回折において, ブラッグケースでは, 結晶内のブラッグ角θ'B(ブラッグ角θBよりわずかに大きい)を中心にして, 反射率がほぼ100%の全反射領域と呼ばれる数秒程度の角度幅の領域がある. 通常, 全反射領域より低角度側が異常透過となり, 逆に高角度側が異常吸収となる. 対称ラウエケースでは, θ'B=θBであり, 吸収の小さい薄い結晶ではペンデル縞が見え, 厚い結晶ではθ'B付近で異常透過が見える.
(埼玉工業大学先端科学研究所 深町共榮)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

ひずみSiウェーハ
Strained Si Wafer
Si基板上に1%程度の2軸の引張りひずみを有する15~75 nm厚のひずみSi層を形成したウェーハ. Siにひずみを印加することにより電子や正孔の移動度が向上することから, Si-LSI(Large Scale Integration)の高性能化のために2001年頃から研究開発が開始された. ひずみSi/SiGe/Si基板, ひずみSi/SiGe/SiO2/Si基板, ひずみSi/SiO2/Si基板など, さまざまな構造のものが提案されている. 個々のデバイスに局所的にひずみを印加する手法をローカルひずみ技術と呼ぶのに対して, ひずみSiウェーハを使う手法をグローバルひずみ技術と呼ぶ. 米国Intel Corp.が2004年に出荷したマイクロプロセサ「Pentium 4」にはローカルひずみ技術が採用された. グローバルひずみ技術は2012年2月現在のところ実用化には至っていない.
(大阪大学大学院工学研究科 志村考功)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

広領域X線トポグラフィ
Large-area X-ray Topography
大きなサイズの入射X線を用いて広い領域のX線トポグラフィを一回の露光で測定する手法. 低角入射で高角出射の非対称反射を用いるとより広い領域を測定することができる. 広範囲にわたる結晶の不均一性を議論するのに有効である. SPring-8のビームライン20B2はベンディングマグネットを光源とする全長約200 mのビームラインであり, 300 mm幅の入射X線を使用することができる. 現在, LSI用では直径300 mm のSiウェーハが主流であり, その評価に用いられた.
(大阪大学大学院工学研究科 志村考功)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

ロッキングカーブX線トポグラフィ
Rocking Curve X-ray Topography
試料を回転させながら一連のX線トポグラフを測定する手法. Sequential topography やRocking Curve Imagingとも呼ばれている. CCDなどのオンラインの二次元検出器を用いることにより効率的に測定できるようになった. 画素ごとにロッキングカーブを算出し, ピーク位置や積分強度などの各種情報を抽出し可視化することができ, 試料の局所領域の格子面傾斜, ひずみなどの結晶性の分布を得ることができる. 位置分解能は検出器の画素サイズで制限される. 結晶性が悪い場合は, 検出器の画素と試料の局所領域が1対1の対応関係でなくなるので位置分解能はさらに低下する. 試料と検出器間距離にも依存する.
(大阪大学大学院工学研究科 志村考功)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

ダイヤモンドの分類法
Diamond Classification
ダイヤモンドは不純物の種類と濃度によって, Ia, Ib, IIa, IIbという, 4つのタイプに分類されている.1) 4×10^20 cm-3以下の凝集した窒素が含まれるダイヤモンドはType-Iaに分類される. 天然ダイヤの98%がこのType-Iaである. また, 窒素が結晶内部に均一に分散し, かつ含有量が2×10^17~10^20 cm^-3程度のダイヤモンドはType-Ibと呼ばれる. 一方, 窒素を含まないダイヤモンドはType-IIに分類される. 不純物をほとんど含まないダイヤモンドはType-IIa, ホウ素含有量が2×10^20 cm^-3以下のダイヤモンドはType-IIbと分類されている. 基本的にダイヤモンドは電気的に絶縁体だが, Type-IIbはp型半導体の特性を示す. 1)E. Field(Ed.)Properties of Natural and Synthetic Diamond, Appendix B, p.669, Academic Press, London (1992).
(産業技術総合研究所 加藤有香子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

Huangの性能指数
Huang's Figure of Merit
材料のハイパワー動作特性を比較するための値. EC√μ. ECはブレークダウン電界, μはキャリア移動度である.1) 計算によって得られる, ユニポーラトランジスタの電力損失と反比例の関係にあるので, Huangの性能指数が高い材料ほど, 省エネデバイス材料に適しているということになる. この性能指数を用いるのは新規材料と既存材料の特性を比較するときなので, 絶対値ではなく, Siの性能指数を1にした場合の相対的な値を比較することが多い. 例えば, Siを1としたとき, GaN=8.0, GaAs=3.3, SiC(6H, α)=3.9, SiC(4H, α)=3.9, ダイヤモンド=23.8となる. 1)A. Q. Huang: IEEE Elec. Dev. Lett. 25, 298 (2004).
(産業技術総合研究所 加藤有香子)  J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.01

濃度消光
Concentration Quenching
発光中心イオンを付活した蛍光体において, 発光中心イオンの濃度増加にともない蛍光体の発光強度(発光効率)が低下する現象を濃度消光という. この原因の1つに, 励起エネルギーが発光中心イオン間を移動し, その後, 発光をともなわず無輻射的に消費される過程(無輻射遷移過程)がある. この無輻射遷移過程が起こる確率は, 発光中心イオン間の距離が大きくなるほど小さくなる. したがって, ホストの結晶構造において, 発光中心イオンが占め得るサイト間の距離が大きいほど, 濃度消光が起こりにくいことが期待される.
((株)三菱化学科学技術研究センター 川野哲也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

電荷移動遷移
Charge Transfer Transition
2種類のイオン間の電子遷移を電荷移動(CT)遷移という. 蛍光体におけるCT遷移は発光中心イオンとその周囲の陰イオン間で起こる. Cr3+やMn2+のd-d遷移とは異なり, Ti4+, V5+, W6+などd電子をもたないd0遷移金属イオン(Mp+)は酸化物の結晶中でTiO68-, VO43-, WO42-のように酸化物イオン(O2-)により配位され, Mp+-O2-間のCT遷移に基づく光吸収と発光を示す. 励起エネルギーを受けると, 電子がOの2p軌道からMのd軌道に遷移し, 励起状態になる. 無輻射的なエネルギー緩和の後, 電子がMのd軌道からOの2p軌道に戻る際に発光が生じる.
((株)三菱化学科学技術研究センター 川野哲也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

交換スティフネス定数
Exchange Stiffness Constant
強磁性体における交換相互作用の強さを表す指標の1つ. 強磁性体では, その基底状態で電子の磁気モーメントMが一方向に揃っている. この磁気モーメントの配列に乱れが生じた場合, 磁性体はその乱れ方に応じたエネルギーの変化を被る. そのエネルギー変化量(Eex)は, 磁気モーメントの勾配を含むEex=A(grad M)2/M2という形で表現され, ここでの定数Aを交換スティフネス定数と呼ぶ. 強磁性体の磁壁位置では, 急激なエネルギー変化を回避するために, 磁気モーメントはある一定の範囲で(磁壁の幅に相当する長さにおいて)緩やかな回転を示す. 交換スティフネス定数が大きいほど, 隣り合う磁気モーメントを平行に揃えようとする傾向が強まるため, 回転は緩やかになり, 結果的に磁壁の幅は拡がる.
(東北大学多元物質科学研究所 村上恭和) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

結晶磁気異方性定数
Magnetocrystalline Anisotropy Constant
磁気異方性(強磁性体の自発磁化が特定の方向をむきたがる傾向)を与える要因のうち, 結晶の対称性に起因するものを結晶磁気異方性と言う. この異方性の強さを表す指標が結晶磁気異方性定数である. ある結晶格子において磁化が最もむきやすい方位, つまり内部エネルギーが最小となる結晶方位のことを磁化容易軸という. これとは逆に内部エネルギーが最大となる結晶方位を磁化困難軸という. 結晶磁気異方性定数が大きい物質ほど, 自発磁化が容易軸方向をむいた場合と困難軸方向をむいた場合のエネルギー差が大きくなる. 強磁性体の磁壁位置では, 磁気モーメントの緩やかな回転に伴い, 局所的に磁化容易軸からのズレを余儀なくされる. 結晶磁気異方性定数が大きくなると, このズレの部分をできるだけ減らそうとする傾向が強まり, その結果磁壁の幅は狭くなる.
(東北大学多元物質科学研究所 村上恭和) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

二次電池
Rechargeable Battery
蓄電池とも呼び, 充電することで繰り返し使用することができる電池を指す. 代表的なものに, 鉛蓄電池やニッケル・水素電池, リチウムイオン二次電池がある. 基本的には, 正極に酸化剤(正極活物質), 負極に還元剤(負極活物質), 両電極間のイオン輸送媒体となる電解質から構成され, また両電極の内部短絡を防ぐためのセパレータ(隔膜)が用いられる. 可逆的な酸化還元反応を用いることで, 繰り返し充放電が可能になる.
(大阪大学大学院基礎工学研究科 吉川 純) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

原子コラム
Atomic Column
結晶を対称性の高い方向から見ると, 原子が整然と規則配列していることがわかる. このとき, 奥行き方向に1列に並んで見える原子列を原子コラムと呼ぶ. 最近は, 走査型透過電子顕微鏡法において, 直径サブÅの微小な収束電子ビームを原子列に平行に入射し, 走査することで, 原子コラムごとの組成・電子状態分析が可能になっている.
(大阪大学大学院基礎工学研究科 吉川 純) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

逆行輸送
Retrograde Transport
細胞膜(PM)からトランス・ゴルジ網(TGN)への積み荷タンパク質の輸送過程のこと. 細菌の毒素の細胞への侵入経路として興味を集めていたが, 多くの生理学的過程においても重要な役割を果たしていることが判明してきており, その研究対象としての重要性はますます増してきている. 哺乳類細胞において, 現在判明しているだけで少なくとも3つの経路(①初期エンドソーム(EE)から直接TGN. ②EEから後期エンドソーム(LE)を介してTGN. ③EEからリサイクリングエンドソーム(RE)を介してTGN.)が存在し, 積み荷タンパク質の種類によってどの経路を通るかが厳密に制御されている. 単細胞生物より, 多細胞生物のほうが逆行輸送の機構が複雑(経路数や構成要素数が多い)であることが知られており, その多細胞生物特有の生理学的機能への関連性を窺わせている.
(高エネルギー加速器研究機構 岡崎誠司) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

PHドメイン
Pleckstrin Homology(PH)Domain
約120アミノ酸残基のタンパク質ドメインで, 細胞内シグナル伝達関連タンパク質や, 細胞骨格を構成するタンパク質などの, 多様なタンパク質に存在する. このドメインは, 2つのほぼ直行するβシートからなるβサンドイッチ構造とαヘリックス構造からなる高次構造を有する. PHドメインの機能は, 生体膜上のホスファチジルイノシトール(PI)脂質(PI-3,4,5-トリスリン酸, PI-4.5-ビスリン酸など)の極性頭部への特異的結合能や, ほかのタンパク質(プロテインキナーゼCなど)との相互作用能などが知られている. PHドメインはこれらの機能を介して, タンパク質を適した細胞内コンパートメントへ局在させ, 適した相手のタンパク質との相互作用を可能とする.
(高エネルギー加速器研究機構 岡崎誠司) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

リン脂質
Phospholipid
構造中にリン酸エステル結合をもつ脂質の総称. 両親媒性をもち, 脂質二重膜を形成して糖脂質やコレステロールとともに生体膜の主要な構成成分となるほか, 生体内でのシグナル伝達にもかかわる. リン脂質は, 大きく分けてグリセロールを骨格とするグリセロリン脂質と, スフィンゴシンを骨格とするスフィンゴリン脂質の2つがあり, 本稿における重要なリン脂質であるホスファチジルセリンはグリセロリン脂質に属する.
(高エネルギー加速器研究機構 岡崎誠司) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

マラリア
Malaria
マラリアは, ハマダラ蚊により媒介されるマラリア原虫が引き起こす寄生原虫感染症である. ヒトに感染するマラリア原虫には, 熱帯熱マラリア原虫, 三日熱マラリア原虫, 四日熱マラリア原虫, 卵型マラリア原虫の4種類があり, 形態, 発育, 病原性などに違いがある. この中で, 熱帯熱マラリア原虫による感染が, 感染者数, 薬物耐性, 重症マラリアを引き起こす点などから最も注目されている. 世界中で毎年3億~5億人がマラリアに感染し, そのうち100万~300万人が死亡している. また, マラリアの発生は, 熱帯・亜熱帯地域が主流であったが, 近年の地球温暖化の影響により発生地域が温帯地域にまで拡大している. このような状況下, 新規抗マラリア薬の開発が求められている.
(昭和大学薬学部 梅田知伸) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

タンパク質立体構造情報に基づく薬剤設計
Structure Based Drug Design:SBDD
ある疾病関連タンパク質が特定された場合, その立体構造情報を利用することにより, 合理的な薬剤設計を行うことができるようになる. これをタンパク質立体構造情報に基づく薬剤設計(Structure Based Drug Design:SBDD)と呼び, 短期間・低コストでの創薬が可能となる. 立体構造情報の具体的利用例としては,「リード化合物の構造最適化」や「化合物ライブラリーを用いたin silicoスクリーニング」などが挙げられる. また, 近年では, 分子量100~300程度の低分子化合物を化合物展開の起点とする手法(Fragment-based Drug Discovery:FBDD)も盛んに行われるようになってきた.
(昭和大学薬学部 梅田知伸) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

古細菌
Archaea
リボソーム小サブユニットRNAの塩基配列に基づき, 生物は真核生物, 真正細菌, 古細菌の3つのグループに分類される. 古細菌は, 真正細菌と類似した性質, 真核生物と類似した性質(タンパク質合成系など), および, 古細菌特有の性質(エーテル型脂質など)をあわせもち, 極限環境(絶対嫌気条件, 飽和食塩水, 超高温など)を好むものが多い. 古細菌のうち, 超好熱性古細菌(生育至適温度が80℃以上)は進化系統樹の根本付近に位置し, 真正細菌とは異なる代謝系や酵素をもつことから, 地球上で最初の生命は温泉や海底の熱水噴出口のような高温環境で誕生したと推測されている.
(東京大学大学院理学系研究科 西増弘志) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

二機能性酵素
Bifunctional Enzyme
酵素は基質・反応特異的な生化学反応を触媒するが, 酵素のなかには二機能性酵素と呼ばれるものがある. 従来の二機能性酵素は, 触媒する化学反応は同じだが複数の類似化合物を基質として利用できる基質特異性のゆるい酵素, または, 複数の活性部位をもつマルチドメイン酵素であった. FBPA/Pは従来の二機能性酵素と本質的に異なり, 1つの活性部位で異なる化学反応を触媒する“真の”二機能性酵素である. 今後FBPA/Pのような二機能性酵素がほかにも発見されるかもしれない.
(東京大学大学院理学系研究科 西増弘志) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

シッフ塩基
Schiff Base
シッフ塩基は有機化合物の分類の1つで, 窒素原子に炭化水素基が結合したイミンを指す. Hugo Schiffにより命名された. アミノ基(-NH2)がアルデヒド基(R'-CHO)やケト基(R'-CO-R'')と反応することで生成し, R-N=CHR', または, R-N=CR'R''の構造をもつ. FBPアルドラーゼがジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド3-リン酸からフルクトース-1,6-ビスリン酸へのアルドール縮合反応を触媒する過程において, FBPアルドラーゼのリジン残基がジヒドロキシアセトンリン酸と反応しシッフ塩基中間体が形成される. このシッフ塩基中間体がグリセルアルデヒド3-リン酸のカルボニル炭素に求核攻撃することでC3-C4結合が形成される.
(東京大学大学院理学系研究科 西増弘志) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

PBC理論
Periodic Bond Chain Theory
結晶形態を結晶構造から予測する理論の1つ. 結晶構造中における結合力の強い周期結合鎖(Periodic Bond Chain:PBC)に着目し, 結晶面と平行なPBCの本数により面を分類する. 2本以上のPBCを含む面はF面, 1本のPBCを含む面はS面, PBCを1本も含まない面はK面に分類される. F面はフラットな面であり, F面上での二次元核形成は起こりづらいため, 法線方向への成長速度が最も遅い. 結果的にF面は大きく発達する. S面はステップから構成される面である. K面はキンクからなるラフ面で, 法線方向への成長速度が最も速く, 出現しにくい面である.
(国立科学博物館 門馬綱一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

ボロノイ分割
Voronoi Tesseration
空間上に配置された複数個の点(母点)に対して, 空間中の任意の位置がどの母点に最も近いかによって, 空間を分割する手法. 三次元空間においては, ある母点と, その周囲の母点とを結ぶ線分の垂直二等分面で囲まれた最小の凸多面体が, その母点のボロノイ領域である. ボロノイ分割の名は, 一般のn次元空間の場合を定義したロシア人数学者Georgy F. Voronoyにちなむ.
(国立科学博物館 門馬綱一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.02

構造物性
Structure Physics
主に量子ビーム(X線, 中性子線, 電子線ほか)を用いた結晶構造, 磁気構造, 電子構造などの解析により, 物質の物性(磁性, 誘電性, 超伝導性, 生体機能など)の発現の微視的機構解明を目指す研究領域を意味する. 1980年代前半から用いられ始めた用語であるが, 適当な英語名はない. ここではとりあえず表記の訳としておく.
(総合科学研究機構 東海事業センター 藤井保彦) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

悪魔の花
Devil's Flower
競合する相互作用を有する系において, さまざまな外場条件下でさまざまな長周期構造が安定化されるため, 温度-競合する相互作用比(外場による制御)の相図が, 花弁のような様相を呈する状況を表した用語. 悪魔という修飾語は, 隣接する相(例えば, 逆格子空間で1/nと1/mの波数ベクトルで特徴づけられる構造の相)の間には, さらに2/(n+m)の構造が存在し, さらにその相と1/nの相の間には, 3/(2n+m)の相が存在し……とどこまで行っても他方に行きつくことができないこと, すなわち階段に例えて永遠に登れない「悪魔の階段」のパラドックスから生まれたものである.
(総合科学研究機構 東海事業センター 藤井保彦) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

フラグメントから出発する薬物設計
Fragment-based Drug Discovery
分子量150~300の低分子化合物(フラグメント)を起点とする薬物設計の手法. フラグメントは標的タンパク質との相互作用が少なく, 結合力が弱いことが多いので, NMR(nuclear magnetic resonance)やSPR(surface plasmon resonance)といった高感度の物理化学的手法を用いたスクリーニングが行われる. フラグメント化合物ライブラリーから標的タンパク質に結合する化合物が得られたら, 標的タンパク質との複合体結晶構造を決定する. 結合様式を観察しながら, 水素結合, 塩橋, 疎水性相互作用などの形成を狙って新たな官能基を導入し, 化合物を成長(growth)させる. 標的タンパク質の異なる部位に結合する2つのフラグメントが得られたら, それらを結合(link), あるいは融合(merge)してもよい. X線結晶構造解析と計算機科学を活用しながら, 化合物の設計と合成を繰り返して, 薬物候補となる化合物を創出する. 出発化合物が小さなフラグメントであるため, 分子量が小さく溶解度が高い薬物候補が創出される可能性が高いのが大きな長所である.
(味の素(株)イノベーション研究所 石川弘紀) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

構造に基づく仮想スクリーニング
Structure-based Virtual Screening
薬物標的タンパク質の立体構造に, 多数の低分子化合物を計算機上で結合させ, 結合力が高いと予測される化合物を選択する手法. 標的タンパク質の立体構造には高い精度が要求されるため, 通常は, X線結晶構造が利用される. 低分子化合物は, 化合物ライブラリーに数百万点程度収納されている. それぞれの化合物について, エネルギー的に安定な配座を複数発生させ, 標的タンパク質のリガンド結合部位に, 仮想的にドッキングさせる. 結合力をスコアリング関数で評価し, スコアが良好な化合物を購入して, 標的タンパク質との結合力を実験的に評価する. 実験的に評価できる化合物数は限定的であるため, 有望と思われる化合物を事前に絞り込むのに活用される.
(味の素(株)イノベーション研究所 石川弘紀) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

Polar Nano Region
PNR
PNRは常誘電相中に発生した微小でランダムな分極領域のことを指し, リラクサーを理解するうえで重要となる概念の1つである. 典型的リラクサー物質Pb(Mg1/3Nb2/3)O3(PMN)においては, 誘電率が室温付近でゆるやかに極大を示すものの最低温に至るまでついに巨視的な相転移を示さない. したがって巨視的な分極も発生しない. 一方, PMNの屈折率の温度変化は600 K付近で線形関係からずれ始め, 自発分極の発生を示唆した. Burns(「バーンズ固体物理学」の著者G. Burns)らはこの異常がaverage random polarization:Pdの2乗に比例する二次の電気光学効果により説明できるとした. これがPNRという概念の起源である. 現在PNRは中性子線・X線散漫散乱の測定により直接観測でき, それらのエネルギー分光からPNRの出現にはフォノンの低エネルギー光学・音響モードが関与していることが明らかにされている.
(日本原子力研究開発機構 大和田謙二) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

分極ゆらぎ
Polarization Fluctuation
物質中で電荷が偏れば分極が発生し, その偏りの起源によって電子分極, イオン分極, 配向分極などがある. それら分極の大きさや向きが時間的・空間的に変化することを総称して「分極ゆらぎ」と呼ぶ. 例として, 誘電体中の熱的に励起された原子振動(フォノン)を考えよう. プラスイオンとマイナスイオンが逆位相で動く光学モードは典型的な分極ゆらぎである. ここで分極(イオン分極)は, 局所的に発生しては消え, ということをTHz程度の速さで無秩序に繰り返している. 最近ではこの様子がコヒーレント・パルスX線を使うことにより直接的に観測できるようになってきた. また, これら分極ゆらぎにおいて見られる分極の大きさの変化量やゆらぎの時間スケールは誘電率の大きさや周波数特性と直接に関係している.
(日本原子力研究開発機構 大和田謙二) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

環状明視野走査透過電子顕微鏡法(ABF-STEM)
Annular Bright-Field Scanning Transmission Electron Microscopy
数十ピコメートルまで細く絞った電子線プローブを試料上で走査し, 各点における検出器に入る散乱電子の積分強度から像を得る走査型透過電子顕微鏡法(STEM)の1つである. 環状明視野(ABF)法の場合, 透過ディスクの外側部分の積分強度によって像を得ている. この手法は, Roseが提唱し, Cowleyらが結像メカニズムを議論している. ABF法は, 奥西らが収差補正電子顕微鏡を用いてSrTiO3結晶の酸素カラムをストロンチウムカラムと同時に観察して以来, 重い元素カラムの近くにある軽い元素カラムを観察する手法として注目されている. これまでに, バナジウム酸リチウム(LiV2O4), マンガン酸リチウム(LiMn2O4)やコバルト酸リチウム(LiCoO2)結晶内のリチウムカラム観察例が報告されている. さらに, 水素化バナジウム(VH2)や水素化イットリウム(YH2)結晶内の水素カラム観察も報告されている. このような軽元素の検出は, 高い空間分解能と高い信号レベルによって実現したと考えられる.
(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター 大島義文) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

ドーパントクラスター
Dopant Cluster
ドーパント濃度が高い場合, しばしば複数のドーパント原子が集まり特定の局所構造を形成する. この局所構造をドーパントクラスターと呼ぶ. シリコン結晶に注入されたドーパント原子は, V族元素では電子1個のキャリアを生成するため, ドーパント濃度に比例したキャリア濃度を生成する. しかし, アンチモンやヒ素の場合, ドーパント濃度が5×1020 cm-3(シリコンの原子濃度5×1022 cm-3)を超えると, キャリア濃度の低下が報告され, その原因の1つとしてドーパントクラスターが考えられている. これは, 2つ以上のドーパント原子の結合によるキャリアの消滅(ディアクティブ化)があるためである. ドーパントクラスターの構造は, 主に第1原理計算で研究されている. しかしながら, その存在については, 直接観察が困難なこともあり, 実験によってほとんど明らかにされていない.
(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター 大島義文) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

ユビキチンシステム
Ubiquitin System
ユビキチンは76アミノ酸からなるタンパク質で, カルボキシル末端にあるグリシン残基を介して自身を含むさまざまなタンパク質中のリジン側鎖とイソペプチド結合を介して結合する. その結合反応は三種類の酵素が担っている. まずユビキチン活性化酵素(E1)がATP依存的に自身の触媒システイン残基を介してユビキチンのグリシン76番のカルボキシル基とチオエステル結合を形成する. 続いてユビキチン結合酵素(E2)がユビキチンを受け取り, 類似の様式でグリシン76番とチオエステル結合を形成する. 最後にユビキチンはユビキチン転移酵素(ユビキチンリガーゼ, E3)の助けを借りて, E2から標的タンパク質へと受け渡される. 以上述べた特徴的なユビキチン付加反応系をユビキチンシステムと呼ぶ.
(公益財団法人微生物化学研究会 野田展生) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

超常磁性
Superparamagnetism
相互作用のない原子の磁気モーメントをもつ系では常磁性が観測されるが, 強磁性体のナノ粒子では, ナノ粒子が熱揺らぎによってさまざまな方向を向き, 個々のナノ粒子が常磁性磁気モーメントのように振舞う現象が観測されることがあり, 超常磁性と呼ばれている. 磁性ナノ粒子の磁気モーメントは, 通常の常磁性磁気モーメントに比べて数千倍もの大きな値を示す. そのため超常磁性は, ブリルアン関数で表される常磁性とは異なり, ブリルアン関数の磁気モーメントが大きい極限であるランジュバン関数で表される. 超常磁性体における磁化は, 小さな磁場で飽和するにもかかわらず, ヒステリシスを示さず, 残留磁化もない. 一方低温では, 熱揺らぎが小さくなるため, ある温度以下でナノ粒子の磁気モーメントが凍結しているかのように見えるブロッキング現象が観測される.
(東京大学物性研究所 左右田 稔) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

偏極中性子回折
Polarized Neutron Diffraction
スピンが揃った中性子が偏極中性子であり, 偏極中性子を用いた回折を偏極中性子回折(PND)と呼ぶ. 偏極中性子の回折現象そのものを指すこともあれば, 偏極中性子回折法や偏極中性子回折実験を指すこともある. 偏極中性子にはアップスピンとダウンスピンがあり, それぞれ磁気モーメントも揃っているので, 物質中の電子スピンの観測に絶大な力を発揮する. このため磁性体の研究において重要である. 以前は偏極中性子を用いた散乱実験が主であったが, 近年は単結晶試料を用いた偏極中性子回折によって三次元情報を得ることが多くなった. 磁気異方性が小さな試料であれば, スピン密度マップを得ることができる. 磁気異方性が大きな試料の場合には, 各原子上の磁気モーメントベクトル(方向と大きさ)を得ることができる. 測定には数ミリメートル程度の大きな単結晶が必要とされる.
(山形大学 h山博史) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

軌道角運動量
Angular Orbital Momentum
ここでは常磁性金属錯体の磁気的性質を考えるうえで重要となる電子の軌道角運動量について記述する. 電子の全角運動量には, スピン角運動量と軌道角運動量が寄与するが, 軌道角運動量は, 金属周りの対称性などによって消失することが多い. 正八面体型金属錯体で金属周りの対称性がOh点群に帰属される場合を例に挙げると, 電子状態がA1gやEgなどの項で表される場合には, 軌道角運動量が消失するが, T項(T1gやT2gなど)になる場合には, 軌道角運動量が消失しない. 第1遷移元素では, 基底状態が4T1gになる正八面体型高スピンコバルト(II)錯体が最も顕著な軌道角運動量を示す. 磁気的性質を解釈するにあたって, 軌道角運動量が消失する場合には, スピン角運動量だけを考慮すればよいが, 軌道角運動量が消失しない場合には, スピン角運動量に加えて軌道角運動量についても考慮しなければならない.
(山形大学 h山博史) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

フリーデルの法則
Friedel's Law
結晶性の試料に入射したX線や電子線はブラッグ条件を満たす格子面で回折する. 一般に, 結晶格子面hklの回折強度と-h -k -lの回折強度が等しくなることをフリーデルの法則という. これは, 結晶に中心対称性がなくても, 回折パターンには必ず対称中心があることを意味している. フリーデルの法則は運動学的回折が適用できるX線回折では成り立つが, 動力学的回折効果の強い電子回折では成立しない(フリーデル則の破れ). X線回折では, 異常分散を利用することにより, 中心対称性のある結晶とない結晶の判別ができる. 一方, 電子回折では動力学的回折効果を利用することにより, 中心対称性のある結晶とない結晶を判別できる. また, 動力学的回折効果の強い電子回折では, 中心対称性をもたない結晶に対して, 結晶格子面hklの回折強度と-h -k -lの回折強度に差が生じる. この回折強度の差を利用して, 2波励起条件下で暗視野像を撮影することにより, 中心対称性をもたない強誘電体の180°ドメイン構造を観察することができる.
(大阪府立大学大学院工学研究科 森 茂生) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

2波励起条件
Two-Beam Condition
結晶に電子が入射したとき, 透過波とある1つの格子面からの回折波だけが, ブラック条件を満たしているような条件を2波励起条件という. 晶帯軸入射では, 複数の格子面からの回折スポットが電子回折パターン中に観察されるが, 厳密には各回折スポットはブラックの回折条件を満たしていない. これに対して2波励起条件下で得られる1つの格子面からの回折スポットは, エワルド球上に存在し, ブラックの回折条件を満たしている. 2波励起条件下で暗視野像を得ることにより, 結晶中の転位や積層欠陥などの欠陥構造や強誘電体の180°ドメイン構造を観察することができる.
(大阪府立大学大学院工学研究科 森 茂生) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

分極回転
Polarization Rotation
リラクサー誘電体Pb(Mg1/3Nb2/3)O3と強誘電体PbTiO3の固溶体(1-x)PMN-xPTでは, Pb組成(x)がx~0.30の組成付近で菱面体構造と正方晶構造の相境界が, 組成変化に対してほぼ垂直に存在している. この相境界をMorphotropic phase boundary(MPB)と呼び, MPB付近では菱面体構造と正方晶構造を橋渡しする単斜晶構造の存在が見出されるとともに, 圧電応答が増大することが見出されている. この圧電応答の増大を説明するために, FuとCohenは第一原理計算の結果に基づいて, 分極回転機構を提案した. 通常の強誘電体の場合, 分極ベクトルの方向は, PbTiO3の場合[001]方向と固定されているが,(1-x)PMN-xPTのMPB付近に存在する単斜晶構造では, 分極ベクトルの方向が(010)面内に制限されているだけであり, 分極ベクトルの方向に大きな自由度が存在する. そのため, 外場(電場)に対して, 分極ベクトルの方向がより自由に応答でき(分極回転), 結果として大きな圧電応答を示すと考えられている.
(大阪府立大学大学院工学研究科 森 茂生) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.03

鉄硫黄タンパク質
Iron-Sulfur Protein
鉄原子と硫黄原子で構成されたクラスター(FeSクラスター)を有するタンパク質の総称. 代表的なFeSクラスターとして,[2Fe-2S],[4Fe-4S],[3Fe-4S]クラスターが知られており, 複雑な[8Fe-7S]なども報告されている. 一般的に, これらのFeSクラスターは, システイン残基の硫黄原子を介してタンパク質に配位しているが, まれにヒスチジン残基やアスパラギン酸残基も配位に関与している. 鉄硫黄タンパク質は, 呼吸鎖複合体や電子運搬を担うタンパク質など電子伝達体として機能しているほか, さまざまな酵素の触媒機能や, 遺伝子発現制御など, 多岐にわたる機能を果たしている.
(京都大学大学院理学研究科 渡部 聡) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

ヒドロゲナーゼ
Hydrogenase
水素分子の可逆的な酸化還元(H22H++2e-)を触媒するタンパク質. 多くの細菌や古細菌のほか, 一部の真核生物に分布しており, 微生物におけるエネルギー代謝にかかわっている. 活性中心を構成する金属原子の種類により,[NiFe]型,[FeFe]型, Fe型に分類される. この3種類のヒドロゲナーゼは, 一次配列および立体構造上の類似性は見られないが, 活性中心のFe原子には, 共通してCNおよびCO(Fe型はCOのみ)が配位しているという特徴がある. 複雑な金属活性中心は, それぞれ特異的な成熟化因子によって合成される. 水素は次世代エネルギーの1つとして考えられており, 微生物利用による水素産生や, 人工触媒開発の観点からも, ヒドロゲナーゼは注目されている.
(京都大学大学院理学研究科 渡部 聡) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

TPR(テトラトリコペプチド反復配列)モチーフ/ドメイン
TPR(Teteratricopeptide Repeat)Motif/Domain
TPRモチーフはさまざまな種において5,000種以上のタンパク質に見出され, タンパク質間相互作用にかかわるドメインとして多様な生物機能に関与している. TPRモチーフは緩く保存された34残基のアミノ酸配列から構成され, モチーフの中の8つの位置のアミノ酸タイプのパターンに特徴がある. 大きな疎水性残基が4, 7, 11, 24番目のポジションで, 小さな疎水性残基が8, 20, 27番目のポジションで好まれる傾向がある. 1つのTPRモチーフは2つのヘリックスが逆平行に配置し, ヘリックス-ターン-ヘリックス構造をもつ. TPRモチーフは, 一般に3~16回の反復配列として現れる. 多くの場合一連のTPRモチーフは平行に配置することで1つの構造単位(ドメイン)をなし, 全体で右巻きスーパーへリックス構造を形成する. 通常, 大きな表面積をもつスーパーヘリックスの内側の凹面がリガンドへの結合部位となる.
(九州大学大学院医学研究院 湯澤 聡) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

コドン-アンチコドンの塩基対合
Codon-Anticodon Base-Pairing
mRNAでは, 連続した3つの塩基が1組となってコドンと呼ばれる遺伝暗号を形成する. 一方, tRNAにはアンチコドンと呼ばれる領域があり, これがmRNA上のコドンと塩基特異的な対合を形成する. 通常, グアニン(G)とシトシン(C)が, また, アデニン(A)とウラシル(U)がワトソン・クリック型の塩基対合を形成する. しかし, コドン3文字目とアンチコドン1文字目の対合に限り, ワトソン・クリック型に加えwobble塩基対合と呼ばれる曖昧な対合(例えばUとGの塩基対合など)が許容される. 例として, アンチコドンにUUC配列をもつグルタミン酸tRNAとグルタミン酸のコドン(GAAとGAG)との対合様式を図に示す. コドンは右から左への表記になっている. アンチコドン1文字目のUは, コドン3文字目のAとワトソン・クリック型の塩基対合を形成するとともに(左図), コドン3文字目のGとwobble塩基対合を形成し(右図), GAAとGAGの双方を解読する.
(産業技術総合研究所 沼田倫征) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

コドンと遺伝暗号表
Codon and Table of the Genetic Code
mRNA上の連続した3つの塩基が1組となってコドンと呼ばれる遺伝暗号を形成する. そのため, 43=64通りのコドンが存在する. しかし, タンパク質を構成するアミノ酸は20種類しか存在しない. したがって, 通常, 複数のコドンが1種類のアミノ酸を指定する.(例外として, メチオニンとトリプトファンはそれぞれ1種類のコドンにより指定される. また, UAA, UAG, UGAはタンパク質合成を終結させる終止コドンと呼ばれるものであり, アミノ酸を指定しない.)どのコドンがどのアミノ酸に対応するのか示したものを遺伝暗号表と呼ぶ. コドンとアミノ酸の対応関係については, コドン1文字目と2文字目の塩基の並びのみでアミノ酸が決まるタイプ(アラニンのコドンなど)と, コドン1文字目, 2文字目および3文字目の塩基の並びによってアミノ酸が決まるタイプ(アスパラギンやリジンのコドンなど)に分かれている. 後者のタイプでは, 通常, コドン3文字目がピリミジン塩基(CとU)であるかプリン塩基(AとG)であるかによってアミノ酸が異なる.
(産業技術総合研究所 沼田倫征) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

EGFP
Enhanced Green Fluorescent Protein
GFPは1962年に下村 脩らによって発見されたオワンクラゲ(Aequorea victoria)由来の蛍光タンパク質である. 野生型GFPは温度依存性を示し, 35℃以上になると蛍光がほとんど発生しないという問題があった. そのためGFPが使用され始めた当初は, 野生型GFPを動物細胞に発現させても蛍光が弱すぎてあまり使い物にならないという問題があった. 1996年, Brendanらは発色団であるSer65-Tyr66-Gly67の近傍にF64L, S65T変異を導入することによって野生型より約35倍高い蛍光強度を示すGFP変異体を開発した. 彼らによってGFPmut1と名付けられた変異体, これがEGFPである.
(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 加藤英明) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

βイオノン環
Beta-Ionone Ring
イオノンとはイソプレンを基本単位として構成されるテルペノイドの一種であり, その二重結合の位置によってa-イオノン, b-イオノン, g-イオノンに分類される. b-イオノン環構造をもつ生体化合物としてはビタミンAやカロテノイドがよく知られている.
(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 加藤英明) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

レチナール
Retinal
ビタミンAの誘導体であり, b-イオノン環構造に直鎖状の共役鎖が結合した構造をしている. 生体内ではbカロテンの切断によって生じるレチノール(アルコール型)が酸化される(アルデヒド型になる)ことによって生成されるため, 別名レチナールアルデヒド, またはビタミンAアルデヒドとも呼ばれる. 多くの生物において, タンパク質であるオプシンのリジン残基とシッフ塩基結合を形成して存在している. 光を吸収すると異性化することによって, 視覚をはじめさまざまな現象に関与する.
(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 加藤英明) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.04

PSII複合体:光化学系II複合体
PSII:Photosystem II Complex
PSIIとは高等植物の葉緑体や藻類のチラコイド膜に存在する, 20種のタンパク質サブユニットと色素分子のクロロフィルやカロテノイド, 塩素イオンやMn4Caクラスターなど大小さまざまな十数種類の補欠分子で構成される分子量約350 kDaの膜タンパク質複合体である. PSIIは光合成の明反応において光エネルギーから電子エネルギーへの変換反応を行っており, その過程で水を分解して分子状酸素を生産している. 地球上の酸素はPSIIによる水分解反応の産物とされている. PSIIから発生した電子と水分解由来のプロトンは生体還元力と生体エネルギーの生産に利用されている. このためPSIIは光合成の初期反応を担う重要なタンパク質とされている.
(大阪市立大学複合先端研究機構/科学技術振興機構さきがけ 梅名泰史) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

OEC:酸素発生中心
OEC:Oxygen Evolving Complex
光化学系II複合体における光エネルギーから電子への変換は, 光化学反応中心に存在するクロロフィル二量体が電荷分離することで発生しており, OECは水を分解することでカチオンラジカルになっているこれらのクロロフィルに電子を供給している. OECには4個のMn原子と1個のCa原子から構成されるMn4CaO5クラスターが触媒として存在しており, Kokサイクルと呼ばれるS0~S4の遷移状態の間で2分子の水を分解して, 電子とプロトンおよび酸素分子を放出している.
(大阪市立大学複合先端研究機構/科学技術振興機構さきがけ 梅名泰史) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

DPI:Diffraction-component Precision Index
Cruickshankによって提唱された結晶構造における原子座標の誤差を見積もる指標(D. W. J. Cruickshank: Acta Cryst. D55, 583 (1999)). 1948年ごろにCruickshankらは低分子化合物の構造解析の正確さを検証する手法として考案したが, 1999年にタンパク質構造にも適用できることを指摘し, タンパク質構造の精密化に一般的に用いられる制限付き最小二乗法においても, 原子位置の精度を評価できることを示した. Blowはさらに式を変形し, より簡便なDPIを提案している(D. M. Blow: Acta Cryst. D58, 792 (2002)).
(大阪市立大学複合先端研究機構/科学技術振興機構さきがけ 梅名泰史) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

動径投影
Radial Projection
動径投影とは, 不連続らせん(らせん対称に従って, 連続らせん上に, らせんの繰り返し単位を配置したもの)を円柱の表面に描き, この円柱を縦に切り開き, 二次元上に展開したものである. 横軸はらせん軸周りの角度, 縦軸はらせん軸方向の高さを表している. 三次元のらせん構造を二次元平面で表す便利な方法であり, コラーゲンのように多重鎖の場合には, 分子構造を検討する際には必須となる. 繊維の回折データから得られるらせん対称は, すべての繰り返し単位が示すらせん対称であり, 分子が1本鎖である場合には分子の対称と同じである. しかし, 分子が多重鎖の可能性がある場合には, 動径投影に基づき, 単純らせん, 二重らせん, 三重らせん, ……について構造を検討する必要がある.
(大阪大学大学院理学研究科 奥山健二) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

繊維回折
Fiber Diffraction
セルロース, キチン, キトサンなどの多糖, ケラチン, フィブロイン, コラーゲンなどの繊維状タンパク質などは, 分子軸が平行に並んで凝集した繊維状の一軸配向試料となる. これらは, 生体中ですでに配向しているものもあるが, 延伸することによりさらに配向度は増す. このような繊維試料中では, 微結晶の特定の軸(通常, 分子軸)が, 延伸方向(繊維軸方向)に平行に配向しているが, これに垂直な面内での配向は無秩序である. このような微結晶が試料中には無数にあるので, 繊維試料にX線を垂直に入射して得られる回折像は, 単結晶を1つの格子軸周りに360°回転させて撮影した全回転写真に相当し, これを繊維回折像と呼ぶ. 繊維回折像の層線間隔からは, 分子軸方向の繰り返し周期(繊維周期)が得られ, 各層線上の反射強度の分布状態からは分子のらせん対称に関する情報が得られる. 繊維の構造解析では, これらの情報を基に分子モデルを作り, 測定した反射強度を使って, 繰り返し単位内の構造を決定する.
(大阪大学大学院理学研究科 奥山健二) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

Kratky Plot
Kratky plotは, 散乱ベクトルQに対して, 散乱強度I(Q)とQ2の積をプロットしたものであり, Qが比較的大きい領域での散乱曲線の特徴が強調される. 一般に, Qがゼロに近い領域の散乱強度はQ0に比例する. Qが比較的大きい領域の散乱強度はガウス鎖ではQ-2に比例し, なめらかな表面をもつ物質ではQ-4(指数は表面のなめらかさに依存)に比例する. よって, 鎖状の物質となめらかな表面をもつ物質をKratky plotで比較すると, Qが小さい領域ではともに単調増加するのに対して, Qが大きいとき, ガウス鎖ではQに依存しないが, 表面がなめらかな物質では単調減少し, 明瞭なピークを示す. タンパク質の場合, 天然構造では明瞭なピークが観測されるのに対して, 変性状態ではガウス鎖的な特徴が現れ, これらの状態を容易に区別することができる. Kratky plotのピーク形状は表面形状やドメイン配置に敏感であるため, 天然状態のタンパク質同士でも大きく異なる. このような性質から, タンパク質のX線溶液散乱曲線の表示にKratky plotがよく用いられる.
(奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 廣田 俊) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

Lyddane-Sachs-Tellerの関係
Lyddane-Sachs-Teller relation
極性の格子変形による分極(イオン分極)に起因した誘電率ε'とフォノン振動数の関係を示す関係式. 結晶中に複数のモードがある場合,
  
となる. ここで, ωLO(λ), ωTO(λ), およびε∞はλ番目の縦波光学フォノン, λ番目の横波光学フォノン, および誘電率の高振動数極限を表す. 変位型強誘電体の場合には, 強誘電性相転移温度近傍において横波光学フォノンである強誘電性ソフトモードの振動数のみが極端に減少するため ε'~1/ωs2 となる.
(東京工業大学応用セラミックス研究所 谷口博基) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

反位相境界
Antiphase Boundary
結晶中での原子配列に関する周期の位相が, ある一定値分ずれている境界のことをいう. 元々の原子配列の周期を2π(360°)としたときの, 位相ずれに対応する角度で表すことが, 慣習的に行われている. 例えば位相が半周期ずれている場合, π(180°)の位相ずれという. 規則-不規則変態を伴う二元系合金の規則相や, マルテンサイト変態と関係した超構造出現を伴う物質中での低対称相(超構造相)で数多く観察される. 代表的な面欠陥の一種であり, 透過型電子顕微鏡を用いた明視野・暗視野像等の実空間像観察によって直接観察することが可能である.
(ラトガース大学物理天文学部 堀部陽一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

ボルテックス構造
Vortex Structure
回転方向の定義された, 渦状構造のこと. 超伝導における磁束量子渦などが有名であり, 結晶におけるらせん転位や, ネマティック液晶における転傾(回位)もボルテックス構造の一種であるといえる. トポロジカルな欠陥であり, 配向秩序の破壊されている渦芯(Core)の存在により特徴づけられる. この渦芯の周りを閉じた回路で1周するごとに, ある配向秩序(スピンや液晶分子の方位)が2πの整数分だけ変化する. この整数を巻き数(Winding number)と呼び, ボルテックス構造を特徴付ける重要な数である.
(ラトガース大学物理天文学部 堀部陽一) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

リガンドホール
Ligand Hole
Fe, Co, Niなどの3dブロック元素の右側にある遷移金属の酸化物では, 遷移金属の3d軌道は酸素の2p軌道よりも深いエネルギー準位に位置する. Fe4+, Co4+など, 形式原子価が非常に高い状態(異常高原子価状態)では, ホールは遷移金属の3d軌道ではなく酸素(リガンド)の2p軌道に生じることが光電子分光法により明らかにされている. この場合, 3d軌道のホールと区別されてリガンドホールと呼ばれており, 電荷不均化などの異常な振る舞いを示す原因となる.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 山田幾也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

オーバーボンディング, アンダーボンディング
Overbonding and Underbonding
通常の化合物における金属イオン-陰イオン間の結合長は, イオン半径の和から計算される理想的な結合長にほぼ等しいため, 各イオンのボンドバレンスサムは価数にだいたい一致する. 一方, 局所的な結合に歪みをもつ結晶構造では, 各イオンのボンドバレンスサムは必ずしも価数とは一致しない. ボンドバレンスサムがイオンの価数よりも大きい場合, オーバーボンディングと呼ばれる. 対して, ボンドバレンスサムがイオン価数よりも小さい場合, アンダーボンディングと呼ばれる. オーバーボンディングの中心イオンは圧縮力を, アンダーボンディングの中心イオンは引っ張り力を, それぞれ受けていると見なされる.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 山田幾也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

アイソマーシフト
Isomer Shift
原子核によるγ線の共鳴吸収に基づくメスバウアー分光法は, 固体中の原子の酸化状態や結合状態に関する情報が得られるプローブであり, 57Feなどの核種を対象とした研究に用いられている. メスバウアー分光法で観測される微細相互作用の1つにアイソマーシフトがある. アイソマーシフトは, 鉄の化学結合状態によって変化する核位置での電子密度に依存するため, 鉄の価数を推定するのに用いられる.
(大阪府立大学ナノ科学・材料研究センター 山田幾也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

脱水処理
Dehydration
結晶化後処理の1つで沈殿剤濃度, 塩濃度, 抗凍結剤濃度を上げることにより結晶中の溶媒を減らす方法で, 結晶の分解能の向上, 同型性の向上, 強化が期待される. Dehydrationは数多くの成功例が報告されており, 特に結晶化条件の再探索をしても新たな結晶化条件が見つからない場合試すべき手法である. 実際, 結晶化高難度サンプルであるRNA polymerase II, 80S Ribosome, Photo System IIなどの構造解析においてdehydrationによる分解能の著しい向上例が報告されている. Dehydrationの具体的な方法には, 沈殿剤濃度が結晶化を行った沈殿剤濃度より高い溶液をいくつか作り段階的に結晶を移していく方法や, 蒸気拡散法で結晶化した結晶をドロップごと風乾させる方法など, さまざまな方法がある.
(インディアナ大学医学部 今崎 剛, 高木雄一郎) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

固相ハイドロゲル
Semi-Solid Hydrogel
寒天やゼラチンのようにゲル化を起こす物質は, 溶液状態(ゾル状態)ではランダムコイル状の分子構造をとっている場合が多い. しかし, 温度などの変化によって多点で架橋を生じ, 繊維状のネットワーク(網目構造)が形成されるとゲル状態となる. 特に高濃度でアガロースをゲル化させた場合には, 力学的強度を有する高強度ゲル(固相ハイドロゲル)へと変化する. 外観は固体でありながらゲル内は高い湿潤性と流動性を示す固相状態にある.
(大阪大学大学院理学研究科 杉山 成) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

タンパク質結晶化
Protein Crystallization
タンパク質の結晶化とは, まったく同じ分子(集合)が単位となり, それらが三次元方向に規則正しく積み重なり格子構造を形成していく過程をいう.「単位胞」と呼ばれるこの格子内には, 一定の対称関係にある分子(集合)が規則正しく充填されている. 結晶の最も基本的な要素であるこの分子集合は「非対称単位」と呼ばれている. 結晶構造解析において, 最初に決定されるのは非対称単位間の対称関係(空間群と格子定数)を表す結晶学的データである. 次に, それらのデータを基に非対称単位内の原子配列(原子の三次元座標)が決定される. 非対称単位には1分子のタンパク質が含まれる場合や複数のタンパク質が会合した多量体の場合もある.
(大阪大学大学院理学研究科 杉山 成) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

高品質結晶
High-Quality Crystal
分子表面が水和水で覆われているタンパク質分子は, 結晶化の過程で単位胞中に隙間なく充填できないので, 分子間に大きな隙間が生じる. 結晶中のこの隙間は, 水分子や結晶化剤に含まれる添加剤などの低分子化合物によって埋められている. タンパク質結晶中の溶媒分子の含有率は30~80%とかなり大きいため, タンパク質分子同士が直接接触している箇所は限られた領域にのみ観察される. このことは, 結晶中のタンパク質分子の取り得るコンフオメーションに自由度があることを意味し, 結晶成長の阻害要因にもなり得る. また, 結晶中の分子が規則的な空間配置から逸脱する度合いが大きくなると, X線回折の最高分解能が低減する. つまり高品質結晶とは, タンパク質分子が共通のコンフオメーションをとって規則的に配列している結晶であるといえる.
(大阪大学大学院理学研究科 杉山 成) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.05

フラックス法
Flux Method
目的物と分離が容易な融剤を用いて溶融液を生成し その中で単結晶生成を行う方法をフラックス法(融剤法)と呼ぶ. 目的とする物質の融点よりも低い温度で結晶成長ができ, 装置が簡便で操作がやさしいといった長所をもつ. また, 結晶の外形は結晶構造を反映しており, 結晶方位の指定が容易である. 一方, フラックス法の短所は, 結晶への不純物の混入しやすいことや結晶サイズが小さいことが挙げられる.
(島根大学教育学部 塚田真也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

ブリルアン散乱
Brillouin Scattering
音響フォノンによるフォトンの非弾性散乱. レーザーのように単色性の高い光を透明物質中に入射すると, 物質中を伝搬する音波(音響フォノン)によって入射光の振動数が変化する. 光学フォノンによる非弾性光散乱(ラマン散乱)がTHz(1012 Hz)オーダーで変化するのに対し, ブリルアン散乱はGHz(109 Hz)オーダーで入射光の振動数が変化する. 測定は通常, ファブリ・ペロー干渉計を用いる.
(島根大学教育学部 塚田真也) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

ファブリ・ペロー干渉計
Fabry-Perot Interferometer
高い面精度と高い反射率をもつ光学平面を対向して平行に配置し, その間の多光束干渉を利用した干渉計. 固定間隔で狭帯域の干渉フィルターなどの用途もあるが, 光学平面間の距離を変えることにより干渉分光にも使われる. 自由スペクトル域は回折格子分光器より狭いが, 分解能が高いためGHz(109 Hz)オーダーで振動数が変化するブリルアン散乱測定で用いられている.
(筑波大学数理物質科学研究科 小島誠治) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

長距離秩序構造
Long-Range Order
長距離秩序を示す構造の分類は, その秩序化の起因によってきわめて多岐にわたる. 無論, 最も一般的な例は, 単結晶にみられる秩序構造であることは言うまでもない. 電荷移動錯体などの有機分子結晶で見られる電荷秩序は, 電子間のクーロン斥力に基づく一種のウィグナー結晶として理解される. 一方で, 二段階相転移を示すスピンクロスオーバー錯体の中には, 中間相において特異な長距離秩序構造を示すものが稀にある. 高温および低温相は1種類のスピン状態をもつ分子からなるのに対して, 中間相においては2種類のスピン状態をもつ分子が交互配列した長距離秩序相が現れる. これは, 対称性の低下を伴う構造相転移に基づくものであり, 比較的大きな局所構造変化を示す分子系に特有の挙動である. この特異な長距離秩序の安定化については, 2種類の分子間弾性相互作用の競合に基づくIsing-like modelで説明される.
(筑波大学数理物質系 二瓶雅之) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

モルフォトロピック相境界
Morphotropic Phase Boundary
化合物の相図において, 組成を変化させた際に現れる異なる相が接する濃度相境界のこと. JaffeがPbZrO3-PbTiO3固溶体(PZT)において見出し, Morphotropic Phase Boundary(MPB)という名前を付けた. この場合には組成・温度の二次元相図においては, 組成に関してほぼ垂直な線となることで知られている. 酸化物固溶体においてはこの相境界の近傍において圧電定数や電気機械結合係数などが最大値をとることから多くの研究がなされている.
(千葉大学大学院理学研究科 横田紘子) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

アダプティブ相
Adaptive Phase
マルテンサイト変態において用いられていた概念. 変態によって生じる弾性エネルギーが非常に大きく, 通常のマルテンサイト相の形成が抑制された場合に発現する相のこと. 通常のマルテンサイト相より対称性は低く, 母相とは部分群の関係になくてはならない. 強誘電体の場合には, 2つの配向の異なる相境界においてドメイン壁エネルギーが非常に低い場合に生じる. アダプティブ相はナノスケールでは不均一であるが, マクロスケールにおいては均一とみなせる. リラクサー強誘電体であるPMN-PTやPZN-PTにおける単斜晶系は正方晶系のナノドメイン構造によるアダプティブ相として解釈することができるとの考え方も提案されている.
(千葉大学大学院理学研究科 横田紘子) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

コヒーレンス効果
Coherence Effect
散乱測定において, ドメインサイズがX線や中性子線などのコヒーレンス長よりも小さい場合に顕著となる干渉効果のこと. 双晶構造からの散乱強度は, それぞれの領域からの散乱強度に加え, それらの干渉効果による成分との足し合わせとして記述することができる. ドメインサイズが小さい場合にはこの干渉項の寄与が大きくなり, 非干渉の場合には存在しない回折ピークをもたらしたり, ピーク位置のシフト, 半値幅の増大・減少などの効果をもたらすことで知られている. とりわけ粉末回折測定や強弾性相転移点近傍における単結晶回折測定においてはこのコヒーレンス効果の寄与が大きくなることから構造解析を行う際には注意が必要である.
(千葉大学大学院理学研究科 横田紘子) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

酸化物ナノシート
Oxide Nanosheet
酸化物ナノシートは, 層状ホスト化合物をソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより得られる. 厚みは1 nm前後ときわめて薄いのに対して, 横サイズは通常mmオーダーの広がりをもった異方性の高い二次元単結晶である. このような構造的特徴から, 究極の二次元状態を実現する新しい舞台, さらにはナノ粒子, ナノチューブなどと並ぶ低次元ナノ物質の新しいカテゴリーとして注目されている. これまでに剥離ナノシート化が報告された層状酸化物としては, 酸化チタン, 酸化マンガン, ペロブスカイトなどがあり, 組成・構造に依存して伝導性, 半導体性, 誘電性, 磁性などの多彩な特性を示すことを明らかになっている.
(物質・材料研究機構 長田 実) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

交互吸着法
Layer-by-Layer Deposition
交互吸着法は, プラスのイオンが存在する水溶液とマイナスのイオンが存在する水溶液に基材を交互に浸漬することを繰り返すことで, 静電相互作用によりイオンが吸着して薄膜を形成する方法である. 特徴として, さまざまな材質, 形状の物質の表面に, ピンセットとビーカーのみでナノメートルオーダーの制御された膜を作製できることが挙げられる. 主として高分子電解質の多層膜作製法として開発された方法であるが, その動作普遍性のために, 近年数多くの物質系の薄膜形成に適用され, タンパク質や核酸などの生体分子, コロイドナノ粒子やナノシートなどの無機物質, 低分子物質の分子集合体などに拡張されている. また, 自動製膜装置や大面積製膜装置などの開発も進められており, 低環境負荷, 低コストの薄膜プロセスとして注目されている.
(物質・材料研究機構 長田 実) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

ラングミュア・ブロジェット法
Langmuir-Blodgett Deposition
ラングミュア・ブロジェット(Langmuir Blodgett, LB)法は, ウェットプロセスをベースとした超薄膜作製法の1つであり, 一分子の厚みで膜厚をコントロールすることができる簡便かつ優れた製膜法である. LBトラフ(テフロン容器)を利用し, 不溶性単分子膜を気/液界面に展開後, バリアーで圧縮し, 単分子膜の分子の配向を制御し, 固体基板に累積することで, 分子レベルの製膜が可能となる. LB法は主として, 親水基と疎水基をもつ両親媒性の分子を対象とした製膜法であるが, 脂肪酸などの両親媒性分子と混合することにより, 機能性分子, 金属錯体, 導電性高分子, 無機ナノ材料などの単分子膜, 多層膜の作製が可能であり, 生体膜モデルから電子材料まで多種多様なアプリケーションが検討されている.
(物質・材料研究機構 長田 実) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

PAM
PAMはPF Automated Mounterの略でPF構造生物ビームラインに設置されている自動結晶交換システムを意味する. PAMは米国の放射光施設SSRLで開発されたSAMをベースにPF独自の改良を加えたものであり, 特にダブルトングと呼ばれるサンプルピンの搬送部に2つのトングをもつ構造をしている. 結晶の交換時に従来のSAMでは回折実験を終えたサンプルピンのアンマウントと新しいサンプルピンのマウントは別々に行わなくてはならず, ロボットアームが2度回折計にアクセスする必要があったが, PAMでは2つのトングを有するため1度のアクセスでアンマウントとマウントを行うことができる. これによって結晶交換時間を最短10秒で行うことができ, より高効率に実験を行うことが可能となっている.
(高エネルギー加速器研究機構 山田悠介) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

RCMシステム
RCM System
RCM(R&D Chain Management)システムはキャトルアイサイエンス株式会社の開発した研究開発ミドルウェアである. Webインターフェースとデータベース, そしてそれらを制御するコントローラの3つのコンポーネントで構成されており, 実験条件や実験結果といったデータの蓄積とWebからの閲覧を容易に行うことができる. また, 実験データの処理・解析を自動化させることも可能である. PF構造生物ビームラインでは, このRCMシステムをバックエンドとして用いたPReMo(PF Remote Monitoringシステム)と呼ばれる実験データ閲覧システムを開発しており, ここではWebからの実験データの閲覧のほか, 回折データセットの自動処理を行うことが可能になっている.
(高エネルギー加速器研究機構 山田悠介) J. Cryst. Soc. Jap. Vol.054 No.06

ポンプ-プローブ単結晶X線構造解析
Pump-Probe Single Crystal X-ray Structure Analysis
放射光パルスX線とパルスレーザーを同期して, レーザー照射直後の単結晶試料からのX線回折データを収集し, 結晶構造解析を行う研究手法. パルスレーザーは試料の励起のために用いられ, レーザーで試料中の分子を励起(Pump)した瞬間をX線で調べる(Probe)ことから, 表題のように呼ばれる. 解析から得られる構造はX線のパルス幅(蓄積リングからの放射光X線は50~100ピコ秒のパルス幅)の時間平均となるため, レーザーの照射によってごく短時間だけ結晶中に存在する不安定な光励起分子の三次元構造を直接観察することができる. また, 試料位置にレーザーパルスが到達してからX線パルスが到達するまでの時間を変えることで, サブナノ秒の時間スケールの光誘起動的構造変化の直接観察も可能である.
(東京工業大